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April, 1999

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4/1(木)

宿命と運命/モンスター

4/4(日)

女の気合は化粧でわかる

4/5(月)

ヌレヌレのパンパン

4/6(火)

反省

4/7(水)

絶対音感

4/8(木)

ハンドルネーム

4/9(金)

決死の覚悟

4/10(土)

決死の告白

4/12(月)

業務連絡&ワースト1

4/13(火)

がんじがらめ

4/14(水)

つまんねーけど削除せず

4/16(金)

新婚さんいらっしゃい

4/17(土)

バランスの悪いオンナ

4/19(月)

トーキョースタイル

4/20(水)

しっぺがえし

4/21(水)

かぶりモノ

4/23(金)

ひとこと

4/23(金)

電話でオフミ

4/24(土)

策士

4/27(火)

セックス・マシンガンズ

4/28(水)

結婚/リストラ



1999.4.1 (Thu.)

 

 人がそれぞれ生まれ持った、絶対に変更不可能なもの、それが宿命。
 自分の努力によって、人生を変えていく力を備えているもの、それが運命。

 メシを食べながらビールをちびちびやってた私の耳に、この言葉が入ってきた時、餃子を持つ箸が思わず止まった。視線の先は、テレビの中の美輪明宏。さすがだ。こんな含蓄ある言葉をお吐きになるなんて。

 彼(?)の言葉を借りれば、宿命の意味するものは、たとえば家族。人は両親や家族を選ぶことは出来ない。どんなに忌み嫌っても、やはり親は親であり、子は子なのだ。
 一方、運命とは、自分が毎日生きていく上で、無限に広がる可能性のことだ。自らの努力次第で、自分の望んだものを手にいれる可能性がより高くなる、それが運命だ。

 人生におけるこれらの割合は、宿命6割、運命4割。
 言ってみれば、運命とは、神様が定めた宿命という思い荷物を背負う人間に、チャンスというか、下駄をはかせたようなものなのだそうだ。

 いやぁ、ウロコが落ちまくったね。

 だって、私達って、毎日真剣に生きてるか?
 なんとなくダラダラ過ごして、あたりまえのように明日が来ることを信じて疑わない日々を送っている人が大半なのではないだろうか。もち、私を含め。

 努力。
 この、一見汗くさくてダサい言葉を忘れちゃならない。
 心地良く酔っぱらいながらも、喝をくらった私は、思わず握力46Lの手で拳を作ったのであった。

***   ***   ***   ***   ***   ***   ***   ***   ***   ***

 なんなんだよ?ドリカムはよー?
 本日の、朝日新聞朝刊にて、別冊(って言うのか?)の4ページ広告特集が挟まってたんだけど、それがなーんと全て、ドリカムの全国ツアーの告知及び、4/21にリリースされる10thアルバムの宣伝だった。新聞記事に見立てた「ドリカム解散説」を、エイプリルフールにのっとって、一面に載っけるというあざとさに、あたしゃ言葉を失ったね。

 先日、私は例の原稿提出の際に、巨大なメディアによるゴリ押し宣伝を「モンスター」に見立てて、文章を書いた。アーティストの音楽性如何を全く無視した、あまりにも目に余る宣伝戦略について、批判的な文を書いたワケなのだが、なんとなんと。このドリカムのNew Albumのタイトルが「the Monster」だとよ。私が思わず苦笑いをかましたのは言うまでもないだろ?

 とにかく、こんなカネの匂いがプンプンするような宣伝戦略には、マジで閉口する。
 こんなコトしなくても、ドリカムはすげーパワーを秘めたアーティストなんだから、もっと正攻法でいきゃあいいのに。

 ディスコグラフィーにヴァージン移籍後のものしか載っかってないのもなんだかなぁ。イヤ、わかるんだけど、やっぱドリカムと言えば、エピック時代のものがサイコーなんじゃないの?

 これもカネの出所がネックになってんだよなぁ。
 あーあ。

 とにかく、やりすぎ。
 いい加減にしましょう。

あとがき)浦沢直樹の「MONSTER」は傑作です。話の進行が遅いけど。 

1999.4.4 (Sun.)

 

 女の「気合度」は、化粧の段階でわかる。
「気合度」とは、まぁ、「いっちょ、ヤったるか!」という、意気込みのことである。もちろん、異性に対してな。うひゃひゃひゃ。

 ウィークディのある朝、たりぃ仕事に向かうべく鏡の前で化粧をしていた私のアタマに、こんな考えが突如浮かんだ。

「化粧品が勿体ねぇなぁ…いつもの半分の量でパパッとやっちまおう」

 だってさぁ、化粧品って高いんだぞ。私はクリニーク愛用者だけど、化粧水あーんど保湿美溶液だけで、軽くいちまんえんは超えてしまうのだ。これに、下地、リキッドファンデ、パウダーファンデが加わると、さんまんえんは下らないのである。

 しかも、綺麗に身支度して仕事に行っても、別に誰に見せるでもなし。今どきポマード臭プンプンなオヤジ共に、なにもわざわざ美しく(?)化けた私を披露する義理もないしな。通勤時間チャリ3分だから、人目を気にしたってしゃーないし。

 よって、仕事に行く時の私は、これでもかってくらいのチョ〜手抜きメイクである。髪もそう。テキトーに結い上げて、あとはヘアバンドですっきり上げてオシマイじゃ。

 しかし、いざデートとなると、違うんだなぁ。コレが。

 前夜のうちに毛抜きを駆使し、パックをぬりぬりしたお陰で、洗顔が終わった私の顔は、もうツルツル。そこに、いつもの倍の量を使って、丁寧に色を塗りこんでいく。何度も何度も角度を変えながら鏡を覗き込み、おかしいトコロはないか入念にチェック。

 そうして、自称・美しい私(ぷぷ)が出来上がる。

 自分でも充分わかっているのだ。
 出かける場所によって化粧にかける意気込みが変化しちゃうなんて、女として失格なんだってコトは。
 でもさ、いつも同じテンションを保てる程、あたしゃ礼儀正しくないし、自分に対して厳しくもないのだ。

 人生、メリハリよ。化粧もメリハリ。
 ここぞという時の為に、気合をためておく。
 たま〜に気合入り過ぎて失敗することもあるけどね。

 だから、あなたが彼女と久々にデートする時に、彼女に塗り込められたファンデーションが濃すぎてムラになってたとしても、大目に見てあげてほしい。

 それは彼女のあなたに対する「気合度」の高さ、つまり興味深さを物語っているのだから。
 それが愛情なのかどうかは、わかんないけど。けけけ。

 

あとがき)どうなる?「MONSTER」…。 

1999.4.5 (Mon.)

 

 昨日、同居人と花見に行った。
 シートがわりのファブリックを片手に、マクドナルドでMMセットをテイクアウト。柔らかい午後の日ざしの中、散歩がてら代々木公園へ。
←an・an 風。ぷぷ。

 いやぁ、うじゃうじゃでしたわ。人間が。
 いや、ただの人間ならいいのだ。フツーの家族づれとか、友達関係とかさ。
 ぷるかつ、そうカップルがうじゃうじゃだったんだよなぁ。

 そういう我らもいちおーカップル。でも、いたって害のない部類だもんね。
 害のある奴ら…そりは、イチャイチャモード爆裂もうあなたしか見えないじゅてーむいっひりーべいっひ状態の男女2人組である。ぜぃぜぃはぁはぁ。

 おいおい…あっちでもこっちでもチューしてるやん。しかもほとんどベラカミじゃんよー。
 しっかし、何でわざわざ人前でする?
 すぐトナリで、無邪気に鳩と戯れる童子が不思議そうにアンタ達を見てっぞ、コラ。

 その時、同居人がボソッと言った。

「あーあーあー…ありゃもう、ヌレヌレパンパンだな」

 どうやら、ベラカミかっぷるの下半身状態を指しているらしいこの言葉、いやぁ、絶妙

 それから私達は、いちゃいちゃしているカップルを見つけては、ヌレヌレ度及びパンパン度をお互いに予想しあうという、ナンとも悪趣味なゲームに興じたのであった。

 その間中、私達2人が遠い目をしていたのは、言う迄もない。
 あぁ、あの頃がなつかしい。

 

あとがき)いいんだか悪いんだか…。

1999.4.6 (Tue.)

 

「こんなの馬鹿でもチョンでも出来るだろ?」

 …おい、アンタ!今、何て言った?
 仮にも今は仕事中だろ?いや、仕事中かどうかなんてこたぁ、どーでもいいんだよ。

 常識とか非常識とか、そういうことを言いたいんじゃない。
 アンタの心根の問題なんだよ。

 それでも経営者かよ?え?
 その言葉の背景にある史実に対して鈍感な奴とは関わりたくねーよ。

 …と、さっきまで怒髪天状態だったのだが、ふと思い立って国語辞典を開いて調べてみたらさぁ、なんと、「ばかでもちょんでも」って思いきり載ってやんの。

 おかしい。
 私はこの「ばかでもちょんでも」のワンセットで、『これは人間として使ってはならない言葉なのだ』と、道徳の授業で習ったのに…。なんで?

 ワケがわかんなくなった私は、検索エンジンでこの言葉について調べてみた。そしたらこれまたびっくり。

「ちょん」というのは、「おろかもの」というれっきとした日本語で、 江戸時代からあったものと思われる。
 広辞苑には、仮名垣魯文の西洋道中膝栗毛から、「仮染にも亭主にむかって …ばかだの、ちょんだの、野呂間だのと」という用例を引いている。 西洋道中膝栗毛は 1870 (明治2年) から数年にわたって書かれた小説であるが、 この用例で、「ばか」、「ちょん」、「のろま」と並列になっていることからも 本来の意味で使われていることは明らかである。

 最近になってからだと思うが、朝鮮人、とくに朝鮮学校の生徒を「チョン」とか 「チョン公」とか呼ぶ習慣が発生したらしく、これは明らかに差別用語である。 そのため、本来の意味での「ちょん」という用語が使えなくなってしまった。

信州大学 中野康明教授のホームページより。思いっきり無断引用ッス。すみません!

 そうだったんスかぁ。知らんかった…。
 間違って理解してたんだなぁ。反省。

 でも、だからといって、私は「ばかでもちょんでも」という言葉を使う気には、今更なれない。
 だって、私の心ン中では「ばかでもちょんでも」は差別用語になっちゃってるんだもん。学校の授業でそう刷り込まれたからさ。

 カルチャーショックで頭がウニになっちゃったじゃんよー。
 あの怒りは何だったんじゃい?

 何とかしてよ、文部省。

あとがき)まだショックです。

1999.4.7 (Wed.)

 

 ちょっと疲れ気味。

 昨夜、久々に最相葉月の「絶対音感」を読み返してみたのだが、その中に今の私の心境をそのまんま物語っている一文を発見。思わず唸る。

「…何か新しい存在が生まれるということは、いい意味でも悪い意味でも、生活が複雑になりますからね。
 プレッシャーもまた、よしです。」

 道を見失って右往左往していた私の前に、突如ライターとしての道が開けた。
 それはそれでとても喜ばしいこと。だけど、プレッシャーも凄い。

 果たして私に出来るのだろうか?
 これからどうなるのだろうか?

 こんな考えを吹き飛ばしてしまうような、自信と強さが欲しい。
 いつもはあんなに強気な私も、自分のこととなるとからきし駄目。
 いやはや、女なんてこんなモンです。

 ところで、絶対音感ッスよ、だんな。
 私にはこの絶対音感らしきものがある。
 「絶対音感」に出てくる著名な音楽家とは月とスッポンのレベルだけど。

 そうだなぁ、楽譜やタブ譜がいらない程度かなぁ。耳コピで充分。高校まで音大目指していたという、なんとも不似合いな過去のなせるワザなんスけどね。

 この絶対音感が特殊なものなのだということに初めて気がついたのは、中学校の頃。
 音楽の授業で「移調」の仕方について習った時だ。

 先生は、「ハ長調からへ長調に移調する時は、音符を3つずつ上げなさい」と言う。みんなも一生懸命、数をかぞえながら移調している。
 「なんでそんな面倒臭いことするんだろ?」
 私は首を捻るばかりだった。
 だって私は、言葉を喋るのと同じ感覚で、瞬時のうちに移調出来てしまっていたのだから。

 授業が終わって、友達にそのことを聞いても、全く話が噛み合わなかったことを、今でもよく憶えている。
 その時、私に向けられた不思議そうな顔も。

 しかし、この絶対音感、音楽で身を立てていない私にとっては、なーんにも役に立たない特殊能力なのだ。
 あ、カラオケのハモり部分では、威力を発揮するけどね。
 
「待つわ」とか「あずさ2号」とか。Winkもイケる。

 …だからさっき言ったじゃん。
 五嶋みどりとは月とスッポンだって。

 

 

あとがき)馳 星周に遭遇。やはりご近所でした。

1999.4.8 (Thu.)

 

 webの世界では仲良し(だと私が勝手に思っている)の方から、電話があった。

 「ぷるぷるさんですか?◯◯です」

 どっしぇ〜!
 どどどどどどどど、どうひまひょう。どきどき。

 この瞬間、webの世界と現実の世界が融合して、新しい感覚が私の中に生まれる。
 何度か経験してはいるものの、このなんとも言えない気持ちは、いつも私を楽しいパニック状態に引き込んでしまうのだ。

 電話で異常にウケてしまってごめんなさい。
 照れです。思いっきり。

 それにしても。
 あの方が
 「ぷるぷるさんですか?」
とおっしゃった瞬間に、やはりというかナンというか、こう思わずにはいられなかったね。

「神よ!哀れな小羊(?)にもっとマシなハンドルネームをーッ!」

 でも、『ぷるぷる』と名付けたのは、ほかならぬこのワタクシ。
 あぁ、半年前の自分を殴りたい。

あとがき)悔やんでも悔やみきれぬ。

1999.4.9 (Fri.)

 

 決死の覚悟で書く。
 最近、テレビで中山美穂を見ても、何故かゴリラにしか見えないのだ。

 発端は、ある方の日記である。
 お名前を失念してしまって恐縮だが、その中に「中山美穂はよく見るとゴリラ顔」という一文を発見。
 「あんなに美人なのにゴリラなはずないじゃーん」
と、その時は思ったものの、注意深く中山美穂の顔を見てみるとですねぇ・・・。

 むぅ。確かにそうかも。
 鼻の両穴の角度とか、口の周りのシワ具合とか。

 中山美穂にしてみれば、限りなくアニメ顔な私にこんなこと言われたくないだろうなぁ。
 でも、ゴリラだよ。どう見ても。

 それから、広末涼子。
 あぁ、これも決死の覚悟。世の男性諸君よ、すまん。

 飽き飽きなんです。露出のし過ぎで。
 確かにヒロスエはカワイイ。でも、イメージに進歩ないんだよなぁ。

 代理店のオヤジにウケてるうちはいいけど、これからどーなることやら。
 いつまでも自分のことを「ヒロスエ」なんて言ってらんないだろうしさ。

 更に、ボージャック夫人樣。
 あ、コレは決死の覚悟系ではありません。うふ。

 オトコゴコロをグッと掴むのは、厚化粧より薄化粧。確かにそのとーり。
 でも…そりは、素顔が美しい方にのみ通用するノウハウなのじゃ!

 私を含め素顔にごまかしが一切きかない系のオンナは、化粧をすればする程、綺麗になってるハズだわん、と信じてやまないのです。己の限界への挑戦、とでも言いましょうか。

 でもそれが、己の限界どころか、相手の我慢の限界を超えてしまうような結果になりかねないんスよねぇ。難しいわぁ、オンナゴコロと化粧のかけひきは。

 結局、何が言いたいのかと言うと、みんな中山美穂やヒロスエになりたいんス。
 自分の素顔は棚に上げて。思いっきり高い場所に上げてね。

 そういう意味では、己の限界を知ったオンナは強いのかも。

 

 

あとがき)ボージャック夫人はすげー美人なんだぞー!

1999.4.10 (Sat.)

 

 昨夜、けっこう飲んだんです。荻窪で。

 そして、一軒目の店を出たところで、ついついやっちゃったんです。
 盗みを。

 万引きさえやったことのないこの善良な私を、こんな風に変えてしまうのは、酒。そう、酒なんです。
 酒にやられた脳が、無情な指令を出すのです。

「盗っちゃえよ」

                                               と。

 しかも、目撃者多数。極上のシャンパンが良く似合うロマネコンティさん、何故洗面所にエステーローダーの フルーション(しかも大瓶)があるんだい?独身貴族さん、「俺は日本では独身なんだぁ!」と言い張ってやまないお茶目な管理者さま、キュートなお顔に似合わず「八海山一升瓶買おう!」と私にせまった蟹…いや、おねえさま、そして、「金ならある!」と豪語していた四次元の胃袋を持つ富山美人…。

 あぁ…みなさま。
 どうか、愚かなワタクシを許してちょんまげ。

 というワケで、懺悔します。

 店の入り口にディスプレイしてあった玉葱いっこ盗んで、ごめんちゃい…
 その後、スライスしてちゃんと水にさらしました。

 

                                    あとがき)そういう問題ではない。

1999.4.12 (Mon.)
*** 業務連絡 ***

極上のロマネコンティさん 八海山の一升瓶さん 四次元の胃袋さん ドクターえんどーさん

 ドクターえんどーにたてかえていただいている例のケーキ代のことをすっかり忘れておりました。
 えんどーさん、
ほんっっっっっとにすみましぇん

 えんどーさん、お手数ですが、この日記をご覧になったらば早急に、ワタクシまでご連絡をください。
 すぐにどうにか致しますので。

 というワケで、みなさまには、またメールにて追ってお知らせいたします。かしこ。

 昨夜、同居人と西新宿のとある焼肉屋に入った。
 初めて入るその店には、私達以外の客はおらず、つけっぱなしのテレビには韓国のドラマが。

 給仕をしてくれた女の子は、ウンともスンとも言わない。
 「おまたせいたしました」「失礼します」も、もちろんナシ。

 私達がビールを飲みつつ、焼肉を食べている間中、彼女は別の客席に座ってテレビを見ていた。
 店長らしき中年の男性と、大きな声で喋りながら。もちろんハングルで。

 しばらくして、店長がオーダーストップの旨を私達に告げてきた。
 すでにお腹いっぱいになりつつあったので、「追加はありません」と言ったその直後のことである。

 なんと、店長と女の子は、店の片付けをガンガンにし始めたのだ。
 念のために言っておく。私達はダラダラとその店にずーっと居座っていたワケではない。店に入ってから40分くらいしか経っていなかったのだ。

 他のテーブルの椅子をあげ、炭を全部片付ける。果ては、すぐトナリで私達がまだ食べているというのに、マジックリンを大量に吹きかけながら、コンロを磨きはじめた。

 余分と見なされた照明は全て消され、後は私達が食べ終わるのを待つばかりとなった店内で、店長と女の子は、だるそうに私達の方を見つめている。

 私は怒りでチョ〜不機嫌になった。
 すげーぞ、この応対。我が生涯ワースト1だ。

 ぷるぷるならぬ、ぷりぷりしていた私とは対照的に、同居人はというと、ケロッとしてやがる。
 なんでなんだ?なんで怒んないんだぁ?

 「だってそういうお国柄だから。合理的じゃん?」

 私は韓国についてよく知らないけれども、そうなのか?
 そう言われちゃうと、ぐぅの音も出ないじゃんよ。

 それにしても。
 考えてみると、確かに日本のサービスって異常かもなぁ。
 イタレリツクセリというか。過剰なまでにあれこれやっちゃってくれるもんね。

 それに思いっきり慣れてる私の方が、ひょっとしたら異常なのかも。
 でも、あの店には二度と行かんぞ。

 

                                 あとがき)焼肉は美味しかったんだけどなぁ。

1999.4.13 (Tue.)

 

 日記を通じて、自身と関わりのあるweb世界がガンガンに広がりつつある今、ちょっと困ったことが起きている。web世界でのおつきあいから生じるあんな憤りやこんな怒りを、web日記に書くことが出来ないのだ。

 どうして?
 それは、私が関わるべき問題ではないからだよ。あくまで第三者でしかない私に、あれこれ書く権利はないのだ。ましてや、それが非常にプライベートな話題であれば。しかもそれが恋愛沙汰ならば尚更。

 でも、日記ってヤツぁ、その日その日に自分が感じたことを書くもんだ。
 現実世界において、友人が離婚すれば、当然それは私に大きな衝撃を与える。友人が失恋すれば、それもまた私にショックを与える。そして私は、その時々に思ったことを日記に書く…と。

 現実世界の友人達が私のページを読むなんてことは、まずない。だから、いろいろ書いたって彼らの問題に関与することにはならないのよね。つまり、私は、彼らの目の届かない場所で、安心して「おおさまのみみはろばのみみ」を実行していたワケだよ。

 けれども、web世界は違う。
 webの友人は当然、私へのコミュニケートの一環として、このページをチェックするからね。
 私が日記上で、ある問題について言及するということは、どんなにストレートな表現を避けたとしても、間接的にその当事者に対して発言していることになるのだ。

 がんじがらめでどうにもならん。

 知り合うきっかけが、現実世界とweb世界という異なる場所だったとはいえ、彼らが私にとって大切な友人であることには変わりない。嘘でもなんでもなく。

 だからこそ、私に与える影響はデカい。そしてそれは、その日あった出来事として私の心をとらえ、キーボードへと私を向かわせる。
 でも、出来ない。

 web日記って、難しい。
 別ハンドルで裏日記を書く人の気持ちが、ちょっとわかったような気がした。

 

          あとがき)…靴下をどっかに忘れてくる方が、よっぽど変であるぞよ。とやまびじんめッ!(笑)

1999.4.14 (Wed.)

 

 織田裕二め…DoCoMoとのCM契約が切れた途端、IDOのCMに出てんじゃねーよ。
 しかも、アレ何?

 「やっぱこっちにしよっかなー」

 イカす。イケてます。なんか思いっきり割り切って世の中ナメてるカンジですげーいいです。
                                    
(このCM、関東ローカルっすか?)

 なーんてかねがね思ってたんだけど、昨夜の同居人からのカエルコールが、あのIDO「cdmaOne」経由だったのよ。なんでも、タクシーに乗ったら、cdmaOneの「御自由にお試しください」キャンペーンをやってて、車内に置いてあったんだってさ。つまり、タクシーに乗ってる間中、何処へでもかけ放題。

 なるほどなぁ。
 タクシーに1人で乗ると、結構ヒマだもんね。よって、自然とケータイに手がのびる。
 それを逆手にとった「お試しキャンペーン」…凄い。考えてるわ。

 して、CMでも高らかにうたわれている「音の良さ」はといいますと、これまた、すげーいいんですわ。
 ケータイじゃなくて、まるでフツーの電話で話しているみたに綺麗だった。マジで。お勧めよん。

 はい。ここまで昨日の日記。
 アップすんの忘れてたのよね。忙しくて。
 しかし、つまんねー日記だなぁ、ほんま。でも、こうして残してわざわざアップしたのは、やっぱ日記が私の分身のひとつだからでしょう。消すのは簡単だけど、でも…ね。

 これは私の性格を実に顕著にあらわしている。
 とにもかくにも捨てられないのよ、モノを。

 幼稚園の頃書いた絵、小学生の頃の日記全部&なつやすみ帳、はじめて貰ったらぶれたー、作文、ピアノの楽譜、バレーボールのサポーター、弓道の袴…。

 これらぜーんぶ、実家にあるもんね。母親に口うるさく「いい加減、捨てんさいや!」と言われ続けて、はやウン年。でも、絶対に捨てるもんか。

 どんなにボロボロになっても、あれもこれも私の分身。あの頃の私を知る宝物なのだ。
 まぁ、手元に置かず実家にあるってトコが泣けるけど。かあちゃんごめんよ。家をガラクタだらけにして。

 日記もそう。
 削除するのは簡単。でも、絶対に消すもんか。過去の私を知る分身だもんね。
 たとえそれが目の毒であっても、しゃーないな。

 織田裕二みたく、割り切ることなんて出来ないのさ。フッ。

 

                           あとがき)爆弾岩を攻撃するのって、ドキドキするよね?

1999.4.16 (Fri.)

 

 林 真理子じゃないが、私は、あの大いなるマンネリに満ちた長寿番組、「新婚さんいらっしゃい」が好きだ。桂 三枝が椅子から転げ落ちるシーンに「オイオイ…」と思いながらも、新婚カップルのベタベタなのろけ話に「くっだらねぇ」と毒づきながらも、どうしても見てしまうのだ。

 子供の頃、我が家では、日曜日の午後になると、父が必ずこの番組にチャンネルを合わせていた。よって、ガキンチョの私も、タバコの匂いがする父のトナリでおとなしく「新婚さんいらっしゃい」を見るハメになっていたのだ。ちなみに当時の女性司会者は、ジョン・シェパードだったと記憶している。

 子供には意味不明な点が多かったトークコーナーを見ている最中に、父はいつもゲへゲへ笑う。
 「なんでこんなんおもしろいんじゃろ?」
と不思議に思いながら、私は後半部分のパネルゲームがスタートするのを心待ちにしていたものだ。

 すでにパネルが開いているにも拘らず、とんちんかんなトコロを開けようとする馬鹿なカップルがたまにいて、子供ながらに
 「アホか」
と感じることも少なくなかった。ゲームが終わって、ひとつも商品をゲット出来なかったカップルに同情し、
 「このひとたち、あしたになったら、ごきんじょのいいわらいものになるんじゃ…」
と、本気で心配したりもした。「YES-NOまくら」しかゲット出来なかったカップルが、見事海外旅行を射止めた時などは、「いっすんさきは、なにがおこるかわからない」という人生の機微を幼いながらに感じたもんだ。ちなみに現在、この「YES-NOまくら」の役割を担っているのは、たわしである。

 しかし、私もそれなりに成長し、トーク番組の内容を理解出来るようになると、パネルゲームなんてそっちのけになってしまった。

 おいおい、夜の生活のことまで話すんかおのれらは?
 え?奥さんがダンナを食っちゃったからつきあうようになったのかよ〜?
 しっかし、ようしゃべるなぁこの奥さん。ダンナの顔が見てみたいよ…あ、トナリにいたわ。

 それにしても、すげー数の視聴者に対して、あっけらかんと自分達のノロケを話すカップル達は、なにゆえテレビに出る気になるのだろうか?
 最初は、パネルゲームの商品&海外旅行ゲットの為かなぁ、と思っていたのだが、どうも違うクサイ。
 だって、たったあれだけの商品と引き換えに、自分達のチョ〜プライベートな話を暴露するのは、どう考えてもリスクがデカすぎるもん。放送翌日、どんなカオして出社すりゃえーんじゃ?

 多分、アレだ。日記と同じ。
 自分のプライベートを人に話すことで、自意識を満たしているんだろうなぁ。

 「私達、結婚してこぉ〜んなに幸せなんですぅ〜」

 もちろん、私も同じ穴のムジナだけどさ。過去ログを見よ。「新婚さんいらっしゃい」なんてメじゃない、あんな話やこんな話がテンコモリじゃ。
 それを受けて、ヘイヘイ、そーでっか…と思いながらも番組を見る私は、人の日記を読む時の心境と同じなのかも。

 まぁ、日記の方が功罪は少ないかもなぁ。だって、カオも本名もわかんないし。
 だから、私は日記を書くのだ。狡いオンナなのだよ、わははは。

 ところで、何の功罪?

あとがき)綾乃さんへ:爆弾岩はMPケチってどくばりで一撃必殺を狙ってると、突然爆発するんですよね。んで、力が全員1になっちまうんス。

1999.4.18 (Sun.)

 

 同居人はどちらかと言えば、強引なタイプの人間だ。しかも、思ったことをハッキリと言う。
 一方、私はと言えば、奥ゆかしい大和撫子とまではいかないまでも・・・いやいや絶対にそんなことはないのであるが、くどいがそんなことを言った日にゃ刺されてしまうこと確実なのだが、思ったことを一度心の中で噛み砕いてから、発言するタイプである。

 よって、私と同居人の表面的な力関係は、

同居人>私

となってしまう。何をするにしてもそうだ。

 けれども、私がこの状況を享受しているかというと、そうではない。
 相手に引きずられている自分にイライラし、どうしようもない気持ちに襲われるのだ。

 解決方法は簡単。
 私が思ったことをズビズバ言えばいいのである。そこでケンカになろうと殴り合いになろうと。
 でも、言えない。

 私は恋愛に関してのみ、とんでもなく臆病になってしまうのだよ。
 相手に良く思われたい、相手の気持ちを優先させたい、相手に嫌われたくない・・・そんな気持ちが私をセーブさせているのだ。

 でも、その結果がイライラじゃあなぁ・・・あぁ、なんてバランスの悪い女。

 自分が相手に合わせることで「私はここまで努力してるのよ」といやらしく思い、相手に対する優越感を育む。そして、それを拠り所にすると同時に、自分の武器にもする。

 己の苛立ちと引きかえに。

 こえーよ、自分。
 恐すぎ。こわくてまいっちんぐ。

 けれども、ここ最近、こんな自分がアホらしくなってきて、あれもこれもズビズバ言い続けている。
 確かにケンカの回数は増えた。けれども、その度に新しい価値観が二人の間に生まれている。
                                      ・・・ような気がする。

 自分を大事に。自分が幸せになるように。
 ひいては、それが同居人の幸せにも繋がると信じて。

 だって、好きな人が自分の為に何か我慢してるのって、ヤじゃんよ?

 

                              あとがき)昨日は車でどらいぶ。休日の都心はびっくりするほどすいてます。

1999.4.20 (Tue.)

 

 女子高生時代。
 私は「Olive」の愛読者であった。
 バルーンスカート、D.C.ブランド、ラフォーレ原宿、栗尾美恵子、プリンセス・サッシュ。
 地方育ちの私には手も足も出ぬほど、キラキラした世界がそこにはあった。

 その中でも、言わずと知れた「インテリア特集」に、私はことさら心を奪われた。
 東京の私立女子校に通うタメのオリーブ少女達が自分の素敵なお城を紹介するのだ。

 「出窓にはテディ・ベアがたくさんあるの」

 思いっきり触発された私は、果敢にも自宅の部屋をなんとかオリーブ少女っぽくしようと挑戦してみた。
 出窓出窓はと・・・んなもん、あるかい。
 テディ・ベア・・・の代わりに、別コミをはじめとする少女マンガ雑誌が散乱しとるやんけ。
 あ、大人の階段を昇るための参考書、「ポップティーン」なんかもあったなぁ。

 「はじめてなのにイっちゃいました(はぁと)」

 閑話休題。
 結局、私は現実を目のあたりにし、チャレンジするのを止めた。
 最大の要因は、処女喪失体験談から得た「すっげー痛いらしい」という情報が胸を去来し・・・失礼。私の部屋には、母が嫁入り道具に持ってきた古臭いタンスと、ひょっとしたら髪がのびているのかも、と思わずにはいられない、これまた古い日本人形があり、にっちもさっちもいかなかったからだ。

 OL時代。
 私は「an・an」の愛読者であった。
 代官山、自由が丘、オープンカフェ、ビームス、セントジェームス、アダム・エ・ロペ。
 大学からこっち九州にいた私には、想像しがたい世界がそこにはあった。

 そしてまた、ここでも私は、言わずと知れた「インテリア特集」にご執心であった。
 東京の、カタカナ職業に就いている華やかな女性達が、自らシンプルなお城を紹介する。

 「花瓶には花を欠かさずに。テーブル&チェアーで自分だけの空間を作ってみては?」

 感化されまくった私は、懲りずに自分のワンルームをなんとかan・anっぽくしようと挑戦してみた。 
 花瓶に花ね・・・おお、花瓶はあるやんけ。よっしゃ、花買ってこ。
 3日後。なんか花、枯れてきたなぁ。水も濁っとるわ。お、10円玉を入れたら花が長持ちするって誰か言ってたな。この際、入れたれ。
 一週間後。ありゃ?花がドライフラワーになっとる。水は・・・あっちゃー、なくなってしもうた。

 まぁ、花がダメでもテーブル&チェアーでスリッパな生活は、まだ可能性が・・・。

 ウチ、コタツやん。コタツは何処に置く?
 大体、日本人がコタツなしでどーやって冬を越せっちゅーんじゃ?
 コタツは楽チンなのになぁ。何故か買ってしまう「
(今はなき)微笑」も手に届くところに置いておけば、寝ッ転がったままいつでも読めるし。それにしても、「微笑」って勉強になるわぁ。なになに・・・

 「オットがもう1年も抱いてくれません。どうしたらいいのでしょうか?」

 くどいが閑話休題。
 結局、私はまたまた現実を思い知ることとなり、チャレンジするのを止めた。
 オットが抱いてくれないのなら、自分で襲えばいいのだ。食っちゃえばいいのだ。たとえば寝込みを・・・違うちがう。私の部屋に鎮座するコタツ様をうまく活用したインテリア術なんて、an・anに載っているはずもなく、かといって、コタツをしまうスペースもないので、私はコタツと共に生きることを決意したのだ。

 現在。
 我が家の本棚には「TOKYO STYLE」という本が置いてある。
 マスコミが垂れ流しにする美しく整った部屋ではなく、そこに生活する人間の匂いがプンプン漂う部屋ばかりを集めた写真集である。

 そう、これでいいのだ。
 シンプルなんて冗談じゃない。
 無理して背伸びして、何になる?

 自分達が愛してやまないモノ達に囲まれた、この部屋でいいのだ。
 ここが私をいちばん安らかにしてくれる空間なのだから。

 「微笑」も 「ポップティーン」も、もういらない。
 自分のペースでじっくりと。

 

                                                    あとがき)引っ越しが恐い。

1999.4.21 (Wed.)

 

 私は傲慢だったのかもしれない。

 私は、webの世界ではハンドルネームを常時使い、自身が本当は誰なのかわからない状況の中で、自由に振る舞い、気侭に書いてきた。そうすることで、誰かに迷惑がかかるワケでもないし、誰かから責められるワケでもない。私はこの状況に満足し、匿名性のありがたさを充分に味わっていた。

 同時に、私という人間がこの日記を書いていることを知っていて、なおかつ、私と深い結びつきを持つ人間がひとり、この世に存在していることをすっかり忘れていたのである。

 同居人、その人だ。

 彼は、私の日記をあまり読まない。単純に、仕事に追われて読む時間がないのである。
 それを心得ていた私は、一昨日の日記で、過去の恋愛について書いた。
 同居人にもあまり話したことがない、彼と出会う前の甘酸っぱい思い出について、簡潔に書いたのである。

 私はタカをくくっていた。
 「どうせ、読まないよね」
と。しかし、そうは問屋がおろさなかった。悪いことはできないモンである。

 「ホームページ、見たよ」

 カエルコールで飛び出した、思わぬ反応。彼の声は、どう考えても怒っているとしか思えないような、苛立ちに満ちたものだった。どうやら、会社でチェックしたようである。

 帰宅した彼は、案の定、超機嫌が悪かった。
 どうして自分がここまで怒っているのか、とくと説かれ、一体どういうつもりでアレを書いたのか、思いっきり責められた。

 「もし俺がホームページで同じことをしたら、オマエだって嫌だろ?」

 そう言われては、グゥの音も出ない。
 確かにそうだ。過去の恋愛について、なつかしさを交えながら同居人自身の言葉で、全世界の人々に向けた文を公開されたら、そりゃ私だって怒る。

 私は甘えていたのだ。
 匿名性という、居心地のいいヴェールにつつまれた世界に。

 私は心から反省し、彼への誠意の姿勢出しとして、一昨日の日記をこの世から抹消した。
 webの世界とのつきあい方を、改めて考えさせられた春の夜であった。

 ところで、みなさんは、ご家族&恋人さまに対して、どのようなスタンスをとりながらweb日記を書いているのだろうか?公認?それとも絶対秘密?

 人それぞれだとは思うのだが、ちょっぴり興味がある今日このごろ。

                                   あとがき)よりによって・・・。ホント、悪いことはできましぇん。

1999.4.22 (Thu.)

 

イメージがかぶってしまう芸能界の人々を、勝手に斬ってみました。うへ。

大竹しのぶ=大塚寧々=富田靖子=石田ひかり=菅野 ミホ
↑↑
(元祖)桃井かおり
***
大和田 獏=薬丸ヤックン
***
野村ヒロノブ=風間トオル
***
JUDY&MARY 活動休止
↑↑
売り込むチャンスは今だッ!
HYSTERIC BLUE

これと似たことが過去にもありました。

ラルク・アン・シエルのsakuraがクスリで逮捕さる
↑↑
今がチャンス!宣伝費かけて売りこんだれ!
SOPHIA

ほんとに大人の世界はやーねぇ。くす。

あ、あと、私の中で究極なまでにかぶってるのがコレ。

瀬川瑛子=雛形あきこ

だってさー、全体的に湿度高いじゃん?両者共。
SUEDEほどじゃないけどさ。

                                             あとがき)パフィーはダメだね。色ボケで。

1999.4.23(Fri.)

 

 媚び媚び結構。

                                      あとがき)腹立ち。何様>自分。深読み不要。
1999.4.23(Fri.)

 

 わはははは。
 なんだ?昨日の不明日記わ。

 実は昨夜、ワンルーム日記の美緒氏と、お互いに電話しながらネットを徘徊していたのだ。
 つまり、若い身空
(?)のオンナ二人で、自分達の部屋でパソコンに向かいながら電話でべちゃくちゃ喋るという、何ともくらぁ〜い遊びをやっていたのだよ。ぷぷ。

 その中でも面白かったのが、メールの送受信。

 美緒氏
  「メール、今から送るよ、送るよ、おく・・・ったよー!」
        ↓
(30秒後)
 ワタクシ、受信チェック
  「おおおおお!届いとる届いとる!さすがじゃ、電子の力め!らりらりら〜♪」

 ・・・おいおい、電話してんなら、わざわざメール送るなよ!(笑)

 それから、お決まりの日記チェック。
 いやぁ、書けない書けない。何を話したのか、この場ではとても。

 リアルタイムでべしゃくりながら、画面を見てあーだこーだと言うのは、ホント、いぢわるちっくで楽しい。お互いの性格の悪さ奥深さが思いっきり出ちゃうし。うへへ。

 しかし。
 コレ、他人さまには見せられたモンじゃない姿だなぁ。
 特に、好きな人には。

 オンナのストレス解消は、こうやってオトコの知らないトコロで着実に行われているのである。
 うひひひ。
 

                                      あとがき)美緒さん、その節は長時間、すみましぇんでした。
1999.4.24(Sat)

 

 う…うう…五月蝿いッ!選挙カー!
 都知事選の頃は、ほとんど徘徊してなかったクセに、明石氏の選挙カーなんか、
 「弟、明石◯◯が助手席に同乗してのお願いにあがりました!」
と、当の弟君ではなくウグイスなおねえちゃんが声を張り上げているという、同情票を集めるにしてはあまりにもショボイことやっちゃってたのに、今回はひでーよ。

 ウチは渋谷区。どうやら、渋谷区議選と区長選が行われるようであるが、定員数が何名で、候補者が総勢何名なのか、私はまーったく知らない。すげー数らしいッスけど。

 そうは言いつつも、一応選挙権を持つ身。
 都知事選もちゃんと雨の中、投票してきた。ドクター中松に入れたかどうかは定かではないが。
 まぁ、そんなワケで、今回の選挙についても、きちんと候補者のヒトトナリや公約等、諸々の検討事項を自分なりに集めて、これからの渋谷区政について考えてみようと思っていた。

 でも、ンな気、どっかにぶっ飛ぶんだよなぁ。あまりにも選挙カーがうるさくて。
 朝、「よろしくお願いします!」の声で目覚めてみると、8時5分…。私は8時20分に起きれば仕事に間に合うのに、15分も早く起こされるのだ。朝の15分、それは昼間の2時間に相当する。
 夜、「うるせーなー、まだやってんのかよー」と思い時計に目をやると、19時55分。テクノで一日の疲れを癒している最中だというのに、しかもヘッドホンで聴いているというのに、容赦なく「よろしくお願いします!」のヤロウは私の耳に飛び込んでくるのだ。はじめにんげんギャートルズさながらのデカさで。

 「区民のみなさまが安らかに生活できる区政を目指して頑張りますッ」
 あーあーあー、とりあえず今、ぜーんぜん安らかじゃないんスけど。アンタんトコの宣伝で。

 乳飲み児をかかえるご家庭への迷惑を考えたことあるんか?
 受験生をかかえるご家庭への迷惑を考えたことあるんか?
 昼夜逆転生活を送らざるをえない仕事に従事している方々への迷惑を考えたことあるんか?

 てなワケで、私は投票には行かないつもりである。
 はっきり言って、有権者は怒ってます。うるさすぎ。ウザすぎ。

 候補者の方々、アンタの常識を疑います。
 いままで、さまざまな地域に住んだけど、
渋谷区がワーストだぜ。

 私のように、投票所へ行く気が失せてしまう有権者をわざと生み出すために、あんなうるさい宣伝をやってるのなら、それはそれで策士だけど。

  誰だ?投票率が低ければ低いほど、当選の確率が上がるヤツは?

                                           あとがき)ああ、また回ってきやがった。
1999.4.27 (Tue)

 

 セックス・マシンガンズなんである。
 セックスがマシンガンなのかは定かではないが、今、ライヴが最も面白いバンドであることは間違いない。

 この何ともウハウハなバンド名には、セックス・ピストルズよりも凄いバンドになるように、という願いが込められているんだそうだ。だからといって、決してパンクバンドというワケではない。いや、ぜーんぜん違う。だって、メタルなんだもん。

 まぁ、ちょっと嫌な言葉であるが、敢えて言うなら「シャパニーズ・メタル」であろうか。

 ここで「うげー」と思った諸君、ちょっと待っていただきたい。
 だって、「でも」がつくんだから。

 そう、彼らはシャパニーズメタルかもしれない。でも、そこに笑いの要素がからんでくるんだよなぁ。
 その特徴が最も現れている曲が、このほど発売された。

 「みかんのうた」

 愛媛のみかんを称え、愛し、激しく求めるオトコの熱い情熱を歌った名曲である。
 むっちゃハイレベルの演奏で、ハイトーンの声でこれを世に送りだしたのである。

 とにかく凄いのだ。
 何がって・・・笑えるんだよ。

 「おれにみかんをくわせろ〜ッ!」

 メンバーみんな年くってるけど、決して美しくないけど、私はセックス・マシンガンズのこのセンスに脱帽だ。だんご3兄弟もいいけど、そろそろこういう真面目なみかん・・・じゃなかった、バンドが売れてもいいんじゃないかなぁ。

 メジャーデビュー直前に彼らのライヴをたまたま見かけて、大笑いしてしまった私は、このままセックス・マシンガンズが、宇多田ヒカルと肩を並べるほどにまで突っ走ってくれるのを、密かに心待ちにしているのである。無理っぽいけど。(笑)

 カラオケでコレ、歌いたいなぁ。

                                        あとがき)最近、東芝EMIさんは活気づいてまんなぁ。
1999.4.28 (Wed)

 

 私には同居人がいる。けれども結婚しているワケではない。
 彼とつきあって4年、一緒に暮らして2年ほど経つのだが、私の意識の中に「結婚」の2文字はほとんどないと言ってもいい。

 なんでだろ?
 答えは至極簡単。私自身が結婚したことないから、「結婚」というものがどういうものなのか、全くわかんないのだ。

 ところで。
 この間、ニュース番組の特集で、リストラ宣告された夫に対して妻がどう反応するかによって、夫のその後の頑張り方が全く違ってくる、というようなことを言っていた。
 その中で、多くの妻が、リストラの憂き目にあった夫に対して冷たい言葉を浴びせた挙げ句、離婚、という道を選ぶこともあわせて報道されていた。

 私としては、こんな一方的な情報を鵜呑みにしたくないのだが、それでも、凄く悲しい気持ちでいっぱいになってしまったなぁ。

 彼女達は、リストラされた夫の気持ちを考えたことがあるのだろうか?

 そこにあるのは、生活を共にしていくパートナーとしてのお互いの姿ではなく、無味乾燥なギヴ&テイクでかろうじて成り立っている夫婦関係だけなのである。夫がリストラされたことによって、その均衡が崩れた途端、結婚生活を続ける意味がなくなってしまうのだ。

 くどいが、私は結婚したことがないので、この件に関して何かを言う権利はないのかもしれない。
 けれども、若気の至りと言われようと、敢えて言うぞ。

 そこに愛はないのか?
 結婚する前は、人ぞれぞれ、アルバムを彩る出来ごとや甘酸っぱい感情があったはずなのに、なんで?

 「結婚は『生活』なんだから、そんな甘ったれたことなんて、言ってらんないの!」

 へい。おっしゃる通りです。
 でも、そういった甘ったれた感情なしには、結婚生活なんて続けられないと思うんだけどなぁ。

 こんな私は、やっぱ甘いのか?

 

                                        あとがき)うへへ。新宿で飲んできました。うぃ〜ッ。


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