教会、教団、団体の代表人物たちのメッセージ


 霊界統一原理セミナー所感「4-1.テオドシウス一世」

 “天の秘密を明らかにされた方が今地上にいらっしゃる”

 お元気でいらっしゃいますか。こちらで『統一原理』を聞くことができる機会を下さって感謝致します。ここで『統一原理』を聞いた人々は無数に多くいます。彼らの中から私、テオドシウスに所感を発表する機会まで下さり、より一層感謝致します。

 『統一原理』を聞いてみると、「神様に侍ってよく信じれば天国に行きます」というキリスト教のメッセージは、自己陶酔に陥った漠然とした信仰だったということを感じるようになります。これまでキリスト教徒たちは「神様が果たしてどなたであるのか。天国をというものは何か。救援というものは何か。来世は果たしてあるのか。私たちが死ねば霊魂はどのようになるのか。信仰の根本とは何か」等々、よく分からないのに、神様を信じれば天国に行くというものすごい利己主義に陥っていました。そのような中で、互いに愛して、互いに奉仕するという言葉は授け受けして生きているのです。

 テオドシウスは、キリスト教が立てられるまで神様の絶対性の前に無条件に侍らなければならないという観念以外には、明確に前面に立てるべき理論をもつことができませんでした。『統一原理』を聞けば、胸が非常に痛みます。神様が私たち人間の父母であられたのですが、私たち人間は偽りの父母なので、真(まこと)の父母を理解できなくて孤児でないのに孤児の生活をしました。今日キリスト教徒はこの事実を明確に知らなければなりません。神様をよく信じて天国に行くという信仰を捨てて、神様は人類の父母という事実を大きく悟り、私たちの父母である神様は、地獄で苦痛を受ける数多くの子女を救うために少しの間も休むことがないという事実を悟らなければなりません。私たち人類は、そのような父母に従って地獄までも行くという信仰姿勢を持たなければなりません。

 それから天国というものは何ですか。誰が行く所ですか。「伝統的神観をもっている現代キリスト教徒は、誰も天国に行くことができない」と宣言します。その理由を探し出さなければなりません。『統一原理』を聞いてみた後、天国に行くことができる準備を確実にしなさい。至急にしなさい。皆さんが考える天国の概念とこちらの実相はかなり異なります。救援というものは何でしょうか。どのようにすれば救われるのでしょうか。キリスト教徒よ、テオドシウスはそれを明確に知って皆さんに頼みます。皆さんが既存の救援観に縛られるならば救われないのです。救援というものは何でしょうか。再び考えてみなさい。『統一原理』はそれをとても詳細に、明白に、細かく説明してあげています。

 来世は果たしてあるのか、皆さんの来世がないならば皆さんはなぜ天国に行くと努力しているのですか。皆さんが天国に行って良い生活をしようという考えに染まっているならば、皆さんが大切にし愛する子女たちと子孫はもちろん、皆さんの先祖も天国で共に良い生活をしようと願うのは当然なことです。それなら皆さんは、皆さんの先祖に対してなぜ関心をもたないのですか。来世で皆さんの先祖が天国に行くことができなくて、地獄で到底言い表せない苦痛を味わっているなら、皆さんは彼らを救うべきなのでしょうか、そうでなければ皆さんだけが天国に行くというのですか。

 皆さん、今日のキリスト人は、後者の生を営んでいるのではないですか。それは、神様の心を悲痛にする生です。はっきり悟らなければなりません。神様に仕える方法が違っていたのです。真(まこと)の孝子は、父母の心情を知って父母を慰労して生きなければなりません。申し訳ないですが、皆さんは、茶の間に父母をお迎えしておいて、きちんと侍ったと口だけで孝行する不孝者の中の不孝者なのではないかを考えなければなりません。茶の間にいらっしゃった皆さんの父母が、どこが不便なのか注意深く見て、一度伺ってみて下さい。心より伺ってみて下さい。皆さんの父母が何をお望みか、父母の心中にある最も大きな悩みは何か、切実に心より伺ってみて下さい。キリスト教徒が来世は明確にあると信じるならば、皆さんの生の方向が変わらなければなりません。

 皆さんが天国に行くことを願うなら、皆さんの子孫にこの道に従って奉らなければならないと教えなければなりません。なお一層、神様に仕える根本をよく教えなければなりません。それが皆さんの真の責務です。そして、皆さんの霊魂がこちらの来世で、どこにとどまって生きるかを考えなければなりません。それも根本が分からなければ決定できません。

 キリスト教徒よ! 皆さんはテオドシウスが誰なのかよく分からないでしょう。しかし、一つだけは必ず知らなければなりません。一つの国の皇帝がキリスト教を国教として立てるまでにどれほど多くの難しい挑戦があったのか、それを少しでも理解してくれることを願います。それを容易に決定したものと考えてはいけません。非常に難しい試練と悩みの末に決定したのです。今テオドシウスは、神様を父母の位置で侍っていない不孝者の心情を痛感しています。耐えることができないほどつらいです。断腸の思いです。

 成約時代に生きている皆さんの地上生活を非常にうらやみます。真に幸福で楽しい時代だからです。神様の啓示によって『統一原理』、天の秘密の事実を明らかにされた方が今地上にいらっしゃるではないですか。その方は、皆さんの真(まこと)の父母であり、皆さんが待ったメシヤであり、皆さんが待った再臨主であられます。その方が正に文鮮明(ムンソンミョン)先生であられます。皆さんは誰彼を問わず、その方を信じて従わなければなりません。

 そして、『統一原理』を信じて従えば、皆さんの信仰は成熟して、皆さんは必ず天国人として変わるようになるはずです。懇切に願って頼むので、『統一原理』を信じて実践しなさい。そして、もし『統一原理』のある部分に疑心がわけば祈祷からしてみなさい。皆さんが心より祈祷すれば、テオドシウスも再臨して教えるはずです。

 皆さんがイエス様の再臨を信じたように、テオドシウスの再臨も信じるべきなのです。文鮮明先生は、天上と地上を主管されるので、命令を受けた人々は必ず動くようになっています。祈祷しなさい。そして、神様の子女の位置において信仰しなさい。

                                             −2001年10月21日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-2.聖アントーニオス」

 “新しい真理を中心として重大な決断をする”

 神様が人間を御自身の子女として創造され、子女を通じて御自身のみ旨を成そうとされたのですが、子女が堕落することによって神様のみ旨を実現することができませんでした。人間始祖の堕落によって人類歴史の出発が誤ってしまいました。長い歳月の間、誤った歴史が流れてきたのですが、誰もそれを正すことができませんでした。そして、大部分の人類は、人類歴史が誤っていたということさえも知らずに生きています。『統一原理』を通じてこのような一連の事実に気がついてみると、真に無念で無念で悔しい思いがします。

 今、人類歴史の背後に隠された事実がくまなく明らかにされて、人類歴史を蹂躪(じゅうりん)した偽りの主人の正体も明らかにされたので、人類は罪悪の根を完全に抜いてしまわなければなりません。そして、神様の歴史的な恨(ハン)を清算しなければなりません。

 私、アントーニオスはとても恥ずかしい。世の人たちは修道院が何をする所だと考えているのですか。修道院を考えれば一方で恥ずかしいですが、しかし、修道院は、汚れた悪の血統をこれ以上繁殖できないようにする所なので誇らしく思います。

 人間は、神様の根本的摂理は知りませんでしたが、神様に侍って奉る道を訪ね求めてきました。人間がその道を探し出すためには、楽な位置で息子、娘を生んで生きていくことができないと思います。

 今、聖アントーニオスは、神様の復帰摂理歴史と神様のみ旨を知っていて、人間のための神様(父母)の心情も理論的に悟りました。今、過去を後悔しても何の意味があるでしょうか。過ぎし日に経た耐え難い痛みと後悔と悲しさが共に押し寄せてきます。地獄のどん底に押し込められた気分です。今は『統一原理』を聞くようにしてくれた感謝を感じたり、その所感などを表現している時ではありません。しかし、このような後悔と悲観に縛られることはできないことも分からないことではありません。

 今私たちを救済してくれるものなのか、私たちを悔い改めさせるものなのか、私たちを教育するものなのか、どちら側に立てるための集いなのか区別できませんが、新しい真理に順応することが道理のようです。この位置はすべての人々がうらやむところですが、事実聖アントーニオスは、この位置を譲歩したかったのです。しかし、こちらに呼ばれてきたのですから、どうすることができるでしょうか。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生! 人類の真(まこと)の御父母様、このような私たちの生をどのように認めて下さるおつもりですか。当時私たちは、時代的な恩恵を受けることができなかったことは言うまでもなく、私たちの信仰生活を論理的に体系的に導いてくれた預言者はなおさらございません。ただただ偉大な神様に最高に侍りたい心情、それしかございません。『統一原理』を知ってみると、聖アントーニオスははっきり罪人であることを告白します。『統一原理』のいかなる部分にも反論を提議できないのです。ゆえにより一層胸にむち打たれるのです。

 文鮮明先生! 感謝致します。とてもこのような言葉は、容易には出てこないものです。ただ無念に思います。しかし、文先生は、主メシヤであられるので、私たちの生をすべて抱いて下さるでしょう・・。正しく生きてみようとした当時の信仰方向と、新しい真理の方向がこのように違うことがあり得ますか。後悔の痛みと無念さに耐えることができないのです。

 そして、時代的に経綸(けいりん)された摂理に関しての講義を聞いてみても、今成約時代に生きている地上人たちは、恵まれた者の中の恵まれた者であることを知ることができます。それをむさぼったからといって解決することですか。しかし、どうしたら良いですか。

 そして、神様は、私たちをどのように思われるでしょうか。厚い接待をなさらなくても、私たちをある程度理解して下さればと思います。私たちは誰よりも愛を受ける子女の位置に行きたいという欲望をもっていたのですが、それが誤っていたようです。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生! 人類の真(まこと)の御父母様! 私たちのすべての生に対して寛大に了承して下さい。今は『原理講論』を再び読みたい心も、聞きたい心もありませんが、それが正道ではないことを明確に判断したので、私たちの心が静かに落ち着く時までお待ち下さい。その時まで静かに祈祷して原理学習をするつもりです。私たちは今回の集いを通して頂いた新しい真理を中心として、重大な決断を下すつもりです。

 文鮮明先生! メシヤの使命の前に慶賀申し上げ、どのような苦労と受難も克服して下さいますように。

                                             −2001年10月21日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-3.ドミニクス」

 “『統一原理』を聞いてみると自身の無念で悲惨な姿を発見する”

 神様は、人間を創造され、人間に対する期待と希望をもっていらっしゃったのに、人間が神様のみ旨を破りました。しかし、神様は、人間の父母として私たち人類を導いてこられました。私たち人間は、長い歳月の間、父母の心を困らせた張本人として生きながら、歴史をつづってきたと考えるようになりました。このような新しい認識を通じて、人類歴史の背後で人間を見つめて待つ神様の心情がどうだったのかをある程度悟るようになりました。

 神様の復帰摂理歴史に接してみると、それは、一つの国を建てた人は別にいるのに、偽りの主人が現れてその国を奪い、自分の心のままに統治しながらその国を自らの国だと振る舞う、それとちょうど同じでした。国を奪われた主人は、静かにしていなければならないでしょうか、再びその国を取り戻さなければならないでしょうか。『統一原理』教育を受けた所感を一言で表現すれば、人類歴史はあまりにも凄惨(せいさん)だったと言わざるを得ません。

 このような人類歴史の実相を知らないまま、数多くの修道人は、一生の間世俗的なものをすべて捨てて神様に侍って敬虔(けいけん)に生きようと努めました。なぜこれまで、偽りの歴史、偽りの父母、偽りの血統が歴史を通して続いてくるまで、そのいきさつを全く知らなかったのでしょうか。このような悲惨な歴史の糸口を解くために、神様は成約時代に文鮮明先生を地上に送られたので、地上人たちは真に栄光であり、恵まれた者たちだと思います。しかし、こちらの霊界の数多くの霊魂たちはどのようにしなさいということなのか、特に一生、修道生活を一貫して、一人で生きてきた修道者たちの生はどのように補償されるのか、『統一原理』を知ってみると、私たちの姿があまりにも無念で悲惨に感じられます。神様の根本的意義を知らなかったということ、時代的な恩恵をほとんど受けられなかったということが私たちにはあまりにも無念で残酷です。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生、成約時代の人類の真(まこと)の御父母様、私たちの生はどのように処理なさるのですか。「あなた方は時代的な恩恵を受けることができなかったから、今からどのようにすれば良いか」と慰労して下さるとしてもドミニクスは嫌です。神様に対する切実な心がどれほど燃えていれば修道者の道を選択するでしょうか。なぜ神様は、人類の父母の位置にいらっしゃいながら、子女にこのように痛みを下さるのですか。ドミニクスの修道生活は、易しいことではなかったのです。しかし、ドミニクスは、ただ神様の絶対従順の位置に立とうという熱望で、世俗的なものをすべて切って捨てて修道の道を選択し、それが神様に報いることだと考えました。

 今日、大部分の人々は、家庭をもち、人間の生理作用によって成し遂げたいことを果たしながら信仰生活をしていますが、修道者たちは生理的なすべてのものを抑制しながら何よりも神様への敬虔(けいけん)で純潔で神聖な侍義の生活を唯一視しています。

 ところが、そのように生きてきた生が誤っていたというのですから、どれほど無念かというのです。修道者たちには四位基台がありません。対象がいないのに四位基台がどこにあり得ますか。人類の真の御父母様、文鮮明先生、修道者たちはどのように整理なさるのですか。天国以上は家庭完成だというのに、修道者たちをどのように処理なさるのですか。寛大に厚く接待されることも嫌です。原理的基準によって処理なさるならばどのようになさるのですか。

 神様は、偉大な父母であられるにもかかわらず、子女がこのように間違っていくようにされたのですか。人類を滅ぼすようにした張本人ルーシェル、エバ、アダムにすべて会って問いただしてみるつもりです。私たちの一生に責任をもつことができるのか、彼らに問いただすつもりです。本当に無念で無念で耐えることができないのです。今日の地上人たちは、非常に恵まれた位置でメシヤの恩恵を受けているので、私たちは彼らを限りなくうらやましく思わざるを得ないのです。

 文鮮明先生! ドミニクスが誰なのか知っていらっしゃるはずがないでしょう。すべての人々にただ修道生活だけを勧めた罪人です。ところが、今『統一原理』を知ってみると、それがすべてではないことを悟るようになりました。本当に無念で無念でならないのです。『統一原理』の内容がまるごと偽りならば良いです。復帰摂理の同時性の時代を聞けば狂ってしまいそうです。今この心情を誰が分かりますか。何度も『統一原理』を聞きながら、誤った部分を探そうと少なからず努力しました。しかし、それは全く無意味な努力でした。

 人類のメシヤ文鮮明先生、真の御父母様、私たちはどうすれば良いのですか。このように本当に無念な私たちの心を解いて下さい。そして、方法を知らせて下さい。ドミニクスの所感は、一言で悲惨でもどかしく無念なこと、それがすべてです。

                                             −2001年10月23日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-4.ヘンリー八世」

 “主よ、何でも命令して下さい、こちらで積極的に協助します”

 神様が人間を創造された以後、父母の位置で長い間人間に背信されて捨てられた歴史的な神様の恨(ハン)を悟るようになりました。『統一原理』を聞くようになった動機から先に話したいと思います。こちらの一般大衆のうわさによれば、「統一原理セミナー」教育室では、新しい人間教育をしていて毎日毎日数多くの人々がそちらを出入りしているということです。それがどのような教育なのか分からないが、そちらに行ってきた人々は一様に言葉が少なくなり、ある人たちは大声で痛哭(つうこく)し、ある人たちはおかしな体験もするということです。真(まこと)に神秘な教育の現場だというのです。しかし、そのように聞こえてくるうわさに心が動揺するヘンリー八世ではありませんでした。ところが、ある日、人を探しているという広告が貼(は)られました。そこにヘンリー八世の名前が記録されていました。私は、ヘンリー八世の名前がキリスト教歴史発展に貢献した人物の名簿に上げられたという事実を確認した後、あまりにも不思議に思ってこの教育に参加しました。

 しかし、『統一原理』講義を聞いてみると、一言で言えば、とても申し訳ないということ以外に何の話す言葉もありませんでした。こちらでこのように努力して渾身(こんしん)の力を尽くして歴史の方向と人類の新しい行くべき道に対して講義しているのに、初めは関心さえもつことができず、無駄な自身の体面と威信と自尊心に捕らわれていたことが、どれほど恥ずかしく思っているか分かりません。

 そして、私の場合において、『統一原理』の全般的な内容を一言で表現することが限りなく難しいのです。万一、こちらでもヘンリー八世が国王になることさえできるならば、すべての国民に『統一原理』を強引にでも聴講させたいと思います。誰ももれなく次々と体系的に『統一原理』を聴講させたいと思います。

 今まで人類歴史の方向が誤っていたのであり、従って、私たち人類が新しく進んで行く方向性に対して、『統一原理』ほど正しく提示するものがどこにあるでしょうか。心の根底からわき上がって来る最も苦しいことは、神様が哀れだということです。神様は、人間のために生きてあまりにも苦労なさいました。

 今『統一原理』を聞いて改まった私たちは、今後神様を私たち人類の真(まこと)の父母としてきちんと侍るべきです。人間始祖の出発は誤っていましたが、神様の子女である私たち人類が、私たちの過ちを大きく悔い改めて帰ってきて父母に侍る時、父母を最もこの上なく侍ることができるのではないでしょうか。

 そして、人間先祖の位置において誤った血統を繁殖したアダムとエバは、いつかは公開的に謝罪しなければなりません。これまで数多くの人類に誤った血統を子々孫々譲り渡したアダムとエバは、神様と人類の前に公式的に公開謝罪しなければなりません。彼らが宇宙法度の根本的基準を離脱することによって、神様はもちろん人類がどれほど凄絶(せいぜつ)な痛みを経なければならなかったのか!

 文鮮明(ムンソンミョン)先生は人類の真(まこと)の父として来られました。しかし、その位置において誤った人類歴史と人間の原罪を清算するために、歴史の峠ごとに吹き荒れる数多くの苦難をどのように耐えて来られたのでしょうか。そして、時代的に途方もない福を受けた地上人たちは良いですが、こちらの数多くの人々の原罪をどのように清算なさるのですか。神様は、このような一連の歴史的問題を解決するために文鮮明先生を送られましたが、その方に歴史的に絡まった数多くの荷物のふろしき包みを任せてどれほど痛ましく思われたでしょうか。数多くの峠道を何人かの人物が少しずつ分けることさえできるならば良いのですが・・。

 文鮮明先生! 人類の真の御父母様! 人類のメシヤの立場で十字架の峠を越えていくために、どれほど苦労が多いですか。何をどのように助けて差し上げればよいのでしょうか。神様の重大な責任をもって人類の真の父母としてお立ちになるまで、凄絶な蕩減(とうげん)路程をどのように慰労して差し上げればよいのでしょうか。教団の障壁、人種の障壁、文化の障壁等、すべてのものは『統一原理』を知るようになれば、根本的に解決するはずだと私たちは信じておりますので、なにとぞすべての人類が『統一原理』を聞くことが出来るように道を開いて下さい。そして、こちらで私たちが協助することができることは何であっても命令して下さい、最善を尽くして協助します。本当にお疲れ様でした。そして、感謝致します。今ヘンリー八世のすべての驕慢(きょうまん)、自尊心、体面を捨てます。そして、『原理解説』、『原理講論』を広く広く普及させて下さい。感謝致します。

                                                −2001年10月23日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-5.ロジャー・ウィリアムズ(アメリカ、バプテスト教会代表者)」

 “祝福を受ける準備を徹底してします”

 ロジャー・ウィリアムズがバプテスト教会の一代表者になるまで、権能の神様、能力の神様、愛の神様、知恵の神様をどのようにすれば純粋で清潔な姿で侍ることができるかということを少しの間も忘れたことがありませんでした。ところが、こちらで『統一原理』の講義を聞いてみると、浸礼教の教えは、幼い幼稚園児のための初歩的なことにすぎないことを認知しました。

 罪とは何か。『統一原理』の教えとバプテスト教会の教えにおいて罪の根本を規定する基準が全く違いました。罪の根本をこのように組織的に、体系的に、理論的に明らかにすることができるのでしょうか。このような『統一原理』が私たち人類の前に厳格に存在しているという事実、それ自体が人類の福音でないはずがありません。『統一原理』は、とても感動的です。そして、一宗教人として見る時、バプテスト教会の唱導は、あまりにも不分別で無知な行動の所産であったことを率直に告白せざるを得ません。

 しかし、その当時、ウィリアムズが自身の体験を通じて得たものは、神様の権能に最高に侍ることでした。そのほかの方法はありませんでした。ゆえにウィリアムズは無知にならざるを得なかったのです。バプテストを通じた罪の聖別は、特別な恵沢がないということを『統一原理』を通してはっきりと悟りました。今ウィリアムズの心は、非常に申し訳なく、困惑しています。

 その当時、信仰者に教えてあげるだけの特別な理論がウィリアムズにはありませんでした。神様は、人類の父母だということは少しも想像できませんでした。どうしてあえて絶対的神様を父母として想像することができるでしょうか。ウィリアムズが体験した神様は、あまりにも絶対的で唯一であられる方だったので、おそれ多くて想像しても申し訳ないような方に感じられました。ところが、絶対的な神様が人類の父母であられるなら、私たち人類はどれほど恵まれた者たちでしょうか。

 神様も人類の父母であられて、文鮮明(ムンソンミョン)先生も人類の真(まこと)の父母、そして、人類を救って下さるメシヤであられるので、バプテスト教会の信仰者にも特典を施して下さい。彼らの代表者として少なくない罪の意識を感じます。そして、動機が神様にきちんと侍ろうという心で出発したので、その動機を深く推し量って下さい。

 そして、バプテストを受けたすべての人々に祝福の関門も開けて下さるようにお願いします。私たちすべての希望は、天国で神様に侍って良い生活をしなければならないという熱望で、素晴らしい夢と希望に膨らんで生き、浸礼の儀式を通過すれば天国に行くことができると導いたのでそれも許して下さり、永遠の天国に行くためには祝福の関門を通過して家庭を築かなければならないと学んだので、私たちにもそのようにする機会を施して下さい。

 昔、はるか昔に会った人も、神様と真の御父母様が御覧になるのに大丈夫だと思われるなら再び相対を結んで下さっても良いのです。私たちは本当に熱望しています。神様がいらっしゃった天国に行くことが出来るという熱望の夢を追って生きています。神様、私たちを受け入れて下さい。真の御父母様、受け入れて下さい。

 そして、ウィリアムズがバプテスト教会の信者たちをみな呼んで、『統一原理』を聴講させ、『統一原理』を中心としたセミナーも開催して、『統一原理』研究団体も組織するつもりです。こちらの統一原理講師が私たちを助けて下さるかもしれませんが、どのような道であろうと訪ねていくつもりでございますので、恩恵を施して下さい。そして、祝福を受ける準備をした後に共に集まり、その日を待つつもりです。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生! 人類の真(まこと)の御父母様! 人類のメシヤ、再臨の主よ! ウィリアムズの懇切なお願いを聞いて下さい。第一、原理学習を着実にして祝福の意義を説明し、第二、新しい真理を受け入れて永遠の天国に行くことが出来る唯一の道は、祝福の関門を通過する道だと教えるつもりです。そして、待ちます。共に集まって待ちます。いつでも祝福の祈祷をして下さることが出来るように、すべての準備をしておいて待ちます。そして、復帰摂理のすべてのことを勝利なさった文先生に感謝と敬意を表するものでございます。

                                                               −2001年10月24日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-6.イグナティウス・ロヨラ(イエズス会創設者)」

 “地上人の皆さん、無形実体世界は明らかに存在します”

 『統一原理』を聞いてみると、天上はもちろん地上でも、大切でない生が一つもないことを実感します。真に高貴な生の現場現場を考えさせられます。大部分の人々は、自分たちの地上生活を終えた後、こちらの天上世界で永遠に生きるようになるという事実をほとんど分からないでしょう。しばしば「地上で正しく生活をして天国に行きます。過って生きれば地獄に行きます」という話をする人々がたくさんいますが、彼らもこのように永遠の世界で永存するという事実をはっきりと分からないでしょう。

 ところが、ロヨラは、有形・無形世界の講義を聞いて非常に感銘を受けました。何よりもその世界に対する論理の展開方法にとても驚きました。有形実体世界と無形実体世界の用語を念入りに考えてみなさい。有形実体世界に対してはある程度理解することが出来るものですが、無形実体世界という言葉自体があり得るものなのか。地上人たちは、このように良い時代に新しい教えを受けて生きています。

 地上で生きている皆さんは、こちらの天上世界である無形実体世界がはっきり成されているという事実を悟って、皆さんの地上の生を大切に貴く生きるべきです。春に種を蒔(ま)けば、刈り入れ時期に刈り入れることができますが、秋に種を蒔けば実を結ぶことができなくて死んでしまうのです。このように地上の生の次元によって、こちらの天上の無形実体世界における自分の位置が決定するということを明確に伝達したいのです。地上で他人のために生きた人々は、天上世界で神様と共に永遠の位置で過ごすはずです、個人を中心に生きていった人々は直ちに地獄行きです。本当に残忍な言葉のようですが、これが天道の道というのです。これが天法というのです。天法は、誰かがこのようにしなさい、あのようにしなさいと命令するものではないのです。自分自らその道を訪ねていくのです。こちらの天法はあまりにも残忍で恐ろしいです。

 こちらでは、神様は私たち人類の父母だと教えています。ところが、天道の道には一寸の値引きもありません。これが、天上の法です。『統一原理』のどれ一つとして、真理でないものがありません。人類歴史の背後に隠された天道が、成約時代に一つ一つ明らかにされています。それがほかでもない『統一原理』の教えです。

 そのように長い歴史の痛みに耐えてこられた神様、あなたの子女にすべてのものを明らかにして下さりながら限りなく寛大な神様だとしても、天道には少しも値引きできませんでした。あなたの子女たちの地獄への行列が限りなく続いても、そして、地獄で数多くの子女が苦痛を受けても、天道ゆえに神様は彼らをそのままほっておくしかなかったのです。

 このような脈絡で、私たち信仰者は深く深く考えるべきことがあります。肉身の父母に病んだ子女と健康な子女がいる時、父母は誰をもっと愛されるでしょうか。病んだ子女が完全に治療される時まで、父母は少しの間も平安な日がないでしょう。地獄の苦痛の中で身もだえする子女が、その苦痛を清算してくれと哀痛しているのに、彼らの悲鳴を聞いてもどうすることもできない神様の心情を皆さんは考えてみるべきです。

 ここで呻吟(しんぎん)する地獄人は、地上で正しく生きることができなかった罪の負債なので、何の条件もなく彼らを助けることができるでしょうか。本当に深刻で大切なのは地上の生です。明確に無形実体世界が存在しています。皆さんが地上で生きている期間は、天上で永遠に生きていく皆さんの家を造っている期間なのです。

 こちらに来て皆さんの家を建てようとするならば、それは、時既に遅しです。地上で肉身をもっている時に皆さんの家が造られていくのです。それが天法です。あまりにも驚くべき事実が現実に現れているのです。ロヨラが無形実体世界があることをはっきり知っていたなら、地上で今のこちらよりはるかに良い家を用意することができたのではないかと思います。時代的な流れに従って生きてきてみると、今こちらで『統一原理』を中心とした新しい真理に接するようになりました。こちらの天上でこのような真理を悟るようになったことが限りなく無念で悔しいのですが、現実を受け入れることに決めました。地上人の皆さんに懇切に頼みたいことがあります。地上の有形実体世界のように、皆さんの霊魂が永遠の姿で生きていく無形実体世界が明確に存在しているので、それのための準備を徹底的にすることを懇切に頼みます。 地上の生は瞬間的ですが、こちらの天上の生は永遠の生です。瞬間的生のために永遠の生を台無しにする愚か者にならないよう頼みます。

 人類の真(まこと)の御父母様、人類の救世主、文鮮明(ムンソンミョン)先生、このように貴重な新しい真理を明らかにして下さって真に感謝致します。『統一原理』は人類の最後の福音です。いくら感謝を捧げても不足なようです。

                                                                −2001年10月24日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-7.フランシス・ロヨラ(イエズス会の代表的宣教師)」

 “人類の父母が神様だという事実を、なぜ今明かされるのですか”

 人間の人生において、地上での生涯は限りなく短いものであるのに、それがとても長く永遠なもののように感じながら生きています。しかし、このように短い一生涯は、永遠の世界での生活のために準備して生きていく期間です。地上での生活は準備期間です。もし地上での生活がなかったとすれば、この永遠の世界において各自の位置を決定することはできないでしょう。それゆえに、地上での生活はどれほど大切なものでしょうか。

 『統一原理』教育の所感を発表するにおいて、前置きがあまりにも長かったせいなのか分かりませんが、『統一原理』を知ってみると、地上において時代的な恵沢を受けることができなかった切なさを深く感じざるを得ません。

 地上生活の大切さをはっきりと知るべきです。今、地上人たちも、『統一原理』を聴いて学べば、永遠の世界で、自分がどの位置で、どのように生きていくべきかということを十分に準備しないでしょうか。しかも、『統一原理』を明らかにした主人公であられるメシヤが地上にいらっしゃるというのに、何が恐ろしいことがあるでしょうか。数千年が過ぎながらも、人類はこの天秘(天の秘密)の事実を知らなかったのです。ですから、私たちは暗闇(くらやみ)の世界で生きていても、それが暗闇の世界であるということを知らなかったのであり、私たち自身の姿も、血統も、そして歴史の流れも方向も知らなかったのです。しかし、今、成約時代を迎えると同時に、神様の啓示によって誤った人類歴史の正体が明らかにされました。一生涯信仰生活をした人々は、『統一原理』の内容をすぐに受け入れることができないでしょう。それは、あまりにも誤った歴史の中で、人生の方向を知らずに生きたからです。『統一原理』は天秘を明らかにした真理です。いくら否定し、否定したとしても、受け入れざるを得ない真理の真理です。『統一原理』の一つ一つの内容を読むたびに、人生の新しい活力がわいてきます。

 こちらの講師たちの様々な次元の行動様式を眺める時、彼らがメシヤに侍り、メシヤの教えを受けたということがはっきりと現れています。それが現実です。地上生活でイエス様のみ言(ことば)を聞いて従った十二弟子はどれほどの幸運児でしょうか。三十三年の地上生活の中で、わずかでもイエス様と共にいることができた彼らも、幸運中の幸運な人ではないでしょうか。使徒パウロ先生は「復活のイエス様と出会い、驚くべき人生の変化を受けた」と言いますが、地上で再臨主に侍って生きた講師たちの人生はどれほど幸福で楽しいものでしょうか。そして、このように偉大な『統一原理』を学んで、多くの人々に教えてあげることができる講師たちは、神様のために一体いかに生きたというので、一つの時代にそのように多くの福を一度に享受することができるのでしょうか。本当にうらやましくて仕方ありません。講師たちの姿と比較すれば、フランシス・ロヨラの姿は哀れなことこの上ありません。ロヨラも、地上において神様のために本当に一生懸命に働いてきたと思いましたが、今、何の恩恵も受けることができずにいるので非常に悲しいです。

 しかし、このようなフランシス自身の現実を認めるしかありません。考えれば考えるほど胸がずきずき痛みます。神様! なぜフランシスの時代には、神様が人類の父母だという事実を明らかにされなかったのですか。なぜ私たちの時代には再臨主、文鮮明(ムンソンミョン)先生を送って下さらなかったのですか。神様、フランシスの時代に『統一原理』を明らかにすることが出来なかった根本的な理由は何ですか。その時代にも、神様に一生懸命侍る人々がとてもたくさんいました。父母が子女を偏愛しているような気がして、納得し難いことこの上ありません。地をたたいて痛哭(つうこく)したい思いです。しかし、この現実を受け入れるしかないので・・。

 文鮮明先生は真(まこと)の父母として来られましたが、今、私の心情は非常に苦しいです。しかし、『統一原理』の真理性を認めて信じるしかありません。文鮮明先生、人類の救世主として来られたので、お待ち下さい、私たちの心のもだえが整理される時までお待ち下さい。

                                                                −2001年10月25日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-8.ジョージ・フォックス(クエーカー派 神秘主義の創始者)」

 “どのようなことでもお命じ下さい”

 『統一原理』は人間の心を革命させていました。ジョージ・フォックスは、この霊界はもちろん、地上での生活で様々な次元の霊的体験をしました。『統一原理』を聞く前の夜、夢の中に一人の巨人が現れ、「私に付いてきなさい。そしてここで学びなさい。ここは、人間を新しく変化させる工場である」という言葉を残して消えました。ところが、その次の日、本当に不思議で奇怪な現象がまた起きました。原理講義を聴いている時、一番前にある写真が講義を聴いているフォックス自身の前にどんどん迫ってきたのです。よく見てみると、昨晩夢で見たその巨人でした。その時は、講義内容が全く聞こえないほど驚きました。しばらくすると、その巨人の男性は再び写真のほうに戻っていき、その中にすーっと入っていってしまいました。フォックスは不思議な気分になりましたが、講義の途中なので静かにしているしかありませんでした。

 ところが、講義をしていた講師が突然講義を中断して次のような話をしました。「皆さん、こちらを見て下さい。この方こそまさしく文鮮明(ムンソンミョン)先生であられ、この方が人類の真(まこと)の父母であり、私たち人類を救うために来られた再臨主であり、メシヤです。そして、今、地上において、人類の平和のために八十歳の高齢の体で奮闘していらっしゃいます。私たちは、その御方、真の御父母様をお迎えするために、各自受け持った使命について考え、私たちがなしていくべき方向を決定しなければならない時だと思います」。

 フォックスは、稲妻が光り、雷が落ちたような大きな叫び声にとても驚きました。なんと大きな声なのか、あまりの驚きに顔色が変わるほどでした。一体全体、昨晩フォックスに現れた巨人の男性がほかならぬ救世主メシヤだというのか。フォックスをここに導きに来られたというのか。このように神秘的な事実を地上人に知らせたいです。ここ霊界の霊的体験現象を地上人にそのまま残してあげたいです。フォックスのこのような霊的体験を地上人に直接伝えることが出来るという事実に、また驚かざるを得ません。この文をリポートしている女性が手首に白い包帯を巻いているのを見ると、手首が非常に痛いようです。とても神秘的な出来事が続けざまに起きています。

 「文鮮明先生! 昨晩フォックスの家へ来られましたか」。もしそうであるとすれば、この栄光にどうして耐えることが出来るでしょうか。この恩恵をどうして表現することが出来るでしょうか。どのようなことでもお命じになれば、そのように致します。間違いなくこのフォックスに命令されることがあるだろうと信じます。お命じになれば、それに従います。

 文鮮明先生! このように驚くべき栄光にどうして耐えることが出来るでしょうか! 「『統一原理』を学べば新しい人に変わる」と言われたので、それからじっくりと学んでいきます。それ以後、再びフォックスにお命じになれば、そのように致します。文鮮明先生! 人類の真の御父母様! 光栄です。有り難うございます。

                                                   −2001年10月25日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-9.ヤーコプ・シュペーナー(ドイツの敬虔主義の創始者)」

 “『統一原理』を生活化致します”

 私、シュペーナーは、神様への絶対信仰に関して多くのことを主張しました。神様以外にはいかなる神もあがめてはならないと主張し、人間は絶対者神様に惜しみない精誠を捧げなければならないと主張し、教えてきました。

 しかし、神様が人類の父母だという事実は、想像してみることも出来ませんでした。どうして神様が人類の父母となることができるのか、本当にこれは驚くべき事実です。春夏秋冬という四季の変化の無常さは、神様による人間のためのこの上ない愛の表現であり、それは、いかなるものも肩を並べることができない美しいものであると考えていました。それは、まさしく神様が人類の父母であられるがゆえの、子女のための天地万物の調和だったのですが、その理由を知らなかったのです。なぜ神様が私たち人間をこのように愛されるのか、その理由を全く知ることが出来なかったのです。

 シュペーナーは、メシヤになることも出来ず、神様の啓示によって天秘(天の秘密)を明らかにするだけの能力も器もない不足な者ですが、神様に対する絶対信仰だけは誰にも劣らない強烈なものであったと思っていましたが、それが大変な傲慢(ごうまん)だったということを知りました。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生はどのように生きられることによって、神様の愛をすべて受けられる位置に就かれたのでしょうか。人類が行くべき天秘の事実を明らかにされ、救世主メシヤの位置に上がられ、人類の真(まこと)の父母の位置に就かれたのでしょうか。大胆にも文先生をうらやめば、それは驕慢(きょうまん)になるのでしょう。しかし、率直に言って、非常にうらやましいのです。「あまりにも生意気な者だ」と言われるかも知れませんが。今、人類のメシヤであり、真の父母であられる師の前に私、シュペーナーは、自らを率直に告白し、自らの驕慢(きょうまん)と傲慢(ごうまん)をすべて洗い落とし、謙遜(けんそん)な立場で『統一原理』をじっくりと学びながら、人格を整え、すべてのことにおいて新しく出発しなければならないという気がします。

 「原理の道は真理の道であり、真理の道は再創造の道である」と言いました。どうしてシュペーナーの人生がかくも荒唐無稽(こうとうむけい)だったのだろうか、むなしい思いを禁じ得ません。文鮮明(ムンソンミョン)先生! 真(まこと)の御父母様! すべてのことを受け入れます。そして、創造本然の姿へ変わっていくよう努力します。

 そして、『統一原理』の一つ一つを綿密に分析し、それをシュペーナー自身の生活様式に浸透させるつもりです。

 今、主は欽慕(きんぼ)の対象であり、シュペーナーは限りなくみすぼらしく、寂しく、つらい姿ですが、新しい真理を受け入れるしかないという結論は下りました。真の御父母様、祈られる心で了承して下さい。待っていて下さい。取るに足らない者に所感を捧げることができる機会を与えて下さったことに感謝し、この機会を通して新しく変わることを祈ります。有り難うございます。

                                                   −2001年10月26日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-10.ツィンツェンドルフ(モラビア派敬虔主義創始者)」

 “神様の国、平和世界建設に総力を投入したいです”

 今回のセミナーに参加した私、ツィンツェンドルフは、地上と天上をあまねく回って、『統一原理』を叫びたい衝動と感激と感銘を受けました。そのような衝動は到底すべてを表現する道がありません。地上にいらっしゃる文鮮明先生、真の御父母様、人類のメシヤ、救世主が、私たちすべてに地上再臨をしろと命令されました。私たちには翼はありませんが、私たちに鳥のように飛んでいくことのできる特典を下さいました。しかし、私たちがどこに再臨すべきなのか、その場所がありません。地上で天上にいる宗教創始者たちを信じて受け入れて下さい。

 悲運の人類歴史が長い間流れてきたとすれば、これからは私たちが天上と地上で力を合わせて、神様の国建設のために総進軍致します。地上で私たちの霊波を受け入れて下さり、信じて下さい。『統一原理』も知らず、地上でメシヤの役事が起きているということも全く知らない不慣れな所に、私たちが訪ねていって協助することは、そんなに簡単ではありません。しかし、神様の聖霊の力が共にあり得る基盤さえ立てられれば、いや地上の人たち(『統一原理』を知っている者たち)だけでも積極的に助けて下さるならば、私たちも天上で最善を尽くします。人類にこのようなとてつもない福音があふれ出たのに、どうして地上の暗闇を清算できないでしょうか。今、暗い影を覆っていたカーテンはぱーっと片づけてしまい、新しいみ言(ことば)と新しい真理の前にすべての人々が謙遜に従い、服従して、神様の国、平和世界の建設に総力を投入したいと思います。

 私、ツィンツェンドルフのこのような所感が誰にどのように伝達されるか知りません。しかし、それは感動の連続です。今まで大部分の人類は神様に侍る方法を知らないまま、絶対的な神様として、遠い距離から信仰の対象として見つめてきました。しかし、今や神様は私たちの父母だという事実が明らかにされたため、これは人類の最高の贈り物であり、福音ではないでしょうか。もし、ここで明らかにした『統一原理』が到底信じられなかったり、原理的に妥当性がないとすれば、神様は人類の父母だという事実も無視してしまい得ることでしょう。

 しかし、文字どおり『統一原理』です。全人類が『統一原理』だけ聞いてみれば、統一を実現することが出来ることでしょう。そして、平和の世界をも成すことが出来、人種の問題も宗派の問題も解決することが出来、思想の統一、文化の統一も成すことが出来ると思います。良ければ、良いとそのままを受け入れましょう。『統一原理』を批判したり、自らの個人的偏見に接ぎ木させないようにしましょう。偽りではないと判断されれば、そのまま受け入れましょう。これまで私がもった過ぎし日の思想、教育、哲学、神観など、様々に潜在する知識が首をもたげているのも事実ですが、それはつまらないものです。

 今、ツィンツェンドルフは新しい真理の前に両手を広げて、創始者の度量で受け入れるつもりです。大きく受け入れるつもりです。一言で文鮮明(ムンソンミョン)先生の度量と抱負と考えなどと、私たちのそれとは比較にならないことでしょう。公然と自らの我執に捕らわれて、文鮮明先生がにらみつける所で恥ずかしい者にならないようにしましょう。ただ素晴らしいです。とても素晴らしいです。今や、人類の福音、新しい真理が私たちを生かしました。万歳、万万歳、文鮮明先生、万万歳、救世主、メシヤ、万歳。ツィンツェンドルフは敬拝を捧げて感謝をお捧げします。

                                                          −2001年10月29日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-11.ウィリアム・ブース(救世軍創始者)」

 “衝撃、衝撃・・、しかし、今は主に侍ることができません”

 私、ウィリアム・ブースは神様の大きな愛によって、このようなとてつもない集いに参加できるようにして下さった恩恵に、本当に感謝申し上げます。ここは多くの人々が気になる所であり、誰もが思いのままに参加できる所でもありません。けれども、ここは神様の愛と体温と光彩で満ちた所であるのを熱く体験しました。

 講義の場に入る前、出入口から中に入ってくるのに、とても明るい光がちょうど竜巻のように押し寄せるや、ウィリアム・ブースをあっという間に包んでしまいました。その時、急に私、ブースの深い胸の中から不思議な声が聞こえてきました。「神様の愛は深くて広い。神様の愛は全人類を一つにさせるのである。神様の愛は私たちの父母である。よく来た、よく来た」という静かな声が、深い胸の中から聞こえてきていました。

 講義は一言も聞いていない新人ですが、ここは何かおかしな装置でも仕掛けたかのようでした。周囲を注意深く見回しても、ぎっしりに席を埋めていきながら、緊張した顔の人々が座ったり、立ったりして、準備する姿ばかりです。ブースはとても緊張しました。その熱い体温は静かに浸透していました。

 私たちを招請した主催者側の講師たちは、とても忙しくしながらも一生懸命に私たちを案内していたし、講義が始まってからは、場内はとても厳粛な雰囲気に変わっていきました。

 ところが、本当に不思議です。何の話なのか、一度も聞いたことのない内容で熱い講義が進行していました。創造原理、堕落論、人類歴史の終末論、メシヤ降臨とその再臨の目的など、全く新しい主題が講義されていました。一体どうなっているのでしょうか。講師たちは本当に深刻な内容を私たちに講義してくれました。その他、人類歴史の流れ中で同時性の時代を説明して、今の時代と比較して各自が考えてみなさいというのです。

 地上と天上の年代の数は差があって計算法が異なるとしても、あの講師たちは素晴らしい方々だといいます。地上で主に侍った者たちであり、なじみが薄い理論は、成約時代に人類に与えて下さった貴い福音のみ言(ことば)だということに、唖然(あぜん)としました。何も考えられません。馬鹿みたいでした。ブースは自分の手と足をつねってみたりもしました。はっきり現実です。これは現実です。それならブースは絶望的です。貴い時をみな逃してしまい、崖に落ちた姿になったかのようでした。とても驚くべきことです。この心情をどのように表現すべきか分かりません。

 ところが、講義を聞く前に私、ブースに現された神様の愛は、また何だったのでしょうか。このようなすべてのことが事実であり、地上で暮らす人々は、主を迎えた中で生きているというから、そちらに走っていきたい気持ちばかりです。周囲をよく見ると、平穏な顔をした人々より、深刻な表情を浮かべた人々がはるかにたくさんいます。今からブースはどうしなければならないのでしょうか。どう気持ちを整理すべきなのか、何らの対策も立てられません。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生は人類の救世主であり、メシヤだと、自信満々に大声で叫んでいますが、準備できない人々はどう受け入れなければならないのでしょうか。またこの福音が、地上にも、天上にも、全人類に下さった成約のみ言(ことば)であり、新しい真理ならば、無防備状態で時代的な恵沢もなく、また何らの対策もなく、急にこの時代を迎える信仰者は皆、どこに行かなければなりませんか。そして、私たちが所感文を発表すること自体が、この時代にどのような実効をもたらすのでしょうか。『統一原理』の内容が間違っているということでは、決してありません。しかし今、私たちはあまりにもつらいです。私たちは信仰者として生きるために、とても努力したのに、本当にこのようにむなしい心情で新しい真理を迎えなければならないのでしょうか。それには心があまりにも痛みます。

 文鮮明先生! 人類の救世主として来られた時、なぜ先覚者の心情の前に訪ねてくることがおできにならなかったのでしょうか。私たちはただ無意味に、むなしくは生きませんでした。まさしく信仰者として生きるために、いかなる困難も甘受しました。人類の救世主として王位につくまで、文鮮明先生も多くの苦難と受難の道を克服なさっただろうと思いますが、今、この場でそのまま『統一原理』を受け入れるには、あまりにもやり切れません。

 「神様はなぜよく来た」とおしゃったのでしょうか。しかし、私たちは皆、この真理の前に順応しなければならないとすれば、落ち着いて、静かに、そしてひそかに祈祷しながら、澄んで清らかで謙遜な姿を備え、私たち自身を聖別した後、主にお侍り致します。今、すぐに主に侍れないとしても、御了承下さい。そして、お待ち下さい。

                                                                 −2001年10月30日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-12.メアリ・ベイカー・エディ(クリスチャンサイエンス創始者)」

 “原罪清算問題と救援問題が解決しました”

 人間がこの世に生まれる時、何も知らず、何ももたずにお母さんのおなかの中から生まれます。その時から人間は、涙と苦痛を克服しながら生きてきました。私、メアリ・ベイカー・エディは、それが人間の一般的な人生の姿だと考えて生きてきましたが、地上で最も大きな悩みに陥ったのは、正に人間の原罪問題と救援問題でした。私は、エディなりに原罪清算と救援観はもっていましたが、それは明白な解答ではありませんでした。

 ところが、『統一原理』に接しながら、原罪清算の問題と救援問題が明快に明らかにされました。『統一原理』を通して非常に正確な解答をもらいました。とても明白です。気がせいせいする答弁でした。憂鬱(ゆううつ)な問題がすっきりと明らかにされはしましたが、今、多くの人類は本当に無念で悔しい人生を生きていくと考えると、憤懣(ふんまん)やるかたなく、憤りが爆発します。どうしてかくも無念な人類歴史が人間を捕らえ、重苦しく生きるようにさせたのでしょうか。信仰する人であれば、誰でも無念な人類歴史を見て憤慨することでしょう。エディがもしその時代に生まれていたなら、アダムとエバのように、そのように失敗した先祖になっていたでしょうか。しかし、どうしたらいいでしょうか。無念な歴史をつかまえて恨んでも、既に結果の世界には解答がないではありませんか。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生はメシヤでなくても、また真(まこと)の御父母様でなくても結構です。人類の最も根本問題を明らかにして下さったこと、それだけでも感謝に感謝を重ねます。それなのに、文鮮明先生は人類のメシヤであり、人類の救世主であり、人類の真の御父母様であられるので、それは多くの人類のための福音の中の福音であらざるを得ないし、『統一原理』は真理の中の真理であらざるを得ません。私、エディはとても感謝の心でそれを受け入れます。そして、文鮮明先生は人類の原罪を清算できる根本の根を明らかにし、揺さぶったので、今や人類の救援問題までも解決して下さり、責任をもって下さるだろうと思います。

 文鮮明先生! 全人類のすべての栄光を受け、享受して下さい。私、エディは文先生の恩恵に感謝し、『統一原理』を細かく研究し、伝播(でんぱ)するために全力を尽くします。本当に、このような場に参加できるように見守って下さった神様に感謝を申し上げます。今まで地上と天上の私のすべての人生が無駄にならなかったことを、また神様に感謝申し上げます。真の親、文鮮明先生に敬意を、深甚(しんじん)なる敬意を表します。感謝致します。

                                                                 −2001年11月 1日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-13.チャールズ・ラッセル(エホバの証人創始者)」

 “過去の観念をすべて捨てて新しく出発致します”

 『統一原理』を聞いた後、チャールズ・ラッセルは拷問に遭ったかのようでした。誰もラッセルに苦痛を与えるのではありません。それにもかかわらず、私、ラッセルの体と心は、恐ろしいむちや苛酷(かこく)な刑罰を受けたような苦痛の中に陥りました。どうしてこのような理論があり得るのでしょうか、どうしてこのように理路整然とした真理が歴史の裏道に隠されていたというのでしょうか。人類が行くべき道を探せずに右往左往していたのに、また真実に生きようとあがく信仰者たちがたくさんいたのに、今ごろ天の秘密が明らかにされなければならなかったのでしょうか。神様の摂理は正しい軌道に進入することによって、今、生きている人類にはあまりにも感動的で痛快な福音になるでしょうが、一方、無念で痛嘆する人々も少なくないことでしょう。今から後始末をどうすべきでしょうか。「統一原理セミナー」に参加したり、ここで所感を発表する大部分の人々はキリスト教界の有名な人たちですが、彼らにも間違いなく私、ラッセルが感じる痛みがあるだろうと思います。

 神様は私たちに自由意志を下さいました。それで、神様は様々な次元に教派が分裂することを、見てだけいらっしゃったのでしょうか。神様は人類の父母であり、私たちは皆、お一人の父母の下に一つの兄弟姉妹ですが、彼らはあちこち散在して、どうして自らの教団だけを誇って他の教団を批判し、甚だしくは相互いに闘っているのですか。今まで神様が人類の父母だという事実を知らずにいたので、彼らは互いに闘っていたのではないでしょうか。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生、多くの教団をどのように収拾なさるのですか。過去の私たちの人生は地獄行きですか。どの信仰者も、何かの賞罰の代価を見つめて神様には仕えなかったはずです。しかし、神様の尊さをもっと知り、きちんと侍るべきだという見解の差が、様々な教派に分けてしまったのです。

 『統一原理』の根本目的は散らばった教団を一つに結ぼうということです。けれども、そのような真理がなぜ今ごろ明らかにされたのでしょうか。摂理史の同時性の時代を聞いてみれば、神様も中心人物が変わるたびに反復的摂理をせざるを得ませんでした。

 成約時代に生まれて摂理的恵沢を受けた人々は問題がないことでしょう。しかし、そうすることができなかったがゆえに、ここで凄絶(せいぜつ)な心情でのどが詰まるほど泣き、人々はどこに行って補償を受けることができるでしょうか。私たちはいくら考えても、無念で息が詰まりそうです。『統一原理』は組織的であり、体系的です。それは人生を詳細に導いていけるように構成されています。真(まこと)にあきれるほどです。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生! 人類の救世主! 人類のメシヤ! 全人類が共に感謝して大きく歓迎すべきことです。しかし、私、ラッセルはあまりにも苦痛です。今、人類の平和を具現するために忙しい日程を送るにはあまりにもお年を召されましたが、私たちはこの仕事に何らの助けにもならず、そのような機会も与えられなかったので、どうすればいいでしょうか。主よ、再臨の主よ、本当に苦しいです。このように苦しい心情をどうして解決しなければなりませんか。過去の観念をすべて捨て、新しく出発致します。それが近道だと考えます。そのようにすべきことははっきりと知っています。はっきり知っています。けれども、過ぎし人生があまりにも無念です。主よ、大きな許しと慈悲を施して下さい。そして、私たちの無念な人生も考え合わせて下さい。私たちの過ぎし日、私たちの人生は罪の代価として処理しなければならないのでしょうか。補償を受けるべき何らの材料もないので、無念で悔しいです。私たちの苦しい心がきれいに整理されるようにお助け下さい。御了承下さい。

                                                                −2001年11月 1日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-14.エドワード・ハーバート(自然神教創始者)」

 “『統一原理』を伝播(でんぱ)して無知な人類を救うのに最善の努力を果たすつもりです”

 神様が天地万物を創造なさり、すべての人間に神様の祝福をお与えになり、人間たちが天地万物の美しさを思う存分感じながら幸福に暮らせるようにされました。自然界を見つめれば、どれ一つとして神秘的でないものはありません。ところが、人間は自然界に対して感謝することを知らずに、ただ生きてきました。それは神様に対する冒涜(ぼうとく)であり、傲慢(ごうまん)であり、驕慢(きょうまん)です。多くの科学者がいくら科学を発展させたとしても、それは神様が造られた万物と比較する時、まねもできないことでしょう。これは否定できない事実のはずです。今日、科学者たちは、神様に自分たちの無知に対して両手を上げるべきでしょう。彼らは神様に従い、頭を下げるべきでしょう。科学者をはじめとして、全人類は神様に無条件に感謝すべきでしょう。

 今日エドワード・ハーバートは『統一原理』の所感を発表できる機会をもつようになり、無限の感謝を捧げます。まず「神様は全人類の父母だ」という驚くべき事実を明らかにして下さったことに、無限に感謝します。恐れ多くも、神様が私たち人類の父母になり得るのかという疑問が生じましたが、様々な分野の講義を聞けば聞くほど、それがはっきりし始めました。神様は人類の父母であられるので、多くの歳月の間、中心人物たちの何度かの失敗を延長して、待ちに待たれながら、同時性の時代の摂理を経綸(けいりん)なさることができたのです。神様が人類の父母でなくては、あれほど寛大にはできないことでしょう。エデンの園における人類の先祖の堕落事件はもちろん、人類歴史のすべての興亡盛衰も、神様を父母という観点から見れば、すべてのものが解決するように思います。

 文鮮明(ムンソンミョン)先生は、神様は人類の父母だという事実一つだけを明らかにしても、父母を失ってあちこちさまよっていた人類を解放させて下さったのです。人類の父母が神様だという事実を明らかにして下さったことに対して、ハーバートは心から感謝します。 さらには、人類が統一されるべき真理を明らかにしたので、これはひざを打って感動すべきことです。神様が人類の父母であられるので、子女たちは父母を中心として、一つになるべきです。

 神様は人類の唯一の父母なので、その真理も一つであらざるを得ません。それなのに、多くの教派がありますが、それは神様に仕える方向を少しずつ異ならせることで生じたことなので、今から彼らの教えは一つの父母の教えである『統一原理』を中心として、一つに統一されなければならないでしょう。これは人類の新しい大特ダネニュースです。今まで私たちは、教団の障壁を崩すことが出来ませんでした。それは教団を一つに統一できる根本真理を発見出来なかったためです。『統一原理』は人間の本然の生と霊魂の救済、来世の生までも根本的に明らかにしてくれています。天上にも地上にもこれ以上はっきりと明らかにしたものは今までありませんでした。

 多くの信仰者たちと宗教界の責任者の皆さん、私たちの思いを一つに集めてみましょう。皆さんの根本目的は神様によく仕えようということであり、したがってその共通の善の基準は、一様に同じものであるはずです。様々な教団の共通点を発見し、互いに補完して『統一原理』に接ぎ木するならば、必ず各教団は一つに統一されることでしょう。私たちは皆、神様を父母として侍る中、一つの兄弟姉妹として一つになって、今までの悲運の人類歴史を取り除き、神様を中心とした新しい一つの世界を建設してみましょう。

 それから、文鮮明先生は人類の救世主、メシヤであられるので、私たちは皆一様にメシヤの指示に従って暮らしてみましょう。今や、天上も地上も心配する必要はありません。救世主の指示どおりに従えば、すべての問題が解決されるはずなので、これより大きな恩恵がどこにあるでしょうか。

 文鮮明先生、本当にお疲れ様であり、また感謝致します。今から私たちは皆一つになってメシヤに侍り、『統一原理』を伝播(でんぱ)して、無知なる人類を救援するために最善の努力をすることでしょう。ここ天上の私たちが一つになれば、天上を復帰できることでしょう。地上の人類が来世の準備をしっかりするならば、すべてのことに問題がないはずです。天上と地上に『統一原理』が一日も早く、等しく伝えられるようお祈り致します。人類の真の御父母様、文鮮明先生、本当に感謝致します。玉体つつがなく、長生きして下さい。

                                                                  −2001年11月 2日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-15.ジョージ・ホイットフィールド(近世の福音主義復興者、説教者)」

 “神様は人類の父母として真理の主体として子女の前にどれほど現れたかったでしょうか”

 創世記から黙示録に至るまで、聖書の奥まった部分をみな探してみても、『統一原理』のように明白に明らかにしたものは一つも探し出すことは出来ませんでした。ここに、人間にあまりにも切実な内容が明らかにされたということが、不思議に思うくらいです。

 けれども問題は大きいです。キリスト教の信仰者は聖書に記録された内容と異なるため、『統一原理』の教えを生半可には信じないはずだからです。ところが、聖書の教えと異なるために信じることもできず、一方信じまいとすると、これはあまりにも明白な事実なので、キリスト教信徒たちは明らかに少なからず悩むことでしょう。

 私、ジョージ・ホイットフィールドも例外ではありません。『統一原理』を知ってみると、聖書の句節はほとんどでたらめな内容です。ゆえにホイットフィールドも、皆さんと同じです。しかしホイットフィールドは『統一原理』を成約の真理として受け入れました。旧約、新約、成約の真理として大別すれば、何がおかしなことがあるでしょうか。『統一原理』をこのように受け入れれば、理論的におかしなことが一つもないことでしょう。

 本当に不思議な現象です。神様が人間をこのように愛して下さったので、人間に福音の中の福音のみ言(ことば)を隠され、あなたに選ばれて準備された人物が現れるまで待ってこられたのです。このように人類のためのたゆまない神様の忍耐と愛がなかったとすれば、『統一原理』の福音のみ言はほとんど埋もれてしまったことでしょう。『統一原理』はホイットフィールドには素晴らしい衝撃です。もし神様と人間との間が父子の関係でなかったとすれば、このように綿密な内容が私たち人間に取り戻されてくることはなかったはずです。

 神様が人間を創造された後、今日に至るまで、一度も自らの姿を父母として現すことができず、高貴な真理も明らかにできないまま、耐えに耐えてこられたのです。ホイットフィールドにはこれが不思議な現象と言わざるを得ません。神様がどれほど耐えて待ってこられたでしょうか。また、どれほど早く人間の前に父母として現れたいと思われ、一日でも早く新しい真理を明かし、人類を正しい道に導きたいと思われなかったでしょうか。このように待ちに待って神様はついに成約の中心人物として、文鮮明先生を人類の救世主として送って下さったので、私たち人類においてこの上ない恩恵と感謝であらざるを得ないでしょう。また、『統一原理』の全般的な内容は、今日、地上のすべての宗教人だけでなく、天上世界の無知なる人間たちにおいても絶対必要な福音であり、真理だと考えます。

 ホイットフィールドの経験のうち、一つだけ話そうと思います。かなり幼かった時の経験です。聖書の様々な表現に、もどかしいことがあまりにもたくさんありました。聖書の句節を何度か読みに読んでも難しく、つじつまが合わなくて多くの混乱が起きました。それで、一時、聖書を見ないときがありました。しかしその後、人間が未知の世界をすべて知るということは可能なことではないと考え、聖書への疑いを隠したまま、聖書の勉強をしたものでした。ところが、『統一原理』を聞いた今、私においては聖書の謎がみな解けました。人間の先祖の根本問題と人類歴史が間違って出発したにもかかわらず、聖書には根本問題を隠しておいて記録を残したので、内容上つじつまが合わなかったはずです。これが、私の結論です。

 今日、キリスト教徒たちは、誰彼を問わず聖書の奥妙な句節のために、一度ずつ悩みながら固陋(ころう)な信仰から抜け出せずにいることでしょう。しかし、『統一原理』はそのまま『統一原理』です。『統一原理』は聖書で解明されなかった部分をすっきりと解決しています。

 それから、神様、これまでどれほど長い歳月の間お過ごしになるのが大変だったでしょうか。そして、文鮮明先生、『統一原理』を探されるまで、人知れない御苦労をしてこられたことに深く感謝申し上げます。『統一原理』が多くのキリスト教徒に伝えられるまで、少なからず困難がついて回るように思います。

 私たちが協助できる道もお開き下さい。人類のメシヤとして全人類の侮辱にも一緒に耐えなければならないことも、私たちは知らない訳ではありません。勝利と栄光の場に登極(王の位につく)なさるまで、玉体を大切にされ、末長く栄光を享受して下さい。

                                                                −2001年11月 2日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-16.ミカエル・セルヴェトゥス(ユニテリアン教会代表人物)」

 “『統一原理』は人間生活の唯一の指針書”

 神様は、人間を創造され、生育し、繁殖し、万物を主管することができる特権を人間に下さったのですが、人間は、エデンの園で神様が下さった祝福をすべて失ってしまいました。ここから人間の出発が間違ったのです。これが『統一原理』を通して明らかにされた事実です。これは、私たち人間にとって、とても重要な教えです。人間の出発において間違いが起き、人類歴史が間違った方向に流れてきたという事実が、今この時代に明らかにされたので、それを取り戻していかなければなりません。もちろん、歴史的な事件をやり直さなければならないということは、様々な次元においてとても無念なことです。しかし、歴史の秘密と隠された真理がすべて明らかにされたのであり、それは何ものにも比較することができないほど、とても大きな福音なのです。これまで、内外に様々な困難を表情に表すことが出来なかった神様の心情を考えて、私たち人類は、新しい真理の前に感謝しましょう。

 『統一原理』は、人間が歩んで行かなければならない方向を提示しています。その方向に従って私たちは行けばよいのです。文鮮明(ムンソンミョン)先生は、私たち人類の救世主であり真(まこと)の父母であるという講義を聞きました。誰もこの事実を拒否することは出来ないでしょう。

 もちろん、これまで個々人が信じてきた信仰観においては違いがあるでしょう。それは仕方がないことです。しかし、個人的見解は、全体の普遍的見解に吸収されなければなりません。小さな滴が集まって大きな川となり、そして海をなしていくように、今から全人類は、普遍的な道を行かなければなりません。それが神様の国建設のための近道なのです。唯一なる神様を中心として、様々な次元に分裂した教派の障壁を崩してしまわなければなりません。このように正確で明確な真理、神様の啓示が私たち人類に、堂々と示されているではないですか。今から私たちは、心と体の姿勢を正して、神様の世界に向かってまっすぐな道を正しく行きましょう。あちこち行く必要は全くありません。

 文鮮明先生は、今、地上において、世界平和のために年老いたお体で苦労していらっしゃいます。私たちは、このような聖業を成就するために力を合わせましょう。そして今、『統一原理』を一日も早く皆さんの真理として受け入れて下さい。自分たちのものとして消化し、人種の障壁と宗教の障壁を崩して神様を解放するために、私たちも共に奮闘しましょう。

 そして、『統一原理』を伝播(でんぱ)することに力を注ぎましょう。私セルヴェトゥスは、最初『統一原理』に対して様々な葛藤(かっとう)がありました。しかし、一つの疑問は、次の講義で自然と解かれていきました。そして、講義を聞きながら新しい変化も訪れました。新しい力がふつふつと沸き上がってきたのです。どこから出てくるのか分かりませんが、新しい希望と喜びがあふれ出てきました。これは、新しい真理がもたらしてくれるとてつもない奇跡ではないでしょうか。

 どうして私にだけこのような奇跡があるでしょうか。今回の教育を受けた人は皆、程度の差はあるかもしれませんが、自分なりの体験があっただろうと信じます。私たち人類の行くべき道は、ただひとえに『統一原理』の方向に従っていく道であると思います。新しい真理を受け入れる時、一度の煩悩は誰にもあるだろうと思うのです。そのような葛藤と煩悩から私たち全員が勝利者となり、神様の国の民となり、子女となり、永遠の喜びと希望を共に分かち合いましょう。

 そして、文鮮明先生は、私たち人類の救世主であり、メシヤであられるので、その方に侍って従っていけば、私たちは、救いの第一人者となるでしょう。そして、私たち人類が歩んで行かなければならない方向は、明確に定められています。『統一原理』は、私たち人類の新しい福音であり、新しい真理です。それは、人間が生きて行かなければならない生活の指針書なので、私たち全員が精読しなければならない義務があると思うのです。私たちは、所願と希望をもって喜んでこの真理を敬い従って行きましょう。

 人類の救世主文鮮明先生、有り難うございます。人類の栄光をすべてお受け下さい。本当に有り難うございます。

                                                                 −2001年11月 3日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-17.ウィリアム・テナント(プリンストン大学設立者、アメリカ復興運動主導者)」

 “宗教、思想、文化、人種などをすべて超越できると確信する”

 『統一原理』を聞いた所感は、あまりにもとてつもないものなので、一言で要約するのは非常に困難です。『統一原理』がまず全世界の学会において受け入れられ、方向性を失った教育を正すことができれば、今日の若者たちに対する心配はなくなるでしょう。

 文鮮明先生は、全世界人類の平和の貢献者であり、創始者であり、世界人類の師であり、メシヤであり、救世主です。『統一原理』は、宗教、思想、文化、人種などをすべて超越することができると確信します。本当に偉大な教えです。これよりも偉大な真理はないと思います。今までこのような真理がなかったために、信仰と人生において様々な問題が引き起こされ、人種間の対立、教団の対立など、すべての紛争も人生に対する明確な目標と真理がなかったために引き起こされたものでした。しかし、『統一原理』は、すべてのものを吸収することができ、すべてのものを包容することができる真理だと思います。『統一原理』は、ある個人の知性を通して明らかにされた内容では決してないと信じています。神様の明らかな啓示であることを信じます。信じざるを得ません。今日の若者たちの心に『統一原理』が定着すれば、世界平和具現運動は、非常に早く進行せざるを得ないでしょう。

 ここにおいて、今日のように新しい真理が現れた時、天上でも地上でも、その真理を受け入れる私たちの姿勢が問題となるでしょう。それを肯定的に受け入れるのか、各自の知的驕慢(きょうまん)や我執をもって排斥するのか、私たちは、この問題に対して真摯(しんし)に考えてみなければなりません。神様は、人間がお互いに愛し合うことを願われました。そして、全人類は、神様を中心として一つの兄弟姉妹です。

 ここで、私たちの考えを絞って考えてみましょう。どのようにすることが、神様を中心とした一つの兄弟姉妹としてなすべき道理なのでしょうか。お互いが寛容を施し、謙遜(けんそん)に尊敬し、理解して受け入れなければなりません。すべての人間は、お互いが「ため」に生きていくようになっています。利己主義的な姿勢は、決して存在することはできません。

 全ての人が助け合いながら生きているのです。人間始祖アダムとエバが子孫に残した原罪のために、今日まで人類は、苦しんで生きてきたのであり、今もそのように生きていますが、すべての人がお互いに理性的に正せば一つになることはできないでしょう。

 『統一原理』は、文字どおりすべてのものを一つに統一させる真理です。今神様が、人間が正しく生きていくことができる新しい福音を下さったので、福音のみ言(ことば)に従って、全世界の人類が一つになることを懇切に願う時代です。

 そして、文鮮明(ムンソンミョン)先生は、成約時代に人間に新しい福音をもってこられたので、全人類は、その方を救世主としてお迎えし仕え侍らなければなりません。人類のメシヤをお迎えするにおいて、天上にいる人々よりも地上にいる人々の方がより有利な立場にいるのです。しかし、救世主メシヤは、地上と天上両側の真の父母なので、メシヤをお迎えする姿勢を正しくもたなければなりません。特に天上では、『統一原理』に順応して、メシヤが来られるまで待たなければなりません。

 そして、ここで『統一原理』を教育するために苦労している皆さんに、私たちは、心から感謝申し上げます。『統一原理』が一日も早く若者たちの教育教材として有用されることを懇切に願います。

 文鮮明先生! 有り難うございます。お疲れ様でした。私たちは、文先生を人類のメシヤとしてお迎えし、慶賀致します。全人類が神様が願われる一つの国に前進することを願います。天上の数多くの人たちは、様々な次元の多様な思想のために、困難で複雑ですが、今ではもう行くべき方向が設定されたので、前進さえすればよいのです。真理の道は、必ず勝利します。有り難うございます。

                                                                −2001年11月 3日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-18.ジョージ・ウィリアムズ(YMCA設立者)」

 “人間救援論は、あまりにも明瞭でした”

 ジョージ・ウィリアムズは、神様と人間は、とても近くにいくことができない遠い距離にいるものと考えてきました。ところが、ここの何人かの講師たちは、『統一原理』を通して文鮮明(ムンソンミョン)先生は、人類のメシヤ、救世主として顕現されたのであり、神様は、人類の真(まこと)の父母であるということを明らかにし、人類に新しい福音を下さった方であると紹介されました。

 そして、『統一原理』の中には、なじみのない部分が多くありましたが、特に人間救援論は、あまりにも明瞭でした。今まで私たちがもっていた救援論は、あまりにも抽象的でした。しかし、ここでは、原罪を明らかにすることによって、救援論の方向が明確にされているのです。抽象的ではありません。そうだろうではなく、はっきりとそうだと結論を下しています。

 神様を信じて天国に行くというのは、未知の世界に対する一つの瞑想(めいそう)と夢でした。ところが『統一原理』は、それに対する哲学的・神学的根拠を提示しながら、はっきりと明確に教えてくれています。真に驚くべき事実です。『統一原理』の内容は、体系的であり、理路整然としています。ここに参席さえすれば、不思議な魔術にかかるといううわさは、あまりにも無知蒙昧(もうまい)なことです。『統一原理』を直接聴講した者として、そのうわさは間違っているとはっきりと言うことができます。

 そして、ここに参席した大部分の人士たちは、最初とてもなじみのない講義内容に眩惑(げんわく)され、後から彼らの精神がぼーっとするのです。原理講義を聞きながら、ジョージ・ウィリアムズは、ここで『統一原理』を中心とした新しいキャンペーンを起こしたいという衝動にかられました。『統一原理』の内容をそれぞれプラカードにし、それを持って歩きながら、ひと味違う運動をしてみたいと思います。『統一原理』の根源地がどこか分からないので、主題だけをつけても、その講義を聞いてみたいという衝動が起きるでしょう。

 再臨主はいつ来られるのか、再臨主はどこに来られるのか、再臨主は誰なのか、私たちは再臨主に出会えるのか。

 このようなプラカードを持って歩けば、様々な人を導くことができると思います。ここに彼らが参席さえすれば、講師たちの熱心な講義を聞いて、新しい人に変わるだろうと思います。これが伝道の方法でもありますが、それは何よりも様々な人々が『統一原理』を聞くことができる道を開くためです。そして、他の方法もあり得ます。

 『統一原理』の主題別研究会を構成することができるでしょう。主題別に分類して小グループをつくり、グループ相互間で意見を交換しながら、深く研究することができるでしょう。例えば、「授受作用」に関してそれぞれ講義をし、論文も発表させることができるでしょう。『統一原理』を多様に、楽しく研究発表させることができると思います。

 私たち人間が悩んできた来世の問題まで詳細に扱われているので、どれほど有り難いでしょうか。地上人は、恵まれた立場、良い環境にいるので、この機会をよく利用して救援問題に関して深く悟って下さることを願います。そして、すべての人たちが『統一原理』を学んで熟知し、永遠の来世の準備をすることを願います。

 文鮮明先生は、地上にいらっしゃいますが、私たちは天上でお迎えする希望と期待をもっているので、とてもうれしく思います。

 神様は、文鮮明先生、救世主を人類に送って下さったので、これまでの過程において払われたすべての御苦労を、栄光で慰労をお受け下さることを願います。文鮮明先生、本当にお疲れ様でした。有り難うございます。すべての人類の真の父母として勝利されるまで、多くの苦難と侮辱を今すべてお忘れになって下さり、すべての栄光をお受け下さい。『統一原理』を聞いた者は、新しい人に変わらざるを得ません。お待ち下さり、安心して下さいますように。

                                                                −2001年11月 3日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-19.ジョン・スミス(バプテスト教会創始者)」

 “スミスの人生がこのように無意味だったというのでしょうか”

 何をまずお話しすべきか分かりません。『統一原理』はあまりにも衝撃的な内容を盛り込んでいます。あまりにも感動的な教育を受けて、気持ちが安定していません。この気持ちをいかに表現すべきか、体系が立っていません。私、スミスは多くの歳月、神様に侍り、仕えることをおろそかにせずに生きてきたと思いました。

 ところが、『統一原理』に接してみると、これまで、スミスは神様とあまりにも掛け離れた立場で信仰生活をしてきたことを悟るようになりました。本当に、恥ずかしく申し訳ありません。様々な思いにとらわれ、心がとても重いです。急に、今まで神様を間違って認識していたという後悔の痛みが打ちつけます。とてもつらいです。神様に対して、私たちはあまりにも無知でした。『統一原理』とは、新しい真理、新しい福音であることに違いはありませんが、これまで聖書は私たちに何を教えていたのでしょうか。私たちが時代的な恵沢を受けられなかったとしても、私たちの時代の信仰生活と成約時代の新しい真理と福音は、全く関係がないほどに無知だったのでしょうか。神様は人類の父母だとおしゃいますが、子供の偏愛のような寂しさもあります。どれほど正しく生きようと骨を折ったでしょうか。どれほど神様によく侍ろうと骨を折ったでしょうか。力の限りに神様に侍ろうとしましたが、それがみな水の泡になったというのでしょうか。スミスの人生がこのように無意味だったというのでしょうか。

 そして神様は人類が『統一原理』によって新しくなり、新たな真理に順応することを願われます。しかし、今まで各教団を中心とした数多くの責任者たちに、神様はどのような賞罰を下されるか、それを本当に知りたいです。本当に、彼らは何らの恵沢もないのか、スミスの心の根底に潜んでいる無念さがスミスをずっと悲しくさせています。

 今日、『統一原理』は、神様の啓示による人類の新しい福音であることを、はっきりと信じています。それで、スミスの気持ちがより一層つらいのです。全人類は彼らの来世をはっきりと知らなければならないし、来世の準備をしなければなりません。

 人類の真(まこと)の父母、文鮮明(ムンソンミョン)先生、天秘(天の秘密)の事実を明らかにされるまで、血なまぐさい戦場で勝利なさるまで、どれほど苦難に遭われたでしょうか。文鮮明先生、尊敬し、感謝申し上げます。過ぎし日の私の信仰生活があまりにも悔やまれます。神様を正しく悟ることができないまま、信仰生活をした痛みがはるかに大きいです。今こそ、正しい信仰観をもち、正しく生きようと努力致します。『統一原理』は成約時代の確かな真理です。

 ところで、私は一教団の責任者として多くの信徒たちを指導するとき、来世に関して正しく指導出来ませんでした。彼らの霊魂にどう責任をもたなければならないのでしょうか。当時は、新しい真理に出会うことが出来ず、そうするしかなかったと、弁明でもしたいと思います。

 文鮮明先生! ただすべての子女たちを寛大にあまねく抱いて下さい。私たちは神様によく侍ることが、究極的な目的でしたが、時代的な無知がかえって罪を生むようになりました。すべてのことを許して下さるようにお願いします。新しい真理を下さったことに感謝しています。人類のメシヤ、救世主を人より先に知るようにして下さったことを、また感謝します。

 そして、ここのすべての信仰者たちを寛大に受け入れて下さり、今後、メシヤの摂理的経綸(けいりん)に積極的に協助できる道を開いて下さい。そして、私たちも祝福して下さり、寛容を施して下さい。それが過ぎた欲だとしても、祝福を受けたいと思います。感謝します。

                                                             −2001年11月 4日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-20.バートン・ウォレン・ストウン(クリスチャン・チャーチ創始者)」

 “天上人と地上人に心おきなく命令できる特権をもたれたので・・”

 天上にいる人が地上人に所感を発表するということ自体が、本当に、見慣れない、おかしなことです。ここに参加した大部分の人たちは、原理講義を聞いた後、『統一原理』は想像もできない天の秘密だといいます。彼らは『統一原理』の内容に大きく驚きながら、信じられないと言います。原理の講師たちは、講義を通して私たちに理解させるために、ありったけの力を尽くしていました。

 今、皆さんに原理講義の所感を発表させるのは、李相軒(イサンホン)の願いではなく、人類の真(まこと)の御父母様、救世主、メシヤのお願いです。この期間は、地上の人に『統一原理』を理解させ、地上に真の父母、メシヤが顕現なさったことを宣布するための期間であり、神様と文鮮明(ムンソンミョン)先生の命令によって、私たちの所感を地上に発表させるのだと、詳細に説明し、地上と霊界のメッセージを伝達するこの女性も、真の御父母様、文鮮明先生と神様の特別な命令によって、私たちのメッセージを伝達しているというのです。

 神様がこの女性を長い間、育ててこられました。ですから、皆さんは信じて下さい。そして、このようなことは歴史始まって以来、一度もなく、今後もないと思います。これは文鮮明先生、真の御父母様の在世時にメシヤ宣布のために執り行う行事です。ですから、ここに選ばれた様々な人物たちは、歴史に残るでしょうし、ここはとても栄光の場であることを記憶して下さるように願います。もし、この行事に参加し、その名簿に記録されるのが嫌なら、辞退してもかまわないでしょう。この点について異議があれば、お話し下さい。そして、リポートを始める前に、必ず自分の名を確認して下さり、リポーターを呼ぶ時は、奥様(サモニム)とお呼び下さい。「奥様」とは呼び名にすぎません。誰かが、その女性の名が「奥様」なのかと尋ねるので、ドクター李相軒は、「奥様」とは名前ではなく、地上で人々がその女性をそのように呼んでいると説明しました。では、それが女性の「号」だという意味ですか、と尋ねると、ドクター李は、それに関する説明は、後ですると言いました。彼はこの忙しい行事に、自分のリポートの順番を記憶してくれといい、あらかじめ準備していてくれと言いました。

 私、ストウンは、全てのことが不思議で、よく理解ができませんでした。とことが、私、ストウンは、ドクター李と長時間話をし、原理講義の解説集も見て、説明を聞いた後、ここでリポートすることを承諾しました。本当にいい性稟(せいひん)でした。ストウンが「ドクター李は本当にいい性稟をもたれました」と言うと、ドクター李は「『統一原理』が私をこのように寡黙にし、様々な側面で変化させた」と言いました。そして、その方は、「ストウン先生は間違いなく多くのキリスト者から尊敬されるだろうし、今までも尊敬を受けたので、『統一原理』を深く理解し、研究してみなさい」と言いました。

 ところで、講義を通して、『統一原理』が真理だということを、何度か聞いて、考えてみました。理解し難い難しい部分は、ドクター李に質問をし、再び『統一原理』を精読しながら、ドクター李と様々な次元で対話を分かちました。それが、私、ストウンに少なからず助けとなりました。なんだか、心がうれしく、所望と希望が生まれ、とても勇気がみなぎりました。ドクター李は、これがまさしく神様の生素だというのです。

 『統一原理』について、本当に奥妙なことがあまりにもたくさんあります。いつも心に喜びが来ながら、『統一原理』が次第に自分のものとして理解されていました。これまでは、神様の生素でない、ほかの何かが自らを取り囲んでいたのではないかと、思いました。

 とにかく、ストウンは感謝します。そのまま私をほっておいたなら、このような感動も感じられなかったことでしょう。このように詳細に指導して下さったドクター李に感謝します。『統一原理』の全般的な部分がまだ完全にストウンのものとして消化されていませんが、『統一原理』が新しい真理であることだけは、疑いません。

 そして、文鮮明先生は、天上人と地上人に心おきなく命令なさることの出来る特権を持たれたので、当然、メシヤであり、救世主であり、人類の真の父母であられます。誰が天上人に「これをせよ。あれをせよ」と命令できるでしょうか。そして、そのように命令するといって、従ってくれる天上人がどこにいるでしょうか。このような事実だけを見ても、メシヤであることは明らかです。新しい真理を下さったことに心から感謝します。

                                                          −2001年11月 4日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-21.トムリンスン(アメリカ、神の教会「Church of God」創始者)」

 “神様が人類の父母というので・・”

 神様は、トムリンスンの生涯にとって最高の喜びであり、希望であり、光でした。人生を生きていきながら、神様を考えない時がほとんどなかったと思います。私が二十歳になる前の、ある日のことでした。当時、私は一人静かに野道を歩いていました。その時、急にどこからか美しい歌声とともに「あなたは私に従いなさい」という声が聞こえてきました。何も見えず、ただその声だけが聞こえました。しかし、私に従えと言った人が誰なのか、知ることが出来ませんでした。きょろきょろと見回していると、再び「あなたは神様に従いなさい」という声が聞こえました。そして、その声とともに美しい歌声が聞こえました。

 その後、トムリンスンはいつも、その声を記憶して暮らしました。「神様に従いなさい」。どのようにすることが、神様に従うことなのか、分かりませんでした。当時、私にはいつも神様が共にある気分がしました。年をだんだん取りながら、神様への思いゆえに他のことが出来ませんでした。十年ほどたって、もう一度、神様は「私に従いなさい」とおっしゃり、私を高い山頂に立たせられ、ここに教会を建てなさいとおっしゃいました。しかし、様々に事情がたくさんあって、そうすることが出来ませんでした。神様のみ言(ことば)にすぐに従順に従うことが出来ず、多くの歳月が過ぎ、神の教会(Church of God)を建てるようになりました。

 今日、『統一原理』の所感を発表する時間だというので、トムリンスンの過ぎし日の体験を要約しました。それ以外に、私は何度か神様と対話もしました。ところが、ここで修練を受け、最も驚いたことは、「神様は人類の父母」だということです。これはあまりにも驚くべきことです。

 今までトムリンスンの前に現れた神様は、私にこのようなことをなぜ明らかにされなかったのか分かりません。これまで、トムリンスンはあまりにも親不孝だったように思います。事実がそうであるにもかかわらず、神様を一度も自分の親としてお迎えすることが出来ませんでした。そして神様を親だと考えてみたこともないので、神様は私をどれほど恨めしかったでしょうか。

 文鮮明先生は神様を人類の父母だと明らかにされ、神様に父母として侍られました。そして父母の事情と心情をすべてくみ取られます。父母に関するすべての秘密をあからさまにされました。ですから、その御方は神様の子女として最高の立場に立つしかないことでしょう。神様が人類の平和をどれほど待ち焦がれられたでしょうか。戦争と貧困、疾病などを通して根こそぎ飲み込もうとする悪魔の詐術から、神様の子女たちを救い出された真の御父母様、本当にお疲れ様でした。さすが、人類のメシヤ、救世主であられます。トムリンスンは神様の体験を何度かしましたが、なぜその近くにも行けなかったのか、本当に惜しいです。

 そして神様は人類の行くべき道を徹底して準備されました。人類のメシヤを準備され、『統一原理』を準備されました。時になれば準備されたメシヤを顕現させられ、真理のふろしきを一度にすべて解き放たれました。人類のメシヤ、救世主がまさしく文鮮明先生であられます。

 そして『統一原理』は全人類が必ず知るべき必読書です。今、人類には平和と希望と幸福の道がぱあっと開きました。この道を開いて下さった真の御父母様、本当に感謝します。トムリンスンは『統一原理』を聞きながら、何度か衝撃を受けました。神様と文鮮明先生は一心同体だということを、何度か確認しました。文鮮明先生の尊影の前に神様の明るい光がぐるぐる回る姿を見たし、その光と尊影がもつれた姿を見ました。これは霊的事実だとしても、トムリンスンはそれを信じます。それは私が一生の間に経験してきた現象であったので、信じるしかありません。

 文鮮明先生、お疲れ様でした。そして、私たちが歩んできた姿をあまねく御覧になり、整理すべき部分があれば、きれいに清算して下さい。真の御父母様は救世主であられるので、人類を真理の道に導かれる責任があることを知っています。それがまた、あまりにも難しいことだということを知っています。そのために私たちがなすべきことがないでしょうか。トムリンスンは『統一原理』のすべてのことを信じます。私たちに人類のメシヤの経綸(けいりん)に一助となることのできる機会を下さい。本当に感謝します。

                                                            −2001年11月 4日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-22.カウマン(ホーリネス教会設立の代表人物)」

 “『統一原理』は渇く者の新鮮な恵みの雨です”

 文鮮明先生は人類にあまりにも大きなプレゼントを下さったと思います。私たち人間に来世を具体的に教え、永遠の生の方向をはっきり教えてくれる指導者は、今までほとんどいませんでした。私たちはもちろん、全人類に信仰の根本と真の善を教え、神様に侍り、天国に行って幸せに暮らせるように導いて下さいました。

 従来の宗教指導者たちは人間の生の方向について、抽象的に指導したし、はっきりとした方向を提示出来ませんでした。しかし、文鮮明先生は人類に人生の明白な方向を提示して下さり、あれこれ、行く道と、教育の材料をはっきりと下さいました。これより偉大な指導者がどこにいたでしょうか。その御方がメシヤでなくてもいいし、真の父母でなくてもいいでしょう。私たちにはその御方が大先生です。

 それなのにメシヤであり、救世主であり、真の父母であられるというから、どれほど感謝でしょうか。私たちは無条件でその御方に感謝し、『統一原理』の前に感謝しなければならないと思います。私、カウマンは『統一原理』を無条件に受け入れ、感謝を申し上げます。新しい真理の前に新しい心で受け入れることを誓います。これまで生の方向に渇いていた私たちではなかったでしょうか。今、訪れたこの真理は、渇く私たち人間にとって新鮮な恵みの雨だと思います。私たちは様々な姿で信仰の正しい道を見い出そうと、多くの苦心をしてきた者たちです。しかし、その時代は方向を知ることが出来なかったし、神様に対するはっきりとした観念が明白に立ってはいませんでした。

 しかし、今、すべて明らかにされました。神様は人類の父母として、人間の先祖を創造されました。エデンの園からエバとルーシェルとの不倫の血統が始まったという事実と、人間の生の方向と、長い歳月の間、誤って流れてきた歴史などが明白にされました。ですから、これまで私たちは信仰の道で何かをつかんだと思い、この場まで守ってきましたが、それは未練だと思い、すべてを捨てて出発しましょう。

 そして、今から、私たちが教団を創始した時の教団責任者としての姿勢をもって、『統一原理』を新しく普及しなければならないと思います。私、カウマンもそのように致します。また、人類のメシヤ、再臨の主、文鮮明先生がいつかここに来られることでしょう。ここにいる私たちは、その時のために準備しましょう。カウマンはそのような姿勢をもち、『統一原理』の伝播(でんぱ)に力を注ごうと思います。多くの言葉より一つの行動が必要だと思います。成約時代のすべてに感謝申し上げます。

                                                    −2001年11月 7日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-23.(1)ジョセフ・スミス(モルモン教会創始者1)」

 “モルモン教会の信徒たちを哀れにお思い下さい”

 人間を創造したその日から、神様の人間への愛と期待は、計り知れないほど大きなものでした。天地万物すべてを与えても、もっと何かを与えたく思われる神様であられました。神様の愛が万物の中にすべて込められているのに、神様は御自身の愛を受けることの出来る子女を失われました。この時、神様の心情はいかばかりだったでしょうか。原理講義をよく聞きました。一体神様の事情をこのように深く掘り下げられるでしょうか。人類歴史の背後に隠されていた神様の痛みを文鮮明先生は発見されました。神様が選ばれた使命者だけがそれを明らかにできる特権だとしても、それはあまりにも驚くべき事実です。

 『統一原理』は完全無欠な真理です。すべての内容が人間のための徹底した方針と指針です。これは神様が人類歴史を通して明らかにすべき大きな課題でしたが、文鮮明先生が大きな塊のうち、一部分を根こそぎ暴いたのです。神様が隠してこられた痛みのふろしきが、明々白々に暴かれたのです。これまで、このように大きな痛みをお話しになることが出来ず、耐えてこられた神様の心情はいかばかりだったでしょうか。『統一原理』も極めて大切で、神様に侍る方法も貴重なものです。今や私たちは、絶対的な真理と神様の根本的なみ旨を知るようになりました。

 文鮮明先生、今からジョセフ・スミスは、告白致します。『統一原理』があまりにも貴いということを知りました。そして、今後、『統一原理』を全的に認定し、研究し、他の人たちに伝播(でんぱ)することに全力を尽くすつもりです。しかし、モルモン教会の創始者として、一言お話ししようと思います。私たちには甚だしい痛みがあります。一教団の創始者ですが、時代的な恵沢を受けられない痛みが大きいのです。これまで信徒たちを教え、指導した内容には少なからず誤謬(ごびゅう)があることを認めます。この問題をどのようにすればいいのでしょうか。信徒たちすべてを誤った信仰者にしてしまいました。彼らの救いのために特別な恩恵はないのでしょうか。

 いつか真の御父母様は天上に来られて、霊界の法度に従って整理されることでしょう。その時、彼らを考慮して下さり得るのでしょうか。神様に仕える法度や心情の差は大変大きいですが、善を指向する方法は同一でした。寛大な配慮をお願い致します。もし彼らに特別な恵みを下さり得る条件があるなら、ジョセフ・スミスはそれがいくら困難なことだとしても、代わりにお立てします。

 メシヤ、救世主、真の御父母様、偉大な師の前に、この文を捧げることの出来る恩恵を下さって、あまりにも感謝です。本当にお疲れ様でした。ジョセフ・スミスの願いをお聞き下さい。

                                                     −2001年11月 7日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-23.(2)ブリガム・ヤング(モルモン教会創始者2)」

 “誤った観念をきれいに清算し、新しい真理を中心として新たに生まれ変わります”

 『統一原理』は今まで明らかにされなかった新しい裏側の世界を人類の前に明らかにしながら、人類が行くべき方向を提示してくれたとてつもない真理でした。今までどの教団の創始者も例外なく、神様によく仕えるために、様々な次元で祈祷し、精誠を尽くしたものが教派分裂でもって受け継がれてきたと思います。神様はお一人ですが、時代ごとに、人種ごとに神様に侍る姿が異なるために、様々な教団が現れたのでしょう。

 しかし、『統一原理』を聞いてみると、多くの教団が存在しますが、各教団で仕える究極的な信仰の対象は、ただ神様お一人であられるように思います。どの教団であっても、彼らが一貫して追求するのは、真の善と愛であるからです。どの教団でも悪い生活をせよと教えた教団はないはずです。そして、互いに愛し合いなさいと教えるのであって、互いに憎み合いなさいと教える教団も、またないはずです。

 ところで、神様は愛であられるので、この子、あの子の祈祷と願いをすべて聞いて下さり、お慰めになり、お待ちになるように思います。そして時が来れば、あなた方はよく分かるようになるだろうとおっしゃり、忍耐され、お待ちになるように思います。人類歴史の栄枯盛衰が人間の先祖から始まったということを知っていた者がどこにいたでしょうか。それは誰も推し量ることの出来なかった謎だったことでしょう。そのように悲惨な歴史のもつれがほどけました。からんだ歴史の糸口が見い出されたのです。

 今や、あらゆる歴史の曲折が自然に解けてゆくことでしょう。今日まで神様は雪と雨に遭われ、激しい嵐に遭われて、待ちに待って来られたのです。これまで人類の父母であられる神様は、失った子女を取り戻すために、この上なく心を砕かれ、死にそうな境地で過ごして来られたのです。今、愛する兄弟姉妹たちは、一人の御父母様の前に献納しましょう。そして、その宝石を神様の熱い胸に、子女たちを長い間、待ち、慕われた愛の溶鉱炉に溶かし、私たちすべてを新しく、再び造って下さるよう祈願しましょう。そのようになるために、私たちすべては、御父母様、神様の前にひざまずきましょう。そして、私たちのすべての誤りを、神様、御父母様の懐にゆだねましょう。

 私たちが今まで生きてきたすべての人生の足跡に対して、神様は父母であられるので、父子の関係で処理なさることでしょう。私たちのすべてを神様の愛で再び溶かしながら、とてつもない大作をつくり、神様は私たちに再び返して下さることでしょう。

 文鮮明先生! これはブリガム・ヤングの率直な告白です。あまりにも上から下の奥まった所まで、すべて明らかにされましたが、一人しゃがみ込んで、悩んでいても役に立つでしょうか。過ぎし歳月は、神様の世界に同参したという期間としてお返しし、今から新しく出発しようと思います。『統一原理』はどの教団、人種、思想、哲学などもすべて超越し、様々な領域の問題を解決出来るだろうと思います。一日も早く過去のすべての誤った観念をきれいに消し、新しい真理を中心として、新しく生まれることに全力を期します。人類のメシヤ、救世主、人類の真の御父母様、すべての人類の栄光をお受け下さい。

                                                    −2001年11月 8日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-24.ウィリアム・ミラー(アドヴェンテスト教会創始者)」

 “真の御父母様、アドヴェンテスト教会の信徒たちを特に御配慮下さい”

 今まで人類が歩んできた方向は、神様が願われた方向ではありませんでした。今、人類は再び初めに戻って、新しい出発をしなければなりません。今まで多くの信仰者たちは神様に侍り、仕えることに努力して生きてきました。しかし、歴史の方向と神様に侍る生活について正しく指導してくれた先知者はそれほどたくさんいなかったと思います。人類が一生懸命に生きているというそれ自体は、等しく新しい人生の方向を見い出すために身悶えしているのだということが出来ます。すべての人々は、自らの人生に満足できないために、新しい人生のモデルを見い出そうと骨を折るのです。

 ところが、今日、『統一原理』は人生の新しい方向を一つ一つ明らかにしました。歴史の方向と新しい人生のモデル、そして永遠な国、来世の問題まで明らかにしました。神様は人間を創造なさり、彼らに幸福と喜びと願いと平和の園をつくり、幸福に暮らすようにされました。このように神様の人間への大きな配慮は、神様が人間の父母でなくては不可能であることでしょう。人間が到底理解出来ない世界を創造なさり、人間に無条件的な愛を下さいました。万物世界の奥妙さを見つめますが、人間は神様が父母だということを悟れませんでした。このように無知が罪を生んだのです。今、『統一原理』を聞いてみると、すべての森羅万象を正しい目で見つめることができるようになりました。正しい視覚、正しい思想、正しい道が目に見えます。ただ見えるのではなく、大変明るく美しく見えます。自然万物が希望と願いの対象として見えます。私、ウィリアム・ミラーは『統一原理』によって、自らの自然観が変わったことを発見することが出来ました。

 私、ウィリアム・ミラーはアドヴェンテスト教会(安息教会)の創始者です。人間と神様の安息に対する世界観と神様に対するウィリアム・ミラーの神観は、根本的に幅がとても狭かったのです。神様は人間を愛するために、自然万物を様々な次元で創造されましたが、人間は神様の愛が自然万物の中に盛り込まれているということを、ほとんど知らずに生きているのです。ですから、神様と人間、そして自然が安息できるでしょうか。

 そして、私、ミラーは過去に対して、後悔も、無念なこともありません。同時性の時代の摂理的方向と流れによれば、ミラーが生まれた時代には、まだ時になっていなかったがゆえに、いくら最善を尽くして神様に侍って生きようとしても、時代的恵沢を受けることが出来なかったのです。その時代の世界観と価値観は、それで十分だったと思います。

 もし、当時、そのような基準も立てずに生きたなら、ミラーはより一層さまよい、混乱したことでしょう。そうなれば、今日、『統一原理』に接することのできる順序に加わることも出来なかったことでしょう。私、ミラーは過ぎし日も感謝し、今も感謝します。

 文鮮明先生は今、成約時代にメシヤとして顕現なさったので、私たちは皆、その御方を迎えて、その御方の教えに従って、神様に侍り、仕えれば、すべてのことが解決することでしょう。過ぎし日の私たちの人生が間違っていなかったので、今日、メシヤを迎えられたのではないでしょうか。私、ミラーの神観をただ成約時代の真理の基準で見る時、一教団の創始者としての威信と体面にダメージを与えたことは否定出来ないことでしょう。

 しかし、文鮮明先生に対する神様の配慮のように、それを時代的に見る時、今だと考えればいいことではないでしょうか。アドヴェンテスト教会(安息教)の愛するすべての兄弟姉妹たちは、神様を中心として安息したので、間違いなくメシヤの大きな配慮があることでしょう。ですから、今後、安息日をずっと守りながら、新しい真理とメシヤを迎える準備をするようお願いします。

 そして、過去に抽象的だった私たちの信仰は、成約時代を迎えながら、『統一原理』を中心として変化しなければならないことでしょう。ですから、私たちは『統一原理』を積極的に学び、生活化するように努力しなければならないことでしょう。私たちは皆、積極的かつ肯定的な思考方法をもって、『統一原理』の運動に同参するようにお願いします。 文鮮明先生、人類のメシヤ、救世主、再臨の主、アドヴェンテスト教会(安息教)の創始者としてウィリアム・ミラーはもちろん、教団のすべての創始者は神様に侍り、正しく生きていくための手段として教団と教派を立てたことでしょう。

 人類の真の御父母様、すべての人類の人生の方向とクリスチャンの行くべき道も、真のお父様として未来の霊魂にまで責任をもって下さるだろうと信じます。本当に『統一原理』の前に頭を垂れて感謝致します。お疲れ様でした。

                                                   −2001年11月11日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-25.カール・ラーナー(第二バチカン公会議代表、カトリック神学者)」

 “『統一原理』は成約時代の聖書です”

 旧約時代や新約時代はもちろん、現代の神学者も神様に対して悩まない人はなかったことでしょう。神様は目に見える体をもたれたお方でもなく、私たち人間が神様を見ることができないので、神様を存在しないと無視しても駄目なお方です。真の信仰者ならば、少なくとも一度くらい神様に対して深刻に悩んだだろうと思います。

 しかし、歴史始まって以来、誰も神様についてはっきりと説明できなかったように思います。ところが、『統一原理』は神様についてとても詳細に明らかにしました。

 神様は二性性相の中和的存在としていらっしゃいます。女性一性、男性一性としていらっしゃりながら、姿を現される時は男性格として現れられます。このような神様は被造世界と人間を創造なさり、私たち人間の父母としていらっしゃいます。そして、子女たちが生育し、栄え、充満して、全被造世界を主管して思い切り楽しむことができるようにされたといいます。『統一原理』は信仰者の最も大きな悩みを解決してくれました。

 「文鮮明先生は私たち人類のメシヤ、救世主、真の御父母様だ」と『統一原理』は明らかにしています。私、カール・ラーナーはこれを心から感謝します。再臨の主よ、人類のすべての栄光を受けて下さい。感謝致します。感謝致します。本当にお疲れ様でした。カール・ラーナーは神様に対して多くの日を祈祷して考え、悩んでみましたが、神様の問題は解決する方法がありませんでした。カール・ラーナーの最後の結論は、神様を私たち人間の頭脳で知ろうとするなら、その人はとても傲慢(ごうまん)な者だということです。神様に対することは気になったとしても、そのまま隠しておいて信じるものだと考えました。これが、幸福な道であり、真の信仰姿勢だと規定しました。

 神様については誰も分かりません。分からないので、ただ信じるのが信仰者の姿勢です。これは既定事実のようになっています。そして、『統一原理』の全般的な内容は、私たち人間の福音の中の福音だと考えます。

 今や、神様に対する問題や来世、霊魂の問題や信仰の根本問題を悩んできた人々に、新しい所望と希望の道が開きました。これは恩賜の中の恩賜だと考えざるを得ません。大部分の人々は来世の霊魂問題に対して自分なりに合理化させて生きていますが、来世の霊魂問題を学術的に正確に明らかにしたため、人類の生の方向も正しくとらえられたのです。これをまた感謝せざるを得ません。

 そして、地上の生の基準によって天上の生の位置が確定することを明らかにしたので、皆さんは来世の問題に対して悩まなくてもいいはずです。『統一原理』は全人類の必読書です。文鮮明先生、今日、キリスト教の聖書はクリスチャンだけが見ています。そして、それを理解するのは困難です。今や、成約時代の聖書は明らかに『統一原理』だけなので、全人類が『統一原理』を容易に読むことが出来るようにして下さい。そして、人類の方向をお教え下さい。これはカール・ラーナーのお願いです。

 こちら天上で原理講義を聴講した人たち同士で相談してみます。来世に関心を置かなければならない地上人は、こちらに来る準備を徹底的にして初めて、神様と永遠に共に暮らすことが出来るだろうと信じます。天上と地上の父母であられる真の御父母様、私たち全人類に福音を伝える機会をお与え下さい。真の御父母様が地上でとても忙しい日程にあることをカール・ラーナーは知っています。

 こちらの天上の人々を神様がいらっしゃる所に導くのはとても難しいけれども、地上の人たちは『統一原理』を正しく知って、彼らの生の方向だけ変えて生きれば、皆神様の子女として認められるのではないですか。今、地上の人たちは、正しい道が開いているので、その道に従いさえすれば、こちら天上の永遠の光明の位置を占領するはずです。ですから、彼らを導く機会を私たちにお与え下さい。

 文鮮明先生、お疲れ様です。このような感謝をどうして返せるでしょうか。『統一原理』の福音伝播(でんぱ)に真心を尽くします。本当に感謝致します。すべての栄光をお受け下さい。

                                                   −2001年11月12日−

 霊界統一原理セミナー所感「4-26.ウィリアム・テンプル(エキュメニカル運動開拓者)」

 “今、『統一原理』を諭して下さったので、今、出発しても遅くありません”

 多くの歳月の間、神様は私たち人間を捨てておかれたようでした。人間たちは神様の存在と価値を探し出すために限りなく苦闘しましたが、神様は人間に正確な方向を提示して下さいませんでした。ですから、多くの教派分裂が生じるしかなかったことでしょう。神様はお一人であられますが、人ごとに神様に対する思考パターンが異なるので、様々な教団が生じ、対立、摩擦が起きたように思います。神様はこのような人間一人一人の姿を御覧になって、心があまりにも痛かっただろうと思います。

 ですから、人間が存在する限り、教派分裂は避けられないものであり、従って、対立、摩擦もやむを得ないことでしょう。人間社会において神様に対して正確に分からなければ、対立、摩擦、闘争、戦争などはずっと続くしかないことでしょう。人生の正確な方向を提示した預言者もいませんでしたし、人間の生活に対する普遍的規範も立てられなかったので、人間たちはさまようしかないではないでしょうか。それはちょうど競技場に審判官がいないのと同じことでしょう。ですから、どのような競技においても、勝者も敗者もなく、常に対立しているのです。このように人類歴史が今日まで流れてきたようです。

 今日、ここで『統一原理』の教育を受けた有名な人々の、共通の所感が何なのか考えてみます。誰がいつこのように立派な福音を、私たち人間にくれたのでしょうか。このような福音が既にあったとすれば、何ゆえに教派分裂が生じるでしょうか。事実、人類歴史において教派分裂による宗教戦争は、神様の立場から見ると、到底説明し難い痛みであることでしょう。これによる民族的、人類的苦難がどれほど多かったでしょうか。エデンの園で、アダムとエバ、そしてルーシェルの存在意義は何でしょうか。一体歴史の犯罪者、人類の犯罪者、神様の前に犯罪者、多くの歳月を通じて広げられた血統の犯罪者、彼らの罪の代価は如何に清算されるのでしょうか。人類の犯罪者を処刑し、神様の前に燔祭(はんさい)として捧げたい心情です。

 一体何なのでしょうか。このような歴史的な痛みをどこから収拾すべきでしょうか。聖書の糸口が解かれなかった理由が、今、理解できるように思います。人生の根本的な秘密を隠したまま、現れた結果だけで人生の問題を解こうとするので、うまく解かれるでしょうか。神様、文鮮明先生、あまりにもむごいです。これまで私たち人類が一つになるために、多くの教派が互いに努力しましたが、根本的に解決されませんでした。ですから、これまで神様におかれても、どれほど多くの苦痛を経てこられたかとも考えます。天上において、ウィリアム・テンプルは犯罪者たちの苦痛を目撃しました。神様、彼らはどうしますか。

 文鮮明先生! 地上において、天上の生の方向を正しく導くためには、彼らの固陋(ころう)な信仰観をつぶしていくべきでしょう。固陋な思想と信仰から抜け出せない彼らを、どうしようとされますか。事実、大復興運動が起こるべきだと思います。

 『統一原理』を今、聞きました。どこかに逃げることも出来ませんでした。もちろん最初は、心の葛藤(かっとう)が起きるのは分かりきっているいることです。しかし、今、道が見え、信仰の根本的なパターンを知りました。誰かがこの道を避けて行っても、彼は再び帰って来るしかありません。こちらに集まった有名な人々の大部分は、少なからず信仰的葛藤を感じてきただろうと思います。

 神様が私たち人類の父母であられ、文鮮明先生は人類の真の父母、救世主、メシヤ、再臨の主でいらっしゃいます。神様と人間のあらゆることに対する正答が出ました。もう、教団の対立、摩擦、戦争は中断されることでしょう。人間相互間の理解と寛容が問題解決の糸口だと考えます。

 文鮮明先生、私たちは遅れましたか。違います。私たちは『統一原理』を今、悟りました。ですから、今、新しく出発します。誰が勝つかは競技場に行ってこそ分かります。遅く出発した者が、主を出迎えるゴールの一番先頭に立って、旗手になるか、それは見てみなければ分かりません。

 今、ウィリアム・テンプルは出発します。競技用のユニホームに着替え、楽な履き物に履き替え、頭に鉢巻きをして走っていくつもりです。ウィリアム・テンプルを見守って下さい。人類の真の御父母様、お会いするその日まで。

                                                    −2001年11月12日−


              出典:「李相軒先生が霊界から送ったメッセージ 11 神様は人類の真の父母」(光言社)より

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