親鸞会では親鸞会が教える七大経の中の『涅槃経』を要約して「破邪顕正が説かれている経」と説明しています。
これは親鸞会の発行物に度々出てきます。会長の主著である『白道燃ゆ』にも
| 釈尊が『涅槃経』に「破邪顕正しない者は、仏弟子に非ず、仏の怨なり」と教戒なされている |
と記しています。この「破邪顕正」という用語が使われる頻度は親鸞会の中ではかなり上位に食い込むのではないでしょうか。「破邪顕正」とは親鸞会では「親鸞会への勧誘活動」を意味します。果たして「破邪顕正」という言葉が『涅槃経』にあるのかどうか。まあ、それはそれでいいとしても、会の名前に親鸞聖人の名前を使っているくらいですから、やはり涅槃経で取り上げるべきは、「仏性」「一切衆生悉有仏性」「一闡提をも含む難化の機の成仏」ということではないでしょうか。もちろん、王舎城の悲劇、信不具足、聞不具足などもありますが。教行信証の中で涅槃経を引用しておられるところを読んでみればわかることでしょう。
浄土和讃には、涅槃経の意によって、仏性については以下のように述べておられます。
| 92 |
平等心をうるときを 一子地となづけたり 一子地は仏性なり 安養にいたりてさとるべし |
| 93 |
如来すなはち涅槃なり 涅槃を仏性となづけたり 凡地にしてはさとられず 安養にいたりて証すべし |
| 94 |
信心よろこぶそのひとを 如来とひとしとときたまふ 大信心は仏性なり 仏性すなはち如来なり |
そして、「五逆誹謗正法」の機も一闡提の機も、すべてわがひとり子とおもって救わずにはおかないという弥陀の大慈大悲の心をあらわされて
| 教行信証 |
ここをもって、いま大聖(釈尊)の真説によるに、難化の三機、難治の三病は、大悲の弘誓を憑み、利他の信海に帰すれば、これを矜哀して治す、これを憐憫して療したまふ。 |
ということを明らかにされたのでしょう。親鸞聖人が涅槃経を引用された意は以上のような点にあったのではないでしょうか。ことさら『涅槃経』の要約を「破邪顕正(親鸞会への勧誘活動)」とすることは親鸞聖人の教えに順じたものとは言えないような気がします。いかがなものでしょうか。