いろいろ
戦う集団であるべきだが・・・
立派な指揮官、副指揮官がそろっている
人を育てる、というが
災害の対応
はじめに
何かあったときのために存在する自衛隊。その何かとは、まず、武力侵攻。
それこそ、死ぬ覚悟で臨まねばならないことである。本来の「仕事」をする際に、死を前提とした組織は、特殊なものと思う。
不思議に思うのは、夫婦とも自衛官である人々がいること。子供がいた場合、どうするというのだろう。誰が残された子供の面倒を見る?
いろいろと議論は出ることだろうが、率直な感想としては「彼・彼女たちは本来の仕事に出ることはないと思ってる」と、感じている。
確かに結婚退職をしなければならない法はないが、子供の立場からいうとおかしいと思う。夫婦どちらかが退職をして、自衛官以外の職に就くべきではないだろうか。
「人を育てる」事にも関連するが、教育期間中にある隊員(新隊員)を演習につれていく指揮官がいた。半人前を連れていって、どうするんだろう。連れていけば得るものもある、という人もいるが、何も教育期間中に得る必要はないこと。部隊に配置になれば十分経験できることなのだ。
演習へ行くよりも前に、基本の事を修得せねばならない。演習へ5日間行くと、前後2日ずつが準備・整備につぶれる。約1週半がつぶれるが、教育の期間は約10週しかないから1割が減るわけ。いろいろと覚える基本的なことが多いのに、その1割は惜しい。連れていく指揮官は、「教育」を甘く見ているとしか思えない。
繰り返すが、演習へ行くことで覚えるのは「応用」動作。基本なくして応用などあるはずがない。演習へ行く前に基本を習得させろ、と、事情を知らぬものは主張するだろうが、演習へ行くために訓練をしているわけではないのだ。
それを止めない指揮官(先の指揮官の上司にあたる)も、ちょっと疑問。この点は微妙なところもあるので、これ以上は話を進めない。
教育隊を参加させようとしたのは、副指揮官も同様だった。「教育」の大変さを理解してないと思える。
ちなみに彼は、昔からの知り合いである陸曹の転属を、一存で変更させた。困ったのは所属中隊長と人事班長。また調整のし直し。で、その陸曹はその時はそれで済んだが、その後転属させられ、その時の条件以上のものではなかった。というのは、意図的に条件を落としたのではなく、副指揮官がつぶした転属のときの方が好条件だっただけのこと。指揮官にあるまじき行為で、結局は本人の幸せをつぶした。
残念ながら、存在について議論されている間に、中身がおろそかにされた結果、「立派な指揮官・副指揮官」がそろっている現実は、大変に恐ろしい。
私も一納税者・一国民として大変に心配している。何度も断るが、私自身は自衛隊が好きで、事ある時には是非役に立って欲しいと思っている(ここは、表題のように、皮肉ではなくそのまま)。
人を育成する、というキャッチフレーズが一時はやったが、全自衛官に当てはまるわけではない。
自分の経歴を紹介して「自衛官生活の3分の1は教育機関にいる」という幹部がいたが、それは幹部だけ。陸士の場合は、入隊してから受ける半年程度の教育と、運転免許取得や一部技能の修得のために4カ月くらいの期間があるから、4年在隊したとしたら4分の1くらいは教育を受けているわけだから、幹部の場合に近い。
陸曹の場合は、陸曹になったあとあわせて1年程度の教育を受けたら、ほかにはほとんどない。特殊な教育を受ける場合もあるが、陸士ほどにも教育を受ける期間はない。
のこりは、語弊があるかも知れないが「どうでもいい訓練」ばかり。
信じられないことに、軍事技術の話や、戦史の話等は仕事上で聞いたことがない。
よく知っている現職は、個人の勉強の結果。
平成8年1月17日早朝、犠牲者の方・ご家族関係者の方には気の毒な、阪神大震災(通称)が発生したのは、記憶に新しい。
その際、自衛隊の出動が遅れた等いろいろ批判があったが、実際は自衛隊は出来る範囲で頑張っていたことを、信じてもらいたいと思う。懸念の「空中消火」にしたところで、隊内では準備が進められていたことが、先日報道されたところである。ところが自治体の方で、その申し出を断った、とのこと。要は、使用する者の問題といえる。
「空中消火」は、地域の生存者の命を奪う可能性があるからという判断だったようだが、それは、あの緊急事態を充分把握してなかったことと言えよう。つまり、より多くの人を助けるのなら、少人数の人には犠牲になってもらうしかない。犠牲になる方には、大変申し訳ないのだが、それがぎりぎりの選択ではないだろうか。
そんな判断もできない人たちが、決定権を持っていることは、大変な不幸といえる。
これは、現在の自衛隊にも当てはまるのではないだろうか。
このページへは、時々の話題や自分の体験などからいろいろ書きたいと思います。
もちろん、個人的なものです。
だいたい、自衛隊について述べたものは、だいたい自己の経験の範囲でしか、書けないもの。人に話を聞いたところで、組織の大きさに比べたら、とても追いきれるものではない。
そういった資料を見ていると、自分の体験がすべてのような書き方がずいぶん多いようだ。
読む方に、限定された経験だ、という認識が必要だろう。
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