2001年4月2日

ハリケーンMitch復興基金事務局

高庄 卓也

「ハリケーンMitch復興基金」活動最終報告

0.はじめに

ハリケーンミッチ(Mitch)が中米諸国に甚大な被害をもたらした1998年10月から2年半が経ちました。日本およびニカラグァ国内の方々に寄付して頂いた5万3千ドル近くの義援金は、ニカラグァにおいて「ハリケーンMitch復興基金」を設立し、私たち現地の事務局が中心となって管理、運営してきました。

ニカラグァで活動する日本人と現地の住民団体や公共機関、NGOが協力して、被災者の復興支援を目的としたさまざまな案件を立案、実施する中で、そのうちの約30件にのぼる案件を、本基金を利用して実施することができました。

現地でボランティアとして本基金の活動を実施してきた日本人も、ニカラグァでの本来の業務を終了して順次帰国し、長期にわたる案件、事務局の活動は引継ぎを行いながら実施してきました。

2001年4月、本基金を利用したすべての案件の実施を完了したので、「ハリケーンMitch復興基金」の活動も本報告をもって正式に終了いたします。

日本において、ニカラグァにおいて、さまざまな形でご協力を頂いたみなさん、本当にありがとうございました。お預かりした義援金を有効に、また、適正に活用して、ニカラグァの人々が災害から復興し、自立するための支援活動を展開することができました。途中さまざまな困難にも直面しましたが、みなさんのご協力のおかげで、最後まで継続して効果的な活動を実施することができたと考えています。

ここにあらためてお礼を申し上げます。

1.活動経過概要

(1)災害発生直後

−1998年10月後半からカリブ海諸国近辺で迷走を続けたハリケーンMitchが大量降雨をもたらす

−10月30日(金)から11月1日(日)にかけてニカラグァとホンデュラス国境近辺に停滞したMitchが記録的な量の降雨をもたらし、それまでの雨で緩んでいた火山灰台地に土石流を引き起こし、川を氾濫させ、街を浸水させる

−天候の復旧した翌11月2日(月)から、チナンデガ方面派遣の有志隊員が私費による食糧援助を開始する

−私費による援助活動には資金面での限界があり、基金設立を呼びかける

−日本側での体制作り、募金活動が始まる

(2)災害発生後2週間から2ヶ月

−予想を上回る募金が集まり、適正な利用、報告のための体制作りが急務となる

−在ニカラグァ日本人会役員会の承認を経て、「ハリケーンMitch復興基金」を設立し、その事務局を設置する

−事務局の活動、および、援助決定のためのルールとガイドラインを設定する

−週1回、援助案件検討のための会議を定期的に実施する

−主に食糧援助を中心として、緊急性を要する案件を重点的に実施する

(3)1999年

−週1回の会議を継続し、新規案件の立案と日本への活動報告を行う

−緊急性の高い案件が減ってくる

−農業、教育、植林の活動支援といった長期的な見通しに立った「自立復興を支援するための援助」を重点案件として実施する

(4)2000年から2001年4月

−新規案件の立案は減り、長期案件の遂行が主な活動になる

−週1回実施してきた会議を、2000年4月より月1回の実施とし、継続案件の経過報告と新規案件がある場合にはその計画の検討を行う

−2000年7月、マサヤ県を震源とする地震が発生し、本基金を利用して被災者への食糧援助を実施する

−2000年10月に会計を締め、新規案件の立案、実施を打ち切る

−継続中の3案件を引き続き実施する

−2001年4月、すべての活動を終了し、最終報告を行う

2.会計報告(概要)

会計報告の概要を以下に示します。詳細内容は、別資料をご参照下さい。

すべての案件に対する支出が完了した時点での暫定的な残金は、にからお基金へ全額寄付し、ハリケーンMitch復興基金の残額をゼロとして会計を締めました。

(1)収入の部

寄付金 US$52,283.23(米ドル貨),C$5,303.50(コルドバ貨)

(2)支出の部

案件への基金適用 US$49,563.44(米ドル貨),C$5,181.28(コルドバ貨)

事務経費(小切手作成、入金確認の手数料、報告書作成、郵送) US$94.80

にからお基金への寄付金 US$2624.99(米ドル貨),C$122.22(コルドバ貨)

(2001年4月1日現在、米ドル−コルドバ間の公式レートは、US$1=C$13.25)

3.実施案件の概要

(1)食糧、医薬品援助案件(6件)

被災直後、援助物資が十分に行き渡らなかった地域への食糧、医薬品の運搬、配布

・実施場所

チナンデガ県サンフランシスコ・ノルテ市内5地区,同県チナンデガ市キンセ・デ・フーリオ地区,同県チチガルパ市ビジャ・キンセ・デ・フーリオ避難所

南部大西洋岸自治区ラクルスデリオグランデ県内、同区デスエンボカドュラ県内の26地区

・実施期間

1998年11月から1999年5月

・支援金額

US$4,586.75-

・日本人案件担当者

阿久津紫峰、岩川薫、得丸義晃、上村留美子(青年海外協力隊)

(2)緊急医療援助案件(2件)

避難所における医療活動、衛生活動に対する支援

・実施場所

チナンデガ県ポソルテガ市エル・ビルヘン仮設医療診療所,同県チナンデガ市内各避難所

・実施期間

1998年11月から1999年7月

・支援金額

US$2,716.91-

・日本人案件担当者

八巻晴生(日本中米東洋医学普及委員会)、得丸義晃(青年海外協力隊)

(3)養鶏活動の支援案件(5件)

養鶏活動を開始するのに必要なひな鳥、飼料などを貸し付ける、被災者援助活動に対する支援

・実施場所

チナンデガ県サンフランシスコ・デル・ノルテ市内2地区,同県ビジャヌエバ市内2地区,同県エル・ビエホ市ノルウィッチ・イングラテラ地区

レオン県テリカ市サン・ペドロ・ヌエボ地区,同県ケサルグァケ市内2地区

・実施期間

1999年1月から

・支援金額

US$11,099.86- (C$61.00-が返却される)

・日本人案件担当者

羽鹿秀仁、得丸義晃、上村留美子、大村奈美、高庄卓也(青年海外協力隊)

(4)住宅再建の支援案件(3件)

全壊した家屋の再建、半壊した家屋の修復、移住先での家屋の新築に対する支援

・実施場所

チナンデガ県ポソルテガ市ロランド・ロドリゲス地区,同県エル・ビエホ市ノルウィッチ・イングラテラ地区

ボアコ県ボアコ市サン・ニコラス地区

・実施期間

1999年1月から2000年6月

・支援金額

US$4,346.55- (C$586.10-が返却される)

・日本人案件担当者

佐藤峰、得丸義晃、高庄卓也(青年海外協力隊)

(5)農業活動の支援案件(7件)

種子、灌漑用ポンプの寄付、種子、肥料、耕作資金の貸し付け活動、農業技術指導に対する支援

・実施場所

レオン県テリカ市内4地区,リバス県リバス市内8地区,マナグァ県ティピタパ市サン・ベニート地区,チナンデガ県エル・ビエホ市内2地区

・実施期間

1998年12月から

・支援金額

US$11,735.38-,C$985.99-

・日本人案件担当者

吉水直哉(国際協力事業団青年海外協力隊ニカラグァ事務所)

小池牧子、小川由紀子、後藤典子、大村奈美、高庄卓也(青年海外協力隊)

(6)教育活動の支援案件(1件)

成人識字教育に対する支援

・実施場所

リバス県リバス市ロマ・デ・ラ・ブラ地区

・実施期間

1999年3月から2000年4月

・支援金額

C$1,986.47-

・日本人案件担当者

小川由紀子(青年海外協力隊)

(7)井戸掘削の支援案件(1件)

飲料水用井戸の掘削に対する支援

・実施場所

チナンデガ県ソモティージョ市ロデオグランデ地区

・実施期間

1999年3月から1999年5月

・支援金額

US$651.11-

・日本人案件担当者

成田千秋(国際協力事業団青年海外協力隊ニカラグァ事務所)

(8)道路改修の支援案件(2件)

被害を受けた道路の改修作業に対する支援

・実施場所

リバス県リバス市内4地区

・実施期間

1999年5月から2000年6月

・支援金額

US$3,524.54-,C$1,830.85−

・日本人案件担当者

小川由紀子、後藤典子(青年海外協力隊)

(9)植林活動の支援案件(1件)

植林用の苗木の生産、配布、技術指導に対する支援

・実施場所

チナンデガ県チナンデガ市内2地区、他市内の5地区,レオン県内4地区

・実施期間

2000年2月から9月

・支援金額

US$2,177.04-,C$1,051.07-

・日本人案件担当者

尾上好男(青年海外協力隊)

(10)マサヤ県地震の被災者支援案件(2件)

マサヤ県地震の被災者への緊急食糧援助、住宅再建に対する支援

・実施場所

マサヤ県マサヤ市内

・実施期間

2000年7月から2001年4月

・支援金額

US$9,000.00- (C$26.00-が返却される)

・日本人案件担当者

藤村美和、増渕孝行(青年海外協力隊)

4.援助案件を実施して(活動に関わった人たちの声)

−尾上好男(青年海外協力隊員(10年度2次隊)、職種:植林、チナンデガ市役所配属)

この基金のために色々と活動なされて来た日本の皆さんお疲れ様です、そして有り難うございます。私のプロジェクトも含め、まだ継続中の案件もありますが、皆さんの気持ちを無駄にはしないような、プロジェクトが行われて来たと思います。任期終了まであとわずかですが、頑張ります。(2000年10月17日)

−藤村美和(青年海外協力隊員(10年度3次隊)、職種:青少年活動、家族省マサヤ支所配属)

任国外研修旅行中に任地マサヤ市で起こった震災に対する食糧援助ということで、帰国して職場に戻ったその日からミッチ基金の申請のための準備となった。実際に基金の申請が適切であるかどうかの判断に困りながら、そしてまずどこに何をしに行けばいいのかも分からないままの見切発進という感じであった。基金の申請にあたり、どのような手順で、また、どのような規定や制限があるのか等ほとんど知識のない私にとってはこの畑違いの仕事を進めるについて、基金メンバーの助言を頼りながらの業務となったが、大変勉強になったと思っている。その反面、食糧援助に関わっていたニカラグァ各省の主だった人々にとっては”金持ち日本からの当然の援助金”という感覚だったように思う。私としては受け入れにくいそのような考えの人々との業務を”まあそんなもんだ”と自分自身に言い聞かせる場面もあり、正直なところ、何か煮え切らないような気持ちも残った。通常の活動に戻った日に普段から職場で一番信頼している人に”自分の利益しか考えない人たちもいて大変だったででしょうね。お疲れさま。”と声をかけてもらった時が一番嬉しかったのを覚えている。今回の取り組みは見方によってプラスともマイナスとも考えられる結果であったと思うが、それはそれでその両面について自分なりに評価する姿勢を持ちたい。(2000年11月8日)

−増渕孝行(青年海外協力隊員(11年度1次隊)、職種:野球、マサヤ市役所配属)

ミッチ基金を利用するに当たり、私自身が全く経験のない、知識の全くない分野のプロジェクトを行うということで、正直言って自分が手を出していいのかという大きな不安がありました。しかし、困っている人達の役に立ちたい、何事も勉強…と考え、ミッチ基金関係者にアドバイスをもらいながら、市役所の人達と、今年7月にマサヤ県で起きた震災復興援助を始めることを決心しました。現在、まだ着工に至っていなく、他の援助団体との兼合いもあり、問題も多いのですが、私自身にとっては学ぶことの多い経験となっています。(2000年11月21日)

5.最後に

本基金の活動は、他に本来の業務を持っている人が、その業務に携わっている以外の時間で支援活動を実施してきました。とはいうものの、援助案件をきちんと計画し、実施していくということは、とても片手間でできるようなものではなく、相当の時間と労力を必要とします。今回、本基金の発足当初からの活動に関するすべての資料に目を通し、過去の活動を再度整理する中で、日本およびニカラグァでボランティアとして支援活動を実施してきた方々の並々ならぬ努力のあったこと、また、それらによって本基金の活動が成り立っていたことをあらためて認識しました。特に、被災直後に不眠不休の活動をされた方々には本当に頭の下がる思いです。

支援活動が順調に進むことはむしろ希で、案件を計画した時点では想定していなかったさまざまな問題に遭遇し、それらの対応に多大な労力を費やさなければならないことも度々ありました。しかし、このハリケーンMitch復興基金の活動を通して、苦労の多かった分、さまざまな経験をし、いろいろなことを学びとることができました。ニカラグアの人々の役に立つことができたと同時に、私たち自身が得たものも大きかったと考えています。

ここで得た貴重な経験を、今後さらにいろいろな場面で活用していきたいと思います。

2年半の間、本基金の活動にご協力いただいたすべての方々に深く感謝致します。

− 以上 −