キリスト教代表人物のメッセージ(1)


 霊界統一原理セミナー所感「使徒パウロ」

 『人間の責任分担の重要性認識』

 使徒パウロは、恵まれた者の中の恵まれた者です。個人的にイエス様にもお会いし、その愛も受け、再臨の主の温かい愛と指示と使命も受け、万軍の主の真心のこもった愛の中で、新しい真理に接するようになったのですから、これ以上に恵まれた者がどこにいるでしょうか。使徒パウロは、ダマスコで主と出会う以前から伝統的な神観に対する信仰と信頼は、何物とも取り替えることが出来ないほどにしっかりと心に刻まれていました。

 事実、復活の主にダマスコで出会って体験していなければ、使徒パウロのそのような思考方式は、少しも動揺しなかったでしょう。信仰というものは、真(まこと)に奇異で神秘なものでした。直接復活の主を体験することによって、自らのすべてのものを差し出すことが出来ました。すべてのものを捨ててただただ復活の主にのみ夢中になっていました。今、再び、『統一原理』を学びながら、使徒パウロの伝統的神観がどれほど間違っていたのかをはっきりと悟るようになりました。

 神様や復活の主や再臨のメシヤは、私たち人間が必ず侍らなければならない方々でした。復帰摂理の過程において、神様のみ旨が成し遂げられないたびに、数多くの中心人物たちが交替していきながら復帰摂理歴史は延長されてきました。

 しかし、使徒パウロの考えは、あまりにも浅いものでした。神様のみ旨は変わることが出来ませんが、ある摂理的中心人物たちが、自らの責任を実行することが出来ない時、神様の摂理が延長して新しい人物が現れ、その使命を完結しなければならないという事実を悟ることが出来なかったのです。人間の責任分担の重要性を深く悟りました。神様の全能性にのみ頼ったまま、人間の責任は考えることが出来なかったと思います。一個人の小さな責任は、神様の大きな予定のみ旨の前にはとても小さなものでしたが、一個人にとってその責任は一〇〇パーセントだと見ることが出来ます。一個人の責任は、神様のみ旨と比較すればとても小さなものですが、個人的に一〇〇パーセントだと考えれば、それが神様の摂理の前にとても比重のあるものなのです。ところが、パウロは、そのことを考えることすら出来なかったのです。

 現代キリスト教の絶対予定説は、パウロの間違った考えが生んだ巨大な汚点だと言うことが出来ます。『統一原理』を明らかにされた真の御父母様の前に申し訳ないことこの上ありません。そして、授受作用の理論も、パウロにはあまりにも大きな衝撃をもたらした部分でした。聖徒と聖徒がお互いに愛するということは、平凡な真理でした。このように平凡な真理がなぜ成し遂げられず、闘争と紛争と恨みと嫉妬(しっと)がなくならない世の中になったのでしょうか。このように正確な授受作用の理論があることをパウロが知らなかったのです。このような理論は、誰も明らかにすることが出来ない真理であることは知っていますが、パウロがキリスト教史に残した汚点をどのようにして蕩減(とうげん)することが出来るでしょうか。これ以上の努力によってキリスト教の歴史に最後まで貢献すれば、それを蕩減することが出来るでしょうか。

 真(まこと)の御父母様! パウロの偏見が再臨の主の前につまずきの石になったのではないでしょうか。今ここでは、決してそのようには致しません。『統一原理』を一生懸命に学び、ここに聖徒たちを正しく指導致します。下さった使命を必ず成就するよう徹底して準備しています。

                                                  −2001.9.11−

 霊界統一原理セミナー所感「ジャン・カルヴィン」

 『伝統神学の絶対予定説の問題点を認める』

 神様が人間を訪ねてこられる時、数多くの艱難(かんなん)と困難を経てこられました。いくら大きな苦痛があっても、それを子女に表現することが出来ない父母の心情が人類歴史の背後に隠されていました。

 人間は、神様が自らの父母であるという事実すら知ることが出来なかったという復帰摂理歴史が、カルヴィンの心をとても痛めました。カルヴィンは、神様があらゆるところにいらっしゃり、全知全能であられるので、神様のみ旨を自ら成し遂げられると思っていました。復帰摂理の過程に現れた困難も喜びも悲しみも、すべて神様の全能性によって解決されるものと考えていました。特に神様は、孤独の神様、悲しみの神様、恨(ハン)の神様だったという事実は、想像すらも出来ませんでした。

 エデンの園においてのアダムとエバの堕落は、神様の絶対予定だったのであって、人間の失敗だったということは一度も考えたことがありませんでした。これは、全く話にならないものだと思っていました。全知全能であられる神様、絶対者神様がなぜ人間をそのように造られたのかという疑問を数限りなくもちましたが、その解答を探し出す道は全くありませんでした。

 この数多くの人士たちが招聘(しょうへい)されたこの場において、李相軒(イサンホン)先生は、真の父母の思想とカルヴィンの思想を比較しながら、討論しました。その後カルヴィンは、『統一原理』全体を聴講し、歴史の同時性時代を聞きながら、感服と畏敬(いけい)を禁ずることが出来ませんでした。

 李相軒先生は、私、カルヴィンを理解させながら、涙で講義しました。李相軒先生は、「文鮮明(ムンソンミョン)先生の教えを受けていなければ、今私は、地獄の底をさまよっていたでしょう」と言い、「数多くの苦痛とつらさの中で『統一思想』に接して人生の方向をつかむことが出来ました」と言いました。『統一原理』は、カルヴィンの思想と理論を根こそぎ踏みつぶしてしまいました。

 今、カルヴィンは、絶対者神様を信じ、神様のみ旨による絶対予定説も完全に理解することが出来ます。今、カルヴィンは申し訳ないことこの上ありません。

 すべての信仰者たちに『統一思想』を勧めたいと思います。絶対者神様の人類を中心とした宇宙の創造目的を知ることが出来なければ、神様を私たち人類の父母としてお迎えすることは出来ません。本当に李相軒先生にとても感謝しています。カルヴィンの思想に限定されているすべての思想家たちと哲学者たちが『統一思想』に接すれば、カルヴィンの思想が非常に部分的であることを悟って恥ずかしく思うでしょう。

 人生の根本を悟らせる『統一思想』、『統一原理』を地上の皆さんは、体系的に研究して下さることをお願いしたいと思います。そして、皆さんは、『統一原理』を明らかにされた文鮮明先生は人類の真の父母、再臨のメシヤとして来られたことを絶対に信じて従順にしなければなりません。ジャン・カルヴィンも必ずそのようにします。

 現在、キリスト教の絶対予定説は、神様の根本的み旨を知ることが出来ないことによって現れたものであることを深く肝に銘じて悟っています。これがジャン・カルヴィンの告白です。本当に有り難うございます。

                                                  −2001.9.16−

 霊界統一原理セミナー所感「マルチン・ルター」

 “『統一原理』が明らかにされていたならば宗教改革も必要なかったものを”

 まず感謝と尊敬の意を表します。立派な思想を明らかにして下さった文鮮明先生に心から感謝しながらこの文をお捧げ致します。本来、ルターは、限りない神様の愛の体験を根拠として信仰生活をしてきました。今回の教育を受けてみると、神様の前に宗教改革は、大きな不孝をしでかした事件になったかもしれないという心の葛藤(かっとう)が起きました。

 文鮮明先生、人類の真の御父母様、そして再臨のメシヤなど、すべての呼称は当然であり、ふさわしいものです。何をもってこのような恩恵に報いることが出来るでしょうか。天の秘密をこのように理路整然と明らかにして下さったので感謝しています。今正に人間救済の道が開かれたという確信をもちました。『統一原理』は、すべての思想と宗教的教えを収容することが出来る絶対真理です。このように体系的に成し遂げられた『統一原理』がルター当時に現れていたならば、宗教改革は必要なかったことでしょう。そして、数多くの生命が犠牲にならなかったでしょう。今も宗教の名によって数多くの人々が犠牲になっているので残念に思います。宗教人たちが『統一原理』さえ知れば、宗教の障壁、人種の障壁、思想の障壁がすべて解決されることでしょう。しかし、このような真理がなぜ今になって人類にもたらされたのか・・。数多くの紛争と摩擦などによって病にかかっていった人類を回顧してみるとき、無念な思いがします。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生、どのような呼称でこの文をお捧げすれば、最も大きな尊敬と感謝となり得るのでしょうか。ルターは、ただ感動と感謝だけです。地上にいらっしゃる間、このような原理と思想がすべての人類に、地の果てまで広く伝播(でんぱ)され、人類の惨事が終息され、ただただ神様の愛の世界が実現されることを願います。先生、再臨の主様、ルターは、まだお父様とお呼びすることは出来ないでしょう。主はすべての人類の父母として来られましたが、人類は、各自の資質を磨き上げ、神様と真(まこと)の御父母様の前に真の子女の姿に生まれ変わらなければなりません。

 ルターが真の子女の立場に立つまで、あまりにも多くの時間がかかると思うのですが、このような姿でも子女として受け入れて下さるのでしょうか。先生、ルターも真の子女の立場に立つことが出来るよう努力致します。天の秘密を明らかにして下さったことを心から感謝致します。最高の感謝の表現をお捧げしてこの文を締めくくろうと思います。先生、有り難うございます。本当に有り難うございます。ルターは、この真理の前に渾身(こんしん)の力を尽くします。

                                                  −2001.9.16−

 霊界統一原理セミナー所感「ジョン・ウェスレイ」

 “『統一原理』を新しい神学教材にしなければ”

 『統一原理』と『統一思想』は、私たち人間にとって偉大な福音書であり、人間の必読書であると結論づけたいと思います。ここ霊界と地上には、宗教人と非宗教人など、様々な形態の人間たちが生きています。神様が下さった生命なので、ただそのまま生きていますが、大部分の人間は、自らの人生の方向と目的、そして歴史の出発と方向を全く知らずに生まれ、そして生きています。ただ来てはそのまま行かなければならない人間たちに、このようなとてつもないメッセージが現れたので、私たち全員が教派を超越して精読し、悟らなければならない真理だと思います。

 ウェスレイは、人間に与えられた生命は天から受けたものなので、神様の恩賜に感謝して生きていかなければならず、生命がある限り神様への感謝と尊重を大切にし、誠実に生活しなければならないと思っていました。

 『統一原理』は、偉大でとてつもない真理です。その真理の偉大性をどうにも表現する道がありません。特に、人間の永存性、天国と楽園などに関する具体的な説明がそうです。今、地上に生きている人は、とてつもない幸運であることは間違いありません。ウェスレイは、ここで講義を聞きながら、何度も耐えることが出来ないほどの熱い聖霊を受け、全身が火の塊になりました。ウェスレイの心の人、霊人体は、誰も分からないことですが、瞬間的に空中に浮かんでぐるぐる回って降りてくる、そのような体験をしました。ウェスレイが地上に暮らしている時、抽象的に漠然と考えてきた天国に行こうとすれば、高い障壁を開いた後、十二真珠門を通過するものと常に考えてきました。

 しかし、天国の門には、ただ一つの障壁もなく、数多くの花々が咲く中で花の香りが漂い、数多くの動物たちが愛の姿を表していました。天国がどれほど美しく、豊かで、平穏で、幸福なのか、それを形容するにふさわしい言葉がありません。ウェスレイは、このような天国の美しさを体験しながら原理講義を聞きました。この時、ウェスレイは、完全に天国の民になったように思いました。このような所感をどのように表現すれば心がすっきりするでしょうか。

 おお、神様! これほど組織的で体系的な教えを下さって感謝致します。しかし、このような偉大な教えがあるにもかかわらず、なぜ地上の神学徒たちは、このような教えの恵沢を受けることが出来ないのでしょうか。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生、本当に悔しいです。現代の神学教材に当然入っていかなければならない部分です。神学者たちがこのような真理に目覚めることが出来なければ、彼らは、神学を卒業した後に人間が行くべき正道と全く違う方向に流れていってしまいます。文鮮明先生、本当にお疲れ様でした。再臨の主よ、このような内容をすべての神学者たちが知ることが出来るよう最後まで頑張って下さい。ウェスレイは、あまりにも悔しく不憫(ふびん)です。最初から最後まで感動そのものです。『統一原理』は、その論理展開があまりにも体系的なので、誰でも聞きさえすれば粛然となるでしょう。再臨の主、人類の真(まこと)の父母として王位につかれたので、最後まで人類を救って下さい。文鮮明先生、有り難うございます。そして、お疲れ様でした。ウェスレイは、このような挨拶(あいさつ)しか差し上げることが出来ません。原理教育を受けたウェスレイは、新しい真理によって多くの人たちから特別な礼遇を受けたので、今から新しい姿に生まれ変わり、神様の復帰摂理の経綸(けいりん)に全力を投入して貢献しようと思います。

                                                  −2001.9.17−

 霊界統一原理セミナー所感「聖アウグスティヌス」

 “『統一原理』が全天宙まで伝播(でんぱ)されることを”

 ここでも『統一原理』が偉大な真理だということを認識する人たちがとても増えました。『原理』を聞いた人たちは、彼らの思考方式を変え、彼らの生活方式もとてつもなく変わってきています。これは、地上でも霊界でも同一な現象でしょう。このような『統一原理』を聞きさえすれば、新しい姿に変化するのですが、なぜ一部の教団と教派の信仰者たちは、それを聞きもしないで性急な結論を下すのか、それがとてももどかしく思います。

 アウグスティヌスは、『統一原理』によって半狂人になりました。地上でこの真理を知ることが出来ず、ここに来て知るようになったことがあまりにも無念でした。しかし、文鮮明(ムンソンミョン)先生がここに来られる日を思いながら、今からでも主をお迎えする準備をすることが賢明だと思いました。過去のすべての過ちを捨てて、ただ真理だけに従っていきます。アウグスティヌスは、与えられた召命を常に心に刻印しながらすべての生活を忠実にするでしょう。

 数多くの聖徒たちは、『統一原理』を喜んでいます。アウグスティヌスは、彼らと対話しながら原理教育をしています。特に、キリスト教徒たちとより親しくしながら生活しています。一部のキリスト教徒たちは、この真理と異なる見解をもっていました。アウグスティヌスは、彼らを正しく説得することに一役かっています。

 ある日、骨髄派のキリスト教の女性がアウグスティヌスに現れて、「アウグスティヌスは『統一原理』を聞いてもなぜ何の反応もないのか」と質問しました。その質問の意味は、なぜ異端の声に簡単に染まっていき、ばかのように働いているのかというのです。この女性は、アウグスティヌスの自尊心を激しく傷つけました。本当に怒りが込み上げてきましたが、耐えながら彼女に自らの経験を話してあげました。「『統一原理』の講義を詳細に聞いてみなさい。講義を聞いて途中で異端だと言ってはいけません。すべて聞いてみれば、『異端』という言葉よりも、あなたの胸が締めつけられて痛みしか残っているものがないでしょう」と、本当に真摯(しんし)に語ってあげました。このような人たちはよくいるものです。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生! 真(まこと)の御父母様! アウグスティヌスです。今からは、私を信じて安心して下さい。アウグスティヌスは、この真理の前に一寸の疑心も反抗も致しません。このように再び御機嫌をお伺いすることが出来る機会を下さり、本当に有り難うございます。一日も早くこの真理がこの地からあの地の果てまで、完全に伝播(でんぱ)されることを祈ります。

                                                  −2001.9.17−

 霊界統一原理セミナー所感「ポリュカルポス」

 “『統一原理』は人類の福音書”

 ポリュカルポスは、原理講義を聞きながらとてつもない感激と衝動を受けました。本当にこのような経験は、生涯で初めてのことです。このように組織的で体系的な原理が、私たち人間に新しい真理として登場したという事実自体が、人類にとって福音であり救援です。なぜこのように偉大な真理が今現れたのでしょうか。何世紀前かに現れていても、人類救援に大きな困難はなかったでしょう。残念で仕方がありません。

 誰がこの真理を拒否するでしょうか。ポリュカルポスは、この真理に接し、口のきけない人になった気分です。ここに何の非難が必要でしょうか。あまりにも完璧(かんぺき)な真理です。一言所感を言いなさいと言えば、ただ衝撃、それだけです。この真理を武装して、万民の前に叫んでみたいと思います。どれほど緻密(ちみつ)で感動的な論理展開でしょうか! これは、神様の啓示と言わざるを得ません。人間の頭脳からこのような真理が出てくることは出来ません。

 イエス様の代身、再臨のメシヤとして来られた文鮮明(ムンソンミョン)先生は、真(まこと)に偉大な師です。おそれ多くもお名前を申し上げることも申し訳ないことですが、本当に真の父母であられます。人類の救援にこれ以上に効果的な特効薬はないでしょう。すべての人類が共に学び、磨き上げ、人間の本然の姿を取り戻し、永遠の神様の国で永遠に暮らすことが出来るよう導いて下さい。ここで原理講義を聴講した大部分の人たちは、興奮のるつぼの中で、一方では深刻で、また一方では歓喜の時間を送っています。

 真の御父母様! 有り難うございます。『統一原理』を明らかにして下さったことを心から感謝致します。そして、『統一原理』に目覚めた人たちは、各自が自分なりに心の指示があるだろうと信じます。どうして、『統一原理』を知ってそのまま黙々と暮らすことが出来るでしょうか。静かだった胸に石を投げられたような感じです。真の御父母様の恩賜に深い感謝と尊敬をお捧げ致します。部分部分ごとに多くの感銘を受け、お話ししたいことが多くありますが時間の関係上これで終わります。

                                                  −2001.9.18−

 霊界統一原理セミナー所感「タティアノス」

 “人類平和運動キャンペーンを繰り広げたいです。『統一原理』の生活化が急がれます”

 感動的な原理教育を受け、私に所感を発表出来る機会まで下さり、本当に感謝致します。長久な人類歴史の流れの中で、何も知らずにただ来てはそのまま逝く人間たちが多いですが、今日、地上の人たちはこのような真理を受けられる機会と環境で生活しているので、彼らはどれほど幸福でしょうか。彼らがとてもうらやましくなる時が少なくありませんでした。

 『統一原理』は神様の啓示です。そうでなければ、人間をこのように感動、感化させられるでしょうか。『統一原理』のすべての内容は一様に感動的で衝撃的ですが、特に授受作用の理論がそうです。授受作用の理論はあまりにも平凡な原理であり、すべての存在物に普遍的に適用される理論です。すべての人間たちがこのような理論によって生活するならば、人間社会から対立、摩擦、闘争は完全に消えるだろうと思います。この理論は一寸の誤差もなく、精密で体系的なので、ただ感嘆するばかりです。このような授受作用の理論一つだけ武装しても、人類救援に画期的な成果を上げることでしょう。しかし、すべての人間がこのような原理を体得出来ずにいるという現実が切ないばかりです。そして、『統一原理』を教示なさった文鮮明(ムンソンミョン)先生があまりにも高齢だということが非常にやるせないです。

 『統一原理』に対して誰が反旗を翻すでしょうか。もしそのような人がいるならば、彼は無分別な人であり、とても愚かな人であることを自白することなのです。人間の頭脳からこのような真理が出てき得るでしょうか。今、再びタティアノスが地上人に戻れるならば、絶対にやりたいことがあります。このような真理でもって人類の平和運動キャンペーンを積極的に広げたいのがそれです。授受作用の論理一つだけでも、人間に対する神様の根本愛を十分に説明出来ることでしょう。

 『統一原理』がすべて人間生活に適用されさえするならば、地獄は当然なくなることでしょう。所感発表の時間があまりにも短くて、話したいことをみな話せません。地上にいらっしゃる文鮮明先生は天上天下の真(まこと)の父母として来られました。このことは人類の大慶事です。

 今や人類の救いの道がぱーっと開いたので、私たちは、どれほど恵まれた人たちでしょうか。地上と霊界が一つに統一され得る最も有力なことは、『統一原理』が全天地に等しく伝播(でんぱ)されることだと思います。その日が一日も早く到来するために、タティアノスは『統一原理』の伝播に全力を尽くすつもりです。

 今日、地上人は固陋(ころう)な考えから抜け出して、ここ霊界があることを悟り、神様の摂理を正しく研究しなければなりません。神様はお一人なのに、様々な教派に分かれていることは、神様のみ意(こころ)でしょうか。神様の摂理の焦点がどこにあるのかを悟って、神様の摂理に合わせていく人が真の信仰者だと思います。神の国は遠い所ではありません。人類が行くべき終着地は、ただ一つの所です。人類が永遠の住まい、主なる神の家で、神様と共に永存することが神様のみ旨だとすれば、私たちは今、どこにどのように立っているかを深く考えるべきでしょう。

 人類の真の御父母様! 人類の復帰にどれほど御苦労が多いでしょうか。本当にお疲れ様でした。こちらの私たちは『統一原理』を中心として、すべての人類の生の方向が一つになることを祈ります。

                                                  −2001.9.19−

 霊界統一原理セミナー所感「オリゲネス」

 “人類の原罪清算はただ真の父母だけができるのでしょうか”

 あまりにもとてつもない新しい真理に接しました。ある程度、反省する時間的余裕もなく所感を発表するので、当惑した気持ちで慎重になります。静かな湖畔に座って石投げをすれば、その石ころの方向に従って波紋の大きさが変わるはずです。オリゲネスがこのように突然に所感を発表できるのは、『統一原理』がそれだけオリゲネスの心に大きな感動と衝撃を与えたからです。その衝撃を一言で表現することは出来ません。講義の主題と内容ごとに多様な意味を含んでいるのを一言で要約するということは、天才でも不可能なことでしょう。これはオリゲネスをあまりにもうろたえさせます。オリゲネスの所感発表の時間は決まっているでしょうが、少し超過しても理解をお願いします。

 『統一原理』は神様の啓示によって、文鮮明(ムンソンミョン)先生が千辛万苦の受難に打ち勝って探し出された真理だと、講師たちは説明しました。けれども、オリゲネスは講義を聞きながら、無念で苦しいことがありました。なぜこのように偉大な真理が、この時代にただ文鮮明先生お一人によって明らかにされなければならなかったのか、そして、エデンの園で人間の先祖の堕落によって、彼らの犯罪が人類に遺伝され、多くの歳月の間に罪が罪を生み続け、人類滅亡の境地に至るまで、神様はただ見てだけいらっしゃったのか、それが疑問でした。

 多くの形態の人類の犯罪が、エデンの園での性犯罪から始まることによって、無念にも原罪をもって生まれた多くの人類は、誰に補償を受けなければならないのか、人類の原罪の解明はあまりにも爆弾的な宣言です。人間の先祖の犯罪ですが、オリゲネスにとってはあまりにも無念で悔しいです。オリゲネスはそれを強く否定したいです。それがとても気分を悪くし、自尊心を傷つけます。多くの信仰者が情欲を抑制しながら、善の道を行こうともがいてきました。それにもかかわらず、彼らが原罪を清算するのに無用の物となり、それを彼らの後孫に再び譲るようになったということは、人間の先祖の性犯罪が、神様も回復することが出来ないくらい大きかったというのでしょうか。人間の堕落の本来意味とは何でしょうか。

 今、オリゲネスは興奮と激怒と衝撃が相反し、その程度を表現出来ないくらい混乱しているようです。この点が解決するならば、人間救済のための復帰原理はあまりにも当然なことだと思います。けれども、なぜこのような真理が一度に明らかにされたのでしょうか。時代ごとに、部分的にあらかじめ明らかにされたとするなら、人類救済の方法も簡単ではなかったでしょうか。

 神様はなぜ文鮮明先生にだけ特別な恵みを与えたのか、それも非常に気になるし、もどかしいです。しかし、人類の救世主であり、再臨主であり、真(まこと)の父母の使命をもって来られたということは否認しません。このように偉大な真理が神様からそのお方に教示されたのに、そのお方が父母の位置に立てないはずがあるでしょうか。

 文鮮明先生、オリゲネスの生意気をお許し下さい。メシヤの立場で人類の救援と平和のために奮闘なさるのを心から尊敬し、感謝を申し上げます。しかし、オリゲネスの伝統的信仰観にあまりにも大きな衝撃を与えたので、表現がちょっと生意気だったように思います。オリゲネスは「『統一原理』を何度か聞き、精読して深く研究してみなさい」という講師の方の勧めに従うつもりです。与えられた時間を超過して申し訳ありません。過激な表現も理解して下さるようにお願いします。

                                                  −2001.9.20−

 霊界統一原理セミナー所感「コンスタンティヌス大帝」

 “真の御父母様の直接的な指導を受けたく思います”

 こちらでも皇帝の称号で呼んで下さるので、本当におそれ多く思います。文鮮明(ムンソンミョン)先生は一国の皇帝ではなく、全人類の王であられ、君主であられ、皇帝であられ、真の父母であられることを、今回の教育を通してはっきり悟るようになりました。このような恩恵と感激を表現出来る機会を下さって、本当に感謝しながらも一方では恐れ多く思います。

 当初、人類の出発が誤らなかったならば、このような『原理』は既にその当時、出てきたことでしょう。しかし、人類歴史は堕落世界へと傾き、染まってしまいました。このように切ない人類歴史を経綸(けいりん)されながら、神様がどれほど苦心しただろうかを、私は考えてみます。誤った人類歴史を収拾するために、人類に真の父母が必要だったという事実、言い換えれば、人類は真の父母の真の愛なくして救われないという事実を、原理を通してよく学びました。

 今、新しい真理が人類に現れたので、全人類は真の御父母様の顕現とその苦労に、喜びと賛美の祝祭を捧げるのが当然なことでしょう。しかし、私はこの事実を知らずに今まで生きたので、恐れ多いのですが、今からでも全人類を代表して小さな国の皇帝の名によってお祝い申し上げようと思います。

 文鮮明先生、真の御父母様、人類のメシヤ、再臨の主、王の王として登場された主、万歳、万歳、万歳、感謝致します。感謝致します。

 私は全人類が『統一原理』の真理に従って生きていくことを祝願し、こちらでだけでも神様の国が一日も早く建設され得るように全力を尽くすつもりです。このような聖業の隊列に私を同参させて下さったことに心から感謝申し上げ、私たちのために熱い講義をして下さった講師の方々のも感謝申し上げます。

 真の御父母様、地上における私の皇帝としての人生が決して無駄にならないためには、こちらでどのように生きればいいでしょうか。どのようにすれば真の御父母様に近い所で侍ることが出来るでしょうか。これは皇帝として扱ってくれという意味では決してなく、もう少し品位があり、価値のある生を営むために努力したいという意味です。

 『統一原理』に対していれば、私の心が一層粛然とし、新しい生を出発しようという意欲がおのずと生じます。そして、今まで誤って生きてきた地上生活をも悔い改めさせます。寛容と許し、そして、悔い改めの気持ちが先に造成されれば、真(まこと)の生の価値を切実に感じるようになるでしょう。文鮮明(ムンソンミョン)先生の直接指導を受けようとするならば、どうすればいいでしょうか。あまりにも生意気なお願いでしょう。できるならば真の御父母様の指導を受けて生きようと思います。それはここの講師の方々の姿が私たち皆を感動させ、感激に浮き立つようにしているからです。

 文鮮明先生! 感謝致します。

                                              −2001年9月22日−

 霊界統一原理セミナー所感「アタナシオス」

 “『統一原理』は問題解決の根本的基準です”

 まず『統一原理』という用語が本当に気に入りました。人類の主人であられる神様はお一人であられ、お父様はお一人であられるにもかかわらず、その子女たちは各々お父様と異なる方向で生きていないでしょうか。このような地上生活がいつも心に引っ掛かり、理解出来ませんでした。『統一原理』を丹念に聞くと、地上で解けなかった気掛かりや様々な問題が、ちょうどふさがった障壁がはっきりと開いたかのように、さっと解かれます。

 教団と教派間の葛藤(かっとう)、人種的偏見、文化的な差のゆえに、人類がこのように悩んで生きるように創造されはしなかったはずだと、私はいつも考えてきましたが、『統一原理』に接するようになって、初めてその疑問が明快に解かれました。これよりも明確な理論がどこにあるでしょうか。『統一原理』の説明において講師の方々の論理展開の方法があまりにも卓越しています。講義を聞けば、我知らず、その論理の中にのめり込んでいくようになります。

 『統一原理』は無限に伸びていくしかない真理です。文字どおり『統一原理』です。コンスタンティヌス皇帝が『統一原理』を聞き、皇帝の体裁もつくろわれずに、講師たちの前でぺこぺことお辞儀をされる姿が、本当に純粋で美しくありました。アタナシオスはその皇帝のような勇気はありませんが、『統一原理』の驚きを禁じ得ません。これは率直な告白です。

 再臨の主は成功されました。再臨の主の子女たちの姿だけを見ても、『統一原理』の偉大性を十分に説明出来ることでしょう。『統一原理』はすべての人間の必読書であるのは当然です。原理の所感はどうして言葉で語ることが出来るでしょうか。それはただ感動そのものだと表現するのが最もいいでしょう。どうして今になってこのような講義を聞くようになったのでしょうか。アタナシオスの心で渦巻くこのような感動が、水泡のようにたちまち消えてしまうものではないと信じます。溶鉱炉のような炎がアタナシオスの心をぐるぐる巻いています。『統一原理』は人間の心を隅々まで繊細に整え、整頓(せいとん)させ、浄化させています。地上の人類は恵まれています。『統一原理』の教えどおりに暮らしてこちらに来るならば、今、私たちのように切なさと後悔はしないはずだからです。

 師よ! 文鮮明(ムンソンミョン)先生! 人類のための御苦労を心から感謝申し上げます。

 これよりもっと良い表現があるならばそれを引用したいのですが、それが思い出せません。リポートする女性は本当に恵まれた女性だと思います。多くの人々の感謝を文鮮明先生に直接伝達出来る使命をもったので、どれほど恵まれた人生ですか。伝えたい内容はあまりにもたくさんありますが、「時間を減らしなさい、所感を簡単にしなさい」という願いを受けたため、私たち自身の心情をみな伝達出来ないので、切ないばかりです。一言でただ感謝です。

 新しい真理を知ったので、今からでも超然と心を整理しながら原理法度の道に従って生きていきます。

 文鮮明先生! 地上の問題がみな整理され、こちらへいらっしゃる時、私はうれしい気持ちで侍ることが出来るよう、原理の勉強を一生懸命に致します。それが師を迎える第一の姿勢だと考えます。『真(まこと)の御父母様』という呼称を懇切に呼んでみたいです。願われたすべてのことを成されて、神様の栄光を受けられ、すべての人類の栄光もお受け下さい。

                                              −2001年9月22日−

 霊界統一原理セミナー所感「ベネディクトゥス」

 “『統一原理』の真理性は認めますが、それに対する心情的体験を感じられませんでした”

 『統一原理』は人生の根本方向を教えていると思います。中世から現世まで、神様と人間の関係を『統一原理』ほど具体的に究明した事例はないことでしょう。また、人間があえて神様の実存を明らかにするということは、想像出来ないことでした。

 しかし、『統一原理』は神様の実存に対して、体系的に、論理的に説明し、神様が人類の父母だということを理路整然と説明しています。これはあまりにも驚くべき事実であらざるを得ません。すべての論理展開が新しく、すごいです。『統一原理』によって、神様の根本的なみ旨がはっきりと明らかにされるようになったようです。そのほかに何がもっと明らかにされることを願うでしょうか。

 こちらの多くのキリスト教徒たちは、旧約時代に来られた主(イエス様)に対する質問が少なくありませんでした。「神様のひとり子として選択された人物が、どうして責任を果たせないことがあり得るのか」、「責任を果たせないお方をなぜ送ったのか」などがそれです。このような様々な質問をして、講義を最後まで聞かずに途中で出て行ってしまった人も少なくありませんでした。しかし、最後まで講義を聴講した人々は、概して粛然とします。講義をずっと聞けば、次に質問が解決するからです。『統一原理』にはとてつもない内容があまりにもたくさんあります。ずっと『統一原理』に対して体系的に学びながら分析してみたいと思います。『統一原理』は疑いの余地が全くない真理です。あまりにも正確ではっきりとした真理です。私たち人間に本当に切実な部分を明らかにしました。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生が、イエス様が果たせなかった責任を完遂なさるために再臨されたということに対して、最初は疑懼(ぎく:疑って不安がる)の気持ちをもちました。しかし、同時性の時代と復帰原理、また『統一思想』をみな聴講した後には、そのような疑いが消えると同時に、神様の心情と事情と時代的な流れをよく理解するようになりました。文鮮明先生を真(まこと)の父母と信じて侍るには、まだベネディクトゥスの姿勢が心の深い所から起こりません。しかし、明らかなことは、そうすべき当為性を十分に悟っているという点です。そして、『統一原理』と『統一思想』のすべての内容が、人間救援の方向を正しく提示した偉大な真理であることを確信します。このような真理を明らかにして下さった文鮮明先生の御苦労に、とても感謝致します。この真理が論理的に、理論的に一〇〇パーセント合うとしても、それに対する熱意が私の心から起こらないことも事実です。それは自らの行き過ぎた我執と驕慢(きょうまん)ゆえではないかと、自問自答しています。

                                              −2001年9月23日−

 霊界統一原理セミナー所感「トマス・アクィナス」

 “人類平和を実現する主流思想として”

 「『統一原理』の修練を通して最も印象的な部分一つだけを発表してくれ」という主催側の願いを何度か強調なさったので、その指示に従おうと思います。しかし、大部分の人は時間を超過しました。リポーター女史、私、トマス・アクィナスにも超過時間を下さるのでしょうか。『統一原理』、『統一思想』は平凡な理論ではなく、偉大な真理だと思います。ここの所感発表にトマス・アクィナスが選択されたということに、まず深甚(しんじん)な感謝を捧げます。人類歴史の悲劇がエデンの園での人間の先祖のとてつもない事件から始まったということを知って、大きな衝撃を受けました。あまりにも胸の痛い事情です。

 神様は自らの最大最高の愛を通して、自らの子女が子女らしく成長するために、愛の戒めを下さいました。この戒めは神様御自身も干渉出来なかったものでした。人類の先祖がこの戒めを守らなかったことはとても胸の痛いことです。かくして人類歴史の出発からその方向が誤ることによって、復帰歴史が今日まで経綸(けいりん)されているというから、本当に力の抜けること、極まりありません。なぜこれまで人類歴史の悲劇的事情を、このように全く知らなかったのでしょうか。これまで人類歴史を見る時、このような事情が全く考慮されないまま、ただ無知な状態で盲目的に神様を追求してきました。しかし、人間の本然の心の中に神様を追求することの出来る本性が残されたということは、不幸中の幸いでした。神様が人類の父母だという事実を、どう解釈すべきか分かりません。超越的無限的神様と、有限的人間を、どうして父母と子女の関係として設定することが出来るのでしょうか。『統一原理』にはあまりにも不慣れで、人間として耐えられない内容がたくさんあります。ただもどかしいだけです。『統一原理』には論理の飛躍が多少あるようですが、それを具体的につかみ出すことは出来ません。

 何よりも『統一思想』の講師たちに大きな感銘を受けました。彼らは涙を流しながら『統一思想』の講義を、ちょうど歴史的要請文を読んでいくように進行しました。どうすればそのような心情的基準に到達出来るのでしょうか。

 私は『トマス・アクィナスよ! アクィナスよ!』と自らの名前を何度か呼んでみて、自らをつねってみました。明確にトマス・アクィナスに間違いありませんでした。『これまで、私は何をして生きてきたのか』と自問してみました。『統一原理』の修練を受け、私、アクィナスは全面的に『ばか』になったようです。『トマス・アクィナス、あなたはどうするのか・・』。

 神様、文鮮明(ムンソンミョン)先生、私、アクィナスは、絶対的な誓いを致します。『統一原理』は全人類の生命を救うだけでなく、全人類の念願である自由と平等、平和を実現する主流思想にならざるを得ない真理であることを確信しています。あまりにも感激と衝撃が大きく、アクィナスが話そうとする所感を正確に表現することは出来ません。

 神様! 文鮮明先生! 人類の真(まこと)の御父母様、真の父母の思想が全地の果てまで広く広く知らされることを期待しつつ、こちらでも『統一原理セミナー』に雲集して、限りなく発展するだろうと信じます。アクィナスもこの隊列に同参して一生懸命に働きます。

                                              −2001年9月23日−

 霊界統一原理セミナー所感「フランチェスコ」

“『統一原理』は人類救援の必須な真理”

 私、フランチェスコは、『統一原理』を聞いて新しい生命の炎が起こる気分を感じました。人間は神様の生素を受ける時、初めてうれしく幸福に生きていくことができ、これが本然の人間の姿だと説明していますが、それはフランチェスコにとても正しい解答を与えたように思います。

 『統一原理』を聞いたその日から、私の全身に火が入ってきたようでした。このような中、ずっと胸の中で理解できない新しい力がわき出ていました。心はふあふあ浮かんでいて、何か炸裂(さくれつ)するような心情です。この心情を一言で何だとは説明できません。神様の聖霊の新しい力であることを強く感じました。その力は私にだけ存在するのではなく、私が話す時、より一層強力に現れて、他の人に伝授されたりもします。講師たちは私のこのような姿を見つめ、「神様の聖霊を受けた」と言いながら、「一生懸命に『統一原理』を学んで多くの人々を伝道してみなさい」と言いました。私、フランチェスコは地上にいる時、これと似た体験をしましたが、今回の体験はそれと次元が違ったようでした。今は何か声高く叫ばなければ耐えられない心情です。

 『統一原理』と『統一思想』は人間を完全に新しくつくる強い力を与える原理であり、思想です。このような力は神様の聖霊によって起こるものであって、人間自らがつくって生じるものではないと考えます。人間は見えはしませんが、いつもこのような神様の生素を受けて生きるようになっています。このように人間は神様の保護圏で生きていますが、それを全く感じることができず、一方で無視してしまって生きています。本当に無知な人間の姿だと言わざるを得ません。

 今、知ってみると、神様は人類の父母であられました。神様は私たち人間をどれほど大切にされ、愛されたでしょうか。けれども、人間は無知で、エデンの園から多くの歳月の間、神様の痛みの歴史が流れ出たということを知らずにいました。とても驚くべき真理が現れたと思います。文鮮明(ムンソンミョン)先生はこのような真理を明らかにされたので、本当に偉大なお方であられます。メシヤの道を歩むにも、とても困難であられたでしょうし、人類歴史の背後に隠された天秘(天の秘密)を明らかにされるまで、数多くのサタンと到底語ることのできない闘いをされたことでしょう。それにもかかわらず、フランチェスコはあまりにも楽な位置において、このように偉大な真理に接するようになり、申し訳ない気持ちはこの上ありません。

 文鮮明先生は今や人類を代表した中心人物として、人類救援の真(まこと)の御父母様として顕現なさったので、こちらでも救いのみ手が間もなく近づいてくるだろうと思います。しかし、このような真理の根本を知りもしない前から反対する群れが少なからずいて、師の心を複雑にするような気がします。今、ここの講義の場所には多くの人々が押し寄せてきて、とても複雑で混乱しています。講義内容を知りたくて来た人々よりも、このセミナーの場を妨害しようとする人々がもっと多くて、講義をするのに大きな困難を与えています。本当にここの講師たちは素晴らしいです。皆が一貫して強力な執念をもって、最後まで押し進めます。ここでフランチェスコがもらった教訓があります。人類を救うにおいて、『統一原理』と『統一思想』よりもいい真理はないと思います。反対するために来た一部の人々も、『統一原理』を聞いては痛哭(つうこく)しています。与えられた時間が短くて、これ以上語れないのをもどかしく思います。

 一言で要約すれば『有り難うございます』がすべてです。

 文鮮明先生、人類の真の御父母様、メシヤの立場で勝利、勝利、また勝利なさるだろうと信じます。

                                              −2001年10月1日−

 霊界統一原理セミナー所感「ジョン・ウィクリフ」

 “人類救援の真理に反対するとは”

 このセミナーに参加するまで多くのことを考えたし、周囲の人々の引き止めも少なくありませんでした。そして、私自身も個人的にとても混乱していました。「誰でもここに入ってきさえすれば、自らの見解と思考パターンは根こそぎ変えてしまう」と、とても奇妙な団体だと聞いたからです。しかし、私自身の理性的判断を下せる知性があるのに、「そんなことはないだろう」と考えて、勇敢な決断を下しました。

 しかし、ここで初めての講義の時間から、私の心は本当に何かに導かれていきました。すべてのことが私の思いのままになりませんでした。そして、限りなく流れる涙を抑えることができませんでした。「本当に奇妙な団体だと言っていたが、本当にそうだな!」。しかし、講義の内容が深くてますます耐えられない痛みが私の全身を襲いました。かわいそうな神様、人類歴史の背後で長い間待たれた神様の姿と、文鮮明(ムンソンミョン)先生の人類のための哀切な苦痛と悲しみが共に伝わってきました。

 子女を待たれる神様のかわいそうな姿、『統一原理』を探し出すまであらゆる逆境を克服なさる師の生々しい姿、そして全人類の平和がエデンの園でサタンに奪われることによって、悲しみの歴史が始まったということなどが『統一原理』を通して明らかにされているのに、これが分からなくて反対する群れが少なからずいるので・・・。彼らの反対の叫びが私の耳元ではっきりと聞こえてくるのに耐えられなかったし、胸がじーんとして涙が休むことなく流れ出ました。

 どうしてこのような摂理的事実を、これほど全く知らずに生きてきたというのでしょうか。どうすれば、あのように反対する群れを理解させられるでしょうか。様々に心が痛くて熱いです。新しい真理を伝えたい衝動がおのずと生じます。すぐにでもマイクを持ち、出ていって叫びたいです。講師たちはみな、講義をするのでなく、切実に訴えています。このようにとてつもない真理の前に、何が恐ろしいでしょうか。修練の所感を一言で要約すれば「ただ驚くべき事実である」という表現しかすることができません。私は、初めから信じないように努力しましたが、すべてのものを理路整然と明らかにしているので、私の知性では言葉じりが全くとらえられません。ただ驚くだけです。

 それから、人類の真(まこと)の救世主、メシヤ、文鮮明先生に高く高く称賛を捧げ、敬賀申し上げます。これが、所感になるでしょうか。

                                              −2001年10月1日−

 霊界統一原理セミナー所感「ジャンヌ・ダルク」

 “新しい真理の勇士になる”

 『統一原理』と『統一思想』は、人間の心を新しく革命させる偉大な威力をもっていると思います。人類にこのような明確な真理がある限り、人類の滅亡はあり得ないと思います。人間生活において、明確な方向がなく、目的がなく、確固たる信念がないので、人間は堕落の道、滅亡の道を行くのですが、このように明確な案内書があるのですから、何が難しく恐れることがあるでしょうか。文鮮明(ムンソンミョン)先生の『統一原理』は、人類に新しい希望と所願と信念を与える真理だと思います。文鮮明先生、本当に心から感謝致します。

 ここの講師たちは、地上で文鮮明先生に直接侍る中で教育を受けながら生きてここに来られた方々なので、どれほど恵まれた方々でしょうか。ここにいる私たちは、講師の方々の姿を通して、文鮮明先生の教えを十分に読み取ることが出来ました。すべての講師たちは、私たちを精誠を尽くして真実と誠実と愛によって案内してくれました。この立場がどれほど有り難く、重要なのかということを深く感じるようになりました。セミナーの所感を一言に要約すれば、「このような雰囲気の中でそのまま共に暮らし、働きたい」と申し上げます。

 そして、文鮮明(ムンソンミョン)先生は、人類の真(まこと)の父母として来られたのでジャンヌ・ダルクの真の御父母様であられます。ですから、私にも救いの道が開かれたと信じます。数多くの聴衆がうらやむ隊列に、おそれ多くもジャンヌ・ダルクの名前が挙がっていたのでただ感激です。『統一原理』を全人類に早く知らせる方法があれば良いと思います。ジャンヌ・ダルクも『統一原理』を伝播(でんぱ)する隊列の先頭に立ちたいと思います。ジャンヌ・ダルクは、新しい真理を知ってそのままじっとしている人ではありません。

 「立ち上がりなさい、立ち上がりなさい。新しい真理はあなたの心を強くするだろう。静かにしている人類に新しい福音が来たのである。今、私たちは、一人の父、一組の父母をお迎えすることが出来る真理があるのである。すべての人が同参しよう。すべての人が強くあれ。サタンのくさびから解放される真理が私たち人類に現れたのだ」と、ジャンヌ・ダルクは、このように心の中で何度も叫んでいます。

 本当にお疲れ様でした。そして、私たちは、この真理が天の秘密であると固く信じています。このような真理が無知な人類に広く広く、一日でも早く伝播されることを信じます。

 文鮮明先生、真の御父母様、ジャンヌ・ダルクにも使命を下さい。革命家ではなく愛の指導者になりたいと思います。本当に感謝致します。

                                              −2001年10月1日−

 霊界統一原理セミナー所感「メノー・シーモンス」

 “この場に招請されてうれしいです”

 シーモンスは地上で生きていく時、なぜこのように有益な真理に出会えなかったのか、それがとても残念でした。シーモンスは神様を唯一の存在として侍りましたが、神様が私たち人間と共にいたいと思われるということ、そして、神様と人間は父子の関係であることは、想像してみたこともありませんでした。神様はただ超越的存在で、私たち人間はあえて近くに行けない存在だと固く信じていました。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生はこのようにとてつもない真理を明らかにされたので、天上天下の唯一なる存在として、人類の真(まこと)の御父母様におなりにならざるを得ないと考えます。もちろん、この上なく長い人類歴史は、神様が真の御父母様を探し出すための受難と苦難の期間だったとしても、それは決して無駄にはならないと思いました。一言の所感では、シーモンスの奥深い内面の世界を表現することは出来ません。『統一原理』はあまりにも驚くべき真理です。そして、このようなシーモンスの所感が一人の女性を通じて地上の真の御父母様に伝達され得るというのも、信じ難いほど驚くべきことです。どうしてこのようなことがあり得るか、本当に気になります。講師たちはこのようなことは真の御父母様の在世の時にだけ可能なのだと、落ち着いてもの静かに、そしてとても細かく説明してくれました。

 どうして『統一原理』と『統一思想』が今ごろ出てきたのでしょうか。多くの生命が一生涯、神様のために生きてきたとしても、彼らは何らの恩恵も受けられなかったのです。それは摂理の時代的恩恵ゆえなので、私たちをとても無念にさせます。しかし、後悔に後悔を重ねても何の意味があるでしょうか。「既に歴史はここまで流れてくるようになったので感謝しよう、また感謝しよう」と何度も誓いましたが、心は安らかではありません。あちこちについている垂れ幕、掲示板に、メノー・シーモンスという名前が記録されているというとてつもない事実に、深く感謝しています。シーモンスは周囲の人々が非常にうらやむ対象になりました。地上で招請する対象になりました。

 こちらの数百億の人々の中から地上で招請する人物、真の御父母様が招請した人物というものは、途方もない隊列に堂々と記録されているので、シーモンスはどれほどうれしいでしょうか。ところが、シーモンスは『統一原理』と『統一思想』は、あまりにも爆弾的な宣言なので、まだ気持ちが呆然(ぼうぜん)としています。『統一思想』と『統一原理』の教えに従えば、戦争もなく、宗教的偏見も人種的偏見もなく生きていくことが出来ます。ただ神様の前に謙虚な心で生きていけばいいのです。今、シーモンスにもそのような姿で生きていこうとするかのような、強烈な力が出てきています。どうした訳かは分かりませんが、シーモンスは自らの過ぎし日の姿を今、浮上させることも出来ません。本当に驚異的です。『統一原理』のある部分一つでも、そのまま越えていくことは出来ません。それはあまりにも体系的で論理的です。再臨のメシヤ、文鮮明先生はすべての人類の父母として来られたという事実に、皆が感謝しています。この恩恵と感謝をどう表現出来るでしょうか。ここにいる多くの生命のすべてが、新しく目覚めた気分を感じています。外では賛否論が起きて大騒ぎですが、誰でもいったん講義を聞いてみれば、彼らは一様に粛然とした姿に変わっています。

 文鮮明先生! 再臨の主! 真の御父母様! お疲れ様でした。感謝致します。それから、お願いがあります。こちらにいる生命にも、どのような方法でも主を迎えることのできる恵沢をお与え下さい。特別な恵沢をお与え下さい。恐縮ですが、本当に熱い心をお伝えしたいのです。

                                              −2001年10月2日−

 霊界統一原理セミナー所感「エマニュエル・スウェーデンボルグ」

 “霊的現状の神学的哲学的根拠を提示する真理”

 私、スウェーデンボルグは地上にいる時、霊界の実相をたくさん体験しました。地上にいる時も神様の実存を様々な面でたくさん体験しました。ですから、無形世界に対して少しも疑ってみたことがありませんでした。しかし、無形世界が実体世界と同じ姿で永遠の世界として永存しているという事実は知らずにいました。それに対する体系的な理論も経験したことがなく、神様がそれを教えて下さったこともありませんでした。地上で多くの人類が生きていますが、無形世界の実存を認め、理解するならば、今と全く異なった姿で生きていくことでしょう。

 今、スウェーデンボルグが地上に残した無形世界の経験的理論は、全く根拠がないので、「そのはずだ」という推論的なものだけが、それも限りなく一部分だけが記録されているのです。ところが、『統一原理』と『統一思想』は神様の創造目的に基づいて、哲学的に、神学的に、そして歴史的にとても細かく正確に説明されています。それで、目の不自由な人にも無形世界へ尋ねてくることが出来るようにその道を開いたので、人間にこれ以上の福音がどこにあるでしょうか。本当にあまりにもとてつもありません。無形世界と有形世界の根本的道理だけ人間に理解させれば、誰も地獄に来ないと思います。大部分の人々が事実を悟ることが出来ないために、永遠の地獄の苦難を免れることが出来ずに、生きていくのです。

 私、スウェーデンボルグは、一生涯、霊的現象に対して経験したことがたくさんあります。そのうち、一つだけ話をしようと思います。大部分の私の霊的体験は、神様が人間に無形世界の現象を教えてきたものです。

 ある日、私、スウェーデンボルグが静かに祈祷して瞑想(めいそう)しているうち、突然、非常に明るい光が現れて私を光の中にふわふわと乗せて、どこかに進んでいきました。突然、光が消え、雷が鳴り、稲妻が光り始めました。同時に稲妻の音とともに叫び声、呻吟(しんぎん)する声、理解出来ないわめき声が聞こえてきました。「ここが何をする所か」と詳細に見ると、多くの人々がちょうど山崩れが起こったかのように、大きな岩の下に挟まっていました。血だらけになったむごたらしい姿をしたまま「助けてくれ」という叫び声を聞いて、びっくり仰天しました。

 私はそれが地獄だということをたちまち悟りました。光はまさしく神様であられ、神様はスウェーデンボルグに地獄を見せて下さり、「あなたが彼らを救いなさい」と要請なさったと考えました。無形世界には地獄というものがあるので、人間は罪を犯せばこちらに来るとお教えになられたのです。しかし、本当に惜しいことに、スウェーデンボルグはそれを悟ることが出来ませんでした。彼らに神様の救いのみ手を伸ばせたにもかかわらず、私は神様を助けることが出来ませんでした。あまりにも心が痛いです。ここにいる講師たちにいくら感謝しても足らないことでしょう。ここの講師たちは神様の内部事情をそのまま推し量って実践する方々です。

 神様、申し訳ありませんでした。そして、私は『統一原理』の主人公、文鮮明(ムンソンミョン)先生が誰なのかよく知っています。講義を聞く瞬間、先生のお顔(竜顔)を拝見しました。あまりにも切なげにされる竜顔を拝見しました。そして、神様の限りない愛を受けていらっしゃる玉体も拝見しました。遅れはしましたが、スウェーデンボルグも神様と文鮮明先生をお助けしようと思います。当時は霊界に対する体系的な理論がなかったために、霊界の現象を体系的に説明することが出来ませんでした。今、そのような理論的基盤が私を正しく立てさせました。

 人類の真(まこと)の御父母様、足らない私も、御父母様として侍り、希望をもって『統一原理』を一生懸命に研究するつもりですし、今までの霊的経験を『統一原理』と調和させて、こちらのすべての人々に知らせます。そのために常に祈祷して努力致します。 真の御父母様、お疲れ様でした。スウェーデンボルグは人類の父母の教えを固く信じています。お目にかかるその日まで努力致します。感謝致します。

                                              −2001年10月3日−

 霊界統一原理セミナー所感「マテオ・リッチ」

 “神様の内面的事情とは何か気になります”

 マテオ・リッチの所感は一言では要約することが出来ません。その理由を今から列挙致します。マテオ・リッチは地上で肉体をもって生きている時、神様の実存に対してたくさん苦心しているうち、神様の実存を体験した経験がありました。それ以後、マテオ・リッチの生活は神様に仕えながら生きていくことに決め、生活のすべてを神様と共にすると考えて生活してきました。ところが、今日のセミナーの大きな主題が「神様は人類の父母」と大きくついていますが、マテオ・リッチは地上で神様を体験した時、無限に与えてもまた与える永遠であられる神様の愛だけを体験したのであって、神様は人類の父母だということは教えて下さることもなく、見せて下さりもしませんでした。

 それなら、私が体験した神様と『統一原理』と『統一思想』で明らかにされた神様は、互いに異なるお方でしょうか。しかし、論理的に分析すれば、神様はただ一人のお方だけです。マテオ・リッチもそれを否認しません。けれども、どうして私に姿を現された神様は「神様は人類の父母だ」という事実を正しく教えて下さらなかったのでしょうか。とてももどかしく気になります。どういう訳と事情が神様にあるのか、気になることこの上ありません。文鮮明(ムンソンミョン)先生が神様の深い内面の事情を明らかにされましたが、それが文字どおり『統一原理』であり、『統一思想』だと思います。それはどれ一つとっても言葉じりを捕らえるものはありません。

 けれども、愛の神様はなぜお一人、文鮮明先生を通してのみ、そのような真理を明らかにするようにされたのでしょうか。これまで人類歴史が偽りの流れであり、出発が誤っていたとすれば、文鮮明先生以前にも多くの信仰者と殉教者がはかなく来ては逝ったのに、このうちどのお一人にでも公平に真理を下さっていたなら、どれほど良かったでしょうか。すべての人間は神様の子女であり、偏見をもった神様ではないはずなのに、『統一原理』の理論は理解できますが、恵沢を受けられない多くのキリスト教徒たちはちょうど祭物のように神様に疎外された気がします。

 今回のセミナーのすべての講師たちは、神様のように愛と親切と精誠によって、切実に『統一原理』を紹介しましたが、すべての内容はマテオ・リッチの胸と心臓をどしんどしんとどよめかせています。マテオ・リッチも恵沢を受けたいと思います。

 文鮮明先生は人類の真(まこと)の御父母様、父母となられるのも幸運であり、『統一原理』を通して天秘(天の秘密)まで明らかにされたので、神様がそのお方をどれほど愛されるか、とてもうらやましさを感じます。マテオ・リッチの驕慢(きょうまん)と傲慢(ごうまん)が『統一原理』と『統一思想』によって、そうとう残忍に明らかにされた気がします。

 文鮮明先生、いつかこちらへいらっしゃる時、私たちにもたくさん御配慮下さい。『統一原理』と『統一思想』に不足な部分がないだろうかと、努めて探してみましたが、マテオ・リッチは失敗してしまいました。本当に立派な理論と思想です。感謝致します。

                                              −2001年10月4日−

 霊界統一原理セミナー所感「ウィリアム・ケアリ」

 “同時性時代の摂理に目覚めて初めて”

 ウィリアム・ケアリは、神様は実存するので神様に侍って生きていくことが最高の幸福だと考えて、一生を神様に依存して生きてきました。そのような生活をしながら、不満や疑心を全くもったことがありません。

 『統一原理』と『統一思想』は、神様の啓示によって明らかにされた内容だと思います。人間の頭脳では到底明らかにできない内容です。しかも「神様は人類の父母」という事実に、あまりにも大きい衝撃を受けました。文鮮明(ムンソンミョン)先生は、十六歳(数え)で神様から召命された方であり、人類の真(まこと)の父母としてお立ちになるまで、神様が長い間準備されたと思います。誰もこの真理に対して反論を提議することは出来ないことと思います。しかし、地上生活ではなく、こちらの霊界でこのように途方もない真理に接するようになったので、非常に寂しく思います。地上で時代的環境と背景にうまく乗った優秀な人だけが『統一原理』を受け入れることが出来るのだなという気がしました。 ここの講師すべてが『統一原理』の博士であり、文鮮明先生を真の父母としてあがめながら、地上生活を通じて心と体が精錬された方々です。地上生活で恵まれた環境を一様に経験した方々です。しかし、私ウィリアム・ケアリは、途方もない真理を受け入れながらも何となく寂しく、孤独な気分を隠すことが出来ませんでした。私が地上で生きていた時期に、なぜこのような真理に接することが出来なかったかという疑心をもっていたのです。当時は神様がウィリアム・ケアリを捨てられたみたいだと思って、寂しい心を禁ずることが出来ませんでした。

 あとで歴史の同時性時代に関する摂理の講義を聞いて初めて、その疑問がある程度解かれるようになりました。ですから、今までもっていた個人的信仰の沈殿物は、根こそぎ捨てなければならないようです。そうでなければ、途方もない真理の前に罪人の姿を免れないと思います。今、ウィリアム・ケアリは、あまりにも大きな衝撃を受けています。これは、私の率直な告白です。しかし、このような衝撃から早く目覚め、この真理を中心として体と心を統一して、新しい人として生まれ変わるように努力することが最善の方法だと思います。

 文鮮明先生、人類の真の御父母様、全人類を救われるためにどれほど苦労が多かったでしょうか。ここの講師たちの姿を見る時、それを十分に読み取ることが出来ました。感謝致します。

                                              −2001年10月5日−

 霊界統一原理セミナー所感「ドワイト・ムーディ」

 “神様が人類の父母とは・・・”

 まず「神様は人類の父母」という主題にとても驚くべき感銘を受けました。神様は離れた所、私たち人間とあえてかかわることのできない高い位置にいらっしゃる超越的存在とだけ考えていました。しかし、神様が私たち全人類の父母ならば、これまで神様は人類に対してどのように過ごされてきたのでしょうか。

 多くの人類は虚空を見つめ、神様に懇請だけしました。難しい時、「助けてくれ」というお願いだけしてきました。父母と子女の間は、難しい時やうれしい時や悲しい時を共有するのが父子の関係です。このような関係によって結論を下せば、全人類は神様の前に明確な犯罪者であり、親不孝者の中の親不孝者でした。地上における肉身の父母と子女の関係においても、親不孝をすれば罪悪であり、イエス様のみ言(ことば)と十戒においても、「父母をよく敬わなければならない」という戒めが明示されていますが、どうして神様に父母として仕えなければならないという戒めは、一節も記録されたものがなかったのでしょうか。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生! どうして人類にこのような大きな恵みを下さいますか。感謝で有り難い気持ちをどうして文章で伝えることが出来るでしょうか。これまで神様は、人類から父母としての扱いを一度もお受けになれなかったということに触れる時、文鮮明先生は神様の孝子の中の孝子だということを、はっきり認識するようになりました。そのお方は泥沼にはまった人類を救って下さったので、本当に救世主であり、人類の真(まこと)の父母であられます。

 それから『統一原理』の所感は、下手にお話し出来ないほど驚異的です。多くの人類に救いの道が開かれるようになったのに、どうしてその恩恵に報いることができるでしょうか。なにとぞ真の御父母様、玉体を大切にされ、地上の人類の救いと天上の霊魂の救いにも配慮して下さいますよう懇切にお願い致します。

 また、このセミナーの進行と人員の動員と講義にあらゆる情熱を傾けて下さった講師の方々に感謝申し上げ、ここに参加した者と参加できない者と、また反対する彼らにも等しく福音になるだろうと信じます。

 救世主、真の御父母様、文鮮明先生を尊敬し、感謝を捧げます。

                                              −2001年10月6日−

 霊界統一原理セミナー所感「カール・バルト」

 “伝統神学だけを固執すれば、あなたの霊魂は枯渇するでしょう”

 カール・バルトは神様に対して多くの研究をしてきたと思っていました。しかし、今回の『統一原理』はカール・バルトをとても恥ずかしくさせ粛然とさせています。ただそのまま静かに瞑想(めいそう)に浸りたいです。この心情をどのように文字で表現できるでしょうか。

 無窮無尽であられる神様は、どこからどこまでが神様の領域なのか分かりません。全地球、天上天下がみな神様の属性と能力、そして知性の顕現ですが、『統一原理』の真理を聞いてみると、カール・バルトは開いた口がふさがりません。このような真理を明らかにされた文鮮明(ムンソンミョン)先生は、再臨主、救世主であられることを重ねて信じます。このように奥妙な真理がどこに隠されていて、今、明らかにされたのでしょうか。神様の胸の中で、無窮無尽な天秘(天の秘密)が盛り込まれているという事実を知って、この上なく驚くばかりです。どうすれば神様の背後に隠された事情、神様の胸に隠された事実をみな解明してみることが出来るでしょうか。私たち人間が神様のすべてを知るということは、大変な驕慢(きょうまん)であり、傲慢(ごうまん)だと考えます。

 しかし、文鮮明先生は神様の心情をすべて推し量られ、神様の孝子の中の孝子になられました。このような「宝石」が隠された所をどのように知り、それを解明することが出来たのでしょうか。カールバルトはどうしてこんなにも無知だったのでしょうか。人間の限界と無能を悟り、限りなくむなしくなるばかりです。今まで何をもって神様に仕えたのでしょうか。神学とは何を教え、何を研究するものでしょうか。『統一原理』に接してみて「神学」という用語を完全に投げつけたい思いです。神学を通して何を教え、何を学ぶのでしょうか。それを通じては、何も得るものがないように思います。宇宙の根本は、人間の頭脳でもっては解決する方法がないようです。ただ虚脱感に捕らわれるばかりです。 現代神学は人間を驕慢と傲慢のるつぼに押し込めるだけです。とても奇妙な隅(すみ)に押し込めでいます。このような神学的問題は、『統一原理』がなくては解決出来ないことでしょう。この事実を悟り、カール・バルトは限りなく無能な人であり、意味のない人生を送ったということを認めるようになりました。これは率直な心情です。

 今日の神学者の皆さん、あなた方は頭を上げなさい。二つの目を大きく開け、しっかりして御覧なさい。カール・バルトは伝統的神学の観念をみなつかみ投げ、燃やしてしまいたいです。胸が詰まります。

 神学者の皆さん、あなた方の考えを変えてごらんなさい。聖書をどのように見ますか。ある側面では聖書の奥妙な真理が、あなた方を拘束しているようです。カール・バルトは今日この場で、私自身の仮面を赤裸々にはいでしまおうと思います。あなた方もそれをはいで捨てなさい。みな焼いてしまいなさい。そして、新しい真理を受け入れなさい。神様は私たち人間の父母であり、あなた方は神様の子女たちです。この真理は、あなた方はもちろん、全人類にとっても爆弾的な宣言であり、福音です。成約時代の『統一原理』は、聖書六十六巻を凌駕(りょうが)する素晴らしい福音書であり、爆弾の書です。カール・バルトがこちらの霊人の姿で『統一原理』と『統一思想』を学びました。

 神学者の皆さん、聖書に縛られて生きれば、あなた方の霊魂も共にその罠(わな)から抜け出せないことでしょう。結局、哀れな霊魂になってしまうことでしょう。あなた方、神学者の皆さんが信じている救援観には少なからず問題があるように思います。こちら霊界でそれをどうしてみな列挙できるでしょうか。あなた方の救援観とこちらの実相を比較してみれば、到底理解できない部分があまりにも多いことでしょう。

 しかし、これが、事実であり、こちらの現実です。固陋(ころう)な信仰の罠から解放されるようにお願いします。セミナーの所感が一種の手紙の形式になってしまいました。カール・バルトの心情は、ごちゃ混ぜになっています。『統一原理』と『統一思想』を深く学び、精読して研究するようお願いします。そして、神学者の皆さんはカール・バルトの様々な書籍と『統一原理』を比較してみるようお願いします。神様は人類の父母であられます。文鮮明(ムンソンミョン)先生は私たち人類の救世主として来られました。そして、その方は人類にとてつもない福音をもってこられました。その新しい福音書、それが正に『統一原理』であり、『統一思想』です。

 神学者の皆さん、あなた方は聖書を読み続けながら、無条件に理解しようと努力したではありませんか。

 旧約時代があり、新約時代があり、そして成約時代があります。

 成約時代の福音書が『統一原理』であり、『統一思想』です。

 文鮮明先生は「神様は人類の父母」であることを明らかにされました。

 そのお方は再臨主であり、メシヤであり、全人類の真(まこと)の御父母様であられます。

 神学者の皆さん、あなた方の胸に正義の血がほとばしるでしょうし、あなた方の情熱は神様の真理で武装されることでしょう。あなた方は真なる真理の前に卑屈にならないようにお願いします。カール・バルトはあなた方の胸に新しい福音の爆弾になることでしょう。

 再臨の主、文鮮明先生、人類の救世主、真の御父母様、感謝致します。私たち神学者をお救い下さい。これはカール・バルトの切実なお願いです。

                                              −2001年10月6日−

 霊界統一原理セミナー所感「ヨハネス二十三世」

 “億万のサタンと闘われた師”

 私、ヨハネスは、『統一原理』が人間を新しく変化させる神秘的な魔力をもった素晴らしい真理だと考えます。人間の信仰というものは、何も分からない無知から、抽象的に「そうだろう」というものに絶対的な信仰をもって守ってきたのです。「そうだろう」というのは、あくまでも抽象的です。それは「そうだ」という確信とは途方もない差があるのです。『統一原理』のすべては、一貫して「はっきりそうだ」という結論を下すしかないことでしょう。『統一原理』は、すなわち神様の愛を紹介した内容であり、無知な人類に正しい目を開かせたのです。

 『統一原理』さえ知れば、すべての人々は正しい信仰生活をするでしょうし、明確な目標をもって躍動しながら生きていけるだろうと信じます。私たちが今まで仕えてきた神様と、私たちを待ち焦がれた神様は根本的に異なりました。これが、またとてつもなく驚くべきことです。神様は私たち人類の父母ですが、私たちは、神様に父母として仕えませんでした。神様は私たち人間と遠い距離にある存在として、また人間たちが脆弱(ぜいじゃく)で満足でない時、人間の脆弱で満足しない心を満たすために求めた存在として認識していました。人間たちがいつも満足しない時だけ求めてきた存在でした。喜びと困難を人間と共に分かち合ってきた、人間の父母としての神様に仕えることが出来なかったのです。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生は偉大な原理を明らかにされました。素晴らしく、またとてつもありません。全知全能であり、無限で永遠なる神様、人類の父母の位相を復帰するまで、どれほど難しい道を歩まれたでしょうか。また文鮮明先生は、どれほど恐ろしい試験をサタンから受けられたでしょうか。人間の偽りの主人として、神様の位置で王の振る舞いをしていたサタンの偽りの行為が人類の暴かれそうで、サタンは文鮮明先生をただではおかなかったことでしょう。文先生は「億万のサタンと闘われた」という一言の表現が、ヨハネスの胸をずっとどきんどきんと鳴らしています。

 人類歴史がこのように闇(やみ)に覆われて流れてきたということを、誰も知らなかったので、神様はどれほど御無念だったでしょうか。人類の父母としていらっしゃりながらも、子女を取り戻すための困難をみなお忘れになったまま復帰摂理を経綸(けいりん)してこられた神様・・。真(まこと)と偽り、すべてがごちゃごちゃになったこの現実を克服なさるための、神様の長い悲しみの歳月を、私たちはどのように補償して差し上げなければならないのか、全く想像出来ません。文鮮明先生は神様の前に孝子の中の孝子であられます。子女としての責任を全うされたので、人類の前に真の父母であられ、メシヤとしての勝利的基準を立てられたので、王の中の王であられます。

 私たちすべての信仰者が、一つの心と一つの垣根から人類が流れてきたという事実を知り、誤った歴史の方向を正しくつかむために、みな一緒に努力すれば、神様をもっと楽な位置にお迎え出来ることでしょう。しかし、多くの信仰者たちは既に誤った過去の習性に染まり、新しい真理に対する分別力が薄まった状態になっています。これが、神様と文鮮明先生にもっと多くの苦労と労苦をおかけするようになったと考えると、心がとても痛いです。

 今、すべての信仰者たちは新時代が到来したことを悟らなければなりません。地動説を主張した時代と天動説を主張する時代の人々を思い出してみることができます。時代は変わりましたが、神様の摂理の目的は変わり得ないのです。神様は私たち人類の父母であり、私たち人類は神様の子女であるという宿命的な関係は、変わり得ませんでした。数多くの歳月の間、隠されていた歴史の秘密が明らかにされると同時に、人類の主人がひっくり返ったのです。人類の偽りの父母が白日のもとにさらされたのです。

 どれほど無念で、どれほど悔しいでしょうか! 今、こちらの多くの教友たちは、新しい真理を受け入れ、人類救援がどこから始まるのかを悟るべきでしょう。新しい真理を受け入れられない気持ちは、真実の心ではないことでしょう。新しい袋にはきれいな清水を入れることができます。歴史の方向と流れが間違って進んでいました。私たちの無知が罪を生みに生みました。原罪とは何でしょうか。先祖がいくら善良に生きたとしても、その子孫は原罪をもって生まれたのです。矛盾と矛盾だらけでした。聖書とキリスト教の教理には気掛かりなことがたくさんありました。しかし、信仰的に信じていくものでした。多くの信徒の皆さん、教友の皆さん、信仰自体は神様と共にある立場のはずでした。しかし、私たち人類は、信仰の対象である神様をよく悟ることが出来ませんでした。一生の間修道生活をしながら生きてきた多くの人々がいたし、ごみくずのような死の道も拒否しなかった多くの人々がいたことでしょう。これは歴史の出発が誤っていたからでした。今や、新しい真理が明らかにされたので、多くの修道者たちは新しい真理を受け入れなさい。人間の生理構造は、神様の創造目的と創造理想を成すようになっています。それは男性と女性の愛による神様の子女を繁殖するところにあります。

 それなのに、なぜ、どこから誤ったのでしょうか。今、修道者たちと信仰者たちは、当然認めるべき部分にけちをつけないようにお願いしたいと思います。時代が変わりました。随分と変わりました。責任を果たせない歴史の中心人物たちを考えてみなさい。なぜ同時性の時代が必要だったのでしょうか。とてつもない真理を悟った喜びを、どのように表現すればいいでしょうか。『統一原理』は人間を新しくする偉大な力をもちました。すべての人々が学び、研究すべき真理です。人間の地上生活は、こちらの霊界生活に比べれば、限りなく短いのです。しかし、人間は地上生活を通して永遠の無形世界の住まいを準備するようになると、『統一原理』は明確に教えています。

 文鮮明先生、偉大なる師の前に感謝と敬虔(けいけん)な心で『統一原理』を受け入れます。人類の平和のために東奔西走なさる姿の前に、また感謝申し上げます。

                                              −2001年10月6日−

 霊界統一原理セミナー所感「マーティン・ルーサー・キング」

 “人種の障壁を撤廃する真理が出現しました”

 神様は人間をお造りになる時、神様の子女としてお造りになりました。ですから神様は人類の父母です。このような教えはあまりにも感動的です。そして、黄色人種、白人、黒人など人種差別、教派の葛藤(かっとう)、民主主義と全体主義から外れた兄弟たちの葛藤、国と国の紛争、摩擦などは、神様の本然のみ旨ではないという事実、エデンの園で人間の出発が誤ることによって、偽りの歴史が流れてきたという事実を新しく知り、ルーサーはとても感動を受けました。

 神様は偏愛なさるお方ではありません。様々な次元の人種的障壁、教派的障壁は、神様が創造されたのではなく、人間の誤った生の方向によって生じたものでした。ルーサーは『統一原理』の前に本当に感謝します。すべての人間は神様から共通に賦与された自らの価値基準をもって生きていきます。それは神様から賦与された特権です。ところが、どこからか、いつからかは分かりませんが、人類歴史に人種差別と教団の葛藤が絶えず流れてきたのです。

 しかし、『統一原理』はすべての人間に共通に与えられた平和思想です。『統一思想』は人類を統一させられる真理です。これは人間の力で成され得るのではなく、神様から受け取った天秘(天の秘密)です。このように驚くべき天秘を明らかにしたという事実自体、全人類が共に祝賀すべき大事件です。

 ルーサーは『統一原理』の出現に対して限りなく感謝に感謝を重ねます。『統一原理』によれば、自由と平等は人種と教団、地位の高低に関係なく誰もが享受すべき特権です。この事実を感じるようになる時、また無限に感謝に感謝を重ねます。また、天秘の真理を明らかにされるまでの文鮮明(ムンソンミョン)先生の苦難と苦労の前にまた感謝を申し上げます。神様と人間は父子の関係だという事実の前に無限なる幸福を感じます。

 また、『統一原理』はある一つの教団に限定された教えではなく、すべての教団を包容することが出来る教えです。『統一原理』は人間の内面的・外面的真理をもっているので、すべての宗教者たちはもちろん、すべての人類が精読するならば、人生の真の案内書になることでしょう。人類が当然歩いていくべき生活指針書です。『統一原理』の理路整然さに感嘆を禁じ得ません。

 人類は平和と解放のために数えきれないほど努力してきましたが、それはこのような真理がなかったがゆえに、いつも水の泡のように消えてしまいました。そのような運動は群集心理によって起こっては消えてしまったのです。『統一原理』は人類平和を具現出来る真理だと確信します。人類のすべての障壁を取り払い、ただ神様の思想によって統一させることの出来る唯一の真理だと考えます。ルーサーに機会が与えられるならば、ルーサーは『統一原理』でもって新しい人間革命を起こす自信があります。ここの講師たちは革命家ではないようですが、心情の波紋を起こして人を感動させる偉大な感化力をもっています。それは人間の力でない、神様の聖霊の力と真理の力がプラスになったものだと考えます。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生、人類に平和をもたらし、偉大な真理を明らかにして下さって、あまりにも感謝です。また人類の真(まこと)の親として顕現なさることによって、人類の胸に恨みの積もった人種の障壁を撤廃させられる絶対的基準を見いだすようになったので、無限に感謝致します。本当に感謝致します。

 人類の真の御父母様、人類の救世主、再臨の主、私たちの心を尽くして力強く呼んでみます。私たちは、神様の孝子の中の孝子であられる真の父母を迎えたので、どれほど幸福か推し量る道がありません。感謝致します。

                                              −2001年10月6日−

 霊界統一原理セミナー所感「金大建(キムテゴン)」

 “主を中心として、新しい文化が韓国で創造されるでしょう”

  『統一原理』という用語自体が人間の心をとても純化させています。ここを訪れる道は黒山の人だかりになっています。『統一原理』を聞きたいと声を張り上げる人々と、聞けないように遮る人々が互いに交錯して大騒動になっています。ここの大部分の人々は、『統一原理』は文鮮明先生、再臨の主が明らかにされた新しい福音であり、ここは人類の真の御父母様、救世主を迎えるための教育現場といっています。

 本当に、金大建(キムテゴン)は地上に何も業績を残せなかった者であるにもかかわらず、この場に招聘(しょうへい)して下さって、無限に感謝します。けれども、ここには本当に表現し難い不思議な情感が流れていました。講義の場に入ってくる瞬間、出入口でまだ講義が始まる前から、どこから現れたのか分かりませんが、きらびやかな光が私をぐるぐる取り巻きます。その瞬間、全身と心は喜びで満ちあふれ、私は自らも分からない中で、恍惚(こうこつ)の境地に陥っていきました。けれども、あまりにも神秘的なので周囲を静かによく見ると、これは現実ではない、霊的体験でした。とても感謝です。ここはどうしてかくも美しく、平穏なのでしょうか、そして、どうして謙虚な人々だけが集まっているのでしょうか。案内者たちと講師たちはあまり見かけない俊英な姿と印象をもっています。

 講義が始まる瞬間、金大建という身分が自ら現れ、私は躊躇(ちゅうちょ)なく前に進み、講師たちにあいさつを交わすようになりました。私の体は私のものではなく、どこかに導かれていくかのようでした。これが「霊的体験だな」と思い、私は本当に神秘的な講義を聞くようになりました。

 講師たちの講義の声は、天の声のように一回り響いて私に聞こえてきますが、それはちょうど神様が教えられているかのように聞こえてきました。これは講義ではなく、神様の声を通してそのまま現れた教えです。このような雰囲気の中で、私は神様の召命を直接感じました。ある程度の時間が過ぎると、私はちょうどかまどの上に置かれた素焼きの土器のように、お膳(ぜん)の上に安らかに置かれたかのようになりました。私の体も心も静かになりました。

 今から金大建は、『統一原理』に対する所感を話そうと思います。『統一原理』と『統一思想』の講師たちは皆、情熱と精誠と知性によって、私たちを完全に幻惑させるほど素晴らしい講義をしました。けれども、到底理解出来ない部分があります。これはどうなっているのでしょうか。金大建は天主様(神様)と一生を共にして生きようと決めた時、最も大きな悩みは一生を一人で生きていけるだろうかという点でした。もちろん周囲の人もこの点に対して疑問がなかったのではありません。その理由は、人間の生理構造は現実的に一人で生きるようになってはいなかったからです。けれども、修道者の道は生理的すべての条件を抑制して、ただ神様に侍って生きていく道です。これは修道者の当然の道であり、神聖な生活だと考えました。

 ここで金大建の理論が崩れつつありました。神様の根本的み旨は、人間に下さった祝福を通じて、子女を繁殖して生きていくようになっているのに、なぜこのように独身で生きなければならなかったのでしょうか。このような疑問をもったまま、今、修道者の外れた生活がどれほどたくさん起きているでしょうか。信仰と現実の二重の偽善的仮面をかぶって、罪人の姿で信仰する人々がどれほど多いでしょうか。そして、これがどれほど矛盾的生活でしょうか。また、これはもう一つの罪悪です。今日、カトリックはこのような問題をどのように解決するのでしょうか。

 しかし、文鮮明(ムンソンミョン)先生が明らかにされた『統一原理』と『統一思想』は、全人類に希望と喜びを与えていて、また、修道者の生の方向も正しく提示しています。『統一原理』と『統一思想』の教えに従い、真(まこと)の父母、再臨の主、メシヤに侍り祝福を受ければ、このような悩みがすべて解決することでしょう。今も多くの修道者たちが、信仰と現実とは別々に切り離して生活しています。人間の生理構造は、神様の創造目的を実現出来るように創造されたのに、人間はどうすべきでしょうか。もし『統一原理』の教えに矛盾があるならば、人間の祝福問題も矛盾なことでしょう。しかし、『統一原理』は神様が下さった新しい福音であり、啓示なので、真理の矛盾性は全くないことでしょう。

 誰もが『統一原理』を一度聞いてみなさい。神様が人類の父母であることを、一句一句すべてに感じることでしょう。文鮮明先生、どうして『統一原理』が私たち韓国から現れたのでしょうか。それがあまりにも感謝で、有り難いです。金大建の歴史は取るに足りない悲劇として終わりましたが、文鮮明先生は国威を宣揚し、韓国の位相を高め、全人類の信仰の母国としてお立てになったので、感慨無量です。

 『統一原理』は世界万民の偉大な福音になるだろうと信じます。神様は私たち韓国を愛して下さいました。ゆえに再臨の主を韓国の地に韓国人として送って下さいました。ですから、韓国の文化が世界に末長く輝くでしょうし、韓国が世界の聖地になるでしょうし、韓国語が世界語になることでしょう。この韓国の地にまかれた金大建の血が、このような摂理歴史に一役買ったようです。

 文鮮明先生、人類の真の御父母様、多くのカトリックの修道者たちをお救い下さい。そして、神様を人類の父母として明らかにして下さったことに心から感謝致します。また、とてつもない新しい真理を明らかにされ、神様の前に人類を身代わりして孝子の中の孝子の基準を立てて下さったことを無限に感謝申し上げます。

 金大建はこの真理の前に無条件に感謝して従います。また、ここに記録できない神秘的な体験と所感すべてを、記録出来ないことをもどかしく思います。しかし、無窮なる真理の道は勝利の道だと信じ、一日も早く『統一原理』の教えが国教となり、世界万民が一つの道、統一の道を歩んで、神様を父母として侍る方向に前進発展するだろうと信じます。文鮮明先生を尊敬し、お仕え致します。

                                              −2001年10月6日−

 霊界統一原理セミナー所感「吉善宙(キルソンヂュ)」

 “ここで『統一原理』でもって北韓の兄弟たちのために血の汗を投入します”

 このとてつもない場に招請して下さった主催側に、まず感謝申し上げます。文鮮明(ムンソンミョン)先生は再臨主であり、メシヤであり、救世主であり、人類の真(まこと)の御父母様です。そのような立場に至られるまで、多くの苦難と獄苦を払われ、結局勝利なさって、全人類と神様に貢献をされた、孝子の中の孝子の基準を立てられました。 文鮮明先生、私は吉善宙です。私、吉善宙は以北の各種の思想の中で、各方面から交錯した批判を受けながらも、神様の真理を植えつけるために、多くの努力をしてきました。しかし、今までもそこは神様の立場が正しく立てられなかったがゆえに、多くの人々が飢えで苦労するようになりました。彼らは難民の姿となりました。

 再臨の主、文鮮明先生は誰よりもそこの事情をよく御存じなので、彼らをお救い下さい。ここで『統一原理』を聞いてみると、胸が非常に痛いです。彼らが『統一原理』を聞きさえすれば、彼らの考えが変わるはずです。『統一原理』を知ってみると、もどかしさと焦りを禁ずることができません。受難の場で、苦難の場で勝利なさった再臨の主の血闘戦がなかったなら、『統一原理』がどうして人類の福音になることができるでしょうか。

 無限であられる神様の愛と文鮮明先生の労苦が共にあって、今日の『統一原理』が全人類の高貴なメッセージになったことを知っています。『統一原理』はこの時代に人類に下ろしてくださった神様の聖霊の爆弾です。『統一原理』と『統一思想』は人間を新しく誕生させることでしょう。あまりにも組織的であり、細かくて理路整然としています。『統一原理』は人間の奥まった面まで、すべて教えています。学校の教科書であり、各企業体と機関の必読書であり、すべての信仰者において成約のみ言(ことば)です。そして、人類の胸に新しい改革の風を起こす、とてつもない真理であり福音です。

 十六歳(数え)から準備してこられた師の苦労に対して、どうしても話すべき言葉を忘れてしまうようになります。師をかばい保護しながら守ってこられた神様は、どれほどいら立たれたかと思います。人類の真の父母の立場にお立てになるまで、神様がいかに待ち焦がれたかを何によって表現できるでしょうか。『統一原理』に対する感動をどうして一言で記録できるでしょうか。ただ感謝に感謝を重ねます。感動、そればかりです。

 ここでも『統一原理』に対する反対運動は少なからず起きていますが、その運動はいくらも行かず、等しく粛然とすることでしょう。けれども、地上でもキリスト教と他の教団が反対しているのを見て、非常にもどかしく思います。人類の真の父母の立場で彼らを救われようとする父母の心情を推し量れないことが非常に切ないです。しかし、時間が過ぎれば、こちらの私たちの精誠と知性は天を感動させることでしょう。

 『統一原理』を聞いたすべての人々は、概して静かに黙々と生きません。私たちの再臨が地上に共にあるでしょうし、神様のみ旨と愛が明らかに成されるだろうと信じます。人間にとてつもない真理と最高の原理を明らかにして下さった再臨の主、感謝致します。吉善宙(キルソンヂュ)はこちら霊界で生活していたにもかかわらず、「神様は人類の父母だ」という事実を悟れずに生きてきたので、親不孝者の中の親不孝者になりました。しかし、今こそ吉善宙も奮然と立ち上がることでしょう。

 『統一原理』と『統一思想』をもって神様を父母として侍り、以北の天のもと、吉善宙の血の汗を再び投入致します。真(まこと)の父母として来られた文鮮明(ムンソンミョン)先生、感謝と尊敬を捧げます。

                                              −2001年10月7日−

 霊界統一原理セミナー所感「李龍道(イヨンド)」

 “地上で主を迎えられなかったことを痛哭(つうこく)しています”

 神様を知り、神様と共に生きながら、そして来るべき主を待ち、慕い、生きていく人生が李龍道の願いです。そして、私は一点の恥ずかしさもなく、心の幸福を感じながらそのように生きてきました。それが私の人生の全体でした。

 しかし、『統一原理』と『統一思想』を知ってみると、私の人生に少なからず問題があることを発見しました。人間の無知は罪を生み、その罪が芽を出し、多くの実が結ばれてしまいました。罪悪の根を抜いてしまおうとしても、堅く根を下ろしているので、簡単ではないだろうという結論に至るようになりました。どうすればいいでしょうか。どうすれば『統一原理』を李龍道自身の人生で根こそぎ生活化させられるかというのが、私の大きな関心事です。

 『統一原理』と『統一思想』はとても体系的であり、論理的であり、批判されるに値する部分はほとんどないように思います。前の部分で気になっていたものは、後の部分でそれを解消してくれます。また、『統一思想』で様々な次元の宇宙の問題、世界の問題、人生の問題が一様に解決されているので、この真理を聞きさえすれば、誰も反対できないことでしょう。

 『統一原理』の理論には全く問題がありません。けれども、いつも大切に保っていた李龍道の信仰と哲学、神様に対する信仰、イエス様に対する信頼感のようなものを、『統一原理』と比肩(ひけん)してみると、非常に外れているという事実を悟るようになりました。私はこの事実の前にあきれ返るしかありませんでした。人類がそのように待ってきた再臨の主は、ほかでもない文鮮明先生であり、神様は人類の父母であり、文鮮明先生は十六歳(数え)の時から、イエス様から使命を引き継がれたということは、衝撃的な宣言です。

 それなら私たちもはっきりと再臨の時に、時代的恵沢を受けて当然でした。今、しかも地上人が信じてくれるかどうかも分からないこの事実を、ここ霊界で現実的に生活する人々にどう理解させることができますか。それを考えれば、胸がとても重くて手に負えません。李龍道もここの講師に劣らず地上生活で再臨の主に侍り働くことができた機会と環境を迎えたのに、なぜそうできなかったのか、なぜ時代的な恵沢を受けられなかったのか、私はとても惜しい心情を吐露せざるを得ません。

 私、李龍道(イヨンド)は、ここで『統一原理』と『統一思想』を批判する考えは毛頭ありません。『統一原理』と『統一思想』は、全人類の偉大な福音です。そして、『統一原理』はイスラエルではない韓国から出現したし、再臨の主も純粋な韓国人だという事実に、一人の韓国人として無限な自負心を感じます。韓国の祖国領土が人類の中心国になるのに、何の不満があるでしょうか。それにもかかわらず、李龍道の過去の人生を回顧してみると、それはあまりにも腹が立ち、もどかしく、無念この上ありません。ここ霊界でも、メシヤが韓国人であることを誇り、韓国で誕生したということをとても誇り、旗をひらめかしたいです。しかし、地上で再臨の主を迎えられなかった点に対して、本当にとても腹が立ち、自尊心に泥を塗ったようです。

 神様! 李龍道の堕落の根性が、今、ふつふつと沸いています。同じ韓民族として講義する講師たちと李龍道を比較してみると、李龍道のみすぼらしい姿があまりにも明確に現れます。しかし、無駄な劣等意識を捨てなければなりません。消さなければなりません。堕落の根性に引かれていく李龍道のみすぼらしい姿から抜け出さなければなりません。今、李龍道の心と体で激烈な戦争が起きています。しかし、新しい真理を受け入れ、このような葛藤(かっとう)から抜け出そうと努力致します。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生! 李龍道に機会を下さい。本当に切ないです。本当に無念です。同時性の時代の説明を聞きながら、狂いそうでした。李龍道も主に侍ることのできる機会を下さい。李龍道もやれます。何でもやらせて下さりさえすれば、やることができます。今からでも文鮮明先生を主として信じて従いながら、悔い改め、祈祷し、神様と主のみ旨を現実化させるために最善の努力を傾注致します。

 文鮮明先生! 主よ! 人類の真の御父母様! あまりにもとてつもない御尊名をあえて呼んでみて、李龍道のこちらの生に新しい機会を下さい。

 先生! 本当にお疲れ様でした。人類の真の御父母様として、再臨メシヤとして、人類の前に勝利なさった真の御父母様となって下さい!

                                              −2001年10月7日−

              出典:「李相軒先生が霊界から送ったメッセージ 11 神様は人類の真の父母」(光言社)より

[Back] [Top]


トップページ 統一運動NEWS 文鮮明師 御言葉集
統一原理、聖書、統一思想 霊界からのメッセージ その他の資料
祝福 ビデオライブラリ お薦めLINK集


ご感想等は植須まで