座談会(過去ログ4)
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どちらかのHPのリンクに加えられれば・・・
投稿日 3月8日(月)18時09分 投稿者 葦 削除

HP「十派一絡」がHP「まんまんしゃんアン」のリンク集に続いてHP「やっとかめ通信」のリンク集にも加えられたとの事、大変素晴らしい事と思います。
浄土真宗関係の方々にとっては、同じ浄土真宗で有りながら「S会」については、決して関心が無い訳では無いと思うのですが、何らかの情報・知識を得たいと思っても、では何処で情報が得られるのかと言うと、関係図書は町の本屋さんでは取り扱っていないし、ではどちらかで何かお聞きしようと思っても、従来の十派の寺院の様に「気楽に」尋ねていくには(こっちの拘りなのでしょうが)ちょっと行きにくいし、結局「気にはなるものの、どうにもならない」と言うのが従来の状況だったと思います。
それが、こうして真宗系のHPのリンクに加えられる事によって、例えばこちら(十派一絡)のHPを開いて頂ければ、後はリンクから「関連HP」を開いて頂ける事によって、従来余り知らなかったS会についての情報(知識)が得られる事は素晴らしい事と思います。
この二つのHPがリンクに加えて下さった事がご縁となって、より多くの真宗系HPのリンクにS会関連のHPが紹介されます事を念願致します。


ご連絡
投稿日 3月7日(日)23時14分 投稿者 管理人://ms.Kashmir.js 削除

やっとかめ通信にこのHPのリンクが張られました。
多分リンクされるのは浄願寺さんに続いて二件目です。
有りがたい事です。

http://www2.big.or.jp/~yba/links/index.html


ご無沙汰してます
投稿日 3月4日(木)14時00分 投稿者 Kashmir 削除

 ようこそ、小笠原様。ご挨拶大変遅れましたが管理人のKashmirです。
最近は書きこみも減少し、当の管理人もROMっぽくなっておりました。
関連HP全体的に書きこみ減少傾向にあるようですが現在は小康状態といったところでしょうか。

「一連のHPで話題になっている新入生勧誘」マニュアルの概略は毎年同様ですがその末節の表現や話題は流動的です。特に今年は幾つかのHP群がその手の情報を公に公開している事もあり現段階ではナカナカ正確には把握しきれません。ですから本年の新勧適時な情報を流すにはまだ少々時期尚早かもしれません。当分は他の関連HPで大まかな情報や古色蒼然、としてない程度の情報を提供できればと思います。


最近はこちらも書き込みが少なくて・・・・・
投稿日 3月3日(水)09時43分 投稿者 葦 削除

他のHPの掲示板にも書かせていただきましたが、最近は関連HPの書き込みが減少傾向に有る様ですね。
もう少しすると、一連のHPの掲示板で問題になっています『新入生』を迎える時期が到来しますが、SS(外S)として、一体どんな方法(名称)で新入生にアプローチするのか、との思いが『危惧』と『好奇心』の両面で有ります。
最近は関連HPがそれぞれ特色ガあって、言う所の『住み分け』がそれなりに行われているようですが、時々、どちらの掲示板に書き込めば『適正』なのか迷う時が有ります。
記入HPが適正で無ければご指摘下さい。


訂正とお詫び
投稿日 2月25日(木)09時02分 投稿者 葦 削除

『「二河白道」の譬え』について
【関連HP「ハトの会」の掲示板】に記入させて頂きました、と書きましたが、
【関連HP「イーグルヘッドインフォメーション」の掲示板】の誤りでした。
訂正して、お詫び申し上げます。


「二河白道の譬え」について
投稿日 2月24日(水)15時42分 投稿者 葦 削除

2月4日にサイレンスサンが書き込んでおられます「二河白道の譬え」について、関連HP「ハトの会」の掲示板に少し書かせて頂きました。
こちらにも、同様に書き込みさせていただければ良いのですが、キーボードを叩く事がそれ程早く有りませんので、御了解下さい。
関心のある方は覗いて頂ければ、と思います。


はじめまして、「やっとかめ通信」の編集者です
投稿日 2月20日(土)00時42分 投稿者 小笠原 削除

 はじめまして、「浄土真宗やっとかめ通信」で編集委員をしております小笠原と申します。
 HPの運営は「浄土真宗本願寺派東海教区仏教青年連盟広報部」という、名称は長いが歴史は浅いところがやっております。
 青年会は普段、名古屋西別院で集まりを取っておりまして、いつも気楽ーな会合を持たせて頂いております。
 先日、カシミール様が別院の報恩講におみえになられていたことを、別院職員から聞きました。
 参詣の人数が少なくて、びっくりされたでしょうね?
 本堂は大きいですから、参詣者が少ないと、余計に閑散とした感じになります。報恩講には毎年私も参詣するのですが、今年は某有名ウィルスにやられまして、断念しました。
 直接お会いできる機会がありましたら、またよろしくお願いします。


 ところで、この座談会の主旨に合うかどうかわかりませんが、私の見た「お寺の問題」を書いてみます。
 私の生まれ育った寺は、戦前は町内の「説教所」として運営されていたそうで、そのためもあり、建物は立派ではありませんでした(現在は建てかえました)が、町内の熱心な門徒さん方が大勢みえていました。かつてはそうした地元の人々の熱心な支えで浄土真宗全体も成り立っていたのでしょう。しかし、私自身は学生の頃、お説教に興味はなく、ひたすら絵に打ち込んでおりまして、実は大学はそちらの方に進んでしまいました。ただ、これは後々「自分を知る良い方法」である事に気付きまして、今もその道を選んだ事を後悔していません。(今は寺の仕事がメインです)
 さて、既成宗教といいますか伝統的宗教の一面であります「寺に若者が集まらない」ということに関して、私自身も不信感を持っていまして、「仏教は年寄りのもの」という感覚は子供の頃から抱いていました。教えを学ぶとそうではない事は分かるのですが、それでも実際問題、若者は中々お寺に聴聞に訪れません。これはおそらく、知らず知らず寺のシステム自体が、ある年齢以上をターゲットにしてしまっているせいではないかと思います。
 ただ、お年寄りの熱心さにはいつも頭が下がります。また長年生きてこられた上で、お寺に真剣に御聴聞にみえるのですから「年寄りが多い」という事に関しては、何ら卑下する問題ではない事は確かです。ただ、「その他の年代の人たちにアピールする術を忘れ過ぎている」事も確かで、教学的学術的でなく「自分の悩みを抱えて教えを聞いてゆく」ことの喜びを何とか伝えていきたい、共に教えを聞かせて頂きたいと思っています。


 絵画が「自分を知る良い方法」であることについて、ちょっとだけ−−
 例えば、真っ白なキャンバスに「何でも自由に描いてみなさい」と言われたら、大抵の人はその自由に押しつぶされそうになります。特に画面が大きければ大きいほどプレッシャーは大きくなります。自分が本当に伝えたい事、表現したい世界を持っていなければ、単に絵の具を塗るだけの作業さえできません。丁度「何でも好きな事を喋って下さい」とマイクを向けられた状態に似ているでしょうか、その時間が長ければ長いほど、自分の生き方が問われます。

 そしてテーマが決まり、描き進めていくと、だんだん自分がその絵にがんじがらめになってゆきます。
 何を描いたっていいのに自由になれない。自分の好きに描いたはずの絵に縛られる。−−これは芸術表現者は誰でも感じる矛盾、そして常に克服し解放を求められるテーマです。「芸術は破壊と創造の繰り返しである」とよく言われますが、実際そうでもしなきゃ前に進みません。
 そのうち、「俺は一体何を描きたいんだ?」 と迷い、「他人に見せる為に描いてるのか?」「自分の一人よがりじゃないか?」等々、真剣にやればやる程、というか真剣にやってるつもりであればある程、うまくいきません。
 ところがある時ポンと、「こう描こう」「はい描きました」と、できてしまうことがあります。何か「そう描くようになっていた」ように描けてしまうんです。こういうのは大概良い出来です。
 ところが、「じゃあもう一度同じように描こう」としても、絶対にそれ以上の作品はできません。その都度、また新しい「今のひらめき」に身を任せてこそ、また前と同様の創造的な作品ができるのです。
 同じように、「自分が見えた」と思い込んだ瞬間、自分が腐る。「教えが分かった」と、思い込んだ瞬間、教えにがんじがらめになる。という事を私は経験しました。

 み教えを聴聞する時は、常にその時その時の「生な自分」で聞かせて頂こうと思っています。


お久しぶりです
投稿日 2月18日(木)23時20分 投稿者 葦 削除

サイレンス様
2月7日のご意見について
「信楽開発の時剋の極促」と言うことについて。
これはやはり衆生の認識を超えた、仏のはからいの世界に属する事と受け止めています。
窓から光が差し込んだ時に、光の差し込む様子を認識できる人がいるでしょうか。
例え、「私は出来ます。」と言う人がいたとしても、それは「光が届いた後」の追認でしか有り得ないでしょう。
目をそばだてて見ていてもやはり「追認」でしょうし、時には「とっくに」光が射しているのに、ずーっと後で「あっ、光が射していた。」と気付く事も有るでしょうが、これもやはり「追認」でしょう。
何れにしても、「意識していても、していなくても」光の差す瞬間を認識出来る者はいないのでしょう。
そして、光の認識は全て「追認」なのですが、大切な事は『今』光の中に有る私が問題なので有って、「光の差した瞬間の認識」は問題では無いのではないでしょうか。
そして、その光の中に有る私の上に「大いなる喜び」が認識されていくのではないでしょうか。

カシミール様
2月17日の書き込みを拝見させて頂きました。
ようこそ、浄土真宗の報恩講にお参り下さいました。
「御法礼」というのは、本願寺では御法事等において「御布施」の意味で使われる事が多いようです。
では、御法座では、どういうのですか、と言えば、一般には「お賽銭」(自由に賽銭箱に入れる場合)又は「御懇志」(帳場又は受け付けに差し出す場合)と呼んでいるようですが、一般に金額には余り拘っていないようで、それよりも、お参り頂ける事そのものを感謝しておられると思います。
寺の側では「御法座」は大体「赤字」な様ですが、熱心なお寺は、それが寺の勤めと思っておられるようですので、お礼の事は余り気にされずに、ご縁があればお気軽に足を運ばれれば良いと思います。


報恩講
投稿日 2月17日(水)18時30分 投稿者 Kashmir 削除

 数日前本願寺派、西別院報恩講で通夜布教がありました。
それで、それをご縁に初めてお寺に聴聞に参らせてもらいました。
参ってみると、参拝者は二十数人と淋しく大半がかなりお年を召された方で、
何より夜通し真剣に御聴聞されてるお年寄りの方達には驚かされました。

 大学の都合もあり7時過ぎの御伝鈔拝読から翌日のお勤めと朝食まで
別院にお世話になっていたのですが、初めての通夜布教は、こういっちゃ
何ですが慣れない私にはちょっときついところもありました。。
御聴聞は夜9時から5時半までで、学生の割に早寝の私は不覚ながら
まぶたが重くなる事しきりでした。正座のほうは痛いながらも座布団の
お陰で何とか乗り越えましたけども。
 それはさておき、多くの布教師の先生がいらして御法話をしてくださり
ました。はっとさせられたお話もあれば少々難しくて良く飲みこめなかった
お話もありましたが、それぞれのお話に個性があって新鮮でした。

 御法礼と言うか御報謝のほうはどうなってるんだおると思って尋ねてみると
特にそう言うのは無い、懇意であればお預かり致しますけども、ということで
「元・親鸞会学徒」の私としてはちょっとあっけに取られてましたが、確かに
皆さん朝食を召し上がられた後、すっと御退出されてるようでした。
まあ御門徒さんは日頃のお付き合いの折りに財施などされてるのでしょうが、
親鸞会とはかなり雰囲気が違うなあと感じた一件でした。

 それと、「御法礼」という言葉は本願寺派では使われないのでしょうか、
どうも通じていないような気がしました。


だとしたら・・
投稿日 2月7日(日)22時49分 投稿者 SILENCE 削除

こんにちわ。
前に葦さんが言われていた事ですが・・・

【事実】(飛行機に乗る・手術を受ける)と【気付き】(受容)とは大きく時間的にずれている。と言えると思います。
母の場合等は、ついに【時間的感覚】は無いままに【手術を受けた事実の認識】のみが存在するのですが、では【手術を受けた時間的感覚】が無ければ【手術を受けた事にはならない。】のでしょうか。
問題は「手術を受けた事実の実感」ではなく「手術を受けた事実、とその認識(受容)」では無いでしょうか。


ですが、そういうの(事実と喜び)は一念同時というのが親鸞会の教えです。

「夫れ真実の信楽を按ずるに信楽に一念あり。一念とはこれ信楽開発の時尅の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり」(教行信証信巻)

このように「信楽開発の時尅の極促」(信心決定)と「広大難思の慶心」(大いなる喜び)とはセットに説かれていますがいかがなものでしょうか?


「蓮如挽歌」
投稿日 2月6日(土)04時07分 投稿者 decult 削除

>それと、その「蓮如挽歌」ってどこで聞けるんでしょう?
>販売されてるんでしょうか?)

私は直接岐阜県のお東の末寺で購入しました。そこの住職さんオリジナルのCDです。確か吉崎御坊のみやげもの屋さんでも販売していました。
お東のかたですから、お東の本山でも扱っているのかも知れません。


群賊悪獣
投稿日 2月5日(金)23時02分 投稿者 脱会者の管理人Kashmir 削除

 確かに私も親鸞会在籍時代、会での活動を妨げようとする親は
群賊悪獣であると言われてました。
しかし、父母恩重経「親の大恩十種」でその大恩を説いてましたから
「親はサタンだ」とまで悪者扱いにはしてないんじゃないでしょうか。
「聴聞に行くなとか親鸞会を辞めろという親は白道を進むのを妨げる者
だからこの譬えで言えば群賊悪獣だ。しかしそれはあくまで君たちの
事を案じての事であり、決して悪意からではない。」
というふうに言われました。

 そういえば私に虚偽の事実を伝え勧誘した先輩も悪意がらでなく
胸中は私の事を案じて「善意」からの言動だったんですもんね。
方便論は「座談会」の論旨からは外れますので詳しくは書きませんが。


二河白道の譬

投稿日 2月4日(木)19時38分 投稿者 SILENCE 削除

善導大師の「二河白道の譬え」というのがありますよね。
あの譬えの中で私が会員時代に聞いたのは「火=瞋恚(怒り)、水=貪欲、白道=我々の求道心、群賊、悪獣、悪知識=求道に反対する人、尊い人=善知識」っていう内容でした。
その「群賊、悪獣、悪知識」を会員以外の友達だとか、反対している親だとかいう風に説いていたんです。
人の親をそのように言うなんて「親はサタンだ」って言うのと変わらないと思いませんか?
前に、先輩に「親が反対して聴聞に行けない」って言ったところ、「群賊、悪獣、悪知識が『行ってらっしゃい』とは言わないんだよ」と言われました・・。

http://hyper4.amuser-net.ne.jp/~auto/b6/usr/motos/brd1/bbs.cgi


蓮如上人関連
投稿日 2月4日(木)00時43分 投稿者 Kashmir 削除

「真宗教団の思想と行動」(池田行信)は以前買い求めてちょこっと読みました。
どうも論文集らしく素人の私には難しすぎて全く理解できないところも
多く途中で挫折してしまいました。(T-T)

それと、その「蓮如挽歌」ってどこで聞けるんでしょう?
販売されてるんでしょうか?)


蓮如挽歌
投稿日 2月3日(水)03時08分 投稿者 decult 削除

戸次公正さんといえば「しんらんのブルース」や「蓮如挽歌(れんにょエレジー)」という歌の作詞者として存じ上げております。『続蓮如の誤解』はまだ読んだことはありませんが、「蓮如挽歌」を聞くとその時代を生き抜かれた蓮如上人の苦悩が少しは感じられます。目で本を読むのもいいですが、耳で聞くというのもいいですよ。なかなか味があります。


蓮如さんについて
投稿日 2月2日(火)07時15分 投稿者 三吉 削除

難しいご質問です。あくまで私個人の受け止めに過ぎませんが・・・。
大谷派では、門主さんと改革派との不幸な争いがありまして、その同朋会運動は
蓮如さんを一時棚上げにして、親鸞聖人へと戻る運動だったと思います。
「私は蓮如の批判的学びの必要性を痛感いたします。批判とは決して否定でも誹謗中傷でもなく、その人蓮如の行実と思想・信心をより正確に理解し、本質にせまり、虚像と実像を歴史的事実の検証をふまえて明らかにしていく営みをすることです」(「続蓮如の誤解」戸次公正の論より)というのが、大谷派にあっては誠実な姿勢ではと思います。ただ主流派は蓮如さん讃仰に無批判的に戻りつつあると思います。ちょうど81年の宗憲改正で主たる聖教のうち、・浄土三部経・7高祖もの・親鸞聖人ものを残し、以下列祖の論をはずしたと思います。これの根拠は想像ですが、曽我量深師などが、「宗義と宗学をわけるべきだ。今までは列祖も宗義であったが、宗義を親鸞聖人までとすべきだ」にあったと思います。つまり、聖人までは、教えであるが、以下は時代に合わせた解釈なのだと・・。このことの確かめをせず、無批判的に讃仰に戻りつつある現在の姿勢は、蓮如さんを棚上げにしたのは教義の、信心の問題ではなく政治の、大谷家との闘いを有効的に勧めるための手段だけであったのかと・・・僕は疑問を持ちます。
お西については詳しいことは存じ上げませんが、池田行信「真宗教団の思想と行動」法蔵館などを読みますと、伝統教学と基幹運動の教学との対立が現象としてあるように思います。そしてその背景に信楽俊麿氏やその門下の「真俗二諦論の根拠に蓮如さんの教説を見出しての蓮如批判がある」様な印象を受けます。僕の誤解かもしれませんが・・・(^^;
大谷派というより、蓮如さんをどう受け止めるかという課題は本願寺派での中でも問題になっていると思います。ただ、大谷派では無視はするが批判はしてこなかったと思います。その意味で「蓮如の誤解」はほぼお西の若手の方々のものだと思いますが、画期的だったのだと思います。ですが、多くの論が単なる蓮如批判に終始していることには不満足です。戸次氏の見解が僕の感覚に一番近いと思います。


「蓮如上人」の受止めについて
投稿日 1月31日(日)16時02分 投稿者 葦 削除

以前に、デカルトさんのHPが「異議申立て」に依って停止される直前に、三吉さんから『「蓮如への誤解」(永田文昌堂刊)に書かれている「蓮如上人の受止め」も有りますよ。』との書き込みが有った際に、『私は「蓮如への誤解の誤解](探求社刊)の立場を取っています。』とご返事した事が有ります。

お東(大谷派)での現状においての蓮如上人の受止めについては存じませんが、本願寺においても、『蓮如上人の受止めは【こう】で有る。』と言うような『断定的』な受止めではではなく、異なる立場で蓮如上人を受け止める立場もあります。

私個人的には、この様な立場《「蓮如への誤解」を書いたグループの受け止め》は誤っていると受け止めていますが、宗派としてそれに【異存】が無い以上、それも本願寺での『蓮如上人の受止め』の一つ、と言えるのでは無いでしょうか。


「十劫安心」について
投稿日 1月31日(日)15時22分 投稿者 葦 削除

先に「信心決定」「信心開発」について少し書かせて頂きましたが「十劫安心」について少し書かせて頂きます。

本願寺でも「十劫安心」については「異安心」として厳しく戒めておられます。
これは親鸞聖人・蓮如上人のお流れを頂く教えにおいては『共通』の受止めで有ると理解しています。
それゆえ、『本願寺の教えが十劫安心で有る。』等と言うことは断じて有りません。
また、その様な受止めは厳しく戒められています。

では「十劫安心」とはどのような受止めなのか。
それは「御文章」(一帖十二通・二帖十一通・三帖八通等)を頂くと詳細に御書き下さっています。
本願寺では、全く蓮如上人が御文章にお書き下さっている通りに受け止めています。
それゆえ、その【本願寺の受止めが誤っている】とされるのならば、その様な評価(本願寺の教学は十劫安心で有る)こそが【蓮如上人の本意に違う】と言わざるを得ないでしょう。
S会の解釈が云々と言うのではなく、『本願寺の御法義は断じて蓮如上人が御文章の中に述べられる【十劫安心】ではない。』と言うことを申し上げたいのみです。


本願寺派と大谷派
投稿日 1月31日(日)15時08分 投稿者 Kashmir 削除

 葦さんのご意見を伺っておりますと善知識や信心決定に関する事など御文章の中から話してくださる事が多いのですが、以前decultさんのHPで三吉さんの書きこみを読ませていただいた感想では大谷派ではあまり(本願寺派ほど)蓮如上人に重きを置いていない、というか少々否定的なニュアンスもあったように思います(私の誤解ならばすみません)。三吉さん、実際のところどうなのでしょうか?。だとしたら信心決定の受け止めも大分違ってくるのでしょうか。


今は昔・・・(御信心について)
投稿日 1月31日(日)14時46分 投稿者 葦 削除

今は昔、今となってはもう大きくなっている息子を連れて四国の松山に飛行機で行った事が有ります。
息子が「飛行機に乗りたい、乗りたい。」と言うもので、連れて行く事にしました。
今のように飛行場から「アーム」が伸びて、その中を通って行くのではなく、飛行機の下まで歩いていってタラップ(階段)を上って機内に入りました。
乗る時には「今から飛行機に乗るのよ。」と言ったら大はしゃぎをしていました。
瀬戸内海の上空に差し掛かった時、眼下の景色が余りに奇麗ので息子に「窓から下を見てごらん。」と言って下を見せたら急に泣き出した、と言う出来事がありました。

息子にとって【飛行機に乗った】のは【タラップを昇って機内に入った時】ですが実際に自分が飛行機に乗って空を飛んでいると実感したのは【窓から下を見て、眼下の景色を見た時】でしょう。
「飛行機に乗るんだよ。」と言って飛行機に乗っても、現実には飛行機の窓から下を見て自分が高い高い空の上に有ると言う事実に気付いた時、現実認識としての「飛行機に乗っている事実」に気付いたのでは無いでしょうか。
しかし、現実に飛行機に搭乗したのはそれを溯る数十分前で有ったのです。
そのことを考えてみると、「飛行機に乗っている事実」と「飛行機に乗った実感」とどちらをさして飛行機に乗った、と言えるのでしょうか。

もう十数年前になりますが、母が「胆石」で手術をする事になった時、麻酔が少し効きすぎて、手術が終わった後で手術室から車(あれ、何て言うんですかね?)に乗せられて出てきた時に、付き添っていた姉(母の長女)に「これから手術するの?」と尋ねたそうです。
姉は「何を言うてるの、手術はもう終わったのよ。」と言ったそうです。
そう言う事で、母はついに【手術の実感】と言うものが全く有りません。
でも、お腹には【手術跡】が有りますし、何より証拠には、お医者さんから頂いたプラスティックの円筒形のケースに入った【結石】が有る事です。
母の場合は、手術を受けた「覚知」は有りません。
でも、手術を受けた事実と、その認識(受容)ははっきりと有ります。

以前に有るご縁で、
ある同行が布教使に、阿弥陀さまの御救いは「このままの御救い、」「このままの御救い、」と御聞かせいただいているのに、どうしてことさらに「信心決定」「信心決定」と言われるのか。とお尋ねしたところ「阿弥陀さまはこのままの私(信心頂けていない常態)を御救いになることはた易い事だが、信心頂けていないものが浄土に生まれても、浄土で迷う(救われた実感が頂けていない)事になるからな。」とお答えになられた。
と言う話を聞いた事が有ります。

果たして例話としてふさわしいものであるかどうか良く分かりませんが、いずれにして、【事実】(飛行機に乗る・手術を受ける)と【気付き】(受容)とは大きく時間的にずれている。と言えると思います。
母の場合等は、ついに【時間的感覚】は無いままに【手術を受けた事実の認識】のみが存在するのですが、では【手術を受けた時間的感覚】が無ければ【手術を受けた事にはならない。】のでしょうか。
問題は「手術を受けた事実の実感」ではなく「手術を受けた事実、とその認識(受容)」では無いでしょうか。

「御救い」は「阿弥陀さまの一人働き(独用)」であって「信心決定」「信心開発」とは、そのお知らせ(気付き)で有って「私の用(ゆう)(信心決定の時間的感覚(何年何月・何時・何処で等の自己認識)の有無)」を一切差し挟まない(用で無い)事が、「浄土真宗の御信心の受止め」と頂いています。


信心決定認識の違い
投稿日 1月31日(日)10時28分 投稿者 Kashmir 削除
また、アニメ「世界の光・親鸞聖人」の第一部の見せ場は親鸞聖人が29歳の時の信心決定するシーンなのですが、その時、アニメでは親鸞聖人の目の前に御名号が出てくるんですよね。神秘体験のように思ってしまうのはあのシーンの影響もあるのではないでしょうか?[SILENCEさん]

 確かにあのシーンは神秘的な体験を思わせるには十分かもしれません。私もそう思いました。お仏壇(御名号)が描かれているのは、「地獄のそこで生きた弥陀と対面する」と言う事がいいたかったんでしょうか。木像で無く名号を使う所が親鸞会らしいところだとおもいますが。

それと、葦さんのご意見のなかに、親鸞会との大きな相違点があります。

「常態」の私が実は早や既に「弥陀のお救いのみ手の中に収められてい【た】」事のお知らせに預かる(開発)【気付き】以外の何者でも無いと頂いています。[葦さん]

 親鸞会では信心決定(開発)の一念で「弥陀のお救いのみ手の中に収められる」、もし信心決定の以前から救われているなら命をかけてまで仏法求める由がないではないか、と説かれます。ですから強いて言えば「その一念の時救われたこと、今救われたんだと言う事」を知るのであり、それまでの救いに気づくとか知るという風には言われません。
 そういう理由があるので、会員は本願寺の教えを聞くと「十劫安心」のように捉えてしまうのだと思います。「十劫安心」というのは十劫の昔に救われたことを忘れないのが信心だという異安心ということで、それとは違うもんだということは分かるのですが、実のところ私もその辺はまだあまりよく分からない所でもあるんですが・・・。


真宗教徒の信仰について
投稿日 1月31日(日)04時02分 投稿者 三吉 削除

「極楽浄土は厭離穢土欣求浄土を対蹠的に説明されているように、矛盾と不合理と苦悩に充満している現実にたえきれなくなったものでないと、全然問題にならない
境地であることは事実ですので、現実に満足している人たちには、現実がそのままに極楽でありましょう。しかし、常に動いている現実、宗教的な言葉でいいますと
無常である現実に、常に変らない満足がある道理がありません。絶えず種種の矛盾と、不合理と、苦悩にから責められ、動揺しているのが、すべて生を受けているも
のが当面する実在です。そういう状態から離れて、澄みきった落ち着きを求めて止まないものの最高の目標が極楽であり、人類の求道のながい歴史を通じて、その最
高の目標は開顕されたのであります。その開顕された差別のない世界を信ずるのが私たち真宗教徒の信仰であります」(朝野温知 「宗教に差別のない世界を求めて」
東本願寺出版部 下巻P32)


「信心決定」について
投稿日 1月30日(土)21時40分 投稿者 葦 削除

信心決定については、「妙好人」と言われる方々のお言葉から多くのことが御聞かせ頂けると思いますが、蓮如上人のお言葉では「御文章 一帖 五通」ニそのお心を詳しくお書き下さっています。
「信心決定」はまた「信心開発」とも述べられますが、この「開発」とのお言葉のの中に一層浄土真宗の御信心の有り方を明瞭にして下さっています。
特に御信心について「開発」との言葉で表されるのは浄土真宗だけである、との事を以前に聞いた事が有りますが、それは断じて「神秘体験」的な事象では無い、と受け止めています。
むしろ、「常態」の私が実は早や既に「弥陀のお救いのみ手の中に収められてい【た】」事のお知らせに預かる(開発)【気付き】以外の何者でも無いと頂いています。
私も当初は、例えばキリスト教の奇跡的な神秘体験を期待した時期も有りましたが、それた「単なる思い込み」に過ぎない事が次第に頂ける様になってまいりました。
「頂いたと思うは頂かざるざるなり。」との通りですね。
「頂いた」との思いは「私が弥陀(信心)を把握している姿」であるとの思い込みで有って、実は「私が弥陀を把握する」(はからい・執着)のでは無く、「弥陀に把握されている私」(このままの私)に心が開かれる(信心開発)事(私の仕事では無く、弥陀の仕事)以外のなにものでも無かったとの気付き(開発)こそが「信心決定」で有るとお知らせ頂く事では無いでしょうか。


私の信心決定の認識
投稿日 1月30日(土)17時31分 投稿者 SILENCE 削除

私はかつて「信心決定」というものをあたかも神秘体験の如く思っていました。
「後生暗い心に光が射す」だとか「大きな喜びである」とか言われたので自分でそう思ってしまったのです。
また、アニメ「世界の光・親鸞聖人」の第一部の見せ場は親鸞聖人が29歳の時の信心決定するシーンなのですが、その時、アニメでは親鸞聖人の目の前に御名号が出てくるんですよね。
神秘体験のように思ってしまうのはあのシーンの影響もあるのではないでしょうか?
余談ですけど、高森会長は信心決定のシーンを描くのに苦労したそうです。天理教の教祖中山みきが「神の啓示を受けた」というシーンみたいにならないように苦労したとか・・。(この辺うろ覚えです。)
でも、その甲斐あって信心決定のシーンは会長自ら満足のいく出来になったそうです。

http://hyper4.amuser-net.ne.jp/~auto/b6/usr/motos/brd1/bbs.cgi


ありがとうございます
投稿日 1月30日(土)10時53分 投稿者 Kashmir 削除

リンクに加えていただきありがとうございます。これからもより一層充実したページを目指しましょう。
 といったところで、decultさんからご指摘頂いたんですが、真宗十派概要にさっそくミスがありまして、もう修正しましたが、大谷派の項目で「紆余曲折を経て1988年2月29日大谷光紹新門が浄土真宗東本願寺派を結成し本願寺派から独立する事になる。」の本願寺派は大谷派の誤りです。あと、リンクの浄願寺の寺が時になっていました。どうもすみませんでした。


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