イエス様12弟子のメッセージ


 一 イスカリオテのユダの告白」

 イエス様の教え:再臨主が人類の真の父母

 おそれ多くも、ユダがどうして自ら告白をすることが出来るでしょうか。しかし、イエス様と様々な兄弟が一箇所に集まって私、ユダを許して下さり、イエス様が『統一原理セミナー』に共に参席して下さりながら、十二弟子を地上よりもより一層愛して下さるので、このような告白が出来るようになりました。このようなイエス様の恩恵の全てを言葉では表現出来ません。

 今日、イエス様が私たち十二弟子を特別に呼び集められ、『統一原理セミナー』のプログラムの日程にそって教育を受けることを希望されました。セミナーの日程が長くて多少難しかったのですが、私たちがイエス様の教えを受けた時のように真に立派な教育を受けました。熱情的な講師たちの詳細な講義を聞き、私たちは多くのことに目覚めるようになりました。

 『神様は人類の父母』というプラカードのもとで、様々な次元の講義の主題を通して、私たちは、本当にあまりにも途方もなく具体的な内容を悟るようになりました。ちょうど人間が生きていく人生の教科書を分析してくれるように、講師たちは、人間生活の必須な部分を具体的に講義して下さいました。なじみが薄くてあまりにも感動的な内容が多かったので、私たちの姿は毎日毎日変わっています。

 そして、イエス様がすべての講義内容に本当に丁重な態度で臨まれ、私たちも姿勢が崩れないようにしようと非常に努力しました。その姿がはっきりと見えるほどでした。そして、メシヤ論に対する講義が進行する時、イエス様はあまりにもたくさん泣かれて、私たちもやはり声を出して泣いて、講師も講義をしながら共に泣かれました。メシヤ論が終わるや否やイエス様が立ち上がられました。そして、私たち十二弟子を再び呼び集められ、過去に施して下さった愛を再び回顧なさって心情のこもった話を交わされました。そして、最後の結論のみ言(ことば)を語られる前に私たちに確認されました。

 イエス様は、私たちに『メシヤ降臨とその再臨の目的』がどのような内容かを尋ねて、『皆さんは私を信じて従ってくれるのか』と再び確認された後、『私、イエスは、再び降臨された再臨主を師として侍ることにした。そして、私、イエス様は、再臨主、すなわちメシヤの前で地上のある女性と夫婦の因縁を結んだ。今、新しい真理を明らかにされた真の先生に従うつもりだ。その方がほかでもない再臨のメシヤ、文鮮明(ムンソンミョン)先生であられる。その方はすべての人類の父母として来られたので、皆さんもその方を父母として侍らなければならない』と、とても強い語調で、そして、非常に真剣に語られた後、痛哭(つうこく)の祈祷を神様に捧げられました。

 『天のお父様、私、イエスの失敗が神様の心をそれほど痛めたとは想像さえ出来ませんでした。再臨主を送るしかない状況で復帰摂理を経綸(けいりん)なさる天のお父様の寂しさがどれほど大きかったでしょうか。そして、恨(ハン)の多い歳月を再び収拾なさる再臨主の苦衷(くちゅう)がどれほど多かったでしょうか。私、イエスと十二弟子全員が主なる神様に決意して誓います。地上で苦労する再臨主、文鮮明先生を私たちは永遠の真(まこと)の父母として侍ることを決意して誓いますゆえ、今日私たちのすべての集いを祝福して下さって栄光を受け入れて下さい』と祈祷されました。この時この姿を見て号泣する者、足をバタバタする者、胸を打つ者ほど、色とりどりの姿が現れました。私も頭をたたいて泣いていました。その時はそれこそ涙の海でした。

 私たちは、全員知っていました。主、イエス様の痛みを誰よりもよく知っていました。その時はイエス様お一人で主の道を歩んで行かれるには、周囲の環境があまりにも難しかったということをよく知っていました。

 そして、再臨のメシヤが来ざるを得ない摂理的曲折と、再臨主が歩まれた道を今回の教育を通してよく知るようになったのであり、よく悟るようになりました。 

 私たちの主が侍る真の先生の道に、私たちは惜しみなく従うつもりです。今、イスカリオテのユダは、決して不孝な子の位置に立たないと何度も誓いました。イスカリオテのユダは本然の姿に帰りたいと思います。

                                               (2001年8月27日)

 二 シモン・ペテロ」

 再臨主の指示と教えに従ってこそ

 まず『神様は人類の父母』という主題のもとで進行したセミナー教育に対する所感を簡略に話そうと思います。地上でもこちらでも、私はこのような形態の教育を受けたことがありませんでした。それで、初めは非常になじみが薄くてぎこちないものでした。しかし、教育内容は真に恩恵深いので、その雰囲気も非常に良いものでした。講義内容は、神様のみ言(ことば)や主のみ言のように非常に親近感があり、かつ熱く感じられました。

 今まで私たちは、イエス様の指示と教えを受けましたが、これから再臨主を父母として侍る中で、再臨主の指示と教えを受けなければなりません。シモン・ペテロも再臨主を絶対的に信じて行動することを誓いました。ここで学んだすべての講義内容をもう一度聴講したいと思います。

                                               (2001年8月28日)


 三 アンデレの所感

 十二弟子の責任を痛感しながら

 まず主の十二弟子の中の一人になったことを感謝し、今日神聖な教育の場所に参加したことを栄光と思います。アンデレは、私たちの主イエス様が地上で数多くの苦労をされたにもかかわらず、結局神様の新しい摂理歴史に再臨のメシヤが必要だったという事実があまりにも胸痛く思います。そして、私たちの主イエス様は、歴史に残された責任者として、この事実がどれほど胸痛く思われたかを考えると、より一層胸が張り裂けそうになってきます。

 そして、イエス様は、再臨のメシヤに数多くの困難を残したということを認識され、今日のキリスト教徒の現実を直視して涙を流されました。『今からは再臨主によく侍ろう』と誓って言い聞かせるイエス様の姿が、私たちをより一層切ない思いにさせました。イエス様は、あまりにも難しくて困難な環境でメシヤの責任を遂行されましたが、私たち十二弟子は、弟子としての責任を十分に履行(りこう)できなかったという事実を今回のセミナーを通してはっきりと知るようになりました。

 ですから現在、再臨主の弟子たちはどれほどになるか分かりませんが、彼らはイエス様の時のように胸痛い事情を残さないことを懇切に願います。これが、アンデレの切実なお願いです。私たち十二弟子は、イエス様と共に再臨主を人類の父母として侍ることを堅く誓って決意します。

                                               (2001年8月28日)

 四 ヤコブの所感

 神様の摂理と人間の責任を痛感

 イエス様は、『十二弟子の集いだ』と言われるので、私たちだけの集いであると考えていたのですが、新しい内容の講義を聞きながら、ヤコブは、少なくない衝撃を受けました。その心情を表現する方法がありません。驚きであり、胸が痛くもありました。そして、あまりもおそれ多いことでした。ヤコブが十二弟子の中の一人だという事実があまりにも恥ずかしく感じられました。

 神様の摂理が、そのように組織的であり合目的的に流れてきたのをまるで悟ることが出来ませんでした。人間の責任がそのように重要なことであるということも分かりませんでした。あまりにも途方もない摂理の前に、ただただ罪人の姿以外には、他の姿はあり得ないということを悟り、身の置き所がありませんでした。このような状況で恥ずかしさのために所感を述べることが出来るでしょうか。しかもこれが、地上人に伝えられるというので、所感をどのように表現すべきなのか分かりません。一つ所感を表明するならば、それは、イエス様の弟子として責任を果たせていない明確な罪人であることを許して下さることを願うのみです。

 そして、私たちは、新しい真理の前に申し訳なさを抑えることが出来ずにいます。再臨主は、イエス様のように苦労なさらないように地上人が良く協助して、数多くの月日を待たれた神様の心を痛めることがなければよいという心が切実です。

 そして、再臨の主様、ヤコブが誰なのかご存じないと思いますが、私を許して下さい。再臨の主様、私たち弟子ゆえにイエス様の困難があり、イエス様の困難は再び再臨主に連結するようになったことを知るようになりました。この点を心より容赦を請うものでございます。再臨主を人類の父母様として侍ることを誓います。

                                               (2001年8月28日)

 五 ヨハネの所感

 有形実体世界と無形実体世界の理論に感動

 地上人、特にキリスト教徒たちは、今霊界で展開しているこのような現実、イエス様を中心とした十二弟子が共に『統一原理』を学んでいるということをほとんど理解出来ないでしょう。

 肉体はありませんが、肉体をもった時よりももっと自由で、すべてのものが便利で、どれ一つとして窮乏することがないこちらで、神様から指示を受けた教育現場で私たちが『統一原理』を学んでいるという驚くべき事実を、どのように表現すればいいのでしょうか。無形実体世界と有形実体世界の理論と真理は、イエス様以後再臨のメシヤの精誠と苦労によって明らかにされたという事実に相当な衝撃を受けました。その感激を到底表現出来ません。

 数多くの新しい理論と内容の教育を受けましたが、ヨハネにはそれを全て発表する機会が与えられなくて非常に残念です。一つだけ明らかにするならば、それは再臨主、メシヤを私たちの師、いや人類の父母として侍るべきだという点です。今回のセミナーを通してこの点をよく指導されたのですから、これ以上に有り難く感謝なことがどこにあるでしょうか。ただただ感謝だけです。

                                               (2001年8月29日)

 六 ピリポの所感

 人間の責任分担を痛感

 ピリポは、生まれた時から恵まれた人は別に決まっていると考えていました。しかし、この教育を受けた後、とても多くの部分に目覚めました。人間において各自に任せられた固有な責任があるのに、その責任を遂行することが出来なければ摂理歴史が延長されるという事実を学んで、私自身を大きく悔いるようになりました。摂理歴史が中心人物の失敗により遠ざかっていく時、絶対者神様の計画が数多くの月日を待つしかなかったのです。新しい中心人物が立てられる時まで摂理歴史は待つことの連続でした。私たちの主イエス様もそのような過程を当然経てきたと考えるようになりました。そして、ピリポに任せられた責任は何だったのだろうかということを考える時、私の心はとても不便でした。しかし、とても長い、待つ歴史の連続から、今この真理を悟るようになったので、この真理を目覚めさせて下さった再臨主に心より感謝致します。

 人間に与えられた小さな責任が人類歴史の運命を左右することを悟りました。この途方もない真理の前に頭を下げるしかないでしょう。特にキリスト教の絶対予定説は、私が誤って考えていたようです。神様の摂理歴史において人間の責任が絶対に必要であると、すべてのキリスト教徒が共に目覚める機会が来ることを期待します。

 再臨主を人類の父母として侍るべきだという真理は、あまりにも自明な真理であると同時に途方もない真理だと思います。この事実の前にただ感謝します。

                                               (2001年8月29日)

 七 マタイの所感

 再臨のメシヤが必要な理由

 マタイは、イエス様の十二弟子の中の一人ですが、このように体系的な勉強を受けてみたことがありませんでした。あえて所感を発表することにも申し訳ないだけです。あまりにも感動的な部分が多いので、どのように表現していいか分かりません。しかし、所感を簡略に発表しなさいと言われるので、一つ事実だけを発表します。イエス様以後、再臨のメシヤが私たち人類に必要だったという事実に、マタイはあまりにも驚きました。神様の摂理の中で、人間を救うためには仲保者が絶対的に必要でした。それで、神様の待つ歳月が数えきれないほど流れてきました。これが、あまりにも胸が痛むことです。再臨のメシヤが人類を救うための仲保者として来られました。

 再臨のメシヤは、すべての人類にそして、絶対者神様の前に絶対に必要な方です。地上に生きている数多くの聖徒が、再臨のメシヤが人類の父母の位置に堂々とお立ちになることが出来るように最善を尽くしてくれたらと思います。今イエス様の心情がいかばかりでしょうか。ここで教育を受けた十二弟子の心情は呆然(ぼうぜん)とするばかりです。マタイは喜ぶどころか非常に複雑です。

 新しい真理を明らかにされた再臨の主様、真(まこと)に感謝致します。再臨の主様、真にお疲れ様でした。今はただこの程度の表現しか出来ません。再び『原理』を学びます。

                                               (2001年8月29日)

 八 熱心党のシモン

 神様は人類の父母

 神様が人類の父母だという衝撃的な事実、エデンの園から歴史の出発が誤っていたという事実、これを復帰するために中心人物が必要だったという事実などを今回のセミナーを通して新しく悟るようになりました。そして、神様は人類の父母ですが、私たち人類が自ら神様の前に直接出ていくことが出来なかった理由をはっきり悟りました。僕(しもべ)の僕の位置から出発して、仲保者を通じなければ自身の位置に行くことが出来ない点があまりにも無念ですが、驚くべきことです。

 このような真理を明らかにされた再臨のメシヤの苦労に、感嘆と驚異の念を表さざるを得ないのです。今、私たちは、神様を人類の父母として侍る中で、再臨のメシヤを私たちの父母として奉らなければならないという根本真理を悟ったので、無念な復帰摂理の事実を教訓にして真の子女になることを決心しました。新しい真理の前にもう一度感謝と栄光を捧げます。

                                               (2001年8月29日)

 九 トマス

 原罪を清算なさった再臨主

 トマスは、イエス様の弟子の中でも最も足りないと常に考えていました。今回の教育の場で、トマスはあまりにも不足で様々な面においてよそよそしく、おこがましいと思ったのですが、イエス様が親しく私にみ言(ことば)を下さいました。それは、『私たちは、主神様に不孝者で資格もないが、不足な姿を満たすために努力しなければならない』ということでした。それで、今回のセミナーに参加しました。

 ここでトマスは、あまりにも無念な復帰摂理の事情に目覚めました。心より感謝申し上げます。人間は、今まで原罪をもって生まれたということ、人間の先祖から歴史の出発が誤っていたというのは真(まこと)に無念です。それから数多くの歳月、私たち人間は神様の子女の位置に立つことが出来なかったという事実、誤った歴史があまりにも長い歳月そのまま流れてきたという事実、このような中で新しい中心人物が現れ、新しい人間の先祖として登場して原罪を清算しなければならないという事実を新しく悟りました。このように途方もない内容を悟って本当に驚きました。再臨主は、このような誤った歴史と原罪を清算なさったので、どれほど困難で複雑であられたでしょうか。それは想像も出来ないと思います。

 しかし、初めて聞いた内容がたくさんあるので、講義内容のすべてを正しく理解することは出来ませんでしたが、トマスにはあまりにも感謝なことです。今、再臨主をどのように助けてあげなければならないかということなど、考えれば複雑です。しかし、イエス様の指示によって一生懸命に学びながら努力します。トマスは再臨主の助けになることが出来る部分を求めて一生懸命に仕事をします。

                                               (2001年8月30日)

 十 バルトロマイ(ナタナエル)

 人間の責任分担論で人間の高貴さを悟り

 不足ですが、バルトロマイの所感を伝えようと思います。私たちがイエス様の十二弟子でありながらも、当時の時代的環境をよく知らなかったがゆえに、十二弟子としての責任を果たせずに再臨主が必要になったということを考えると、申し訳なくて恥ずかしく、身の置き所がありません。

 神様の摂理歴史において、中心人物が責任を果たせないゆえに摂理が延長に延長されたという事実を見る時、真(まこと)に人間は貴重な存在だということを知るようになりました。

 人間個人の責任不履行が、このように人類歴史と神様の前に大きな犯罪になっているという点、そして、人類歴史が延長されるごとに、私たち人間は罪を犯し、そのような姿で生きてきたという点、地上の数多くの人類は、まだ一様に神様に不孝者の姿で生きているという点、そして人類は、歴史の前に犯罪者だという点などをはっきりと悟るようになりました。

 再臨主は、このようなすべての不孝者を新しく収拾なさらなければならないので、私たち十二弟子のような人々が、人類歴史に再び現れないことを願う心が切実です。

 私たちは、再臨のメシヤをどのように助けてあげなければならないでしょうか。イエス様の指示によってすべての人類が不孝者の位置から外れることが出来るように最善の努力を傾注します。

                                               (2001年8月30日)

 十一 タダイ(ヤコブの子ユダ)

 私たちにも祝福を

 タダイの所感を話そうと思います。人間は生まれる時から原罪をもって生まれたという事実は、あまりにも衝撃的です。人間始祖アダムとエバがなぜ神様の摂理を知らなかったのか、神様のみ言(ことば)に不従順だったのか。人間始祖の堕落は、人類に血統的に遺伝されたということは信じ難いのですが、それは事実でした。それを考えれば無念で耐えることが出来ません。再臨のメシヤは、人類の血統的な問題まで解決されなければならないのに、こちらに来ている数多くの人々はどのようにしてその恩恵を受けることが出来るのか気になります。

 もちろん、私たち十二弟子も、自分たちの責任を果たせなかったのですが、私たちの原罪が真の父母によって清算されるならば、私たちもその恩恵を受けたいと思います。イエス様も祝福を受けましたが、私たちはどのようにしなければならないのか、再臨主の前に進んでいくことが出来る条件は何か、気になってもどかしく思います。

 再臨主、真(まこと)の御父母様、私たちにも道を開いて下さい。これは、タダイの懇請だけではなく、すべての十二弟子の共通の懇請です。

                                               (2001年8月30日)

 十二 アルパヨの子ヤコブ(小さなヤコブ)

 人類の真の父母、文鮮明(ムンソンミョン)先生

 今十二弟子の最後のヤコブの所感を伝えようと思います。原理教育は、人間ならば誰もがすべて学び、身につけ、実践しなければならない人生の道案内になるはずだと思います。それはあまりにも体系的で人生の必須な指針書です。このような内容を詳細に教えて下さったすべての方に感謝します。このような原理と真理を探し出して下さった再臨主、文鮮明先生、人類の真の御父母様、真にお疲れ様でした。感謝致します。私たち十二弟子を代表して感謝と敬拝を捧げます。

                                               (2001年8月30日)