座談会(過去ログ3)
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リンクページ開業!
投稿日 1月30日(土)09時35分 投稿者 NONSECT 削除

 遅れ馳せながら、当サイトをリンクに加えさせて頂きました。宜しく!

http://village.infoweb.ne.jp/~nonsect/


そういえば・・
投稿日 1月29日(金)23時11分 投稿者 SILENCE 削除

「浄土真宗親鸞会研究の為の基礎資料」というHPが無くなった時に、decultさんのHPの掲示板にも何か嫌がらせに近い書き込みがあったなあ・・・。
別に彼らが犯人という証拠はどこにもないんだけど・・。


毎度お世話になります
投稿日 1月29日(金)14時55分 投稿者 Kashmir 削除

 最近とある新興宗教系のBBS(創価学会員VS元学会員、日蓮正宗など)を
ちょくちょく見てたのですが、どうも議論がすごかったです。罵声の浴びせ合い
というか罵倒のしあいになってたり、そのあおりでメール爆弾食らった人もでた
そうで・・・。
 その手のHPというのは絶えずそういう危険がついて回るものですが、それを防ぐ
には正統派というか本流のそれなりの人の落ちついた発言というのが必要不可欠
なんじゃないか思います。当座談会がなんとか落ちついているのはジオの規約の
せいもあるでしょうが、葦さんのご意見お陰が大きいと思います。
これからも実り多いHPにしていきたいと思ってますので今後とも御指導御鞭撻
よろしくお願いします。

補遺
それと、十派概要はサブページとしてノーマルなHTMLのみの表示も
とりあえず作ってみたものの、そっちのほうが見やすかったりします。。
またもし誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。


ご苦労様です
投稿日 1月28日(木)18時17分 投稿者 葦 削除

「書き込む」ボタンを押した後で「真宗十派概要」を通読させて頂きました。
後でゆっくりと読ませていただこうと思いますが、先ず「ご苦労様」と申し上げたく存じます。
「ハトの会」の「後生の一大事」の記事や。こちらの「十派概要」等を拝見しますと、本来の「S会関連」と言う概念を超えて、「浄土真宗」そのものを頂く、味わう上で、無くてはならないHPに成長しつつある事を、大変心強く、素晴らしい事と受け止めています。
ますますの充実を念願してやみません。


いろいろと
投稿日 1月28日(木)18時01分 投稿者 葦 削除

「真実」について
「真実」とは大変難しいものですね。
本来「真実」と言われる言葉は「時間・空間」(いつでも・どこでも)を超えて有るものと受け止めています。
しかし、今日われわれが「真実」と言う場合、何らかの「枠組み」を設けなければ通用しない「真実」が横行している事に困惑を禁じ得ません。
本来、宗祖・蓮師が述べられる「真実」は一切の「枠組み」を超えた(必要としない)「真実」のお心の筈で有ると思っていましたが、それが例えば「S会では」と枠組みを設けなければならない「真実」で有るとするなら、果たしてそれは本当に「真実」と言う言葉で表す事の出来る事柄なのか・・・

「経典」について
本来、浄土真宗のおみのりを頂く上で必要な経典は「浄土三部経」のみであって、それ以外の経典を拠り所として浄土真宗のおみのりが語られると言うことは無い、と受け止めています。
宗祖の「御本典」には多くの経・論・釈が引用されていますから、「学」として浄土真宗のおみのりを掘り下げられる方にとっては、当然、宗祖が御本典に引用されて有るそれらの書物についての「学び」は求められるでしょうが、普通に「同行」として「おみのりを頂く」者にとって、果たしてそれらの詮索が必要なものか、些か疑問を禁じ得ません。
本願寺の中でも、特に深く掘り下げられた「江戸期」の教学の受止めを、一部には「江戸宗学」等と称して嫌う方が有りますが、失礼ながら「貴方は本当に江戸宗学を学んだ上で嫌っているのですか。単なる食わず嫌いなのですか。」と尋ねてみたい思いが有ります。
言うところの「江戸宗学」はある意味で「浄土真宗の集大成」と言える性格を帯びていると思いますので、良いに付け、悪いに付け、断じて避けては通れないものが有ると思っています。
しかし、それらの中においても「経典」として中心に据えられているのは言うまでもなく「浄土三部経」で有り、特に「大無量寿経」で有る事は言うまでも有りません。
また、宗祖が御本典の中に引用されて有ります浄土所依の経典(浄土三部経)以外の経典を学ぶ場合にも「宗祖が引用された個所」を中心として「宗祖が引用された素意を尊重して」学ばせて頂く事が大切でしょう。
本来、宗祖・蓮師が用いられておられない個所、又は解釈を「自分の思いを伝えるのに都合が良いから」等との理由で本来の宗祖のお心・浄土真宗の教えから逸れてそれを用いる事は許されない事だと思います。

「必堕無間」について
浄土真宗は「堕ちる」事を説く教えなのか「救われる」事を説く教えなのか。
当然「お救い」を説かれるのでしょうが、お救いに遭わねば「地獄一定の身」ですから、「必堕無間」は確かにその通りなのですが、「仏の正意」は飽くまでも「救わずにおかない」お救いが本意なのですから、そのお救い(教え)を頂くと言うことは「堕ちる」事に力点がおかれるよりも「救い」に力点が置かれての教化で無ければならないと思います。
(堕ちる私を)「必ず救うのお呼び声」と頂く時「堕ちる」恐れに中心(力点)が据えられろのではなく、「お救い」の喜びに中心(力点)が据えられたおみのりの根本的立場で無ければならないと思います。
「闇」(地獄一定)の中では「闇」は見えないのです。
「闇」を破る「光」(救い)に恵まれた時、自己の「闇」の存在で有っ『た』(「る」では無く)事実が知らされるのです。
すなわち、自己の「闇」に心が開かれたその時は、実は「早や、既に光の中に有った私」で有った事が知らされるのです。
だから、「救い」の問題が私の中に起こる時、実は「救い」は早や、我がもとに至り届いているのであって、その「早や既に届いているお救い」に心が開かれる事を「信心決定」とも「信心開発」とも呼ばれるのです。
それゆえ、実は私が「信心獲得」と受止めさせて頂く時期などは、全く問題とする要が無いのです。


引用
投稿日 1月28日(木)17時03分 投稿者 Kashmir 削除

 私は涅槃経そのものを目にした事がないので 「破邪顕正せざる者は仏弟子にあらず」と言う言葉が書かれているのかどうかはしりませんが、あこまで強く言うくらいですからそう言う内容の事も幾分か説かれているのは事実なんでしょう。しかし実際浄土真宗を名乗り、親鸞聖人のお名前を会の名にかざすのであればdecultさんのおっしゃる通り、教行信証の引用であるとか、御和讃等の御著書中から推し量る必要があると思います。

 そういえば、本願寺派東海教区のHPである「やっとかめ通信」の中にこんな言葉がありました。

Q7 「どの宗教も正しいことを言っているように思えますが、本当はどうでしょう」

 色々と問題の多い宗教も、教えの全てが間違いという訳ではありません。それでは誰もついてきません。むしろ最初は誰が聞いても正しいと思われる説を、順々に説いてゆく事が多いようです。
 そのため古来の宗教の説を引用する事が手っ取り早い「教学作成」となるのですが、本来なら引用した部分については原典を明記せねばなりません。しかし宗教によっては、言葉を変えただけで内容は同じ、という部分がよく見受けられます。特に仏教は内容が幅広く宗旨も多いので新宗教には「盗むにはもってこい」の教えのようです。

 さて、もともと深い教えを盗用すれば、部分部分をつなげるだけで、それなりに立派な教義ができてしまいます。しかしその中に、ほんの1%でも嘘が混じっていると、後に大きな狂いを生むことになります。そしてこの引用法を悪用すれば、どんな平和な教えも過激な内容に変身させられてしまうのです。
 暇があったら実験してみるといいのですが――自分に都合のいい結論を最初に考えておきます。次にそうなるように古今東西の宗教をつなぎ合わせてみましょう。都合の悪い部分は引用しなければいいのです。さあ、立派な新宗教の出来上がりです。後は、自分を最高の位に就かせましょう。既に教えが自分に都合がいいのですから、もう訳ないですね‥‥
 ちょっと悪ふざけが過ぎたようです。しかし、笑い事でもないのです。これをまともにやっている宗教が驚くほど多いのですから。

 そうした嘘を見抜く最善の方法は、ほんの少しの疑問でも解決するまで徹底的に問うてゆくことです。

 

〜補遺〜
 大阪の浄願寺さんのHPにここと「ハトの会」のリンクが張られました。
こちらからも浄願寺さんにリンクしてあります。
仲間内以外に、特にお寺さんにリンクしてもらったのは初めてで、ちょっと
うれしいです。


涅槃経のこころ
投稿日 1月27日(水)19時39分 投稿者 decult 削除

親鸞会では親鸞会が教える七大経の中の『涅槃経』を要約して「破邪顕正が説かれている経」と説明しています。
これは親鸞会の発行物に度々出てきます。会長の主著である『白道燃ゆ』にも

釈尊が『涅槃経』に「破邪顕正しない者は、仏弟子に非ず、仏の怨なり」と教戒なされている

と記しています。この「破邪顕正」という用語が使われる頻度は親鸞会の中ではかなり上位に食い込むのではないでしょうか。「破邪顕正」とは親鸞会では「親鸞会への勧誘活動」を意味します。果たして「破邪顕正」という言葉が『涅槃経』にあるのかどうか。まあ、それはそれでいいとしても、会の名前に親鸞聖人の名前を使っているくらいですから、やはり涅槃経で取り上げるべきは、「仏性」「一切衆生悉有仏性」「一闡提をも含む難化の機の成仏」ということではないでしょうか。もちろん、王舎城の悲劇、信不具足、聞不具足などもありますが。教行信証の中で涅槃経を引用しておられるところを読んでみればわかることでしょう。

浄土和讃には、涅槃経の意によって、仏性については以下のように述べておられます。

92 平等心をうるときを 一子地となづけたり 一子地は仏性なり 安養にいたりてさとるべし
93 如来すなはち涅槃なり 涅槃を仏性となづけたり 凡地にしてはさとられず 安養にいたりて証すべし
94 信心よろこぶそのひとを 如来とひとしとときたまふ 大信心は仏性なり 仏性すなはち如来なり

そして、「五逆誹謗正法」の機も一闡提の機も、すべてわがひとり子とおもって救わずにはおかないという弥陀の大慈大悲の心をあらわされて

教行信証 ここをもって、いま大聖(釈尊)の真説によるに、難化の三機、難治の三病は、大悲の弘誓を憑み、利他の信海に帰すれば、これを矜哀して治す、これを憐憫して療したまふ。

ということを明らかにされたのでしょう。親鸞聖人が涅槃経を引用された意は以上のような点にあったのではないでしょうか。ことさら『涅槃経』の要約を「破邪顕正(親鸞会への勧誘活動)」とすることは親鸞聖人の教えに順じたものとは言えないような気がします。いかがなものでしょうか。

RE:少しお尋ね。
投稿日 1月27日(水)14時15分 投稿者 Kashmir 削除

 親鸞会でも所依の経典は大経といわれていますし、涅槃経を最後に
置くからといって特別重要視しているわけではありません。
位置づけとしては、真実の教は大経でそれを説いた上で、
その真実を教え広めるのだ、と言いたいが為に涅槃経を最後に
おいているのだと思います。
 ここでいう真実とは親鸞会が言う真実であり、それを広める
というのはデカルトさんのおっしゃるように「親鸞会への勧誘活動」
ということですが。


教判等・・・・・
投稿日 1月27日(水)10時30分 投稿者 葦 削除

S会でも「御文章」は読まれているようですし、教判等も同様に学ばれているようですのに、どうして「後生の一大事」や「善知識」の理解がこのように異なるのでしょうね。
勿論、会長氏が本願寺に異論を覚えられて創立された宗派なのですから、本願寺の問題点を改められるべく作られた会と思いますので、相違点は有って当然と思いますが、教学の根本(例えば「後生の一大事」「善智識])の理解がこんなに異なっていると、(全く他意は有りませんが)同じ「浄土真宗」で括る事に些か躊躇の念を禁じ得ません。
素朴な思いです。


少しお尋ね。
投稿日 1月27日(水)10時19分 投稿者 葦 削除

本願寺では「七大経」と言う用語は無いと思います。
そこで、素朴な疑問ですが、序列が、
6、大無量寿経
7、涅槃経
となっていますが、S会では、大経よりも涅槃経を重要視されているのでしょうか。
経典の成立順序と宗派における重要度とは別個のものと思いますが。
特に親鸞聖人は
「真実の経を顕さば、大無量寿経これなり。」と述べられます通り、大経を中心に据えられるのが教学的にも当然の帰結で無ければならないと思うのですが。


七大経
投稿日 1月27日(水)07時42分 投稿者 decult 削除
Kashmirさん

親鸞会では「必堕無間」のほかにも「七大経」という術語がありました。
一切経の中から順序をつけて七つ(会長が)選び出したお経を指す言葉です。
大経はもちろん、華厳経や涅槃経、般若経(典類)などが選ばれてました。
(経典とその順序をあまり正確に覚えてないので誰か補足してください^^;)

七大経ですか。そんなのありましたね。たぶんあれは天台五時の教判に対してのもので五時の教判の拡張版のようなものではないですか。五時の教判が法華経が真実の経だということをいうためのものだとすると、七大経は大無量寿経が真実の経だということを説明するためのものじゃないですか。

華厳経 自内証
阿含経 教育過程でたとえると幼稚園での教育に当たる
方等経 小学校教育に当たる
般若経 中学校教育に当たる
法華経 高等学校教育に当たる
大無量寿経 大学御入学、おめでとう!
涅槃経 破邪顕正

つまり1番目の自内証(仏の悟りの境地そのまま)を説いた華厳経で悟りの深遠さを教えて、2〜5で少しずつ教育を施して真実の教えである6の大無量寿経に導こうというもの。たとえでいうと2の幼稚園から5の高校までは大学に入学させるまでの教育だったというわけです。大学の新入生には特に身にしみてわかり易いたとえですね。そして7の涅槃経は釈尊の遺言の「破邪顕正」。真実をネジ曲げる邪を破りなさいということです。親鸞会では「破邪顕正」ということはしばしば、いやほとんど「親鸞会への勧誘活動」を意味しますが。どうしてそうなるかというと、真実の教えを説いているのは親鸞会だけだから、ということになるんですね。


タグテスト
投稿日 1月26日(火)17時34分 投稿者 Kashmir 削除

てすとてすとてすとてすとてすとてすとてすとてすと
てすとてすとてすとてすとてすとてすとてすとてすと
てすとてすとてすとてすとてすとてすとてすとてすと

センタリング

色つきモジ

あああああああ あおあおあお
太字 でかじ

これでどうでしょうか?右のラジオボタンの「入力した通りに表示」を選んで送信するとタグ使っても変にならない(その代わり自動改行はされない) んじゃないでしょうか。


連続しての書き込みですが・・・。
投稿日 1月26日(火)17時26分 投稿者 Kashmir 削除

 親鸞会でも御文二帖目十一通「五重の義」については度々話を
聞きましたが、現状は何でああなってしまうんでしょうか、不思議です。
大きな御世話かもしれませんが、会長に無常の風来たりぬるのち会は
一体どうなっていくのかなあと在籍当時から思っていたものです。

 さて、造語、というか新しい仏教(真宗)術語の導入に関してですが、
親鸞会では「必堕無間」のほかにも「七大経」という術語がありました。
一切経の中から順序をつけて七つ(会長が)選び出したお経を指す言葉です。
大経はもちろん、華厳経や涅槃経、般若経(典類)などが選ばれてました。
(経典とその順序をあまり正確に覚えてないので誰か補足してください^^;)
 順序立てられてるので各々の経典に一切経の中での位置付けがなされます。
大まかに説明しますと大経の前に置かれた経典は大経に導く方便の経典で、
無論大経が釈尊の出世本懐経であり、その後の最後に置かれた涅槃経は
釈尊遺言のお経であると言われていました。
 ま、その分類の是非はさておいても「そんな教判じみたものを勝手に
作ってええんかいな」というのが私の正直な感想でした。無論それを教判
とはおっしゃいませんでしたし、真宗の教判は二雙四重の教判であると
教わってはいましたが。

 全会員から善智識と仰がれる方というのはやはりそういう術語を御聖教に
あるお言葉の如く自由自在に使えないといけないんでしょうか。


タグ
投稿日 1月26日(火)12時53分 投稿者 Kashmir 削除

ラジオボタンが二つあり、今、右の「入力した通りに表示」というのを
改良して、余計なタグが入らないようにしてくれるようお願いしています。
それでうまくいくかどうかわかりませんが、もしだめならジオの方も併用
するという案も考慮してみます。個人的にじおの掲示板が嫌いな理由は
コードがEUCってことが大きいんですが・・・。


ひつだむけん
投稿日 1月26日(火)12時47分 投稿者 Kashmir 削除

「親鸞会では大経に『必堕無間』と説かれているというが、
そんな言葉は経典にない、という人(つまり敵対する団体の人)
がいる。でもそういう内容が説かれているから問題はないんだよ。」
と先輩から聞いた覚えがあります。それで、親鸞会の造語と
書いたわけで、そういう内容を親鸞会がでっち上げた、と言いたかった
わけではありません。そんな言葉はしらんぞ!という人が
いらしたら、と思い一応補足した次第で、意図するところは件の通りです。。


RE:一切衆生 必堕無間
投稿日 1月26日(火)05時00分 投稿者 decult 削除

[SILENCEさん]
>「一切衆生 必堕無間」という言葉は大無量寿経にのっています。
>「真宗聖典」にライン引いた記憶だってあります。

あのー、「一切衆生 必堕無間」という言葉自体があるということでしょうか、それともそういう意味合いのことが説かれているということでしょうか?
ラインを引いたご記憶があるということは前者だと思われますが。真宗聖典ですからおそらくは大経の異訳本ではないのでしょうし。???
きっとHP『親鸞聖人フォーラム』のライブラリにある大経には載っているのでしょうね。


RE:タグ
投稿日 1月26日(火)04時42分 投稿者 decult 削除

[Kashmirさん]
>やっぱりタグユーザーにはこのBBSは使いにくいかもしれませんね。

この掲示板ではうまく表示しないようなタグによる書き込みの場合はジオの掲示板のほうに書き込むというのはどうでしょう。とすると掲示板を行き来しないと駄目なのでそれも煩雑ですね。なるべく<TABLE>などを使わずに書き込むように心がけます。
この掲示板とは別にジオの掲示板も使えるようにしていただければ、それはそれで使えるとは思いますが、どうでしょうか?


一切衆生 必堕無間
投稿日 1月25日(月)23時35分 投稿者 SILENCE 削除

>Kashmirさん

「一切衆生 必堕無間」という言葉は大無量寿経にのっています。「真宗聖典」にライン引いた記憶だってあります。
また、蓮如上人は同じ御文章の中で「この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして地獄に堕在すべきものなり」と書いてあったと思います。
だから、親鸞会の人は「例え「後生の一大事」が死後地獄に堕ちる事じゃなくても、人間は死んだら無間地獄に堕ちるんだ」と言うと思いますよ。たぶん。

http://hyper4.amuser-nte.ne.jp/~auto/b6/usr/motos/brd1/bbs.cgi


真宗十派概要
投稿日 1月25日(月)18時05分 投稿者 Kashmir 削除

「真宗十派概要」がヨウヤク出来上がりました。まあ適当に本を
調べれば載っている程度の内容なのでそうたいした事はないでですが、。
今まではHP開設したといっても掲示板とリンク集だけだったので
ちょっとはHPらしいコンテンツを作らねばと焦っていたのですが
一応これでちょっと安心です。

http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/1499/data.html


『善知識』
投稿日 1月25日(月)01時54分 投稿者 葦 削除

本願寺においては、宗門の中で宗祖・蓮師を具体的に『善智識』と仰ぐと言う事は有りません。
例えば、赤尾の道修が『個人的』に蓮如上人を『善智識』と仰ぐ、と言うような事が有ったにせよ、それを浄土真宗全体に敷延すると言うような事は有りませんし、また、その様な事を蓮師在世中に本願寺門徒が行う(広める)様な事が有れば、蓮師御自身が断じてお許しにならなかったでしょう。
その様な意味で、有る同行がどなたかを『善智識』と仰ぐ事が有っても、何の不思議も無い事ですが、それはその同行と、同行から『善智識』と仰がれる方との個人的なつながりであって、組織(教団)の中で信徒全体に向かってその様な事が推進されるような事が有るとすれば、それこそ蓮如上人が厳しく戒められている事実に該当すると言わなければならないのでは無いでしょうか。
御文章二帖十一通に明らかに述べられるごとく、飽くまでも『善智識』は『縁』で有って、お救いの根本(因)で有る弥陀を傍らにする様な事は断じてあってはならない事で有ると、明瞭に認識する必要が有るでしょう。


『さん候ふ』
投稿日 1月24日(日)23時17分 投稿者 Kashmir 削除

そうですね、「カラスが白い」のと歎異鈔二章のお言葉を並べるのは
論旨が違うと言うか、ちょっと不適切な引用でした。

私は在籍時にそう言う言い方(カラスが白いといえば白い)をされた事は
有りませんでしたが、それと同様の内容の事は頻繁に言われました。

そういえば親鸞会では善智識(会長)には仏様のような信頼度がありました。
実際、仏意はかりがたし、のように善智識の思慮は我々には及ばないところが有る
とされていました。もちろん求道の指導者という点でですから、会員の日々の行動
がすべて求道に繋がると言う事から何でもかんでも従う様になったんだと思います。

http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/1499


法然上人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも後悔すべからづ。
投稿日 1月24日(日)21時42分 投稿者 葦 削除

カシミールさんのご意見、尤もと拝見しました。
しかし『歎異抄・第二条』には、宗祖が法然上人の言葉を拠り所とされるのは、その後に続いて述べられる、
『弥陀の本願まことにおはしまさば』から始まって『法然の仰せそらごとならんや』に続く『真実の継承への帰順』では無いでしょうか。
だから宗祖は『法然上人にすかされまいらせても後悔せず』とおっしゃいますが、もし法然上人が『カラスは白い』と言えば、断じて『その通りです』とは言われないでしょう。
何故なら、宗祖の法然上人への帰順は、法然上人が説かれる『弥陀の真実』への絶対帰順であって、『法然上人のいう事なら何でも絶対に従う』という事では、断じて無いと思います。
それは、宗祖と唯円房との会話(十三条)
『唯円房はわがいうことをば信ずるか』
『さん候ふ』
『さらば、いはんことたがふまじきか』
『つつしんで領状申して候ひし』
『たとえば、ひと千人ころしてんや、しからば往生は一定(いちじょう)すべし』
『仰せにては候へども、一人もこの身の器量にては、ころしつべしともおぼえず候ふ』
との中に、唯円房が宗祖の『何』に『絶対帰順』しているのかが伺えるのでは無いでしょうか。
すなわち『人』に帰順するのではなく、その人の説く『法』に絶対帰順するのである事が明瞭に伺えます。
当然、唯円房にとって宗祖はその『弥陀の真実』を具現する方であったればこそ
『さん候ふ』との返事をされたのでしょう。
しかし、そのお言葉が『弥陀の真実』とは遠く隔たった要求で有った時、唯円房は断固としてその要求を拒否された事実を伺う時、宗祖と唯円房との関わりを通して、元祖(法然上人)と宗祖の関わりを伺う事が出来るのでは無いでしょうか。
さもなければ『カラスは白いか』に述べたレベルの問題に落ちてしまわねばならないでしょう。


白いカラス
投稿日 1月24日(日)21時09分 投稿者 Kashmir 削除

いろいろ書きこんだで葦さんの書きこみがありましたが確かに
善知識からは離れ来た感が有りますね。どっちかというと
アルプス一万尺での話題かな、ってどっちやねん、って感じですね^^;。。
ま、この話はこれくらいにしましょうか。


うむむ・・・
投稿日 1月24日(日)21時03分 投稿者 Kashmir 削除

やっぱりタグユーザーにはこのBBSは使いにくいかもしれませんね。
レイアウトが気に入ってるせいも有り、また誤字脱字、間違いがあったとき自由に消せるっていうのはなかなか捨てがたいんですよね。。


RE:絶対的
投稿日 1月24日(日)20時56分 投稿者 Kashmir 削除

人が絶対的、人を絶対視する、といった言葉ですが、NONSECTさんのHPでは
以下の二点が平行して論じられていたと思います。

1、その人を超人的な絶対者と捉える。
2、その人に絶対服従する。

人が絶対的かという議論で(1)の捉え方であった場合、私は賛同できませんし
危険な思想であると思います。仮に神や仏や絶対者の化身であったとしても人間に生まれた
その時点で、人間として自然の法にしたがって生きるしかないのですから。

 問題は(2)のほうですね。絶対服従といえばあまり良くない印象のほうが多いですが
圧倒的な傾倒、とでも言えば何となくよさそうに聞こえます。
 長島現巨人軍監督に憧れて野球選手になった人の中には全く監督の言う事に逆らえない
人もそれなりにいるのではないでしょうか。野球の事に関してのみならず、SILENCEさんの
おっしゃるように「カラスは白い」と言われれば黒いとは言えないかもしれません。

 御一代記聞書の他にも歎異鈔の二章にも「たとひ法然上人にすかされまひらせて、
念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずさふらふ」と法然上人に対する宗祖の
傾倒が書かれてありますが、そういう傾倒については言葉で言えば絶対視とか(人が)絶対的と
なるのかも知れませんが、(1)とは全く違うという事で問題ないのではないでしょうか。

肝心なのは、その人が傾倒に値するかと言う事、それが組織や他人からの強要ではないのか
という事ではないでしょうか。
 また真宗で言えば、あくまでも弥陀の本願を説く人として傾倒すべきという事も加わるでしょう。


カラスは白いか?
投稿日 1月24日(日)20時55分 投稿者 葦 削除

『カラスが白い』と言えば『はい、そうです』と言うのは、かつての某組織の親子関係(時には「分」が付く事も有る)で『絶対服従』を表明する例えとして昔から言われている事のようです。
しかし『面従腹背』で後ろで舌を出すくらいなら、『いいえ、カラスは黒いです』(当然の事です)という事(過ちを正す事)の方が、若しかしたら勇気が要るのかも知れませんが、大切なのでは無いでしょうか。
但し、この話は言うところの『善智識』とは、全く関係の無い、(失礼ながら)些か低次元の論議以外の何者でも無いでしょう。


タグ
投稿日 1月24日(日)20時53分 投稿者 Kashmir 削除

確かにへんですね、テーブルタグが使えなかったので書きなぐりの文章になってしまいました。前はうまく行ったのになあ。。


RE:後生の一大事
投稿日 1月24日(日)20時50分 投稿者 Kashmir 削除

「後生の一大事」についての大儀な書きこみ(リンク)ありがとうございます。
以前から気になっていたところだけに有り難く読ませていただきました。
ここで「後生の一大事をとげ」という表現が使われています。「遂げ」ということについて御文章を見てみますと、〜乃至〜「極楽往生」「報土往生」について「とげ」と言われています。そこで道宗の「後生の一大事をとげ」ということも「報土往生をとげ」という意味で使われていることがわかるでしょう。
(ハトの会後生の一大事)
との事ですが、そういわれてみると、地獄におちることを「遂げる」とは言いませんよね。一体どうしてそうなってしまうんでしょうか。
そう言えば昔、部会で会内でそれなりの格のある(社会人の大講師)の人が
「信心決定すれば極楽往生は治定です。必堕無間(必ず無間に堕ちるということで、親鸞会での造語だそうです。)の人間が極楽に往生できるのだから、『それはそれで』一大事なんですね」
と、ちらっとですが話しておりましたので、全くそういう認識が無かったとも考えにくいのですが、なのに実際はその事について聞いたのはその一度だけで、理解は以下の図式でさせられていました。
「後生の一大事」 = 「必堕無間」
*必堕無間とは「必ず無間に堕ちる」、という親鸞会用語だそうです。
何か意図があって上の図式を教えているのか短に会長がそう理解しているからなのかは私には分かりません。「信心決定の一念」がハッキリ知らされるとする立場からだとそうなるんでしょうか。


『後生の一大事』について
投稿日 1月24日(日)20時43分 投稿者 葦 削除

『後生の一大事』について、

『リンク集ー関連リンク』の中のHP『ハトの会』の管理人作成記事の『後生の一大事』についての記述が詳細且つ大変優れた記事ですので、本座談会に出席されて『後生の一大事』に関心を持たれた方は是非ともお読み下さい。

出来ればプリントしてお読みいただければ一層正しく理解できるのでは、と思います。


人は絶対か?
投稿日 1月24日(日)16時14分 投稿者 SILENCE 削除

こんにちわ。
NONSECTさんの掲示板の「善知識」に関する議論の場をこちらに移す事へKashmirさんの了解が得られましたので、こちらで述べようかと思います。
親鸞会では「善知識が『カラスは白い』と言ったらカラスは白いと思わなければならない」と言っていました。また、過去には七高僧、親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人と並べて高森先生・・と善知識を列挙する事もあったようです。
また、聖教上の根拠として「御一代聞書」の中で蓮如上人が「なぜこのようにするのですか?」と尋ねてきた人に対して「私も知らないけど祖師聖人がこのようにしていたからしているだけだ」と答えてきた話を根拠としていました。
また、法話の午前終了時と午後終了時には「恩徳讃」を歌って、「師主知識=高森先生」と認識させているようにも思えます。

http://hyper4.amuser-net.ne.jp/~auto/b6/usr/motos/brd1/bbs.cgi


後生の一大事
投稿日 1月24日(日)16時13分 投稿者 decult 削除

後生の一大事について書き込もうとしましたが、タグを使うと思ったようにうまく表示されませんでしたので、ハトの会の後生の一大事の項に書きました。

http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Kaigan/1062/


またまたお知らせ
投稿日 1月24日(日)14時13分 投稿者 Kashmir 削除

最近はお知らせばかりの書きこみになってしまってますが、
またまたお知らせです。
リモートホストの表示を解除してもらいました。
これでだいたい環境は整い人段落というところです。
今後もなにとぞよろしくお願いします。

http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/1499


お知らせ
投稿日 1月23日(土)23時53分 投稿者 Kashmir 削除
テーブルタグ使用可能になりました。

罪悪深重について
投稿日 1月23日(土)19時36分 投稿者 葦 削除

(過去ログ1)を覗いて見ましたら、1月3日のサイレンスサンの書き込みに「本願寺でも罪悪深重を説きますか?」とのお尋ねでしたが、本願寺に限らず親鸞聖人を宗祖と頂く教えにおいては、人間の罪悪性、しかも残念ながら自己での解決の可能性を超えて深い罪悪を自己自身の中から派生している存在としての自己の発見と、その救済こそが浄土真宗で有ると説かれますから、当然、本願寺でも罪悪深重は厳しく説かれ、受け止められています。


Kashmir
投稿日 1月23日(土)13時53分 投稿者 Kashmir 削除

decultさん>TABLEタグが使えるようになったら、お知らせ願います。
了解しました。

それと、リモートホストの解除も申し出ておきます。


TABLEタグ
投稿日 1月23日(土)07時51分 投稿者 decult 削除

TABLEタグが使えるようになったら、お知らせ願います。


同じ悩み。
投稿日 1月22日(金)23時26分 投稿者 NONSECT 削除

こんばんは。Kashmirさん。家内と子供が実家に帰っているので、今日は珍しくワークベースで泊まりです。ですからこの時間でもパソコンとCANDY(Cat)と一緒です。
ところで、私の掲示板と同じようでして、私んところも最初“最大記録件数”が100だったのを300にしてもらいました。“新着順→”のところも10だったのを25にしました。さて、リモートホストですが、解除した方が良いと思います。私達のサイトに来られる、特に新規の方は、慎重にされていると思われますので、プロバイダーだけでも公表したくない方がおいでだと思います。私んところは指摘されて解除しました。

http://village.infoweb.ne.jp/~nonsect/


追加連絡
投稿日 1月22日(金)22時21分 投稿者 Kashmir 削除

文字数の制限は取っ払ってもらいました。
タグはtableタグの使用を可能にする様にお願いしておいたので
すぐ使えるようになると思います。
ちなみに使えないタグは画像を張りつけるタグ(IMG SRC)や音楽を流すタグ(EMBED)やあとフレーム,メタ、スクリプト、などです。普通の書き込みには
差し障りないと思います。

それと、ようやくYAHOOの浄土真宗カテゴリーに登録されました。


ども、管理人です。
投稿日 1月22日(金)17時21分 投稿者 Kashmir 削除

登録時にタグの使用On,Offという項目があったのでOnにしておいたのですが
制限があるとは知りませんでした。<table>が使えないのは辛いですね。
何とかならないものかサーバのほうに問い合わせてみます。
(現在でもある程度のタグは使える様ですね。)

 あと、文字数(サイズ)にも制限があるようで今のところ長い書きこみは
できません。そちらのほうは制限の解除を申し出てあるのでじき何とかなると
思いますが。
 肝心の過去ログのことですが、これはこちらでまとめてファイルを作って
残していくつもりでいます。うっかり100を超えると言う事のない様に6、70
くらいでまとめていこうかと思ってます。

それと、メールアドレスを書かなかった場合、リモートホスト(プロバイダ名)が表示されるのですが、解除したほうがいいでしょうか?


過去ログはどうなるの?
投稿日 1月22日(金)05時45分 投稿者 decult 削除

HTMLタグの使用に制限があるようです。<TABLE>好きの私(ハトの会管理人)
としては辛いところです。

最大記録件数(現在100)を越えた場合、古い記事から消えることになると思いますが、
ここに記した記事は過去ログとして見ることができるようになるのでしょうか? 是非とも
残していただきたいと思います。

http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Kaigan/1062/


掲示板の移行
投稿日 1月18日(月)14時29分 投稿者 Kashmir 削除

以前のジオの掲示板よりはこちらのほうが使い勝手がよさそうだったので
こちらをレンタルしました。以前の書きこみは過去ログとして残しますが
これからはこちらでお願いします。

http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/1499


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