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如是我聞

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2004年9月18日 最後の授業
2004年9月02日 翻訳:Linksys NSLU2をハッキングする−パート2
2004年8月28日 夏は終わりつづける
2004年8月14日 翻訳:Linksys NSLU2をハッキングする−パート1
2004年7月05日 嘔吐2004
2004年7月04日 
2004年6月20日 傷跡
2004年6月20日 さらば青春の光
2004年6月20日 約束〜とある塾にて10
2004年5月19日 何十年後かの彼らへのメール
2004年5月12日 ファイルサーバが落ちる日
2004年5月10日 VMWare面白いですね
2004年5月03日 休みに休めず
01-May-2004 23:38:26.86 時には二日連続で技術者のように
2004年04月30日 時には技術者のように
2004年04月28日 教室長失格〜とある塾にて9
2004年04月26日 The Second Opening〜「ふたりはプリキュア」第13話
2004年04月25日 どこでもない場所に〜とある塾にて8
2004年04月21日 続ゲキドラーゴ論〜ポイズニーとは何か
2004年04月20日 おばあちゃん生身で10倍|ほのか人間への第1歩〜第12話
2004年04月19日 プリキュアンサイトを巡る
2004年04月18日 いぬでいいじゃないか いぬだもの(2)〜なぎさの身体描写
2004年04月17日 ユングの元型仮説でなぎさとほのかの家族を無理矢理説明する
2004年04月15日 ドツクゾーンとザビ家|美墨家、雪城家の家族交流図式
2004年04月14日 プリキュアスポーツ
2004年04月12日 ゲキドラーゴ論:怪物としての父親像〜少女たちとすれ違うゲキドラーゴ
2004年04月11日 なぎさ炸裂。全身で情を生きるなぎさ〜第11話感想
2004年04月09日 いぬでいいじゃないか いぬだもの〜中トロが象徴するプリキュア世界における身体へのこだわり(すみませんこれ後回し)
2004年04月08日 歴史は繰り返す。一度目は他人として。二度目は友達として。〜身体言語で読むなぎさとほのか(2)
2004年04月06日 非対称と対称〜身体言語で読むなぎさとほのかの相互認知
2004年04月05日 オレは燃えているか?(上・下)
2004年04月04日 知と情の相互理解物語〜「ふたりはプリキュア」第10話
2004年04月01日 ピーサード論:闇の陽明学徒は美学がお好き
2004年03月30日 なぎさの過去、ほのかの未来〜プリキュア批判もごもっとも。だからこそがんばってほしい(番組風味で大改稿)
2004年03月29日 なぎさとほのか〜他者との出会い
2004年03月23日 だめメポ〜とある塾にて7
2004年02月09日 Happy Christmas; Nothing related, nothing sounded
2004年02月01日 Does it work? あらため Does it really do that? 更新のお知らせ、その他
2004年01月18日 Happy Christmas; an island at the end of her world
2004年01月12日 幕間:冬の夜(書き直しました版)〜とある塾にて6
2004年01月06日 Happy Christmas Still Continued
2004年01月03日 Happy Christmas Continued
2003年12月27日 Happy Christmas
2003年11月09日 life is going on...〜とある塾にて5
2003年11月03日 帰ってくるワンルーム(ワンルームその5)
2003年10月27日 挟み撃ち〜とある塾にて4
2003年09月24日 塾の教室長による学校のためのプロパガンダ〜とある塾にて3
2003年08月15日 納涼サーバーパッチ大会
2003年08月10日 PSoneでAS/400を動かす
2003年08月05日 何でもいいからとにかく風呂に入りたい人のための東京朝5時お風呂マップ
2003年08月03日 完璧な紅茶のための
2003年07月26日 あるへなちょこシステム管理者のある一週間
2003年07月14日 高見盛に向かって投げろ
2003年07月12日 OpenVMSへの寄り道
2003年07月07日 今夜はISO:英国標準『感覚テストに用いる紅茶の準備法』
2003年07月06日 「2000年以降の巨大掲示板群の俯瞰」(仮)
2003年07月05日 クレーマーは一日にしてならず
2003年06月30日 一杯の完璧な紅茶の淹れ方(英国王立化学協会による翻訳許可済)
2003年06月22日 いつか見た魔道〜とある塾にて2
2003年06月15日 OpenVMS への道のり 第三回:Everything is Possible.
2003年04月24日 明かりを消した教室で〜とある塾にて1
2003年04月21日 どこへいこうモバイルページ(リンク集)
2003年04月14日 またもや壁紙(オタク専用)
2003年04月13日 たまには壁紙(だいたい [d|i|g|i|t|a|l]専用)
2003年03月23日 About Mr. Seymour Cray and The History of Yahoo!
2003年03月18日 OpenVMS への道のり 第二回:DECUS Japan 〜姿は見えど声は聞こえず〜
2003年03月12日 OpenVMS への道のり:プロローグ
2002年12月24日 マイケル自虐…………… か?
2002年12月16日 StreamBoxVCR でマイケルのPVを見よう(ウインドウズ環境)。
2002年12月09日 表裏マイケルファンクラブ
2002年12月02日 落ちない
2002年11月27日 マイケル・ジャクソン日本説
2002年11月25日 美女と関取
2002年11月13日 日本的純血馬名於普通話
2002年11月03日 寿司模型: 異国の人へのおみやげに困ったとき
2002年11月01日 Googleが対個人有料有人疑問即日回答サービスを始めているな
2002年10月30日 そのように救われてどうする
2002年10月28日 僕のサイトも参考になってら。
2002年10月23日 タコはイカであるが、イカはタコではない。
2002年10月15日 散歩(2)
2002年10月11日 どうよそれ? | nads hair removal gel(オージーナッズ)
2002年10月10日 どうよそれ? | Perfect Pancake(完璧パンケーキ)
2002年10月07日 朝5時に困らない方法
2002年10月05日 オアシスにて(前編)
2002年10月03日 サイコーですか?
2002年09月30日 吉野家コピペ世界普及運動
2002年09月26日 吉野家コピペ家庭教師編(家庭教師その5ぐらい)
2002年08月20日 散歩(1)
2002年07月10日 それは秘密じゃないです

掲示板に、何か書いていただくことを、希望します

掲示板(上のボタンより)にご感想でも。
メールもお気楽に たろ。 moan2000com@yahoo.co.jp
すいませんが、CSS未対応のブラウザではうまく見えません。


why crash? use linux.

ここにきていただいている皆様、ほんとうにありがとうございます。いくつかの理由があり、基本的にプリキュア関連をはてなダイアリー「ほぼプリキュアの決意 id:dokoiko」に一本化します。こちらでははてな日記での要約部分のみ表示します。

などです。非プリキュア関連の更新もネタがたまっているとはいえ、まだまだプリキュア全面投入中です。

「先生こんばんわ」ねねポンの声がした。いつものように緊張とは程遠いのんびりした声だった。
「こんばんわ」僕はパソコンに向かいキーボードをポチポチと叩きながら答えた。
「先生こんばんわ」ゆかポンの声がした。いつもとは少し違う声だった。ちょっと張りのない声だった。
「こんばんわ」僕はキーボードを叩くのをやめてふたりのほうへ振り返った。ねねポンとゆかポンは流れるように靴を靴箱に入れ、大きなトートバッグをどすんと床に置いて席についた。
「さて、今日は何をするのかな」僕は編集中の文章を保存してから教師用の机を離れ、椅子に座ったねねポンとゆかポンの真ん中まで歩いた。歩いた、と言っても狭い教室では6歩進むだけだ。
「何にもしたくない」ねねポンはにこにこしながらいう。
「あーあたしも何にもしたくない」ゆかポンは机にうつぶせていう。
「ちょっと真似しないでよね」
「じゃーあたし勉強しなきゃいけないじゃない」
「塾なんだから勉強しろよ」
「最初に何にもしたくないって言ったのはねねポンじゃん」
「あたしはいいの」
「なんでよ」
「いいったらいいの」
「だからなんでよ」
「んもー、ほっといてよ」
「逆ギレだよ」
「んぎゃー」
「壊れちゃったよ」
「ぐふふふ」ねねポンはんぎゃーと言う自分の言葉がおかしくて笑い始める。
「そんな笑い方ありかよ」ゆかポンはいつものように突込みを入れる。
「ぐふふふ」僕はいつものようにねねポンのヘンな笑い方を真似する。
「先生真似しないでよね」ねねポンは笑いながら言う。
「ぐふふふ」ゆかポンも乗り遅れまいと真似をして笑う。
「全然違うよ。ぐふふふ」ねねポンは笑い方を変えて笑う。
「ぐふふふ」
「ぐふふふ」
「ぐふふふ」
不気味な笑い声が三つ。やがてゆかポンとねねポンはこらえきれず普通に笑い出す。僕はそのふたりを眺めながら笑う。
そしてまあいいかと僕は思う。土曜日の夜はどうせほかに誰もいないのだし、今日は彼女達の最後の授業なのだから。
「先生、授業しなきゃダメじゃん」ねねポンは僕に聞く。
「そうだね。授業しなきゃダメだね」僕は答える。
「まったくこれだから」ゆかポンが突っ込む。
「まあアレだ。授業やろうか」
「えー」ねねポンは相変わらずにこにこしながら言う。
「えー、じゃない」
「にゅー」ねねポンが答える。
「にゅー、じゃない。にょー、だ」僕は突っ込む。
「先生やっぱオタクだ」ゆかポンは更に突っ込む。
「僕はオタクじゃないが、オタクだったら何か悪いか?」
「悪くないけど、やっぱオタクだよ」
「オタクオタク。オタクだにょー」
「その調子」
「みんなオタクだよ」
「分かった。みんなオタクだ。授業する」
「はーい」ねねポンはごそごそとバッグを探って筆記用具を取り出し始めた。
「はーい」ゆかポンも筆記用具を取り出し始めた。
「ほんとにするの?」僕はそう言ってホワイトボードを所定の位置に動かした。そしていつものように授業をする。何もかもがいつもと変わらない。ただひとつ違うことは、二時間後にはもう土曜日の夜は戻ってこないということだけだ。

僕は二回ある休み時間のうちに、編集中の文章の続きを打ち込んだ。彼女たちは雑談をしたりメールに返信をしたりして休み時間を過ごした。僕はなんとか最終授業の前に文章を打ち終え、プリントキューにドキュメントを突っ込んでから授業を始めた。

僕は普通に授業をした。最後まで普通に授業をするという選択肢はあったし、僕は公平な教室長として最後まで普通に授業をするべきなのかもしれない。しかしこの塾の教室長に就任したとき、なかなかペースをつかめない辛い時期をすごしてくれたのは彼女たちなのだ。
「ちょっとこの授業はここまでにしよう」
「えっ もう授業終わりなの」ゆかポンは少し驚いたように言った。
「まあアレだ、ヒアリングの授業ということでさ」僕はプリンタのトレイから紙を三枚取り出して、彼女たちに一枚ずつ配った。三枚目は僕の紙だ。
「何これ」ねねポンは紙を眺めながら言った。
「歌です」
「誰の歌」
「ブライアン・アダムス」
「有名なの?」
「めちゃめちゃ。ポップスが最後の輝きを放ったころよく聞いたよ」
「いつ頃?」
「僕がちょうど君たちぐらいの頃だよ」
「じゃあ、三十年ぐらい前だ」
「何でだよ。二十年も経ってないよ」
「でも二十年ぐらい前だけれどね」
「そうだね」
「早く聞こうよ」
「まあちょっと待ってよ。ヒアリングの授業なんだからさ、最初に歌詞を理解して聞いてよ。ところでブライアン・アダムスは最初作曲家として出てきたんだ。自分で歌うようになって何年かしてから大ヒットを立て続けに飛ばした。でも彼が最高に輝いていたとき、ポピュラーミュージックは滅びようとしていたんだ。ちょうどその頃からシーンは細分化され始めた。へヴィなロックやオルタナティブ、ラップというように特徴ごとに進化していった。いろいろな要素を平均的に持っているポピュラーミュージックは古いというレッテルを貼られて衰退していったんだ」まああれだ。当時ブライアン・アダムスがポップスかというと違うような気がするのだが、しかし現在から見た彼の位置付けとしてはあながち間違ってもいないだろう。それから僕は手短に注を入れまくったプリントを説明した。
主人公は若い頃仲間たちと過ごした最高の夏の日々を思い出している。その日々が最高だと気が付かないまま、漠然とその夏が永遠に続くかと思っていた。でもやっぱり夏は終わって、今では毎日の仕事に追われて過ごしている。彼の部屋にはあの夏の象徴のような古びたギターがあって、彼は時々ギターを鳴らしてあの夏のことを思い出す。
「結局のところ、この歌にはプロバンドを目指してがんばったと言う過去の情景を過去形で表現して、その頃感じていたことを今思い出して干渉が押し寄せてくるのを完了形で表現して、今のことを現在形で表現しているんだ。そのあたりの時間の関係が読み取れるようになったら、かなり英語が分かっているってことだね。それじゃあ、聞いてみようか」
「わーい」ねねポンとゆかポンが言った。僕はCDラジカセの再生ボタンを押した。僕にとっては懐かしい中学生の頃を思い出すメロディーが教室に流れた。

I shoulda known we’d never get far
Oh when I look back now
That summer seemed to last forever
And if I had the choice
Ya - I’d always wanna be there
Those were the best days of my life

僕たちの夏があのまま続くなんてありえないと気が付くべきだったんだ
でも思い出してみると
あの夏は永遠に続くみたいだった
もし僕に選ぶことが出来るのなら
何度でもあの夏を選ぶだろう
僕にとって最高だったあの夏の日々

僕はそれ以上の説明はしなかった。また言うべきでもなかった。彼女たちはプリントの英語を目で追いながらじっと耳を澄ましていた。僕は耳を済ませながら彼女たちの横顔を眺めていた。

I knew that it was now or never
Those were the best days of my life
Back in the summer of ’69

「と、いうわけだ」僕はブライアンの最後のリピートが終わる前に停止ボタンを押した。 「それでは、時間になったからおしまい」

彼女たちはいつものように勉強用具をトートバッグに詰め込み、いつものように扉の外へ出た。僕もいつものように彼女たちの後について外へ出た。僕は彼女たちの後姿をちょっとだけ長めに見送り、教室に戻った。教室は僕が黙っていればいつまでも黙ったままだった。彼女たちと今まで交わしてきたたくさんの会話が教室の白い壁から少しだけ染み出しているように感じた。でも白い壁は単なる白い壁で、蛍光灯の光と空調のうなりを正しく反射しているだけだった。僕は講師用の椅子に腰をおろし、しばらく目を閉じて静かに息を続けた。
やがて彼女たちのいろいろな声が鼓膜から遠く離れていった。僕は目を閉じたまま、手探りでCDラジカセの再生ボタンを押した。ブライアン・アダムスはいつまでも変わらぬ歌を歌いつづけた。

knew that it was now or never
Those were the best days of my life
Back in the summer of ’69
Back in the summer of ’69
Back in the summer of ’69
Back in the summer of...

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Linksys NSLU2をハッキングする−その2−NFSを追加する

Linksys NSLU2をハッキングする−その2−NFSを追加する Hacking the Linksys NSLU2 - Part 2和訳。翻訳:Linksys NSLU2をハッキングする−パート1の続きです。非プリキュア関連はこれでひとまず封印。その3に続くそうなので、このシリーズのみ続けようかなと。NSLU2を海外から購入するので自分用の翻訳。

ジム・バズビー−2004年8月10日

前回の私の文章では、明かされていないオプションと別システムでパスワードファイルを変更するという方法で、NSLU2上でコマンドプロンプトを実行する方法を示した。この文章では、NSLU2をもっと便利にできる新しい機能を追加することを目標にして、この箱をもっと探検してみよう。

この箱はLinuxの一種を実行しているから、このシステムにインストールできるパッケージは山ほどある。自分用のアプリケーションをこの箱で走らせるためにWebサーバを拡張することもできるだろうし、FTPサーバを立てたりTelnetサーバのかわりにSSHサーバを立てることもできるだろう。私のひとまずの目標は、別のネットワークファイルシステムをインストールすることだ。

Linksysによれば、サポートしているのは唯一SMB−マイクロソフトウインドウズ対応のネットワークファイルシステムプロトコル−のみだ。私のホームネットワークはだいたいMacOS XやLinuxなどのUNIXベースのマシンで構成されているので、私の対応ファイルシステムはNFS−ほとんどのUNIX系システムが対応しているネットワークファイルシステム−なのだ。

しかし私が新たなパッケージを導入しようとするにはまず、乗り越えなければならない困難がいくつか存在する。私が真っ先にしなければならないことは、開発環境を構築することだ。これはNSLU2に適合したパッケージをビルドしなければならないからだ。以下の文章は、読者の皆さんが前回の私の文章を読み、NSLU2にTelnetできる事を前提にして進めることとする。

免責:言うまでも無いことだが、私はここで確認しておく。NSLU2のコードを改変しない方法を用いて内部のファイル構造を確認するのであれば、保証規定内の行動だ。しかしいかなる方法であれNSLU2を改変するのであれば、保証が効かなくなる。

TomsNetworking、Tom's Guides Publishingと私は、この文章によってもたらされるあなた自身のNSLU2やいかなるデータの破損についても責任を負わない。

よって作業開始前には現在のファームウェアをコピーすること。またNSLU2が壊れた場合Linksysに問い合わせようとしないこと。

CPU種別を見極める

Linuxのソフトウェアをあれこれする環境ならばやっぱりLinuxが最適であり、私は以下の作業をマンドレークの開発用マシンにて行っている。よくあるLinux使用システムとは異なり、NSLU2はX86系CPUを使用していない。よってクロスコンパイル開発のツール群を導入する必要がある。

クロスコンパイル開発のツール群を導入する手始めは、目的とするプロセッサを決めることだ。私が読んだ記事のいくつかには、NSLU2のCPUがIntel IXP420 Network Processorだと書いてあった。しかし実のところこれは販売戦略上の名前であって、今の私にはあまり意味がない。

というわけで我々はこの箱の中にログインし、いろいろ中身を捜索し、LinuxがこのCPUを実際どう判別しているかを知らなければならない。/procファイルシステムはこの役割に適していない。唯一/proc/cpuinfoが役に立ちそうだ。これを表示するのはたやすい…

# cat /proc/cpuinfo Processor : XScale-IXP425/IXC1100 rev 1 (v5b) BogoMIPS : 131.48 Features : swp half thumb fastmult edsp Hardware : Intel IXDP425 Development Platform Revision : 0000 Serial : 0000000000000000

が、すでに知っていることしかわからなかった。しかしIXP425について言及していたいくつかのレポートが正しいことは証明された。これ以上の事を知るには、別の手段を使わなければならないようだ。ほとんどのUNIXシステムに有効なユーティリティはfileであり、fileはファイルを検査し、ファイルの先頭データによってそのファイルがどんなデータかを教えてくれる。

NSLU2はこのプログラム(file)を含んでいないが、ftpが動いている。ftpを使えば、exeを準備した開発システムに移動させることができる。ためしに我々の大好きな小さなプログラム、telnet.cgiを/home/httpd/html/Managementから移動させてみよう。telnet.cgiをあなたの開発システムに移動させたら、telnet.cgiがどう認識されているかを確認するためにfileを実行してみよう。

# file telnet.cgi telnet.cgi: ELF 32-bit MSB executable, ARM, version 1 (ARM), for GNU/Linux 2.0.0, dynamically linked (uses shared libs), stripped

よい結果だ。ようやく我々はARMのCPUを扱っているということが分かった。だからARMのクロスコンパイルツール群をインストールしなければならないというわけだ。

ツール群への近道

クロスコンパイルのツール群をインストールするというのは、多くの開発者たちの心に恐怖を植え付けるものだ。コンパイラとC言語ライブラリとリンカに加えサポートライブラリとユーティリティをコンパイルすると考えただけでも手に余る。幸運にも現代はインターネットの時代であり、そのような苦痛をすでに経てしかもその努力を共有している誰かがいるということだ。

gccの場合その誰かとはDan Kegelだ。Danはスクラッチで起こした見事なスクリプトを持っている。このスクリプトは必要なソースをダウンロードしてきて、必要に応じてパッチを当て、完璧なツール群をビルドしてしまう−しかも多くの異なるCPUに対応している。私は以前Danのスクリプトを使って、MIPSベースのLinksys WRT54Gのクロスコンパイルツール群をビルドしたことがあったが、非常に簡単だった。私が少なくとも一人から聞いたことには、DanのスクリプトはNSLU2にも使えるバイナリを作成できるツール群をビルドすることができるということだった。私はDanのスクリプトを強くお勧めするが、この文章の目的を鑑みて私は近道を進むことにする。

LinksysはGPLライセンスの要求に従い、ソースコードの公開について少しはがんばっているように見える。Linksysのデバイスの多くは内部でLinuxを動かしているが、GPLによる公開度には大きな差がある。いくつかのデバイスは完璧なビルド環境が含まれている一方、NSLU2のように完璧とはいえない場合もある。

NSLU2に付属のCDには大量のソースが収められているが、ツール群は含まれていない。幸運なことに、Linksysからは、同じIntel IXP425を使ったLinuxベースのデバイス−WRV54G ワイヤレス-G VPNブロードバンドルータが発売されている。Linsysはこの製品についてはツール群をリリースしているので、これを使うことにする。125MB(!)のファイルをダウンロードして、あなたのシステムのホームディレクトリにuntarしよう。

私の場合、ディレクトリツリーの最上位はこんな感じ;

/home/jbuzbee/gp1_code_2.03

このディレクトリの中に、toolchain.tgzというファイルがあるだろう。このファイルはルートディレクトリに解凍するように作られているように見えるのだが、私はビルド環境を私のホームディレクトリに置いておきたかったので、上記のユニuntarすることにした。このファイルをuntarすると、必要なコンパイラ、リンカ、includeファイルなどなどが出てくるだろう。

各種バイナリはusr/local/oenrg/armsaeb/binディレクトリに入れられ、すべてarmv4b-hardhat-linux-が頭に付いている。私は$PATHにこのディレクトリを追加して、コンパイルのたびにディレクトリのフルパスをタイピングしなくてすむようにした。

コンパイラを試す

それではコンパイラがちゃんとしたバイナリを生成するかどうか確かめよう。自尊心のあるすべてのC言語プログラマが最初に書くのは「Hello World」であり、私はhello.cというファイルを作成した。

#include main( int argc char *argv[] ) { printf("Hello world!\n"); }

で、コンパイルした:

# export PATH=home/jbuzbee/gpl_code_2.03/usr/local/openrg/armsaeb/bin/:$PATH # armv4b-hardhat-linux-gcc hello.c -o hello

それから、作成されたファイルのタイプをチェックした:

# file hello hello: ELF 32-bit MSB executable, ARM, version 1 (ARM), for GNU/Linux 2.0.0, dynamically linked (uses shared libs), not stripped

上々だ。このファイルをNSLU2にftpして、NSLU2で実行しよう。ちゃんとbinaryモードで転送し、ファイルをexecutableにしておくこと。準備ができたら、実行だ:

# ./hello Hello World!

動いた! これで自前のプログラムを作成し、NSLU2上で実行することができるようになった。しかしあなたがずっと残しておきたいものは、NSLU2のハードディスクに入れておかなければならないことに注意しよう。デフォルトでは、rootのホームディレクトリはラムディスク上に存在する。Linuxの定石に従いディレクトリを新規に作成し、そこに新しいバイナリを入れるのだ。私の場合は:

# mkdir /share/hdd/data/jim/nslu2 # mv hello /share/hdd/data/jim/nslu2/
ポートマッパの変更とビルド

それではより広く有益なことへと進もう。「Hello World」からNFSに進むのは極端なステップのように感じるが、悪くない。まずは必要なincludeファイルにアクセスするために、Linuxのソースツリーをインストールしセットアップする必要がある。ソースツリーはNSLU2に同梱のCDの中に収録されているsnapgearというtarファイルに入っている。

それではあなたのビルド場所でtarファイルのsnapgearをuntarしよう。ここではカーネルビルドにまで手を出すつもりはないから、ARMアーキテクチャのためのセットアップについては近道をする。snapgear/linux-2.4.xディレクトリの中で、次のスクリプトを作成し実行しよう:

#!/bin/bash rm -f include/asm rm -f include/asm-arm/proc rm -f include/asm-arm/arch ( cd include; ln -s asm-arm asm ) ( cd include/asm-arm; ln -s proc-armv proc ) ( cd include/asm-arm; ln -s arch-ixp425 arch )

というところで、もう少し複雑なビルドをしなければならない。NFSはリモートプロシージャコールアーキテクチャに基づいている。RPCを機能させるためには、ポートマッパというデーモンが必要だ。私はポートマッパのソースコードをここで見つけ、NFSサーバのソースはここで見つけた。このソースツリーをuntarすると、結果的にもともとのgpl_code_2.03ディレクトリに加えてportmap_4ディレクトリ、snapgearディレクトリ、nfs-server-2.2beta47ディレクトリが作成されるだろう。

それではポートマッパをビルドしよう。私はビルドを単純にするため、Makeファイルにいくつか変更をしなければならなかった。まず外部ライブラリとの依存関係を減らすため、私は以下の行をコメントアウトした:

HOSTS_ACCESS=-DHOSTS_ACCESS

いたるところでlibwrap.aへのリファレンスを目にしたため、私は先ほどと同じ理由でこれもコメントアウトした。よりセキュアなサーバにするためにはこれらは外しておくべきだが、ライブラリを追加する必要もある。

次にsnapgear linuxのソースツリーを参照するように、CFLAGSの行をこのように変更した:

CFLAGS = $(COPT) -O $(NSARCHS) $(SETPGRP) -I /home/jbuzbee/snapgear/linux-2.4.x/include/

最後はmakeファイルの先頭に、私はクロスコンパイラを起動するために次の行を追加した:

CC=/home/jbuzbee/gpl_code_2.03/usr/local/openrg/armsaeb/bin/armv4b-hardhat-linux-gcc

makeファイル変更に加え、私はソースを少し変更する必要があった。portmap.cのファイルで、標準のperror設定を上書きするperror定義が存在していた。また今回のクロスコンパイルツリーに存在するstdio.hの宣言と整合させるため、引数の宣言を変更しconst charを__const charへと変更した。

さてこれで残すところは"make"だけになった。このmakeではやたら警告が出るが、このビルドはちゃんと最後まで通すこと。次にNSLU2にセーブするため、このバイナリをstripする:

# armv4b-hardhat-linux-strip portmap
NFSデーモンを追加する

ひとつコンパイルを終えれば、次のコンパイルに進む。次に我々はNFSデーモンそのものに進もう。NFSデーモンのビルド手順には、BUILDというスクリプトを実行する必要がある。このスクリプトにはクロスコンパイルオプションは無かった。だから私はとりあえずスクリプトが走るに任せ、あとで手直しした。このスクリプトには実行の間に山ほど質問が出た。以下の質問以外は、すべてデフォルトを指定した:

Do you want to protect mountd with HOST ACCESS?

必要なライブラリが手元に無いので、ここではNOを入力する。この設定を完了した後、出てくるmakeファイルを今回のクロスコンパイラに合わせて変更する必要がある。makeファイルのはじめあたりに、CC、AR、RANLIBそれぞれの改変物がある。クロスコンパイラにその接頭語を追加しよう。たとえば:

CC = /home/jbuzbee/gpl_code_2.03/usr/local/openrg/armsaeb/bin/armv4b-hardhat-linux-gcc

次にCFLAGS行にincludeのパスを追加する。私の場合はこんな感じ:

CFLAGS = -g -O -D_GNU_SOURCE -I /home/jbuzbee/snapgear/linux-2.4.x/include/

やらなければいけない変更の最後は、nfsd.hファイルの中身だ。最初のあたりに、我々の環境では追加のincludeを加える。

#include

これらが完了したら、単純にmakeすると二つのバイナリがビルドされる。rpc.mountdとrpc.nfsdだ。これらのバイナリをstripしても、サイズは小さくならない。これでNFSを試すところまで準備が済んだ。

今までの三つのバイナリportmap、rpc.mountd、rpc.nfsdをNSLU2に移動する。バイナリとデータと分離しておくため、私はこれら新しく作ったシステムレベルバイナリをconfパーティションに入れることにした。私は/share/hdd/confディレクトリにbin、etc、rc.dという三つのディレクトリを作成し、通常のツリーにこれらのディレクトリをミラーリングした。

バイナリはすべてbinディレクトリに入れ、スタートアップスクリプトはrc.dディレクトリ、設定ファイルはetcディレクトリに入れた。今回の事例では、唯一必要な設定ファイルはexportsファイルだけだ。どのディレクトリをexportするのかをNFSデーモンに指示し、また誰にという情報を指示するために、NFSはexportsファイルを必要とする。私は以下のようにexportsファイルを作成した:

/share/ 192.168.1.100 (rw, insecure) /share/ 192.168.1.103 (rw ) /share/ 192.168.1.102 (rw )

insecureオプションは、insecureネットワークポートを使用している私のMacOS X用だ。言うまでもなくあなたはあなたのネットワークに応じてexportsファイルを作成しなければならず、これ以外のオプションについては標準のNFSドキュメントを参照すること。

確認しよう

さてこれで必要なものは全部設定した。NFSサーバは/etcディレクトリでexportsファイルを探すようになっているので、を/share/hdd/conf/etcディレクトリに置いてある新しく作成したexportsファイルにシンボリックリンク作っておく。

# ln -s /share/hdd/conf/etc/exports /etc/exports

次に、作成したデーモンについてはちゃんとしたスタートアップスクリプトが必要だ。NSLU2上で、rc.sambaスクリプトを/etc.rc.dディレクトリから新しいrc.dディレクトリにコピーし、2回変更する。一度目はrc.portmapスクリプトを作るため、もう一度はrc.nfsdスクリプトを作るためだ。rc.nfsdスクリプトはrpc.mountdとrpc.nfsdを起動しなければならない。

最後に、これらをすべて実行するスクリプトをひとつビルドする。シンボリックリンクを作り、順番どおりにポートマップスクリプトを実行し、nfsdスクリプトを実行する。このスクリプトはNSLU2をブートするたびに実行する必要がある。今のところ、NSLU2がブートするたび自動的にこれらスクリプトが走る方法は見つけていない。

それではその全部実行スクリプトを実行し結果を見よう。ps -axをNSLU2で実行すると、新しいプロセスが三つ走っていなければならない。portmap、rpc.mountd、rpc.nfsdだ。エラーとステータス情報は/var/log/messagesにて参照することができる。

クライアント機からNSLU2をマウントしてみよう。私のマンドレークシステムで私は以下のものをルート権限で実行した:

# mkdir /mnt/nslu2 # mount 192.168.1.70:/share/ /mnt/nslu2/

私のMacOS Xシステムにて、ファインダーの"Connect to Server"オプションをサーバフォーマットで使用した。

nfs://192.168.1.70/share

もしデーモンの起動やマウントに問題があれば、NSLU2上の/var/log/messagesファイルを確認する。ひとつ確認しておくと、NSLU2にNFSを入れることはSMBに影響を与えない。NFSとSMBは平和に共存できる。

さて我々はこのNSLU2にとりあえず複雑なサービスを組み込むことができるのだと例示することができた。制限は青天井なのだ。ftpサーバは次の段階としてなかなかよいだろうし、dropbearのような組み込みSSHサーバなども役に立つだろう。あなたの成功話を知らせて欲しい。

記:この文章を書くにあたり、私はすべてを一から始め、一度やった手順をたどりなおした。記述をすっ飛ばさないためだ。普段私の開発システムは日常的にディスクスペースが不足しているので、私はNSLU2のディスクを常にNFSマウントしているのだ。私は常にNFSマウントしたディスク上でuntar、コンパイル、プログラム作成をしている。全部完璧に動作している。 一言:もしこれまでの文章をぜんぶすっ飛ばし、NLSU2に突っ込むバイナリだけが欲しいのならば(まあetc/exportsファイルだけは編集しなければならない)、このあたりから〜57KBファイルをダウンロードすることができる。 http://www.nyx.net/%7Ejbuzbee/nslu2-nfs-0.1.tar.gz

その3として私は、ファイルサーバと同じぐらいNSLU2があなたをわくわくさせるということを見せたいと思っている。それまではLinux on the NSLU2ページで私の冒険を目にすることができる。

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Linksys NSLU2をハッキングする−パート1

 青い空はだんだんと高くなりつつある。白い雲はだんだんと薄くなりつつある。灼ける日はだんだんと冷たくなりつつある。蝉の音はだんだんと遠くなりつつある。暑い夜はだんだんと静まりつつある。夏が終わろうとしている。
 この夏に僕は初めて何かを無くしつつあることを感じている。僕はいくつかのものをなくしつつある。いくつかの大切なものをなくしつつある。それはだんだんと僕から離れつつあり、この夏が終わるともう二度とやって来ないだろう。
 僕は気付いていなかった。この夏の初めには、僕にとって大切なものがそこにあったのだ。もし気付かなければ、それらを無くそうとしていることを知らなくてすんだ。何かがそこにあることには気が付かない。何かがそこから失われつつあることに気が付く。僕はそれらを失いつづける痛みだけを経験する。やがてそれらが失われ、僕の一部は引きちぎられる。そして新しい大切な何かがいつのまにか僕のそのような隙間にはめ込まれ、そしてまた引きちぎられる。僕は永遠に失いつづける。しかし僕は増えもせず減りもせず、いつまでも痛みだけが繰り返される。夏は終わろうとしている。でも夏は永遠に終わらない。夏は永遠に終わりつづける。
 失う痛みには慣れていた。そう思っていた。でも失われつづける痛みには慣れていなかったようだ。この夏を終わらせる方法があるのならば教えてほしい。
 見慣れた青い空、見慣れた白い雲、見慣れた灼ける日。聞きなれた蝉の音。いつもの暑い夜。それらは僕のそばにある。永遠に僕のそばにあるだろう。でもそれらは失われつつあり、失われつづける。
 夏が終わろうとしている。夏は永遠に終わりつづける。

Summer of '69

初めて本物のsix-stringを手に入れた
それは5ドル10セントだった
指が破れるまで弾いた
69年の夏だった

僕は学校の仲間たちとバンドを組んだ
そしてひたすら練習に打ち込んだ
Jimmyが抜け、Jodyは結ばれた
あんなことは続かないと気づくべきだったんだろう
あのときの僕を思い出してみると
あの夏は永遠に終わらないようだった
今の僕に選択肢があるとすると
何度でもあそこにいたいと思っただろう
いちばん輝いていたあの夏の日々

愚痴なんて意味が無い
仕事に就いてしまったんだ
一日の疲れをドライブインで吐き出していた時
君がそこにいたんだ

お母さんのポーチに立って
永遠に待ちつづけるわと君は言った
でも君が僕の手をとった時
この瞬間は二度と来ないと分かっていた
いちばん輝いていたあの夏の日々

あの69年の夏が浮かぶ

そう、僕たちは暇を持て余して
僕たちは若く落ち着かなくて
僕たちには自由が一番で
でも永遠なんて無いんだ
永遠なんてどこにも無いんだ

時代は変わってしまって
やって来ては去っていった全てを僕は見ている
時々古びてしまったsix-stringを弾いて
何が間違っていたんだろうと僕は考えている

お母さんのポーチに立って
永遠に愛は続くわと君は言った
でも君が僕の手をとった時
この瞬間は二度と来ないと分かっていた
いちばん輝いていたあの夏の日々

あの69年の夏が浮かぶ

Brian Adams "Summer of '69"

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注:以下の文章はtom's networkingHacking the Linksys NSLU2 - Part 1の和訳です。Network Storage Link for USB 2.0 Disk Drivesは日本では買えません。こういう用途(とLinux導入ハッキング)では玄人志向の玄箱が人気だが、NSLU2はUSB接続で外付けディスクを2つ利用できてしかも安い。Linksysだし。電源対応が100-240Vなので日本でも使えそう。

Linksys NSLU2をハッキングする−パート1

ジム・バズビー 2004年8月3日

図1:Linksys NSLU2

はじめに

Linksysの新しいネットワークストレージユニット装置(NSLU2)の製品紹介をはじめて目にしたとき、私はとても興味を引かれた。それは私のネットワーク環境におけるバックアップとファイル保管用としては十分に小さく、静かで、安いものだと思えたからだ。

唯一私にとって気にかかったのは、マイクロソフトのウインドウズでしか使用できず、それに使うディスクをプロプライエタリなファイルシステムでフォーマットするのだといういくつかの記事があったことだった。しかしそういうものはすべておいておいて、私はウェブ通販を探して発注し、二日後に小包が到着したのだった。

外付けディスクをくっつけた後、私はブラウザでNSLU2にアクセスし、Webインターフェイスを使ってそれを設定変更したのだが、NSLU2はあっさりと私のホームネットワークでファイルサーバとして動作したのだった。このNSLU2に使われているマイクロソフトのSMBファイルサーバプロトコルをサポートしているからだろう、Linksysの説明書には逆のことが書いてあったにもかかわらず、これをMacOS XとLinuxで使うには何の問題もなかった。これで作業完了だね… 実は違う。私はここからやっとはじめようとしているのだ。

この小さく静かな装置がとても気に入ったので、私にはこれを放っておくことなどできなかった。これにはもっとすごい潜在能力がある事がわかっていた。なぜならこの小さな箱の内部ではLinuxが動いていたからだ。USB2.0と10/100イーサネットが備わっていることで、この小さな箱にはたくさんの可能性がある。SMBとNFSを同時に動かすというのはどうだろう。はたまたファイルサーバとプリントサーバというのはどうだろう。

USB/シリアルコンバータを使えば、家庭での作業自動化のために私は手持ちのX10インターフェイス装置を使用できるようになる。USB/イーサネットコンバータはこの装置をルータのようなものになるし、USB/802.11bgコンバータは無線アクセスポイントを作り出すことだろう。USBポートを完全に使いこなせば新たな可能性が開けるだろう。しかしどう売ればNSLU2の内部に入ることができるのか?

免責:言うまでも無いことだが、私はここで確認しておく。NSLU2のコードを改変しない方法を用いて内部のファイル構造を確認するのであれば、保証規定内の行動だ。しかしいかなる方法であれNSLU2を改変するのであれば、保証が効かなくなる。
TomsNetworking、Tom's Guides Publishingと私は、この文章によってもたらされるあなた自身のNSLU2やいかなるデータの破損についても責任を負わない。
よって作業開始前には現在のファームウェアをコピーすること。またNSLU2が壊れた場合Linksysに問い合わせようとしないこと。
バックドアを見つける

開放ポートを探すための簡単なポートスキャンでは見るべきものは何もなかった。一般的な手段をすべて試してみたが何も発見できなかった。今こそ創造力を働かせるときなのだ。

こういう種類の装置の内部にアクセスする一般的な技として、バックドアを探すことだ。こういう装置の開発者たちは動作中のシステムを簡単に確認したいものだし、その後も内部へ入ったりテストを実施するため往々にしてバックドアを残したままにしておくものだ。時にはそのための専用開発装置を必要とすることもあるが、ネットワーク接続を通じてデバイスに入るということも開発者たちにとってはありふれた手段なのだ。

手始めは当然Webインターフェイスだ。私はこれまでの経験から、すべてAdministrationメニューはManagementというWebサブディレクトリに置いてあることを知っている。Webサーバが返すディレクトリ内容のリストはサーバの設定によるとわかっているので、私はごく単純に http://192.168.3.77 と入力してみることにした。

キター! 私はこのディレクトリ内に存在するすべてのファイルについてリストを手にすることができたのだった。

追記:このディレクトリリスト表示法は、NSLU2のファームウェアバージョン V2.3R25で削除されています。

jpgやhtmlファイルのリストに混じり、telnet.cgiというファイルがあった。第一段階完了。バックドア候補を発見。このスクリプトを実行すると下記の表示が出た。

Warning
Currently the telnet function of the Ethernet Network Storage Link is Disabled.
You had better disable the telnet function if you don't use this function.
Enable Telnet
図2:Telnet有効化画面(注:文字のみ抜き出し)

警告を無視して、私は"Enable Telnet"ボタンを押した。Webページが更新され、Telnetが有効になったというメッセージ以外まったく同じ画面が表示された。これでまたひとつ段階を上る…

行き止まり、回り道

Telnetウインドウから、NSLU2初期設定で作成したアカウントを使って以下を試してみた。

# telnet 192.168.1.70

Trying 192.168.1.70...
Connected to 192.168.1.70.
Escape character is '^]'.

NSLU2 login: tom
Password:
No directory, logging in with HOME=/
Cannot execute /dev/null: Permission denied
Connection closed by foreign host.

すぐそばだがタバコには当たらなかった((原文は Close but no cigar. お祭りの射的のことで、この言い回しができた頃の賞品はタバコが一般的だった。弾丸が惜しくも外れた情況を指す。転じてあと一歩だが失敗は失敗だということ。))。Telnetサーバは立ち上がっており私のユーザ名とパスワードは許可されたのだが、このアカウントはシェルを/dev/nullに設定したのだった。ということはWebインターフェイスで設定したユーザは確かにLinuxアカウントなのだが、アクセスに関する限り第二市民でしかないということだ。これはサービスを使うユーザに対してはごく普通の設定だが、対話型ログインは許可されない。

rootのパスワードがわからないため、Linuxアカウントに標準のroot権限でログインしようとする試みは失敗した。また一般的な管理者アカウント名(admin、root等)は役に立たなかった。今こそ別の角度から問題に取り組むときだ。

Linksysの説明書には、NSLU2で初期化されたディスクはNSLU2だけが使用できると書いてあった。しかし私はそんなことは信じなかった。ファイルシステムはソフトウェアの複雑な集合体であり、Linksysがこの装置のために新たなファイルシステムを書くなどありえない。パーテーションの具合からだろう、いくつかの情報源(とLinksysの広報担当者が認めた)がNSLU2のファイルシステムがLinuxのext3ファイルシステムだと書いている。とはいえ私が知る限り、NSLU2をマウントしようとした人はまだ誰もいないのだが。 NSLU2で初期化したディスクを私のMandrakeLinuxシステムの下にマウントするには怠け者すぎるので、私はMacOS XのiBookにext2(ext3のサブセット)ドライバをダウンロードし、そのディスクをUSBポートに挿した。

Tip:私が使用したMacOS Xのext2ドライバはext2 for Mac OS X SourceForge projectからダウンロードできます。またWindows NT/2000/XP用のext2ドライバはここらへんにあります。図3のようなスクリーンショットになります。

ふたつのファイルシステムが出てくる。私のデータファイルが全て含まれている大きなファイルシステムと、私が大好きなpasswdファイルを含むいくつかの設定ファイルが含まれる小さなファイルシステムだ。

図3:設定ファイルを含むファイルシステム(省略)

想像した通り、passwdファイルはシェルに/dev/nullを指定していた、私が作成したユーザーアカウントを含んでいた。しかしほんとうのシェルを持つアカウントがふたつ見つかった。rootともうひとつ、デバッグまたはリカバリ用途に使われるバックドアアカウントのように見える興味深い名前を付けられたアカウント−ourtelnetrescueuser−だ。

root:WeeOvKUvbQ6nI:0:0:root:/root:/bin/sh
bin:x:1:1:bin:/bin:
lp:x:4:7:lp:/share/spool:
mail:x:8:12:mail:/var/spool/mail:
ftp:x:14:50:FTP User:/:
nobody:x:99:99:Nobody:/:
ourtelnetrescueuser:scFf7ZMXBMl4I:100:100::/home/user:/bin/sh
guest:scEPG0VnVyqmE:501:501:::/dev/null
admin:sclzZZfodiRXY:502:501::/home/user/admin:/dev/null

test_user:scEPG0VnVyqmE:2000:501:::/dev/null
test2:scEPG0VnVyqmE:2001:501:::/dev/null
test3:sc50wKPq.zChw:2002:501:::/dev/null

しかしこのふたつのアカウントを使うためには、私にはパスワードが必要だ。私は頭がぼうっとするまでパスワード解析の道を進みつづけた結果、私がすべきことというのは以下のことなのだった。つまりpasswdファイルを書き換えることと、暗号化パスワードを私の別アカウント用の良く知っている暗号化パスワードで置き換えることだった。私は私が使っているアカウントに本物のシェルを割り当てることも出来るのだが、初心者の利便性を考えた結果、rootのための新たなパスワードを作成することとし、他のアカウントについては何もしないことした。

たどり着いたのか?

NSLU2をリブートしたとき、私は自分が行った変更が上書きされてしまうとか、強制チェックサムに検知されてしまうのではないかと心配した。もしそういうことになるのならば、NSLU2このドライブのマウントを拒否したり、再初期化を要求するだろう。 しかし待っていると、NSLU2からすべてが正常であることを示す聞きなれたビープ音を私は聞いた。Telnetを再び有効にしてから、私は以下のように試してみた。

# telnet 192.168.1.70

Trying 192.168.1.70...
Connected to 192.168.1.70.
Escape character is '^]'.

NSLU2 login: root
Password:
No directory, logging in with HOME=/


BusyBox v0.60.4 (2004.07.01-03:05+0000) Built-in shell (ash)
Enter 'help' for a list of built-in commands.

#

キター! 私はコマンドプロンプトを手に入れたのだった。シェルを手に入れたということは、このデバイスを完全に開いたということだ。私はいまやこの装置のソフトウェアとハードウェアの構造を確認することができるし、拡張のための行く地下の方法を探すことができるのだ。この装置がハードディスクを本来の方法で操作するためには、新たなスクリプト、プログラム、ドライバをこの箱に導入することができなければならない。今やさくさくと仕事をするべき時がきたのだ。

パート2において、私はこの興味深い小さな箱にいくつかの昨日を追加する方法を細かく書き記すことにする。それまでの間、読者の皆さんは私の冒険をLinux on the NSLU2ページにて追いかけることができるだろう。

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嘔吐2004

 ローマが自らを世界の中心であると信じていた頃、すべての道はローマに通じているとしていた頃、ローマ市民は自信に満ち溢れていた。そして同時に、彼らは彼らが積み重ねてきたものに突き動かされて長くゆるやかな没落の道のりへと追いやられていた。

かりにもし世界史にあって、もっとも人類が幸福であり、繁栄した時期はいつか、という定義を求められるならば、おそらくなんの躊躇もなく、ドミティアーヌス帝の死からコンモドゥス帝の即位までに至るこの一時期を挙げるのではなかろうか。広大なローマ帝国の全領土が徳と知恵とによって導かれた絶対権力の下で統治されていた。軍隊は全て四代にわたる皇帝の、強固ではあるが、平和的な手によって統制され、これら皇帝たちの人物および権威に対して、国民もまたおのずから敬仰の念を献げていた。……彼らとしても自由の世相に喜びを感じ、みずから責任ある法の執行者であることを任としていたのだ。
(エドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史』中野好夫訳)

 ローマ市民の裕福なものたちは三度の食事を全うするために自ら嘔吐したという。彼らはそれまでに祖先たちが築き上げた資産集結システムが自動的に運び込んでくる手のつけられない何もかもを消費する喜びの中にいた。彼らは生まれてから死ぬまでただ消費するために生きた。

(ウィテリウス帝は)食事は常に三度、ときには四度にもわたって、朝食と昼食と夕食と夜更けの酒盛りを摂り、いつも嘔吐によって、どの食事も難無くこなしていた」
(スエトニウス著・国原吉之助訳『ローマ皇帝伝』)

 彼らはいつのまにか彼らの祖先が作り上げたシステムに作り上げられてしまうようになっていた。

戦う兵士たちの傍らには見物人の民衆がやじ馬に立ち、あたかも見世物の剣闘を見ているときのように、ある時にはこっちの側を、ついではあっちの側を、喝采と拍手で応援していた。一方の側が敗れて崩れるたびに、店舗に隠れた兵士たちや、あるいはだれか個人の住居に逃げ込んだ兵士たちを、引っ張り出して刺殺しろと民衆は要求し、こうして戦利品の多くの部分をかれらは手に入れた。というのは殺した方の兵士はすぐに次の血生臭い殺し合いに向かったので、分捕品は民衆の手に落ちたからである。  ローマ全市にわたって、身の毛のよだつような恐ろしい恥ずべき情景が繰り広げられた。こちらの場所では戦闘と傷付け合いが行なわれ、あちらの場所では浴場と飲食店が開かれていた。一方には、流血と死体の山があり、それとすぐ隣合って娼婦と娼婦まがいの者たちがいた。享楽的閑暇の中にじつに数多の情欲が求められ、最も残忍な占領の中であらゆる犯罪がおかされた。まさに一つのローマ市が、一方では憤怒に荒れ狂うと同時に他方では放埒に身を任せていると信ぜられたほどであった。これ以前においても、武装した軍隊がローマ市で千伐を交えたことはあった……そして当時の戦いにおいても残忍さが今よりも少なかったわけではない。しかしながら、今の戦いに当たっては、人々は非人間的な冷淡さを示し、また片時たりともその快楽追求は中断されることはなかった。あたかも休日に、この歓楽がひとつ加わったかのように、人々は狂喜して悦び、両軍の運命に対してはいささかの憂慮をもよせることなく、国家の不幸に歓喜したのであった」
(『歴史』タキトゥス著・国原吉之助訳)。

 それとは全く関係ないのだけれど、僕は今日はじめて酔わずに嘔吐した。たぶん僕は強いストレス状態にあるのだろう。僕の体がどうなるのかを他人事のように観察するのもいいかもしれない。村上春樹の小説では40日の嘔吐をする話がある。あの主人公は40日の嘔吐がおさまった後、どこへ抜け出たんだっけ? 僕は酔っているときより辛くない嘔吐を繰り返しながらそんなことを思い出していた。

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 僕はやせる。ウエイトマシンの上で目の前が白くなるまでいろいろな持ち上げ方を繰り返し、シャワーを浴び痛みが残る筋肉を抱えて空腹に耐える。ストレスがもたらす肉体からのフィードバックに耐えようとしていれば、それ以外のことを考えなくても時間は過ぎてゆく。
 僕は15年前の体重に戻した体からの痛みを感じ、15年前の肉付きに戻した腕を眺める。しかし僕の体を覆う皮膚は15年前には戻らない。何をしても戻らないものは僕の中で増えつづける。やがて僕の体は皮膚だけではなくだんだんと元に戻らないものが増えつづけるだろう。
 そして僕は考える。考えても仕方のないことを考える。それはもうすでに起こってしまったことだ。

「披露宴に出てくれる?」
「誰の」
「私の」
「君の」
「そう」

 僕は考える。僕がその次に何を言うべきだったのだろう。僕があの時彼女に応えた言葉は正しかったのだろうか。彼女に応えたのではないのかもしれない。その言葉は自分に言い聞かせた言葉でしかなかったのかもしれない。では僕は自分に何を言い聞かせるべきだったのだろう。
 とにかく僕が正しい言葉を彼女に応えたとして、それで彼女がどう反応したのかはわからない。僕が何一つ間違いのない答えを返したところで、彼女は代わらぬ反応を示したのかもしれない。もしかしたら僕はあの時宇宙で一番正しい答えを答えたのかもしれないのだ。そもそも何が正しい答えだったのだろう。
 だから僕はあの時に何かが変わっていたらという淡い期待を胸に抱きながら鬱々と考えているわけではない。それはもうすでに起こってしまったことだ。たとえ正しさの意味がわからないとしても、僕は僕が正しい答えを答えたのかどうかを知りたい。それは彼女とは関係ない。コンパスで完璧な円を描くように完璧に閉じられた僕だけの問題だ。
 そして結局のところ僕にはもうあのときに拒否の言葉は言えないのだと結論する。何度も何度も。僕は8年前に彼女へ全てを渡した。彼女は自分で自分の人生を決めることができる。それは彼女の権利でもあり、彼女の能力でもある。僕は8年前に彼女へ全てを渡した。そして8年後の彼女は僕を選ばなかった。でも彼女が僕を選ばないだろう事は、8年前の僕にはもう分かっていた。
 彼女が僕を呼ぶときは、いつも彼女がさまよっているときだった。彼女はさまよい、時に僕が管理しているオアシスを見つけた。そこはたぶん日常の底にある断絶した場所で、そこがどこであるかにかかわらず僕と彼女のための場所だった。もうオアシスに彼女は来ない。オアシスには誰も来ない。僕は誰も訪れることのないオアシスの門を閉める。
 そして僕は歩く。やがてオアシスは見えなくなる。僕は闇だけが広がる道を歩く。道の上が僕の場所だ。

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傷跡

 夢を見た。僕はどこかの駅にいた。どこにいたのかは忘れた。電車が入ってきた。中の人たちは全員降りた。どうやらその駅は路線の果てにあるようだった。僕は電車に乗り椅子に座った。ひとつ左に誰かが座り、タバコを吸い始めた。僕はやや考えた後、彼の目の前に立ち注意を始めた。彼は制服を着ていて、多分中学生だった。彼は僕が真正面から彼のタバコを注意したことで僕のことを気に入ったようだった。電車はどこかへたどり着き、僕は電車を降りた。すると僕は僕が実際に通った中学校にいた。気が付くと僕は中学校の制服を着ていて、たくさんの生徒の中にいた。多分平日で、生徒達は普通にわらわらと校内にいた。僕は正門に続く正面玄関から中庭に出て、タバコに火をつけた。それを不思議に思わなかったから、僕は制服を着ていたけれどたぶん中身は現在に近いぐらいの年齢だったのだろう。すぐにここが中学校であることを思い出し、僕はタバコを右手に隠して人のいない校舎の裏手に回ろうとした。校舎の裏手に回るには正門のすぐ脇を抜けなければならなかった。僕は何故かネコのように四足で歩いていた。
 正門の近くまで歩くと、正門をやや広く取り囲むように人だかりがあった。僕は四足で歩いて人だかりの最前列へ出た。裏手に回るために。すると正門の外側に何人かの先生たちがいて、何かを取り囲んでいた。先生達の真ん中には僕の実際の1年生時代に担任だった先生(女性)が座り込んで何かを手にとりながら叫んでいた。
「みんな何をしているのよ! 取り囲んでいないで誰か手を貸して!」
 僕は四足を止めて先生を見た。先生の手は血に染まっていた。よく見ると先生の回りが一面、血に染まっているようだった。そして先生が手に持っているのは、ちぎれた誰かの腕のようだった。座り込んで叫んでいる先生の目の前には、胴体ぐらいの黒いかたまりが横たわっていた。僕はあんなに飛び散っていてはもうそれは助からないだろうと思った。しかし先生を助けようと思い、四足で先生の所へ歩き出した。突然足が重くなり、一歩進むのに長い時間がかかった。先生のところへ近づくほど抵抗力は強くなり、僕は一歩を進めるのにとても力を使った。何かが僕をそこへ近づけないようにしているようだった。先生は飛び散っているものを掬い集めながらずっと叫んでいた。僕は先生のところへたどり着こうと必死に手足をゆっくりとすすめた。 というところで目が覚めた。何を表しているのかは分からない。

覚えていないほど昔、花見娘は僕を受け入れなかった。僕は住処に戻り窓ガラスを叩き割った。こぶしが割れ骨が見えた。血はいつまでも流れつづけるように思えた。でもやがて止まった。傷はいつまでも癒えないように思えた。でもやがて癒えた。
彼女は僕にとって必要だ。しかし彼女の人生は彼女のものだ。僕は彼女が僕を必要とする限り彼女のそばにいる。そのときは必ず来る。
そしてそのときは来る。

夢から覚めて、僕はベッドに寝たままで左手をこぶしに握る。そして左手を中にかざし、人差し指と中指の関節を眺める。そこには2センチと1センチの傷跡がひとつずつ残されている。僕はそのときが来たことを知る。横たわる僕に声が聞こえる。明日は続く、あなたが明日を望まなくても。それは彼女の声のようでもあったし、そうではないようでもあった。

 10年。長いような気もするし、昨日に全ての出来事が起きたような気もする。僕はキリヤと同じように、情況を動かさないようにそっと立ち尽くしつづけた。でもやはり情況は僕の努力とは無関係に、とどまるときはとどまるし動くときは動いてゆく。僕の世界では彼女はどこにも分類されない場所にいたから、たぶん彼女と接していた僕はどこにも分類されない別の人格だっただろう。もし夢の中で見たあれがその別人格だったとしたら、僕の一部はばらばらになって死んだ。そしてそれを僕の主たる人格が眺めているという構図になる。不思議なことでもないのかもしれないけれど、主たる人格にはまったく悲しみはない。

明日は続く、僕が明日を望まなくても。さらば青春の光。

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さらば青春の光

土曜日は塾講師をする。それ以外の曜日は教室長をする。週に一度ぐらい現場に出ておかないと情況がつかめない。修学旅行が終わったり期末テストが終わったりして、塾生たちはまだ安心と高揚の中にいた。
「君たちが自分の時間をどう使おうが、それは君たちの自由だ。でもいま君たちが隣同士しゃべったり勉強をしなかったりするのは、隣の友だちの時間を無駄にさせているということだし、講師としてここにいる僕の時間を無駄にさせているということだ。勉強をしないのならば、君たちがここにいる意味は全くない。テレビを見たりまんがを読んだりメールをしているほうがまだ意味がある。そして僕も別のことがしたい」
彼らは黙った。僕は十分に沈黙を入れてから続けた。
「君たちが無駄にする時間はもう帰ってこない。二度と帰ってこない。君たちの時間は帰ってこない。隣の友だちの時間も帰ってこない。僕の時間も帰ってこない。君たちの、友だちの、僕の時間は過ぎてゆく。そして僕はあと三十年ぐらいしたら死ぬ。過ごした時間に意味があろうがなかろうが、僕はそのときが来たら死ぬ。だからここにいる時間が無駄に終わるのならば、僕は教室を今すぐ閉める。君たちの、友だちの、僕の時間に意味があるのならば、僕はここにいて勉強を教える」そう言うとようやく彼/彼女たちは真剣に勉強を始めた。
塾の時間が終わる頃、僕の電話が震えた。花見娘からだった。「あのさ、ひさしぶり」と彼女は言うので僕も久しぶりだねと答えた。「今日、時間があればお酒でも飲まない?」というので僕は時間があるからお酒でも飲むと答えた。塾を30分延長して10時30分に扉に鍵をかけた。てくてくと歩いてお酒を飲む場所までたどりつくと彼女はもうカウンターで酒を飲んでいた。僕は彼女の左に座りビールを店員さんに頼んだ。あっという間にビールが届き、僕と彼女は乾杯をした。彼女は冬のソナタを語り、僕はもちろんプリキュアの話をした。でも僕は冬のソナタを見ないし、彼女はプリキュアを見ない。彼女は参加しているNPOの話をして、僕は塾生たちの成長を語った。でも僕は彼女のNPOとは関係のない人生を送るだろうし、彼女は塾とは関係のない人生を送るだろう。
10年。僕と彼女がお酒でも飲みながらすれ違いの会話を交わしたはじめての日からそういう年月が経つ。彼女と僕はずっとすれ違いの会話を交わし続けてきた。10年の間に僕は留年して就職して転職して会社を作った。10年の間に彼女は留年して就職して転職して引越しをした。そして彼女と僕は定期的にお酒でも飲みながらすれ違いの会話を交わし続け、今日もまたすれ違いの会話を交わす。すれ違いは永遠に続く我々の儀式のようなものだ。我々はお互いのすれ違いが永遠であることをを確認するためであるかのようにお酒でも飲みに行く。
相変わらず話題は完璧にすれ違う。何のために話をするのかと誰かに尋ねられたとしたら、僕は肩をすくめて首を振るしかない。何のために10年もすれ違う会話をしてきたのかと誰かに尋ねられたとしたら、やっぱり僕は肩をすくめて首を振るしかない。僕には多分、すれ違いにもかかわらず彼女が必要だったのだ。いや、すれ違うからこそ彼女が必要だったのかもしれない。もしかしたら理由など必要もなく彼女が必要だったのだろう。
「あのさ、8月14日はお盆なんだけれど会社はお休み?」彼女はラストオーダーと清算の済んだあとで僕に尋ねた。
「8月14日は土曜日だよね」僕は答えた。8月15日は日曜日だ。
「うん。土曜日はお盆でも塾があるの?」
「ないよ」
「ないんだ」
「お盆はみんなどこかへ行ってしまうからね」
「そうだね」
「だからお盆は土曜日も休みなんだ」
「なんだ」彼女は次の言葉を継がなかった。僕も言葉を継がなかった。午前1時のお酒でも飲むところにはラストオーダーを過ぎてもたくさんのお客さんがいろいろな話をしていた。彼らが話す内容はわからない。世の中にはたくさんの人たちがいて、それぞれにたくさんの人生を抱えている。狭い店内は彼らの言葉で溢れていた。この世界は意味でできている。僕にわかるかどうかとは無関係に、この世界は意味でできている。僕はグラスを持ち上げて言葉をビールに溶かして飲み込んだ。
「あのさ、なにかのはずみでこうなってしまったんだけれど」彼女はなにかのはずみで何かが起こってしまったかのようにようやく言葉を継いだ。
「うん」なにかのはずみが何なのかはわからなかったし、だから何なのかということもわからなかった。
「披露宴に出てくれる?」
「誰の」
「私の」
「君の」
「そう」
「ようやく僕の披露宴デビューがやってきたわけだ」
「そう。披露宴デビュー」
「芸人待機じゃなくて、招待客としてのデビューだ」
「芸はしなくてもいいから」
「えっ」
「普通の人たちを集めるから」
「そう言われると芸人魂に火がつくよ」
「じゃあ、芸はするな」
「まあ、せっかくの招待客デビューだからね」
「そう。招待客として来てほしいの」
「わかったよ。おとなしく招待客を満喫するよ」
「よかった」
「ぱりっとしたスーツを着て、ご祝儀を持って、記帳して、料理を食べてお酒を飲むよ」
「正しい招待客ね」
「正しい招待客をやっておかなければ、もうないかもしれないからね」
「ご祝儀はとらないの」
「勝手に持っていくよ。記帳だって印刷して作っちゃうんだ」
「まあくれるものはもらうけれど」彼女は笑いながら言った。
「正しい招待客はご祝儀を渡すんだ。記帳もする」
「妙な几帳面さは10年前から変わらないね」
「これからも変わらないよ」僕は笑いながら言った。これから君がいなくなっても僕は変わらない。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」彼女はグラスに残ったビールを飲み干した。
「帰りましょう」僕は傘をふたつ取り、ひとつを彼女に渡した。
外に出ると雨は音もなくアスファルトを濡らしている。僕は彼女がタクシーを拾うまで傘を差して彼女の隣に立っている。そして彼女を乗せたタクシーが見えなくなるまで傘を差してひとりで立っている。彼女は振り向かなかった。突然強い風がアスファルトをなめるように僕を吹き上げる。僕の傘はどこかへと飛んでいく。僕は歩き出す。これから君がいなくなっても僕は変わらない。僕は歩きつづける。
おめでとう。心からおめでとう。

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約束〜とある塾にて10

土曜日は僕が塾講師役を兼ねている。塾生の一部が定期テストを来週に控えていて「先生土曜日の朝10時から授業してよ」とのリクエストが来ていた。彼女たちは普段のほほんと授業をしている。そんな彼女たちがわざわざ遊びたい土曜日をつぶすと言うのだから、僕も土曜日の午前をつぶさないわけにはいかない。ということで10時から授業開始。12時までという約束だった。しかし彼女たちがあまりにも熱心に授業を受けるので13時まで延長。13時から急いでデパートへ向かい、東京出張のためのトランクを購入。
14時30分から小学生の授業。2年生の男の子と女の子、3年生と4年生のふたり。2年生の男の子はよくできる塾生で、九九は1年生でマスターし、繰り上がり繰り下がりも4桁まですいすいこなすのです。かたや女の子は2桁の繰り上がり足し算はできるのだけれど、繰り下がり引き算はまったくできなかった。2週間みっちり繰り下がりを説明しても、それでもまったくできなくて12日にはまったくやる気なしになっていた。そこで彼女の頭を両手で抑えて僕の目を見なければいけないようにして、
「できないことほど一生懸命やらなきゃ、いつまでたってもできないよ」と言った。
「…」彼女は目をそらす。
「先生の目を見なさい。一生懸命やれば必ずできるようになるんだよ。塾は勉強をするところ。一生懸命勉強するところ」
「…」僕の目を見たり、目をそらそうとしたり。
「一生懸命勉強しない子は、塾に来なくてもいいよ。今すぐお家に帰ってもいいよ。帰る?」
「…帰らない」
「目を見る。帰らないの?」
「…」じっと僕の目を見る。
「帰らないの?」
「帰らない」
「一生懸命勉強しなきゃ、いやでもお家に帰るんだよ?」
「帰らない」
「一生懸命勉強できる?」
「できる」
「何をするの?」
「勉強」
「よし。一生懸命やるんだよ」
「うん」
「だめ。ちゃんと言ってごらん。一生懸命やる」
「…一生懸命やる」
「よし。じゃあ一生懸命勉強しよう」
それから1時間ずっと繰り下がりの計算を教えつづけた。彼女も一生懸命問題を解こうとした。そして1時間後、彼女は見つけた。ちょっと特殊な手段ではあるものの、繰り下がりの計算ができるようになった。
「できた。正解。はなまる〜。ぐるぐるぐる。ほら。一生懸命やればできる」僕がほめると彼女は笑った。
「ちゃんとできました。いい子いい子」僕は彼女の頭をぽんぽんと軽く押した。彼女はうれしそうに目を輝かせた。
「じゃあ、次の問題をやろう。できるかな?」
「できるよ」彼女は得意そうに言うと黙々と計算をはじめた。一問解くごとに計算速度はどんどんと上がっていった。
「ちゃんとできました。一生懸命やればできるんだよ」
「うん」
「疲れた?」
「うん… ううん、疲れてないよ」
「そうか。引き算は楽しくなった?」
「うん。楽しくなった」
「そうか。今日はものすごく一生懸命がんばりました。では今日はおしまい」
「やったー」
「でも引き算の宿題を出します。宿題できるかな?」
「できるよ」
「ほんとに?」
「ほんとにできるよ」
「よし。では来週持ってくるんだよ」
僕は彼女と一緒に表に出て、彼女が路地を曲がり姿が見えなくなるまで見送る。彼女は路地を曲がるといつも何度かまた路地から顔を出して僕に手を振る。僕は照り返すアスファルトの上に立ったままで彼女の再登場を待つ。三回路地から顔を出して彼女はようやく歩き始めたようだった。僕は30秒それからそのままアスファルトの上に立ったままで彼女の再登場を待つ。そして彼女がもう出てこないぐらいまで待って教室に入る。
その後ほかの小学生もみんな帰っていったのが18時。18時10分から中学生がやってくる。2年生の女の子ふたり。19時から3年生の女の子ふたり。2年生の一人は1年前入塾直後には5教科で144点だったのだけれど、この1学期中間テストで315点になった。タンクトップだったりミニスカートだったりする彼女たちと、人間の不平等について話し合う。いろいろと成長している彼女たちと話しながら時間が過ぎる。それで22時20分まで勉強を教えたりほかのことを教えられたりして23時30分に帰宅。

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何十年後かの彼らへのメール

とある塾ではウイークデイを他の講師に任せている。僕は週に一度どこかの曜日にちょこっと顔を出し、講師へ指示を出すだけ… になるはずだった。しかし現実はと言えば昼の仕事を終えると僕は塾に間に合う日には全て顔を出して塾生たちと無駄口を叩き、講師たちや塾生たちに叱られたりしている。 おとといの夜10時ごろに講師のひとりから電話がかかってきた。残念ながら男の講師で、別にアレでもなんでもなく親族が亡くなったということだった。 その講師は翌日の授業を担当している。私が代わりに行くことができれば問題はないのだけれど、残念ながら私には昼の仕事がある。彼の亡くなった親族の人に「もしもしもう一度あと一日ぐらい生き返ってくれませんか」と耳元でささやくことができたとしても、一度亡くなった人はもう生き返ることはないし、ずっと死につづける。死につづけることに異論があるわけではないけれど、塾の教室長としてはちょっと困るのだ。まあ講師の彼にはしっかりと最後の孝行をするようにと伝え、切った電話を握ったまま他の曜日を担当している講師たちへ順番に連絡を取った。23時をすぎた頃にようやく三人目の講師が何とか都合をつけてくれることになり、塾の教室長としてはやれやれと息をつくことができたのだった。

それで明日の授業は大丈夫になったのだけれど、いきなり曜日の違う講師がいたら塾生たちがちょっと驚くことが予想できる。まあそれで明日塾に来る塾生たちにメールを出すのだけれど、ただ講師が入れ替わることだけを知らせるのも何か面白くない。親族が亡くなられた講師の彼には申し訳ないのだけれど、塾生たちがいつも交流している塾講師の親族が亡くなられたのだ。彼らにとって誰かが死に、誰かが残されるということを感じる良い機会だろう。

「こんばんわ。テスト勉強してますか。明日の先生がxx先生に変更です。○○先生のご家族に不幸があったと電話がありました。勉強より仕事より家族が優先です。テストが終わってない人はテスト前だということをxx先生に伝えてあるので、テスト前の人は気兼ねなくテスト勉強をしてください。
君たちにとって今のところ親は乗り越えるべき存在です。だから君たちは中途半端に親を理解しようなどとは思わないで、精一杯反抗したり甘えたりすればいい。しかし君たちが親を乗り越えてほんとうの大人になったとき、良いところも悪いところも合わせて自分の親をひとりの人間として理解するようになるでしょう。
まあそれはそのうち放っておいても分かることなので、放っておいたらいけない勉強をしましょう。ではまた明日。」

というメールを書いて出した。自分の心の中で親をどれだけ大切に感じているかということは多分まだ彼らにはわからないだろう。だからこのメールを読んだところで彼らがすぐに変わるとは思わない。でもそれでいいのだと思う。わからない言葉の響きがたとえ余韻だけであっても心のどこかに漂っていれば、いつかその余韻が不意に彼らを大きく揺さぶることもあるだろう。とはいえそれがいつになるのかは分からないし、最後までその時はやってこないかもしれない。僕の言葉など忘れ去られてしまい、別の何かがそれを彼らに教えるかもしれない。でも僕はそれでもいいと思う。僕のことなど全く記憶に埋もれているだろう何十年後かの彼らがまっとうな人間になっていてくれればいい。僕が何かの役に立てばそれはうれしいことだし、なんの役に立たなくてもそれはそれで別に構わない。僕は僕が今できることをするだけだ。

僕は何十年後かの彼らへメールを出す。やあ、君たちが悩みながら輝いていた14歳のころに同じ時間を僕と過ごしたことを覚えているかい。覚えていないか。君たちがどのような何十年を過ごしてきたのか、僕は知らない。楽しかったり悲しかったりしただろう。笑ったり泣いたりしただろう。人生は自分のものなのに自由にならない厄介なものだ。そんなことは僕が言わなくても十分知っているだろう。そして結果がどうあれ全力で生きることだけが僕たちにできる全てだということも十分知っているだろう。君たちは全力で人生を駆け抜けているのかどうかも僕には分からない。人生にやり直しはない。それも知っているだろう。人生には終わりがない。他人の人生が終わるところは目にすることができるけれど、自分の人生が終わるところは決して経験することができない。人生はやり直しできないけれど、いつでも再スタートできる。人生に終わりはなくて、いつでも再スタートできる。自分の人生は永遠に終わらない。できることはできる。何しろ永遠なんだからいつかはできる。だから人生は辛いし大変だけれど、簡単なものだ。送信。

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ファイルサーバが落ちる日

「あの… ちょっといいですか」ユーザーサポート担当の同僚が隣から僕に話しかける。そのとき僕は600個あるプリントキューのStandard TCP/IPポートを点検している。現在はNT用のキューを入れたNT4.0 Serverと2000用のキューを入れた2000 Serverに分かれているプリントサーバを統合するための作業をしている。IPポートをキーにして1台の物理プリンタに結ばれているNT用キューと2000用キューを特定し、2000用キューに代替ドライバとしてNT用ドライバを指定するためだ。新しいプリントサーバは2000 Serverで構築するので、もともと2000 Serverで動いていた2000用プリントキューはWindows Print Migrator 3.1を使えばガッツンと一発で移行できる。マイクロソフトには大変お世話になっていて今年でもう4回も大規模なサーバパッチ大会を開催することができた。もちろんこれは皮肉な言い方だ。しかしなんだかんだいいながらこういう面倒くさい作業にツールを作るマイクロソフトはそれなりに分かっている。
全ての2000用プリントキューに代替ドライバを突っ込めば、何も考えることはない。しかし400個のキューに手打ちで代替ドライバを指定する工数を考えると、200個しかないNT用キューを事前に点検して200個だけ代替ドライバを突っ込むほうがスマートだ。またユーザーが廃棄している物理プリンタも多分それなりに数があるはずで、これを機にもう使うことのないプリントキューを整理する必要がある。そんなときに隣の同僚が話し掛けてきた。
「なんか用?」僕はネットワークプリンタから返されるping結果をコマンドプロンプト画面で確認したまま言う。
「今、ファイルサーバにアクセスできますか?」
「え?」僕はプリントキューのことをすっかり頭から消す。体に電流が流れるように、筋肉が硬直する。
「接続を拒否されるんですよ」
「ちょっと待て。ひょっとしてピンチじゃないかそれは」僕は急いでエクスプローラを開いてファイルサーバのフォルダを開く。当然アクセス拒否のダイアログボックスが表示される。
「どうやらピンチだな」僕はピンチを確認する。すると筋肉の硬直はだんだんと和らいでいく。起きてしまったことは起きてしまったことなのだ。それは受け入れるしかない。受け入れてしまえば、もう緊張することもない。問題はどのようにしたら復旧できるかなのだ。

物理的なファイルサーバはちょっと遠くにある。僕はターミナルサービスを利用して僕のデスクからファイルサーバへ接続を開く。僕のPCの中のHDDがカリカリと音を立てるほんのわずかな時間が長いものに感じられる。これで接続できなかったらサーバルーム別棟のコンソールボックスに張り付かなければいけない。しかしターミナルサービスは正常にセッションを張り、4秒後にはログイン画面が表示される。僕は管理者アカウントでログインする。イベントビューアを開き、システムログを確認する。DCOMサービスが5分前に落ちている。DCOMサービスの異常といえば、Windows系のコンピュータウイルスが典型的に狙う脆弱性だ。しかしパッチは完璧に当てているはずだし、アンチウイルスソフトはエンジンもDATファイルも最新だ。まあそんなことは復旧後に考えることだ。今は復旧を最優先する。

実はこのファイルサーバはWindowsクラスタを使って稼動している。クラスタリソースを2台のマシンに割り振っている。片割れのマシンに登録されている共有フォルダへExplorerでアクセスを試みると、ちゃんとフォルダ内容が表示される。片割れは生きている。片割れにターミナルサービスでログインする。イベントビューアでログを確認する。ログは非常にきれいだ。クラスタアドミニストレータを起動し、クラスタリソースの状況を確認する。クラスタリソースには何の問題もない。クラスタに問題がないのはいいのだけれど、今のようにクラスタは元気でWindowsが病んでいる場合にはクラスタリソースのフェイルオーバーが行われないということがあるのだ。僕は見えていないフォルダを手動でフェイルオーバーする。10秒間のフェイルオーバー処理の後、フォルダは片割れにフェイルオーバーを完了する。僕はExplorerに戻り、それまで見えなかった共有フォルダにアクセスを試みる。フォルダにはちゃんとあるべきファイルとフォルダが入っている。僕はフェイルオーバーしたリソースグループを自動フェイルバック禁止にする。キーボードから両手をはがし、椅子の背もたれに深く背中を沈める。背もたれは静かに倒れていく。僕は天井を見つめる。やれやれ。

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VMWare面白いですね

勤務先のサーバルームにVMWare on Linuxがやってきた。セットアップはベンダの人がやっていったのでまだほとんどわけがわからないのだけれど、のっけられたWindows 2000 Server(複数イメージ)をいろいろといじくってみた。リソースの配分や作成や削除がアイコン一つ押せばすぐできるのはほんとものすごく便利だ。「ディスク作成」ポン。それだけでSCSIディスクがポン。VM(Virtual Machine)にマウントポン。はいマウント完了。削除ポン。はい消えた。VMイメージのスナップショットも保存できるらしい。だから今までの物理サーバのようにGhostでずーるずーるとイメージ吸い取って、それから一か八かでパッチ当てて、だめならまたGhostでぎゅうぎゅうとイメージ押し込むという手間が要らない。ロールバックもできるとかその辺はまだ読んでないので間違いかもしれないけれど、スナップショットすら取らずにどーんとパッチ当てて、ダメならロール・バーック! はい元通り。すごいすごい。またようやく身に付けたサーバのトリビアが無価値になるわけだ。工数削減は賃金をダイレクトに削るので管理者泣かせでもある。もっと勉強しないとな。

ところでプリキュアはDANZEN!盛り上がってます。興味ある方は上記リンクからはてなダイアリーへどうぞ。ゆかポン絵も登場。

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休みに休めず

昨日近鉄阿倍野店にふたりはプリキュアショーを見に行きました。3回公演全部見ました。興味ある方は上記リンクからはてなダイアリーへ。休日なのに全然休んでません。

Windowsの脆弱性 MS04-011 はやはりとんでもないことになっていて、私が仕えているサーバーちゃんたちに緊急作業が入る模様。ああまた休みが無くなる。今年何度目だよ緊急作業。

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時には二日連続で技術者のように

おしらせ:ゴールデンウイークなのにウイークデイよりがんばっているたろ。です。プリキュア文で朝から晩までたまに買出ししつつ夜は床にうつ伏せ寝する毎日です。やっぱうつ伏せ寝は硬い場所に限ります。窒息死しないし。というわけではてなダイアリーの方はがんがん更新中です。よろしければ訪問してみてください。お知らせ終わり。

そんなわけでバックアップ担当者にとっての連休とは、体は休まるが心は休まらない日々なのだった。バックアップそのものには成功しており一昨日のリモート復旧作業が奏効した。しかしである。テープがサポートさんの言うとおりの動きをしないのだった。

少々詳しい解説をしないと良く分からない。今回のシステムは DEC VAX4000Model 100A というかなり古いモデルで、それに Storagetek のストレージシェルフ(ドライブ類を外付けするための空箱)がついていて、その中にテープドライブが入っているわけです。ドライブのプロダクト名はTLZ-07で、これは4mmのDDS-2ドライブです。昔(今もあるけれど)音楽用メディアでDATというものがありましたが、これをそのままデータ記録用に使用しています。でこれがドライブなのですが、今回のシステムには4連装のオートチェンジャーがついていて、ジュークボックスに4本のDDS-2メディアをカシンカシンカシンカシンとはめ込んでオートチェンジャーに落としておけば自動的に4本を使用してくれるという装置です。

連休前まで使用していたバックアップ用バッチファイル(正式にはコマンドプロシージャ、通称コマプロといいます)には、大ざっぱに書くと

$ INITIALIZE/MEDIA=COMPACTION MKA100: [ラベル名]
$ MOUNT/OVERRIDE=IDENTIFICATION/MEDIA_FORMAT=COMPACTION MKA100:
$ (バックアップを実施するためのコマンド)
$ DISMOUNT MKA100:

というコマンドが書かれています。最初はメディアを初期化するコマンドで、バックアップのたびに前データを全部ふっ飛ばします。MKA100というのはテープドライブに付けられるデバイス名で、これはシステムが勝手にきめ打ちします。自分で名前を付けたいときには論理名を指定する必要があります。/MEDIA=COMPACTIONというのは圧縮ありメディアを使用するために必要です。

次が初期化したテープをOSが利用できるようシステムへマウントします。 /OVERRIDE=IDENTIFICATIONというのは、初期化時に付けたラベル名に関係なくマウント処理を実行するために使います。この修飾子をつけないとメディアにつけられているラベル名をピンポイントで指定しなければマウントしてくれません。/MEDIA_FORMAT=COMPACTIONというのはテープメディアを圧縮有りで使用するために使います。

それからバックアップコマンドを実行し、最後にDISMOUNTコマンドでテープをシステムからディスマウントします。

で連休前に問題になったのがINITIALIZEとDISMOUNTでした。DISMOUNTを実行すると、オートチェンジャーが勝手に次のテープを用意してしまう。だから5日目になると初日のテープを用意してしまう。そしてINITIALIZEコマンドがテープのデータを全部吹っ飛ばしてしまう。すると5日前より前のデータが全く残らないということになるわけだ。

それでまあVAXだからHPのOpenVMSソフトウェアサポート屋さんに連絡を取り、7日以上のバックアップを残したいのだが前日マウントしたテープを前日データを残しつつ続きでBACKUPすることができるのかどうかを質問した。結論としてはコマプロからINITIALIZEとMOUNTとDISMOUNTを取り除けば、翌日は前日の続きテープを使用してバックアップが取れますよということだった。 まあそのとおりなのだけれど、先のコマンドであえて(バックアップを実施するためのコマンド)と書いたのが実は今回の問題を生んでしまったキモなのだった。ふつうにBACKUPコマンドを使用していればサポートを受ける必要も無かった。

なぜといってBACKUPコマンドならば自動的にテープをマウントして終了すればDISMOUNTしないでそのままテープを入れておいてくれるのだ。しかし考古学的バックアップコマプロではそれが実はそうではなかった。これ以上詳しく書くとバックアップの範疇を超えるので詳しいことは書かないけれど、もしその考古学的コマプロのコマンドがDISMOUNT無しで使用できるのならば連休用バックアップにそのまま使用するつもりだった。だって実績がある。バックアップの世界では実績が全てだ。変に新しいことをしてバックアップが取れない、さらに運悪くシステムが吹っ飛んだなどということがあれば当然責任は僕にのしかかってくる。少なくとも実績のあるコマンドを使用していれば、幾分僕の責任は少なくなる。

結果的に考古学的コマプロは連休用として使えないことが判明したので、僕はBACKUPコマンドを使ってINITIALIZEとMOUNTとDISMOUNTを省いた全く新しいコマプロを作成することになった。それでとりあえずテストをして正常完了を確認した。しかしシステムを止めるわけにいかず、毎日のバックアップが動いている中でアーカイブビットを初期化するわけにもいかないのでテストとしては結構不十分なものだった。

というのが連休突入直前までの状況だった。それで連休中に家からリモートで連休用バックアップのログを眺めたら上手くない。結果を解析して復旧作業をしたのが昨日。そして本日のバックアップ結果を見てみると、バックアップは成功していた。しかしである。テープが勝手に次のものへと入れ替わっているのだった。

HPのお兄さあーん。続きから使ってくれるって言ったじゃないかー。

ということで私はこれから毎日勝手に入れ替えられるテープを前日使用したものにさらに入れ替えるという作業をしなければいけないのだった。まあバックアップだけはちゃんと取得できるからまだましなのだけれど。

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時には技術者のように

なんだか特定の方面の方々にえらくお叱りを受けている「とある塾にて」シリーズです。とはいえとある塾での私は雇用関係を結んでいるわけではなく、たんなる趣味として教室長を全力で務めているのです。趣味というのはいわゆる特定の方面というわけではなく、純粋に子供たちがすくすくと育っていく毎日を横から眺めていたいという趣味であって、でもこう書いてもやっぱり特定の趣味っぽい記述になってしまいなんだかどうしようもないのでこのへんで本題に移ろうと思います。

昼の仕事はとあるサーバールーム管理者で、そのとあるサーバールームではWindows系、SunOS-Solaris、OS/400、NetWare、OpenVMS VAX/Alphaなど全部で50台ぐらいの物理サーバが動いている。いくつかの物理サーバには複数の仮想マシンが動いていたりするので、実運用サーバ数としてはプラス何台かということになる。まあ普通のサーバールームだ。IBMのセキュリティ編CMではずらりと並ぶ19インチラックの前でだらだら会話をしている管理者ふたりが映っているのだけれどまあそんな感じだ。

サーバールーム管理といっても特にたいしたことをするわけではない。ハードウェア障害があれば保守契約会社に連絡を取り、ソフトウェア障害があれば保守契約会社に連絡を取る。あとはたまに購入されるサーバのセットアップをしたり、バックアップテープを入れ替えたりバックアップジョブを作成したり変更したり。奥に異常動作するサーバがあれば行ってリブートしてやり、手前に異常停止したサーバがあれば行ってリブートしてやったりする。OS上からリブートできないWindows系サーバがあれば運を天に任せて「ポチっとな」と電源スイッチを押し、OS上からリブートできないSunサーバがあれば鍵をぐるりと一周させ、OpenVMSがOS上からリブートできないことには未だかつて遭遇したことが無く、OS/400が異常動作をしたことは一度も無い。そういうOSにWindowsはなりたい、と思っているのだろう。

連休というのはサーバールーム管理者、特にバックアップ担当者にとってはちょっと大変だったりする。しかもいちばん気になるサーバがたとえばOpenVMSだったりすると結構大変である。まずバックアップがコマンドを手打ちで書いてあるバッチファイルをスケジューラで定期実行しているのだ。DOSコマンドで書いたコピーコマンドがたくさん並んでいるバッチファイルを毎日叩いていると考えてもらえばだいたい合っている。しかもそのバッチファイルの中身は誰も知らないのだ。文字通り誰も知らない。バッチファイルを作った人が誰なのかも分からないし、運用しているのは僕だけだ。そして僕はバックアップ用バッチファイルを読んだことが無いとなれば、一体誰が知っているのだ。ただでさえOpemVMSなんてマニュアル以外に書籍もないので、ひとたび何か起これば考古学者のように問題を探り当てなければならない。今回ディスクの奥底に眠るバッチファイルを開いてそこに書いてある手打ちコマンドを読むなんて、文字通りひとり遺跡発掘大会だろう。

今回は連休用にバッチを新規作成してそれを連休中に自動実行させるということにオペレーションが変更されたので、僕は先週初めてバッチファイルの中身を読んだ。まあUnix系OSを使っている人ならばサーバー管理といえば当然なのだが、OpenVMSは基本的にコマンドラインインターフェイスなのでひたすら文字を打ち込んでは文字で返される結果を読む。読む。読む。そしてエディタを起動してショートカットキーを使いまくってラインを移動しつつ新たなバッチファイルを完成させた。

しかしそれは新規作成したバックアップバッチで、今まで一度もテストさえされたことが無い。まあ当然本番リリースするにはテスト結果報告書が必要なので、先週ほやほやのバッチをテストしてひとまずテストでは成功を収めた。ただそれはやはりテストなのであって、本番環境と100%互換というわけではなかった。そのあたり心配だったので先ほど正規の手順を完璧に守りつつRASサーバ経由でリモートからイントラへログインし、telnetでそのOpenVMSサーバへさらにログインし、ジョブが実行されたら作成されるようにしておいたログファイルを開いてみると、あんまり芳しくない。そこでテープ装置にアクセスしMOUNTやINITIALIZEコマンドを叩いてとりあえず考え付く復旧策を講じ、保険の意味でバックアップバッチを手動で実行してバックアップを完了した。

ついでに現在新規セットアップ中のスタンドアロンサーバにツールを使用してローカルログインし、イントラ内のActiveDirectoryに登録してみた。上手く登録できた。

あーなんか、久しぶりにサーバ管理者らしい仕事をしたな。つーか明日またOpenVMSのバックアップが芳しくなければ、連休中は毎日手動でバックアップしなければいけないんだろうな…

はやく一週間経たないかな。そしてゆかポ(略

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教室長失格〜とある塾にて9

許せない方面からお越しの方々、お越しいただき有難うございます。このとおりのことはなかったかもしれませんが、こんなようなことはあったかもしれない。ここで書いている雑文はそういう感じです。では許せない気持ちでいっぱいになってください。夜霧さん(風流[姫]君 カザルヒメギミ)ご紹介有難うございます。あれはネタじゃなイデデ… ギブギブギブ… おかあさーん、よしりんさんがいじめる〜(Angel Heart Club

 ゆかポンは人の心を気にしすぎる。よく気が付くというのはそれが良い方面に出るときなのだけれど、悪い方面に出ると自分が作り上げた他人の心という壁に自らはまりこんで勝手に落ち込んでしまう。
 そんなゆかポンがかなり気にしているのが自分の顔のことで、誰かがかわいいとか言う話になると真っ先に自分の顔がよくないことをネタにして笑いを取ろうとする。そのくせやっぱりしっかりと気にしているというのがそばで話を聞いている僕にはわかるのだ。伊達に物心ついて20何年人の顔を見ているわけではない。それに多分、ゆかポンよりも僕のほうが人の心を気にしながら少年時代を生きてきたのだ。今考えれば僕は大学生だった頃のどこかで人の心で自分の周りに壁を作らなくても済むようになったのだと思う。社会人デビューのわがまま人間だけに今やわがままぶりは相当なものだ。
 まあ僕のことはいいのだけれどゆかポンは未だ少女真っ只中で、中学生のころというものは自らの身体的特徴に最も敏感なお年頃なのだ。そして同時に顔ネタというものはおちょくりネタになりやすい。ということで僕がゆかポンの自虐顔ネタに反応してちょっとおちょくってみたりすると、最初は笑っているもののすぐに目が笑わなくなる。
 そんなわけで昨日塾での雑談でゆかポンと
「先生、今日の広告でプリキュアショーのお知らせがあったよ」
「なにいー! ど、どこだ! どこなんだあ!」
「うーん、忘れた」
「忘れんな!」
「だって興味ないもん」
という会話を交わしたので、僕は塾から帰ってからメールをゆかポンに出した。
「今日は新人先生が来たから、ゆかポンはかわいげだった。やれやれ。プリキュアショーよろしく」
「私はいつもかわいいです」と矢のような速さで返事が来たのだった。
そして今日は僕が残業で塾に行けなかったのだけれど、塾を終えた頃ゆかポンからメールが来た。
「近くのコンビニにプリキュア人形が売ってた」とプリキュアショーについて全く言及が無かったので、
「ゆかポンはいつも通り今日もかわいかったのかなあ。それはいいとしてプリキュアショーはいつなんだあっ!」
という返事を書いて出した。そしたら返事が返ってこない。

 うーむこれはちょっとやりすぎたなと思った。どのような返事を出しても塾の教室長としてはちょっとかなりどうかしていることにしかなりそうになかったのだけれど、ここで返事を出さないとずっと後悔してしまいそうな気がした。
「ゆかポンはかわいいよ。もっと心に自信を持ちなさいよ。心が歪んでいる人は顔も歪むし、こころが輝いている人は顔も輝く。顔のつくりは人によって違うけれど、誰でも心は輝かせることができるのだから。大人になればわかるよ。美しさは作りではないということが。別に返事を出さなくてもいいからね。でもプリキュアショーは教えてくださいお願いします」
と書いてからひたすら3分ぐらい悩んだ。こんなメールを塾生の女子中学生に出していいものだろうか… でもゆかポンとは僕とねねポンの三人で毎週人の心の結構奥に届くような対話を続けていて、だからこそあんな軽口でゆかポンを傷つけたままにしておきたくなかった。それで、ひたすら悩んだまま送信ボタンを押してしまった。
 返事がこない。失敗したか… しかしどのように失敗したかに関係なく、もう次に送るべき言葉は無いし、僕の感覚がこれ以上送ってはいけないと僕に知らせていた。だから僕は待った。
 30分後に携帯電話がぶるぶると振動し、ゆかポンからメールが来た。プリキュアショーの日程と場所だけが書いてあった。どうやら最悪の状況からは免れたようだった。さっそくゆかポンとの会話をいつもの調子に戻しておくためにメールを出した。
「よっしゃあ! ゆかポン様誠に有難うござりまする。この私め、一生の幸せにござりまする。それでは楽しい連休を過ごしてください。一週間後また塾で会いましょう」
「1週間後さらに美しくなってきますよ!さようなら」すぐにゆかポンから返事が来た。ゆかポンはよく気の付く娘である。さようなら、という言葉が気になったけれど、もう突っ込むのはやめよう。
「了解」と僕がメールを返すと、
「プリキュアの絵を書いて次の塾に持っていきますよ」とすぐに返事が返ってきた。ゆかポンは絵が好きなのだ。僕はそのメールを読んで、携帯電話をぱちんと閉じた。

 おやすみ、ゆかポン。

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The Second Opening〜「ふたりはプリキュア」第13話

要約:今回はなぎさとほのかにとってプリキュアの物語と日常の物語が交錯を始めるという第二のオープニングだった。そしてドツクゾーンとの戦いも「表プリキュア対裏プリキュア」の戦いとして新たな段階へと突入した。

今回はどうなのだろう。なぎほのファンにとっては彼女達の魅力を再確認できるどころか「なぎさ特盛りつゆねぎだくだく」「ほのかは小粒でピリリと辛い」で阿鼻叫喚の狂喜乱舞だっただろう。そしてキリヤ初登場でわけがわからないぐらいいろいろな部分が少しずつ描写され、ポイズニーが隣のおばちゃんもしくは行き遅れお姉さんぶりを発揮でふたりがよく生きている。前ふたりよりもちゃんとなぎさほのかと絡んで物語を盛り上げるのではないかと言う意味では物語的にも重要な回なのだろう。そして変身シーンを見られてたのかみられていないのか非常に微妙な描写があり、前回ラストの「このままよね…」がほんとうにこのままなのか。

プリキュアとかみ合うぐらい意志をもった敵が常に近くにいるようになった。藤Pが再登場しなぎさの日常が再び動き出した。ほのかの日常である科学部の物語もようやく始まった。そしてこれからプリキュアが周囲に認知されていくようでもある。そしてさらに細かく張り巡らされる伏線の数々。アバンタイトルがまさに第1話のバンクなのだが、それはおそらく物語の反復を意図してバンクとしたのだろう。しかしふたりはすでに十分プリキュアとしての歴史を背負っており、もう二度とただの中学二年生には戻れない。

日常は永遠に回る回転木馬のように繰り返す。しかし木馬に乗る人間はその繰り返しを繰り返しと認識しつつ常に新たな場所へと進んでゆく。第13話は「ふたりはプリキュア」セカンド・オープニングだ。

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どこでもない場所に〜とある塾にて8

 僕がこの塾に教室長としてやってくるようになって一年が過ぎた。最初は小学生や中学生に対してどう接すればよいのかなんてわからなかった。学生時代にまる2年間塾講師として中学生たちと過ごしたし、平行して3年間ほぼ切れ目無く家庭教師をした。そして二年前まで二年間また家庭教師を引き受けていた。それでもわからなかった。

 学生時代とは責任が違う。教室長として僕はこの教室の全てを決定することができる。いやそんな風に言うとまるで僕が全てを決定するだけのスキルを持っているように聞こえてしまう。正確に言えば僕の振る舞いが全てこの教室そのものの文化として生き始めてしまうのだ。僕の思惑を外れてさえも。

 だから僕は今思えばものすごく気負ってこの教室に通ったし、と同時に毎日が喜怒哀楽の大きな波の中で足をばたつかせるだけだった。塾生は二ヶ月で3人減り6人になってしまっていたし、ここの塾雑文で吉村さんとして造形されることとなった塾生は全く心を開いてくれていなかった。やがて5月からぞろぞろと入塾してきた5教科アンダー200点で内申点アンダー20の悪ガキトリオはどれだけ叱っても悪ガキぶりを改めなかったし、そんな彼らの横でまじめに勉強している塾生たち(塾雑文での「先輩」グループ)は苦りきった表情を浮かべていた。

 僕にはそのような状況にある小さな塾を建て直す方法などありはしなかった。かと言って彼らに迎合することは許されなかった。僕が彼らに迎合することはたやすかった。学生時代ならばおそらく内心の焦りをごまかしながらへらへらと迎合しただろう。結局のところ学生アルバイトなのだし、持ちクラスが崩壊すれば僕は職を追われてそれでおしまいなのだ。あとは本物の塾講師の人たちが何とかするのだろうし、僕は自分のふがいなさをへらへらと笑いながら別の場所で生きていくのだろう。

 しかし今回それはできることではないし、すべきではないと思っていた。僕はもう学生アルバイトではない。そして僕はもう30歳を過ぎている。ここで逃げてしまえば、今後の人生はおそらくずっと逃げながら過ごすことになるだろう。そして何より増していまこうしてあの教室で時間を共に過ごしている塾生たちにとって、彼らの12歳や13歳や14歳はもう二度と彼らに訪れることは無いのだ。今になってようやくそう思えるようになった。
 極わずかな時間ではあるけれど僕はそのような彼らの時間を預かっている。勉強ができる塾生であればそれを少しでも伸びるようなことをしたいし、勉強ができない塾生であれば勉強ができないなりに何とか人生を解放された気持ちで生きていけるような力を生み出す方法を一緒に探したい。

 僕にできる唯一の振る舞いは、行動を通じて彼らに僕の決意を感じ取ってもらうことだけだった。大人が吐く奇麗事と実際の態度の間に開く溝を最も嫌悪したのは中学生の頃の僕自身だったからだ。実際の僕には何も見えていなかったのかもしれないし実際見えていなかったのだろう。しかし中学生の頃の僕にはそのような溝が実際に見えているように思えていたし、そう感じることは中学生の頃の僕にとって真実だったのだ。

 だから僕は塾生の彼らに言葉で何かを説得しようとだけはしないと決めた。もちろん体罰をするわけにはいかないので結局は言葉に頼らざるを得ない。だが少なくとも最初から言葉を使うことはしないと決めた。言葉はそれを投げる人の決意を感じたときにだけ重さを持つ。僕はそう思う。それは言葉ではあるものの、本当に何かを彼らに伝えているのは言葉ではない。言葉が伝えるのは決意であり、決意が伝われば言葉など勝手に伝わってしまうものなのだ。そして塾の教室長が持つ決意とは、最後のところこの僕がこの教室では絶対的な決定者であるという決意だと思う。僕は勉強しないトリオの首領格に何度も何度も言った。昨年授業をバイトに任せて近くの喫茶店に拉致連行してまで言った。
「このままお前の態度が変わらなければ、他の塾生が勉強をする権利を奪うことになる。だからお前がこのままならば、俺は容赦なくお前を塾から追い出す。お前がそれでどうなろうと知ったことじゃない。他の大手の塾は絶対にお前を入塾させないだろう。脅しじゃない。単なる事実だ。でもお前に勉強する意志があって、それでちゃんと勉強するならば俺はお前を見捨てない。本部の人間が何を言おうと俺はお前を辞めさせない。お前が辞めたいといっても辞めさせない。お前に勉強を教えつづける」
 我ながら阿呆である。とはいえ十分にコレは脅しだし、彼がどっちに転んでも塾はなんとか持ちこたえることができる卑怯な言い方だ。そして彼はまだ塾に居る。

 勉強ができない塾生の話は追々僕がそれをまとめられるぐらいに彼らを造形できたら書いてみたいと思う。今日はこれまで造形してきてある程度相対的に書きやすい方、勉強ができる塾生との話を書くことにする。

どこでもない場所に〜とある塾にて8

 勉強ができる塾生は二人いて、ひとりは「先輩」の基本的な造形となった塾生だ。彼女はあまり熱心に勉強するタイプではないのだけれど、5教科でほぼ400点アップの成績を取っている。2歳の頃からピアノを習い、踊るほうのバレエもこなす忙しい身である。やがては音大でピアノを専攻したいと思っている。おおらかな魂がそのまま受肉したような天真爛漫さを持っていて、彼女がずっとこの教室に居たから僕はなんとか最悪の事態を精神的に乗り越えることができたと思う。彼女が今日ちょっと恥ずかしそうに、
「ねえ先生。今日わたしが自分で弾いた発表会のMDを持ってきたんだけれど、聞きたい?」と僕に尋ねた。
「もちろん」と僕は答えた。
「びっくりするよ。上手くて」彼女は笑わずにそう言った。
「それってさあ」隣で一次関数のグラフとx軸y軸が囲む面積を計算していた彼女の友人が言葉を挟むと、
「違うんだって。自慢じゃないんだって。自分の演奏を聞くのが好きだから今日も練習が終わったあとで聞いてたの」と彼女はちょっと緊張を含んだ声で友人に答えた。土曜日の21時30分過ぎにはもう彼女たちふたりと僕しかこの塾にはいない。あと15分ほど授業時間があるのだけれど、だいたいいつもこの時間になると三人で取り留めなくどこでもない場所へと船を出すようになってしまっている。
「でも僕だってそうだよ。自分が書いたプリキュア文を何度も読み返して、ここはダメだな、ここは我ながら良い文章だなって反省しているよ」
「ああそうそう。私も自分の絵を見なおしてるわ。ああそうそう」と友人はすっとぼけた声で答えた。友人という呼び方ではちょっとわけがわからなくなるので、仮にゆかポンとしておこう。ゆかポンは絵が上手で、将来はあまり明確ではないのだけれど絵に関係する仕事につきたいと思っている。成績は5教科でほぼ400ダウンで、内申点は36アップというところだ。感心するほど勉強をするタイプでバレーボール部に所属している。ショートカットで明るくよく気が付く。気がつきすぎるのが彼女の弱点でもあるのだけれど、それはそれでやはり彼女の美点でもある。ついでに「先輩」は仮にねねポンとしておく。
「なんでゆかポンはそうやってさも取ってつけたような言い方をするのですか。素直になればいいのに。ねえ」と僕はゆかポンの微妙な心理状態を認める口調で言った。
「ゆかポンはちゃんと分かってくれているからいいんだって。それで先生、本当に聞きたい?」ねねポンはまた僕のほうを向いて訊ねた。
「聞きたい」
「本当の本当に聞きたい?」
「聞きたい」と僕は言った。
「じゃあ聞かせてあげる」ねねポンはそう言うとかばんからMDを取り出して僕に手渡した。僕はゆかポンの机の上に置いてあったMDプレーヤーへディスクを入れてヘッドホンを両耳にはめ、再生ボタンを押した。たぶんそれなりに広い会場で行われる発表会なのだろう。人々が静かに椅子に座っている音が聞こえ始めた。
「1曲目は私が小学校1年生のときの発表会なの」ねねポンが説明を始める頃には、小学校1年生が弾いているピアノ曲が僕の両耳に溢れていた。それはストロークの速度とタッチがすべて均一で単調な抑揚の無い音だった。小さな体で一生懸命鍵盤を押している小学校1年生のねねポンが僕の目の前に居るような気がした。
「ねえ先生。かたっぽ貸して」ゆかポンが僕の隣で右手を出した。僕は右耳から紐の長いほうのヘッドホンを外してゆかポンの右手の上に乗せた。ゆかポンの右手はとても冷たかった。ゆかポンは受け取ったヘッドホンを右耳に挟んだ。僕はゆかポンの右耳からヘッドホンが取れないようにゆかポンの隣の椅子に腰掛けた。
「発表会の演目は長いから、次に行ったほうがいいよ。次は小学校2年生の頃」僕は手に持ったプレーヤーの早送りスイッチを押した。ピピッという電子音の後でまた人々の静かな息遣いが聞こえ、今度はかすかに抑揚が付いた演奏が流れてきた。この曲なら僕にも分かる。
「2年生のときは『エリーゼのために』を弾いたんだ」
「そう」とねねポンは短く答えた。確かに上手くなっていた。技術的には多分あまり変わっていない(それでも小学生にとっては大変な努力の結果なのだろう)ようだったけれど、聞こえてくる『エリーゼのために』には確かに人間の感情を感じることができた。人は成長するのだ。こんな風にして。心のこもった演奏という修辞は今までよくわからなかったのだけれど、僕は演奏に心をこめることができるという本当の意味をいまこうして聞いていた。それはほんとうにわずかな違いでしかなかった。この演奏だけを聞いたのならば分からなかったに違いない。相変わらずストロークはほとんど単調に響いていた。それでも僕のような音楽的蓄積の無い素人の耳にですら、小学2年生のねねポンが小学1年生のねねポンから確実に成長していることをはっきりと感じ取ることができた。
「じゃあそろそろ次」やがてねねポンがそう言うたびに僕は早送りスイッチを押し、ねねポンが毎年成長していくねねポンの歴史を感じていた。ゆかポンも一言も言わないまま黙って僕と同じピアノの音に耳を済ませていた。そして昨年の演奏になると、中学2年生のねねポンがたった一年間でとびきりの成長を遂げたことをしっかりと手触りとして感じることができた。
「ねえ、ねねポン。去年はすごく良くなってるね。成長したんだね」と僕は思わずねねポンに言った。
「それはね先生。去年からグランドピアノに変えたの」
「そうなんだ」
「それまではずっとアップライトのピアノで発表していたから。グランドピアノってすごくいい音がするんだよ」
「それでこんなに響きがいいんだ」
「そう」ねねポンは自分で自分を納得させるような口調で答えた。
「でも、ねねポン。僕が言うのは響きだけじゃないんだ。ちゃんと感情があるんだ。グランドピアノが凄いのも分かる。でもねねポンの演奏が中学1年生の発表会に比べてものすごく成長しているように聞こえるんだ。ねねポンがこの一年でものすごく成長しているように聞こえるんだ」
「そう?」
「そう」
「そう」ねねポンはそう言って、すこしだけ微笑んだ。
「そう」僕はねねポンと同じぐらい微笑んだ。ゆかポンはまだ黙ったまま目を閉じてピアノの音に耳を澄ませていた。やがて僕はどこでもない世界から舟を現実の世界へと漕ぎ戻し、二人を家族の元へ送り返してから僕の世界に戻った。

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続ゲキドラーゴ論〜ポイズニーとは何か

要約:ゲキドラーゴとは何かをもうちょっと突っ込んで考える。まずプリキュア物語に入りこんで考える。次に番組構成としても考える。するとドツクゾーンの5人がなぎさとほのかにとって乗り越えるべき家族の影であることが見え、そこからポイズニーの正体が分かる。かもしれない。

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またもや絵
なぎさ驚く

いい加減壊れてるな。なぎさ。そして私。

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おばあちゃん生身で10倍|ほのか人間への第1歩〜第12話

今回から感想は小出しにしたいと思います。その分ひとつひとつを今までよりちょっと深めに書いていこうと。ここみみさん(id:kokomimi)の2004-04-11が焦点を絞って書かれていて、うーんすごいなーと思いましたので。まあ、第11話のように燃えて燃えて(私が)仕方がないときには元に戻ると思います。

要約:ほのか菩薩説を以前示しておいたのだけれど、菩薩というよりはギリシア神話のオリンポス12神のひとりで知性と戦いの神であるアテナだったのだろう。ほのかはプリキュアになるまで、プリキュアになってなぎさを知るまでは人ではなく神であった。理知という一面において完璧であり、だが同時に完璧に何かを欠落させていた。一方人間とは不完全な形ではあるが全体を少しずつ持っているという存在形態である。ほのかは今回おばあちゃんの危機を前にして自分の心に生まれた情をよりどころにポイズニーと闘おうとした(まさに前回のなぎさと全く同じセリフを口にした)。まだその情は生まれたてで弱々しいためピーサード戦のような炸裂に至ることができなかった。自分の世界に生きているおばあちゃんを(ということはほのかの心そのものの一部を)直接傷つけられることには慣れておらず、それが亮太の危機で見せた理念的な怒りですら発動できなかった理由だと思われる。

ほのかは人間への「堕落」を始めた。しかしそれは「人間」ほのかの誕生を高らかに宣言する堕落なのだ。

あとさなえおばあちゃんについても後で多少覚え書きします。

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プリキュアンサイトを巡る

(福)さん

朝日にゼミ同窓がいて中日に2コ下がいる自由業のたろ。です。Fuku Diaryの4月17日「ふたりはプリキュア」の声優についてでは(福)さんのマニア人と仕事人を兼ね備えた考察を読みました。

主役二人以外の配役にも、大いに注目すべき点があります。それは、舞台活動をされている方、あるいは洋画や外国ドラマの吹き替えをされている方が目立つ、という点です。
(中略)
こうしたキャスティングは、いわゆる「アニメ的な芝居」(それが悪いというのでは全くありません)ではなく、「人間味のある芝居」を追求しようとする姿勢の表れなのではないでしょうか。

というコメントは「ふたりはプリキュア」における声優論そのもののするどさに加え、(福)さんが物語というものを愛しているという姿勢が出ていると思います。なぜなぎさを本名陽子さんが演じ、ほのかをゆかなさんが演じているのかというのは(福)さんが書くように「二人はプリキュア」が何を目指しているのかを表しているのだろう。
私は札幌まで飛行機に乗って第三舞台を見に行ったり、自分でも主に筧利夫が演じた役を学生時代に演じたりしましたが、残念ながら興味関心が非常に狭い性分が災いしお役に立てず申し訳ない。
ゆかなさんが第8話の「もたもたなんか、してませんッ!!」で本気で腹を立てたというのはあの絶叫がいろいろと話題になったことでも分かるように特別なセリフとして受け手に届いた野ではないかと思う。私にも実体験があるので分かる気がする。9本ぐらいやった演劇で一回だけ8本目でそういう経験をしたことがある(まあ学生素人演劇なのでゆかなさんの心境にまでは達していないだろうけれど)。そのときの本は鴻上尚史『スナフキンの手紙』で僕の配役はカミソリ後藤田こと後藤田政志だった。第三舞台本公演では池田成志が演じていたのだけど、造形的には筧利夫のはまり役((後藤田の造形は池田さんには少々酷だったな。発売されている本公演ビデオではかなりすべりまくっている))。後藤田の時だけは僕の自我がほぼ麻痺状態になって、自分がどれだけ大声を張り上げてセリフを出していたのかも聞こえないし、次にどう動けばよいのかも分からなかった。しかし体はそんな動きがあったのかと思うほど勝手に躍動し言葉は流れるようにどこか心の底から沸いて出た。

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いぬでいいじゃないか いぬだもの(2)〜なぎさの身体描写

要約:なぎさの脚はちゃんと運動選手の脚をしている。ほのかの脚はすらりと細い。その他なぎさの腕、なぎさの顔、なぎさのローアングルとなぎさに炸裂してみました。しかしこのタイトルでは

なぎさ=犬

のように読めるな。まあなぎさの性格は犬型かもしれないので良しとしよう。そうするとほのか=ねこということになるが、それはそれでまた特定の方面で別の意味を持ってしまうのでどうしよう。

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ユングの元型仮説でなぎさとほのかの家族を無理矢理説明する

いずみのさん(はてなid:izumino)さんが4月17日のユング心理学でプリキュアを語るでなぎさ−ほのかは影にならないという日記をしたためています。正統的ユング理解で理屈担当の人王者の風格です。援用適用というのはああでないとな。

要約:なぎさとほのかについてそれぞれの家族たちにユングの元型イメージを割り振ってみる。美墨家では岳(父)と亮太(弟)はトリックスター元型、理恵(母)がペルソナ元型を見せている気がする。雪城家では父母が太母元型、さなえ(祖母)が老賢人元型のような気がする。これは美墨家の人々がなぎさの性格と相似しており、雪城家の人々もまたほのかの性格と類似していることを意味する。

 こんな見栄えしないことばかり書いていてもダメになってしまうので明日はなぎさの身体描写にこだわる予定ですが、久しぶりにユング解説本を読んだのでメモ程度に書いてみます。そろそろプリキュアが切れてきたな。まあまた日曜日にはブチ切れ文を書くのでしょうけれど。

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ドツクゾーンとザビ家|美墨家、雪城家の家族交流図式


 億面なく下手な絵を載せてしまうのは、多分かなり壊れてきた証拠だろう。

ドツクゾーンとザビ家

 本日の本題に入る前に思いつきを書いてみる。さてザビ家とはいわずと知れた初代「機動戦士ガンダム」に登場する敵国、ジオン公国の王家である。ドツクゾーンの人々とジオン王家の人々は結構似ているというのが結論。

 まずはザビ家の人々を紹介しておこう。

 では彼らがドツクゾーンの誰と対応するのかといえば、

 そして仲間はずれで二重人格のピーサードはもちろん…

 シャア=ピーサードとドズル=ゲキドラーゴはまるで相似形である。最初は颯爽と現れ、最後能書きたれまくりピーサードはまるでシャア。ゲキドラーゴはラストの叫びまで存在としてドズルと同じ。ギレン=イルクーボも今までのイルクーボを見る限りかなりギレンと類似する。デギン=ジャアクキングは抗争に対するコミットメントに相違がみられるが、現場から離れている点は同じ。ガルマ=キリヤはガルマの精神年齢がキリヤと同じぐらいではないかと思われる。ポイズニーはちょっとまだわからない。

美墨家、雪城家の家族交流図式

 要約:なぎさを主眼に美墨家の家族交流図式をまとめると、母理恵、弟亮太、となぎさは日常的に感情を交換しているが、ややなぎさに家庭内の感情ベクトルが集中する傾向にある。なぎさに集中しがちな母と弟の感情を父岳がおとぼけで受け流すことでなぎさに家族の感情が蓄積しない。美墨家の精神安定構造は父の性格とその不在という条件の下に成立している。

 一方雪城家の家族交流図式をまとめると、父母からの一方的な期待がほのかに押し寄せている。父母に負の感情が存在しないため、ほのかは父母の期待という重荷の代償を父母に投げ返すことができない。ほのかに蓄積する父母の感情を賢者の位置から無言で巻き取る役割を果たしているのが祖母さなえであり、不在ゆえにただ愛情のみをほのかへと注ぐ父母の偏った感情圧力を祖母がほのかから無言で巻き取ることで雪城家の精神的安定構造を作り出している。そのためほのかは他者との日常的な摩擦と和解に慣れておらず、一度精神がバランスを失うと危機的状況に陥る可能性がある。

1 美墨家の図式

 まあこれはくどくどと説明するより図を見ていただくことで事足りると思うので、以下に美墨家の感情ベクトルを示す(図1:美墨家の感情ベクトル)。


図1:美墨家の感情ベクトル

 なぎさはこれまでほぼ受動的に亮太および理恵(母)からの感情を受け取る立場にある。亮太には仕返しのコブラツイストで怒りとして感情を投げ返し、母には言い訳をしたりお願いをしたりして感情をまったくしまいこんでいるわけではない。しかしなぎさが投げ返す感情は常に受動的であり、受動的であることにおいて対等ではない。だからこのままではいずれなぎさは自分に積み重なる家族の感情をもてあますことになる。

 しかしここで岳(父)が登場する。父はなぎさと正面に対して直接なぎさの感情をすくい取るわけではない。まあ中学生の女の子が父と正面を向くことはあまりないことだろう。しかし父は亮太のチクりを引き受けるもののそれをなぎさに投げ返さずないという不作為でなぎさへの感情を亮太からすくい取る役割を果たしている。また「お母さん牛乳」という言葉で母と娘の対立図式を根本から棚上げしてしまう。ここも母と娘の話題を取り扱わないという父の不作為により、二人の間に流れる感情をするりと自分に巻き取ってしまう。

 こうして亮太と母となぎさの三角関係をぐるぐるとめぐる感情の圧力は父の不作為により消滅し、なぎさは意固地になって水族館行きを拒絶するだけの心理的圧力を失ってしまう。父が三角関係の外側に位置していること、また外側という位置にふさわしい役割を演じることで美墨家の心理的安定がもたらされているという図式になる。なぎさに焦点を当ててみれば、日常的に他者の意識とぶつかりながらも父のおかげでそれが決定的な対立にならないわけで、このような家族関係で成長すれば他者への気遣いを段階的に身に付けることができる。

2 雪城家の図式

 これもまず図を見ていただくこととする。以下に雪城家の感情ベクトルを示す(図2:雪城家の感情ベクトル)。


図2:雪城家の感情ベクトル

 美墨家に比べ、雪城家の感情ベクトルは単純である。そして美墨家が三角関係を基調としていたのに対して、雪城家はほのかを中心とした構造をとる。父母は一方的な期待をほのかに注いでいる。やさしいというのは大切なのだが、やさしいだけではあまりよくない。厳しい面や嫌な面があればこそ、それが生み出す圧力を足場にしてほのかは父母に感情を投げ返すことができるのだ。ほのかは父母に感情を投げ返すことができるだけの心理的な足場を奪われているともいえる。だから常に父母に対して遠慮をするし、父母の期待に添うように自我を自ら矯めざるを得ない。よってほのかの感情は自らに跳ね返るだけであり、感情はぐるぐると自らに戻るたびその圧力を増してしまう。

 そのような自己運動するほのかの感情を巻き取るのが祖母の果たす役割となっている。祖母は何もかも見通す老賢者としてほのかを見守っている。確かにそのような老賢者がそばにいることで、ほのかの精神は平衡を保っている。だがこの図式には、ほのかに他者の実感を教えるようなほのかに押し付けられる感情の流れが存在しない。

 父母は不在がちであり、そのための代償として年一度のふれあいにはほのかにただ愛情のみを注いでしまう。ほのかが何か無理を言ったとしても(それはまずないことだが)、何せ年一度のことだからやさしく受け入れてしまうだろう。また祖母は、本来ほのかが自分で乗り越えなければ問題を先回りして地ならししてしまう。ということはほのかは他者が自分に立ちはだかる異物であるというごつごつした他者感覚を家族の中では経験していないということだ。また自分の全能幻想がごつごつした他者の存在によって削り取られるという経験も足りないということだ。他者がずけずけと自分の全能幻想を削り取っていくという痛みは痛みであるものの、一面自らの精神的輪郭を認知するという意味で自己確立にはなくてはならないプロセスである。血を流し痛みを感じたとき、自分は生きているのだという事実を根底から理解することがあるように。

 ほのかは尊敬するやさしい両親の期待を内面化している。その内面化した両親の期待があることで、ほのかは自分の内側から自己を規定することはできる。それがよい子ほのかである。しかし怒りや悲しみという内面の圧力が限度を越えて膨張し始めてしまえば話は変わる。ほのかは内面の圧力を抑えるはずの外側からの自己規定経験に乏しいため、感情に飲み込まれると自分の精神に手がつけられなくなる傾向にあると言えるだろう。

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プリキュアスポーツ

どこかへは行く(オアシスへの道のり) お詫び

 2004年4月12日の論考(ゲキドラーゴ論:怪物としての父親像〜少女たちとすれ違うゲキドラーゴ)について、このサイトの作者たろ。が以下のような文章を残して山ごもりに入りました。

「いずみのさんがご自身のサイト「ピアノ・ファイア」に掲載されたピーサード論があまりに素晴らしくて、自らの力のなさを思い知りました。一日河童山瓢箪池にて修行します。探さないでください」

 河童山瓢箪池に行って連れ戻してきてもいいのですが、ここは修行の成果に期待したいと思います。では本日のみ姉妹紙である「プリキュアスポーツ」をお楽しみください。

「どこかへは行く(オアシスへの道のり)」脳内編集部一同

 プリスポ 2004年4月13日号 目次

政治|会議中大失言になぎさ収拾暗躍
格闘技|たろ。 返り討たれ大流血
事件|たろ。 掲示板で自作自演
風俗|私たちの得意技でメロリンキューよ!
読書|今日の書評
編集後記|青天の霹靂

 政治|会議中大失言になぎさ収拾暗躍

 「そんなの… そんなのぜっだいまぢがっでる!」プリズムストーン格納を執り行う厳粛な会議室に議長である雪城ほのか女史の絶叫が響き渡った。直前の失言が大騒動になることをとっさに悟った石の番人は即座に会議室から姿を消し、同席した議員メップル氏とミップル女史はそそくさと携帯へと姿を変えてしまった。ひとりほのか女史の隣に取り残された副議長の美墨なぎさ女史は下を向き冷や汗をぬぐいながら「こんなの… ありえない〜」とつぶやくだけだった。

 石の番人氏が失言を行ったのは、敵将ゲキドラーゴをようやく倒し彼が持っていた第二のプリズムストーンをプリズムホーピッシュに格納するという厳粛な儀式の最中だった。番人のカードで呼び出された石の番人は、議長ほのか女史が第二のプリズムストーンをホーピッシュに格納した直後、まじめで清楚な性格で定評あるほのか女史に向かい

「おおまたひとつ取り戻してくれたのか。よくやった浣腸するぞ」

と言い放ってしまったのだ。この大失言をまともに浴びたほのか女史は

「厳粛な返却の儀式の最中、こともあろうに石の番人がこれほど女性蔑視の発言を場をわきまえず行うとは、女性の権利擁護に尽くしてきた私には到底許すことができない。今後の状況展開によってはプリズムストーンを取り戻すことについても再考せざるを得ない。場合によっては1992年にも匹敵するほどの牛歩戦術も視野に入れている。いくら次の敵がポイズニーとはいえ、止まったハエも動かぬほどの牛歩戦術を用いればプリズムストーンが奪われる可能性は大きい。しかし我々はたとえプリズムストーンを犠牲にしてでも、石の番人の傲慢を許さないとの決意を持って今後の事態に対応したい」と鼻息も荒い。

 ほのか女史の大反発を受け、副議長の美墨なぎさ女史は早速事態の収拾に乗り出した。石の番人カードをポケットに忍び込ませたなぎさ女史はそそくさと宿舎へ急ぎ、大きな皿を弟の亮太氏の手から奪い取るやいなや車へと急いだ。一見プチトマトにも見える赤い物体が皿に山と詰まれている皿を見つめ「石の番人はいちごが好物だから。番人を説得し、ほのか議長へわびを入れさせる役目は過去に彼女と喧嘩し和解した私にしか務められない」と食べ物で番人を篭絡するという単純明快な直球勝負にかける。なぎさ女史が乗り込んだ車は近くの料亭に止められ、そこでふたたび番人を呼び出して説得が続けられた。

 格闘技|たろ。 返り討たれ大流血

○ いずみの [1日 自爆] たろ。 ×

 たろ。大流血! 「プリキュアンの理屈担当の人」ベルト奪取を心に秘めた たろ。が正攻法では現王者 いずみの 氏には勝てないと感じ、昨日卑劣な策を弄した。現王者である いずみの 氏がトレーニングを行う「ピアノ・ファイア」道場に理屈を引っさげ戦いを挑むのだった。

 とは言え気力十分の いずみの 氏との真っ向勝負を避けた たろ。 は、自らの道場である「ほぼプリキュアの決意」にて「ゲキドラーゴは少女たちの持つ父親への違和感を怪物として造形したのではないか」という理屈を先手必勝とばかりに拙速に掲げ遠吠えしてみただけだったのだが。

 しかし貫禄の現王者 いずみの 氏は、その一日後に余裕を持って理屈を提示した。「ピーサードは「男の子全般」のカリカチュアなのでは?」に始まる理屈の視点のするどさは現王者の風格を体現し、またピーサードから藤Pにまでを広く視野に置く冷静な理屈は、むやみに空疎な単語を叩きつけるだけの たろ。 など眼中にない。我々が再び「ほぼプリキュアの決意」道場に舞い戻ると、そこにはひとりで流血し失神する dたろ。 の哀れな四肢がだらりと投げ出されていたのだった。

■ コメント

■たろ。(虚勢)

 今日はたまたまこういう結果になったけど、次もこうなるかと思ったら大間違いだぞ。そのへん、頭に入れとけ。いずみの 氏とポイズニー論で再び? オレん中では負ける気はさらさらない。(スポーツナビの一番最後のコメント

 事件|たろ。 掲示板で自作自演

 閑古鳥のなく掲示板「オアシスの掲示板」で自画自賛を目的に自作自演をしたとして、どこかへは行く(オアシスへの道のり)迷惑防止規定違反が表面化した学習塾経営 たろ。(30代前半)が自作自演当日、友人に自作自演のごまかし方を訊ねるなど不審な行動をしていたことが13日、脳内編集部の調べで分かった。

 同編集部は たろ。 が初めての自作自演で何をしていいのか分からなかったとみている。たろ。は「迷惑をかけて申し訳ない」と自作自演を認めているという。(ヤフーニュース

 風俗|私たちの得意技でメロリンキューよ!

 せっかく玉を磨くように大切に築き上げてきた家庭で居場所を無くし、酔いに任せてウサを晴らすしかないサラリーマン諸兄の強い味方が、今日のガチンコ風俗レビューに登場するナギサ嬢とホノカ嬢である。ふたりの御尊体をたっぷりと堪能できるのが、この2月超一等地にオープンしたばかりの中学生コスプレ専門超高級店「デュアルオーロラウェーブ」である。オープン直後の真新しいビルは清潔感を基調としたシンプルなさわやかさにあふれており、各個室はそれぞれ教室、図書館、保健室のような装飾が施され雰囲気満点だ。更には3LDKマンションを思い起こすような個室や、閑静な木造家屋の勉強部屋風の個室、また路上のたこ焼き屋台前をモチーフとした全面ペイントの明るい部屋まで用意されており、まるで本物の女子中学生のありとあらゆる日常生活に浸るかのように注意が払われている。

 デュアルオーロラウェーブの専属であるナギサ嬢とホノカ嬢のコスプレにも更に工夫が凝らされており、私立中学校のブレザー姿からフリフリの戦闘用スーツ姿まで、中学生の日常を余すところなく網羅する完璧なコスプレオプションの数々が用意されている。ブレザー姿で中学生を演じるふたりを目の前にすれば、たとえマニアでなくても思わず危険な世界へと旅立つこと請け合いである。

「活発な体育会系の女の子の姿でがんばってます! ボーイッシュな行動の中に見える女性らしさを感じて欲しいです」とショートカットのナギサ嬢。

「おしとやかなストレート黒髪の日本女性で性格もやさしいと思われがちなのですが、実は言い出したら止まらない強情なところがあるんです。お休みの日はずっと読書をしています」と華奢な体に不似合いなほどのしっかりしたまなざしで語るホノカ嬢。どちらも小柄胸も小ぶりで、制服を着てベッドに腰掛けている姿はもう中学生そのものでした。そんな彼女たちが少し頬を赤らめながら制服のまま小生の前にひざまずき、やがてナギサ嬢は少し恥らいながら、ホノカ嬢は顔に似合わず大胆に… 小生思わず延長してしまいました。

 さてあなたはどちら?(デュアルオーロラウェーブ ふたりとも月休夜18時〜ラスト 連絡先:0xx-xxxx-xxxx)

 読書|今日の書評

 スチールラック2棹と組み立てケースいくつかにはいつも読む本が置いてあって、あまり読み返さない本はダンボールに分けて押入れに押し込んでいるのですが、林道義『ユング思想の真髄』などを何年ぶりかで引っ張り出して読んでみた。いずみのさんだったかな。以前は言葉の遊びに思えたはずの瑣末な議論が今はものすごく面白い。3年前の引越しでハードカバーの学術系書籍をダンボールで17箱ブックオフに投売りしたのだが、今読んだらものすごく面白いんだろうなあきっと。積読のまま投げちゃったものも結構あったし。

 編集後記

今日職場の同僚に相変わらずプリキュア布教を行っていると、小さな娘さんを持つ同僚が言った。

「ねえ知ってる?今度の土曜日にxxxでプリキュアショーがあるよ」

そこは私のアパートから職場に通う通勤電車沿線であり、定期券通勤の私にとってはただ土曜日にもいつもの列車に乗れば済むだけの話なのだった。

「なんだってー」

私はデュアルオーロラウェーブの直撃を食らったかのような衝撃を受けた。行きてぇ。ものすごく行きてぇ。と同時に行っていいのか。ひとりで行っていいのか。ひとりで行かざるを得ないのだが行っていいのか。何を着ていけばいいんだ。いやそんな問題じゃない。自分の中で守ってきた何かが壊れてしまうのではないかそれでもいいのかいいか悪いかという問題じゃないだろ行きたければ行かなければ行ってしまえば行ったとしたら行ってみなけりゃ行ったところで行くだけ行ってみても

 何着て行こう。


ゴメンナー。明日からまた元に戻します。

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2004年4月12日

ゲキドラーゴ論:怪物としての父親像〜少女たちとすれ違うゲキドラーゴ

 要約:ピーサードとは異なり登場から消滅まで安定した自我を保ち続け、ずっとプリキュアふたりとの戦闘はまともに展開できず、最終対決では弟を思うというなぎさの心情とに徹底的なすれ違いを演じたゲキドラーゴとは一体なんだったのか。この論考では、一見幼稚な体力バカとして造形されたゲキドラーゴがなぎさとほのかにとって誰だったのかということを考えてみたい。題名を見れば大体分かってしまうのがアレだが、ゲキドラーゴとは中学生ぐらいの女の子にとっての父親像、醜くて自分の意を汲まず興味関心も違う父親という異物のカリカチュアではないだろうか。結論はこれで終わりなのだけれど、続きを読んでみたいと思う方はぜひ一読ください。今日はだらだら書く悪い癖に気をつけて、要約を提示し、描写は簡潔にしたいと思います。

1 迷いなき木偶ゲキドラーゴ〜ピーサードを鏡にして
 要約:この第1節では、ゲキドラーゴが圧倒的な体力だけを持っていたこと、自分の考えを持たなかったこと、ジャアクキング様の操り人形であったこと、操り人形であるという一点において安定した人格を持っていたこと、そしてプリキュアのふたりと最後までかみ合わなかったことを確認しよう。

 ゲキドラーゴはドツクゾーンから訪れる第二の刺客としてふたりのプリキュアに襲い掛かり、第6話から戦闘を開始し第11話で闇の世界へ帰っていった。第一の刺客ピーサードとは対照的に、第二の刺客ゲキドラーゴは口数少ない体力の人だった。造形的には Arnold Schwarzenegger (シュワちゃん)を10倍ぐらいにした筋肉隆々の見事な身体を持ち、顔はイケメンの対極で、目には瞳が描かれない。戦闘に際して何かを考えるという要素に欠け、ジャアクキング様が考えろと命令することで命令としてようやく状況を判断するぐらいだった。

 ピーサードがせこい悪知恵を働かせたり悪の理念をプリキュアの二人に語り聞かせるような知の側面を見せていたのに比べ、ゲキドラーゴは知よりも情を毎回前面に出しつづけた。それが際立ったのは第9話だった。せっかく瀕死のメポを奪ったに関わらず、「死なせたらいけないとジャアクキング様が言ったから」死にそうなメポをもてあまし、「あたしなら治せる」というなぎさの涙を見てメポをなぎさに返してしまう。返したら返したで「騙したな!」と怒りまくる様子はどうみても幼稚園児の精神状態として描かれている。

 ピーサードとの対象性は戦闘についても同様にあてはまる。プリキュアふたりとあまりかみ合わないまま第10話までずるずるとプリキュアマーブルスクリューを受けては敗退を続けた。第6話では戦闘の中心はクマちゃんのお母さんだったし、第7話ではザケンナーをとり憑かせた米搗教頭先生との仲間割れで自滅し、第8話ではなぎさとほのかがブラックとホワイトに変身してまで再燃させたケンカの後ろで完璧に無視され、第9話ではようやく手に入れたウガガだったメップルをジャアクキング様のおしおき怖さにみすみすなぎさへ返却し、第10話ではほのかのとんちで赤子の手をひねられるように騙された時点で負けたようなものだ。

 そして第11話でようやく戦闘がかみ合いを見せた。しかし戦闘そのものが身体的にかみ合う代わりとして、戦闘そのもののメタレベルである戦うことの意味においてプリキュア(とくになぎさ)との間に隔絶と形容すべき精神的すれ違いを見せ付けてしまうのだった。第11話で最終形態ゲキドラーゴがその得意の体力でプリキュアたちを押し切ろうとしたとき、彼はジャアクキング様の目的であるプリズムストーン奪取以外何も見えていない。

 しかし相対しているプリキュア、特になぎさにとって第11話の戦闘はプリズムストーンなど何の意味もなかった。なぎさにとってこの戦闘は、巻き添えで失神してしまった亮太のいわば弔い合戦であった。それはまたプリズムストーンをめぐるドツクゾーンとの「大きな物語」から、亮太に象徴するなぎさの日常である「小さな物語」を奪回するための戦闘だったのだ。

 だからここでジャアクキング様の代理としてただただプリズムストーンだけを考えて亮太を無視するゲキドラーゴは、自らの小さな物語(そしてそれこそがなぎさの生きる世界なのだ)を無視されたことに怒り狂うなぎさの心とみごとにすれ違いを見せてしまう。そのすれ違いが燃え盛るなぎさにガソリンを注いでいることに気が付かないからこそ、ゲキドラーゴは闇へと帰ることになった。ゲキドラーゴは最後まで徹底的にプリキュアのふたりとすれ違いを演じた。

 ゲキドラーゴはその登場から消滅までを通じ、人格としては非情に安定したままだった。ゲキドラーゴは最後まで徹底的にジャアクキング様の部下としての完璧なエゴを保ちつづけた。それは闇に帰る直前「ジャアクキング様ぁぁぁ」と叫んだことにも現れている。これはピーサードが「なぜだぁぁぁ」と叫んだこととと対照を成している。ピーサードは自らの魂が陥っている迷いを認めるように、自分が負けた意味を考えつつ消滅していったのだ。

2 少女たちの目に映る父親〜体験的塾生観察から

 要約:現実の少女たちが持つ(と思われている)父親のイメージをゲキドラーゴとして肉体化したことで、ゲキドラーゴに安定した自我を与えることができた。また第11話でのなぎさの怒りと肉弾戦を行うことに必然性を与えることにもつながった。

 さてこのようなゲキドラーゴの特質を箇条書きで振り返る。

場違い
とにかくふたりとはすれ違っている
そのすれ違いに気が付かない
身体的に圧倒している
姿態容姿がイケてない
言葉をもたない
暴力に訴えるのみ
自我を持たない
外部の価値観を固く内面化している
上司や権威に弱い
交渉の余地がない
トロい
オヤジギャグをかます
理解しようとしない
価値観を押し付ける

 というのがだいたいのところだと思う。まあ間違いなくこれは少女たちが彼女たちの父親に抱くような感情(だとして流通するようなもの)だと思う。何度か書いたように私の夜の仕事はとある小さな学習塾の教室長だ。教室長という存在は塾生たちに勉強を教えるのが主たる仕事ではない。勉強を教えるのは講師陣の仕事であって、教室長は塾生たちとその保護者たちを塾にひきつけておくためのあれこれを実行し、新しい塾生を増やすためのあれこれを実行するのが役目だ。現場の士官である講師陣は塾生に厳しく接し、私は講師陣に厳しく接する姿を塾生たちに見せると同時に塾生たちにはやさしく接する。そして一見厳しい講師陣の職業倫理と彼らへの愛情を(それが講師陣に備わっているかどうかは別として)ウラからそっと塾生たちに教えるのだ。

 ということで私は塾生の女の子たちに厳しいダメ出しを受けるダメ大人として彼女たちが語る彼女たちの日常にほぼ毎日耳を傾けているわけである。決してヨコシマな理由からではない。彼女たちが父親の話をすることはほとんどない。ほとんどないのだがわずかに語られる言葉としては、
「もうだめ」
「わけわかんない」
「変な人」
「自分の車と時計にばかり金をかけて私にはお小遣いケチる」
「だらだらしている」
「ハゲ」
「うるさいオヤジ」
というようなことを聞いた。私はいろいろと大人の大変さなどを説明しつつ彼ら父親を擁護するのだが、
「そりゃそうだけどさあ、でもだめ」
ということになる。ちなみに私のことは、
「いいかげんオヤジなのにわかってない。ヘン過ぎ」
らしい。まあそりゃプリキュアごっこする人募集中などと言うオヤジはダメなオヤジに違いない。わざとやっているんだよ君たち…

 そんなわけでゲキドラーゴが体力バカの幼稚な存在として描かれていたのだが、なぎさとほのかぐらいの少女たちにとっては彼女たちの父親としてのリアルさをその内側に持っていたのではないかと思う。不安定な精神を持たされたピーサードが物語そのものを中途半端にしてしまった事に比べ、視聴者が持つであろう父親への感情という既知の属性セットをうまくゲキドラーゴへ変容させることで、ゲキドラーゴは説得力あるぶれのない性格を与えら得ることとなった。それゆえ第5話のほのかの怒りに比べ第11話のなぎさの怒りには十分な説得力を持たせることに成功した。また第11話ではプリキュアマーブルスクリューという必殺技があるにもかかわらず身体攻撃をおこなうなぎさの必然性もうまく表現することができたのだ。

3 ピーサード論再考〜葛藤する魂

要約:ピーサードがなぎさとほのか(そして現実の少女たち)にとって何だったのかも考えてみた。でも今のところ狂言回しにしか見えないのだった。

 ふたりがプリキュアにさせられるために理不尽な暴力として立ち現れ、最後には自覚的にプリキュアであることを選び取る理由を二人に与えるためにある種の理念を語って散っていった第一の刺客。それがピーサードだった。ピーサードについては4月1日に言及したのだが、結論として導いたのは以下のような結論だった。

 ドツクゾーンという理不尽を表現するため、ピーサードは単なる暴力性を「ふたりはプリキュア」開始時に与えられた。しかし第5話ではなぎさとほのかにプリキュアであることを自覚的に選び取らせるため、ふたりの自覚を誘導するような悪の理念をふたりへのアンチテーゼとしてピーサードに語らせてしまった。理念なき暴力とアンチテーゼとしての理念を同時に背負わされたピーサードは、統一された人格を持つことができない。しかしピーサードはひとつの肉体を持った存在としてプリキュア世界に存在していた。だから僕はそのようなピーサードの分裂させられた精神様式を、片方はジャアクキング様という外界からの抑圧をピーサードが「ドツクゾーンのためには手段を選ばず」という命題として内面化した格律であるスーパーエゴとして描写し、もう片方を「恥じることなく堂々と闘いたい」という意識下の美学としてのイドとして描写した。そして彼が第1話から第4話で見せることとなったあっさり過ぎる退却の理由として、スーパーエゴとイドが彼の内側で極度の緊張状態にあるために彼のエゴが迷っているのではないかと考えた。

 もしかすると、ピーサードは物語のために便利に使われて捨てられてしまった単なる狂言回しなのではないかとも考えたし、実際4月1日の論考でそのように指摘もした。しかし製作者の意図がどのようなところにあろうとも、彼らの製作物が一度彼らの手を離れてしまえばそれがどのように流通するのかについて彼らが統制を加えることはできない。製作者にとってみれば単なる誤解と成り果てるかもしれない。しかしそれは一面、製作者が意図しないまま描いてしまった作品の意味を受け取る側が発見するという状況もまた起こりえるということだ。

 私が提示したピーサード像はそのような発見であるかもしれないし、製作者が意図して描いたものかもしれない。どちらが正解なのかを判断する材料を僕は持っていない。また正解を見つけようとすることがそもそも間違いなのかもしれない。僕は僕の前に置かれた作品を眺め、作品と僕との間にどのような橋がかかっているのかを文章にするだけだ。

 プリキュアの彼女たちにとって何だったのかという視点でゲキドラーゴを考えた後で、ではピーサードについてはどうだったのだろうという疑問が浮かんだ。だが私には今のところ狂言回し以上の意味を見ることができない。

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2004年4月11日

なぎさ炸裂。全身で情を生きるなぎさ〜第11話感想

 なんだかどえらいことになりました。第11話。きっと毀誉褒貶の嵐が巻き起こるでしょう。前半の手抜きっぷりやありえなさに激怒する人もいるだろうし、後半のしびれるような盛り上がりを賞賛する人もいるだろうし、館内放送まで流したつじつまをどう合わせるのかとか。今回の放映について何かを語るという行為はそのままプリキュアを語ろうとする人自身を語るということになりそうだ。

 私は許す。どころかよくやったと思う。AパートとBパート前半の苦しさを忘れさせるほど、亮太失神後のなぎさは命と感情を持った人間として生きていた。なぎさの心の痛みを感じて私の心は痛みを感じたし、なぎさの怒りは単なる怒りではなく悲しみの中から生まれていることを私の心は悲しみと共に感じた。

 なぎさは生きている。炸裂するなぎさの前でじんわりと涙を浮かべながら私はそう思ったのだった。今日は私

理屈などクソに喰わせます

 ついでに前回更新中の駄文は後回しにします。いまこれを書かずに、一体いつ書くというのだッ!

1 Aパートのなぎさ

 などと叫んだもののやはり私ごときアニメ素人は理屈で攻めるしかだいたい存在意義がないわけで、ビデオをまき戻しながらやはり論考をおこなうのでありました。今回はなぎさが見せた感情表現から、なぎさの心理的世界が前回までに比べてどれぐらいどの方向に広がりを見せたのかという観点から感想を書いてみようと思う。とはいえほのかがうんちく女王と言われる所以もたっぷり堪能できたり、ドツクゾーンの面々もかなり生き生きとしてきたり、なによりなぎさ父初登場で私の思惑を外れた行動をしてみせたりと、『ふたりはプリキュア』世界そのものが命を持ちはじめているという物語上の重要性も含まれていたのでそのあたりも最後に少し掘り下げてみようと思う。

 前回放映がほのかすぺしゃるとして、ほのかの感情を中心に据えてみっしりと描いたことの対照として、今回放映はいわばなぎさすぺしゃるだった。とにかく全編を通してなぎさをとりまく日常についてなぎさが持っている感じ方を丹念に描いていた。これまでにもなぎさは情の人としてプリキュアのふたりの間では日常的な心情起伏にあふれていたのだが、今回はなぎさを取り巻く家族や友達やほのかに対してなぎさがどのような心情的つながりを持っているのかがさらに重層的に描かれていた。

 冒頭学校の宿題で水族館に連れて行ってくれとせがむ亮太に対し、なぎさは志穂莉奈との約束があると言って軽くあしらっている。なぎさが志穂莉奈との関係を大切に思っていて、それに比べ亮太のことは結構軽く見ているという描写である。亮太もそういうなぎさとの関係を分かっていて、食べ物に目がないなぎさに自分の苺を進呈するという小技を使ってなぎさを説得しようとしている。しかしお母さんがなぎさを説得すると、嫌々ながらも志穂莉奈との都合をやりくりして亮太を水族館に連れて行くことにするのだ。ここではなぎさにとってお母さんが絶対的な権威として映っているのと同時に、お母さんがここまでお願いするのだから志穂莉奈には謝ってお母さんの役に立とうという心理的紐帯がなぎさにあることがわかる。

 とはいえやはり志穂莉奈との約束を取り消すことに抵抗があるというなぎさの心理を、その後約束を反故にして苺を食べた亮太にコブラツイストをかけて鬱憤を晴らす姿を通して描かれている。

 さてここでなぎさ父の初登場だ。登場したときはてっきり典型的父権の象徴として暴れるなぎさを注意するものだとばかり思った。お風呂上りでのうのうとやって来て娘の心境を汲み取らず説教だけして去っていく父親と言うのは、なぎさのような多感なローティーンの女の子にとっては穢れと怠惰の象徴として小説などに描かれる典型パターン(と私が勝手に思っているもの)である。しかしそこでなぎさ父はのほほんと気軽になぎさへ近づいてきて、なぎさの手を直接とって正しいコブラツイストのかけ方を伝授したのだった。おそらくリアルな世界では父親がローティーンの娘に触れることはあまりないだろうし、物語世界では汚らわしさやおぞましさの描写として使われることが多いように思える。

 ところがなぎさ父は何のてらいもなくなぎさの手を取っているし、なぎさもそれになんの感情もないままコブラツイストを伝授されている。第1話の初変身時にほのかと手をつないだ(正確には何かに動かされて手をつながされた)ときになぎさが見せた違和感のことを考えると、父親の手づから伝授になぎさが何も反応を示さないのにはきちんとした意味があると考えてよいだろうと思う。なぎさ父はなぎさの中では決定的な異物として認識されていないということだ。美墨家がとても平和な状態であるということがわかる。そういう家庭でのびのびと過ごしているからこそ、なぎさは素直に感情を表面化させるのだろうし、第8話でも自分から進んでほのかと仲直りしようと行動することができたのだろう。

 ここで唯一なぎさにとっては亮太だけが異物として認知されており、なぎさは亮太のことを思い遣っていない。これはゲキドラーゴ襲来まで続くなぎさの心境なのだけれど、だからこそ亮太のためになぎさが炸裂させた怒りと悲しみが私へとダイレクトに打ち付けられたのだろうと思う。物語の作り方としてはベタなのだけれど、ベタと知りつつ私はモロに引き込まれてしまったのだった。でもそれはもっと後の話なのでまずは展開に沿って次に進もう。

2 Aパート後半:味覚へのこだわり

 なぜかほのかと三人で訪れている水族館。ここでも「ほのかさん」といきなり親しげにほのかの手を取る亮太を苦々しげになぎさは眺めている。そしてなぎさの感心領域が身体感覚、具体的には痛みと味覚に集中する様子がこれでもかと描かれている。

 水族館オタクでひたすらうんちくを披露し、そこが話題の水族館であるという情報まできちんと仕入れているほのかとは対照的に、なぎさはくらげを見れば「刺されると痛いのよね」、ひらめを見れば「かれいじゃん。から揚げにすると、おいしいんだよね〜。焼き魚もいいわね」と彼女の領域である食べ物への愛着を全開させる。それが実はひらめであることをうんちく女王ほのかがしてきすると自分の間違いに恥じることも忘れ「ひらめならやっぱお刺身よね」と一度火のついた食欲は止まらないのだった。そしてそんななぎさに嫌味をいう亮太をやっぱりおしおきするのだった。

 ここでわかるのは、なぎさの感心領域が常に自ら手の届く場所に限られていて、しかも痛みや味覚という身体に根ざしているということだ。それはほのかがうんちくというデータに彼女の感心領域を集中させていることと対比している。

3 Bパート前半〜亮太気絶まで

 さてBパート前半を亮太気絶までとしよう。Bパート前半は強化ガラスをぶち破って暴れだしたお魚さんたちを避けて逃げ回るなぎさ、ほのか、亮太なのだった。亮太の不安げな表情に比べ、これがザケンナーとゲキドラーゴの襲来だと感づいているなぎさとほのかには決意の表情が現れている。そして亮太を受付デスクの下に隠すと、いつものようにゲキドラーゴと対決するべく屋外プールへと急ぐのだった。

 いつものようにというのは、まるで闘うことが自分たちにとって当然の仕事でありそれをたんたんとこなすような感覚をふたりがもっているのだろうということだ。それは飛び出してきたゲキドラーゴに対して

「あんた、今までのことは」となぎさが言い、その後

「やっぱりあなたの仕業だったのね!」とほのかが続けていることで分かる。お魚さんの暴挙はやっぱりドツクゾーンの仕業であり、だからこそやっぱり私たちがプリキュアになってやっつけなければいけないのだという感覚がふたりにある事を示している。

 とはいえジャアクキング様から死の最終通告を突きつけられているゲキドラーゴは、彼が自ら宣言するようにいつものゲキドラーゴではなかったのだった。目は完全に常軌を逸していつもの実はやさしいゲキドラーゴとは全く違う心理状況に追い詰められているのも分かるし、お約束となった長野里美を越えるかぶり物のセンスも確かに最終形態というか、おまえそれが最終形態というのも凄いなという凄さである。それに対してなぎさとほのかはあっけに取られている。「ちょっと、こんなのに勝てるの?」という感じで変身するのを忘れるぐらいゲキドラーゴに気おされているのだった。プリズムストーンを渡せと言うゲキドラーゴに対し、この時点でのなぎさは

「嫌だと言ったら?」と、まだプリズムストーンをめぐるドツクゾーンとの物語の中に自分の位置を見出している。この一言をなぎさにここで言わせるあたり、あとあとボディーブローのように効いてくるのだった。

 すると突然お魚に襲われてただただ自分の恐怖にとらわれていた亮太が、だんだんとなぎさとほのかを心配しはじめる。普段はなぎさとケンカしてばかりの亮太が自らの安全を忘れてなぎさとほのかを探しにいくというのも、その後のなぎさ炸裂に説得力を与えている。

4 Bパート後半〜なぎさ炸裂!

 ゲキドラーゴ襲来まではいろいろな感情を豊かに見せていたなぎさだが、亮太が巻き添えを食って失神するまでのなぎさには目立った感情がない。おそらくこの場面にまでなぎさの感情があふれていたのならば、亮太失神後のなぎさ炸裂があまり際立たなかったに違いない。ゲキドラーゴが突然とも言える(しかしゲキドラーゴにとってはそれこそが唯一の目的なのだが)プリズムストーンというなぎさを離れた客観物に話を逸らすことで、なぎさの感情から物語が一度離れてしまう。だがここがいいのだ。ここでプリズムストーンにとことんこだわるゲキドラーゴがなぎさの心情とかけ離れているからこそ、なぎさはプリキュアとして闘うことの理念的空疎さを痛感するのだ。まさにプリズムストーンをめぐる戦いという自分の日常生活とかけ離れた運命の理念的空疎さ対して、その罪悪感と無意味さに涙を流すなぎさこそがなぎさなのだ。

 亮太のことなど眼中になくプリズムストーンだけにとらわれているゲキドラーゴが、自分が大切に感じている世界を一顧だにしないことにこそなぎさは怒りを爆発させる。なぎさはどこまでもなぎさなのだ。それに対してほのかはやはり理念の人として存在している。まあ今日始めて顔を合わせた亮太にいきなり情念を傾けることもまああり得ないのだろうが、亮太に手を出したゲキドラーゴに向かって

「こんな子供まで巻き添えにして… なんて奴なの!」

と言い放つところ、ほのかはほのかでどこまでもほのかなのだった。ちょっとほのかの描き方が冷徹すぎるとも思わないのではないのだが、だからこそ直後に後ろを向いて肩を振るわせる無言のなぎさ、動きどころか息さえ止まるほどの怒りに包まれているのが波動のように画面の向こうから伝わってくる。

「プリズムストーンをわたせぇぇっ!」と更になぎさの心にガソリンを注入するゲキドラーゴ。すると
「そんなに欲しいなら、持っていけばいいでしょ!」

 これですでに涙出ましたわ。8時41分で宣伝に突入し、Bパートの入りから亮太失神までの戦闘シーンが使いまわしまくり(いくらアニメ素人の私でも今まで各話10回以上見返していればわかりました)だったので、「今日はどえらい格闘シーンが来るに違いない」と心の準備をしていたのだが、まさかうごかないキュアブラック(なぎさ)の後姿でやられるとは思いませんでした。しかしさらに追い討ちをかけて、やはりどえらい格闘シーンが続いてしまうのであった。しかもただどえらい格闘シーンではない。

 なぎさ、身体をゲキドラーゴに向かい炸裂させながら泣いてるんだよ…
 なぎさ、プリキュアマーブルスクリューでもまだ泣いてるんだよ…

 そしてほのかはなぎさの激烈な感情がこめられた握力を冷静に視野に置くのであった。あまりにといえばあまりに冷静なほのかだが、だからこそなぎさのピンチにも冷静にゲキドラーゴ最終形態に投げ技を仕掛けることができるのだし、実際なぎさのピンチをしっかりと救ったのだからまあいいでしょう。

「んがああぁっ。プリズムストーンは… プリズムストーンは絶対オレがぁぁぁ」
「   もう… いい加減にしてええええええええええっ!」

 このあたり、第5話で知らない大勢の人々のために怒りを炸裂させたほのかと対照的に手の届く日常だけを信じて生きているなぎさの心が素晴らしく際立って描写されている。そしてゲキドラーゴが残していったプリズムストーンを冷静に手にするほのかであった。まあ、中途半端にほのかがなぎさ世界に入ったところでなぎさはそれを全力で拒否するようなしんりじょうたいだっただろうし、冷静なほのかはきっとなぎさと亮太の世界には自分が入ってはいけないのだということをしっかりと分かっているのだ。そしてゲキドラーゴが残していったプリズムストーンを、なぎさに気づかれぬようそっと拾い上げたのだろう。

 戦闘という特殊な状況で抱きしめあうなぎさと亮太。お互いはこの体験を機に分かり合うのであった…

 とはいえやはり日常的な二人の歴史を無しにできるはずもなく、姉に隠れてせっせと憧れのほのかさんの豪邸を訪れた亮太は、はち合わせたなぎさに父直伝の正調コブラツイストをかけられるのであった。

 とここで感想はひとまず区切りとします。先ほど言及したように今回の放映はなぎさ炸裂以外にも見るべき描写がいくつかあるので、それはまた別項としてとりあげることにして、今週を乗り切ろうと思います。なんだかもうおなかいっぱいで前回の書きかけに対する意欲をかなり失ってしまったのがアレなのだけれど、それほど今回楽しませてもらったのでした。

 ところで全然「その他」について掘り下げてないじゃないか。ゴメンナー。来週の放映までに何とかします。

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2004年4月09日

非対称と対称〜身体言語で読むなぎさとほのかの相互認知

 さてもう『ふたりはプリキュア』本放送まで30時間を残すのみとなった週末、あなたはいかがお過ごしですか。もちろんプリキュア体勢は万全でしょう。全裸待機の方はご苦労様です。もうだいぶ暖かくなってきましたね。がんばりましょう。

 「ふたりはプリキュア」に登場するさまざまな人物たちの中でもっともリアルなのは忠太郎である。忠太郎はほのか家の住人(犬)である。おそらくゴールデンレトリバーで、だいたい5歳前後ではないかと思われる。忠太郎はちゃんとした成犬でしかもそれなりに世界に対する好奇心を持っているらしいので、だいたいそのぐらいの年齢なのだろう。

 第1話でほのかがお屋敷に帰ってきて門の近くまで来ると忠太郎がバウバウと塀の中で吠えている。それがまた本物の犬の声なのだ(いや中トロは犬なのだが)。忠太郎の声にいつもと異なるざわめきを感じたほのかはひとり忠太郎のことを「忠太郎?」と声に出して心配しているつもりなのだけれど、誰がどう聞いてもそれはすし屋で出てきた霜降りの赤味の実物を始めて目にして「中トロ?」とつぶやいているおませなのだが世間を知らないお嬢様のつぶやきにしか聞こえない。いや話は中トロの由来についてではない。

 ほのかがお屋敷の門をくぐると、中トロがネコまっしぐら状態(犬)でバウバウ吠えながら走りこんでくる。ここで初めて姿を見せる中トロが不必要にイヌイヌしているのだ(いや犬なのだが)。走りこんでくる中トロの後姿は全く動物としての犬であって、デフォルメ要素は限りなく少ない。

 ビデオを止めてほのかを見上げる中トロの顔をじっくりと眺めてみる。…ま、まゆ毛… まあまゆ毛のことは気にしないことにしよう。ほのかを見上げる中トロの顔には、目の下に線が三本描きこまれている。それは鼻筋を表現するために引かれている二本と、口を大きく開いていることを示す口角奥に引かれた一本であるようだ。あとまゆ毛… は置いておいて、この三本の線はきっと必ずしも描かなくてよい線なのだと思う。ためしにとまっている中トロに手を伸ばしてその三本の線を隠してみる。するとその三本の線を隠したところで中トロが犬であることには変わりないし、隠したときのほうが中トロはかわいく見える。というよりも、その三本の線があることで注トロが小汚いただの犬(犬だが)のように見えるのだ。アニメで犬といえば最近ではあずまんがの忠吉さんだが、忠吉さんの顔はつるりとしていて犬的なにおいがしない。においといえばあずまんがの登場人物たちは消臭力を背中に背負っているように無臭の感じがするが、なぎさの靴下はちょっとくさいのだった(本人筆)。しかしWJだけは(ry

 アニメ素人の私にそう見えるのだから、おそらく当然プロの絵描きの人たちはわざわざ中トロの顔をかわいく描かないようにとの判断でその三本の線を入れたのだろうと思う。その三本の線を描くことで、中トロにアニメ的かわいさ属性を与えることを拒否しているのだと私は感じる。また中トロの目には白目が全くない。つぶらな瞳というよりも動物独特の何を考えているのか分からない目をしているのだ。そして放置しておいたまゆ毛なのだけれど、実物のゴールデンレトリバーの写真を探し出して眺めてみると、目の上の骨格と毛の生え具合なのだろうちゃんとまゆ毛にも見えるような影がついているではないか。うーむ実はちゃんと実物らしく描いてあるのだ。…でも中トロ、まぶたが二重だ… そして中トロの動作も、やはり全く犬でしかない(そろそろ(犬)ネタもわざとらしいので止めます。でも犬)。

 まあとにかく、中トロは声、姿、振る舞い全てがちゃんとにおいつきの犬として、人間にとって何を考えているのかよく分からない(考えているのかもよく分からない)動物世界の住人としてプリキュア世界に存在している。中トロ初登場が第1話の8分15秒ぐらいだ。なんだか突然ものすごくリアルな犬が出てきたのが僕には少し違和感というか引っかかり感があったのだった。そしてこうしてプリキュア駄文を書くために気合を入れてプリキュア的世界観を考えてみると、第1話のAパートにいきなり現れたこの異様にリアルな中トロこそがプリキュア的世界観を象徴しているのではないかと思うようになるのだった。

 そんなわけで本日はそのような中トロに象徴されるプリキュア世界のリアル感がどのような場面に現れているのかを考えてみようと思う。ただしこれを前回までのように第1話から順番に眺めていくと異様にリアルに死んでしまう気がするので適当に流しつつ目にとまるところを取り上げることとします。私の中でいま一番そのようなリアル感を感じるのがなぎさの太ももであるというのはちょっと危険な領域の扉を自分がまたごうとしているのでないかとふと思ったりするのだった。

(深夜更新中@本日は犬から攻めてみました)

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2004年4月08日

歴史は繰り返す。一度目は他人として。二度目は友達として。〜身体言語で読むなぎさとほのか(2)

 な、なんだかたくさんの方に訪れていただいているようです… そのうちペースが落ちるのではと思いますが、少なくとも放映当日(日曜日)には感想または考察をアップしたいと思います。今後もなぎさとほのかとあとよろしければここの駄文もよろしくお願いします…

 前回(2004年4月6日)の駄文では第8話までのほのかとなぎさの身体言語を観察してみた。前回の観察対象は第8話変身後の「うるさい! いま大事なお話中!」までだ。なぜと言えばこの直後、第1話からずっとお互いを「美墨さん」と「雪城さん」と呼んでいたふたりが初めて精神的出会いを体験し、「なぎさ」「ほのか」とお互いを名前で呼ぶようになるからだ。だから前回の考察対象はぴったりと、美墨さんと雪城さんがお互いの心に生き始めるまでの物語をくくり出してみたのでした。まったく違う世界に住んでいたまったく違うふたりが、

「私たちがずっとこのままなんて… ありえない」

というひとつの思いを共有するできごとが、第8話戦闘後(前回駄文ラスト)直後に続く。ふたりが示した初めてのシンクロが第一幕「美墨さんと雪城さんの物語」の幕引きであり、第二幕「なぎさとほのかの物語その1」の幕開け、それも第二幕のトーンを決定付けるあざやかな幕開けなのだ。

 だから対称性を表現するために(というかなぎさとほのかが事実としてまったく異なっているからだけれど)第8話まで延々と二人の違いだけを表現してきた本編だが、第9話からはなぎさとほのかが「近く、似て」来るはずである。そして前回観察したように、なぎさとほのかの身体表現は非常によく考えられており、しかも映像の中にしっかりと描きこまれていた。ということは、第9話以降になぎさとほのかとがお互いの精神的関係を変化させているのならば、ふたりの身体表現もまたしっかりと変化して描きこまれているはずである。

 今回は、第9話以降ふたりの関係性が近くなったという身体表現を取り出そうと思う。誕生日と4日おめでとうほのかたん。

1 覗き見る感覚

 本題に入る前に第9話アバンタイトルのなぎさ朝の身づくろいシーンについて。なぎさの(というか「ふたりはプリキュア」世界すべての)造形がものすごく普通であることで、自分の部屋という秘密のお城で人の目を気にしないでくつろいでいる女子中学生を「いまここで実際に」覗き見しているかのようなうれし恥ずかしちょっといやーんでもちょっとだけめろりんきゅーな感覚が僕にはある。プロの萌え萌えの人たちがどのように感じているのかは分からないのだけれど、なぎさは自分の部屋ではああいうかわい目のパジャマを着ているべきだし、どちらかというといくら寝ぼけていてもお肌なんか見せないでしっかりとパジャマを着ていてほしい。無自覚のうちにお肌の露出を避けるようななぎさであってほしい。

 たとえばなぎさに着替えシーンがあったとして、パジャマを脱いでお背中が… というのは見たくない。そういうお色気はなぎさやほのかにはまだ早すぎるのです。中学二年生の女の子たちというのはもう身体的には子供ではないし、自分たちでも多分そう思っている。しかし高校生のように自分の中の女性らしさというか、女性を女性として見つめる男性たちの視線を敏感に感じ取るほどには精神的に大人ではない。だからこそ彼女たちには大人になり始めている自分たちの身体を無自覚に世界へ向けて開いてしまう瞬間があるわけだ。

 女性らしさがそのように無自覚に露出する瞬間を僕たち大人(というか僕)がたまたま目にしてしまうと、僕たち大人(やっぱり僕)はその新鮮な(というのは普段嫌というほど目にする計算された女性らしさに飽き飽きしているから新鮮に感じるわけだが)無自覚さそのものにはっと心を奪われてしまう。また無自覚に露出される「むき身」の女性らしさに対して、自分のものではない稀少で特別な宝石をたまたま手にしてこっそりと見つめるような高揚をこの僕が覚えるのだろう。

 そのような身構えないなぎさの隠された日常が、きわめて日常的な空間の中で日常的に炸裂しているのが第9話の身づくろいシーンだと思う。寝起きのまま三重まぶたでパジャマを着たままもぞもぞと歯を磨いたり顔を洗ったり、自分のためだけに鏡に向かって髪の毛を整えていたりという無自覚さこそが返ってその無自覚さゆえに僕にとっては僕の心のどこかを揺さぶるのだろうと思う。

 そういう寝起きのなぎさに比べ、学校へ向かうなぎさは非常にぴっちりと身だしなみを整えている。「ふたりはプリキュア」ではとても丁寧にそういう描き分けがされており、あーなんか僕の心をわしづかみだよなーと思ったりする。というか、なぎさの寝起きに心をわしづかみにされているというのはちょっと危険な領域の扉の前に自分が立ち止まっているのでないかとふと思ったりするのだった。

2 第9話、靴箱前

 さて本題に入ることにする。本日の題名をマルクスから引っ張ってきたのは別にマルクスに意味があるわけではない。そもそも「歴史は繰り返す」と語ったのはヘーゲルであるとマルクスは書いているわけで、僕の趣味はマルクス系列より丸山真男でそれより小林秀雄… そういう話ではないですね。

 第9話(第二幕)では第8話まで(第一幕)のシーンがいくつか繰り返されている。しかしなぎさとほのかの関係が第一幕と第二幕では大きく変容しているため、シーンは繰り返しているもののお互いの空間的位置関係がふたりの精神的位置関係をなぞるように変化している。それが端的に表現されているのが靴箱のシーンだ。

 第一幕の靴箱シーンというのは第1話オープニング明け直後に描かれていたものだ。なぎさと志穂莉奈が流れ星の話をしながら靴箱まで歩いてくると、靴箱の前にはうんちく女王ほのかがケンシロウとの最終決戦に臨む拳王様ラオウのように立ちはだかっていて、夢見る少女三人の空想を完膚なきまで微塵に打ち砕くあのシーンである。前回書いたように、あれはほのかとなぎさ志穂莉奈が対決しているという構図で描かれており、精神的には深い溝があるというお互いの立場を表現していた。

 ところが第9話の靴箱シーンでは、靴箱で待っているのは志穂莉奈ふたりである。なぎさはひとりで靴箱まで歩いてきている。そして志穂莉奈となぎさはお互い正対する位置で会話を交わしている。第1話で三人とも同じ方向を向いてなぎさのラブレターを見つめていた「幸せなあの頃」が懐かしい…

「聞いた聞いた聞いた〜?」となぎさに言うのはもちろん志穂。
「何ぃ?」
「隣のクラス、昨日の数学抜き打ちテストだったんだって」
「どっひゃぁ〜」
「どひゃどひゃどひゃぁ〜でしょお」
「ん〜」とうなりながら靴箱を開けるなぎさ。
「どうしよ。今日一時間目だよぉ?」と冷静に状況を判断するのは莉奈。第8話でもなぎさとほのかのただならぬ切迫感を感じて志穂を追い立てたのは莉奈だった。ちゃんとセリフの分配(ということは性格付け)がなされている。

「…帰ろ〜か」なぎさ、とほほ…
「まじ帰りたいよわたしも〜」帰ろうか、と言わないところが莉奈だね。
「あ〜あ。優等生はうらやましいね〜」と言ってしまうのが志穂だね。

 するとなぎさの背後から、なんとあふれる後光につつまれてほのかがやってくるのだった。まるで第一期全盛の少女まんがに出てくるあこがれの「私の王子様」に匹敵する登場ではないか。これは言うまでもなくなぎさの目にはほのかが後光を背負うほど輝いて映っているという心理描写であって、もうなんというか志穂莉奈の等身大的描写とはえらい違いである。しかも後光を背負って登場してくるときのほのかは、お人形さんのように均整の取れたすばらしくかわいげで知性あふれる表情をしている。志穂莉奈の疲れた表情に比べるまでもない。なぎさが志穂莉奈そっちのけでほのかを特別視しているわけで、志穂莉奈にとってこの瞬間はただあっけにとられる以外にないのだろうけれど、今後なぎさが志穂莉奈の大切さに気がつかないようであればそれはちょっと友達失格だ。志穂莉奈もそのうち怒るだろう。

「ほのかー」
「あはっ。なぎさおはよー」ほのかは声だけ。志穂莉奈がお互いに顔を見あわせている。なぎさ志穂莉奈というトライアングルはすでに消滅していて、志穂莉奈の目線からなぎさが外れている。
「おはよー」
襟首をぐいとつかまれて靴箱の脇へ引きずり込まれるなぎさ。ここでも志穂莉奈となぎさが正対。ただしお互いの位置は非常に近く、志穂莉奈はなぎさとおでこがくっつくぐらいに顔を突き出してなぎさに質問している。まるで「わたしたちこんなにあなたの近くにいるのよ」「なのになのになのになぎさはこのトライアングルの外部にいる雪城ほのかに目を向けるわけ?」「わたしたちこんなに近くにいるのよ(ハモる)」と訴えかけるかのように。くぅー。
「ちょっとちょっとちょっとぉ」
「ど〜いうこと?」
「…なにがぁ」
「いつから雪城ほのかとそ〜いう仲なわけ?」
「そーよそーよそーよ。ほのかなんて呼んじゃってぇ」
「いや… いつからって言われても…」
「どうしたのー?」さてここだ。後ろからやって来るほのかの顔がなぎさと同じ大きさに見えている。つまりものすごく近くに寄っているということだ。堤防の件がふたりにとって決定的な転換点だったことが、呼び名だけではなくここにもちゃんと表現されている。
「なは… 別に… ちょっと待ってて」
「ねぇ、今日数学、抜き打ちテストらしいよ…」
「ぁあそう…」
「あぁそうって… いいねえほのかは…」あぁそうって、でなぎさは両手でほのかの両肩を後ろから抱くように支えるのであった。

 なぎさは両手でほのかの両肩を後ろから抱くように支えるのであった…

 なぎさは両手で(しつこい。オレ朝ごはん抜き)

「ほお〜〜〜〜」志穂莉奈、呆然。

3 第9話続き

 米搗教頭先生の様子を廊下からうかがうなぎさとほのか。
「どうしよ。メップルすごく具合悪そうだったのに」
「病気ってこと?」

 ここでミップルがほのかのベスト右ポケットから飛び出して、なんとなぎさの手に飛び込む。えっと、ここまでで淫獣どちらかが自分からすすんでお世話人ではないほうに飛び込んだことはなかったですよね。おそらくこのへんも、なぎさとほのかが近づいているということなのでしょう。

 非情の決意でメップル奪還を心に決めたなぎさは、ほのかといっしょに演劇部の部室に忍び込むのだった。演劇部の人に断りを入れているのならば、明かりもつけずに差し足忍び足で部室を物色する必要もないだろう。だからなぎさとほのかはいっしょに悪いことをしているというわけだ。悪いことをいっしょにするというのは人に言えない秘密を共有するということで、ふたりが人に言えない体験を共有してまたひとつ心が近くなるのだった。ほのかの「そういうとこ、すごいよね…」については多くの鋭い考察があるので省略します。

 そして打つ手を失ったなぎさとほのかは気分を変えるべくあかねさんのたこ焼きを食べにいくのであった。たこ焼きシーンも第一幕に登場したのだが… た、たこ焼き舟がおたがいのひざの上に載っている… この前はお互いの真中に二つ並んでいたたこ焼き舟が… お膝の上に… とは言えほのかのかばんが二人の間に置かれているので、ほんのちょっと近づいただけなのであった。しかしかばんをそれぞれ自分の右側において、たこ焼き舟をそれぞれ自分の膝の上において、距離はともかく立ち居振舞いは(座っているけれど)結構似てきている二人なのだった。

 しかしなぎさは靴のつま先が開いていてほのかはちゃんと閉じているし、なぎさは多分あっという間にたこ焼きを全部平らげているけれどほのかはまだ6個もたこ焼きを残しているし、ひとつはずーっと爪楊枝に挿したまま右手に持って話をしているし(お話している間にモノを口に入れないのはお行儀がよろしいですね)、ちゃんと育ちが出てますね。またベンチの距離でもちゃんとお互いの目を見て話をしている。

 そして二人そろって物置に篭って教頭先生を待つことになったのだった。同じようにひざを抱えて座っているというのはまあなんだ、アレなのだが、しかしほのかとなぎさとの間に人ひとり分の距離があるのはやっぱりそういうことだ。

 人体標本に追いかけられるなぎさとほのか。
「でも寄生虫の標本よりましかも〜!」

あんた、こんな時によくもそんなぁ… ガァ〜!」

いわずもがもな。いくら全力逃走中とはいえほのかのことをあんたですよあんた。また校庭に出たなぎさはほのかの手を握って腕を引いて止めている。

 教頭先生を漫画の件で脅迫してメップル奪還の交換条件とするなぎさとほのか。たくさんの方が突っ込んでいらっしゃいますが黒いよ。
「ところで、まんがのことなんだが…」と教頭先生の口止め要求に対して
「わかってます(はあと)」とふたりはきれいにハモって答えるのであった。

 いやあ、文章にしようとしてビデオを見返すと書くべきシーンはこんなにあったんですね。もう疲れました… しかしほのかすぺしゃるに言及しなくてどうする。あいふる。

4 第10話

 アバンタイトルでのほのか部屋シーンでは、なぎさとほのかはひざ突き合わせて話をしてますね。このシーンではなぎさは椅子の背もたれを前にして座っている。さてこれがなにをしめしているのかということだ。まあ今まで見てきたプリキュア的身体文法をここだけ無視するのはちょっと恣意的すぎるので、やはりここはなぎさに壁の意識があるものと思われる。ただしなぎさは何度もほのかの方へ身を傾けると言う動作をしていて、その度に椅子がギ〜と音を立ててきしんでいる。だからなぎさにはまだほのかに対する無意識の壁があるのだけれど、深層の欲求としてはその壁を乗り越えてほのかに近づきたいと感じているものと思われる。一方ほのかはクッションをひざに抱えている。

 二人の関係ではないのだけれどお父さんの電話を受けて部屋に戻ってきたほのかは(まあなぎさもだけれど)突然顔が大きくなっている。お父さんに会えるという感情が湧き上がっているほのかは、やっぱりおとうさんおかあさんの子供という心境になっちゃうのだ。それを作画で表現するのはいかがなものかとも思ったりするが、分かりやすいのでまあいいのだろう。

 ほのかが子供に戻るというのは、空港での会いたかったよ抱きしめシーンで苦しむほのかのデフォルメされた表情にも表れている。両親の前で小さな子供の心に戻ったほのかは、大人っぽいきりりとした表情を無くしてしまうのだった。

「世の中金じゃのぉ〜」のあの太ももアップはどうなんだ。私は見事狙い撃たれてるがいいのだろうか…

「〜ほのかにプレゼントするんだ〜」の表情もいいですね。

 あとどうでもいいことかもしれないが、シーンによってメポミポ動物形態の縮尺がものすごく大きくなったり小さくなったりしている気が… そういう動物だったかな。

 第10話の戦闘シーンは全部、ほんとに全部ブラックとホワイトの動きがシンクロしていてすごかった。立ち居振舞いはなぎさとほのかで鏡像関係になっていて、ふたりが光と影、右と左、阿と言えば吽の心境であるということが描かれていたのだった。

 また余談。ほのかの両親は両親で鏡像関係を示していたが、実は彼ら夫婦はほのかにとって心理的にはひとりだとみなしてもいいだろう。ほのかにとって「両親」とは実は「父母」と「さなえおばあちゃん」なのではないかと思う。父母はほのかにとって二つの体をもつ父親であり、心理的な意味における母親はさなえおばあちゃんなのだと思う。そう考えるとほのかには心理的には父親が不在に近い状態であって、それはなぎさの父親がいまだ本編に一度も出てきていないぐらい薄い存在であることと対応している。

 でもそういう父親の薄さというか遠さというのは、現実の女子中学生たちにとってリアルな感情なのだろうと思う。私の夜の仕事である教室長を務めている塾には女子中学二年生が五人いるのだが、父親の話が出るときの彼らの描写具合はそれはちょっとかわいそうと思わざるを得ないものなのだ。

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2004年4月06日

非対称と対称〜身体言語で読むなぎさとほのかの相互認知

 要約: 今日は何が言いたいのかというと、製作者は非常に細かくなぎさとほのかの身体動作を考えているなあと。ふたりを身体動作的に対称に描くだけではなくしっかりと非対称にも描いていて、映像として描かれている身体動作の非対称性は「知のほのか」と「情のなぎさ」という精神的なふたりの対称性をうまく表現しているなあと。1章で少しだけプリキュアからそれますがあとは全部プリキュアです。

1 状況設定の対称性を再確認

 ふたりはプリキュアが対称性の物語であるというのは一目見れば分かる。いろいろな人が詳細に分析しているし、僕がこの番組を追いかけることになってしまった理由もそこにある。ありとあらゆる全てが異なるなぎさとほのかをどのように相互理解させるのか、そのための物語の描き方がどうなるか楽しみに思えた。自らの失われた半分を見つけるという主題は以前ちょっとだけ言及した村上小説世界の原理をなしているのだけれど、同時に村上作品の場合失われた半分を回復することは決してあり得ないことなのだった。そんな小説を10年以上読み返していると、さすがにきつくなる。

 というわけで村上が決して描かない「もうひとりの自分との邂逅」を見てみたっていいじゃないか、という10年間心にためてきた思いが炸裂しているのだと思う。これ以上書くと「ほぼプリキュア」という枠からはみ出るのでプリキュア話に戻ることにします。

 基本的になぎさとほのかは無理やりといっていいほど対照的に造形されている。それはオープニングタイトルからてんこ盛りなので、この作品の骨格であることがわかる(表1)。そもそも彼女たちはキュアブラックとキュアホワイトである。もう食傷なのだがそれは光と影ということで、光と影は物事の両極であると同時に切っても切れぬものである。

表1:なぎさとほのかの対称性(オープニングタイトル編)

なぎさ ほのか
タイトル後 派手にザケンナーから逃げ惑う おとなしく化学実験
メタルシーン ほのかを引っ張っている なぎさに引っ張られている
授業風景 寝る! しっかり板書
放課後風景 みんなでわいわい ひとりで読書
鉄骨シーン 縦まわり 横まわり
意気投合 見上げる
藤Pすれ違い 振り返る そもそもいない
登校シーン やる気まんまん 「なにやる気だしてるんだろ」
瓦礫の山で ほのかしっかり! なぎさありがとう
お家でたたずむ 青い月夜に 燃える夕日に
放課後シーン繰り返し(クローズアップ)

 今日は、なぎさとほのかがお互いに話し掛けるシーンだけを取り出してみる。そしてそのときふたりがどのような間合いを選択し、どのような身体動作をしているのかを見てみることにする。するとそこには対象性とともに非対称性がきちんと描かれていて、絵として描かれている非対称性はふたりの精神的な対称性を描写しているのだなあということが見えてくる。はず。

2 第1話

 まず第1話オープニング明け冒頭。ほのかがうんちく女王であることがわかる靴箱シーン。いきなりのうんちく全開ほのかになぎさは志穂莉奈と三人横並びで驚いて立ち尽くしている。ほのかは自分の靴箱に手をついてそこを動かない。お互いの距離は約2メートル。しかもなぎさたちはそれぞれラクロス棒(名称わからず)やかばんの紐などを握り締めている。なぎさたちがしっかりと何かを握り締めているというのは、ほのかという他者に対して無意識のうちに自分をぎゅっと閉ざしているという身体言語である。またほのかが靴箱に手をついているというのは、自分ひとりで三人にうんちくを語ることに頼りなさを感じているということで、靴箱という安定した物体に手を添えることで自我の安定を図っているということだ。

 そしてお互いに自分の位置を動かず2メートルの距離を保っているというのは、お互いに2メートル分の心理的距離を感じているということだ。またお互いに正対しておりしかもなぎさ志穂莉奈は横並びの位置にある。これはまさに決闘の位置取りであり、ここでなぎさとほのかがクラスメイトでありながら、お互いを身体的には受け入れていないということがわかるのだった。とは言えうんちく女王と呼ばれるためには周囲の空気を読まずにずかずかと他者の世界に入り込むことができるある種のなれなれしさを身に付けているということで、やがて第8話のようになぎさを傷つける素質をこの時点でほのかはきちんと持っていたのだ。

 なぎさとほのかの2メートルに対して、志穂莉奈との距離は顔が重なるほど近い。さらに志穂がなぎさの靴箱から出てきたラブレターをごく自然に拾い上げ、それを取り返そうともせず当然のように見守っているなぎさを直後に描写することで、なぎさからのほのかとの遠さと志穂莉奈との近さが印象に残るのだ。またラブレターの贈り主を目ざとく指摘するのはラブレターを拾った志穂であって、莉奈は一呼吸置いた後で顔を寄せている。この一連の動作で莉奈より志穂のほうがなぎさに近いということがわかり、製作者もそのあたりよく計算しているなあと思う。

 また第1話。数学の授業で危機を救ってくれた雪城さんを廊下まで追いかけたなぎさが礼を言うのだが、ここでもなぎさはほのかに対してやや半身の姿勢をとり、目線もしっかりと合わせていない。どこかへ行こうとしていた雪城さんも足を前に向けたまま体をひねって「いいえ(構いませんことよおほほ)」と答えて去ってゆく。ただ振り返りざま一瞬だけれどほのかの顔を見ているので、ほのかはなぎさにこの時点で興味らしき感情を抱いていることがわかる。知的好奇心というぐらいのことかもしれない。

 ちなみにピーサードとの出会いではなぎさがメップルをラクロス棒に入れていて、ほのかがミップルを手に持って登場するというところにも、なぎさが他者受容に慎重でほのかがそうではないということを示している。そして初プリキュア体験になるわけだが、ここでの相違はおそらくたくさんの人が指摘していると思われるので省略です。

3 第2話から第4話

 第2話。クラス委員選挙でなぎさに入った2票は志穂莉奈です。さて本題。ほのかの部室で飴ちゃんを作るシーンでのなぎさとほのかは、飴ちゃん製造マシーンをはさんでいる。部室の机でメポミポのおねむのカードを紹介するときには、机の角を挟んでお互いの視線が交わらないように座っている。ほのかが窓辺に歩いていくときも、約2メートルの間隔に変化はない。

 第2話で変化するのは、ピーサードという敵に対しているときだ。お互いの前に敵がいるシーンではお互いの距離が明らかに平時に比べ近づいている。まあ古今東西歴史の上で集団が分裂しそうになれば外に敵を作って団結を図るものなので、敵がいるときにはお互いを意識しないで済むということだ。ただエレベータを減速させるシーンで手をつなぐというふたりにとって初めての共同作業を成し遂げた後、

「絶対許さない」
「お返ししましょ」

と初めての意気投合をするあたり、やっぱり製作者はよくわかっている。

 翌日の登校シーンでは、なぎさが志穂莉奈を学校にせきたてるのをほのかが微笑みながら眺めている。お互いにまだまだ距離がありながら、まずほのかがなぎさを受け入れつつあるという描写である。これもまた第8話につながる伏線としてよく描かれていると思う。

 第3話。社会見学委員になぎさとほのかが選ばれる回だ。志穂莉奈にメポミポ入りの同じポーチを持っていることを指摘され、その視線をごまかすために肩寄せ合って急ぎ去る二人が描写される。志穂莉奈という他者の視線を感じることでようやく無理やりになぎさとほのかがお互いの身体的距離を縮め、さらに

「もしよかったら、今日家で相談しましょうか」
「ああ… あれね…」

と勢いで言った言葉に引きずられるようになぎさがほのかの豪邸へおじゃますることになる。このあたりも非常によく演出している。志穂莉奈の目線がなければ、おそらく相談はほのかの部室で行われたはずだ。またほのか屋敷の番犬である中トロ(忠太郎)になぎさの相棒メップルを認めさせることで、なぎさはほのかに認められているという状況証拠を視聴者に与え、かつなぎさはほのかの城であるほのか屋敷に入る資格を与えられるのである。

 あ〜! ほのかが背もたれを前にして椅子に座っている! うーむ。自分の部屋という自分の世界に返ってくると、ほのかの精神はくつろいでいるのだなあ〜。しかし背もたれというのはやはり一種の壁の役割を果たしていて、すぐそばに座っているなぎさとの間に存在する精神的な壁を表現しているのだった。2メートルを確保できない場合は壁を作るほのかであった。

 ピーサードとの第3戦。カーテンにくるまれるふたり(と発情先生)。先生を守るため重なって壁にめり込むふたり。戦闘描写も徐々にふたりを近い距離に置くように構成している。

 以後第4話は社会見学委員という同じ役割が与えられているのでそれなりに近い位置にお互いがいるものの、あまり進展なしなので省略。

4 第5話と第6話

 第5話でなぎさがほのか豪邸突撃。玄関先(ほんとに先)でばったり出会うときはやっぱり2メートルなのだった。そして公園にてメポミポを遊ばせているとき、なぎさとほのかはベンチに腰掛けているのだけれど、狭いベンチでも50センチの隙間が開いているのだった。駅のベンチに腰掛ける知らない人よりは近いものの、ベンチという限られた距離にしては友達よりも遠い距離であるような感じであった。

 第3話で志穂莉奈がきっかけになったように、なぎさとほのかが急遽お出かけするきっかけとなった外部の圧力は、第5話ではナンパーマンのふたりとあかねさんだった。ナンパーマンはとてつもなくチョイ役なのだが、なぎさとほのかがこの段階でいきなりふたりでお出かけするための導火線となるというそれなりに重要な役割を担っているのだった。なんだか怒りでよくわからなくなってお出かけしてしまう、という力技に説得力をもたせるぐらい視聴者に違和感を与えなければいけないわけで、ここにナンパーマンを持ってくるのは結構正解なのではないかと思う。二人がたこ焼きを食べるとき、お互いの間にたこ焼き舟を並べるのも当然そうあるべきだし、じっさいそうしているのだから製作者はふたりの距離をしっかりと把握しているのだ。

 そしてピーサードにミップルを奪われほのか絶対の危機。颯爽と現れるなぎさ。そしてほのかの目の前まで顔を寄せてしっかりとほのかを見つめるなぎさ。そして倒れているほのかとピーサードの間に仁王立ちのなぎさ。うーむなぎさ偉い。

 第6話。一部で怪作との呼び声高いハイキングの回である。図書館で河童山瓢箪池を探すふたりはしっかりと離れて座っている。一緒に地図を覗き込みもしない。さて山に来たら来たで前後に分かれて進むふたり。しかしくまちゃんという他者が介在するときにはしっかりと並んでいるなぎさとほのか。目線が合わない場合にだけ横に並ぶのは今までと変化なし。

 ただしゲキドラーゴがくまちゃんのお母さんにザケンナーを乗りうつらせていたという事実を許せないと感じたのはふたり同時だった。前回語りまくり怪人ピーサードへの怒りを共有したふたりは、少しずつ感情がシンクロを始めているのであった。

5 第7話

 第7話。ほのかの好意となぎさの疑問がだんだんと表面化する第7話である。試合前日の練習でなぎさがそらしたボールを拾い上げたほのか。なぎさにボールを手渡すかと思いきや投げてよこすほのか。まだまだふたりの距離は精神的にも身体的にも遠いことがわかる。

 なぎさの応援のため、競技場に姿をあらわすほのか。しかし居場所はがらがらのスタンド最上段である。前列には当然なぎさ世界の住人たちであるなぎさラブラブ女子集団やラクロス部つながりの先輩や家族が陣取っているわけで、そこにほのかが入っていっても寂しさを感じるだけである。なぎさ個人とはそれなりに慣れて来たほのかとはいえ、やはりまだまだお互いお客さんとしての距離を感じているのだった。

 試合後メポミポを遊ばせるために誰もいない競技場の階段踊り場で二人きりになるなぎさとほのか。ここで距離を取りつつちゃんとなぎさに正面を向いて話し掛けるほのか。ほのかは両手を後ろ手に組んでいる。相手を警戒する場合、人は往々にして腕を前に組もうとする。それは自らの体を閉じる体勢であり、それと同時に自らの心を閉じているというサインである。ここでほのかが後ろ手の姿勢であるということは、なぎさに対して自らを開いているということを意味しており、みずから距離を縮めるほどの勇気はないもののなぎさが距離を詰めてくればそれを拒否しないという心境になるまでなぎさを近しいと感じているということだ。

 対してなぎさは階段の手すりに両手を載せ、ほのかには背中を見せてしゃべっている。まあ憧れの藤Pがほのかと親しげに話しているところを目撃しちゃ、ほのかに対して含むところがあるのも当然だ。メポミポが全開でラブラブを続けているのでそれで何となく間が持っているだけのことで、なぎさの心はほのかに対する???で満ち溢れている。だからほのかに心を開けというほうが無理である。

 その後ゲキドラーゴをやっつけてコートに急ぐなぎさとほのか。藤Pがほのかの幼なじみと聞いてその場ではその意味をよく理解しないまま「こいびとじゃないんだ!」とホッとするなぎさは、ここでようやくほのかに正対するのであった。ただしこれは第8話になると巨大なプレッシャーへとなぎさの中で変質を遂げてしまい、大喧嘩を引き起こしてしまうのだが…

6 第8話

 さて第8話。私が語ろうとする身体言語の瞬間はこの回に出てくる。向こうの廊下で親しげに話をする藤Pとほのかを見つけたなぎさは、ふたりから目を離すことができずまじまじと会話の様子を見つめる。覗き見はいけないんだよ。

 洗面所でほのかに勇気を振り絞って声をかけるなぎさ。しかし雪城さんを呼んだだけで洗面台に手をつき、よろよろと足から力が抜けるようななぎさ。

「私に何か、話があったんじゃ…」

となぎさに話題を戻すほのか。言葉に詰まるなぎさ。面と向かうには無防備すぎる心情のなぎさは、策に窮して動きもぎこちなくメップルをわしづかみにしてほのかとの間にメップル壁をつくる。壁ができたら話は終わり。藤P話をするプレッシャーから解放されてドスの利いた声を響かせながら洗面所を立ち去るのであった。

 ほのかとなぎさと藤Pの登校シーンは、おそらく他の方々がたくさん書いている綿密な解説を読んでいただいたほうがよいと思うので省略。ただ

「友達でもなんでもないんだからっ!」

では目をつぶっていて、なぎさ自身も言おうとは思わなかったセリフが口を突いたという気持ちがよく出てました。

 さてここからも他の方の素晴らしい解説を読んでいただくとして、話は戦闘の変身シーン直後まで飛ばします。はい、キュアブラックとキュアホワイトになりました。見事にシンクロしながらゲキドラーゴ置いてけぼりでけんかをしています。見事にシンクロしていますが、飛び下がり始めたときの顔の向きと、その後の肩の位置が違います。なぎさは最初ほのかのほうではなくゲキドラーゴのほうへ顔を向けていて、口元が隠れるまで肩に力が入っている。一方ほのかは最初からなぎさへ顔を向け、ずっと自然体でなぎさに向かって怒りをぶつけているのだ。この直後

「いま大事なお話中!」

と見事にシンクロして「いやあケンカしてるのに息がぴったり合っていて、やっぱりふたりはお互いを大切な存在だと感じているのだなあ」と思うわけですが、ならば肩の入れ具合も同じにすればいいではないか。なぜなぎさの肩は彼女の顔を隠していて、ほのかは自然体なのだろう?

 それはおそらくこういうことだと思うのだ。プリキュアになったことさえ素直に受け入れてしまうようなほのかは、突然近くなってしまったなぎさのことも基本的にはそれと同じように素直に受け入れているのだ。それは藤Pを無神経に紹介してしまった行動からまっすぐ続くほのかの性格であって、それが素直に身体表現となっているからこそ、ずっとなぎさのほうを向いて素直に自分をさらけ出している。それに第一自分の行動を許してもらおうとすれば、ほのかはなぎさに近づいていかなければならない。だから捨て身で自分をさらけ出して謝るしかないのだ。一方なぎさはいろいろなことに対してまずそれが自分の世界と整合的であるかどうかを判断する。そしてここでのなぎさは許す側の立場に立っている。相手の言い分をまず聞いて、それを判断してから許すか許さないかをなぎさ自身が決める。だからケンカしているこの時点でなぎさがほのかに自分を開くわけがない。だからこそなぎさは肩に力をこめてほのかとの間に壁を作り、その壁の向こうからほのかの様子をうかがっているのだ。

 そして話はお互いの日記盗み読みと、次の日の若いシーンへと続いていく。これもまた私の駄文などいまさら書いたところで意味がないので以下省略とします。

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2004年4月06日

オレは燃えているか?(上・下)

 前4回と異なり今回は小ネタ(プリキュア設定なぜなにどうしてです。

 俺はそのとき某CD店の棚のある一点を見つめていた。俺の中から声が聞こえた。「おい、それを手にしてしまえばお前は大切な何かを失うのだぞ」とその声は俺に叫んだ。その近くから別の声が聞こえた。「素直になればいいんだよ。君は何のためにこの店に来たんだい? 全てはそのためじゃないか」とその声は俺にささやいた。「やめろ、やめるんだ。お前はもう30を過ぎたただのオヤジなんだぞ」「年なんて関係ないじゃないか。だって君の心は少年のときめきにあふれているじゃないか」「すぐに引き返せ。きっとお前は塾の中学生たちに話すだろう。教室長が自ら塾を崩壊させてもいいのか」「彼女たちだって分かってくれるさ。おまけのシールだって初回限定かもしれないじゃないか」初回限定… 「シールか? シールなのか? シールなど一体どこに張るというのだ」「CDだとフルサイズだし間奏とか2番もあるんだよ」フルサイズ… オヤジ… 2番… 崩壊…

 ええ歌や〜 シールは貼らずに取っておく〜

上:零から変身を考える

 全てのお友達の一部分(大きなお友達の大部分)から「萌えない」とものすごく残念がられているあのメタル変身について考えてみる。『ふたりはプリキュア』を見ているとなかなか説明がつかない設定が見受けられる。

たとえば「思いっきり美術館やスタジアムや学校が破壊されますが戦闘後ちゃんと元に戻るのはどうしてだろう」とか「変身するときメタル色になるのはなんでですか」とか「メポミポはプリズムホーピッシュという専用の入れ物があるのになんでプリズムストーンを自分で持ってますか」とか「ピーサードはなんでいつも間抜けなザケンナーを使うのですか」とか「プリキュアスーツは伝説時代からずっとあんな現代的なデザインだったのですか」とか。

こんなことを通勤電車に揺られながらずーっと考えているのはいかがなものか。で、そんな疑問にいろいろ解釈をつけたので皆さんもいろいろ解釈をつけてみてください。あとほのか14歳と1日おめでとおおおおお!

 ふたりはプリキュア見ました。とってもキビキビですという2ちゃんねるのスレッドで

「判ってないな。金属のように見えるのはナノマシン。人間としてはぶっちゃけありえないパワーで攻撃を繰り出すわけだから生身でやったら自分の攻撃で自分自身の骨格が粉砕されてしまう。そのため、ナノマシンの密結合による一種の外骨格が体全体を覆うことでプリズムストーンがプリキュアに与える攻撃力を最大限に発揮し、同時に敵の攻撃から身を守ることができるのだ。」

という書き込みがあった。さすがPC自作板。そんなわけでナノマシン説、採用。プリキュア変身時にメタル色になる理由というのは、実はこういうわけなのだった。

 なぎさとほのかは変身するときまずクイーンのカードをメポミポ携帯にスラッシュするのだけれど、スラッシュするだけでは変身できない。だってふたりでなければ変身できないのだから。スラッシュなんてひとりでできるもん。ということでカードスラッシュは変身プロシジャの準備段階というわけだ。他にもカードがたくあんあって、それらをスラッシュすると光の園の住人たちがもわもわと登場してメポミポのお世話をする。

住人たち我出てくるというのと、ふたりがプリキュアに変身するのとは事の重大さが違う。というかお世話も常に二人そろわないとできないというのではメポミポが死んでしまう。まあ平時の住人カードと戦時のプリキュアカードは性質が全く違うし、プリキュア変身はえらく手の込んだプログラムになっているわけで、おそらくクイーンのカードをスラッシュするというのは、変身用のプロセスにリソースのほとんどを渡すために無駄なプロセスをペンディングしたり変身用のいろいろなモジュールをロードしたりするジョブを投入したりするのだ。メポミポ携帯はコンピュータだったのだ。

 そのように変身準備が整うころふたりが「デュアルオーロラウェーブ! 」と叫ぶと変身が始まるのだけれど、きっとキュアブラックとキュアホワイトがそろってこう叫ぶことでプリキュア変身実行キューがスタートしてアイドル状態になるのだ。ふたりそろってキーワードを叫んだあとに手をつなぐのはナノマシンたちの中で解放された変身キューに変身ジョブを投入する認証機能付きコマンドなのだろう。叫んだ後で手をつなぐというのはそういうことだ。手をつなぐというのが認証プロセスなのでなぎさとほのかは単独ではプリキュアに変身できない。

 そしてナノマシンたちはひとつひとつ細切れのときはメタル色をしているから、なぎさとほのかに集まってくる時にはまだメタル色のままで、なぎさとほのかがどこかに飛んでいく(おそらく光の園の東ではないかと思われる)時点ではふたりに密着しているだけなのだろう。

 そしてナノマシンたちが結合を始めるとそれぞれの通信回路が初期化され、お互いの相対的な位置情報を確認する。ナノマシンたちがすべてネットワーク化されるとそれぞれの位置情報に従った適切な外骨格形成ジョブがロードされ、あるナノマシンはぽよーんとリボンになり、あるものは透明化してまるで素肌と変わらなくなる。ナノマシンそれぞれが変容完了情報をやりとりすることと、変容自体にかなりマシンパワーを必要とするので、変身バンクのように徐々に外骨格が形成されていくのだ。

 さてそのナノマシンたちは普段どこに格納されているのだろうという疑問が湧いてくる。メポミポが虹の園(なぎさとほのかの世界)で自らの消耗を防ぐために携帯電話のような形になっているが、おそらくあれがナノマシンたちなのだろう。メポミポは外骨格としてナノマシンたちを携帯電話形態にして、その中に収まっているものと考えられる。なぎさとほのかがプリキュアになるにはメポミポの外骨格を分け与えるのだ。

 ふたりがプリキュアに変身中には虹の園での負担にメポミポがぎりぎり耐えられるぐらいにまで携帯型外骨格が薄膜化するのでそれを補うというのと、プリキュアに分け与えたナノマシンとのネットワーク通信チャネルをつないでおくということで、ポシェットに入っていなければならないのだ。

 ということでプリキュアのアレは外骨格だったのだけれど、これを妄想していて次のようなシーンが浮かんできたのだった…

 キュアブラックとキュアホワイトが戦闘中に追い詰められている。絶体絶命を迎えるのだけれど、そこで負けてなるものですかとお互いの消耗を気遣いながらも必勝の意志をみなぎらせる。

「あなたたちに負けるわけにはいかないのよ!」負けない意志で叫ぶなぎさ。
「この世界はここで生きている全ての人たちの世界なの。あなたたちがいるべき世界ではないの。だから負けるわけにはいかないのよ!」いろいろと考えて叫ぶほのか。
「あなたたちには負けられない!」ふたりは息もぴったり。

すると外骨格では二段変身キューが解放され、二人がオーロラにどわーんと包まれる。

「え?」驚くなぎさ。
「私たち…」少し驚くも意味を理解しようとするほのか。
「プリキュアはもっともっと強くなることができるんだメポ」
「ふたりとも、手をつなぐミポ」
「もっと…」
「強く…」お互いを見つめあい、そしてお互いの手をしっかりとつなぐのであった。

 何を叫ぶのかは分からないので書かないけれど、また銀色になってどこかへ飛んでいく。そしてものすごく重量感のあるごつごつしたフルアーマード外骨格を身にまとい地上に降り立つ。右足を立て左手をこぶしに握り地面を突いた忍者的待機姿勢でうつむいているブラック。両足を正対に開いて両のこぶしを腰に当ててひじを閉めて仁王立ちで天を見上げるホワイト。そして次の瞬間キッと敵に目線を向け…







完       覚


了       悟

 外骨格に開けられたいくつもの排気ダクトから怒りのエネルギーがブッシュウ〜。効果音はもちろん「ゴ ゴ ゴ ゴ…」。

 いやそれにまで(それだからこそ)萌えてみせねばならぬ。覚悟テイストならば全編肉弾幸のサービスカット山盛りだ。な、なぎさぁっ! ほのかあああぁぁぁ! しかし全編となると校長先生とかさなえおばあちゃんも当然のごとくサービスカット山盛りだ。いやそれにまで(略。さなえおばあ






完       覚


了       悟

下:プリキュア形態は昔からアレだったのか

 先週土曜日のこと、塾生の中学生たちに君たちちゃんと渡したビデオは第9話まで見たのだろうな明日はちゃんと早起きしてプリキュア見るんだよと念を押したら、まだ全部は見てないし日曜の8時半に起きるなんてありえない〜と言われた。彼女たちには一年間かけてダメな大人像を叩き込んできたので30過ぎのオヤジがプリキュアを見ていることには何の突っ込みもなく時はあくまで穏やかに流れていくのでした。

 プリキュア形態のデザインはなんかとても現代的なのですが、さてそこが問題ですね。ひらひらはまあ汎時代的装飾物としてもコスチュームの造形はひざ下がどうにもルーズソックスっぽいとかあくまでなぎさとほのかの同時代(または彼女たちの世代があこがれたであろう学園のお姉さんたちにとって同時代だったような)ファッションだし、キュアブラックはまるでなぎさの部活動であるラクロスの勝負服というかなんでしたっけアレ(物忘れが。昔はバレーボーラー&ラガーパーソンだったのに)… そうでしたユニフォームと同じようにスパッツ装備でおてんばなぎさに合わせたようにオープンフィンガーグローブで、キュアホワイトはほのかのためにあつらえたようなお嬢様仕様である。

 もし仮にさなえおばあちゃんがまださなえちゃんだったころ彼女がキュアホワイトだったのだとしたら、あれはちょっとありえないデザインなのではないだろうか、と思ったのだけれどついこの間までメップルは光の園にいたわけだからさなえちゃんキュアホワイト説は却下だなあ。しかし一人でも不完全プリキュアになれるということなのかもしれない。完全プリキュア(とは言え今のプリキュア形態が完全だという保証はないけれど)が肉体を10倍程度強化するということなので、不完全プリキュアでは5倍程度の強化ならば可能なのかもしれないし、そういうことになるとさなえちゃんキュアホワイト説がまた息を吹き返すのだった。さなえおばあちゃんの言動は明らかに何か知っているけれど時期がくるまで黙っておこうという雰囲気に満ち溢れているので、不完全プリキュア説は元気になるのだった。

 でもミップルとさなえちゃんがコンビを組んでいたとすると、ミップルがほのかに何も言わないのはどうしてなんだろうということになる。おそらくさなえおばあちゃんが時期を待っているのと同じ理由で、ミップルもほのかに本当のことを話す時期が来るまで知らないふりをしているのだろう。ミップルとさなえおばあちゃんはちゃんと意思統一ができているのだ。それは意思統一が出来るほどお互いを知っているということで、意思統一をしてまでほのかに打ち明ける時期を測らなければいけないような重大な何かを共有しているということだ。

 ただそうするとドツクゾーンからの来訪者もいなかったさなえちゃんの時代に、さなえちゃんがプリキュアに変身する意味がわからなくなる。ピーサードは人間世界の雑多なエネルギーに感慨を覚えていることから察するに人間の世界を初めて見たようだし、ゲキドラーゴはそういう人間の世界についてピーサードから話を聞く以外何も知らなさそうだった。とするとミップルとさなえおばあちゃんが隠さなければいけないほどの過去とは… あんまりひっぱってもくたびれるだけのような気がする。

 たださなえちゃんキュアホワイトがどのようなコスチュームだったのだろうかということは一考に値するのかもしれない。真宮寺さくらや花村紅緒のような女学生スタイルは大正時代か。防空ずきんにもんぺ… 確かに戦う女の子だがそれはちょっと何だ、あのその。大戦後の新制中学ではセーラー服がデファクトスタンダードとして取り入れられたそうなので、モノのなかった時代に中学生だったさなえちゃんはよそ行きといえばセーラー服… それじゃセーラー戦士だったのか。ちなみ大戦後はディオールの出世作「ニュー・ルック」が流行したそうなのだが… ネタが煮詰まってきたようなので止め。

 そんなわけでほのかとなぎさのコスチュームの話に戻ると、プリキュアのコスチュームデザインは時代と共に変化するものと考えるべきだし、さらにはプリキュアの中の人が抱いている美的感覚をトレースするものということになる。また今回のプリキュアたち(なぎさとほのか)はプリキュアになる前にデザインに関してメポミポと打ち合わせしたわけではなく、それどころかメポミポがいったい何なのかすら知らないうちにああいうコスチュームに変身している。メップルはなぎさとほのかの世界で100年間を過ごしているのでこの世界のファッショントレンドをつかんでいるのかもしれないが、メップルに至っては一日も経たないうちになぎさをキュアブラックに変身させている。ミップルとメップルがニュータイプ的遠隔意思疎通能力を持っていてトレンド情報を。というのではなぎさとほのかの個人的嗜好を汲み取ることが出来ないので却下ですね。

 やはりここはナノマシンに再登場をお願いしよう。メタル化状態でふたりが光の園で風に吹かれている時、ふたりの目を覆っている部分のナノマシンが走馬灯のようにパーツリストを網膜へ投影するのだ。なぎさとほのかに自分のお気に入りが投影されると、それぞれの脳で快感中枢が反応する。そのときの活動電位パターンを頭部を覆うナノマシンが立体認識し、結果としてそれぞれが一番気に入ったパーツ情報が全てのナノマシンに伝達されるというわけだ。もともとナノマシンが持つパーツ情報の中から相対的な順位判定を行うわけだから、いかに中の人が変な選択をしたとしてもキュアブラックはキュアブラック的パーツリストをくみ上げたキュアブラック的コスチュームになるのだし、キュアホワイトも同様にいつの時代でも時代的な背景を織り込んだキュアホワイトになる。

 ファッションに疎い私にはよくわからないが、やはり自分が一番よいと感じるコスチュームに身を包んでいるほうが気分がいいだろうし、気分がよければ張り切ってプリキュアすることができるのだろうからそれだけ強さを発揮できるものと考えられる。時代性を織り込むことの出来る柔軟なコスチューム選択式変身というのはメポミポに至る歴代プリキュアスカウトたち(何しろプリキュアは光の園に伝わる伝説の何かなのだから、プリキュアスカウト史も相当なものだろう)にとっても都合がよいというわけだ。

参考
パリは燃えているか
覚悟のススメ

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2004年4月04日

知と情の相互理解物語〜「ふたりはプリキュア」第10話

 皆さん申し訳ありません。今日の文章は、もう『ふたりはプリキュア』を見てなければ分からなくなっています。みなさんも主人公である「なぎさ」と「ほのか」が成長していく過程を見守ってあげてください。ここのプリキュア雑文を我慢して読んでいただければ、まあ来週から放映を見てもなんとかついていけると思います。日曜日の朝8時30分、テレビ朝日系列でやっていると思います。萌えじゃないんです。ないんですってば。決して萌えじゃないんです。とこれぐらい書けば大丈夫かな。では本編。

 今回のサブタイトルは「ほのか炸裂 すてきな誕生日」でした。ほのか誕生日おめでとおおおおお! ほんとにほのか炸裂してたな。あははー。今回はやられました。なーにが普通の中学生の普通の日常を描くことが目的だと思っている、だ私は。大はずれじゃないか。

 今回はそんなのありえな〜いと思いつつでも楽しかったです。ドツクゾーンの面々がちゃんと普通の人々に見えていてコミュニケーション可能であることがわかったし、とは言えやっぱりものすごい幸運だか不運だか言いようのない偶然で公衆に知れ渡らないというのがわかった。とは言え爆発した宝石店が壊れたままなのか直ってしまったのかよくわからない(おそらく壊れたままなのだけれど、それは今回ザケンナーが出てこなかったからで、ザケンナーは破壊された環境を元に戻すのだ律儀にも。第一話でザケンナーが乗り移ってお化け化して車輪が外れたりしていたジェットコースターがちゃんと元に戻っているからきっとそうなんです)。

 それにしてもほのか炸裂していたな。ほのかはもう完璧に「知」を身体化した異形の人ですね。強盗さんたちを目の前にして「本物?」はともかく、その後悲鳴をあげると思いきや怒鳴り飛ばして説教を始め、しかも強盗さんたちがおどろいて正座してしまうのはすごかった。強盗さんふたりが「あ、姐さん…」と漏らしていましたが、あの一言がほのかの造形を一言で表しているんだろうなあと思います。

 ほのかは知の化身である。知の本質は自分以外の存在に興味を持ち、その対象に恐れることなく自ら近づいていき、そして分析するという能動的な活動だ。歴史上の為政者たちや宗教者たちが知の世界に住む人々を恐れ、異端排除や焚書坑儒を繰り返したのは知が現状の矛盾を暴き、しかも知が打算を超えた情熱を発揮するからだ。まあそれが裏目に出れば壮大な悲劇としてとんでもない結果を生むことにもなるのだけれど。

 今回の強盗さんたちとの場面で言えば、ほのかが恐れる心を置き忘れたように冷静だったのは、ほのかの根である知から導きだされる彼女なりの正義が恐怖を押さえつけているということなのだろう。知が持っている自らを滅ぼすようなエネルギーとか打算のない悟性の美しさとか言ったものに畏敬の感情を感じ取ったからこそ、強盗さんたちは思わずほのかの前で正座してしまったのだろう。ほのかは菩薩なんだな。姐さんのイメージというのもおそらく「極妻」とか「二代目はクリスチャン」のようなある種の神々しさのイメージを意識しているのだろう。

 ゲキドラーゴのあしらい方もとんちが効いていて、テレビに向かっておまいは一休さんかよと突っ込みを入れたし。ほのかはゲキドラーゴの性格をお見通しで、奴はほのかの手のひらで飛び回る孫悟空だったし。小さなお友達が仰ぎ見る「かっこいいおとなおねーさん」という造形で、けっきょくそれは姐さんイメージということだ。

 それはほのかとなぎさとの関係においてもそのままで、ほのかは常に自ら進んでなぎさへ手を差し伸べようとしている。知の本質である近づき、分析するという方法論がそこにある。またなぎさの微妙な心の揺れに全く無頓着だというのも、知の世界に住む人々が類型的に示す理解至上主義(いわゆるマッド・サイエンティストという人格類型が広く一般に流通しているというのも一般の人が持つ知の人々の印象だ。知の人々は善悪の彼岸にたどり着くことがある)をほのかが持っているということだ。それはいまのところなぎさには与えられていない属性である。なぎさが強盗さんに出会ったとしたら、パニック状態になって何もできないという描写になるはずだ。

 それと対照を成しているのがなぎさであり、お手製のペンダントを心をこめて作っている。ほのかの喜ぶ顔が見たい一身でなれない粘土細工が(他者としてのメップルがさんざんダメ出ししているといのに)客観的には不恰好だということには全く構わないというのは、なぎさが本質的に情念の人だということを表現しているものと思われる。またそれほどほのかにプレゼントを渡したいのに誕生日は両親と水入らずがいいだろうと手渡すのを明日にしようとしたりしていたのは、なぎさが一面で他者への思いやりをしっかりと持っているということだ。身だしなみをよく気にしたり友達のことをちゃんと思いやることが出来るというのは、一見ボーイッシュで男の子っぽいのだけれど実はなぎさが女性らしさの類型としてあわれの心を持っているということだ。他者を思い遣るあわれの心はほのかがいまのところ強盗さんたちとのやりとりを経て初めて気付いた属性だ。

 真正面に宝石店へ突撃しようとして警察の人に止められるというのもなぎさが情念に正直な性格で計算するのは後回しだということだ。さらに排気ダクトを通って宝石店に侵入するというのも、なにがなんでもほのかを助けるという一途な情念が先走った行動だ。塾で女子中学生たちを観察する限り、女子中学生たちはなぎさ的類型を自分たちの分身または非常に身近な存在として受け入れるのだろうと思う。ほのかが姐さんとして仰ぎ見るべき対象であるのとは異なり、なぎさは非常に身近な等身大の存在として隣にいるべき存在として小さなお友達に映るように造形しているのだと思う。

 そしてなぎさとほのかというのは、やはりひとつの人格における光と影なのだろうなと思う。ふたりは表裏一体であり、どちらが欠けても人間としては不完全なのだ。「むずかしいこと、よくわかんな〜い」というのは女子中学生たちが自分たちを表現する方法としてよく使うのだけれど、それだけでは当然大人になってからかなりダメなことになってしまう。だからいつかは「難しいことでもやらなきゃ」というものも身に付けなければいけない。とはいえ訳知りすぎに「分からないなんてバカじゃないの」になってしまえばそれはそれでダメなことになってしまう。その両方をうまく共存させることが大切なんだよ、それはなぎさとほのかがケンカしたり仲直りしたりしながら自分自身をしっかりと主張しつつお互いを認めて、ふたりはふたりのままひとつのプリキュアとしてドツクゾーンに立ち向かうということと同じなんだよというのが、このアニメが小さなお友達に伝えたいことなのではないだろうかと思う。

 第10話での小ネタで見事だと思ったのは、金策に走り回るなぎさのおでこにずーっと10円玉が張り付いていたところだ。あの10円がおでこにくっついていなければ、あのシーンはほとんど救いようのないしみったれたシーンになっていただろう。10円があるからこそあのシーンは救われていた。

 ほのかのお父さんお母さんがほのかをいかに大切にしているかもよく描かれていたと思う。あんな美形(ということで描いていると思いました)なのにいきなりでれでれ猫かわいがりだし。あの容姿の大人が登場1分であんなふうになって笑わされるとは思いませんでした。しかもやはり大人の世界に住んでいてほのかには近づきがたい壁もあるということも感じられたし。年に一度あんな両親が帰ってきて、なぎさおばあちゃんと中トロのいる広大なお屋敷に住んで私立女子中学に通うようになる生活なら、そりゃあすくすくと知の化身へと成長するわな。

 また強盗さんたちとほのかのやりとりは「パトレイバーかよ」と突っ込んでしまったのだが良しとしよう。どこがパトレイバーなのかは説明できないのだけれど、そう突っ込んでいたので書いておきます。知の化身かつ大金持ち苦労知らずほのかが大人的現実を始めて垣間見たということを表現したのだと思う。大人的現実とは悪いことをする人は必ずしも悪人ではなく、状況という圧倒的な運命が人を善にしたり悪にしたりするということだ。この経験が今まで単なる悪としてしかほのかに認識されていなかったドツクゾーンの面々との今後にどれくらいインパクトを与えるのかというのはよくわからない。しかし仕掛けとしては今後ドツクゾーンの部下たちに奥行きを持たせるような演出が入っても、今回のエピソードを下敷きにして視聴者がきちんと理解できるようにしておくということなのかもしれない。悪にもいろいろ都合があるんだよという。

 あとなぎさがちゃんとダクトにもぐって帰っていったというのも感心しました。ダクト出口に警官さんたちが一人もいないのかよと突っ込みましたが。

今回の物語構成について

ふたりはプリキュアまとめサイト管理人のメモっぽいものメポ(4月4日)より

話は「両親と誕生日の話」と「強盗の話」と「なぎさのプレゼントの話」が

3つ並行して進む形で、それぞれのシーンに面白さがあった反面

それぞれ1つの話にして掘り下げればもっと面白く出来たんじゃないかなぁという印象。

 確かにそうかも。以下アニメの素人の思いつきです。分けるとしたらなぎさのプレゼントは当日、両親とのお出かけは来週、強盗の話はまあいつかわからないけれどその後という感じになるのかな。とは言えこの三題を別々にしたときに考えられるのが、どれもなぎさまたはほのかのどちらかが物語を占有してしまうのではないかということだ。以下今回のごちゃ混ぜ物語の基本線を考えてみる。

 今回前半はほのかとなぎさお互いの単独描写でふたりのバックグラウンドを語り、同時に第8話でけんかを乗り越えて理念的には近くなったとは言うものの、まだまだ二人の距離は離れているという暗喩を含ませている。大きくなってから振り返って「ああそういえばあんなこともあったよね」と笑いながら語り合うことが出来るような共通体験が足りないことを想起させるのが前半パートの作り方ではないだろうか。そして後半パートにようやく宝石店という同じ場所に集合して秘密のバトルを行い、プレゼントをやりとりすることでふたりにとって初めてプリキュア体験ではなく学校行事でもないふたりだけの共通体験を持つ。前半で違うところにいたからこそ、誕生日にちゃんとプレゼントを渡せてよかったね、これでまたなかよくなれたねというのが最後まで見たときに感じる安心感をいつもより余計に感じさせているのだろうと思う。

 ということで今回のお話はいろいろと枝葉が茂りすぎの感はあるものの、なぎさとほのかの交流史として初めて血の通った日常の共通体験を持つという大切な転換点となっているのだと思う。それもなぎさがほのかのプライベートな領域であるほのかの誕生日を祝うのだ。だから次回はなぎさのプライベートな領域である弟亮太をほのかと出会わせ、これでお互いがお互いの領域に踏み込むことになる。しかも今回なぎさとほのかが日常の生活圏で共通の体験をしたことで、次回三人で水族館に行くというかなり親しげな日常行動にも必然が出てくるのだ。

ほのかの物語=両親とのふれあいをとてもうれしがっているというほのかへの感情移入、両親はやさしいけれどやはり大人の世界に住んでいて子供の世界にいるほのかはやっぱりさみしいという性格描写、おばあちゃんとの絆を描いておばあちゃんの存在感アップ、素で金持ち猫かわいがられで人間関係に困ったことがないというなぎさとの対比描写

なぎさの物語=ほのかの誕生日にぜひプレゼントを贈りたいと思うようになった心理描写、お小遣い半年前借りするほどいろんなことに興味を持っているという状況描写、お母さんが結構きびしいことや手作りのものを渡すことまた不器用であることなど視聴者に共感を持たせる描写、ほのかの水入らずを大切にしたい思いやりを持っているやさしさの描写

宝石強盗の物語=なぎさとほのかが心を通わせる精神的出会いの描写、戦闘シーンを矛盾なく作る舞台設定、強盗という悪と強盗さんたちといういい人がつながってしまうこの世界の矛盾を無菌育ちのほのかが知るという描写

ほのかの精神的成長について

 ここみみさんの4月4日の文章(ここみみの雑感:2004-04-04 ほのかすぺしゃる)…深さではかなわないから、せめて分量だけでもがんばるぞ(そういうことではないのかもしれないけれど)。

 ほのかの電話中足元アップはかなりリアルだなあと私の素人目には映りました。なぎさとほのかの頭が結構大きいとか、足もあまり細くなければ長くもないとか、10年近くアニメーションから遠いところにいた私にとってはなじみやすいです。なぎさおばあちゃんの顔の輪郭具合もしっかりとおばあちゃんしていて、ほんとにそこにいるという感じがします私には。

 宝石店でたたずむほのかの直後に「お金落っこちてないかな〜」「世の中金じゃの〜」のなぎさというのは笑いました。リアルな塾の女子中学生たちもファッション、映画、外食、メールと出費が多いらしく、常に金に飢えてますのでこの辺リアルな女子中学生たちは共感しそうだなあと思います。

 「俺たちだって、そんな人達をもうずっと何年もやってきたんだよ、お嬢ちゃん」というあの言葉については、ここみみさんが書いているように強盗さんたちはあの時点で心情的にはすでに強盗ではなかったはずだ。しかし複雑な大人の世界では、一度強盗さんになってしまえばやすやすと強盗さんをやめるわけにはいかない。ほのか的世間知らず建前(子供が素直に持っている単純化された正義の感情)に対して大人のこんがらがった世界を代弁する役割を今回与えられた強盗さんたちは、ほのかを拒否するでもなく受け入れるわけでもなく、「この世界は全ての人が同じ地平に生きているわけではない。ほのかのように恵まれているからこそ正義と行動を一致させてもきしみが起こらない地平がある一方で、両者を一致させようとすると絶望するしかないような人々が生きている地平もあり、また別の地平もある重層的な構造をしているんだよ」とただほのかに気づかせる(そしてやっぱり宝石はもらっていく)他者としての意志を表現しているのではないかなあと感じてしまう。このあたりは強盗さんリーダのあのセリフを裏まで読むのか、セリフの字面で読みを止めるのかという嗜好の違いなのではないかと思う。

 そう言われて強盗さんたちに共感するほのかであった。しかしほのかはすくすく育ってきたお嬢様なので、やっぱり人間の意志を信じているわけだ。そこで今度は強盗さんたちの側に立って説教、というか応援をする。そしてこの場合強盗さんたちは根が善良な人たちだったので、ゲキドラーゴにかなわないと内心思いつつ自分のために戦ってくれるという人間のやさしさに触れたほのかは、素直に強盗さんたちを助けたいと思うのであった。ほのかが自分を認めてくれた誰かを助けたい、というのは第8話でなぎさの乙女心を考慮しないまま暴走して大失敗しているのだが、今回は警察さんに対して法律を考慮しないで暴走しようとするのだった。この辺の一途さはほのかの特質として一貫していると思います。ただ第8話のなぎさとは異なり今回の強盗さんたちはやはり大人ですから、ほのかの子供的共感をしっかりと受け止めありがたく思いつつでも大人は大人として守らなければいけない一線があるんだよということを、自らお縄につくことでほのかに教えるのだった。

 「お父さんとお母さんが言ってた」というほのかの言葉は、なぎさが金策中おでこにくっつけていた10円玉と同じくとても光っていたと思う。あれが自分の意見だったらこましゃくれた嫌味なガキだ。あの言葉があるから「ん〜でもまだこどもなんだな〜」と許せる。私は許す。私に許されたくもないだろうけれど。またこれはほのかがしっかりとお父さんとお母さんを信頼し尊敬しているということを表しているので、ほのかのキャラクターに重さが加わったように思う。そんなわけで最後に「私には大好きな両親がいて、友達がいる。色々あったけど、一番素敵な誕生日だった」というほのかのセリフに納得できたのだった。

 マーブルスクリューが宝石でパワーアップしたのは、ゲキドラーゴがすでにマーブルスクリュー単体では倒せないということで、来週あたり新技がでるのかも。

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2004年3月29日

ピーサード論:闇の陽明学徒は美学がお好き

 「ふたりはプリキュア」絶好調! というか僕が絶好調! 「ふたりはプリキュア」において第一の敵として颯爽と現れ、第5話ではやばやと倒されてしまった彼について考えてみる。

ピーサードと歌舞伎文化

 ドツクゾーンの支配者(らしい)ジャアクキング様の部下で人型をしている登場人物は全部で5人いて、それぞれピーサード、ゲキドラーゴ、ポイズニー、キリヤ、イルクーボという。まず気が付くのは、ピーサードの容姿が他の4人とはかけ離れていることだ。他の4人はまあ程度の差はあれ人間としても通用する容姿をしている。しかしピーサードだけは2チャンネル方面で「カブキマン」と呼ばれる姿をしている。ヘアスタイルは歌舞伎の獅子頭(石川五右衛門がロングヘアになったような感じ)だし、白く顔を塗り目の周囲を赤で取る隈取(くまどり、化粧のこと)は歌舞伎で「むきみ隈」と言われるメイクであり、若々しく正義感の強い役に多く使われるものらしい。歌舞伎の隈取りにおいてむきみは強さというよりも柔らかさを表現しており、むきみ隈の役はいい男つまりイケメンということになっているという。

「ふたりはプリキュア」におけるピーサードの役割

 マンガ夜話でいしかわじゅんが言う「小池一夫の原作術その1」を地で行くのがピーサードだ。小池一夫の原作術とはいしかわ曰く「冒頭で裸の女が銀座を走ってる、読者をつかむにはそのくらいことをしろってよく言う」というものらしい。私は小池一夫の話を聞いたどころか顔もよく知らないので本当にそう言っているのかはよくわからないけれど、ピーサードが小池の言う裸の女であることは間違いない。だからこそ五人衆でただ一人(人ではないが)飛びぬけた存在なのだろう。残りの4人に仲間はずれにされていたし。とすればピーサードはまあ単なるツカミということになり、結局のところさっさと退場すべき端役だったということになる。あわれなり、カブキマン…

 しかし端役とは言え「ふたりはプリキュア」という物語においてピーサードが果たすべき役割というのは重要なのだ。ピーサードはなぎさとほのかが始めに立ち向かう敵役であり、それはつまり我々視聴者がピーサードを通じてドツクゾーンとはいかなる敵であるかを理解するということだ。ピーサードはドツクゾーンを代表しているわけだ。だからピーサードがどうしようもなければ、プリキュアの世界観はわれわれの目に魅力あるものとして映ることがない。ドツクゾーンに対する正義の味方としてのプリキュアに対して我々は肩入れすることが出来ない。ということは「ふたりはプリキュア」という物語を我々視聴者がうまく受け入れることが出来るかどうかは、すべてピーサードにかかっていたということだ。

 ドツクゾーンという悪の世界の全体像を描くためにピーサードというひとつの人格を利用したのは、小さなお友達が身体的感覚として持っていると思われる「怖いおじさん」のイメージを借用しつつプリキュアの物語を理解するためのよい手段だと思う。しかしこれはピーサードにドツクゾーンの(その時点での)全てを詰め込まざるを得ないということであり、だから彼の性格描写がわかりにくくなってしまったという観は否めないところだ。第1話でのピーサードは無表情でクールに振る舞い、かつ台詞回しや身のこなしは大仰であった。それにいたいけな少女たちに向かって念力でいろんなものをぶつけようとさえした。まあそれは無力な人間に対する単なる脅しだったのかもしれない。投げつけたものは全部はずしていたし。

 初期のピーサードはプリキュアになる前の何も知らない無垢な子供であるなぎさとほのかに対する悪い大人としてピーサードは造形されており、これは視聴対象である小さなお友達がおそらく体験的に共感するであろうと製作者が考えた構図なのだろう。第1話ということはまだ視聴者がプリキュアの世界を知らないということだ。だから視聴者が自らの体験として心に抱いている共通心理を前提としなければなぎさとほのかは単なるアバレブラックとアバレホワイトになってしまい、いくら悪そうな人とは言え(いや人ではないが)ピーサードをばしばしと蹴って殴ってさらには怪光線まで浴びせて倒してしまう理由が付かない。

あいまいなドツクゾーンのピーサード

 その後ピーサードは第2話でなぎさとほのかがプリキュアに変身すると「やはりこいつら、光の園に伝わる伝説の…」という独り言をつぶやき、それから結構あくどい(取り方によってはせこいかもしれない)策を弄するようになる。エレベータのロープを切断して中の人(なぎさの友人である志穂莉奈が中の人だ。うーん偶然とは言えあくどい)もろともふたりを危機に陥らせた。

 第3話では教育実習生になりすましてベローネ学園のみんなを騙し、さらには担任のよし美先生を催眠にかけていいように操り、さらによし美先生を危機にさらしてブラック(なぎさ)とホワイト(ほのか)の隙を誘うという意地悪な手段をとった。それどころか第4話では一般人を石化した上で自らの盾として利用し、プリキュアの怪光線(プリキュアマーブルスクリューという)を打たせないなどという「お、おまえ… 人間じゃねえっ!(そもそも人間ではないのだが)」ということまでした。実際この場面ではブラックが「卑怯者っ!」とピーサードを非難している。

 そんなわけでかなり卑怯な手段をつかってさえ4回連続で打倒プリキュアに失敗したピーサードは他の4人に屈辱を味あわされ、しかも上司であるジャアクキング様には激怒を買うことになり、「次失敗したら死あるのみ」と宣言されてしまう。死ぬ気で汚名をすすぐ覚悟を決めたピーサードは、なんとほのかが一人きりになったところを襲うのであった。てめえ汚ねえぞ! などと言われることは承知のうえだ。なにしろ上司に殺されてしまうのだ。彼にとっては四の五の言っている場合ではない。

 しかし変身できない主役を襲うなんて、それは物語中盤のヤマとかラスト近くにやることじゃないのか。それに第一、敵として魅力がなさすぎるではないか。悪の世界ドツクゾーンを表象するにはよかったのかもしれないが… ここまでは卑怯者キャラクターとしてピーサードの人格描写は一貫していて、見た目以外に印象が薄いのはそれとして人格としては統一されていた。

ピーサードは二度死ぬ

 ところがピーサードは彼のラスト10分最後の大舞台で、突然今までの無口冷静卑怯者キャラクターを打ち捨ててしまう。彼は突然、彼なりの倫理をかたくなに保持する孤高の悪としての「本性」をさらけ出すのだった。それまでにそのような伏線があればなんとかなるかもしれないが、これはあまりに唐突な変節としか言いようがない。まるで今までのピーサードの中の人が死に、別の中の人に入れ替わったみたいに。なんと一人きりで変身できないほのかに向かって、

「プリズムストーンを差し出せば、命だけは助けてやろう」

「ただ俺は俺がやるべきことをやるべきだ」

「おまえが正しいと思うなら、それを証明してみろ。力のないお前に何が出来るっ!」

「どうだ。これが現実だ。もっと素直になるんだな」

と、突然説教をかましだしてしまうのだった。いままでの卑怯っぷりはなんだったんだ。まあこれはこの直後彼がみせる行動に対する伏線として置かれたセリフだろうと推測される。というのもメポミポの愛の力でなぎさがほのかの危機に駆けつけたのだが、ピーサードはそれまでにほのかからミップルを奪っているのでふたりはプリキュアに変身できない。おいおい、変身できないなんて話が終わるじゃないか… そのときピーサードがとんでもない行動に!

ガチンコならここで次週予告だな。しかしここはプリキュアなのでもうちょっとだけ続くのじゃ(これはこれでドラゴンボールだし)。彼はほのかの危機を見捨てなかったなぎさに向かい

「よく来たな。感心な奴だ」

とのたまう。いったい何が感心なんだ。いやわからないわけではないが、いままで造形してきたピーサードという人格から出る言葉ではないだろ。そしてこともあろうに、何故かピーサードはミップルをほのかに向かって決然と放り投げるのであった。

「全力で来い。プリズムストーンは必ず奪ってみせる」

おいおい。無駄にかっこよすぎるピーサード。というか意味がわからん。いや分からないわけではないが(以下略。

 まあなんというか、ピーサードがこのように豹変してしまうのはなぎさとほのかの立場を描こうとしたのだろう。変身できないという決定的な不利にもお互いを見捨てないなぎさとほのか。いままで何となく状況に引きずられてプリキュアしていたなぎさとほのかが、初めて自覚的にプリキュアであることを引き受けるという物語上の大転換を成し遂げなければならなかったのがこの第5話だったのだ。

 ふたりの立場を大きく転換させるためには、それだけ強力な舞台回しが必要となる(というよりもむしろ、開始1ヶ月のこのあたりでそろそろしっかりと視聴者をプリキュア世界に参加させなければ視聴率に響くということだろう。ただし第1話から敵が語りまくりでは主たる視聴対象である小さなお友達がついて来れないだろう。その辺までは当然詰めているはすだが、ゆっくりとピーサードを造形するにはスケジュール構成がタイトだったのだろう)。

 プリキュアであることをなぎさとほのかが選び取るためには、敵が持っている意志や目的を彼女たちが認知しその上でそれを拒否するという選択を彼女たちが行う必要がある。そして拒否を貫くためにはプリキュアという力が必要だから私たちはプリキュアであることを選ぶ、というプロセスを踏んでようやく彼女たちは自覚的にプリキュアとなることが出来るのだ。主役である彼女たちの自覚はそのまま我々視聴者の自覚となる。ここで視聴者と主役との間にプリキュアとしての運命が必然として共有され、ようやく製作者としてはプリキュアの物語を本格的にまわしていくことができるようになるものと思われる。

 さてプリキュアとなったブラックとホワイトに対しているピーサード。ようやく彼の本性をあらわし始めたピーサードは、にわかに生き生きとし始める。身体能力もそれに伴い飛躍的に力強さを増す。いまさらながらようやく彼は意志をもったひとつの存在へと変容し、なぎさとほのかと我々の前に体温を持った(持っているかはともかく)確かな存在として手触りを感じさせるようになる。余命(というのかな)5分を切ると彼の語りはますますヒートアップしてゆく。

「どうした! お前たちの力はそんなものか!」

「偽善者ぶって他人をいたわってどうなる! 命乞いをしろ! 自分だけ助かりたいと言え! 先にそう言った方だけ助けてやろう!」

最後の激突(セリフ起こし大変でした)

 この辺のピーサードは立ち居振舞いも主役級で非常にスマートに描かれている。そしてこのようにある意味明確な論理を持つピーサードに明らかに引きずられる形でプリキュアのふたりも明確に戦うことの意味を見つけることになる。まあぶっちゃけ初めて心の底から敵に怒りを持ち、打倒ピーサードという目的を認識するわけだ。このへんのブラックとホワイトはピーサードの鏡としてやっぱり説教大魔王になっていて、小さいお友達を置き去りにしている感は否めない。しかしまあ圧倒的に怒っているという雰囲気は小さいお友達にも感じられるだろうからそれで良しということなのだろう。プリキュア開始以来(唐突とは言え)盛大に盛り上がっていて、結構爽快さを上手に演出している。

 そして最大の山場、怒りのプリキュアマーブルスクリューに対して自らも怪光線を発射するピーサード。怪光線を通じての力比べに突入すると、ピーサードの歌舞伎具合も最高潮だ。まさに大見得を切り倒す。そしてプリキュアのふたりも絶好調。もう力ではなく、どちらの意志が強いかというバカマンガの世界に入り込んでしまうのであった(バカマンガとは論理よりも意志の力を強調する熱血マンガに対する誉め言葉です)。ちなみにこの間、お互いに怪光線出しっぱなしです。

「全ての世界は二つに一つ! 勝つか負けるか! さあ、俺様の力の前にひれ伏すんだ! そしてプリズムストーンをおとなしく差し出すんだ!」

「そんなことできるわけないじゃない!」と情念で吼えるなぎさ。

「力でねじ伏せて、自分の思い通りにしようとするなんて… そんなの、そんなの絶対認めない!」論理的に怒りを沸騰させるほのか。

「まだよくわかっていないようだな! どんなに抵抗しようと、所詮お前たちは、ドツクゾーンに飲み込まれるだけの存在なのだ! 黙ってジャアクキング様の意志に従っていればいい!」

「ばがにしないでぇぇっ! みんな、一生懸命に生きてるのよ。理解しあって、尊敬し合って生きてるんじゃないの! 力ずくでみんなを支配しようとするなんて、そんなの… そんなのぜっだいまぢがっでる!」ほのか炸裂っ!

 ほのか炸裂で熱血比べ勝負あり。プリキュアマーブルスクリューが「倍率ドン、さらに倍!」となり、正義の意志をもろに食らったピーサードは黒い霧となりプリズムストーンを残して元の闇に戻っていったのだった。

陽明学と士道の狭間で

 結果としてはやはり狂言回しとして便利に消費されてしまったようなピーサードであるが、彼が最後に一個の人格としてその10分少々という極端に短い人生(人ではないが)を生きた瞬間を彼の本性とみなせば、彼のバックグラウンドには陽明学的要素が濃いのではないかと思われる。陽明学徒の行動原理は「自分がたとえ破滅しようとも、自分が行うべきことは断固として行動し切る」というものだ。

 ジャアクキング様とドツクゾーンのためには手段を選ばずプリズムストーンを手に入れるというのがピーサードが持っていた行動原理だ。しかし彼にはそれと別に自らの美学のようなものがあったらしく、それはおそらく「全力を尽くして敵と戦う」ということだったのだろう。たぶん武士道とか騎士道のような美学を個人的格律として彼の内面を規定していたのだと推測される。

 ひいきの引き倒しを承知で解釈すれば、卑怯な手を使っていた頃のピーサードがなぜか隙だらけだったのは彼が意識しているかどうかは別として彼の士道的美学が彼の陽明学的意志を拒否していたということなのだろう。彼の美学を理解しない同僚4人に対してはあえてその葛藤を説明しないし、多分彼自身もその葛藤を言葉で表現できなかったのだろう。だからこそ彼には「全力で相手を倒してプリズムストーンを手に入れる」以外に押し迫った彼の状況を打破する手段は残されていなかった。

 第5話で同僚4人が彼をなじるのを岩陰で聞いたピーサードがあれだけ激高していた理由は単に自分が仲間はずれになる羽目になったプリキュアふたりを憎んでいるというだけではなく、彼の内面でひそやかに士道精神というイドと陽明学というスーパーエゴが渦を巻いて激突し、彼の人格が崩壊の危機に陥っていたからなのだろう。ピーサードが変身できないなぎさとほのかをそのまま血祭りに揚げてしまったならば、ドツクゾーンは永遠になったかもしれない。

 しかしそれではピーサードの精神世界において士道というイドをすりつぶすこととなり、均衡を失った精神はほどなく崩壊していたことだろう。だからこそピーサードは絶対的優位をみすみす放り出してまでもミップルをどうしてもほのかに返した上でプリキュアと戦ったのだし、たとえそれで敗れることになっても自らの美学に照らして納得しながら消滅していったことだろう。

ジャアクキング様の正体を考える

 話は変わって、2ちゃんねるプリキュアスレで「なんで部下が現場に大事なプリズムストーンを持っていったのかというと、五人衆の実態はザケンナーでしかなく、プリズムストーンのおかげで意志をもった人格として実体化することが出来るのだろう」という書き込みがあって結構そんな感じだろうなあと思ったのでした。ピーサードも黒い霧となって蒸発していったわけだし。そうするとドツクゾーンにはあと4つプリズムストーンがあるわけだが、ゲキドラーゴ、ポイズニー、キリヤ、イルクーボがそれぞれプリズムストーンを持って実体化しているということになる。

 …あれあれあれ〜? 総大将のジャアクキング様の分がないじゃん。部下を倒しきったら、戦いは終わるの?

 確かにジャアクキング様のお姿はまだ一度も出てきていない。しかし一番怖いのは目に見えないものという意見に従えば、実体化していないジャアクキング様がやっぱり一番恐ろしくて、一番強いということになる。この説を延長すると、部下4人を倒したところでジャアクキング様の正体が判明するのだ。

 ジャアクキング様とは実はものすごい数のザケンナーが集まった「邪悪なる意志そのもの」であって、その邪悪なる意志そのものが虹の園(なぎさとほのかが住む世界)に大襲来するのだ。なぜならドツクゾーンの崩壊を何とかするために彼らはプリズムストーンを奪おうとしているのだから、奪えなければそのうちドツクゾーンと共にジャアクキング様も滅びてしまうからだ。窮鼠猫を噛む、背水の陣、手負いの虎、本能寺に向かう明智光秀のようなものだ。当然そんなモノが襲来すれば、世界はもうめちゃくちゃになってしまうだろう。

 そこであのオープニング映像ですよ。あのオープニング映像のバトルが本編でおなかいっぱい炸裂するんですよ奥さん。

 …って、結局今日も3時間睡眠じゃないか。正直ありえな〜い。

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2004年3月29日

なぎさの過去、ほのかの未来〜プリキュア批判もごもっとも。だからこそがんばってほしい(番組風味で大改稿)

アバンタイトル〜軽い疑問

 メポミポの声ってのは、いったい周囲の人たちに聞こえているのか聞こえていないのかどっちなんだろうな。第5話ぐらいまではメップルが出した声を周囲に聞こえてしまったのをなぎさが必死でつくろっていたんだよな。でも第9話で母者と弟者がなぎさ部屋での口喧嘩を廊下で立ち聞きする時には、「なぎさがえんえんと誰かにしゃべっているような独り言を続けていてこれはちょっとおかしいのではないか」と心配していた。家人はメップルの声を聞いていないというわけだ。なぎさもその後でメップルに「誰のせいで家で変人呼ばわりされてるかわかってるの?」と言うのは、なぎさも家人にはメップルの声が聞こえていないという認識なのだろうか。その割には同じ日の抜き打ちテスト直前にメップルがなぎさを呼んだ時にはそれまたあせっているしなあ…

サブタイトル〜なぎさの過去、ほのかの未来〜プリキュア批判もごもっとも。だからこそがんばってほしい(番組風味で大改稿)

 ああそうか。なぎさの家人は「なぎさが声色を使って一人二役で独り言劇場をくりひろげている」と認識しているのか。それならまあちゃんと周囲にメポミポの声が聞こえているのだから破綻していないか。

オープニング〜プリッキュア♪ プリッキュア♪…
Aパート前半〜プリキュア初心者の人に説明

 説明しよう! メップルとミップルというのはわけのわからない生き物です。そもそもプリキュアというのは光の園に伝わる伝説の何かなのです… 説明になってない! さらに言えば前回も要約を始めに書いたらぜんぜん要約になってない… えーっと、そもそもの発端は美しき勇気と希望と正義の「光の園」という世界があり、そこに邪悪な「ドツクゾーン」が侵略をしてきたのでした。光の国は7つの「プリズムストーン」という命の石がもたらすパワーによって成立している。ドツクゾーンの邪悪なるものたちはどうやら(というのもまだ全てを説明されていないからだが)ドツクゾーンが崩壊の危機にあることを知り、プリズムストーンの力が彼ら邪悪なるものたちを破滅から救うと考えているようだ。そこでドツクゾーンは光の園を侵略した。7つ存在するプリズムストーンのうち5つがドツクゾーンの手に渡ったところで、光の国のクイーンと長老は、希望の姫君ミップルと選ばれし勇者メップルに残りの2つを授け、彼らを「虹の園」人間のすむこの世界に逃したのであった。ちなみにミップルとメップルは光の園では「世界はじめて物語」に出ていたモグタンのような姿をしている。しかし本来の姿で虹の園にいると体力を消耗するらしく、地球上では携帯電話のような耐久形態をしている。ただし二匹そろえば短時間ではあるが元の姿に戻ってはいちゃいちゃしている。ミップルは「〜ミポ」、メップルは「〜メポ」という語尾で会話をするため、ここではあれらをメポミポと称することもあります。

 というわけであれらが虹の園と認識しているこの世界に逃れてきたメポミポはめでたく私立ベローネ学園中等部2年生のなぎさとほのかに拾われ、それらを追ってやってきたドツクゾーンの敵役さんに襲われてしまい、メポミポの言う通りにやってみたらプリキュアに変身してしまった。そして次々とやってくるドツクゾーンさんたちの相手をする羽目に…

Aパート後半〜さて本題

 というのが「ふたりはプリキュア」の前フリなのでした。物語はメポミポを拾ってプリキュアとなったなぎさとほのかのふたりが主役なのだけれど、物語はなぎさを主軸にして描かれる。アバンタイトル(オープニングタイトル前をそう言うらしい)は今のところ初回が風景描写だったのを除いて全部なぎさの回想のみでほのかの回想は一度もない。本筋から外れた日常描写であるお家の出来事や登下校などのシーンはほとんどなぎさを描いている。だから今のところこの物語はなぎさの物語だ。作り手は視聴者になぎさの視点でこの物語を受け取るように仕向けている。

 この物語は、ことごとく異なるふたりが初めて異質な存在と出会っていく過程を描こうとしているように思える。異文化理解の物語と言ってもいいだろう。前回ながながと表にまとめてみたように、人間のいろいろな属性をことごとく二つに分け、二人の人間に割り振っている。とは言えくじを引くようにでたらめに分ければよいわけではなく、なぎさとほのかという二つの人格として纏め上げなければいけない。しかも小さいお友達に分かりやすくすることを考慮すれば、一方を明るく元気なやんちゃ娘という類型として形成し、他方をおしとやかでまじめな深窓の令嬢という類型に落とし込むというのがおそらく最もありうる回答になる。それが明るく元気なやんちゃ娘のなぎさであり、おしとやかでまじめな深窓の令嬢ほのかとなる。

 そこまで造形すれば小さいお友達がどちらを自分の分身として受け入れるかはおそらく明白で、だからこそこの物語はなぎさの物語として語られる以外にぶっちゃけありえない。視聴者の分身はなぎさだと方向づければ、友達に囲まれているのはなぎさであり、一家四人でマンションに住むのはなぎさであり、ぬいぐるみが大好きなのはなぎさであり、突然プリキュアにされてしまいおそろしい敵に襲われることを拒否するのはなぎさであり、流行り言葉に敏感なのはなぎさであり、イケメンにどきどきするのはなぎさであり、チョコ大好きなのはなぎさであり、おしゃれするのはなぎさであり、感情豊かで行動的でちょっと間が抜けていて勉強が苦手で男子に好意を寄せられないのはなぎさなのだ。そしてそういうなぎさにとって一番遠い存在として、いわばなぎさの影として造形されなければならないのがほのかなのだ。

 なぎさにとってほのかとは究極の他者である。と同時になぎさにとってほのかは自分自身の影であり、もうひとりの自分でもある。自分と決定的に違う存在が実はもうひとりの自分であるというのは人類史で言えば神話の類型としてさまざまな民族の神話に語り継がれているし、近代ではユング派心理学の中核的モチーフである。また唐突に村上春樹を持ち出せば、村上小説の主人公「僕」に対応する「鼠」「キスギ」「永沢さん」「五反田君」「私」「綿谷ノボル」はそれぞれがいろいろな意味で「僕」とは対照をなす人物であり、しかし同時にもうひとりの「僕」である。村上春樹にはもうひとつ、「僕」を巡る女性たちの間でこの関係が成立するがそれはそれ。

 「ふたりはプリキュア」についてはたくさんの賛辞と共にたくさんの批判が語られている。まあ前回あれだけ賛辞を贈った僕から見ても批判… とまではいかなくてもちょっとそれはツメが甘いだろと思うところは結構ある。そういう批判のひとつに「登場人物の性格描写が足りない」というものがあった。批判としてはそもそも東映アニメの主力が「おじゃ魔女どれみナイショ」に振り向けられることが規定路線だったからプリキュアははじめからやる気が無いのだとか、だから設定がいや全てにおいて何もかもがいいかげんなのだとか、そんな体制だから出てきたのが苦し紛れのセーラームーン&どれみの焼き直しではないかとか、ふたりという言葉に製作者が引きずられてしまいその他の登場人物はすべてふたりの関係描写のパーツにしかなっていないとか、そもそも「ふたりはプリキュア」であるはずが「なぎさともうひとりはプリキュア」になってしまっているじゃないかというように続く。

 僕はアニメの人ではないのでその辺の事情には全く疎い。しかしまあプリキュア放映だけを見ていても、その辺の事情はやっぱりそんな感じなのかもしれないなあと思う。とは言えきちんと完成させようとするとプリキュアはセーラームーンやどれみに比べてかなり難しい原理的課題を背負っているように感じる。作品として完成させる難しさを知りつつ、製作者たちはセーラームーンやどれみの世界では描くことが出来ない何かを描こうとしてプリキュアにたどり着いたのではないかと思う。まあこれは一視聴者のたわごとなので物語が僕の言うように進むとは思わないし、製作者の意図が僕が言うようなものだとも思わない。でもまあ先に進もう。

アイキャッチ!

 CM前とCM後になんかタイトルがついてちょこっと出てくるものはそういうものらしい。ではこのサイトの宣伝。他のページでは究極の紅茶の淹れ方や東京の朝湯、アーヴィング世界初和訳などおいてます。よろしくね♪

Bパート〜大人への扉

 「ふたりはプリキュア」が目指すのは、普通の中学生(女の子)の成長課題を具体的に描くということだと思う。セーラームーンのようにありえないスーパーモデルスタイルでもなければ、次から次へといろんな出来事が起きるわけではない。どれみのようにくりくりかわいくもないし日常世界がおとぎ話のように描かれてもいないし、異世界の人たちと交流するわけでもなければ異世界を行ったり来たりするわけでもない。なぎさとほのかは造詣もまるで普通の中学二年生で生活もある意味しみったれたようなごくごく普通の中学生だ。風景もまったくほんとに何の華やかさもないリアルな世界として描かれている。ふたりはプリキュアである以外まったく「この世界」に住んでいる。プリキュアである以外、なぎさとほのかは何から何まで徹底的に我々と地続きの日常を生きているのだ。そのように徹底的な日常であれば、なぎさとほのかはクラスメイトである以外何の接点もないままで終わるだろう。リアルなこの世界に生きている中学生たちがプリキュアになることはない(はずだ)から、なぎさとほのかが実際に存在したとしても物語は生まれない。

 生まれてから思春期を迎えるまで、人間は自分が自分であり他者が他者であるということを知らない。世界は自分のような人が住む自分の世界と自分ではない何かがすむどこか自分ではない世界であり、二つの世界の間は深くて暗い河で断絶している。自分の気に入らないことは自分の世界から締め出してしまえば、それにともなう不都合は大人たちが良きに計らって自分の世界を守ってくれる。結局自分から見れば自分の世界は自分の思うようになり、他者は自分とは何の関係も無い何かでしかない。それは実は「他者」ではなく「何か自分とは関係ないモノ」でしかない。

 しかし大人になった人間が住む世界はそのようではない。他者を自分の世界から排除しきることなど出来ない。かといって自分の世界に関係を迫る存在がすべて自分と同じ何かとみなせるほど他者は自分に従順ではない。大人を長くやっていればそのあたりは適当に諦めたり努力したりしてやりくりする術を身に付けるし、他者は自分ではないからこそ面白いということに気が付いたり、それでもやっぱり辛いときは辛いなあと落ち込んだりするのがまあ人生なのだなあやれやれと言いながら日常を維持していけるようになる。

 中学生という年代は、おそらく結構多くの人たちにとって初めて他者が他者として自分の世界に食い込んでくるような時期であり、食い込んでくる他者を好意をもって受け止めるとすればそれは恋心を抱く異性であり(なぎさにとっての藤P)、違和感で受け止めれば自分と違う世界に住んでいる同性(なぎさにとってのほのか)ということになるのではないだろうかと思う。しかしまあ恋心の対象というのは中学生ぐらいでは明確な他者とは言いがたいところがあり、特に初恋であればほとんどのところ自己理想の投影対象でしかない。また恋愛という事象は他者との強力な一体化欲求を解放する手段でもあり、他者という概念を排斥し完璧に閉じた世界を構築しようとする力学が支配しがちだ。それ以前にまあ、日曜朝8時30分枠のモチーフじゃないな。

 大人になるということのひとつは、自分を取り巻くさまざまな関係者たち(特に自分と違う人たち)をそれぞれ自分をめぐり適切な位置と距離に配置し、その位置と距離を適切に調整しつづけることができるようになるということだろう。なぎさの場合、プリキュア同士になってしまったという運命の強制力によって初めてほのかという決定的な他者を自分の世界地図の上に配置しなければならなくなったのだ。なぎさの地図には志穂莉奈がいて、ラクロス部の仲間たちがいる。彼女たちとほのかをどのように配置し調整するかという課題は、なぎさがおそらく初めて体験する苦労になるだろう。それは上手くいくかもしれないし、上手くいかないかもしれない。しかしなぎさがこの課題に直面し、悩み、試行錯誤を経ながら、彼女はだんだんと大人になっていくのだ。なぎさにとっては彼女がこれまで構築してきた「ほのかのいない過去」をいかに「ほのかを含んだ現在」へ組み替えていくのかというのが、今後の大きな課題となるだろう。

 ほのかはやはりそれとは正反対の課題を与えられることになる。ほのかはあまりに描写が足りないという批判は正しい。なぜなら彼女には過去がないからだ。彼女の両親は海外勤務中でお家にはおばあちゃんと犬しかいないというのは、ほのかにとって対立すべき大人が身近には存在しないということだ。さらに学校でほのかはつねに単独行動であり、それはつまりなぎさとプリキュア同士になることについて考慮すべき現在の関係が何もないということだ。おそらく過去にもともだちという存在がほのかにはない。ほのかにはやはり過去がないのだ。過去がないということは、なぎさとの関係を構築するに当たって何のモデルも存在しないということだ。それはそれでなぎさと別の意味において大きな課題となる。なぎさとの何もかもがほのかにとっては初めての体験である。自分以外に何も存在しないという意味では完璧なほのかの世界になぎさという異物が入り込んでくる。それはアダムとイブの物語における知恵のリンゴなのであって、これからほのかは経験に頼ることなく人間としての未来(なぎさとの関係)を組み立てていかなければならないのだ。

 ということで、これまでほのかの描写がほとんどないというのはまあ当然といえば当然のことなのだと思う。この物語は(今のところ)なぎさの物語であり、なぎさにとってほのかは想像もできないぐらい遠い存在なのだから。しかし今後なぎさとほのかがお互い歩み寄っていくのだろうから、だんだんとほのかがどのような人物なのかということが明らかになっていくだろう。なぎさにとってほのかという存在は受け入れられるところもあれば、受け入れがたいところもあるだろう。志穂莉奈とほのかに板ばさみになることもあるだろう。それを何とかしようとしているうちに、なぎさは大人への階段を登り始めることだろう。またほのかも迷い傷つきながら、なぎさとは反対側から階段を登り始めるだろう。

 そして階段を登るふたりがお互いの姿を見つけるだろう。それから同じ階段を登るのか、別の階段へ分かれるのかはわからない。しかしほのかはなぎさの心を他者へと開く扉としてなぎさの一部となり、同じくなぎさはほのかの一部となるだろう。そしてふたりはプリキュアでなくなってからも(それは彼女たちが大人になり始めたということなのだろう)後ろを振り返ることなく階段を登りつづける事だろう。

エンディング〜 ぁあ〜〜〜〜っ Let's go! Get you! L O V E らぶらぶ げっちゅ!…
次回予告

 しかしまあプリキュアがこうなるかといえばならないだろう。結局のところ一視聴者である僕はプリキュアを解釈する自由が与えられているだけであって、プリキュアを作る自由はこれっぽっちも持っていない。だからプリキュアが進む道を眺めるだけだし、こうならなかったからといって「それは間違ってる」などと言うつもりもない。おそらくいろいろ理屈をこねながら楽しく放映を追いかけることになるだろうし、プリキュアが進む方向にまた新たな理屈をつけてまわるだけだろう。つまるところプリキュアにはいろいろ欠点はあるだろうけれど、リアルな中学生の他者理解と成長の物語という文脈を僕なりの注目点としてまったりと楽しみますよ。そういうことです。プリキュアおたく、(次回は)ほのかすぺしゃる!!ほのかかわいいよほのか… ではなくて「ふたりはプリキュア」を物語として成立させようとするときに抱えている原理的な難しさについてちゃんと文章を書いてみようと思う。

「批評とは竟に己れの夢を懐疑的に語る事ではないのかメポ!」−秀雄、メポってるメポってるぅ!

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2004年3月29日

なぎさとほのか〜他者との出会い

 要約:「ふたりはプリキュア」はいままで自分と似たような人たちだけの世界に住んでいた全く異質の中学生(それはいわゆる普通の中学生には当然のことだろう)ふたりが初めて異質な他者(お互い)と出会い、異質さを受け入れながら徐々に分かり合っていく成長物語(ビルディングス・ロマン)である(らしいように僕は感じているのだがこの先そう進んでいくかはわからない)。運命でいっしょにたたかうことになったという王道的友情アニメには不似合いなぐらい、中学生ぐらいの子供が他者という異物に出会ったときのごつごつとした質量をはっきりとリアルに意図して描いている。この先なぎさとほのか(主人公の中学生ふたり)をどのように成長させていくか(ふたりがどのように成長していくか、また周囲の友人たちとどのように折り合いをつけていくか、とはいえ孤高の人ほのかにそういうジレンマがあるかどうかはわからない)が楽しみで仕方が無い。

 日曜日の8時30分が待ち遠しい。土曜日の夜から待ち遠しい。うーむ。「ふたりはプリキュア」が土曜日の夜から待ち遠しい30過ぎのオヤジ… それが今の私だ。正確に言えば、「ふたりはプリキュア」が土曜日の夜から待ち遠しい30過ぎのオヤジでしかも学習塾の教室長… それが今の私だ。いけない。いけなさすぎる。ぶっちゃけありえない…

 と思いながら気が付くと塾の机に座ってけなげに(というわけでもないが)鉛筆を動かしている女子中学生たちのうなじをじーっと眺めていたのは第7話までだった。女子中学生たちはつやつやとしている。チョコパフェとかイケメンとかマジで夢中になれる年頃らしいが、塾で一年間毎週4日ずっと彼女たちを観察していると、やはりそういうものにマジで夢中になっているらしいのだった。30過ぎのイケてない教室長にはマジで夢中になっていないらしい。残念がっている自分を発見し、うおっ僕は今残念がっているいかんこれではロリな人ではないかと少しうろたえるのであった。しかしでは残念がっている先に僕が何を求めているのかといえば、まあ彼女たちの成長を電柱の影から見守っていられればいいなあというぐらいのことだ。まあマジで夢中になられても教室長としては困ってしまう。しかし蚊帳の外というのもそれはそれでしょんぼりだ。んーそういう心理的なことだけではなく、女子中学生のお肌はなぎさやほのかと同じようにすべすべなんだなあと考えていると、うおっ僕は今アニメを起点にして現実の彼女たちを見ていたこれはいかんこれではアニメオタクではないかと少しうろたえるのであった。

 いろいろなところでプリキュアの第8話はすでに放映直後から神認定を受けているが、僕もこの回を見ながら「プリキュアは最後まで見届ける」という決意が僕の中に芽生えしまったのを認めざるを得なかった。まあ心の中の暗い部分や落ち込んだ心情を表現するためとは言えあんなに影をつけまくったら鼻につくとか、藤Pと木俣が「これ、どういう状況」と言うのはなぎさが「ちょっと雪城さんっ」と怒鳴った後じゃないといけないじゃないかとか、「あなたとはプリキュアってだけで、友達でもなんでもないんだからあっ」の後で列車を通したのなら、ラスト「行こっ。ほ・の・か」の直前にも列車を通すべきだろ(絵も使いまわしで済むし、意味的にも使いまわすべきだし)とかいろいろ言いたいことはある。

 といいながらも、僕は実のところプリキュアを結構だらだらと見ていたのだった。だって、お化け掃除機とたたかうんですよ。絶対に友達にならないような頭のいいお嬢様と元気な体育会系女の子が(プリキュア同士とは言え)突然買い物に行ったりハイキングしたり仲良くなるんですよ。小さなお友達のためわかりやすい図式にしなきゃいけないとは言え、ぶっちゃけありえない。そんな風に思ってました。小さい頃は世界名作劇場や変身ヒロインものをよく見てましたが、僕はいわゆる大きなお友達ではないなあと思う。今から考えると少女アニメをそれなりに多めに見ていたのに唯一萌え心でアニメを見たのはクリーミーマミだけだったように思うし、最近はアニメ(というかテレビを)ほとんど見ていない。ではなぜプリキュアを見始めたのかというとそれはどれみ枠だったからだが、どれみも結局飛ばし飛ばしだらだらと日曜朝の暇つぶしに見ていただけだった。ナージャなんてやっていたのも知らなかった。

 美墨なぎさ(キュアブラック)と雪城ほのか(キュアホワイト)は、何から何まで徹底的に違う、というところからプリキュアの物語は始まる。何から何まで違うから普通の中学生ならば友達になんかならないし、実際2年生で同じクラスになって枕草子をやる季節になってもほとんど口をきいていなかったという設定だ。この辺は学習塾の教室長をしているのでよくわかる。枕草子はだいたい2学期後半に学習する。塾生たちに付き合って僕も十数年ぶりに暗記しなおしたので今なら冬まで暗唱できる。まあ僕のことは置いておこう。

 そんな彼女たちがあれやこれやでふたりはプリキュアになってしまうわけだ。まあ普通ではぶっちゃけありえないプリキュアになってしまい、しかもドツクゾーンという世界から出張してくる侵略者たちから虹の園(人間の世界ですね)を守らなきゃいけないなどという運命共同体にされてしまう。そういういきなりの展開に翻弄されているうちは、自分たちがそれまでは全く違う世界に住んでいたということとはそれほど決定的な矛盾も無くなんとかやれてしまうわけだ。プリキュアというだけでは日常の生活でいっしょに時間を過ごすリアリティに欠けているから、メップルとミップル(というわけのわからない生き物に出会ったからふたりはプリキュアになってしまったのだ)がラブラブカップルで彼らに引きずられるようになぎさとほのかがいっしょに時間を過ごさなければいけなくなるとか、ふたりが社会見学委員に任命されてしまったから打ち合わせをしなければいけないという設定を入れたりしている。

 まあそれはそれでありがちなのだが、そういうわけでなぎさとほのかはすこしずつお互いのバックグラウンドや性格を知るようになるのだった。それでずるずると親しくなるのならばなんともリアリティの無いおともだちアニメ以上にはならないのだろうし、僕も「ゆかな(ほのか役の声優さん)萌えっ」とか言いながらだらだらと放映を見たり見なかったりということになったのだろう。しかしそうはならなかった。あいかわらずなぎさは志穂莉奈とお昼ご飯を食べているし、志穂莉奈はほのかとはともだちになっていないし、ほのかは相変わらずともだちがいない(というか単独行動)。

 で、第8話の主題になるわけだ。ほのかは自分がなぎさをともだちだと感じ始めていることに気が付き、なぎさのために何かしたいと思った。そんな時に幼なじみの藤Pのことをなぎさが気にしていることをメップルから聞いたほのかであった。偶然三人で登校することになり、びみょーな恋心など忘れて生まれたようなほのかが、なぎさと藤Pを紹介するときひじょーに無神経に「藤Pとしゃべりたいと思っているみたいだったから」と藤Pの目の前でなぎさに言ってしまう。なぎさショーック。走り去るなぎさ。追いかけるほのか。立ち止まった堤防で、突然プリキュア同士になったけれどほのかにずっと違和感を持っていたなぎさが思わず「あなたとはプリキュアってだけで、友達でもなんでもないんだからあっ」と叫んでしまう。ほのか呆然。近くの鉄橋を列車が通る。ほのか愕然(この時の表情ってのがまたとんでもなく傷ついてることがわかるんだよー)。ほのか… ほのか… やっとともだちができたと思ったとたんにこれかよ… 悲しすぎて言葉にならん。

 この後ほのかがなぎさにカードコミューン(プリキュアになるためのアイテム)を渡してしまう。うーむ。とはいえゲキドラーゴが来ると説明はしょるがカードコミューンはふたりの手に戻り、ぎくしゃくしたままゲキドラーゴと戦う… というかゲキドラーゴを無視してプリキュア姿で大喧嘩。説明はしょるがお互いがプリキュア手帳を取り違えて持って帰り、結局ふたりともお互いが書いたことを読む。そしてお互いがやっぱりぜんぜん違うことを知り、それでもお互いがお互いのことを気にかけているということも知る。翌朝ふたりはどちらともなく(とは言えある種の確信を持って)あの堤防にやってきて、初めてお互いを「なぎさ」「ほのか」と呼ぶようになるのだった。これがまたよく気を配った演出で泣かせるんだ。なぎさ… ほのか… よかったねえ。でも志穂莉奈(なぎさといつもいっしょに過ごしているなぎさの親友たち)はどう思うんだ…

 そんなわけで本日放映の第9話ではやっぱり志穂莉奈となぎさが今後びみょーなことになりそうだ。そんなわけでなぎさとほのかをどう描き分けているのかを表にしてみました。第9話も当然見ている(しかも10回ほど)のだが、前回までこれでもかという具合にふたりの違いを描いていたからだろう、今回は「違い」にそれほど意味をもたせてはいないように感じたので割愛します。

なぎさ ほのか
第1話〜第7話
部活 ラクロス部 化学部
髪の色 オレンジ
座り方 あぐら 体育座り
ヘアスタイル ショート ロング
まなじり 上がりめ 下がりめ
あだ名は なし
(視聴者と同一化させるため?)
うんちく女王
もてもてなのは 女子 男子
教室の座席は 窓際真ん中 廊下側最後列
ともだち 志穂莉奈 (犬;中トロ)
家族構成 両親、弟 祖母、中トロ
親の仕事は 主婦、サラリーマン
(たぶん)
海外勤務(両親とも)
お家 3LDKぐらいのマンション 蔵つきのお屋敷
勉強 苦手 よく出来る
ピンチには 動いてよける うずくまる
プリキュアは わけわかんない 面白そう
一日経って もういや 運命かな
性格は 協調的、感覚的 自己完結的、分析的
ミポメポには 怒る 困る
難しいことは 思わず連想が じっくり考慮
他者の反応には 敏感 鈍感
人間関係は 協調的 自己完結的
思考方法は 感覚的 分析的
好きな色は ピンク
私服は ショートパンツ ロングスカート
恋心は ある(藤P) ない
部屋は 洋室 和室
オブジェは ぬいぐるみ 書籍
あこがれは 李飛龍 プレキストン博士
パンフ分担は 下手な絵 上手な文章
驚くときは がにまた うちまた
食べるといえば 焼きのつく食べ物 横文字の食べ物
回転方向
二人の関係は いまいち居心地が すごく楽しい
行くといえば 買い物 図書館
ハイキングには ジャージ 登山服
くまちゃん危ない! とりあえず救助開始 状況を判断して
怒りのポイント くまちゃんのお母さんに
ザケンナーをとり憑かせた
人々の幸せを利己的に
踏みにじること
プリキュア手帳は へんなの 面白そう
第8話
アバンタイトル
なぎさがはまり始める
タイトルあけ
ほのかを意識するなぎさ
ほのか家にて
「ともだち」に気づくほのか
(登場せず)
三人で登校
堤防;〜なぎさ怒り
堤防;なぎさ怒り〜
Bパート開始
居場所 屋上 廊下
悩んだ後 すぐ反省する まだ考える
怒り出すと その場で発散 溜め込んで炸裂
大人のアドバイスに あっと気が付く 自分の意見に自信を持つ
プリキュア手帳に 枕草子 自己分析
お互いは もっと知りたい 友達になりたい
手帳を読み終わり うつむいて目を閉じる 夜空を見上げる
堤防で
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2004年3月23日

だめメポ

 何度も書いているように僕はとある小さな学習塾の教室長というものをやっている、かどうかは皆さんのご想像にお任せしようと思う、などと書ければいいなあ。まああの塾が本当に無いとしたら、僕はこんなところで僕だけのために文章をせこせこと書いたりしていないだろう。あんな描写ですら想像では上手く書けない。僕は基本的に想像力が不足しているようで、見たことの無いことを上手く書くことができない。それは実際の生活にもあてはまるので、本当に何事も自分でやってみないことには上手くやることができない。

 というわけでやはり僕はとある小さな学習塾の教室長というものをやっている、ということだ。ただもちろんここに書いているお話はお話であって事実ではない。ここに出てくる「先輩」は現実の塾生たち何人かの性格と彼女らと僕が経験した出来事を先輩というひとつの人格に統合してお話として組み立てたものだ。同じように吉村さんも現実のとある塾にはいない。まあ普通吉村さんのような中学生はいない。

 しかし雑文に書かれたような出来事は類型として言うならば現実の僕が現実に経験したことだ。現実の僕はおでこから血が噴き出すほど腹を立てながら何とか冷静にバカどもを何度も叱り飛ばしたし、授業の後で僕の先生たちを思い出して教室長としてのありかたに迷ったりしている。子供たちが心を開いてくれたときには(と言ってもそれは塾の教室長という関係性を前提とした開き方ではあるが)彼/彼女らが僕の心の中で確かな重みを持ち始めるのを感じたし、いろいろな理由はあるのだが塾を去っていくときには例外なく心のどこかに穴が開いたことを知る。現在も退塾の話が一人出ていて、おもむろに手帳を取り出して

 ありえない ありえない ありえない ありえない ありえない ありえない ありえない ありえない ありえない ありえない ありえない ありえない ありえない ありえない ありえない ありえない

などと対策も忘れて書き続けていたい気分だ。教室長として売上が下がるのを対策せず見過ごすわけにいかないということは確かだし、自分が差配し「僕の一部が実体化している」教室という空間を塾生やその保護者が拒否を示すということは僕自身が拒否されたような痛みがあり、そこから逃避したいということもおそらく確かだと思う。

 でも僕はそれ以上に、そしてただ単純に彼/彼女らと塾という場所に許される時間の限りともに過ごしたい。勉強ができる塾生もできない塾生も、よくなついている塾生も反抗期の塾生も、おしゃべりが過ぎる塾生も物静かな塾生も。彼/彼女らの将来のために「何かを自分で学ぶ仕方」「自分が学ぶ何かを見つける仕方」を身に付ける助けをしたい。小学1年生たちには鉛筆の持ち方や挨拶の仕方や、トイレへ行くにも勝手に立ち歩かないことやともだちの欠点を面白がらないことを。中学生たちには夢を持つことや夢のために小さなことから計画を立てて実行することや、何かを手に入れることは多かれ少なかれ何かを諦めることで、諦めることが新たに何かを手に入れることだということを。

 どう考えてもこの感覚は今まで僕の中にはなかった種類のもので、僕のある部分が彼/彼女らのことを自分の子供と認知しているとしか結論することができない。ただそれは日常の一番大変なところを除いた、いわば消毒された部分のみを手がかりに構築された感情だ。ただ消毒された部分のみを体験しているからこそ彼/彼女らとの距離感が測れないように思う。今まで物心ついて以来の僕を自分で判断する限りにおいて、僕は他者との距離を適正に保つことが極度に苦手としか言いようがない。僕の人間関係地図には半径いくらかの明確なしかもかなり大きな円が描かれていて、その外側に位置している人々に対しては非常によい関係を続けることができる。それぞれの立場だけを基準にして関係を結ぶことができるからだ、と思う。

 他者との距離を測定する外部のものさしだけに頼ることができる場合にのみ、僕はその他者との距離を適正範囲に保つことができるようだ。クラスメイト、先輩後輩、同僚上司…。しかし彼/彼女らが円の内部に入り込んでくると、僕はとたんに距離感をなくしてしまう。何ヶ月かを週7日誰かといっしょに遊ぶと、次の何ヶ月かは次の誰かと日々を過ごすという具合だったし、だから僕には年来の継続する友人関係というものが例外を除いてまったく存在しない。円の中に強烈に親しい友人が一人とそれまでに親しかった元友人が何人、円の外に役割なりの知り合いがたくさんというのが、これまで例外なく続く僕の人間関係だ。

 これは現実的側面から言うと多数存在する僕の欠陥のひとつだけれど、だからといって精神的側面としては特に気に病んでいるわけではない。親しい友人がいなくても僕は悲しくない。昨日だってひとりでプリキュアを見たりプリキュアを見たりプリキュアを見たりプリキュアを見たりプリキュアを見たりプリキュアを見たりプリキュアを見たりプリキュアを見たりしていれば僕としては非常に健やかな一日が更けてゆくし、今日も電気街をさまよったり(以下繰り返し)プリキュアを見たり(再度繰り返し)していれば(以下略)。

 しかし塾の教室長としては非常に困る。僕が今までしてきたようにとんでもなく塾生の誰かに入れ込んだり入れ込みの対象を他の誰かに入れ替えたりしてしまえば、塾はあっという間に崩壊するだろう。僕は自分の性質を曲げて塾生たちを同時に公平に(平等にではなく)対していかなければ、塾生たちは僕を嫌悪するだろう。怖がられるのは平気だし、きちんと怖がられることと信頼されることとは同じことの裏と表だからきちんと怖がられたい。

 そんなわけで僕が彼/彼女らと人間として関係するということは、たとえそれが正しいことだとしても現状では塾の役に立たないし、塾がなければ僕は役に立たない。それどころか塾生として関係するということであっても僕のたどってきた道を振り向けばかなり危うい橋を渡るようなものだと思う。僕は強いて僕を教室長という立場に押し込めなければならない。僕は強いて彼/彼女らと教室長という機能を通じて関係しなければならない。僕は勉強習得という機能を窓を通して彼/彼女らを眺めなければならない。僕は僕の学習伝達法に対する結果として、ありていに言えばテスト結果を通じて、そして露悪的に言えば僕の実践に対する「作品」として彼/彼女らを見なければならない。そうしなければ僕はただの金八くずれの自己満足教室長にしかならない。というより本気でとてつもない愚かなバカ親になってしまう自信がある。いやすでにそこいらのバカ親以上になってしまっている確信はある。

 だから僕は彼/彼女らに近づいていく僕の心を引き剥がしていかなければならない。彼/彼女らを作品と呼ぶのは間違っているだろうし、こういう文章を書いて彼/彼女らを作品と呼ぶことを正当化したいわけではない。ここまで書いて僕が間違っているということがわかっただけだし、僕が間違っているのだから掲示板できつく反問されるのも当然だと思う。当然だからこそ僕はあの反問に答えるべき言葉が無かったし、答えなかったらもっと強くほとんど全否定のようにはぐらかすなと言われた。僕というどうしようもなく他者との距離感覚に欠けた人間という前提があって「作品」という言葉を受け取ってほしかったし、でもそれを説明しないままああ言ってしまったのは僕の間違いだよなあと思うし、説明してみても僕のダメ加減が分かるだけだろうし、説明したところでそれでもやはり彼女は納得してくれないのではないかなあと思ったりした。結局のところ「作品」という言葉を誰かに当てはめるという行為をどう理解しているかという、人間性の問題に帰着してしまうのではないかと思う。ということで説明することを放棄してしまった。やっぱりあれははぐらかしだよなと思う。でも僕としては心をこめて一生懸命はぐらかした。いくら説明しても彼女は彼女の視点からモノを眺めるのだし、しかし僕にとって簡単にはぐらかすには大切なひとだから。それもやはり輪をかけて間違っているのかもしれないなあ。

 はぐらかしたくなければ始めに真摯にならなければよい。別れたくなければ始めに出会わなければよい。泣きたくなければ始めに笑わなければいい。死にたくなければ始めに生まれなければよい。でも僕は真摯になってしまったし、出会ってしまったし、笑ってしまったし、生まれてしまった。生まれてすみません。彼/彼女らの誕生日に贈るプレゼントを買い出しているときには彼/彼女らのいろいろな出来事を思い出しながらひとり頬が緩んでいるのに気が付いたり、プレゼント買出し完了メールに「わーいわーい。次の塾は早く行きまする」などと書いてあると、三時間ぐらいなら車に轢かれても大丈夫なのではないかと思ったりする。中学生の女の子に向けてメールを楽しげに打つ30過ぎのオヤジは、我ながら危うい。また最近のことだけれど学校に遅刻を繰り返していた塾一番の問題児が別の塾に通うことになったのだが、電話をかけてきた母親から「息子が週一でいいから継続したい」しかも「先生(まあ僕のことだ)が担当する曜日(それは彼の今までとは曜日の違う土曜日なのだ)がいいと言っている」という話を聞き、彼自身から「俺あれから4ヶ月で2回しか遅刻してない(それまでの半年は20回以上遅刻していたらしく、しかもそれを自慢げに話していたのだった)」と聞いたりすると、彼の顔がどうしようもなくかわいく見えてしまったりする。中学生の悪ガキがかわいく見えてしまう30過ぎのオヤジは…たとえオヤジでなくても危うい。しかしだからこそ、人間関係の位置取りが苦手な僕は自分と彼/彼女らと適切な位置を自分に教えつづけなければならないのだと思う。

 そして僕はプリキュアを見てしまった。今日CD-Rに焼いたので明日は塾に貸出用として持っていく。土曜日には小学1年生の女の子とメポミポごっこをするのだメポ。そんな教室長、ぶっちゃけありえない!!…

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2004年1月18日

Happy Christmas; Nothing related, nothing sounded

8

 窓の向こう側を音のない冬の街が流れていく。いろいろな人たちは皆コートの襟をきつく止めうつむき加減に道の上を歩いている。規則正しく歩道に植えられた街路樹は丸裸の枝を日光にさらしている。書割された背景のように延々と続くコンクリートのビルはあくまでも直角にデザインされたコンクリートの塊として地面にへばりついている。

 窓の向こう側を音もなくそれら全てが流れていく。たったガラス一枚を隔てているだけなのに、車の中から見える世界は常に僕とは何のつながりもないもののように感じられる。そしてガラス越しの世界は常に清潔そうに感じられる。それはやはり音がないからなのだろうかと僕は思う。でも音は確かにある。エンジンが車体を揺らす規則正しいビートと、タイヤから伝わる絶え間ないホワイトノイズが僕を包み込んでいる。ただガラスの向こうに映る世界と僕を取り囲む音とがまるで無関係である。あえて都合のよいことだけを取り出して考えてみると、耳の聞こえない人たちはふわふわした疎外感を常に抱えながら生活しているのかもしれないと僕は思う。それとも視覚の外側から不意にであろう物理的な危険に脅かされつづけているのかもしれない。僕の体にゆっくりと柔らかな慣性が与えられ、我々が乗る車は信号待ちのためにじわりと停止した。分厚い吸音材がことごとく音を消し去り、車内はかくれんぼに選んだ押入れのように静かになった。バックミラーの下で前後に揺れているアクセサリーの鈴が小さくちりちりと音を立て、やがてその音も消えた。

 窓の向こう側には音のない冬の街がそびえている。僕は音のない向こう側の世界をじっと見詰めて、耳の聞こえない人が世界に対してどのようなスタンスを取っているのかを考えた。彼ら/彼女らは第三の人間として後部座席に一人座りながら、何も話し掛けず窓越しの世界を見つめることに孤独を感じないのだろうか。それともこれが孤独であるとは思わないのだろうか。

 窓の向こう側には音のない冬の町がそびえている。最初の挨拶を交わして以来、我々は誰一人としてしゃべっていなかった。キクヤマ君は安定したハンドルさばきとスロットルワークで車を走らせたり止めたりしていた。僕はじっと窓の外を眺めつづけていた。助手席の彼女が何をしているのかはわからなかった。こういうとき10年前の僕ならば、何か気の利いたそれでいて無意味で害のない笑いが場を包むような取り留めのない話題を提供しただろう。いや第三の人間として後部座席に一人座っていなければ、なのかもしれなかった。ハーメルンの笛に誘われて打ち上げられた難破船集団のように我々を取り囲んでいる車のエンジン音がかすかに聞こえた。キクヤマ君の足元で金属がきしむような音がして、われわれの車もゆっくりと動き出した。

 われわれの車は交差点をまっすぐに進んでゆく。左折する車の列はコンクリートの街と共に後ろに流れてゆく。右へ振り向いて少し離れた窓ガラスの向こうでは、右折する車列の先頭が後ろへと流れていく。その後部座席では子供たちがどこかに向かい手を振り上げていて、助手席には母親のように見える女性が前方を向いて座っていた。運転席に座る影は父親のような男性に見えたけれど、運転をしているという以外には何もわからなかった。そもそもその家族らしき人々がどこの誰なのかなど少しも分からない。いるかの群れのようにひしめき合ってわれわれと同じ道路を進んでいる車列も、結局はどこかの誰かがどこかへ向かっているというだけで、僕には何の関係もない。彼らも僕を少しも知らないだろうし、何の興味もないだろう。

 我々の車はいくつもの交差点をまっすぐに進んでゆく。僕はこの車がいったいどこへ向かっているのかよくわからなかった。しかし特に気にしていなかった。とにかくどこかで冷蔵庫を仕入れて、どこか別の場所へ据えるのだ。まさかこのまま高速道路に乗ってひなびた山間の保養地へ行くということはないだろう。いまさら行き先を聞いて、それでどうなるというのだろう。どうにもならない。僕は助手席にいる彼女のまだ見ぬ冷蔵庫を運ぼうとしているのだし、キクヤマ君の運転する車の後部座席に乗っているのだし、最初に挨拶をしてからずっと窓の外を見て黙り込んでいる愛想のない第三の人間なのだ。

 キクヤマ君に何か話をしようかと少しだけ考えて、結局このまま黙っていることにした。僕はキクヤマ君と知り合いではないし、今後ともだちになる予定もない。共通の話題と言えるものは何もないし、それを見つける努力をしても意味がない。たった一つ共通の話題があるとすれば、それは助手席の彼女だった。でも彼女の話はしたくなかった。話題に困って彼女の話をするというのは、僕の中に少しずつ蓄えてきた彼女との10年を切り売りすることのように思えた。

 キクヤマ君は、いつになったら名前以外のことをしゃべるのだろう。

続いてしまう。

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2004年1月18日

Does it work? あらため Does it really do that? 更新のお知らせ、その他

究極チョッパー
特急ドーナツ

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2004年1月18日

Happy Christmas; an island at the end of her world

7

 太陽はほぼ真南から暖かな光を路面に送り届けていた。日差しはジャケットの上から背中じゅうに降り注いで暖かかった。もう一人いるからねぇ、と僕は思った。日陰になっている顔には12月の冷たい空気が突き刺さっていた。10歳ぐらいの子供が二人でキャッチボールをしていた。僕が通り過ぎるまでに彼らは4回ボールをやり取りした。ゆっくりと空中を行きつ帰りつする白いボールは、陽光を受けて雪のように白く輝いていた。僕は昼下がりのけだるい普通電車に乗って街に出て,いつものようにのこのこと待ち合わせの場所へ歩いた。

 僕が一人で街へ出ることはほとんどない。街へ出たうちの半分ぐらいは彼女と食事をするためだったし、彼女と僕はふたりとも車を持っていたことがなかった。だからこの街の歩くべき場所の多くは彼女と歩いた。だから僕にとってこの街の風景は彼女の存在と分かつことができない。それが一般的に、そして僕にとって良いことなのかどうかは僕にわからない。

 ふと気が付いてみれば彼女以外ともに街を歩く人が僕にはいなかったということだ。たくさんの二人連れがすれ違う大通りをひとりで黙々と歩きながら、もうひとりいるからねぇ、と僕は思った。もともと彼女の世界に僕が含まれるということはなかった。だから彼女に誰かもう一人(一人とは限らず)冷蔵庫を運ぶ人間がいてもまあ当然のことだ。

 しかし冷蔵庫の運搬を依頼される人間というのは、依頼する人間にとってどのような位置にあるものなのだろう? 彼女が僕の知らない誰かを突然僕に会わせることは今まで一度もなかった。最近は彼女と連絡を取ることもなかったので、彼女が何か心変わりをしたのかもしれないというのはあまりなさそうだった。多分冷蔵庫の運搬については、彼女の世界にいる人では都合がつかなかったのだろう。ということは僕の立場というのも冷蔵庫運搬人程度なのかもしれない。いやそれはこれまでにもうすうす感じては深く考えないようにしてきたことだ。

 僕だけが運搬を頼まれているのならば、多分もうちょっと気が進んでいたかもしれないと思う。僕は彼女が普段属している世界に僕が配置されていないということを、ある意味において僕の存在理由と感じるようになった。彼女が描く彼女の世界の中で、彼女は僕をたった一人世界の果てにある孤島に追いやっている。しかし彼女は僕を孤島から追い立てることはせず、非定期的にその孤島へやって来る。そしてそこには僕がいる。たとえ冷蔵庫運搬人に指名されたとしても、僕が彼女にとって孤島の住人であるということには変わりない。冷蔵庫の運搬は、孤島に住むための住民税だと思えば別にたいしたことじゃない。

 僕は三菱の鉛筆で書きとめたメモをジャケットの右ポケットから取り出し、待ち合わせの場所を確認した。待ち合わせの場所はいつもと違い、どう考えても車が止まるのに都合のよい交差点が遠くガードレールの切れた大きな道路だった。歩道の車道寄りは生垣になっていて、半分葉が落ちてとげとげしい枝が剥き出しになっていた。下の土にしっかりと日が落ちるからだろう、そこにはタンポポが一輪まっすぐに茎を伸ばして黄色の花を咲かせていた。またメモを見て、もう一度メモを見て、それからメモをしまって、ポケットに突っ込んだ手はそのままにして、通り過ぎる人々を眺めて、またタンポポを見た。要するに僕は寒さをこらえながら彼らを待っていたのだ。

 タンポポを眺めていると、車が止まってタンポポを日陰にした。顔を上げると赤いステーションワゴンが止まっていて、窓が開いて彼女がそこにいた。車のウインドウは全てすっきりと透明で、余計なパーツは何もなくタイヤもちゃんと細かった。運転席は暗くてよく分からなかったけれど、運転している人間は生物学的に言えばそれはまず間違いなく男の特徴を示していた。彼女が車に乗るよう催促したので、僕は後部ドアを開けて後部座席に乗り込んだ。ドアを閉めるとボムリと音がして、車の中は音楽も何もなく静かだった。

「今日はよろしくね」と彼女が助手席から振り返って言った。よくわからない香水の香りがした。よくわからないというのは僕が香水について何も知識がないということだ。
「よろしくお願いします」と僕は答えた。
「はじめまして」と生物学的男性が明るい声で言った。
「はじめまして」僕は答えた。
「キクヤマと言います。よろしくお願いします」とキクヤマ君は言った。

かなり続きそう

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2004年1月12日

幕間:冬の夜(書き直しました版)

「先生こんばんわ」白くてもこもこのダウンジャケットを着た塾生が入り口の扉を開けて言った。彼女は僕がこの塾を預かったときからの塾生で、在籍の長さと成績の良さをあわせてこの塾では塾頭的存在である。細かいところに気が付いて、機知にとんだ受け答えができて、その割には穏やかであっけらかんとしている。長女らしくおっとりしていて、怒ったときでも表情はどこかかわいげである。塾の中では本当に怒ったことがないだけなのかもしれないけれど、それもまた彼女が常にいろいろと気を配っているということだ。
「こんばんわ」
「今日はもう誰も来ないの?」彼女は僕以外誰も居ない教室を見て、後ろでぱたりとしまったドアにぴたりと張り付くように立っていた。
「もう少ししたら吉村さんが来るはずだよ」
「よかった」彼女はかかとのない白い靴を脱いで靴箱にしまい、ミッフィーのついたピンクのスリッパを履いてこっちにぱたぱたと歩いてきた。
「なんだよ、よかったって」
「だってさあ。えへへ」
「えへへじゃない。僕はこの連休を全部つぶしてわざわざ来ているのに」僕は腕を組んでしかめっ面を作った。ぷんぷん。
「違うんだって」
「何が。泣いちゃうぞ」
「一人っきりだと、何か質問しにくいんだって」彼女は教室真ん中のいつもの席にたどり着いて、どっこいしょと言って大きなトートバッグを机の上に置いた。いちいちどっこいしょだとかよいしょとか掛け声をかけるのが、なんというか大人に囲まれてひとり育った長女らしい。
「そうかなあ。誰にも邪魔されないで質問し放題じゃないか。去年の春は一人きりだったんだし」
「あの頃だって結構がんばって質問してたんだから」彼女はもこもこのジャケットを脱いで椅子の背中にかけた。黒のタートルネックシャツに色の落ちたジーンズをはいている。
「そうだったのか。そりゃ気が付かなかったな」まああの頃は僕だって彼女が気詰まりにならないように気を遣っていたのだ。
「今日は図形の証明をやる」
「そうですか図形ですか。やってくれやってくれ」
 彼女はトートバッグからルーズリーフと数学のテキストを取り出し、図形のページを開いて証明問題に取り組み始めた。問題を解く鉛筆のすらすらという音だけが教室に響いた。もう暗くなってずいぶん経つ冬の夜は三日前からすばらしく寒く、どれだけ暖房を強くしても教室は依然として音も凍るように冷え冷えとしていた。僕はこの塾を預かった頃のことを考えた。

 塾生の大量流出の後を受けて僕がこの塾を預かった頃、塾生は全部で5人だった。毎週土曜日は(土曜日なのに)彼女一人しか塾生がいなかった。がらんとした真冬の教室はとても寒くて、どれだけ暖房を入れてもちっとも暖かくならなかった。僕と彼女は二人ともコートを着たまま縮こまって授業をした。一対一で塾の授業をするというのはなかなか難しい。少なくとも僕にはとても難しい。

 授業にならないのだ。黙って塾生が問題を解きつづけているということは、講師にとっては大変ありがたい。何も質問がないということは、その単元をよく分かっているということなのだ。しかし僕は何もしないことに耐えられない。特に彼女は良くできるので、まあ僕が解説することなどあまりない。これは僕にとってたいへん我慢を必要とする。何も質問をしないことがすばらしいことだとは分かっているし、彼女の集中力に水を差すことが講師としてしてはいけないことだという事もわかっている。それでも気がつくと僕は彼女に問題の説明をしているし、説明する必要がどこにもなければ雑談に突入しているのだった。中学生はだいたい雑談に突入すればその間は勉強をしなくて済むわけで、嬉々として雑談にのるものなのだ。僕がめずらしく自制心を発動して彼女の筆先をじっと見つめていれば、先生ちょっと聞いてよといって思い出したように雑談を切り出したりする。僕は僕でわざわざ自制心を発動しなければ自制心が発動しない講師なので、塾生から雑談を始めればふむふむそれではちょっとだけ聞いてやるということになってしまう。なってしまうなどと書いてはいるものの、実はうれしいわけである。講師としては失格である。

 今日は中間テスト直前なので、僕は自制心を最大限に発揮して黙っていた。ルーズリーフにさらさらと描かれてゆく図形の証明を、彼女の後ろから眺めた。別にずっと眺める必要もないのだけれど、筆先の流れ具合と目線の移動を追いかけると今彼女が問題のどこをどのように考えているのかがよくわかる。彼女だけではなく、これはどの塾生についても僕は必ず観察する。

 この観察についてはアルバイトの講師たちにもずっと言いつづけている。だいたい塾講師を希望するような学生たちは、中学生の時代に本気でわからなかったという経験をしたことは少ない。だから塾生に指導をするとき、問題を一からすらすらと解説しがちだ。すらすらと説明するから、聞いている塾生もその場では納得するし、納得しなくても納得したフリをする。しかしそれでは類題は解答できないままだし、その問題すらもう一度自力で解くこともできなかったりする。それでは塾に来る意味がない。講師にとって必要なのは、その問題で出題者が確かめようとしているものが何で、それを目の前の塾生が理解しているかどうかを推測することだ。塾生が躓いている原因を探り出し、塾生が解いているその問題ではなく彼らが躓いている原因を解説することである。

 たとえば直線の方程式を求められない塾生ならば、3つある直線の方程式を求める方法を彼らがちゃんと覚えているかを確かめる。3つとも覚えているかをちゃんと確かめて、その問題では必要なくとも3つ全部を思い出させるようにする。英訳ができない塾生ならば、単語が分からないのか、活用が分からないのか、構文が分からないのか、時制が分からないのかを確かめる。

「こんにちは。遅れてすみません」吉村さんが15分遅れで教室に入ってきた。
「こんにちは。調子はよくなった?」
「うーん。だめ」
「そうか。だめですか」
「先輩お久しぶりです」襟にふわふわのついた茶色のもこもこを脱ぎながら吉村さんは先輩の右隣の席に座った。
「大丈夫?」
「大丈夫です」吉村さんは僕に話すのよりも丁寧な口調で答えた。おいおい、ダメなんじゃないのか。
「冬休みもぜんぜん来なかったし、心配したよ」
「相変わらずアレルギーがひどかったので」
「大変だね」
「大変でしたよ。温泉にいったんですけれどそこでまた調子を崩してしまって」
「温泉に行ったんだ」
「はい。家族旅行で行ってきました」
「いいなあ。私はずっと家にいたよ」
「おばあちゃんがすごかったんです」
「何が?」
「だって朝市でつくしを山ほど買ってきて、ずっと皮をむいているんですよ」
「えー」
「せっかく温泉に来たのに、つくしですよ。つくし。しかもずーっと部屋の中で皮むきですよ」
「吉村さん。それは皮じゃなくて冠です」年長者によるあたたかい訂正の一言。
「なんでもいいじゃん。それで先輩、山ほどあってぜんぜんむき終わらないんで、私も手伝わされちゃったんですよ」
「それは結構すごいんじゃない」先輩はお話モードに入ろうとしている。まったく、ちょっと油断するとすぐ勉強を止める。
「これこれ。続きをやってくださいな」僕は先輩にお願いした。塾生に勉強をお願いする教室長。
「はいはい」
「はいは一回」どーもこいつらは僕をナメている。一度ばしっと怒ってやる… ことなど金輪際ないんだろうなあ。
「はいはい」先輩はにこにこと言った。
「そうやって教室長はいつも塾生たちにいじめられるのだった」
「いじめてないじゃん。こんないい塾生がいっぱい居る塾なんてないよ。しかもかわいいし」先輩はにこにこと言った。塾生に突込みどころをつくってもらう教室長。
「そうそう。みんなかわいいし」吉村さんはまじめな顔で言った。まじめにそう考えていそうなところが怖い。
「もしもし?」
「何それ。ひどーい」まったくこやつは。
「ひどいですよ先生」吉村、おまえは本気だろ。
「あーあー。ひどくて結構。塾の先生は友達ではないのです。さあものすごくかわいい塾生諸君。勉強してください。勉強しろ。しろったらしろー」
「言われなくってもするって」
「それじゃあしてください。それで吉村さんは何するの」
「うーん。社会」
「そーですね。前回あんまりよくなかったからね」
「もう今回がんばらないとヤバいんですよ、マジヤバイ」
「マジヤバイ、はちょっと」女の子らしくありません… と思うのは僕が古いからだろうか。
「じゃあ、マジでヤバイ」
「はいはい」
「はいは一回でしょ、先生」吉村さんもそれなりに突込みどころが分かっている。
「はい」弱弱しく答える教室長。
「わかればよろしい」
「先生怒られてるし」笑いをかみ殺すような表情で先輩が言った。
「どうなんですか。この塾で一番虐げられてるのが教室長ってのは、どうなんですか。ほらさっさと勉強する」
「へーい」まったく、仕方がないなあというように先輩が言った。
「へーい」ほんとに、仕方がないなあというように吉村さんが言った。

 味も素っ気もない学校用の時計の秒針がぐるぐるとまわり、塾生二人の筆は紙の上をすらすらと舞い、僕はそれを交互に眺めた。吉村さんも僕がここに来たときからの塾生で、その頃の火曜日がちょうどこのメンバーだった。それ以来だんだんと塾生が増えて、現在では18人になっている。僕がこの塾に来て以来、一人の退塾者も出していない。まあそれは僕の力量と言うよりも、そうなるようになっていると言ったほうがよいのかもしれない。久しぶりに以前のメンバーに戻ったということで、教室の空気が懐かしさをはらんでいるように感じた。

「そういえばさ、先生」先輩が僕を見上げた。
「そういえばということは」あんまり勉強とは関係ないことなんだろうなあ。
「あんまり勉強とは関係ないことなんだけれど」
「勉強と関係ないことだったら」話さないで勉強してください。
「そういえばさ」先輩は決意を込めて言った。
「はいはい。そういえば」はいはい。そういえば?
「この前の地震はすごかったよ」
「どうしたの」
「家にいたんだけどさ、家中すごくゆれたんだよ」
「このあたりは結構ゆれたみたいだね」
「私の家はいつもすごくゆれるんだよ」
「そういえば、地震のときはトイレに居るのがいちばんいいみたいですよ」吉村さんまで。もうだめだ。諦めよう。
「えー、なんでトイレなの」
「良く知らないんですけれど、トイレらしいですよ」
「水がたくさんあるから?」おいおい先輩。それは新説だな。
「いやいや。トイレは狭いでしょ。柱がたくさんあるから、天井が落ちてこないんだよ。たんすとか倒れてくるものもないし」僕は言った。
「ああそうか」
「ああそうです」
「それじゃあさ、ものすごくお金持ちの人でトイレがこの教室ぐらいおっきい家だったりしたら、トイレに入ってもダメなんだね」おいおい先輩。いつもながらなぜそんな話になるんだ。
「それはダメですよ」吉村さんはそう言って笑った。
「ところですごく揺れるっていうのは、家が免震構造なの?」僕は先輩に聞いた。まあいくらか真剣に勉強していたから、ちょっとぐらい息抜きをしてもいいだろう。
「メンシンって何?」
「間違えた。免震だと揺れないから耐震だな」
「タイシンって何?」
「タイシンってのはこういう字なんだけれど、柱や家の骨組みを鉄板なんかでしっかり固定するわけ。で、いくら揺れても壊れないようにする」
「ほうほう」
「メンシンはこういう字。床下を平らにして、家を丸ごとその上に載せちゃう。床下と家は固定しないで、家がすべるようにしておく。すると地震で床下が揺れても、家は動かないわけ」僕は塾のテキストを水平に持って、その上にマーカーを乗せた。
「こんな風に地面が揺れても、ころころ転がるからマーカーはあんまり揺れないでしょ。でもマーカーがテキストに固定されていたら、地面が揺れると同じだけマーカーも揺れちゃう」うーむ、我ながら分かりやすい。
「なるほどー」

 それから話は家の間取りに移り、吉村さんの家が隣の家事で類焼して隣の家族が夜逃げした話になり、僕の家の近所で大きな倉庫が特大のどんど焼きみたいに燃え盛った話になった。吉村さんと先輩は椅子の向きを変えて全力で雑談モードに入ってしまった。我々は狭い教室のさらに狭い壁際に集まるように座っていた。吉村さんが何故か家の階段から何度も転げ落ちてしまうという話に続いて、三人がそれぞれ小さな頃からどうしてもしてしまう失敗の話になった。

 失敗の話がひと段落つきそうな頃を計って、僕は冬休み中に実施した業者テストをレターケースから取り出して吉村さんの机の上に置いた。吉村さんは業者テストの日も来なかったのだけれど、業者テストは送付されてきてしまったのだ。
「あげる」
「あげるって、テストじゃないですか」
「テストです」
「えー」
「家で時間を計ってやってね。細かい数字は出ないけれど、ほかの塾生に送られてくる業者テストの分析表を見れば偏差値はちゃんとわかるから」
「でもなんでくれるんですか」
「吉村さんの分も申し込んじゃったから、受験しなくても受験料は払ってもらうことになるんだ。受験料をもらって何にも渡さなかったら、僕はドロボウさんになっちゃうからね」
「わかりました。やってきます」
「あ」先輩が何か言いかけてやめた。
「どうしたの」
「うん。ドロボウさんで思い出したことがあるの」先輩は少し間を置いてから言った。先輩の表情には、何か少し気持ちが揺れているようなこわばりを感じた。
「何?」僕は声のトーンをいつもより柔らかくして彼女に言った。
「私ね、お母さんにドロボウさんって言われたことがある」彼女はいつもより落ち着きのある声になった。彼女が次に続く言葉を捜して言葉を切った。かちりと音がして、天井のエアコンが止まった。
「何があったの」彼女のトーンに合わせるように声を落ち着かせて僕は言った。まあ、なかなか話しづらいことなのだろう。言いたければ言えばいいし、言いたくなければ言わなければいい。それは彼女に選択権があるし、彼女が選択権を行使するためには、僕はいまじっと黙っていなければならない。僕は体を動かさないようにして黙った。教室のドアを通して、前の道路から車が通り過ぎる音が聞こえた。
「あのね私、小さい頃からバレエ教室に通っているんだけれど」
「うん」
「教室の下にコンビニがあったんだけれど、私がまだ幼稚園の頃、ものすごく飴が食べたくなったことがあって。食べたくて食べたくて我慢できなかったのね」
「うん」
「でもそのとき5円しか持っていなかったんだ」
「うん」
「それで、5円で飴を買ったの」
「… え?」
「5円しか持ってなかったから」
「えーっと、5円で買うって、5円で買えたんだよね」
「カウンターに5円を置いて、そのままだーって走って出てきちゃった」
「だーって」僕はだーっと走って出て行く小さな子供のことを想像した。きっとほんとうに、ものすごく飴が食べたかったんだろう。しかし、この話はどう決着するんだろう。何か重大な告白になってしまったら、僕は何を言えばいいんだろう。
「お母さんのところに言って話をしたら、それじゃあドロボウさんだよって言われたんだ。それで返してきなさいって言われて返しに行ったのね」
「返しに行ったんだ」重大な告白にならなくてよかった。
「私、ものすごく泣いたんだ。ものすごく。お店の人にごめんなさいもうしませんって、ずっと泣きながら何度も謝って飴を返したの」
「ものすごく飴が食べたかったんだね」
「うん」彼女はそこで話すのをやめた。話はそれで終わりだった。しかしだからといってじゃあ勉強しようと言うような雰囲気でもなかった。茶化すわけにもいかない。しかしこの話はもう終わっているのだった。
「でも、とってもいいお母さんでよかったね」
「いいお母さん?」
「いいお母さん。小さい頃にちゃんと悪いことを悪いことだって教えてくれたんだから」
 彼女はいまいち納得していないようだった。
「もしそのときお母さんが悪いことだって教えてくれなかったら、君は飴を5円で買ったことが悪いことだとは分からないまま大きくなっちゃうんだよ」
「でも先生」
「うん。悪いことだとは分かるかもしれない。でも、その悪いことをお母さんが叱らなかったら、君は『お母さんが怒らなかったから、これはしてもいいことなんだ』と考えちゃうんだ。そうすると、悪いことでもしていいんだ、お母さんが叱らないんだから、と考えるようになる。でも実際はそうじゃなくて、君は悪いことをしたと思った。そして同時にものすごく悲しい思いをした。そうすると、悪いことと悲しい思いが君の心の中でしっかりと結びつくんだ。小さい頃にそういう体験をすると、その結びつきは大きくなっても心の中に残るんだ。悪いことをしようとすると、そのときの悲しさがよみがえってくるんだ。だから、悪いことができなくなる。小さい頃にお母さんがしっかり叱ってくれたから、君はいま悪いことができない君になっているんだ」
 彼女はまだ黙っていたけれど、いろいろと考えているみたいだった。
「反対にいいことをして誉めてもらうと、いいこととうれしい気持ちが結びつくんだ。だからいいことをするとうれしくなる。うれしくなるから、いい事をしたいと思う」
「うん」彼女は小さく頷いた。吉村さんはずっと黙っていた。吉村さんそれで正解。それではそろそろ勉強に戻ってもらわなければいけない。ちょっと黙って間を置いて、そうこれぐらいでいいかな。天井のエアコンがごろごろと音を立てて回り始めた。そういえば教室が寒くなっている。
「でもさ、5円を払ったっていうのは、なかなかいいね」
「もう」
「バカにしてるんじゃないよ。本当に飴が食べたかったっていうのが、すごくよくわかるよ。5円しかなくて、小さいなりに一生懸命悩んだんだね」
 彼女の顔が少し和らいだように感じた。僕はそろそろこの話を切り上げてもいい頃だろうと思った。
「うわあ。あと10分しか残ってないじゃないか。またやってしまった。ほれほれ、あと10分しっかり勉強してちょうだいな。はいはい、ちゃんと椅子を元に戻す」僕は彼女の座る椅子の背中に手をかけ、椅子をまっすぐにした。
「なかなか動かん」
「先生ひどーい。それってセクハラじゃん」彼女はいつもの声で笑いながら言った。
「女の子にそんなこと言っちゃいけないんですよ」吉村さんが厳しく言った。
「吉村さんも椅子をまっすぐする。それとも動かそうか?」
「動かさなくていいです。自分で動かします」吉村さんは大急ぎで椅子をまっすぐにした。
「素直で大変よろしい。ではあと10分がんばってください」

 そんなわけで彼女たちは残り10分と延長の10分を黙々と勉強に費やし、その後勉強用具をそれぞれのかばんに詰めてお迎えの車に乗り込んで帰っていった。僕は懐かしい雰囲気を壊さないように静かに後片付けをしてからエアコンを切った。それから教室の明かりをひとつずつゆっくりと落としてドアに鍵をかけて家に向かった。人の多い地下鉄の列車の中で、これではカウンセラーにはなれないし、塾の教室長としても失格だけれどまあいいかと思った。

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2004年1月6日

Happy Christmas Still Continued

4

 2度目は彼女が最初に仕事を変えた年だった。前日まで冬なりに暖かかったのだけれど、クリスマスイブだけは人々の吐き出す息がそのまま空中に凍りつくように寒かった。我々は相変わらずイルミネーションと人通りの多い大通りで待ち合わせ、人々が空中に残した息をよけながら50センチの距離をおいて歩き、地下への階段をずかずかと15段下りて樫の二枚扉をくぐった。我々は二つに分けたビールを飲んだ。文明開化の頃から営業していたように落ち着いた店の中では、カウンターの上から届く白熱球の明かりもゆっくりと落ちてきて、テーブルのグラスへと染み込んでいた。久しぶりに会う彼女は以前と違い化粧が板についていた。これまで一度も見たことがない彼女のロングヘアは、くるくると気持ちよくカールしていた。

 彼女はすばらしく変わっていた。どこから見ても申し分ない仕事人だった。何年か仕事の人々の間に身をおくことで、彼女は僕の知らない社会人になっていた。彼女が話す事柄はいままでになかった世界があり、いままでと変わらぬ世界があった。しかし彼女がそれら新しい、またはそれまでと同じ世界を眺める仕方に変わりはなかった。彼女は相変わらず唯一僕がなじむことのできるスタイルを持っていた。

 彼女の話によれば彼女はいろいろと問題を抱えているようだった。彼女の問題は物理的にも非物理的にも僕から遠く離れたところに存在していて、僕は録音機のように耳を澄まして彼女の話を拾うだけだった。仕事そのものにおいては上手くこなしていたようだけれど、会社の同僚や上司とは上手くやることができないようだった。それも含めて仕事だということもできるだろう。しかし彼女は才能ある25歳で、同時にそれまで彼女なりの完璧な世界を自分で作り上げてそれを維持していたのだ。

 だからと言って彼女が鼻持ちならない高慢さを持っているわけではないし、鼻持ちならない高慢さを隠し切れないわけでもない。しかし彼女は傷つきやすい女の子のような女の子ではなかったし、そういう自己像に酔いしれて迷惑を振りまいて気づかない人間でもなかった。彼女には彼女が自ら十分に確かめた彼女のための領域が必要だったのだ。その領域から外に存在するものを理解をすることはできる。ただ彼女はそれを受け入れようとしなかった。彼女は彼女の範囲外にある物事が彼女に押し寄せたその年を耐え、そして静かに身を引こうとしていた。

 僕は彼女の隣に座り、黙ったままうなずいたり泡がひとすじ立ちつづけているビールの残りをすすったりしていた。僕は何も考えずただ彼女の話を聞いた。気の利いた言葉をどこにはさもうとか、そろそろ合いの手を入れようなどと考えなかったし、その必要もなかった。彼女は合いの手を必要としていなかった。彼女の話は僕にとって、僕が僕に起きた出来事を思い出しているかのように聞こえた。その場で僕が怒ったり悩んだりしていたかのように。彼女のものの見方全てが正しいというわけではない。彼女はいくつかのことについて間違えていて、いくつかのことについて正しかった。彼女は自分が間違えていることを分かっていた。分かっていてそれでも間違えざるを得ないところに、彼女の苦悩は存在していた。

 その年の彼女は彼女の世界の外側からやってくる物事に傷つき、悩み、同時に怒り、また焦っていた。僕は才能があるとは誰にも言われたことのない25歳で、初めての仕事に就いて日常になじもうと努力していた。彼女のそのような話が良くわかったということは僕も多分、彼女ほど上手くいっていないにせよ学生時代から見れば少しは変わったのだろう。まあしかし、僕にとっては彼女がそこにいるということが全てだった。

 我々が地上に出ると雪が降っていた。降っていたというよりも右から左へと通り過ぎていた。彼女はまた雪が降っているわと言った。また雪が降っているのかと僕は思った。いろいろと考えた後で、ようやくこの前のクリスマスイブにも雪が降っていたことを思い出した。彼女は50センチ前で僕に振り返った。50センチの空間にも右から左へと雪が吹き抜けていた。僕はまた雪が降っているねと答えた。その年のクリスマスイブは街をなめるように風がビルの谷間を通り抜けていて、雪は道の向こうからやってきて我々の体に張り付いてはやがて溶けていった。

5

 3度目は僕がある女の子と同じ部屋で暮らし始めて終わりを迎えた年だった。他にいろいろと問題はあったのかもしれないけれど、今となっては何が他の問題だったのかを思い出すことはできない。彼女にはその女の子のことは何も話さなかった。彼女が何かを話したのだけれどそれがどんなものだったのかを思い出すことはできないし、雪が降っていたのだけれど降っていたという事実しか思い出すこともできない。

6

 それからいくらか年が過ぎた。今日だけは大気が薄くなってしまったような冬の晴天が広がる12月23日に彼女から電話がかかってきた。非常に大きな冷蔵庫を買うので運搬を手伝ってほしいと彼女は言った。僕の住む部屋は南向きの全面ガラス張りで、12時を迎えようとする居間には平和な陽光であふれ返っていた。非常に大きな冷蔵庫なら僕がいても無理なんじゃないかなと僕は答えた。僕は照り返しをまっすぐに浴びかろうじて画面が見えるPCモニタに向かい雑文をぽちぽちと打ち込んでいた。電話の向こうで大丈夫よと彼女は言った。2時間前ベランダ一杯に干した洗濯物のシルエットが音も立てずガラスの向こうに並んで日差しを浴びていた。洗濯物も片付けたし暇だからいいけれどと僕が言うと、大丈夫よもう一人いるからと彼女が言った。ああそれじゃ大丈夫だねと僕は言った。彼女が待ち合わせの場所を指定し、僕はそれをそばにあったメモに三菱の鉛筆で書きつけた。

 僕は電話を置いてからシャワーを浴び、流し台の鏡で丁寧にひげをそった。色の落ちたジーンズをはき、黒のタートルネックの上に茶色のジャケットをはおった。PCの電源を落とすと、部屋に満ちた陽光が音を立てているほど部屋は静かになった。玄関で茶色のブーツを履き、外に出て冷たい鉄の扉に鍵をかけた。いつも通り不必要に大きな音を立てて鍵が下りた。鍵が下りると下の道で遊ぶ子供たちの話し声が聞こえた。

まだつづく

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2004年1月3日

Happy Christmas Continued

2

 我々が食事を共にするようになってから、10年の間に4度クリスマスイブの食事があった。そして我々のクリスマスには必ず雪が降った。たいしたものだ。何がたいしたものなのかはよくわからないけれど、とにかく我々のクリスマスには必ず雪が降ったのだ。女の子と食事をするクリスマスイブに降る雪というものは、たしかに状況としてロマンチックではあった。しかし我々の(正確には僕の)雪のクリスマスイブは状況としてロマンチックであるだけであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。何がそれ以上で何がそれ以下かということは良くわかってもらえると思うのだけれど、とにかくまさに状況としてロマンチックであるというだけだった。

 1度目は僕が大学4年生の年だった。僕はいろいろと問題を抱えたまま卒業を先送りにしたところだった。彼女と話をしても特に問題は何一つ解決するわけではなかった。彼女は就職を来年に控えて卒論を仕上げている最中で、それまでの食事に増して自信にあふれているようだった。我々はまだ20歳をいくつか過ぎたばかりだった。読みたいときに読みたいだけ本を読み、世の中のいろいろな問題について意見をもってみたりした。金のために仕事をしたり、仕事のために誰かに頭を下げたり、頭を下げて異なる意見に黙したりすることはまだなかった。そのような日常について考えてもそれは有無を言わさず押し寄せてくるのよと彼女は言った。彼女がそのような日常に上手くなじむことができると僕には思えなかったのだけれど、それは彼女に言わなかった。彼女は自ら選んだ彼女の仕事に対して、大いなる自信を持って立ち向かおうとしているようだった。

 僕はといえばどのような仕事を選べばよいのか、まだよくわからなかった。いや、よく分かっていた。仕事を選ぶとは自分をある狭い世界に限定づけるということであって、僕は仕事という日常に自分が没入する姿を想像したくなかった。しかしそれは単に覚悟の問題でしかなく、自分がいずれどこかで何かの仕事をすることになることはわかっていた。僕はただ逃げているだけで、しかし逃げ切るだけの決意もないことがわかっていた。彼女が今後うまくやれるかどうかはともかく、彼女は今後押し寄せてくるであろう非彼女的な世界の中でうまくやるのだと決意していた。彼女は希望に満ちていて、僕は彼女が語る彼女の将来をじっと聞きくことで自分の心を埋めた。そしてそれが彼女の希望であり、僕の希望ではなくまして我々の希望ではないことを忘れるためにビールを飲んだ。彼女はどこか遠くへ行こうとしていた。僕にとって彼女はいつも遠くにいたけれど、今度は僕の知らない場所、知らない世界に行こうとしていた。

 彼女は僕の知らない世界に行こうとしていた。それは同時に僕の世界が彼女のいない世界になることだった。なるほど彼女の世界は常に僕の世界と関係ないところに存在していた。しかし我々は暇に任せてそれぞれに本を読み,学生には想像しかできない事柄をそれぞれに考えた。我々はほとんど何もかもについて異なる結論を持っていたけれど、彼女が持つスタイルはいつも変わらず僕を捉えた。僕はそのスタイルを通じてのみ彼女が話す関心事を理解した。彼女が出した結論には納得しなかったけれど、結論に至るスタイルには何一つ異論はなかった。時々において人はその語るところを変える。しかしスタイルは変わらない。

 彼女が語るスタイルは、だんだんと僕のスタイルの一部分として僕の中に生きはじめていた。僕のスタイルを彼女がどう受け取ったのか(もしくは受け取らなかったのか)はよく分からない。我々は徐々に全てを話すまでもなくお互いの心の動きを感じて会話を進めるようになったのだけれど、それは僕が一方的に彼女のスタイルを消化していたからなのかもしれないからだ。彼女が僕のスタイルをどう考えたのかを、僕はたいした問題ではないと思おうとした。彼女のスタイルは僕にとって、唯一なじむことのできるものだった。唯一のものを見つけてしまえば、他の全てを投げ捨ててしまうことにさほど時間はかからなかった。彼女と初めて食事に出かけて以来、僕は少しずつ彼女以外の人々を遠ざけてきた。それは僕にとって、すでに必要ではなかったのだ。どこか遠くに彼女が行ってしまうことなど、一度も考えたことはなかった。ここで彼女がどこか遠くに行ってしまえば、僕には何も残っていなかった。

 我々の食事がこれで絶えるというわけではなかった。それでも春が来ればもうキャンパスで彼女の姿を見ることはなくなるだろう。それは多分、僕にとって春は来ないということなのだろうと思った。表に出ると誰かがそっとつまんでは並べているかのように、雪がはるか上空の見えないところからやさしく街一面へ舞い降りつづけていた。街に舞い降りる雪は僕の体をすり抜け、僕の中のどこかへ向かい舞い降りつづけているように思った。

3

 そして春が来た。彼女のいないキャンパスを寂しいと感じるのは、たまに顔を出すキャンパス自体が寂しい時だけだった。キャンパスの寂しさが彼女の不在を僕に思い出させ、ようやく彼女の不在を感じている僕自身を感じさせた。つまり、彼女がいなくても僕は生活のほとんどを通じて悲しいとは感じなかった。僕はいつのまにか何十社の就職活動を生活の一部とし、就職が決まると卒業するために延々と友達のノートをコピーしつづけ、その合間に酒を倒れるまで飲みつつ本を200冊ほど読み、冬の二ヶ月は演劇に打ち込んだ。彼女は仕事に忙しいようで、僕には連絡ひとつなかった。

 クリスマスイブは学生寮で寂しい男どもととんでもない酒を飲んで過ごした。何度目かの未消化食物強制排出を終えて酔い覚ましに非常階段へ出ると、目の前をものすごい雪が降っていた。僕は雪の降る非常階段を最上階まで上り、最上階の外壁から垂直に生えている冷え切ったはしご段を14段握って屋上にたどり着いた。ぺちぺちとコンクリートに音を立てる雪の音以外には、何の音もしなかった。僕の周りと通りに並ぶ街路灯ごとに、雪がごうごうと丸く降り注いでいた。僕は彼女のことをその年何度目かで思い出した。特に悲しくもなかった。彼女がいないことと、彼女がいないことを思い出しても悲しくないという事実に気が付いても。

つづく

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2003年12月27日

Happy Christmas

 クリスマスには雪がつきものとはいうものの、僕が住んでいる街でクリスマスに雪が降るということはあまりない。それどころか雪が降るということも少なくなった。小学生の頃は日陰の道には1ヶ月も雪が降っては積もりつづけた。僕たち小学生は雪でたわんだ竹の雪を叩き落しては学校へ行き、校庭に降り積もった雪の中で凍えるまで雪合戦をし、凍りついた道路に靴を滑らせながら家へと帰った。雪に包まれた街は陽炎に浮かぶオアシスのように僕たちの心を些細な日常から解き放ち、前日にけんかをした同級生とも笑いながら竹を蹴飛ばしてお互いに雪をかぶり、休み時間いっぱい熱が出るまで雪合戦をした。

 冬の空に雪が降らなくなったのは、僕が大学に入った頃からだ。それから冬はただ寒いだけの面白くない季節になってしまった。大学生になった僕たちは厚いコートに首をすくめて言葉少なく講堂に向かい、授業が終わるとそそくさと自分たちの居場所へと急いだ。大学生の僕たちにとって白く輝く街並みがオアシスとなるかどうかは、正直言ってよくわからない。ある朝雪が街の全てを覆い尽くしていたとしても、僕たちはやっぱり厚いコートに首をすくめて言葉少なく講堂に向かうのかもしれない。そんなとりえのない冬のある日、僕は彼女と初めて個人的に話し掛けて食事に出かける約束をした。

 僕にとって女の子に声をかけるということは、目をつぶって投げるボールが壁から生えた釘に突き刺さるぐらいのことであって、要するに考えられる限り考えられないことだ。彼女のことを知るまでは、そんなことをすることは何度生まれ変わっても僕には起こらないと思っていた。何より当時僕は彼女のことをほとんど知らなかった。僕と彼女は同じ大学に通っている同じ学部の同期生で、いくつかの講義が同じでいくつかの講義が違った。彼女の知り合いは僕の知り合いではなく、僕の知り合いは彼女の知り合いではなかった。僕は僕の知り合いと日々を過ごし、彼女は彼女の知り合いと日々を過ごしているようだった。要するに僕と彼女との間には何のつながりもなく、言葉を交わす理由もないばかりか偶然すら存在しなかった。

 彼女が僕にほんのわずかでも何かを感じていたのかはよくわからない。たぶん何も感じていなかったのだろう。もしくは何かを感じていることに気が付いていなかったのかもしれないし、感じていたとしてそれを重要なことだとは認知しなかったのだろう。というのも食事に出かけ始めた頃には、彼女が僕のことをどう思っていたのか(もしくはどう思っていなかったのか)を訊ねるのはずっと後にするべきだと思っていたし、食事が長く続いた頃にはそれを訊ねる意味を僕が必要としなくなってしまったからだ。

 とにかく当時彼女が何を感じていたのかはわからなかったのだけれど、僕に感じられたのは僕の中で彼女が原因だと思われる重さの感覚が日ごとにほぼ自動的に増えていったということであり、彼女と話をしなければいけないという脅迫的にも思える確信の手触りだった。それは何の判断材料もなく限りなく無根拠であることもよく分かっていた。それでも彼女が誰かと話している姿を目にしたり、同じ講義を取る同じ学部の同期生という立場でほんのわずか何度か簡単な会話を彼女とするたびに、相変わらず無根拠ではありながら僕の中には何かがそこにあることを感じたし、それが少しずつ重さを増すのを感じた。そんなわけでやがて僕は彼女に個人的に声をかけ、彼女を食事に誘った。彼女はそれを承諾した。ただ寒いだけの風が吹く冬のある日のことだった。

 我々はただ寒いだけの19時にビルの前で待ち合わせ、クリスマスの電飾に輝く大通りを50センチの距離をおいて言葉少なにてくてくと歩き、地下への階段をずかずかと15段降りて重い樫の二枚扉をくぐって一筋にのびたカウンターに座り缶ビールを一本頼み半分にして飲んだ。

 ぎこちない雰囲気でお互いの自己紹介から始めざるを得なかった会話はやがて多少の進展を見せ、多少の進展を見せたところで時間が来た。進展を見せたと言っても、彼女が住む(住もうとしている)世界が僕が住む(住もうとしている)世界とはほぼ正反対に位置するということが分かったのだった。言葉で語られる意味の世界では、僕と彼女とは物理的な状況以上に隔たりがあった。と同時に彼女が世界を語るその語り方が僕の中に重さを作り出していたのだと僕は感じた。しかし言葉で語られた内容については結局のところ、我々の間にはほとんど接点がないことが分かったのだった。我々はそれぞれに50センチの間隔を空けて立ち上がり、厚いコートに袖を通して樫の木の二枚扉を通って階段を地上へと上った。地上を目指して空を見上げる我々のはるか上空から、我々を目指すようにゆっくりと雪が降り注いでいた。彼女は雪が降っていると言い、僕は雪が降っていると言った。地上に出ると彼女は立ち止まって見えない空を見上げ、雪だわと言った。僕は立ち止まって見えない空を見上げ、雪だねと言った。僕は50センチ離れた彼女にまた食事をしてくれるかなと訊ねた。彼女は50センチ離れたまま、また食事をしましょうと答えた。

 それ以来彼女とは不定期的に食事に出かけた。とはいえ彼女との距離は物理的にも非物理的にもあまり近くなることはなかった。彼女は彼女の居場所をしっかりと作り上げていたし、僕は僕の居場所に閉じ込められるように閉じ込められていた。彼女の居場所は彼女にとって完璧な居場所だった。少なくとも僕にはそう感じられた。彼女の知り合いたちは彼女の知り合いたちであり、一人として僕の知り合いではなかった。僕が入り込む隙間がどこにもなかった。そんなわけで僕が彼女のことを忘れてしまうころに彼女から電話がかかり、彼女が僕のことを忘れてしまうような時間がたったあとで僕は彼女のことを思い出して電話をかけた。そして我々は不定期的な食事をたくさん平らげながらその合間に少しずつ話をして、またそれぞれの居場所へと戻っていった。

 当時僕は彼女が彼女の日々を過ごしていた居場所のことなどほとんど知らなかったし、それと同じぐらい今の彼女の居場所についても知らない。僕はただのこのこと待ち合わせの場所に出かけ、何時間かの食事と会話をするだけだ。そこで彼女とはだいたい全てにおいてなにか選択肢がある事柄について一致することがなかった。だから僕は彼女を食事以外の何かに誘うことはなかったし、彼女もそれは同じだった。相変わらず彼女は彼女の世界で彼女の知り合いと日々を過ごしているようだったし、僕は僕の居場所でひとりだったり知り合いと何かをして過ごした。我々には懐かしがるべき共通の思いではほとんど何もなかったし、待ちわびるべき共通の予定ができる可能性も同じぐらい何もなかった。

 それでも彼女との食事は我々が大学を卒業したあとも続いた。その間に彼女は仕事を3度変え、僕は仕事を4度変えた。相変わらず僕が彼女のことを忘れてしまうころに彼女から電話がかかり、彼女が僕のことを忘れてしまうような時間がたったあとで僕は彼女のことを思い出して電話をかけた。そして我々は不定期的な食事をたくさん平らげながらその合間に少しずつ話をして、またそれぞれの居場所へと戻っていった。大学時代の5年間を共にすごして毎日のように酒を飲んでいた学生寮の同窓生たちのほとんどとは連絡を取ることもなくなり、同じ職場で4年を働いて毎日のように酒を飲んでいた最初の就職先の同期たちとのつながりも途絶えてしまった。途絶えたと言うより、僕がつながることを辞めたというほうが正しいように思う。ふと考えてみると、僕にとってもっとも長く続いている関係は不定期的な食事をする彼女との関係になっていた。

 よく分からないことは他にもあった。冬の真ん中に彼女と食事をするとだいたい街に雪が降ったということだ。それにはクリスマスイブが何度も含まれることとなった。なぜそうなったのかは、少なくとも僕にはよくわからない。クリスマスイブだからと言って我々の行動が変わるわけでもなく、50センチの距離を保って待ち合わせ場所から食事の場所まで歩き、お互いの非物理的距離を確認するような会話を交わし、胃の中に食べ物を詰め込み、50センチの距離を保ってそれぞれの駅へと分かれていくのだ。

つづく

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2003年11月09日

life is going on...

「先生、もう食べれん。ヤバイ」
「アホ。自分で取ってきたんやろ。全部食べろ」
「食べ放題の店なんだから、食べきれない人がいることも最初から考えてるでしょ」
「うるせえ。店がどう考えてるかなんて関係ない。自分が食べる分だけ取るのが、まっとうな人間のすることやないか。一度取ったら、全部食べる。それを作った人のことを考えろ」
「先生、それ古くない?」
「真実に古いも新しいもないわ。俺が許さん。男なら全部食え」
「それ女性差別だし」
「はあ? だからどうした。自分で取ってきたメシも食えん奴がごちゃごちゃ言うな」
「食べるけど。時間ちょうだい」
「今すぐ食えとは言ってないわ」

 塾生男子のバカどもは、イタリアンバイキングのこの店になだれのように飛び込むやいなや皿をてんこ盛りにしてテーブルについた。そして5分後にはもう疾風のように2皿目をてんこ盛りにしてテーブルに戻ってきた。その5分後にこれである。僕は彼らが2皿目をてんこ盛りにしようと席を立とうとする時に、食べられるものを食べられるだけ取るように念を入れたのである。バカどもと言う以外なにがあるだろう。このバカどもめ。

 まあ今日ぐらいは注意で済ましておこう。中学生たちの2学期中間テストが終わった。基本的に勉強をしただけ点数を取っていた。要するに悪い結果だった。何人かのいくつかの科目については、一生懸命勉強をしたのに得点が取れていなかった。まあそれは誤差の範囲ということもできるのだが、塾の教室長としてはそう言うわけにもいかない。塾の教室長としては、勉強の仕方が合っていなかったと言うべきであろう。

 今回の定期テストは、教室長としての僕にとっては3回目だった。1回目はとりあえず定期テストというものを把握することで精一杯だった。2回目にはなんとなく輪郭が見えるようになった。で、3回目の今回は対策を立て、ツールを作った。桃栗三年柿八年、石の上を叩いて渡るという感じだ。

 過去2回の定期テストでわかったことは、塾生たちが基本をマスターしていないということだ。英単語を覚えていない、基本例文を覚えていない、品詞の分類や活用を覚えていない、法則や年号や人名を覚えていない。

 覚えていない、というのは正しくない。だいたい覚えようとしていないのだ。基本をマスターしないうちに、応用に進んでしまっている。まあ学校は週5日制になり、家庭で勉強しないのだから覚えられるはずが無い。

 ということで、今回は基本をマスターさせるための対策を立て、ツールを作った。塾で使用している教材の基本ページができるまでは、応用ページをやらせないようにした。学習日と回答時間と正答率を記入する表を作成し、回答に時間がかかっていたり正答率が悪かった場合は何度でも同じページをやり直させた。

 僕が小学生の頃は、計算ドリルと漢字ドリルを何十回もやらされたものだ。1回やるごとに先生が日付の入った判子を押してくれるのだが、僕たちのドリルにはもうそれ以上判子が押せないほど判子が押されていたものだ。30ページのドリルを700回とか、そういう世界だった。詰め込み教育の最たるものである。しかしタネがなければ手品ができないのと同じように、詰め込まれた知識が無ければ考えることなどできない。いつまでも詰め込みというのもなんだが、義務教育の主たる目的は詰め込みとその応用であるべきだ。

 というのは一般論であり、やはり塾生それぞれが得点を伸ばすためにはカスタマイズが必要である。今回は勉強法の統一を目指したので、ぴったりハマッた生徒もいればそうではない生徒もいた。次回の定期テストは2学期末で、もう1ヶ月も無い。ということで各生徒が期末テストにどう対策すべきかを見極めるために、個別インタビューを行ったのである。

 勉強法を決め、各生徒には勉強状態を記録するためのツールを配布して記入させた。そしてテスト結果も記録させた。そして個別インタビューでは、勉強状態とテスト結果を突き合わせて問題点を発見し、次回テストの勉強法を練ることとした。ここで「そりゃQC活動じゃない」と気づいた人は、結構大きな会社に勤めているのかもしれない。その通り。これはQCだ。インタビューを教室でがんがんやるのも面白くないので、お疲れ会を兼ねてバイキング形式のレストランにて行うことにした。

 30分ほどたらふく食べた後で個別にインタビューをして気が付いたのは、「ここの高校に入りたい」と目標を明確に持つ塾生が一人もいないことだった。まあそんなものだろう。僕が彼らと同じころ、どこの高校に入りたいという目標を持っていたのかと言えば、僕を含めてほとんどの中学生たちは目標など持っていなかったのだから。テストで点を取ることができる塾生ならば、そのまま放っておいてもそれほど問題ではないのかもしれない。しかし平均点を下回る塾生たちの場合、目標を持たないという状況は非常に厳しい。漠然と「行きたいかも」という学校名は口にするのだが、当然それらの高校に入ることのできる成績と、現在彼らが持っている成績との間には深くて暗い河がある。

 とはいえ彼らが目標を決めかねているというのは分かっていたので、偏差値(とそれを定期テスト点数に変換したもの)を縦軸に内申点を横軸にした高校序列一覧表を配布したし、前回のテスト点数と内申点をその表に引かせ、現在の力で合格できる高校を目で見てわからせ、目標高校とのギャップを数字で確認させるシートも渡したのだが。

 また、3週間前からテスト勉強対策ツールとテスト勉強心得(今すぐ始める、基本を繰り返す、手に問題を覚えさせる)を配布したにもかかわらず、勉強を始めるのが非常に遅いということも分かった。

 要するに、甘いのだ。いい高校には行きたい。しかしそれに見合った勉強はしない。空想に浸っているのか、現実を見ていないのか。だから僕の役目というのは、とにかく彼らに自らの実力を直視させ、希望の高校に合格するための点数を確認させ、「じゃあ君はどうするのだ」と問い、彼らに覚悟を決めさせることだったのだ。遊びたいなら遊べ。しかしその責任は君自身がとらなければいけないのだと宣告することだったのだ。

 でもなぜ、僕はこんなことをしているのかな…

 僕が教室長をしている塾に来ているのは、とうぜん他所の子供たちである。彼らが将来どうなろうが僕には関係ない。それは彼らにも常々言い放っている。僕はこの塾の教室長で、君はこの塾の生徒だ。そして塾は勉強をするところだ。君がこの塾に来て勉強をする限り、僕は君に勉強を教える。でも君はこの塾では僕の言うことを聞かなきゃいけない。もしそれに耐えられないのならば、塾を辞めればいい。他にも塾はたくさんあって、君は別にこの塾にどうしても来なければいけないわけじゃないし、僕はべつに君にどうしても来てもらわなければいけないわけじゃないんだから。

 でも自分の中にどんな感情があるのかを選り分けてみると、勉強ができなくて怒らなければおとなしく勉強をしない子供たちについてさえ、できればこの塾で勉強を見てやりたいと思っていたりする。しかし塾としては規律を乱す生徒を容認するようでは、とくに無名新規塾では致命的に評判を落としてしまう。腐ったミカンは取り除かねばならない。ある限度を越えてしまう生徒はやはり追放しなければならないのだ。少なくとも二人、そういう生徒が塾にいる。

 しかし、ミカンを腐らないように努力したいと思う。ほんとうにそのミカンが腐っているのか、手にとって確認したいと思う。腐ってしまう前に缶詰ミカンに転用できるのならばそうしたいと思う。

 腐ったミカンのように見える彼らは、自らの態度を改める機械を奪われてきたのかもしれない。少なくとも塾の中では、悪ガキゲームをやめて勉強を始めるかもしれない。塾を一種のシェルターとみなし、友達の目という縛りから離れて別の態度を取るかもしれない。少なくとも何度かのチャンスを彼らに与えることはできる。彼らがそれらのチャンスを自らのものにするかどうか、それは僕にはわからない。

 いや、わかっている。多分彼らはチャンスを逃すだろう。逃してほしくは無いし、望みを捨ててもいないのだけれど、多分彼らはチャンスを逃すだろう。そして僕は来年度を迎える頃、彼らを塾から追放することになるだろう。希望をもつことと推測をすることは別のことである。

 とにかくできるだけ早く、彼らが満たすべき基準を僕は彼らに対して示さなければいけない。そしてなぜそのように基準を定めたのか、基準を満たさなければどうするかを説明しなければならない。その基準を彼らが受け入れれば彼らは塾にとどまるという選択をしたということであり、そうでなければ異なる選択をしたということだ。

 おそらくその基準は、塾の授業で私語をしない、板書は完全に行う、質問は問題を十分考えてからする、というようなものになるだろう。そうでなければテストの点が上がるはずも無く、それどころかこの塾に来る意味も無く、そして他の塾生に迷惑となる。おそらくそんなことは彼らも十分承知だろう。僕はすでに事ある毎に言いもしたのだから。それを承知で態度を変えなければ、それはそれで彼らの選択とみなすべきだろう。彼らはそれができないわけではなく、それをしないのだから。

「でも先生、そんなに勉強できないよ」
「僕がいつ君に勉強しろと言った?」
「え?」
「僕はただ、君の現在の成績を確認して、君の希望を聞いて、希望をかなえるためにどれだけ頑張らなきゃいけないかを説明しただけだよ」
「うん…」
「君が8時間寝るとして、残りの8時間を学校で勉強するとしよう。君が自由にできる時間は?」
「8時間」
「そう。8時間が君の自由になる。その8時間を君は自由に使っていい」
「うん」
「漫画を読んでもいいし、テレビを見てもいいし、メールをしてもいいし、電話をしてもいい。もちろん勉強してもいい」
「うん」
「それは君の自由だ。僕は君に勉強しろと命令するつもりは無いよ。君は何をしてもいい」
「うん」
「僕が君に言えるのは、君が自由に8時間を使った結果について、君は自分で責任をとらなきゃいけないということだ」
「うん」
「これについては、君は誰にも責任をなすりつけることはできない」
「うん」
「君がもし大学を目指すのならば、どの高校に入ればどれぐらいの大学にいけそうなのかについて、僕は君に説明することはできる」
「うん」
「それを聞いた後で、君が君の8時間をどう使うかは、やっぱり君の自由だ」
「うん」
「それで、期末テストの勉強は何月何日から始める?」
「ええと、だいたい3週間前」
「ダメ。何月何日。いま具体的に何月何日から始めるかを自分で決めておかないと、『やっぱり明日からでいいや』ということになって、結局またずるずると勉強しないよ」
「じゃあ… 11月1日から」
「よし。11月1日から、どの教科を勉強する?」
「ええと、社会が悪かったから、社会」
「よし。11月1日から、社会の何を勉強する?」
「歴史」
「歴史分野ができなかった?」
「そう」
「よし。11月1日から、社会の歴史を勉強する。何を使って?」
「塾のワーク」
「塾のワークを使ってどんな風に勉強する?」
「年号を覚えて、出来事を覚えて、出てくる人を覚えて、出来事の内容を覚える」
「わかった。11月1日から、社会の歴史を、塾のワークを使って、まず暗記することから始める」
「うん」
「それでは、今の内容をインタビュー記録シートに僕が書きます。これをお父さんかお母さんに見せて、署名してもらうこと」
「うん」
「何点とる?」

 そんな話を延々と、塾生一人一人に対して行った。食べ過ぎた。ヤバイ。

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2003年11月03日

帰ってくるワンルーム(ワンルームその5)

 毎度のことながら、ワンルーム関係の雑文はフィクションです。もちろん僕がいままで過ごしてきた時間の中には、それらのタネとなる出来事はあったのかもしれません。でもやっぱりワンルーム雑文は全体としてフィクションなのです。

1

「ただいま」を言う前に僕はいつも扉の前で深呼吸をした。その日も同じだった。いつものように22時30分の明かりひとつ無い真っ暗なコンクリートの階段を左回りにぐるぐると36段登り、そこから廊下をまっすぐ14歩進み彼女の部屋の扉にたどり着く。その50歩が日課になり一ヶ月が経つ頃だった。
 僕は扉の前に立っている。僕が扉の前に立っていることが何故か彼女にはわかるらしい。今日も僕が扉の前に立って少しすると、部屋の奥から足音が聞こえてきて、がちゃりと鍵が回って扉が開いた。
「お帰りなさい」彼女は朝と同じ笑顔で僕を見つめた。
「ただいま」僕はそこに立ったまま彼女に言った。
「今日はどうだった?」
「疲れたよ」
「たくさん働いた?」
「たくさん働いた」
「はやく中に入ったら?」彼女は僕に開きかけの扉を預けて後ろを向いた。
「うん」僕は彼女から引き継いだ開きかけの扉を右手で支えたままその場から動かなかった。
「いつもそうやってじっとしてるのね」狭い廊下のちいさな流し台のあたりで彼女はこちらを振り返って僕に尋ねた。
「うん」僕はまだそこを動かなかった。黒い羊毛のコートをとおして、12月の冷気が僕の肌を冷え冷えと突き刺している。
「僕は毎日、ここに立つ度に思うんだ。僕は君のへやに帰ってくる価値があるのだろうか?」どうしようもなくくだらない質問だというのはわかっているつもりだ。12月に扉を開けたままで始める質問ではないことは確かだし、何より彼女に向かってこんなことを話し掛けるのはまるきりの甘えた自己陶酔でしかない。いくら理屈をつけてみたところで、結局僕は彼女の部屋に入ることになるのだから。
「え?」彼女の目は僕の目を見た。表情は特に変わりなかったけれど、彼女がそのとき何を考えたのかはよくわからない。僕は僕でそう言ってはみたものの、では何から話し始めたらよいのかなど何も考えていなかった。部屋の奥からラジオの音が流れている。彼女はほとんどテレビを見ない。
「晩御飯が冷めちゃうから、話の続きはご飯の後」彼女はそう言うと、すたすたと奥のワンルームへ歩いていった。まあこういう格好悪さが生活というものの真実かもしれないなと思いながら、僕は狭い廊下を進んでワンルームにたどり着いた。後ろでクローザーのついた扉がゆっくりとした音を立てて閉まった。全てが閉じられた部屋の空気はしんみりと落ち着いていて、外界に比べてなめらかにさえ感じた。
 僕はコートを脱いで壁にかけ、スーツを部屋着に変えた。彼女はその間に小さな炊飯器からご飯を茶碗によそい、具の少ない味噌汁を椀についでテーブルに並べた。おかずの炒め物はすでに準備ができていた。彼女はいつもコップに水を注いで食事をしていた。僕にはそのような習慣はない。しかし水が入ったコップがテーブルにあったところで僕の食事に差し障るわけでもない。僕は流しで水をグラス2杯に注いでテーブルに運んだ。
「食べましょ」彼女がテーブルに座って手を合わせた。
「いただきます」僕も手を合わせてそう言った。手を合わせていただきますを言うなんてことは中学生以来だったけれど、別にしたところで宗教的にまずいなどということもない。
「いただきます」彼女はいつもそうしてから箸を持った。彼女が切ったキャベツの千切りはいつも通り5ミリだったけれど、おなかに入れてしまえば僕の切る1ミリの千切りも同じキャベツだ。もぐもぐ。あと何度か食べていれば完全に慣れるのだろう。もぐもぐ。
 玄関の話の続きは、まあ後にしよう。なかなか食べ応えがあるキャベツだ。もぐもぐ。彼女にそんなこと言わないけれど。

2

 そのワンルームの扉が開く前にはいつも、僕は入口の扉の前に立ち止まった。彼女の家にただいまを言う関係になった初めての頃は、そう言って部屋に入るのが気恥ずかしくもあり、同時にそれは自分にふさわしくないのではないかという怖さもあった。

 それと同じぐらいに、僕がそのような状況に狎れてしまうことが怖かった。狎れていくというのは僕がだんだんと変質していくということであって、僕と彼女との関係もまたそれにつれ変質していくということだ。彼女は狎れていない関係にある僕のことを選んだのであって、だんだんと狎れた関係へと変質してゆく僕のことを選びつづけるかどうかは分からない。たとえば彼女が僕の変化を受け入れられなくなって、ある日突然にドアを開ける彼女の顔が今日の朝と違っているかもしれない。

 とはいえ彼女との関係が続くにかかわらず僕が何一つ変わらないというのもやはりおかしな話であって、いつまでたっても変化しない僕に愛想をつかすかもしれない。それに僕自身、今の僕では彼女にふさわしくないと感じている。何かを変えなければ、遅かれ早かれ僕は自分の自信の無さをもてあますだろうし、彼女は僕の煮え切らなさに愛想を尽かすだろう。ではどうすればよいのかということを考え始めると、僕は行くべき道も戻るべき道も無い場所に追いやられてしまっているように感じた。

 僕個人のことを思えば、僕がどのように変質しようが停滞しようがそんなことはどうでもいいと思っていたし、今でもそう思っている。自分がどのようなものであるかという確信は、他人からのまなざしの函数の総和としてたち現れる以外に無く、自分自身を眺める自分のまなざしの角度さえも、他人からのまなざしの角度を借りてしか測ることなどできない。自分を理解するには言葉を通して自分を評論することに他ならず、言葉というものは二つのものの間にある差異を自覚することである。ということは何かを言葉で表現するという行動は、表現しようとする何ものかをそれ以外の事象との差異の地図を作ることである。地図とは他が存在することで初めて自がどこにあるのかを表現できる。

 言葉遊びはこれぐらいにしよう。そんなわけでいま僕が認知している僕という思考様式結について、僕には何の未練も無い。僕の周りを取り巻く環境が変わってしまえば、僕はどんな風にも変わってしまうのであり、たとえ僕の中に何らかの核のようなものが存在したとして、その核のことを自分自身と名づけて大切にしようとしても、その核から発せられる振動を認識するのは僕という思考様式でしかありえないのだから、自己の核というものがあるとしても結局のところ自分自身などというものは所詮他人との関係がそれを規定してしまうあやふやな構成物なのだ。自分の核というものは決して取り出して眺めることなどできず、それは常に自己というゆがんだフィルタを通してしか表出されることが無く、自己というものは常に他人との函数として構成されざるを得ない。

 だから−この接続詞は僕がそういうふうに自己というものを規定しているからという意味である−僕は自分らしさなどというものには何の興味も無いのだけれど、彼女との関係が成立したときの前提条件が崩れていく事が怖くて、無理やり自分をその瞬間にとどめておかなければいけないと思ってしまうのだった。とはいえとどめておくことも不自然なわけで、動きたくないけれど動かなければいけないと思い、一方では動きたくないけれど動いていかなければいけないと思い、進退窮まり立ち尽くす以外にすることがなかった。結局のところ、僕には自信がなかったということなのだろう。結局のところ、などと状況をいつも単純化し、それで何かを理解したつもりになるのは僕の悪い癖だ。でもそれも何かを理解したつもりになるのは僕の悪い癖だなどと強引に結論らしきものを据えることで、その思考の先に存在するほんとうの答えを見ないようにしているだけだ。私小説的自己韜晦はこのぐらいにしよう。

3

 というのは僕がワンルームの彼女と長い時間を二人で過ごしていた頃の話だ。そこから時間を巻き戻してみると、僕は彼女との時間を過ごすようになるはるか以前から、まだ彼女と知り合うかなり以前からそういうことを考えるようになっていた。巻き戻した時間とは学生時代の頃だ。学生時代の酒の席などというのはたいがい色話が出てくるもので、僕がまあこんなことを言いながらグダ巻きするとたいがいは次のように反論されたものだった。今回の衆院選報道でもちょこちょこ解説者として出ているゼミの教授からもずっと言われつづけたものだ。

 未来がどうなるかなどと考えたところでどうしようもないし、だいたい未来とはいまここで僕が決意し行動することで変化するものなのだ。明日の彼女がどうなるかなどと考えたところでどうしようもないし、僕が制御し得るものは僕でしかない。彼女が僕を選んだというのはとりあえずの事実であり、そのまま彼女が僕を選びつづけるかどうかについて僕は何をすることもできない。僕が唯一できることは彼女に対して真摯であり続けるというただその一点であり、それで彼女が僕との関係をどうしてゆくのかというのは単なる結果でしかない。

 まあそれは言葉としてはわかっていた。それでも僕には誰かと時間を過ごしてゆく自信がなかったし、それ以上に困ることには誰かとの時間をどうしたらいいものかさっぱり具体的な絵が浮かんでこないのだった。僕はいろんな人と面白おかしく話をすることもたぶん平均よりはよくできるけれど、一人で黙っていようと思えば一週間しゃべらなくても気にならない。どちらかというと自宅にいるときにはしゃべりたくない。どうにも意味の無い会話をしたり、買い物やドライブに行ったりということは嫌いだ。でも同じ部屋に自ら選んでいっしょにいるようになった人がいたとして、やっぱり無視するわけにもいかないだろう。それはお互い適当に流すようになるんだろうけれど、僕にそれができるとは思えなかった。

「できるとは思えなくても、やれてしまうのが人を好くということなんだから。まあ君もはやく女の子を見つけることだよ」教授は酒の席で毎回この話題が出るたびに毎回僕を諭した。この教授は40歳そこそこでこの世のあらゆる分野のあらかたの活字は読んでいるのではないかというほどの読書家で、かと思えば人間のくだらなさまで鷹揚に包み込む胆力も十分、よく一大学の一教授で収まっているなと半ばあきれるような人だった(実際は収まっているとも言いがたく、今でもいろいろと現実世界に仕掛けのタネを蒔いているのだが)。
「とはいっても」
「まあまあ。いくら考えてみたところで埒があかない問題だよ。くやしかったらとりあえず彼女を作ってから言ってくれ」
「まあそうなんですが。そういうことになったら報告します」
「別に報告しなくていいよ」
「じゃあ勝手にしゃべりますから」
「わかったわかった。でも君に似合う人っていうのが、なかなか想像つかないよね」
「報告するも何も、根本からダメと言っているようなものではないですか」
「いやいや。蓼食う虫も好き好きとか、あばたもえくぼとか言うのだから大丈夫だよ」
「先生。何かちっとも慰めになっていない気がします」
「わかった? あはは」
「わかるもなにも」わかるもなにも、まったく教授の言う通りだった。

4

 そしてもっと時間をさかのぼる。僕がまだ中学生だった頃、特定の女の子と長い時間を二人きりで過ごしたりした時期があった。長い時間を二人きりで過ごし始めた頃はただそれが楽しいというだけであったのだけれど、それが長く続くにつれ、僕の中にだんだんとある思いが結晶していくのを止めることができなかった。このままこうして二人きりの時間を重ね、ではそれがどこへ向かうのだろう?

 そんなことは考えるまでも無くわかることで、それはどこにもたどりつくはずもなかった。僕と彼女はまだ中学生で、たぶん別々の高校に進み、あと1年もしたらお互いのことなど無かったような顔をしてそれぞれの生活を送るのだ。彼女と二人でたわいも無い話をしているその瞬間にすらすでに展望などひとかけらも無かった。彼女と二人でたわいも無い話をするのが楽しいことには変わりなかったのだが、卒業が近づくにつれ僕の閉塞感は強くなるばかりだった。しかしそれは誰かに強制されてそうするわけではなく、僕が(そして多分彼女が)自分でそういう道を選び取るはずなのだった。

 どこにもたどり着かないことを続けることに意味を見つけることはできなかった。それよりもどこにもたどり着かない道を自分自身が選んでおきながら、さもその道がどこかへと続いているかのように彼女との時間を過ごすことに嫌気がさした。どこにもたどり着かない道をすでに選んでいるのならば、今この瞬間そのように振舞うべきだと思った。彼女にはそれをそのように話し、だからもう二人きりの時間を持つのは辞めようと言った。考えられる限りともに生活を送る覚悟が無い限り、色恋沙汰など始めるべきではないと思った。僕は自分で下したそのような結論と、それでも彼女との時間を持ちつづけているという事実をふたつとも抱え込むことに疲れた。僕は彼女が僕に別れを告げるまでは、それまでと同じように振舞うべきだった。誰がなんと言おうと、男として。でも僕は逃げた。

 そんなわけで僕は透き通るような目で僕を見つめる彼女に向かい、もう二人での時間を持ちたくないのだと言った。僕が何を考えていようと彼女にとっては関係の無いことだ。説明するのも馬鹿馬鹿しいので理由は言わなかった。彼女は泣いた。声も無くずっと泣いた。廊下のガラス窓の向こうはどんよりと曇った午後4時の薄明りの中、12月の冷たい雨が音も無くアスファルトを濡らしていた。

5

 ここで話は時間を離れ、僕がそのとき以来ずっと考えてきたことを書く。12月の冷たい雨の中で僕がしたことは、己のアホな妄執を大事とし彼女を切り捨てたということだと言われればその通りだろう。12月の冷たい雨の中で僕が守ったものは、彼女から別れを告げられればぎりぎりと音を立てて傷ついてしまう僕自身だったのだろう。

 そもそも色恋沙汰に展望など必要なのかと言えば、必要であるかもしれないしそうではないかもしれない。続けていればそのうちなんとかなるかもしれない。続けようと思い何とかしようとすることのほうが大切なのかもしれない。それでも僕にとっては、色恋沙汰を始めるときに偽りなき展望を持つかどうかが重要なことに思えたし、今でもそう思う。

 ところが僕にはその展望を感じることができない。たまに好ましい人を心に思うことも無いではないのだけれど、ではその人とどのように時間を過ごしていくのかを考えると、考えても考えても何も出てこない。そりゃ何時間、何日、何ヶ月という単位であれば思い当たらないでもないのだ。しかし僕に分かることは、やがて僕は彼女たちを例外なく疎ましく思い、一人であることを選ぶだろうという確信が僕の中にあるということなのだ。結局のところ僕は僕がしたいようにするだろう。僕がしたいようにすることを妨げる全てを憎むだろう。僕が誰かのことを思うと、たどり着くのはいつも僕が好きなのは僕自身なのだという結論である。そして僕は、そのような自分であることから逃れられないのならばそのように生きようと思うのである。

 こういうことを学生時代以来たくさんの人たちに話してみたが、誰一人としてまともに取り合わない。本当に好きな人ができれば変わるさ、と彼/彼女たちはみな僕に言った。でも本当に好きというのはどういうことだろう。彼/彼女たちはそれについて巨石のような手ごたえを確信しているようだった。でも考えれば考えるほど、僕にはそれが感情の問題ではなく、決意の問題のように思えた。もちろん好ましく思うことのできない人を好ましく思おうとしても、いずれその無理は自然と現れるだろう。しかしただ好ましく思うだけであれば、またその感情も年月を重ねるうちに自然と変化していくだろう。自らの変化をあつかましくも唯一のよりどころとしてともに時間を過ごした人を捨てるということはしたくない。

 とはいえいろいろと理屈をこねて何度か親しい関係を特定の人と重ねてみたりもした。何より僕はまだ若かったし、一通り経験をしてみたら自分が変わることもあるかもしれないと思った(それもまた理屈なのだが)。そして結論といえば、やはりどうにも変えることのできぬ自分を再確認するだけだった。熱病のように浮かれ、展望を求めてわざわざ要らぬ理屈を掘り返し、いつものように終わりを迎え、いつも目の前で彼女たちは涙を流した。要らぬ理屈さえ捨てることができれば、きっと涙を見なくてもすむのだろう。少なくともそのような涙を見なくてもすむのだろう。

6

 彼女の部屋でキャベツを食べている話だった。もぐもぐ。
「ごちそうさま」僕はキャベツを含め全ての料理を食べた。
「ごちそうさま」彼女も何も残さず全部食べた。そういうところはとてもきちんとしている。僕は彼女の分まで食器を集め、すぐ隣の狭い流し台でそれらを洗った。彼女はその間狭い廊下で何度か僕にぶつかりながらコーヒーを用意した。カップやら何やらが玄関近くの食器棚においてあったからだ。もともと本当に一人暮らしのためのワンルームだから、ぶつからないとすれ違うことができない。とはいえ僕には文句のひとつも無い。
「ふいー。おしまい」僕は食器洗いのスポンジで流しの水滴をさらい、手のひらに収まっているピンクのスポンジをぎゅうっとしぼった。そして吸盤で流しに付けてあるかごにしまった。
「お疲れ様。コーヒーが入ってるよ」彼女はワンルームに置いてある75センチ角のテーブルの前に座ったままで僕に言った。
「ありがとう。いただきます」僕は白い小さなカップを取ってコーヒーに口をつけた。ネスカフェのエクセラお得用の薄い味がした。僕は生まれてこの方コーヒーといえばゴールドブレンドなのだが、エクセラは太切りキャベツよりも慣れやすい。
「それで、さっきの話は何だったの?」彼女のひとみはいつものようにきらきらと正直に輝いていた。
「うーん。なんだかこうやってくつろいでいると話しにくいんだけれど、でもどうしても話しておきたいんだ」
「何? 昔の彼女のことでも教えてくれるの」彼女のひとみは相変わらずきらきらしていた。私には何を言ってもいいのよ、と僕に教えるためにそう言っているのが分かる。彼女は人の心について敏感である。その敏感さを柔らかく包み込んで人に伝えることもできる。その点、僕のような議論馬鹿にはとても真似できないことだ。
「僕と君とのことなんだ」
「僕と君とのことなんですか」
「僕は君のことが好きだ。でも愛しているかというと、そういいきる自信が無い」
「そうですか」彼女はちょっとまじめな顔になった。もうアホくさすぎてこれ以上説明を止めてしまおうかとも思ったけれど、ここで止めてしまうことのほうがどうしようもない。
「愛という言葉で僕が何を表現しようとしているかというと…」

 書くのも読んでもらうのもアホくさいことなので以下僕が彼女につらつらと垂れ流した講釈ぶりを大雑把に書けば、要するに彼女とずっと一緒に生活をする決意が決まらないということだ。説明終わり。そのあと彼女は少しだけ目を伏せてコーヒーを飲んだ。

「わかったわ。私はそういうことを考えていることも含めて、あなたが好き」と彼女は言った。完璧に僕の負けだ。我ながら情けなくて涙が出そうだ。ただそのとき僕は僕なりに切羽詰っていて、自分の馬鹿らしさを深く追求する余裕が無かった。僕のどうしようもない話と僕のどうしようもなさを彼女が受け止めてくれた(考えようによっては受け流した)ことがうれしかった。たとえもう少しでもここにいてもいいんだと思った。
 彼女はそれ以上何も言わず、おそろいの白いカップを口につけた。コーヒーをすするかすかな音がした。いつのまにか彼女はラジオを消していた。僕には言うべきことなど何も無かったけれど、それでも彼女に何かを言わなければいけないと思った。
「僕も君のことを…」
「そんなこと言わなくていいの」彼女はゆっくりとカップを置いた。
「そうだね… ごめん」
「私だって自分がどうなるかはわからないわ。あなたのこと、待てないかもしれない」
「うん」
 僕たちは黙ったままコーヒーを全部飲んだ。置き場が無くて部屋の中に置いてある小さな冷蔵庫が、ぶんと音を立ててとまった。
「お風呂にしたら? 今日は寒かったから、お湯を張って入ったの」彼女は手を伸ばして、僕の手の上に重ねた。
「ご飯を食べてコーヒーも飲んだのに、こんなに冷たい」
「今日はすごく寒いから」
「もっと冷えるから、早く寝ましょ」
「そうだね。すごく疲れたし」
 僕はよっこいしょと声を出してたちあがり、ワンルームの狭いユニットバスに入って体をあたためた。それからすばやく体を拭いてパジャマを着た。彼女は今日一日の家計簿をつけていた。
「あったまった?」
「うん。家計簿は?」
「明日にする」彼女は書き残したレシートを家計簿にはさんでページを閉じた。家計簿はパタンと音を立てた。
「先に入って。電気を消すよ」僕は廊下との境にあるスイッチに手をかけた。
「はーい」といって彼女はベッドの壁がわに入った。スイッチがぱちんと乾いた音を立てると、部屋は真っ暗になった。僕は手探りでベッドまで−とは言ってもほんの4歩だけれど−歩いてベッドに入った。彼女が掛け布団をかけた。彼女の顔は僕のすぐ側にあったけれどよく見えなかった。
「あしたは早いの?」
「うん。仕事を残してきたから。8時に出勤」
「じゃあ、早く寝なきゃね」彼女が楽しそうに言った。頭の上の厚いカーテンが少しだけ開いていて、青い月の光が一筋ベッドの上を足元まで長く走っていた。そのわずかな光を彼女のひとみが捉えていて、僕の顔をじっと見つめているのがわかった。
「うん。早く寝なきゃ」僕は彼女のひとみに映る月の光を眺めていた。
「早く寝るんじゃないの」
「寝るよ」
「でも寝てないよ」
「いじわるなおんなのこがいるよ」
「どこに」
「ここに」
「すけべおやじもいるよ」
「どこに」
「ここに」
「まったく」
「まったく」彼女は声を出さず、体で笑った。僕も体で笑った。

「おまじないよ」彼女は頭を上げて、僕に軽く口付けして頭を戻した。
「おやすみ」彼女はそう言ってひとみを閉じた。
「おやすみ」僕はそう言って目を閉じた。


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2003年10月27日

挟み撃ち

 とある場所にある、とある塾のある教室長の話。その塾は昨年立ち上がったとあるフランチャイズの加盟校で、知名度などというものとは何の関係も無い。高校受験に自らを投げ入れているような「よくできる」生徒など集まる気配も無い。まあ実績が無い塾というものはそういうものだ。たまたま家庭の近くにあるという理由で入ってくる生徒がほとんどである。塾生は全部で15人ぐらいで、メインは中学2年生だったりする。

 先日実施した外部模試の結果といえば、上は平均8割正答の生徒から、下は平均2割5分の生徒まで一直線で序列されていたりするのが面白い。面白いというか、塾としての評判が定まっていないというか、要するに知名度がまったくないということだ。

 できる方の生徒たちは高校受験を自らの仕事のように考えていて、特に何も言わなくても勉強する。できない方の生徒たちはそうじゃない。それはまあ当然のことだ。勉強に限らず自分が得意なことは楽しい。苦手なことは楽しくない。楽しければ進んでやるし、楽しくなければやりたくない。

 中学校の勉強ができるかどうかは、費やした時間に比例する。もちろんそれは個人の能力によるところも大きいので、ちょっとやればできる生徒がいるし、その何倍やってもあまりできるようにならない生徒もいる。しかし費やした時間に比例するというのはあてはまる。勉強すればテストの点が上がり、勉強しなければ上がらない。

 いま勉強ができない生徒たちがテストの点数を上げるためには、とにかく勉強に時間を費やす必要がある。しかしいま勉強ができない生徒たちにとって、勉強は楽しくないのだ。いくら勉強をしろといっても、いま勉強ができる生徒たちに比べれば勉強しない。だから勉強ができない生徒たちはいつまでもテストの点数が上がらない。ということで勉強はますます辛いものになる。そうそう目にすることもできないような、完璧な負のスパイラルである。

 そんな生徒たちがいる塾の教室長はどうすればいいんだ。塾は勉強を教えるところである。そういうことになっている。しかしそれは勉強を仕事のように考えることができる生徒たちばかりが集まるような大手進学塾の話であって、新規零細学習塾の話ではない。そういう塾の教室長がやらなければならない第一の仕事は、生徒たちが勉強を仕事のように考えるように仕向けるということだ。

 と言うのは簡単だ。とは言えこれを実行するのは至難だ。と言うか偽悪的な言葉で表現すれば、これは全くの思想改造である。と言うよりも洗脳である。たぶん底辺校またはそれ一歩手前の高校にしか行けないだろうという生徒をたぶらかして幻想を植え付け、履歴書の汚れぐらいにしか採用担当者が受け取らないような高校に入れようというのである。もちろんもっと勉強ができるようになってほしいのだが、多分実際はそういう結果になるだろう。

 完璧な負のスパイラルをどこかで断ち切ろうと考えると、とにかくまず勉強に時間を割くように仕向けなければいけない。結局のところそれ以外にテストの点を上げる方法が無いのだから。それでそのためには、勉強というものに対して彼らなりに価値を認めさせる必要がある。

 そんなことを考えて、前回の文章を書いたのだった。しかし前回の文章は、ちっと理念に走りすぎたとも思う。それにあれは、いわばプラトンの言うイデアの光みたいなものだ。あれは遠くの光をみずから求めている塾生にだけ見えるものだ。

 手っ取り早く人間を走らせようと思えば、後ろに虎を放つに限る。ケツに火をつけるに限る。僕は学生運動のアジテーターではなく、塾の教室長だ(まあ学生運動のアジテーターたちも、恐怖による支配をしたのだろう。全共闘の自己批判だとか、共産党の査問だとかはつまりそういうためのものだ)。テストで高い点数を取るために塾に来ている子供たちに対して、どんな手段をもってしても勉強をさせなければならないのだ。勉強をさせる手段が理念であろうが恐怖であろうが、そんなことはどうでもいい。

 いや、どうでもいいということではないな。前に光を灯し、後ろに虎を放つ。両方を上手く使って、とにかく勉強をさせるんだな。

 でも僕がこんなことを書いたって、奴ら読まねぇだろうなぁ。

3 今の自分から目をそらすな

3.1 高校受験はゲーム

 「目標設定シート(定期テスト編)」に数値を書き込んだことで、前回の定期テストで取った点数とその点数で合格できる高校との関係がわかったと思います。  君のひとまずの目標は「高校に行く」事ではありません。中学生の95%以上が全日制高校(夜学ではない高校)に行くからです。「どの高校に行くか」が問題なのです。

 入学が難しい高校に入れないことは、人生に負けることではありません。高校に行かなくても、しっかりと自分で人生を切り開く人はいます。でも君は塾に来ていて、高校受験のための勉強をしています。高校受験には制限時間がある。中学校の3年間だ。高校受験にはルールがある。5教科のテストでの得点と、9教科の内申点で競争する。高校受験には審判がいる。高校の先生だ。高校受験には練習がある。学校の定期テストと全県模試だ。

制限時間があって、ルールがあって、審判がいて、練習がある。これはゲームだ。だから高校受験は一種のゲームだ。君は「高校受験ゲーム」に参加しているのです。

 ゲームをする以上、頑張って良い結果を残すほうがいい。「勝った」と感じられるならもっといい。最初から「別に適当に勉強して適当な高校に入ればいいや」とゲームを投げているのならば、塾に来て勉強する意味なんて何もない。私や他の先生にがみがみ言われ、いやいや勉強をやらされる塾なんかやめて、好きなことをしたほうがよっぽど将来の役に立つ。

3.2 勝つ気が無いと…

 ゲームに勝つ気が無ければ、そのゲームには負けるだろう。高校受験というゲームでは、目標とする高校に合格するのが「勝ち」だ。ゲームに勝てばゲームが楽しくなる。ゲームに負ければやる気をなくす。

 高校に入るのは、ゴールでもありスタートでもある。もちろん、専門科では就職ゲーム、普通科では大学受験ゲームがスタートする。さあそこでだ。高校入学時に「勝った」と考える人がたくさんいる高校と、「負けた」と考える人がたくさんいる高校とを比べると、どちらの高校が「就職ゲーム」「大学受験ゲーム」に対してやる気があるだろう?

 それは考えるまでも無い。就職も大学受験も、結局は高校での成績を競い合うゲームだ。だから当然、高校受験で「勝った」と考える人がたくさんいるほうがやる気がある。そういう高校は、やる気のある高校だ。そしてこれも当然のことなのだけれど、よい成績で合格できる高校のほうがやる気がある。

 「やる気のない高校」に入るのは、高校に行かないより無駄なのだ。あえて言うが、専門科高校ならば偏差値45以下で内申25以下は「やる気のない高校」だ。普通科高校ならば偏差値50以下で内申30以下は「やる気のない高校」だ。もちろん「やる気のない高校」にも頑張っている高校生はいる。そこにいる先生たちも頑張っている。だから「やる気のない高校」に入ったからといって人生が終わるわけじゃない。

 また「やる気のない高校」についての僕の基準は、かなり高い。一般的にはもっとずっと成績の悪い高校だけが「やる気のない高校(ダメな高校)」と言われている。しかし、まともな大学に行くにはたぶんそれぐらいの普通科高校に入らないとすごく苦労するだろうし、会社を選ぶことができるのもたぶんそれぐらいの専門科高校に入らないと大変だろう。

 「やる気のない高校」に入ると、それからがものすごく辛い。まだ君には分からないかもしれないけれど、中学校の勉強なんて「とにかく頑張ればある程度できる」ぐらいのものなんだ。だから「やる気のない高校」には、頑張らなかった人がたくさんいる。そうするとその学校は頑張らない雰囲気で一杯だ。君たちはまだ知らないだろうけれど、毎朝の電車にはたくさんの高校生が乗っている。「やる気のない高校」の生徒たちは、ほとんど茶髪、女子はほとんどミニスカートで化粧をして携帯を眺めていて、男子は腰でズボンをはいてシャツの裾を出してボタンを留めないでどうしようもない話をしている。ある路線の車両では10人以上が床に座っていたり、ブランドのバッグを見せ合ったりパチンコの話をしたりしている。

3.3 外見と内面との間には

 「あーあ、先生は外見で人を判断するんだ」と君は思うかもしれない。その通り。僕は外見で人を判断する。だって彼/彼女たちは結局「外見で判断してほしい(クソまじめでダサいと思われたくない)」からこそそういう格好をするんだろ? 「違うよ、それはファッションで、自分がしたいからしてるだけで、別に見せびらかしたいとか思ってないし」と思うかもしれない。でもそれでは、なぜ彼/彼女たちは「そうしたい」と思うのだろう? なぜ標準の制服ではいけないんだろう? 「自分らしくしたい」から? でも彼/彼女たちの格好は、標準の制服以上に「みんなおんなじように」なっているのだが。仲間はずれが怖いから?

 突き詰めて考えていくと、「自分がどうありたいか」というのを外面的に表現するために、自分がいまそのような格好をしているというのがわかるはずだ。また「自分がどのような集団に属しているのか」を他者に表明するためでもあるというのがわかるはずだ。そしてその他者には「自分が仲間でありたいと思う人たち」と「その他の人たち」との二つがあるということもわかるはずだ。

 自分がどのような格好をするかというのは結局、自分がどのような集団に属するのかという決意を外見的に宣言していることなのだ。たとえばチンピラがみんなそろいもそろってアロハシャツを着ていたりするのもそうで、彼らは別にアロハシャツが制服というわけではない。彼らはアロハシャツが「かっこいい」と思い、「そうしたい」からそうしていて、「自分らしくしたい」からそうしているわけだ。もっと別の格好をしてもいいのだし、チンピラ的世界以外に住んでいる圧倒的多数の人たちにとってはそれをかっこ悪いのだ。
 チンピラはアロハシャツを着ることで「チンピラ仲間には自分が仲間であることを宣言」し、「一般人には自分がチンピラであることを宣言」し、なによりも「自分がチンピラとして生きていくことを自分に宣言」しているのだ。
 人間一度どこかに属してしまえば、その集団が持っている価値観すべてがどんどん自分にとって意味あるもの、格好良いものに思えてしまう。最初はチンピラシャツを真似するだけでも、だんだん中身も完璧なチンピラになっていくのだ。

で、「茶髪、ミニスカート/腰ズボン」の集団と標準的な制服を着ている集団とでは、それぞれの行動に大きな違いがある。どちらの集団が電車の床に座るか。どちらの集団がゴミを路上に捨てるか。どちらが将来のことを考えているか。学校に通っていながら勉強をしないのはどちらか。目標に向かって頑張ることができるのはどちらか。

 君たちはまだ、たくさんのいろいろな人を見ていない。だから「格好と行動」の一致について結論を出せないかもしれない。でも人生を続けていくうちにきっと気が付くはずだ。「ほとんどの場合、外見で人は判断できる」ことに。「外見」とは服や髪の毛だけじゃない。顔の表情、目の動き、しゃべり方、ちょっとしたしぐさなど、とにかく目に見えるもの全てを合わせての「外見」だ。そりゃ間違えることもあるけれどね。

3.4 高校の雰囲気

 そんなわけで君が「やる気のない学校」に入るとどうなるか。君が頑張ろうとすると、周りの雰囲気が常に君を頑張らせないように邪魔をする。頑張ろうとすると「なにあいついい子ぶってるの」という周りの冷たい視線が君にまとわりつくだろう。そしてそのまま「やる気のない学校」で頑張らないと、君は適当なところに就職するか、適当な大学に進学するか、そのどちらでもなく適当に町をぶらぶらすることになる。頑張らない人生というのは、充実感のない人生だ。充実感がない人生とは、つまらない人生だ。

 「やる気のある学校」に入れば、君の周りはそれなりに頑張っているだろう。だから君がそれなりに頑張っても、そんなに邪魔されることもないだろう。普通科で頑張ればまあそれなり以上の大学に入るだろうし、専門科で頑張ればまあそれなり以上の会社に就職するだろう。勉強を頑張る、そしてその結果選ぶことができた仕事を頑張るというのが、充実感の有る人生になるのだ。君が起きている時間の半分ぐらいは、勉強したり仕事をしたりすることになる。人生の半分が退屈だとしたら、そんな人生は楽しいと思う?

 今の自分を見つめるというのは大変なことだ。自分には足りないところがたくさんあって、できないこともたくさんある。また、頑張ること自体も大変なことだ。そして頑張ったのにできなかったときのことを考えるのはすごく怖い。目標を決めてそれができなかったときのことを考えるのもすごく怖い。

 一方、頑張らないというのは楽だ。だらだらできるし、失敗しても傷つかない。「だって頑張ってないんだから。頑張ればできるんだけどね」と言い訳することができる。「頑張ればできたはず」と思っていれば、自分の心が傷つかなくてすむ。いつまでも頑張らないでだらだらしたまま「いつか何かができるはず」と思っていれば、君は一度も失敗を味合わないまま人生を過ごすことができるだろう。その代わり、君は一度も成功を味わうこともできないだろう。

3.5 頑張ること、頑張らないこと

 最近大人の世界では「頑張らない」という言葉が流行している。いわく「今の日本は競争だらけ。子供たちは小学校から大学まで受験競争に勝ち残るため、何もかも捨てて勉強しなければならない。大人たちは会社での昇進競争に勝ち残るため、何もかも捨てて仕事ばかりしなければならない。自分が勝つためには友達も見捨て、自分が負けることにいつもおびえ、心が休まるときがない。それも全て『頑張らなければならない』という考え方があるからだ。『頑張らなければならない』という考え方を捨てれば、もっと人間的な生き方ができる。だってつい50年前までは、みんなのんびりと人間的に生きていたのだから」ということらしい。

 確かに『頑張る』ことが大変なのはその通りで、昔は『頑張らなかった』のは本当だ。でもそれは条件が違うんだ。正しく言うと、昔は『頑張る意味がなかったから頑張らなかった』ということなんだ。

 日本には「士農工商」という制度があった。そこでは君が生まれた瞬間から死ぬまで何をするべきかというのは決まっていた(いろいろと抜け道があったし、大政奉還前には単なるタテマエになっていた地域もあったのだけれど、士農工商は理念として当時の日本に深く根をおろしていたと言う事実に変わりはない)。武士の子は武士になり、農民の子は農民にならなければならなかった。たとえいくら頑張っても、君は生まれたときに決められていることしかできなかった。それ以外の事をしようと考えれば、仲間はずれにされた。そんな世界では、なりたいものになろうと頑張る意味など何もない。ただ、頑張ろうが頑張らなかろうが、君は確実に何かになることができるのがこういう世界だ。

 ところが今はそうじゃない。君の人生は君の決意で変えられる。そりゃもちろん頑張らなければいけないし、それどころかめちゃくちゃ頑張ってもなりたいものになれないかもしれない。でも君は、君の人生を自分の手に握っている。いや、正しく言おう。君は君の人生を自分の手に握らされている。士農工商の昔とは違い、君の人生を他の誰かに握ってもらうことができない。君が自分で頑張らなければ、君は何になることもできない。それが、今のこの世界だ。

 こういう世界に君はいま存在している。君は自由だ。頑張ることもできるし、頑張らないこともできる。君は自由だ。でもいま君が存在しているこの世界では、君が何をどれだけ頑張るかによって、君の人生は決まる。頑張れば頑張ったなりの人生を手に入れるし、頑張らなければ頑張らないなりの人生を手に入れる。

3.6 全ては君の選択

 頑張っても頑張らなくてもいい世界では、頑張らない人生は確かに楽だ。でも頑張らないで過ごすのはちっとも楽しくない。

 君には自由な時間がある。8時間は寝たりご飯を食べたりする。8時間は学校にいる。だからだいたい一日に8時間、君には自由な時間がある。この時間をどう使うかは、君の自由だ。

 自由な8時間に、君はテレビを見ることができる。勉強することができる。メールを読んだり書いたりできる。漫画を読んだりゲームをすることができる。そしてそれには必ず結果が伴う。その結果については、君は全ての責任を背負わなければならない。僕は塾の教室長だから、たぶん君には勉強をしろと言うだろう。

 でも君が勉強をするかどうかは、君の自由だ。それについて、僕は君に命令することはできないし、命令しようとも思わない。「勉強をしろ」というのは、僕の意見でしかない。しかし僕は君よりも15年ぐらい長く生きていて、君の選択した行動がどのような結果をもたらすかについては、君よりもたくさんの事を知っている。だから僕は、君の選択が将来どんな結果をもたらすかを君に言うことができる。それを聞いて君がどうするかについては、君の自由だ。
 「結局、勉強しろって言うんだろ」と君は思うかもしれない。でもそうじゃないんだ。僕が君に話す言葉はほとんど同じかもしれない。でも勉強したほうが将来いろいろと有利になることを君に説明することと、勉強しろと君に命令することとはぜんぜん違う。

3.7 頑張らない人たち

僕は大学に入って驚いたことがある。「大学ってつまらないよね」と言う大学生がいっぱいいたからだ。だいたいそういう大学生は、適当に授業を受けて、適当にアルバイトをして、適当にサークルに入って、適当に遊んでいる大学生だった。彼/彼女たちはただボーっと口をあけて、面白いことを誰かが運んできてくれるのを待っているだけだった。でも誰も来ない。「大学ってつまらないよね」とグチを言って、それでもずーっと待っているだけだった。

 その後僕は大学を卒業して、最初に大きな会社に入った。そこでもやっぱりそういう退屈した大人がたくさんいた。彼/彼女たちは「この会社ダメだよね」と言いながら、頑張るでもなく会社を辞めるでもなく適当に仕事をしていた。

 彼/彼女たちは皆「楽しくなるために頑張らない」人たちだ。頑張るということは、今の自分を変えるということだ。自分を変えることは怖い。失敗するかもしれないからだ。自分を変えることは辛い。いろいろ我慢したり頑張らなければいけないからだ。僕は30歳になってからこの塾の教室長になった。なりたくてなった。それまでの仕事は大きな会社(一部上場)だったけれど、自分からやめた。たぶん30歳で一部上場の会社を自分で辞めて、こんな小さな仕事を進んで始める人はあまりいないだろう。

 僕がもし「もっと面白い仕事を自分ではじめよう」なんて考えなかったら、きっと今よりずいぶん年収が多かったと思う。どこかの会社の課長補佐かなんかになっていて、君に勉強なんか教えてなかっただろう。もしかしたらその方が良かったのかもしれない。

でも僕はそうなることができなかったし、そうしなかった。安全な仕事を続けるよりも、面白い仕事がしたかったから。たまたまそれがこの教室の教室長をすることで、これはお世辞にも安全な仕事とは言えない。当時、僕の選択肢には「安全で面白い仕事」が無かったからだ。もちろんそれは僕の個人的な選択で、これが正しいというわけじゃない。他の人には他の選択があるし、他の人のほうが正しいのかもしれない。

でも僕は僕なりの選択をした。それなりにいろいろあって、僕はいまこうして君に勉強を教えている。なかなか目標を持って勉強しない君たちに腹が立ったりするのだが、君たちが少しずつ頑張って勉強を覚えていくのは
んなことはどうでもいい。
目標に向かって勉強しろ。


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2003年09月24日

塾の教室長による学校のためのプロパガンダ

 僕は今のところ、或る場所に在る或る塾にて教室長をしている。そういう話は以前にも何度か雑文化している。学生時代から塾講師と家庭教師をそれなりに経験してきたので想像はついていたのだが、やはり塾生たちが勉強をしない。
 まあ当然のことながら、彼らは勉強をまったくしない訳でもない。とはいえ勉強をするために塾があるのだということを彼らはたまに忘れる。
 中学生の勉強は、真剣にやれば必ず平均以上になると思う。もちろんさまざまな障害を持たないという条件が付くのだけれど、僕が教室長をしている塾にハンディキャップを持つ子供はほぼ来ない。僕は誰にでも当てはまる一般論を言おうとしておらず、その塾に来ている(または来るであろう)子供たちについて話している。

 ひとえに僕の指導力が足りない。そう理屈をつければ簡単に解決する話だ。しかしそう結論付けたところでその塾はまだ存在し、僕はまだ教室長で、塾生たちは塾に通っている。僕はいま僕に与えられている能力を使って、塾生たちの成績を上げる必要がある。

 日頃の僕はなだめたりすかしたり、誉めたり怒鳴ったり、悲しんだり喜んだり、笑わせたり反省させたりして塾生を操縦している。できるだけ塾生の内面には踏み込まないようにしている。僕が子供の頃から「金八」先生は嫌いだし、今でも嫌いだ。それに僕は塾講師である。

 とはいえ生徒の態度を見ていると、勉強に対する生徒各人の姿勢(早い話が決意)を誰か大人が(まあ僕だ)誘導する必要があるのかもしれないと思う。そんなこと親が面倒見ろよと思うのだが、決意を持たせることで成績が上がるのならば、それはそれでひとつのサービスなのかもしれない。

 そんなわけで以下の文章を塾生に配る予定だ。以下の文章に表明されている(はずの)考え方は、僕が個人として抱いている(はずの)学校教育観と合致してはいない。またもっと突っ込みたいことや四捨五入しているところも結構ある。あくまでも生徒が勉強する決意を抱き、成績が上がるためのプロパガンダである。或る塾の教室長としては、塾生の成績をあげることが第一だと考えている。

1 僕は何を書こうとしているのか

1.1 はじまり

 君たちは、と言っても今これを読んでいる現生徒である君たちだけではなく、僕が今までいくつかの塾で出会ってきた生徒たち全部を思い出しながら言うのですが、だいたいこういう質問をします。

「先生。どうして勉強しなければいけないの」

1.2 僕の希望

 君はこの文章を読んでもいいし、読まなくてもいい。配るのだからまあ当然と言えば当然だ。とにかく僕はこの文章を君に渡す。役に立つかもしれないし、立たないかもしれない。君は書いてあることに納得しないかもしれないし、納得するかもしれない。君がこの文章をどう扱うかは、僕にはどうにもならない。

 とはいえ僕はこの文章を自分の時間をかけて書いていて、ということは君が読んでくれればいいなと思っている。役に立てばいいなと思っている。でも納得しなくてもいいと思っている。納得しても納得しただけで終わってほしくない。どちらにせよ、君自身の答えを答えてほしい。

1.3 「先生。どうして勉強しなければいけないの」

 この文章はこの質問に対するひとつの回答です。たぶんすごく長いと思うでしょう。事実、この質問に答えようとすれば、すごく長くなるのです。これは大人−君が今まで実際に知っている人たちを含め−ならば、きっと知っていることです。でも言葉でうまく説明できなかったり、説明できても途中でめんどくさくなったり、君が聞くのをやめてしまったり、いろいろな理由のおかげで君に説明されることがなかった回答です。

 最終的に回答は「知らなくていいからとにかく勉強しろ」ということになります。すごく長い説明を読んでも意味がないと思うかもしれません。でもそういうことなのです。なぜならそれは真実にかなり近いのだから。でもなぜ「知らなくていい」のかということを知っておくと、君は自信を持って「知らなくていいからとにかく勉強」することができます。

1.4 続きを読む前に

 ただし、君が思っている「知らなくていいから」と僕が考えている「知らなくていいから」は違うでしょう。おそらく君は「知っているべきなんだけれどとりあえず知らないまま勉強する」ことだと思っているでしょう。しかし僕は「知らないことが普通で、知らないからこそ勉強する」ことだと考えています。ではなぜ僕はそう考えているか。それを書いたのがこの文章です。

 もちろん、いつまでも分からないままではどうしようもない。しかし、今すぐに分からなくても心配しなくていい。いつになるかは分からないけれど、いま興味がありそれなりにできることを真剣に続けていれば、君は間違いなくどこかへと進んでいるのだ。運動が好きならば運動を続けよう。芸術が好きならば芸術を続けよう。好きなことが分からないならば、今いる場所で君が手にしていることに取り組もう。そして君はいつかどこかにたどり着くだろう。それは君が思い描いている場所かもしれないし、君が思いもよらない場所かもしれない。

 行き先が見えないままに進むことは、不安かもしれない。焦るかもしれない。そんなとき、立ち止まっていればいつまでも不安なままだ。いつまでも焦るだけだ。不安だけど進む、焦るけれど進む−それではいつか君は歩みを止めるだろう。

不安だから進もう。焦るから進もう。そうして初めて、君はどこかへと進み続けることができる。今の君がどんな気持ちであろうとも、そこからどこかへ進まなければどこにもたどり着くことはできないのです。

2 教えられることには限りがある

2.1 長い長い問題

「先生。どうして勉強しなければいけないの」

 こういう質問は、だいたいテスト前で勉強をしなければいけないというプレッシャーから君たちが逃げたいと思ったときなどに出てきます。勉強をしなければいけない時は勉強をしなければいけないのであって、そういう質問はもっと余裕のあるときに考えるものです。テスト前にそんな質問をされても、僕たちも余裕がありません。

 とはいえこの質問は、いつかはまじめに考えなければいけないことでもあります。現代社会において「どうして勉強しなければいけないの」という質問に答えを出すことは、「どうして生きなければいけないの」という質問に答えを出すことと同じなのですから。

 それは君が自分で答えるべき質問であって、たまたま週に何回か顔を合わせる塾の先生が君に教えるべき質問ではありません。教えることもできません。わずかばかりしか口をきかない他人に、自分の人生を決めてもらって満足してはいけません。それ以前に、そんなことを君は望んでいないでしょう。塾の先生には、君の人生に責任を持つことはできません。塾の先生の仕事は、君に勉強を教えることなのです。

2.2 僕が言えること

 君がなぜ「勉強しなければいけないのか」ということには答えられませんが、現代社会において人が勉強すると言うことがどういうことかぐらいならば話すことは出来ます。

 高校までの勉強には二つの役割があります。勉強は君を誰かの役に立てる分野へと導き、また君にその分野へ入っていくための訓練を与えてくれるのです。そして役割が二つあることで、君にとって勉強する意味がわかりにくくなっているのです。

2.3 勉強することと、誰かの役に立つこと

 人間ひとりひとりには、得意なことと不得意なことがあります。そして興味を持つことと興味を持たないことがあります。無人島で暮らすのでなければ、君は誰かの役に立たなければお金が稼げないから生きていくことができない。誰かの役に立たなければ、相手にされないから生きていく意味がない。誰かの役に立つためには自分がうまくやれて、しかも興味のあることに取り組まなければならない。たとえばエラーばかりしている野球を見ても面白くない。上手な人が一生懸命やっている野球だからこそ、たくさんの人がわざわざお金と時間を使って野球を見に行くのです。デザインセンスのない人がデザインした服を、誰がわざわざお金を払って買うでしょうか。誰かの役に立つということは、別に誰かに親切にするということに限ることではありません。ほかの誰かが喜んでくれるならば、やったことが何であろうとそれはその誰かの役に立っているのです。

2.4 野球とファッションと勉強

 野球とファッションの話になりましたが、これはどちらも学校の勉強以外にある世界です。もし君が勉強以外の何かで誰かの役に立つことができ、しかもそれが興味あることならば、君は何も塾に来てまで勉強する必要などないのです。でもまあ高校ぐらいは出ることになるでしょう。だから高校を卒業できるぐらいの勉強をすれば充分です。

 しかし小さい頃から勉強以外の才能に気が付き、人の役に立つぐらい上手くなろうと努力して伸ばしている人はほんの少ししかいません。ほとんどの人は自分が何に向いているのかなど分からないのが普通です。分からないから、勉強または勉強以外の何かに対して必死に努力している人もほとんどいないのも普通です。

2.5 いまのところは心配しない

 だからと言ってあせる必要などまったくないのです。君が何に向いているのかなど、君の年齢で分かるほうが異常です。君はいまのところ、ごく普通の中学生なのです。もしかしたら将来、ものすごく誰かの役に立つかもしれない。だから「いまのところ」なのです。自分の将来が分からないことを心配する必要はありません。心配してもどうにもなりません。生きていればそのうち結果は出ます。それが嫌なら心配する前に何かを始めることです。ただ生きているだけでも結果が出てしまうのですから。

 そんなわけで、いま君は塾に来て勉強をしているわけです。勉強はいったいなんの役に立つのかと不思議がりながら。

3 勉強する意味 その1

3.1 勉強して、それから

 ではまず一つ目、「勉強は君を誰かの役に立てる分野へと導」くということについて。君にとって学校の勉強が役に立つかどうかは、まだわかりません。正確に言えば、「学校の勉強をすること」は役に立ちますが、「具体的に覚えていること」が役に立つかどうかはわかりません。学校の勉強にはいろいろあります。いろいろなことを広く浅く勉強するという状況は、高校卒業で就職するか大学卒業まで続きます。大学に行かなければ就職します。「学校」を卒業するとき、ほとんどの人は初めて広く浅く勉強することからも卒業します。ある人は大学院や研究施設に入り、狭く深い専門の勉強を始めます。ある人は就職します。就職とは、特定の業種の特定の会社の特定の仕事に自分を投げ込むことです。

 なんにせよ君はいつかの時点において、ある特定の仕事を選ばなければいけないのです。

 しかし先ほど書いたように、それぞれの人には得意なものと得意でないもの、興味のあることと興味のないことがあります。君がある特定の仕事を選ぶときまでには、君それぞれが自分にとって得意なことは何か、興味のあることは何かに気が付いていなければいけません。得意じゃなければ辞めさせられ、興味がなければ続かない。では、誰がどうやって君の得意なもの、興味のあるものを教えるのでしょうか。

3.2 広く浅く勉強する意味

 やはりこれも先ほど書いたように、それは塾の先生ではありません。それは学校の先生でもありません。そしてそれは君の家族でもありません。君の得意なもの、興味のあるものに気が付くのは君自身なのです。学校の勉強が広く浅く、体育から数学までいろいろなことを君に用意しているのは、その中から君が一番よくできること、一番興味を持てるものを君が自分で探し出すためなのです。

3.3 ガラクタだらけのおもちゃ箱

 だから、学校の勉強が君にとって今後役に立つかと言えば、そのほとんどは役に立たない知識以上のものではありません。ただそれは、学校を卒業した結果として役に立たなくなるだけです。学校のいろいろな勉強は、君にとって宝物がひとつだけ入っているガラクタだらけのおもちゃ箱のようなものです。宝物はおもちゃ箱の奥底に隠れていて、君は宝物を手に入れるまでにたくさんのガラクタをそのおもちゃ箱から出していかなければならないのです。

3.4 ガラクタを取り出す

 ガラクタを取り出すのは、あまり面白いことではないでしょう。かといってガラクタの取り出し方を覚えなくて、いつまで経ってものろのろとしか取り出せないのならば、君は宝物を見つけることができないでしょう。だからガラクタの取り出し方を覚えることは、手にするものがガラクタだとしても君にとってはとても重要なことです。そして君の宝探しには制限時間があります。言うまでもなく、時が経てば君は学校を卒業しなければいけないのですから。

3.5 宝物を取り出したら

 もし君が制限時間内に宝物を取り出すことが出来たならば、また次のおもちゃ箱を探すことが出来ます。君が目の前にある全ての宝箱を探し尽くしてしまったならば、君はもっとすごいおもちゃ箱がある場所へ行くことができます。宝箱はずっと細長くなり、取り出すことはより難しくなります。そして、手に入れる宝物はだんだんと似たようなものになっていきます。それらの宝物は、他人にはきっと同じようなものに見えるでしょう。ところが君がその細長い宝箱にチャレンジする頃には、それらの同じような宝物の違いが分かるようになっているだろうし、どんどんと自分にとって価値のあるものが出てくるのだということが分かっているでしょう。それは現実世界で言えば、就職したり、大学に進んだり、大学院に進んだりすることにあたります。

3.6 どちらかひとつ

 君にはいまのところ、たくさんの可能性があります。どれだけ成功するかは別として、ほぼ何にでもなれる可能性があります。しかし可能性がたくさんあるということは、まだ何についてもプロになっていないということでもあります。可能性があることとプロになることは、ほとんどの人にとっては「どちらかひとつ」のものです。だからプロになるということは、たくさんの可能性を諦めることです。

3.7 可能性を諦めること

 可能性を捨ててプロになるためにひとつの(またはいくつかの)ことに集中することは、君にとって怖いことです。君はまだ、可能性を捨てるという経験をしていません。人間にとって、未体験の世界に飛び込むことは怖いことです。また、ひとつの(またはいくつかの)ことに集中することも、失敗したらまた最初からやり直さなければいけないわけです。誰でも失敗したくないと思います。ひとつのことに集中しなければ、そもそも何も始めていないので失敗することもありません。

3.8 制限時間のある宝探し

 しかし先ほど書いたように、君には制限時間があります。制限時間を過ぎれば、嫌でも可能性をはぎ取られてしまいます。そうなれば、君は自分の得意なことや興味を持つものが何なのかを知らないまま、自分の場所を選ばなければならなくなります。いまのうちにガラクタを取り除く方法を覚えて君にとっての宝物を見つけなければ、君はガラクタだらけのおもちゃ箱から目をつぶったままで、ひとつだけ何かを取り出さなければいけません。そして同時におもちゃ箱には鍵をかけられてしまいます。実際は大人になってからでもおもちゃ箱の鍵を開けることはできます。でも一度閉められた鍵を開けるのはとても大変なことなのです。鍵が開いているうちにできれば、それにこしたことはありません。
 突然おもちゃ箱が閉められたとき君が手にしているのは、ガラクタでしょうか。それとも宝物でしょうか。そもそも目をつぶって何かをつかまなければいけないことは、君にとって楽しいことでしょうか。

3.9 宝探しは死ぬまで続く

 学校が「おもちゃ箱からの宝探し」をする場所だとしたら、学校を卒業して君がたどり着く場所はどんな場所だと思いますか。誰にも勉強を強制されない、宝探しをしなくてもいい、「威張ってばかりで汚い大人」が「適当に暮らしている」場所でしょうか。

 残念、大外れ。学校でやることは、学校を卒業してやることの訓練です。学校を卒業した君たちを待っているのは、学校でやることと同じ。しかも練習じゃなくて本番。学校を卒業した君たちがすることはガラクタの海からの宝探しなのです。

4 勉強する意味 その2

4.1 始める前に必要なこと

 それでは勉強の意味二つ目、勉強は「君にその分野へ入っていくための訓練を与えてくれる」ことについて。

 日本語を読む能力がなく計算する能力もないのに、あしたから事務の仕事をすることは出来ません。それどころか、事務の仕事をするための勉強をすることも出来ません。理科の事を知らないのに理科の研究をすることも出来ないし、社会のことを知らないのに経済の勉強をすることもできません。勉強をする能力がなければ、勉強したことを生かして仕事をすることも出来ません。

4.2 やってみなけりゃ分からない

 職業高校や専門学校、大学などで狭く深い勉強を始めるためには、それまでに狭く深い勉強を始められるだけの基礎的な勉強をしていなければいけません。しかしいまのところ、君はまだ自分に何が出来て、何に興味が持てるのかを知りません。だからいまのところ、君はいろんなことについて広く浅い勉強をしながら、いろんなことに自分が適応できるようにしておく必要があるのです。広く浅く勉強をしていれば、自分も知らない自分の可能性を残しておくことができるからです。今の君にとってあまり興味のないことが、実はやってみたら興味を持つようになっているということはよくあることです。

4.3 制限時間が終わったら

 君には可能性があります。でもそれは時間が経つほどに狭くなっていくのです。そしていつの間にか自分が得意でやる気も起きるはずだった可能性も埋められてしまいます。自分の可能性を確かめる前に、狭くなっていく可能性の穴のどこかを制限時間内に選ばなければ、君は嫌でもどこかの穴に埋められてしまいます。

4.4 立ち止まる理由

 君には制限時間のある無限の可能性があります。しかし君は立ち止まったまま制限時間を迎えれば、そのときたまたま立っていたところを割り当てられ、学校を卒業させられます。君が立ち止まっている理由は分かります。自分に可能性があることを知らないか、可能性から自分の道を見つける方法を知らないか、自分の道を見つけられなかったときのことを恐れているか、もしくはその全てなのです。知らないから立ち止まる。恐れているから立ち止まる。

4.5 それは普通のこと

 しかしそれは普通のことです。ほとんどの人は自分の可能性を知らないし、自分ができることが何かを知らないし、自分が興味を持てることが何かを知らないのです。そんなことは大人−かつては自分たちも学校にいた人たち−にもちゃんと分かっています。だから大人は、いろいろなことを広く浅く教えるための組織−学校−を作ったのですから。学校とは、自分が進むべき道についていまのところまだ分かっていない「子供」たちが通うところなのです。いますでに自分がやれること、やりたいことが分かっているのならば、学校で嫌な勉強を続ける理由などないのです。

4.6 分からないことに自信を持つ

 だから、自分が進むべき道についてよく分からないことに自信を持って学校に通うことです。君にできることが何かよくわからないからこそ、広く浅い学校の勉強を広く浅くやるのです。学校の勉強がなんの役に立つのか分からないからこそ、君は学校の勉強をやるのです。知らないからこそ自信を持って進むのです。恐れているからこそ自信を持って進むのです。自分を信じていない人は、自分を信じる代わりに理屈や理由や安心や証拠や保証を信じるのです。

4.7 ガードレールのある暴走

 何もないところでむやみに進むことは危険です。しかし今の君は、学校というガードレールが設置された道に立っています。自信がないままに進んだとしても、ガードレールのおかげでゲームオーバーにはならないようになっています。そういう「ガードレールのある世界」というのは、退屈に聞こえるかもしれません。自分の道が見えている人にはそのとおりでしょう。でも自分の道が見えなくて立ち止まっている人は、ガードレールがあるからこそ進むことができるのです。

4.8 ガラクタだって意味がある

 今までの話では、学校の勉強はほとんどがガラクタであるということになります。しかしそれは学校の勉強を「おもちゃ箱からの宝探し」という側面から見た場合の話なのです。ほとんどがガラクタであるとしたら、好きなこと以外は一生懸命勉強しなくてもいいということになります。でも実際のところは違います。

 いまこの塾で勉強をしている君は、少なくとも運動で誰かの役に立つことや、職人として誰かの役に立つという可能性は追いかけていないということでしょう。そうすると、君のほとんどにとって誰かの役に立つとは、君が何かを考えたり調べたり確かめたり計算したり書いたり、誰かと話し合ったり交渉したりすることになります。

 今のところ勉強を選んでいる君が将来誰かの役に立つためには、ある分野でプロになることに加え、それ以外のことについてもある程度能力を磨いていなければなりません。そしてある分野に向かった後にも、それ以外のいろいろなことを新しく覚えていかなければなりません。「それ以外のいろいろなことを新しく覚える」ためには、いろいろなことを新しく覚えるという能力を身に付けていなければいけません。「それ以外のいろいろなことを新しく覚える」ということこそ、いま君が取り組んでいるものです。それこそが学校の勉強、広く浅くいろいろなことを覚えていくことなのです。

 確かに、学校の勉強で覚える具体的なこと、歴史の年号や図形の証明や理科の実験結果などでその後役に立つことは、おそらく5%もないでしょう。だから勉強をしなくていいということではありません。学校の勉強を通して、君はいろいろなことを新しく覚える能力を磨いているのです。苦手なこと、興味を持てないことであっても、何とか覚えるという経験を今のうちにしておけば、それは必ず役に立つのです。

5 おわりに:それでどうなるのか

5.1 人生の半分

 誰かの役に立つことができるようになれば、役に立てないよりも楽しいでしょう。人生の半分が自分のために使える時間で、残りの半分が誰かのために使う時間です。自分のための半分は楽しくて当然として、残りの半分がどうなるかはうまく誰かの役に立つことができるかどうかで違ってきます。うまく誰かの役に立つことが出来れば楽しいし、たぶんお金も多く稼げて、それなりに回りの人たちが君を認めるでしょう。

誰かの役に立つためには、必ずしもいま学校の勉強をする必要はありません。でも君がいま学校の勉強をするのならば、勉強をする理由が「知らないことが普通で、知らないからこそ勉強する」かもしれないということについて考えてみてください。


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2003年08月15日

納涼サーバーパッチ大会

「そうですか… ダンプ吐いて止まってますか…」うーむ大変なことになっていると思っているのが明らかにわかる声でそうつぶやくのが聞こえてから2秒間、どこか遠くからリモートでパッチを当てた人は電話の向こうで沈黙した。僕の目の前では青々としたダンプ画面がCRTに映し出されている。CRTはラックにはめ込まれていて、ラックは冷凍庫のように冷え冷えしているサーバールームに設置されている。僕はすばらしく寒いサーバールームで、すばらしく青いダンプ画面を見ながら電話を耳に当てていた。身も心もすばらしく寒い。仕事場に来るまでは、どうやっても気合が入らないお盆中のよくある一日だったはずなのに。

 話は半日前にさかのぼる。6時45分に目がさめると、すでに蝉の鳴き声が響き渡っている。立秋を過ぎてから、徐々にニイニイ蝉からクマ蝉に代わりはじめている。雨が音も無く降り続いている朝は寒い。キャベツをみじん切りにして水にさらし、やかんに火をかけてトースターに10枚切り食パン2枚を突っ込み、トマト1個をスライスにしてキャベツと一緒にボウルに盛り、ロースハムを冷蔵庫から取り出して焼きあがったパンに載せ、沸き始めたお湯を注いでコーヒーを作ると7時になる。

 朝食をデスクに運び、ネットで今日のニュースを眺めながら薄い食パンをかじった。今日は8月15日である。8月15日といえば抜けるようにすばらしい青空へ吸い込まれていくラジオの音というのは、もう昔になってしまったのかなあ。そんなことを考えていると、アメリカ東海岸で大停電が起こっているらしい。僕には誰かもわからないニューヨークのサーバールームの中の人は大変なんだろうなあと他人事気分でニュースを眺めた後、ゆっくりとシャワーを浴びる。僕は日本にいるわけだし、なんといっても日本はお盆真っ最中である。気分がゆったりとしている。

 サーバー管理者にとって、お盆は息抜きである。しかし楽しいというわけではない。人間と同じようにサーバー君たちもお盆にお休みしてくれるというのならば、楽しいのであろう。しかし現実といえば、サーバー君たちは24時間365日動きつづけているのである。ご苦労様。

 そんなわけでそれらサーバー君たちのお世話係でもある特定の人たちは、お盆だからといって長期の休日を取得するわけではないのである。しかしそれらサーバー君を使って仕事をするユーザーさんたちは人間であり、したがってお盆には休みをとる。ということはネットワークにつながらないだの、ファイルサーバー内のファイルを削除してしまっただの、RAS接続できないだの、クライアントPCが動かないだのという日々のトラブルシュート案件が発生しないということである。ある種のサーバー管理者にとって、お盆は息抜きである。通勤電車は寝転がっても誰も文句を言わないほど、というよりも文句をいう誰かさえいない。お盆が終わると、年末年始までまた立ちっぱなしの日々が待っている。これからのことはおいておいて、今日はお盆である。暇である。

 はずだった。

 私は派遣契約でサーバー管理者をしている。今朝仕事部屋にたどりつくと、社員のシステム管理者さんが電話をしていた。どうやら上司の人と話をしているらしい。
「それで、パッチは当てるんですか? ええ、でも今日中なんでしょ。検証なんかできませんよ。…それでもやるんですか。やるんですね全台…」

「ついに来たか…」僕はこのまま回れ右をして帰っていいですか。しかしそんなことをしたら帰ったきり明日から出勤できなくなるので、回れ回れ右をしていつもより余計に回って、やっぱり机にたどり着くしかないのである。しかしお盆出勤で仕事部屋に入ったとたんに聞くにしては重すぎる話である。

 これがMS03-026の脆弱性を利用したW32.Blaster.Worm(またはW32/Lovsan.worm)への対策をするかどうかの電話だというのは明らかだった。MS03-026の脆弱性に対応したパッチ(823980 パッケージのこと。不具合の原因となっているWindowsのファイルを入れ替えたりする実行形式のプログラム)を当てるというのが、対策である。しかしこのパッチを当てるためにはサービスパック(通称SP。パッチの親分みたいなもの。どーんと一度にたくさんの不具合を修正したり、新しい機能をWindowsに組み込んだりする。ヘボなアプリケーション販売会社だと、特定バージョンのSPでしかアプリケーションの動作保証をしなかったりする。パッチやSPを当てられなくなる原因の一つ)のバージョンについて要件がある。NT4.0ServerがSP6a適用済み、W2KServerがSP2以上適用済みというのがその要件だ。勤務先で稼動しているW2KServer(s)はSP2で動いているので問題は小さいのだが、NT4.0Server(s)は大部分がSP4で構築されている。

 ということでパッチを当てる前に、サービスパックを当てなければならないのである。しかもいまだにNTで動いているサーバーというのは、あんまり2000に移行したくないなぁ(動いているんだから変更を加えたくないなぁ)というインフラ系のサービスが入っているサーバーなのであって、ドメインコントローラ(プライマリおよびバックアップが数セット)、DHCPサーバー2台、WINSサーバー2台、Exchangeサーバー4台、RASサーバー2台、この前書いた動いたり動かなかったりするバックアップ装置付きサーバー、その他よくわからないアプリケーションサーバーやデータベースサーバーがあれやこれやといった面々である。

 MS03-026についてのパッチである823980 パッケージはRPCに限られた修正のようであり、これだけならまだ気分も落ち込みが少ないのである。しかしサービスパックを当てなければならないというのはちょっと激しい。サービスパックを当てたらサーバーが動作しなくなるというのは、たぶんほとんど起こりえないのだろう。しかしもしダメになったときのダメージがどのぐらいのリカバリパワーを必要とするだろうかと考え始めると、一体何を考えているのかと言わざるを得ない。

 「今日中にパッチ適用まで完了」「しかも全てのサーバー」ということは、「パッチ後についての動作確認をとらない」「現状のイメージバックアップをとらない」「どのサーバーに不具合が出ても対処は後回しで次へ進む」ということである。ということは、「ダメになったサーバーがあればそれらは全てOSのインストールからやり直し」「しかもサービスの設定項目はどこを探せば出てくるのか」である。

 ともあれ派遣先の組織で上の上の上の、僕が顔も見たことが無い人がやれというならばやらなければならないのだ。上の上の上の人は、たぶんそのまたどれくらいか上の人から対策を取るように言われているのだろう。そんなわけで、8月15日の納涼サーバーパッチ大会が開催されることになったのであった。

 とはいえパッチが用意されるわけでもなく、僕はマイクロソフトの技術情報サイトから823980パッチをダウンロードするのであった。パッチはNT4.0とW2Kでそれぞれ英語用と日本語用があった。NT4.0のSP6aを探したのだが、誰かが持ち出していたのでこれもダウンロード。これらをファイルサーバにまとめて突っ込み、とりあえずCD-Rにも焼いて、パッチ大会使用ツールの出来上がりである。

 まったく、こんなところからはじめて本日中に完了できるのか…

 サーバーをSNMP監視してくれているデータセンターの人に電話をかけ、これから異常な数のアラートが出るけれど無視してくださいと連絡を入れた。そしておもむろにサーバーラックを開け、ハングしてもあまり大混乱にならないサーバーを人柱に選んだ。まずW2Kにパッチを当てて再起動。再起動している間にNTでも人柱を選び、やっぱりSP4なのでまずはSP6aを当てるところからはじめた。

 ふぅ。何とか大丈夫のようだった。さあ、われわれ外注組によるパッチ大会の始まりです…

 右端のサーバーラックを開け、コンソールを切り替え、パッチを当て、再起動。コンソールを切り替え、パッチを当て、再起動。コンソールを切り替え、SP6aを当て、再起動し、パッチを当て、また再起動。左隣のサーバーラックを開け、コンソールを切り替え…

 8ラック分のWindows系サーバーに次々とSPやパッチを当てる。右端のラックから、ひとつずつ左のラックへ移動する。古いラックではCRTのスイッチを入れ、新しいラックではLCDを引っ張り出し(車のカーナビのように、水平にしてラックに押し込んであるのだ)、とにかくパッチを当てまくる。ちょうちょ〜、ちょうちょ〜、菜の葉に止まれ〜。どこか遠くの人が管理しているサーバーも置いてあるのだが、それはどこか遠くの人がリモートでパッチを当てることになっていた。不具合が起きたらそれはその時の話であって、末端のサーバー管理者としてはどこかわからない上のほうから降りて来た指示をこなすのが最優先事項である。

 なんというか、僕はすでにやけっぱちである。止まるなら止まれ(でも止まって欲しくないけれど)。動くなら動け(完全にね)。ドメインコントローラがプライマリ、バックアップともに止まろうとも(Windowsのネットワークではセキュリティ認証ができなくなるからOutlookは使えないしファイルアクセスすらできなくなるんだけどお盆だからいいか)、Exchangeサーバーが全部止まろうとも(お盆なんだからメールなんて見ないでください)、RASサーバーが両方とも止まろうとも(お盆だから自宅からアクセスしている人が結構いるんだろうなあ)、ファイルサーバーが全部止まろうとも(どうしようもなくなるが)、Oracleサーバーが全部止まろうとも(データ処理途中で止まってもロールバックすれば大丈夫だろうけれど、処理途中のデータによってはどうしようでは済まなくなるかも)、バックアップサーバーが全部止まろうとも(週末のフルバックアップを逃したら、あとはリストア依頼が来ないのを祈ろう。ひそかに復元を使っているのは秘密)… とにかく、止まるなら止まれ。

 とはいえ僕がしていることといえば、パッチをダブルクリックしてコンピュータを再起動するだけだ。しかしこれが非常に疲れることだというのは、1つ目のラックを片付けた頃にはもうはっきりしていた。ひとつ止まっても深夜まで再構築しなければいけないサーバーに、何の検証もしないままパッチやSPを当てまくるのだ。地雷は無いよと告げられて行軍をするような感じかもしれない。

 僕は全部のラックを片付けて、それからまた最初のラックに戻って再起動状況を確かめ始めた。うーむ。最初のラックは何とか大丈夫そうだ。次も大丈夫、その次も、そのまた次も大丈夫だった。なんだよ、こんなことならMS03-026パッチの情報を僕が報告した時にやっておけばよかったんじゃないか… いやいやこれで終わったな、と気が抜けた。全部大丈夫… いやいや遠くの人が作業しているサーバーがあったな。まあデータセンターの人だから大丈夫だろう。心も軽く遠くの人が作業していたサーバーの画面を出すと、目にも鮮やかな青い画面一杯にダンプ内容が表示されていた。いろいろと何かが頭をよぎったような気がしたが、目の前の真っ青な画面をしばらく眺めてからとりあえずCRTのスイッチをオフにしてみた。

 サーバールームを出て一杯の不完全なコーヒーを入れ、青い画面が消えていたらいいなあと考えながら飲み干した。あったかいコーヒーはおいしいなあ。それからサーバールームに戻り、CRTのスイッチを入れたらやはりそれはそこにあった。僕は備え付けのコードレス電話機を取り上げ、どこか遠くの人の番号を押した。

「そうですか… ダンプ吐いて止まってますか…」
「ええ。ダンプ吐いて止まってます…」
「再起動かけた後にpingも返ってこないからまずいなと思ったんですが…」
「これでは返らないでしょうね…」
「そちらで再起動しましたか」
「いえ。こうなるまでの状況を知らないので触っていません」
「そうですね。では再起動してみてください。駄目だったら、前回正常起動時の構成で再起動してみてください」
「そうします。結果が出たら電話します」
「お願いします」電話を置いてラックに戻った。サーバーのスイッチを押して無理やり電源を落とした。

 気休めにHDDが止まるぐらい待って、また電源ボタンを押した。BIOSが上がり、SmartArrayがHDDをひとつずつ回し始めた。起動オプションが表示された。僕はそのまま起動を待った。一瞬真っ黒な画面になり、そしてダンプ画面が現れた。ぶち。電源ボタンを押した。

 気休めにHDDが止まるぐらい待って、また電源ボタンを押した。BIOSが上がり、SmartArrayがHDDをひとつずつ回し始めた。起動オプションが表示された。僕は矢印ボタンを下に押して、それからスペースキーを押した。起動のための選択肢から下に表示されている文字が何段分か下がったのだが、その分空白が広がっただけであった。通常ならばその空白が増えたところには「前回正常起動時の構成」という文字が出てくるはずであった。ぶち。電源ボタンを押した。

「そうですか… どっちも駄目でしたか…」どこか遠くの人はさっきより疲れているようだった。どこか遠くも大変みたいだった。
「ええ。どっちも駄目でした…」
「そうですか… そうすると次は修復インストールをすることになりますね。そちらにNTのインストールCDはありますか」
「インストールCDですか… あります」
「どのぐらいで作業を開始できますか」
「ちょっとこちらで相談して、折り返し連絡します」
「そうですか… お願いします」

 僕は電話を置いて、関係者の人たちに状況を報告した。状況がこじれれば、いつ終わるのかわからない作業である。そして、ここではないどこか遠くの人が作業した結果である。というわけで社員の人たちが問題をわれわれ外注組から拾い上げ、上の上の人と相談することになった。実にやさしい人たちである。ありがとうございます。

 そんなわけで外注組としては、こちらで作業したサーバーは全台稼動したことを社員の人に伝え、外注組の部屋に戻った。もう一度全台にログインし、サービスにエラーが出ていないかを確認しはじめた。ファイルアクセスやRAS接続を確かめていると、社員の人から電話が掛かってきた。外注組のリーダーが電話に出て、何事か話して電話を切った。
「あのサーバね、向こうのミスだった」リーダーが言った。
「へ」
「NTにSRPを当てたらしいんだけれど、そのまま当てるとアレイコントローラのドライバが駄目になるのね。で、回避するにはSRP用のパッチを当ててからSRPを当てるんだけれど、それをしなかったらしい」
「ほー」
「こうなったらアレイコントローラの駄目になったドライバと正常なドライバを入れ替えればいいので、それだけやってくれないかな」
「どーやるんですか」
「DOS起動ディスクを突っ込んで、NTFSに読み書きするプログラムでシステムフォルダのアレイドライバを入れ替えるだけ」
「わかりました」

 で、アレイドライバを入れ替えるとあっという間に起動した。
「起動しました」僕は遠くのデータセンターの人に電話で言った。
「起動しましたか…」
「動作確認はお願いします。結果の連絡もお願いします」
「わかりました」
 特にすることも無いので、また一杯の不完全なコーヒーを入れた。今度はゆっくりとコーヒーをすすり、復帰したOutlookで本日の報告を打つことにした。

 関係者各位。こちらで実施中のパッチ作業について現状を報告します。作業を行うべきサーバー数ホゲ台、作業を行ったサーバー数ホゲ台、動作確認サーバー数フガ台、1台に不具合が発生し、現在は復帰作業後の動作確認中…。というような報告メールを流し、しばらく別の仕事をしていると電話がどこか遠くの人からかかってきた。

「動作確認終わりました。大丈夫です」
「大丈夫ですか。ありがとうございました」

 17時45分、全台パッチ完了。そんなわけで僕は定時で退社することができたのであった。


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2003年08月10日

PSoneでAS/400を動かす

 gamesindustry.bizを見ていたら、そんなタイトルの記事を見つけた。いったい何を考えているのかと思ったのだが、そんなことを考えているのがIBMの研究所だった。そりゃそうだよな、AS/400を公然といじくれるのは持ち主だけだよな。

#ここから

IBMがPSoneでAS/400を動かす [IBM gets AS/400 running on PSone]

 彼らの大好きなペンギン印のOSをXboxで走らせることに熱心なLinuxファン達のために、ハッカー達はレールに油を注し続けているが、IBMが行っている最新の社内プロジェクトに比肩するものは何もない。というのも、おもちゃであるPSoneで企業向けOSのAS/400を動かすのだから。

 ありえないような話だが、IBMのiSeries技術主任Frank Soltis博士によれば、同社ロチェスター研究所の研究員たちがまさに取り組んでいるところだというのだ。

「私はPlayStationでAS/400が動くのを目の当たりにするのが楽しみなんだ」この火曜日に彼は言った。彼は冗談めかしてこう付け加えた。 「こういう市場が大きいとは思わないけれど、われわれは取り組みを続けている」最近の報告では、彼がそのプロジェクトを指揮していると推測される。

 AS/400が普通は企業向けサーバーに導入されると仮定すれば、Al Yankovichへ謝罪しなければならないのは、「ヘレン・ケラーにJPEG」というほどの有用性しかゲーマー諸氏にはないということであり、このプロジェクトはロチェスター研究所から外に出ることはほぼありえない。とはいえしかしこのプロジェクトは、東芝およびSONYと共にエンターテイメントアプリケーション用のプロセッサとして開発している、IBMの「CELL」プロジェクトに関連した研究の一環として進められている。

「使われているのは良く知られたアーキテクチャなので、特に困難な開発ではない」と、Soltis博士はこの移行について語った。
#ここまで

地球にやさしい、その前に

 私の住処には空調設備がある。しかしそれは天井でぐるぐる回るシーリングファンと、すぐ横でぐりぐり回る扇風機である。私は非常に地球にやさしい生活をしているのである。サーバー2台とAlphaがほぼ常時がおんがおん動いているのはどうなんだと言われれば、そんな意図せざる電熱器の熱までエアコンで冷やさないだけでもいいではないかと思うのである。部屋に電熱器で排熱しておいてそれをエアコンで冷やす、まさにマッチポンプである。

 ところで私は「地球にやさしい」という言葉が嫌いである。たとえばペットボトルのリサイクルだ。ペットボトル捨てる人=悪い人、ペットボトルリサイクルする人=良い人、というのが一般通念であろう。しかし、ペットボトルをリサイクルするにはコストが掛かるのである。コストとは、最終的には熱エネルギーと二酸化炭素と時間である。リサイクルするのに機械を動かせば熱が出る。機械を動かすのは電気であり、電気は火力と原子力で大半が作られている。機械を操作するのは人間であり、その人が生活するにはいろいろなかたちでエネルギーを使い、またその人がリサイクル以外の仕事をするための時間を消費する。ペットボトルは捨てて、ペットボトルを使わない世界を作るのが正しい。石油が無くなる? リサイクルのための発電でも石油は無くなるんだ。環境問題はやさしいとかやさしくないではなくて、エネルギー使用量が多いか少ないかという数字のはなしにしましょう。

 そんなことはいいのだが、私の部屋は暑いのだった。だいたいいつも午前0時をまわるころに家に帰ると、どう考えても部屋が暑い。それも外より玄関、玄関より台所、台所より居間と、何かの中心部へ進むかのように気温が上昇している。それでクライアント機に電源を入れ、ネットをふらふらしているうちに室温はとんでもないことになってしまうのだった。とくに8月に入ってからのとんでもなさはとんでもないを通り越しており、先週はオンラインで何度もエアコンの購入ボタンを押す寸前まで精神的に追い詰められていた。

 だがしかし、大学入学以来ずっと(半分成り行きで)続けてきたエコライフを終わらせるのはちょっとくやしい。というか、エアコンレス生活という私のネタが減ってしまう。しかし、なんでこんなに部屋だけが暑いのだろう…

 というところで、地球にやさしくないコンピュータ4台のことに気が付いたのだった。奴らは地球にやさしくないとは思っていたが、なにより奴らは私にやさしくなかったのだ。

 そんなわけで私は電気街に行き、部品屋でDsub15ピンの連結コネクタ1個とPS/2の延長ケーブル2本を購入して家に戻った。総額1000円である。そして奴らの背面から生えているケーブルをすべて引っこ抜き、奴ら全部を隣の台所へ連行した。サーバーとAlphaはリモート管理するので入出力装置を付けていない。クライアント機のキーボードとマウスは延長コードを取り付け、サーバーのものだったVGAケーブルに連結コネクタを取り付けて部屋のモニタに接続した。

 そして今。なんだこれは。居間は天国のように快適である。扇風機が寒いので止めてしまった。さすがにシーリングファンは回っているが。しかも意図せざる結果として、居間はゴーストタウンのように静かである。すばらしい。静音化まで達成してしまった。4GBのファイルになったマイケルジャクソンも、この環境で聞くとさらにすばらしい。虫の音もなんだか音楽のように聞こえる。

 ところで、大手PC総合ストアでも、私が部品屋で買ったのと同じDsub15ピン連結コネクタが売られていたのだが、1200円の値付けだった。うーむ。部品屋から徒歩3分なのに4倍も取るとはすごいボり方である。私が部品屋で普通に買って販売しても、えらい儲かるぞ。


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2003年08月05日

何でもいいからとにかく風呂に入りたい人のための東京朝5時お風呂マップ

 だいぶ前に風流のために書いた「東京早朝銭湯マップ」にたくさんのお客さんが訪問しているのだが、傾向を見るとどうも風流のためにご訪問いただいているわけではないようだ。うーむ。やはり朝5時の東京駅に疲れて立ち尽くしている人にとっては、風流なんて関係ないよなあ。ということで、東京駅から早朝に行ける風流ではないお風呂マップを追加しましたです。こちらでどうぞ


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2003年08月03日

完璧な紅茶のための

 BS6008:1980『感覚テストに用いる紅茶の準備法』に定められた紅茶ポットと紅茶ボウルの図面を手当てしました。これが無ければ、このドキュメントを個人として見る意味が無いぐらい面白いです。

 「英国標準協会『紅茶の試料採取法』英国標準5987:1980」を訳出しました。あんまり面白くないかも。

 改めて紅茶のページを独立させました。ちょっとだけリンクなど入れてみましたどうぞ。


英国標準協会『紅茶の試料採取法』英国標準5987:1980

英国標準 1995年10月確定

紅茶の試料採取法


関係組織

 食品農業標準委員会の指揮により英国標準は取りまとめられ、委員会は下記団体からの代表者により構成される。

Agricultural Cooperation and Marketing services
Agricultural Research Council, Meat Research Institute
British Food Manufacturing Industries' Research Association
British Industrial Biological Research Association Ltd.
Campden Food Preservation Research Association
Consumer Standards Advisory Committee of BSI
Department of Agriculture and Fisheries for Scotland
Department of Agriculture (Government of Northern Ireland)
Department of Industry (Laboratory of the Government Chemist)*
Flour Milling and Baking Research Association
Food and Drink Industries Council
Food Manufacturers' Federation Incorporated
Institute of Brewing
Local Authorities Coordinating Body of Trading Standards
Ministory of Agriculture, Fisheries and Food*
National Farmers' Union
National Farmers' Union of Scotland
Tobacco Advisory Council

 上記リストに印が付く組織は、下に記す組織と共に、本英国標準の準備を委託された技術委員会へ直接的に選出されている。

British Tea Producers' Assosiation
Oversea Development Administration - Tropical Products Institute
Tea Trade Committee

 本英国標準は、the Food and Agriculture Standards Committeeの指揮のもとに準備されており、the Executive Boardの承認を得て1980年8月29日に発効された。


目次

関係組織
前言
1 目的及び適応範囲
2 定義
3 器具
4 一般
5 容器よりの試料採取
6 採取試料の封入と記名
7 採取試料の送付
8 試料採取報告
表1
表2
参照


前言

 本英国標準は、英国政府が参加しているSub-committee 8, Tea, of Technical Committee 34, Agricultural food products, of the international Organization for Standardization (ISO)にて達成された合意を含む。本標準は、1980年に公開された ISO 1839 "Sampling - Tea" と同一である。

用語及び慣例 本国際標準文書は英国標準として逸脱することなく、一般公開に適するものとして承認されている。いくつかの用語及び慣例は、英国標準で使用されているものと同一ではない。以下については特に注意を要する。

 「国際標準」という語で表されるものはすべて、本標準においては「英国標準」として読まれるべきである。

相互参照

国際標準 ISO 3534:1977
関連する英国標準
BS 5532:1978 Statistics - Vocaburaly and symbols

 英国標準は、契約に必要となるすべての書類を含むものではない。英国標準の使用者は、それぞれの英国標準を正しく取り扱うことに責任を持つものとする。

 英国標準に従うことは、それ自体では法的義務からの免責を与えるものではない。

それぞれのページについての要約

 この文章は表紙、内表紙、ページ@とA、ページ1から4、内裏表紙と裏表紙からなる。
 本標準は更新されており(著作権日付を見よ)、編入される改定を含むことがある。これは内裏表紙の改定履歴に表示される。


1 目的及び適応範囲

 本英国標準は、紅茶の試料採取法を規定する。
 本標準は、すべてのサイズの容器からの試料採取に適用される。


2 定義

 国際標準の目的のため、以下の定義を適用する。1)

1) この小にて識別される用語及び定義は、ISO 3534, "Statistics - Vocabulary and symbols" において認知されているが、ISOにおける用語及び定義と同一ではない。

2.1
配送物

 特定の契約または配送書により指定される、一度に送付され受領される物品の量。配送物は、1または複数のロット、または複数のロットから構成されることとなる。

2.2
ロット;分包

 一様になるよう企図される、紅茶の規定される量

2.3
第一試料2)

 単独の箱、またはロット中の一箱における全ての内容物の、一点または適当な場所より一度だけ掬われる、少量の茶葉(箱には1kg以下の茶葉が入れられる)(5.3を見よ)。

記 連続する第一試料は、ロットの異なる場所から掬われる。

2)ISO 3534においては、これを示す用語として "increment"が用いられているが、この用語は紅茶取引における試料採取では使用されない。

2.4
バルク試料

 ロットの異なる場所から掬われる第一試料を、ひとまとめにして作成される茶葉の分量であり、そのロットの質を代表する(5.4を見よ)。

2.5
実験用試料

 バルク試料より採取される、茶葉の規定される量であり、そのロットの質を代表し、分析またはその他試験に用いられる(5.5を見よ)。


3 器具

3.1 スプーン、大さじ、穴あけ器、もしくは容器の内側より試料を採取するに適するその他器具

3.2 実験用試料を作成するため、バルク試料を減量する目的に用いる分量器具


4 一般

4.1 試料採取は、購入者と販売者とが指名する人物により、もし望むのならば、購入者(またはその代理人)及び販売者(またはその代理人)の目前で行われるべきである。

4.2 試料採取は、屋内で行われるべきであり、試料としての茶葉、試料採取器具及び試料容器は、予期せぬ汚染及び試料に影響を及ぼすと考えられる、湿度、塵芥、放射線等その他影響から隔離される。

 試料採取器具を清潔で乾燥したものであることを保証するについては、特別の考慮が必要であり、試料に他のいかなる臭気をも加えてはならない。

4.3 試料の取り扱い(例えば第一試料をバルク試料に混入する、試料を包む)は、取り扱う茶葉が元来有する特徴を変化させないための対策と共に行われなければならない。

4.4 もし第一試料の検査により、当該ロットが「ロット」(2.2)の定義内より逸脱すると示された場合、試料採取は中止され、試料採取の実行を指示した人物に通知が行われるべきである。


5 容器よりの試料採取

5.1 採取される容器の数

5.1.1 未分包茶葉20kg以上を有する容器(例、茶葉輸送用包装箱)3)

 未分包茶葉20kg以上を有する容器については、1ロットにつき試料を採取される容器の最少数を表1として以下に示す。

3)「未分包茶葉」とは、分包されることなく容器に入れられている茶葉を示す。

表1
ロット中の容器数量 採取される容器数量
2 から 10 2
11 から 15 3
26 から 100 5
101 以上 7

5.1.2 封入茶葉が1kgに満たない容器

 封入茶葉が1kgに満たない容器の場合、ロットから採取される容器の最少数(5.3を見よ)は、表2に示される通りに、それぞれの実験用試料が求める分量を用意するべきである。

表2
ロット中の容器数量 採取される容器数量
25 まで 3
26 から 100 5
101 から 300 7
301 から 500 10
501 から 1000 15
1001 から 3000 20
3001 以上 25

5.1.3 封入茶葉が1〜20kgの容器

 ロットから採取される容器の最少数は、関係各所との合意をはかり、表1または表2に示されるものであるべきである。

5.2 無作為抽出の手順

 試料採取される容器は無作為に選択されるべきであり、これを果たすため、使用は無作為数字表から作成されるべきである。この種の表が使用できない場合は、次の手順が使われるべきである。

 Nをロットにおける容器数とし、nを採取される容器数とする。どれかの容器から、順に容器を1、2、…と数え、r=n/Nとなるrまで数え る(n/Nが整数とならない場合、この数字の整数部分をrとする)。r番目の容器を試料とする。全てのr番目の容器を選択し、要求される数の容器が選択されるまで採番を続ける。

 封入茶葉が1kg以下の容器の場合は、もし容器が小分けにて外箱、ダンボールまたは木箱、に詰められているならば、それら外容器の約20%(ただし2箱以下にならないこと)が無作為に選択されるべきである。選択された外容器から無作為に、5.1.2に示されるよう、採取されるべき容器数が確保されるまで、外容器ごとに同数ずつの小箱が選択されるべきである。

5.3 第一試料

5.3.1 茶葉20kg以上を有する容器

 茶葉20kg以上を有する容器の場合、3.1に示す器具を用いて、5.2に記述されるロットから選択されるそれぞれの容器から、内容物を代表する50gの第一試料を選出する。

記 ほとんどの場合、完璧な代表試料を得る目的で、大きな容器の内容物をかき混ぜ直すことは、不可能でありかつ無意味である。ボーリングまたは容器を開封した後、通常の方法で採取される試料は、十分に内容物を代表している。特殊な例として、例えば茶葉粉末や他の粉末が不純物として存在する場合、特にその茶葉が化学検査のために採取される場合には、例外検査が必要となるものと思われる。

5.3.2 封入茶葉が1kgに満たない容器

5.3.2.1 もし5.2に記述されるロットから選択されたそれぞれの容器の茶葉内容量が50gに満たない場合、容器それぞれが第一試料となるべきである。

5.3.2.2 もしそれぞれの容器の茶葉内容量が50gに達する場合、茶葉が慎重にかき混ぜられた上で、3.1に示される器具によって50gの第一試料が選出されるべきである。

5.3.2.3 もしそれぞれの容器の茶葉内容量が100gに満たない場合、5.5に示されるように、それぞれの実験用試料に用いる最少量を確保するだけの容器数を選択する。

5.3.3 封入茶葉が1〜20kgの容器

 できることならば、小包が1kgから20kgの範囲にある場合、容器内の内容物は良くかき混ぜられるべきである。その後、3.1に示される器具を用い、50gの第一試料を、内容物全体を代表するものとして、5.3.2.2に示されるように、選択された容器それぞれから選出されるべきである。そのようにしない場合は、5.3.1に示されるように進めるべきである。

5.4 バルク試料

5.4.1 第一試料それぞれをまとめることにより、バルク試料が構成される。

5.4.2 もし第一試料が無包装ならば、試料をひとまとめにしてバルク試料を構成する(5.5.1を見よ)。

5.4.3 もし第一試料が事前包装されており未開封の場合、他の手順が合意されない限り、未開封のままでバルク試料を構成すべきであり、そのまま検査にまわされるべきである。

5.5 実験用試料

5.5.1 もしバルク試料が無包装の初期試料をひとまとめにして構成されている場合は、良くかき混ぜられた上で、実験用試料の要求数に分割されるべきである。

記 複製試料がしばしば必要後されることがある。例えば同一試料や参考試料である。一般的に、試験や調停に用いられる試験用試料の分量および数量は、他の合意がない限り、一般に用いられている取引慣行に従うこととする。

5.5.2 もしバルク試料が同種の未開封容器複数から成る場合は、各契約者が代替手順を合意しない限り、後者が実験用試料として使用されるべきである。

5.5.3 他の合意がなされない限り、実験用試料それぞれの分量は、化学的検査目的では100gを下回らないものであるべきであり、感覚テストにおいては50gを下回らないものであるべきである。


6 採取試料の封入と記名

6.1 採取試料の封入

 試料は清潔で、乾燥して、無臭で、隙間の空かないフタを持った、アルミニウム製またはブリキ製の容器に封入されるべきである。容器の大きさは、試料を入れた場合にほとんど一杯になるものであるべきである。茶葉の腐敗を防ぐため、感覚テストに用いる試料を入れる容器は、必ず乾燥させられなければならない(4。試料は、保管中には光から守られるべきである。
 含水率測定のための試料は、空気及び水分の密閉に適した密閉器具にあわせた大きさの、空気及び水分が入らない容器に入れられるべきである。容器は完璧に満たされるべきであり、密閉器具は弛緩または開封を防ぐために封印されるべきである。

記 紅茶の吸湿しやすい性質により、できるだけ迅速に紅茶を容器に移すことが必須である。

)4 試料容器の乾燥とは、容器の使用前に、容器内側の大気暴露(airing off)、また同種の茶葉を試料として封入した上での保管を含む。これは容器それ自体または以前その容器に封入されていた茶葉からの腐敗を防ぐためである。

6.2 試料の記名

 それぞれの試料容器は、ラベルを持つべきである。記述内容は、試料採取の日付及び場所についての詳細、茶葉の階級またはブレンドの詳細、送付状およびロット名の詳細、試料採取者名および搬送に関連するその他重要な詳細事項、例えば金額(配送種別)である。


7 採取試料の送付

 採取試料はできるだけ迅速に送付されるべきであり、例外状況にある場合のみ、非営業日を除いた48時間を超えるべきである。


8 試料採取報告

 試料採取報告が作成される場合、言及点は容器のあらゆる逸脱点、および試料採取に影響を与えたであろう環境の全てを報告するべきである。試料採取報告には、以下の詳細を含むべきである。

  1. 試料採取場所
  2. 試料採取日
  3. 試料採取時間および、その後の試料容器封印時間
  4. 試料採取者および立会人名
  5. 使用された方法の特定、および記述された手法に加えられたあらゆる変更点
  6. ロット構成物の質および数量、関連文書への参照および採点の詳細
  7. 採取試料数量および試料同定指標(印付け、採番等)
  8. 採取試料送付先
  9. 荷物の状態および環境
  10. 必要ならば、試料採取中の湿度を含む大気状態

参照

(割愛)


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2003年07月26日

あるへなちょこシステム管理者のある一週間

 とにかく今週末はえらいことになってたっす。何かの助けになれば幸いです。そんなわけでこんなふうにしてへなちょこシステム管理者の日常が流れていくわけです…

その1 Windowsの緊急セキュリティホールにお手上げっす

 RPC インターフェイスのバッファ オーバーランによりコードが実行される (823980) (MS03-026)

 HTML コンバータのバッファ オーバーランにより、コードが実行される (823559) (MS03-023)

 緊急レベルです。緊急レベルとマイクロソフトがアナウンスすれば、私が担当するサーバさんたちを所管する組織の上のほうがそのまた上のほうの組織に報告を上げなければいけないため、私がどうしても対策しなきゃいけないっす。ということで上から報告要請が来たっす。

 そそくさとマイクロソフトのセキュリティ情報を参照しました。私がやったわけではないが、私が勤めるようなごく普通の企業管理ネットワークならばWAN側のポートはあらかた閉じてあるのでとりあえずは大丈夫であろうと思われるのだが、家庭でちょっと古めのブロードバンドルーターをデフォルト設定で使用していたりするとダメかもしれない。

 ご家庭のことはおいておいて元に戻る。こういう言い方はサーバ管理者としてまっとうではないのかもしれないのだけれど、上の人が騒ぐようなレベルのセキュリティホール連発は止めてください。つーか解決策として「パッチを当てろ」ってのは、少なくとも人的バッファ無しで日常業務をまわしている現場レベルでは、解決策にはならないのであった。「残業無し、休日出勤無しで対応できるか」だぁ? それぞれのシステムに対してパッチ適用後の動作を確認し、システムバックアップの予定を組んで、代替機を立ち上げ、バックアップしてパッチ適用。約50台を何人で… 「サーバにパッチ適用して正常に上がらない」ときに対応できるのは(だからこれをやることになるのは)… 二人?

 と思ったのだが、MSサイトを見て僕が情報をあげたところ、帰ってきた指示は「WAN側のポート閉じてあるので大丈夫」「サーバーからあやしいWebページは見ないので大丈夫」。終。でも、そーなのかなー。

 こうしてなんとなく収束してしまうというのは、末端のサーバ操作人としてはくらくら来ると同時にほっとしたのであるが、これってWindowsクライアント機も直撃じゃないか… 導入アプリの動作検証は何人で(といってもこれは試験機を作れば誰でもできるが)… 二人?

 サーバーに関しては上から指示が来たので、担当者のわたしとしてのステータスは「対策済み」である。これでいいのかと言えばよくないのかもしれないが、指示を受け取るということはそういうことである。クライアントについては結局何の指示も来ないまま、週末は終末を迎えたのであった。とりあえず祈っておこう。ナ〜ム〜。

 自宅のWindows(2000 Server SP2+IE 5.5にセキュリティパッチを当てられるだけ当てたもの)に件のパッチ2つを当てたら、IE5.5が正常なレンダリングを行わなくなってしまった。IE6にダメ元でバージョンアップしたら症状は改善した。しかしログインするとデスクトップ環境が立ち上がる途中でメモリ不足のダイアログが出たりするようになった。メモリ状況を確認しても使用率は実メモリ容量の30%だし、何かおかしくなってしまったのであった。

その2 Windows NT 4.0 Server上のバックアップソフトウェアが正常に動かない

 なんつーか、エラーも吐かずにバックアップジョブを勝手に途中で終了していたんです。使っているバージョンはサポート終了だし、サーバーベンダーに電話したら「なんでそんな非力なハードをライブラリに繋いでるんですか。聞いてません」と怒られるし。知らんがな。僕がここに来た時にはもう動いていたんです。

 とりあえずライブラリ含めハードリブートして動かしたら、今度はエラー吐いてジョブ止まりました。このバージョンがサポート終了ということでメインのバックアップシステムをそれなりに新しいシステムに移行したからいいようなものの(よくないけど)。

 なんとなくいろいろ試してみたら、なんとなく動くので、なんとなくそのままにしてます。

その3 Windows 2000 Server上のクラスタサービスが正常に動かない

 メインのバックアップシステムが動いているからまあいいだろうと思ったのもつかの間、ファイルサーバにしているWindows 2000 クラスタがダメになっているのであった。

 私の職場で動いているこのクラスタサービスは、言ってみれば2台のサーバーが相互扶助していると考えていただければいいのではないでしょうか。2台がお互いを監視しており、もしどちらか一方のサーバーが正常に動作しなくなった場合、それをもう一方のサーバーが検知し、ダメになったサーバーが管理していたリソースを自動的に受け継いでくれるのです。  例えば、AとBという二つのサーバーでクラスタを構成しているとします。僕が手元のクライアントコンピュータからサーバーAに接続し、サーバーAが管理しているファイルを開いて作業しているとします。もしここでサーバーAが正常動作しなくなった場合、クラスタを構成していなければファイルは失われます。  が、クラスタの場合、サーバーAの異常動作をサーバーBが検知し、その時点でサーバーAが管理していた情報を引き継いでくれます。よって、僕の知らないうちに編集中ファイルの情報はサーバーBが管理することになり、編集中のファイルはサーバーBが保存してくれます。その引継ぎ処理のことをフェイルオーバーと言います。フェイルオーバーするとサーバーAは単独で動作することになりますから、できるだけ早くサーバーBを正常稼動状態に戻し、元通り相互監視状態にする必要があります。元通り正常なサーバー2台でのクラスタ動作に戻すことを、フェイルバックと言います。

 自動的にフェイルオーバーするというのが、高いサーバーを2台も使ってクラスタサービスを構成する理由なのだが、今回はなぜかフェイルオーバーしないで片ノードのクラスタサービスが正常に動作しなくなってしまうのであった。フェイルオーバーしないので、ダメになったサーバーが管理しているファイルはそのまま利用不能になってしまった。当然ユーザーさん多数から「大切なファイルが入っているサーバーが見えないぞゴルァ」と文句が出ました。

 これについては、ダメになったサーバーを再起動(またはシャットダウン)するとようやく異常検知処理が始まるらしく、それほど間を置かずにフェイルオーバー状態にすることはできた。何時間もファイルが読み取れないというパニック状態にまではならなくて済んだのだった。

 とはいえクラスタが正常に動いていた先週には、ディスク空き容量が50KBですなどという事態になっていたのであった。そのディスクはRAID構成で200GBが割り当ててあったのだが、なんで200GBが3ヶ月で50KBになるんだ。

 当然、50KB事件発覚直後に僕へディスク状況調査が言い渡され、とりあえず捜索してみたところいろいろな怪しいファイルが見つかったのだが、その中でも…

pagefile.sys

 だれだwindowsのシステムフォルダをコピーしてるのは… それはいいとして(全然よくないよ)、やっぱりクラスタの片ノードがフェイルオーバー無しでダウンするのは勘弁してください。しかもほとんどイベントログ残さないのはちょっとひどいです。ベンダーサポートさんも困ってます。ベンダーサポートさんが困っているということで、僕の責任じゃないことになってちょっとほっとしているのが正直な心境です。でも結局正常化しなきゃいけないわけで、いやなことを先送りしているだけなのだった。試しにフェイルバックしたら即日ダウンするし。

その4 OpenVMS Alpha v7.2上のオラクルがメモリを食い尽くす

 Oracleが論理名テーブルへ毎日論理名を追加しつづけ、しかも使用済み論理名を削除しないため、メモリ使用量が100%になってしまうという現象がなぜか発生した。

 論理名とはVMSにおけるUNIX系システムのシンボリックリンク、Windowsシステムのショートカット、PATH変数のようなもので、論理名を管理しているデータベースが論理名テーブルです。論理名テーブルに毎日1000個のオーダーで論理名が追加登録され、システムが動かなくなる寸前には20万個ぐらいの論理名が登録されているんです。Windowsで同じようなショートカットが20万個も登録されたら、そりゃちょっと勘弁して欲しいところでしょうが、そういうことが起こっていたのであった。なんでこんなことになるのかについての説明をするのは、サポート契約外になるのでオラクルに聞いてくれとのことでした。そうですか。オラクルDBAにあとは任せよう。うーむ、全然問題がひとつも解決していないぞ。来週どうしよう。と言いつつ毎週が流れていくのであった。

その5 StorageTek L700eのドライブからテープが出ない

 サーバルームにどーんと居座る馬鹿でかいストレージシステム。それがこのStorageTek L700eである。どのぐらい馬鹿でかいかと言うと、たたみ三畳目一杯、高さ1.8メートルの直方体である。その中にSDLTドライブ4本と、メディアが300本入るオートチェンジャーが格納されているという、私の勤務先にとってはすばらしく無駄っぽいシステム。実は中に人が入っていて、手作業でテープを入れ替えているとの噂であった。今回のトラブルでふたを開けたところ、中の人などいないことが判明した。

その6 HP-UXのシステムに意味不明のランプが点灯

 HP-UXが動いているこのシステムはリモートでどこか遠くの人が操作しているのでまったくわかりません。ランプが点灯しているんです。明らかに異常を示すようなランプが点灯しているんです。いつもは点灯していないランプが点灯しているんです。

 こんな時に…

その7 ProLiant DL 380 G3にWindows 2000 Serverをセットアップした直後から、w32timeが1995年以前の時刻を設定しようとし始める。またこれもセットアップ直後だが、パフォーマンスカウンタでTCP/IPカウンタがエラーを起こすわ、NICでエラーが出るわ、まったく新しいノード名をつけているのにNTドメイン内でノード名が重複していると警告は出るわ…

 調べましたっ。w32timeについては、NTドメイン内のNTPサーバの時間を取りに行って、NTPサーバの時間が1980年1月1日0時00分で止まっているのでその時間をセットしようとし、Windowsの仕様で1995年以前の時間をセットすることができないのでエラーを返しているのだった。  しかし、誰に聞いてもドメインにNTPサーバなど立てていないというので、NTPサーバの時間を取りに行っているとは考えなかったのだった。で、dosコマンドでpingに-aオプションをつけてノード名を見た。真っ黒いdosウインドウに表示されたのは…

 Xeroxのカラープリンタ…

 な、なんで… なんでですか…

 NTドメインのPDCにログインし、ipconfig/allを実行すると、やっぱりカラープリンタのIPが表示されている。しかしNTドメインでNTPサーバを変更したり、NTPサーバをドメインから削除する方法がまだわからないので、Windows timeサービスを停止しました。Active Directoryならば、DCの時間をデフォルトで取りに行くので簡単なんですけれどね…

 パフォーマンスカウンタについては、マイクロソフトにも情報がある既知の問題で、マイクロソフトの技術情報ページからパフォーマンスツールを拾ってきてTCP/IPカウンタをセットし直すとエラーが出なくなります。

 NICとノード重複に関するエラーログに関しては、NICのドライバを最新版に上げると解消しました。が、なぜそんなドライバを添付してるんだ、HPさん…

その8 OpenVMS VAXのシステムディスク容量が0になる

 こんな時に… こうなると、TCP/IPからの処理要求は全部止まってしまうし、こんな時に限ってコンソールで発行したコマンドがこれまたディスク書き込みをするものだったので止まってしまった。残るはDecnet接続のVTで、これで不必要なログを消しまくって何とかジョブが動くようにしたのだった。これは人災だった…


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2003年07月14日

高見盛に向かって投げろ

 11年前と少しも変わらなかった。相変わらず電光板は大きくて明るかった。鉄骨はすり鉢上にくみ上げられ、一万人がびっしりとすり鉢型に並び、その底には明々と照らされる土俵があった。

 そんなわけで昨日の僕は大相撲7月場所に出かけていった。電車を降りて黙々と会場まで歩き、表に並んだお茶屋を過ぎて入口にたどり着く。親方が僕の半券をちぎり、籠を持った案内さんが正面桝席まで案内してくれた。ざわざわと絶え間なく人が往来する狭い廊下を進み、薄暗いコンクリートの階段を登りきると、会場へ出る狭い扉へとたどり着く。そしてその灰色の狭い扉を何歩か過ぎるだけで、1万人の熱気が中央の土俵に注がれる非日常の舞台が広がっていた。

 僕は桝席をとることができたが、僕の席は枡席全部の上端から2番目であった。とは言え斜角がかなりあるから、前の人が立たない限り土俵は完璧に見える。土俵は50メートルほど先にあり、高さは10メートルぐらいである。

 枡が非常に狭い。座布団ぎりぎりである。さらに二人枡なのでこれまたなんというか、実験モルモットになった感じである。僕は実験動物が実験を受けている部屋を見たことがある。あの部屋では何段にも積み重ねられた檻の中で、何百匹のモルモットたちががりがりと水のみパイプをかじる音だけが聞こえていた。動物のにおいが充満する密室とは違い、体育館が丸ごとすり鉢になったようなここは天井も高く、桝席は狭いが開放感があった。しかしその開放感は、ぐるりと見渡せる空間に密集している1万人の圧迫感とせめぎ合っていた。

 11年前、僕はこの体育館にいた。僕は大学1年生のアルバイトとしてここにいて、平成4年の名古屋場所の15日間を過ごした。食堂でお昼を食べる時には隣のテーブルに若々しい陣幕親方(元横綱千代の富士)が力士をはべらせて凄いオーラを発散していたし、支度部屋入口ではめちゃくちゃ大きい武蔵丸がちいさくなって後援者と記念写真に収まっていた。席を忘れたおじいさんを案内していると、通路を芝田山親方(元大関大乃国)が汗をふきふき走り回っていた。幕内には花のサンパチ組が勢ぞろいし、結局水戸泉が優勝するという楽しい場所だった。

 平成4年の7月はとにかく暑かった。ところが館内はウォークイン冷凍庫のようにすばらしく寒く、特にすり鉢の底で冷気が集まる花道にじっと座ってお客さんがたむろするのを追い返す役目の日には、15分毎に裏口から表に出て温まらないと頭が痛くなるほどだった。南極観測体験館のように寒いのを我慢すれば、花道警備はかなり楽しかった。花道には担当の親方がいるのだが、これがけっこうすごいのだった。僕が花道奥で寒さにがたがた震えていると、親方が僕の肩をたたき、
「おい、あいつちょっとやって来い」
と言うのだった。花道には土俵と支度部屋を力士が行き来するので、写真をとったり触ったりしようとするアホなお客が常に入れ替わり立ち代り現れるのだ。土俵に向かう力士は僕なら逃げるような肉体戦に望むところなのだし、勝った力士は興奮しているし、負けた力士はがっかりしたり悔しがったりしている。それはそれで横から眺めるだけにしておくべきだと僕は思うし、なにより本場所なのだ。ここでは彼ら力士は肉体的、精神的に特別の存在なのだ。それをのこのこと一般人が触りにいくなんてどうかしていると僕は思う。僕の肩をたたく親方もそう考えているのだろう。僕の肩をたたく時はいつも殺気立っていた。

「はい」と僕は答え、のこのこと花道を土俵の方角へと向かう。力士にロックオンしたアホお客のそばまで行き、
「すいません。座席にお戻りください」と言う。どのお客も最初はあっけにとられた顔で僕をまじまじと眺め、ガキがなに言ってんだという顔をする。僕はだまって花道の奥に目を移す。僕の目線をお客が追うぐらいの時間を計り、お客に目を戻してもう一度
「座席にお戻りください」と言う。その頃にはお客の目は花道奥で殺気立つ親方にロックオンしていて、どのお客も何も言わずに花道を去っていく。
 僕はまたのこのこと花道を歩いて奥に戻る。いつも親方は僕のことなどすっかり忘れていて、別の親方と何事かぼそぼそと話しているのだった。

 椅子席前の警備も結構なことで、番狂わせで座布団が舞うと親方が僕の肩をたたき、
「おい、誰が真っ先に座布団投げた」
と聞くのだった。僕が真っ先に座布団を投げた人を指差すと、
「あいつかあ」
とつぶやいて歩き出し、「あいつ」にヤキを入れるのであった。座布団投げたらそうなるんだと思いながら、親方が目の前で「あいつ」にヤキを入れる場面を眺めたのだった。

 そんなことが頭をよぎっていると、すぐ後ろにあるNHK解説ボックスに尾車親方がするりと入っていった。親方、またいつものように通常の三倍の体積の舌で解説をするんですね。

 尾車親方がテレビ解説でがんばっているすぐそばで、僕は10年ぶりに館内で相撲を見ていた。最初に一番気になったのが、待ったをするとぶーぶーとブーイングが起こったことだ。待ったをした力士をかばえとは言わないし、待ったは待ったでよいことではない。でも力士にしっかりしろと伝える方法はブーイングでなくてもよいし、かさにかかってぶーぶー責めるのを見るのはいやな気持ちがする。

 尾車親方がブースに入ってしばらくすると、幕の内土俵入りの時間だ。長々と取り組みについて書いてもいまいちなので、狭い桝席でぽちぽち打ち込んだメモをそのまま引用してみる。本日の結びは朝青龍と高見盛である。これしかないだろう。これしか。

栃乃花の待ったにブーイング。人ごとだから気楽なものだ。
春日錦は大きい。和歌の山は毛が多い。
二つ隣の白人がデブである。なんであんなに太くなれるのか。
その後枡の知り合い白人もすごいデブであ。なぜなんだ。相撲ファンの白人はデブばかりなのか。
と思いきや右手の白人集団はやせている。しかしチューハイ片手に奇声を上げるバカ集団である。
和歌の山に黄色い声かかる。チャレンジャーである。
琴光喜に大歓声。朝乃若との同郷対決で盛り上がる。
遠くの東枡に絶叫を続ける馬鹿ババ約1名。死ね。
琴光喜待ったしまくりで押し出し。朝乃若苦笑しながら負け。
潮丸で物言い。井筒さん登場。協議長い。行司差し違え。
春日王でかい。皇司体をたたく音が大きい。もっさり取り組み。なんで皇司は差した左下手を抜いてしまうんだ。そのあたりがなんというか番付が上がらない原因なんだろうな。
朝赤龍マワシが青いのなんでだろう。
栃栄入った右手を生かしきる。いい相撲。
海鵬、時津海締まった体で良い取り組み。
十文字でかい。玉力道もでかい。このあたりの力士から体が違ってきた。やはり強い人というのは見ればわかるもんだ。
右通路向こうの白人が馬鹿っぽい。旅の恥は掻き捨てだな。
武雄山ツッパリに耐えて勝つ。
貴乃浪でけぇ。でかすぎ。
計時審判が大轍であることに気が付いた。オール白髪すごすぎる。初めて知った。
土佐の海、若の里だが不気味に静まり返っている。これもやはり打ち止めの一番がすごすぎるからか。
とはいえなんどもいうようだが、右の白人は馬鹿すぎる。
旭天鵬足長い。若の里でかい。
土佐の海気負いすぎ。前のめりではたかれる。
右の外人はC'mon boy しか言わん。何を考えているのか。
ちょっと違うことを叫んだ。だがしかし白人よ。oh fat boyは反則だろ。日本人は英語がわからないと勝手に思ってとんでもないことを叫んでいるが、俺にはわかってるんだからな。
玉の島を見てegg organとか叫んでいる。死ね右の馬鹿白人。つーか、 お供の日本人、お前には誇りが無いのか。
『植物を元気にする』そんな懸賞ありか。
がんばれはnot politeじゃないだろう。白人よ。
結び前の呼び出しとともに、左隣の桝席の人たちが席を立つ。おばあさんが僕に住処を訪ねた。とりあえず近くですと答える。おばあさんは木曾から来ているらしい。結びは通路で見ておかないと最終電車に間に合わないということらしい。おじいさんとおばあさん、そして孫5歳ぐらいの3人。席をいただく。ありがたく僕はその4人枡に移り、座布団4枚を積み上げて投げる用意をする。
土俵下で朝青龍はずっと高見盛にガン飛ばし。東溜りの高見盛はうつむいたり横向いたりしている。
たんたんと栃東負ける。注射か?

 そんなわけで結びの一番である。この際左のデブ外人も右のアホ外人もまあどうでもいい。結び前で旭鷲山が栃東になんとなく勝つと、場内が不気味に静まり返った。1万人が静まり返るのはおそろしい。そして呼び出し康夫が扇子を広げると、花道まであふれてしまった17枚の懸賞幕を回す17人が立ち上がった。場内1万人がいっせいに歓声をあげた。土俵上で自動車の正面衝突が起きても気が付かないだろう。

 朝青龍は悠然と仕切りを続ける。左手で塩をつかみ左ひじを肩の位置まで水平に引き上げ、右手は回しをつかみ、左ひじだけを回して麦を蒔くように塩を投げる。千代の富士スタイルである。とはいえ取り組みはまだ千代の富士のような安定感は無いが。

 ところで問題は高見盛である。やっぱり生で見てもおどおどしている。最初に塩を取りに行く時に懸賞の隊列に行く手をふさがれもじもじしている。塩を撒くときも朝青龍のしぐさを観察して、朝青龍のじゃまにならないように気を遣っている。大丈夫か高見盛。

 現役の頃はデーモン小暮がオールナイト日本でコーナー化し顔が『便所のフタ』とえらいことを言われていたが今は総白髪でスーパーダンディーになってしまった大轍、もとい湊川親方が右手を水平に挙げた。時間一杯である。場内はもうとんでもないことになっている。さんざんいろんな四股名を叫びまくった私であるが、さらに三連発で叫んでおいた。4つの座布団はきっちりと脇に積み上げておいた。目を座布団から土俵に戻すと、高見盛が例のロボットアクションに取り掛かった… おいおい、いつもと動きが違うぞ。そうとう緊張してるな。ソリが無いぞソリが。うがってやつね。うがってやつ。じゃあ代わりに私がうがってやっておこう。

 うがっ

 とは言え隣の話し声も聞こえないほどの場内の雰囲気ではそうなるか。いや、高見盛には何も聞こえていないのではないか。蹲踞して、手をついて、立会い。お互いがお互いを組み止め、高見盛が朝青龍の懐に入り、こちらに向かって朝青龍をじわじわ押して、朝青龍は少し変わり気味に土俵を回ろうとし… うわ、押し出

 座布団どこだあ(並べたっつうの)うりゃ。うりゃ。うりゃ。うりゃあ。

 座布団無いぞ、って後ろの枡に誰も居な

 うりゃ。うりゃ。うりゃ。うりゃあ。

 とりあえず手近に投げられるだけの座布団を力いっぱい投げ込んだ後にも、館内にはヒッチコックの『鳥』を思い出させるほどの座布団がゼノンの「飛んでいる矢は止まっている」を思い出させるように宙を舞いつづけていた。砂被りのあたりでは全員が座布団を頭の上に掲げて防御体制を取っていた。そんなわけもあって会場全体が座布団の紫色に染まっているように見えた。
 諸手を挙げて飛び跳ねているうちに土俵を見ると、総白髪をオールバックに流したスーパーダンディーな湊川親方がこっちの方角を睨みつけているように見えた。すみません親方。怒られることは覚悟の上です。でも後ろから警備の親方に怒られることはなかったけれど。

 高見盛の仕切りを見ていると泣きそうになる。別に本当に泣くわけではないし、僕が感受性豊かな文学青年であるなどというわけではない。ただ昔の僕を思い出してしまうだけだ。高見盛があの動作をはじめる時、彼はおそらく恐怖から自分を隔離するための別人格になるのだろう。小学生の僕は高見盛のような勇敢さとは縁が無かったけれど、別の人格を演じることで周囲との折り合いをつけていた。そうやって同学年300人の生徒ほぼ全員と話ができた。とはいえ土日も含めて常に一緒に遊ぶ友人もいた。しかし同時に僕には誰も最終的な友達はひとりもいないと思いつづけていて、僕は常に自分以外の全てにつぶされないように闘っている(もしくは逃げている)と思っていた。
 そんなことは生意気なガキの背伸びした大人かぶれだったというのが今ではわかる、と思っている。とはいえこれもまた、自己愛に溺れた社会不適応な中年の体のいい現実逃避なのかもしれない。

 僕はそんな調子で自分と自分以外の全てのどちらともうまく折り合えないまま30才を迎えている。いや、僕はそんな調子で30才を迎えたのにもかかわらず、いまだ何から逃げるのかわからないし、逃げるのではないとしたら何と闘うのかもわからない。

 くだらん。俺の言うことは、くだらん。

 くだらん。


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2003年07月12日

OpenVMSへの寄り道

1 辻本茂夫、爆発中

 吉本新喜劇。マンネリズムの王道を極め、東の横綱『水戸黄門』と並び称される「つまらない見世物」であった。確かに僕が子供の頃、吉本新喜劇はつまらなかった。しかし現在、吉本新喜劇をみていると、マンネリズムを捨てようとしているのが伝わってくる。正確に言うと、新たなマンネリズムを作り上げようとしている。若い人間をどんどん舞台の上に出し、結果を出した人間にはどんどん重要な役割を与えている。

 吉本新喜劇を昔から支えているメンバー以外で、現在頭ひとつ抜けているのが辻本茂夫と内場勝則である。特に辻本が主役を張る回は見逃すな。逆にいうと、辻本と内場以外が主役を張る回は、あまり面白くない。

 辻本はちょっと前まで端役のヤクザ役をあてがわれ、アゴネタで遊ばれているだけであったが、今は吉本新喜劇の4座長のひとりであり、なおかつ舞台上でも看板役者へと大変身している。辻本は客席の空気を読むのが抜群にうまく、舞台をそれに合わせてコントロールできる才能がある。内場は舞台上を仕切ることにかけては辻本よりうまいかもしれない。しかし辻本は観客の雰囲気を的確に読み、それを役者たちにフィードバックするため、役者たちは観客の雰囲気を背負う辻本のペースに引きずり込まれることになる。当然アドリブもうまい。そんなわけで舞台上と観客席、つまり劇場全体を完璧にコントロールした時の辻本は凄まじくキレまくる。あのネタ切れ島木譲二までも復活させることができるのは現在のところ、辻本ただひとりである。古参であり吉本新喜劇の大粛清「吉本新喜劇やめよッカナ?」(1989年10月)キャンペーン中を生き抜いた2枚看板の池野めだか、桑原和夫と対等に渡り合えるのも辻本だけである。

 実は今日の吉本新喜劇放映で、あまりに辻本が凄かったのでした。

http://osaka.yomiuri.co.jp/new_feature/kousai/010904.htm
http://osaka.yomiuri.co.jp/new_feature/anohito/2002/020527t.htm
http://www.nikkansports.com/osaka/oet/owarai/owarai0330.html
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kokirin/jyoshimoto/

2 そんなわけでVMSは死にません

 「一杯の完璧な紅茶の淹れ方」が人気のようで。英国標準『感覚テストに用いる紅茶の準備法』もご一読いただくとよろしいかと。ただこの英国標準が、また別の英国標準を参照してます。そんなわけで現在、英国標準『紅茶の試料採取法』を翻訳中です。紅茶取引に際してテスティングをする際、検品するための茶葉サンプル採取法を標準化している文書なので、あまり個人向けには役に立ちません。とはいえ『感覚テストに用いる茶葉の準備法』を完璧にするには仕方ない。

雑文書くより訳文書くほうがいいんじゃないか
うれしくもあり悲しくもあり(字余り)

 そうこうしているうちにも私の日常はサーバー管理と教室長とで8時出の24時戻りで、会社勤めのころとちっとも変わっていない(もらいだけはめちゃくちゃ落ちた)生活になり、途中やみくもに雑文を書いていたころが懐かしい今日この頃なのだった。

 最近はサーバルームのVAX君と口を利く機会もちょっと少なくなり、その代わりHPのIAサーバ、先月やって来たぴかぴかのProLiant DL380 G3君にWindows 2000 Serverを仕込むという作業にいそしんでおります。正面がほぼディスクで占められているのでぱっと見ストレージのシェルフかと思うのですが、これがHyper ThreadingのXeonを載せたけっこうすごいやつだったりするのだった。とりあえずWindowsを入れて稼動状況を見たらプロセッサが二つあった。おおこれがあのハイパースレッディングかあ。2分ほどまじまじと画面を眺めた。
 まあそれはコンシューマ機でも実現されているのでよしとして、今回導入されたサーバは本番稼動まで今しばらく余裕がある。せっかく個人としてはバカ高い値段のProLiantを好きにいじくり回せるよい機会なので、この際やることといえば管理ツールのSmartStart 6.3とSmartArray5iの動かし方(と動かしてはいけない方)をいろいろと試してみることだ。
 ということでまずはSmartArray5iである。ProLiantの電源ボタンをポチッと押すと、あっという間に1.2ギガのメモリチェックを済ませ、次にSmartArrayがアレイの初期化を行う。それがまた泣かせるのであった。まず瞬きをするぐらいのほんの一瞬、

COMPAQ SmartArray Controller brought to you by HP Initializing***

 と表示され、その後何事もなかったのように

HP SmartArray 5i Controller Initializing***

 という表示に変わり、それから初期化が開始される。ProLiantの新しいやつを眺めようと私の横にいた横っ腹がサンタのような職場の上司(元SEの頃はAS案件を主に手がけていた)を見ると目が合い、これはCOMPAQ開発部隊の意地であるということですかさず意見が一致したのであった。そうだよなあ、COMPAQとして開発してきたSmartArrayに、彼らとしてはただ金を積んだだけのHPの名前がさも開発元のように出てきたのではたまったものではないと思うのもなんとなくわかるような気がする。
 というようなことがありながら、RAID 0+1やRAID 5を構築しては削除するというのを何度か繰り返し、CDブートするSmartStartでいろいろなオプションをえらびつつWindows 2000 Serverを6回入れなおししたり、Windowsではいろいろなサービスを仕込んだりレジストリをいじってみたりしたのだった。うーむ私個人にとっては有意義な時間である。

 そんなこんなでOpenVMSへの道のり、というより寄り道になってしまっている最近ではありますが、いろいろあって匿名希望という現役HPの方からなんとメールをいただいてしまいました。匿名希望ということですので、立場を推測できるようなことは未来永劫一切書きません。はっきり言ってもモゴモゴ言っても文字では表せないので普通に書くわけですが、

すごーくうれしい

です。しかも文中「ItaniumになってもOpenVMSは動かしつづけます」と断言です。そりゃもう叫んでしまったのですが文字では叫べないので普通に書くわけですが、

おねがいしますっ

です。その方が「今HP社内でいちばんOpenVMSをがんばっている人たちがやっている」と教えてくれたページを紹介します。

OpenVMS Tips


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2003年07月07日

今夜はISO:英国標準『感覚テストに用いる紅茶の準備法』

 以前タモリが司会をする深夜番組があったがそれは『今夜は最高』。今夜はISOとしても発表されている紅茶の淹れ方を訳してみたりしたのだった。先日「一杯の完璧な紅茶の入れ方」を公開した時に、英国標準にも紅茶の淹れ方が規定されているから訳してみるかも、でもドキュメントが有料だからどうだろうと書いたのだが、結局とある場所から英国標準のBS6008を眺めることができたのでした。

 そんなわけでとっとと訳文に行けば良いのかもしれないのだが、多分そのほうが良いのだろうが、いや良いに決まっているが、それをしてしまうとこのサイトを続けている理由というか重要そうな何かをなくしてしまいそうな感じなので、さっさと訳文を読もうという方はちょっとスクロールしてください。

 なんて言ってみたりして。でも本当はここを続ける理由なんてない。ただ続けたいから。なんて言ってみたりもして。理由が在るか無いかなんてわからない。と言うことも。そんなのは自分がここをどう規定しているかという事実との関数に過ぎない。なんて言い方もある。というようなことを考えているのは、自分探しという回転木馬に乗ってぐるぐると何かの周りを回りつづける典型的な村上春樹好きオタクのすることで… なんてことも言える。あーあ、アホくさ。これもだ。

 そんなわけで何もかも言おうとすれば、何も言えなくなってしまうこともある。行間を読む、とか沈黙もまた雄弁なり、とか何かを言わないことが何かを言うことであるという言葉が真実のある側面を言い表すように、何かを言うことは何かを言わないこともまた真実の在る側面を言い表している。ほら、こう言うそばからもう何も言っていないに等しい状況になっている。全然楽しくないな、こんなこと書いていても。すごく楽しいな、こんなこと書いていると。

 明らかなことは、これ以上これを続けると読んでいる人ほとんどにとって退屈だということだ。

 紅茶のページを独立させたので、リンクを張ろうという暇な方はこのへん[を|から]どうぞ。

英国標準

感覚テストに用いる紅茶の準備法

[ISO表題:紅茶−感覚テストに用いる液体の準備]


関係組織

 食品農業標準委員会の指揮により英国標準は取りまとめられ、委員会は下記団体からの代表者により構成される。

Agricultural Cooperation and Marketing services
Agricultural Research Council, Meat Research Institute
British Food Manufacturing Industries' Research Association
British Industrial Biological Research Association Ltd.
Campden Food Preservation Research Association
Consumer Standards Advisory Committee of BSI
Department of Agriculture and Fisheries for Scotland
Department of Agriculture (Government of Northern Ireland)
Department of Industry (Laboratory of the Government Chemist)*
Flour Milling and Baking Research Association
Food and Drink Industries Council
Food Manufacturers' Federation Incorporated
Institute of Brewing
Local Authorities Coordinating Body of Trading Standards
Ministory of Agriculture, Fisheries and Food*
National Farmers' Union
National Farmers' Union of Scotland
Tobacco Advisory Council

 上記リストに印が付く組織は、下に記す組織と共に、本英国標準の準備を委託された技術委員会へ直接的に選出されている。

British Tea Producers' Assosiation
Oversea Development Administration - Tropical Products Institute Tea Trade Committee

 本英国標準は、the Food and Agriculture Standards Committeeの指揮のもとに準備されており、the Executive Boardの承認を得て1980年10月31日に発効された。


目次

共同団体
前言

  1. 目的及び適用範囲
  2. 定義
  3. 引用文献
  4. 原則
  5. 器具
  6. 試料採取
  7. 手順
  8. 試験報告
追記 紅茶の準備に用いるポット及びボウルの例
図表−紅茶の準備に用いるポット及びボウル
参照


前言

 本英国標準は、the Food and Agriculture Standards Committeeの指揮のもとに準備されている。本英国標準は以下の文書と同一である。 ISO 3103-1980 "Tea - Preparation of liquor for use in sensory tests", prepared by sub-committee 8, Tea, of Technical Committee 34, Agricultural food products, of the international Organization for Standardization (ISO)
 英国政府はこの準備委員会に対し事務局を提供する。

用語及び慣例 本国際標準文書は英国標準として逸脱することなく、一般公開に適するものとして承認されている。いくつかの用語及び慣例は、英国標準で使用されているものと同一ではない。以下については特に注意を要する。

 「国際標準」という語で表されるものはすべて、本標準においては「英国標準」として読まれるべきである。
 コンマは小数点記号として使用されている。英国標準においては現在のところ、小数点記号としてベースラインにピリオド記号を使用することになっている(訳注1

(訳注1 以下を参照のこと。英国標準では今後、小数点をコンマ記号で表し、桁区切りはスペースで行うようになる。
BS 8888:2000 Technical product documentation (TPD). Specification for defining, specifying and graphically representing products

相互参照

国際標準 ISO 1839:1980
関連する英国標準
BS 5987:1980 Methods for sampling tea

 英国標準は、契約に必要となるすべての書類を含むものではない。英国標準の使用者は、それぞれの英国標準を正しく取り扱うことに責任を持つものとする。

 英国標準に従うことは、それ自体では法的義務からの免責を与えるものではない。

それぞれのページについての要約

 この文章は表紙、内表紙、ページ@とA、ページ1から4、内裏表紙と裏表紙からなる。
 本標準は更新されており(著作権日付を見よ)、編入される改定を含むことがある。これは内裏表紙の改定履歴に表示される。


1 目的及び適用範囲

 この国際標準は、茶葉を煎じる手段を用いて感覚テストのために紅茶を準備する方法を規定する。


2 定義

 国際標準の目的のため、以下の定義を適用する。

2.1 液体

 乾燥させた茶葉より溶出する抽出物からの摘出により準備される溶液。茶葉については以下に記述される。

2.2 抽出される葉

 それにより液体が準備される茶葉

記 英国内における紅茶取引においては、「抽出」という語は2.2の意味として使用される。しかしこの語におけるより一般的な使用法との取り違えを避けるため、「抽出される葉」という表現が使われる。


3 参考文献

ISO 1839, 紅茶−試料採取


4 原則

 乾燥された茶葉よりの抽出物の摘出は、磁器製または陶器製ポットに入れられ、初めて沸騰させている熱湯を用い、白磁製または陶製ボウルに注いだ上、抽出される葉や、牛乳入りまたは牛乳抜きもしくはその両者について、その官能的性質を試験する。


5 器具

5.1 ポットは、白磁器または上薬を使用した陶器製で、その縁は部分的に鋸歯状にされたもので(図表を見よ)、蓋がついているものとし、その蓋の周囲はポットの内側へ多少入り込むものとする。

5.2 ボウルは、白磁器または上薬を使用した陶器製とする。

記 他サイズのポット及びボウルが使われることもありうるが、追記及び図表に示される2サイズのどちらかが加えられることを推奨する。


6 試料採取

 ISO 1839を見よ。


7 手順

7.1 試験分量

 重さはプラスマイナス2%の精度とし、茶葉の分量は液体100mlにつき茶葉2gに一致させ(例:ポット大には5,6g±0,1gの茶葉、追記に記述されるポット小には2,8g±0,1g)、それをポットへ移す。

7.2 液体の準備

7.2.1 牛乳抜きの準備

 ポットの中身を茶葉とはじめて沸騰させている熱湯1)で、口から4−6mmの範囲まで満たし(例:ポット大にはおよそ285ml、追記に記述されるポット小には140ml)、蓋をする。
 お茶を淹れるまで6分間をかけ、茶葉が出ないように蓋を載せたままになるよう抑え、鋸歯状の口を経てポットにあわせて選択されるボウル(5.2)へ液体を注ぐ。抽出された茶葉が点検されるべき状態になるよう、蓋を取り裏返して抽出された茶葉をそこへ移しかえる。細かく刻まれたファイングレードである場合、特別の対応がとられるべきであり、茶漉しが必要になるものと思われる。

1) この液体の香りと色味は、使用される水の硬度に影響される。試験に使用される水は紅茶が消費される地域で飲まれる水に類似したものであるべきである。例外として、例えば異なる地域での比較試験が必要とされる場合、及び本書の目的に適当な水を入手できない場合には、濾過水や脱イオン化水が使用されるであろう。しかしながら以下について認識されるべきである。これらの水の場合、得られる結果は通常の飲料水にて作成される液体の風味との真実なる関連が常に明らかにされるとは限らない。なぜなら後者に含有されるミネラル塩は、紅茶の風味と色味を変化させる場合があるからである。

7.2.2 牛乳入りの準備

 成分無調整(例としては生乳または非沸騰加熱殺菌牛乳)の牛乳をボウル(5.2)に注ぎ、この際ポット大にはおよそ5ml、追記に記述されるポット小には2,5mlを使用する。
 7.2.1に記述される液体を準備するが、牛乳を過熱させないためにこの液体は牛乳の後にボウルへ注ぐ。当組織に関する通常手順に反するならばこの限りではない。
 もし牛乳が後に加えられる場合経験上示されていることは、牛乳が添加される時点での液体温度が65℃から80℃の範囲において、最高の結果が得られる。
 牛乳の添加は必須ではないものの、牛乳の添加は香りと色における差異が明確化するための一助となる。

記 比較試験が7.2.1または7.2.2に従って準備された液体を用いて行われる場合、下記事項が遵守されることが望ましい。

  1. 茶葉の分量
  2. 水の分量と品質
  3. ポット及びボウルのサイズと形状
  4. 抽出時間
  5. 牛乳の分量と品質(使用時)


8 試験報告

 試験結果は使用される方法を表記することとし、また以下についての詳細を含むものとする。
 −使用される茶葉の分量
 −使用される水の分量
 −もし6分以外ならば、その抽出時間
 −水の採取元(関連するならば)
 −試験が牛乳入りまたは抜きにて行われたか否か。もし入りならば牛乳の量及び種類、及び添加は液体の前か後か

 試験報告はまた、試料採取に関するすべてにおいて完全な規定情報を含むものであることがよい。


追記 紅茶である液体を準備するためのポット及びボウルの例

 図表において、広く用いられているポット及びあわせて用いられるボウルについて2サイズが示される。

A.1 ポット

A.1.1 最大許容量は、ポットが一部鋸歯状の口を持つ場合、ポット大で310±8ml、ポット小で150±4ml
 注がれる際の湯量を示すため、ポットの内側には溝または色線にて表示があるほうがよい。

A.1.2 蓋は、ポットから液体が注がれる際空気を流入させるため、適当に隙間があるものまたは小さく穴が開いているべきである。

A.2 ボウル

 最大許容量は、ボウル大で380ml、ボウル小で200mlである。

記 本標準におけるボウルの直径は、液体を流出させるためにポットと蓋をボウルの内側に入れるためのものであり、ボウルt内側の角度は、試験者が影なしで内部の液体を観察するためのものである。

A.3 誤差

A.3.1 図表に示される誤差は、使用されるポットとボウルに適用されるが、製造においてはできるだけ正確な仕様が推奨される。

A.3.2 推奨される重量は下記に与えられる。液体を準備する間に再現可能な温度仕様を実現する、ということが考慮されなければならず、また試験中に連続して作成される試料における温度のばらつきを抑える、ということも考慮されなければならない。

ポット(蓋は除く)
 大 200±10g
 小 118±10g

ボウル
 大 200±20g
 小 105±20g


図表−紅茶の準備に用いるポット及びボウル

(割愛)


参照

 前言を見よ。


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2003年07月06日

「2000年以降の巨大掲示板群の俯瞰」(仮)

昨年ある雑誌に載せる記事のために書いた文章。初稿がこれで、結局分量を半分ぐらいにして掲載された。まあ2002年はこんな状況だったのだという回顧として。この後ひろゆき氏と顔を合わせる機会があったが、ほんとにへらへらしてたのには笑った。つか書き仕事があればこんなネット雑文から日常の雑文まで何でも書きます(明らかに範囲が狭いな)。仕事クレ。

 まあそれはよいとして(全然よくないが)、こういうものを何度か書いたのだがその度に「こいつはいつもどこの掲示板が勝ったとか負けたとかいう視点でしかものを見ることができないやつだ。漏れはべつに2ちゃんねるに負けたとは思わないし勝ちたいとも思わない。それぞれ好きなところで好きなことしてればいいじゃないか。わけわからん」という反応を目にする。
 そりゃそのとおりだと僕も同意する。とは言えそれは個々の生活というレイヤーでの話であり、僕がこういう事を書く時には別のレイヤーでの話として読んでほしいなあと思う。例えば社会とか集団とかそういうモノですね。社会や集団とは個々人の心の中にのみ立ち現れる幻想の産物といえばそうなのだし、社会や集団はすべて個々人の選択と行動が集積されて形成されると言う意味では「社会的なことは個人的なこと」というテーゼは正しい。すべてが個人的な動機と行動の相互作用として記述できれば、それはそれでずいぶんと多くの人が「自己という病」から解放されることだろう。
 しかし大多数の個々人にとって、社会や集団とは強固で現実的な手触りを持つ、個々人を超えるような巨大な存在として立ち現れると言うこともまた「事実」である。個々人が否応なく巻き込まれ、その中にとらわれたり反発したり順応したりする「実在」としての社会構造としてそれぞれの巨大掲示板を眺めると、そこには確かに栄枯盛衰の相互力学が働いていると僕には思える。勝つことと正しいこととはパラレルではないし、僕が勝ち負けばかりの人間だったらこんなことを書いていないで仕事しているものと思われる。いや仕事はしているのだが。
 全然よくないことではあるが仕事の話はおいておいて、巨大掲示板というひとつの社会が形成されてしまった現在、それは個人や他の社会存在との相互作用を引き起こさざるを得ないし、それ自体が他存在との相互作用により余儀なき変質を起こすこととなるだろう。ひとつの社会となった巨大掲示板がいったいどこへ行くのかというのを個人とは異なるレイヤーから考える手がかりとして以下の文章を書いたりしたのだけれど、現在は個人的な問題を扱うほうが楽しいのでここもただのひとり雑文大会と成り果てているのだった。そんなわけで「わけわからん」というのも間違いではないのだろう。仕事クレ。

「2000年以降の巨大掲示板群の俯瞰」(仮)

 各掲示板群への評価や掲示板群間の関連は別としてここで言う巨大掲示板群とは、あやしいわーるど、あめぞう、2ちゃんねるのことを指す。巨大掲示板群を最初に形成したあやしいわーるど以前にも、巨大な掲示板は存在したし、現在もそれは変わらない。また現在巨大掲示板という言葉はフローティングマルチスレッド形式と結びついているが、ここでは掲示板のアーキテクチャによる区別をしない。特定の話題に限ることなく「何か面白いことが起きている」ことを求め、不特定の膨大な数の人々が集まってくる掲示板の集合体を指している。マスコミとコミュニティと議論場が同じほどの割合で混交した場所である。あやしいわーるど系掲示板はしば氏以外の人々もそれぞれの掲示板を運営したが、あやしい系としてなんとなくつながることで結果として膨大な人々の情報交換を可能にした。フローティングマルチスレッド形式の創造主として認知されているあめぞう掲示板も、初期は積み上げ式のT−CUP掲示板を使用していた。あめぞうリンクは様々な裏系掲示板へのリンク集であり、その形式は原理的には2ちゃんねるの左フレームである。あめぞう氏は外部リンクを内製化し使いやすくすることであめぞう式掲示板を誕生させた。あめぞう式を受け継ぎ、インフラを強化したのが2ちゃんねるだ。マスコミに比せられる情報装置としての掲示板群はあやしいわーるどが概念を与え、あめぞうが形式を整え、2ちゃんねるが完成させた。しば氏、あめぞう氏、ひろゆき氏はそれぞれの思惑に基づいて行動しており、別に巨大掲示板群というカテゴリの開発を引き継いできたわけではない。しかし結果として巨大掲示板群の発展過程を見れば、巨大掲示板群とは膨大な数の人々を収容し、その膨大でばらばらな興味関心に基づく自由な情報発信及び意見交換を支える場所へと発展してきている。そしてどの掲示板群も同じ問題に直面してきた。増え続けるサーバ負荷、流入する初心者、流出する古参、増殖する低レベルな書き込み、荒らしやクラック。。。掲示板が便利になれば面白さが増し人が増え、人が増えれば面白くなくなる。この矛盾にいかに対応しようとしたかという視点から、2000年以降の巨大掲示板群情勢を以下に俯瞰しよう。

 おおよそのところ、巨大掲示板群の歴史は96年中頃に始まる。巨大掲示板群の歴史を概観しておこう。96年8月21日、しば氏があやしいわーるどホームページと掲示板を立ち上げた。その2ヶ月前、河上イチロー氏がDer Angriffを立ち上げた。★阿修羅♪が1994年に始まったのは措いておく。1997年を過ぎると人が増え続けるあやしいわーるどは閉鎖、移転、分裂をはじめる。1997年6月30日、産経Webがあやしいわーるど2000に書き込まれた氏名が神戸児童殺害事件容疑者の本名であることを裏付ける記事を掲載し、ネット初心者たちにあやしいわーるど掲示板群への扉を開いた。このころから検索エンジンが進化したこと、及びあやしい系掲示板を知った初心者たちが表世界からリンクを張ることで、あやしい系掲示板は流浪の速度を上げることになる。スクリプトの改善は進んだものの、あやしい系掲示板のアイデンティティとして積み上げ式掲示板を固持したことで、やがて現れるより便利なあめぞう掲示板に訪れる人数が多くなるのは必然であった。あめぞう掲示板が整備されたことで、あやしいわーるど系掲示板群は実質的に巨大掲示板群ではなくなり、あやしいわーるどはコミュニティへと回帰したとみなしてよいだろう。1997年8月5日、あめぞう氏があめぞうリンクとあめぞう掲示板を立ち上げる。1998年9月3日、しば氏があやしいわーるどから撤退。1998年10月、あめぞう掲示板はali.co.jpのアカウントを停止され、あめぞう本家と言われるbigサーバへ移転する。infohands氏が河上氏の著作「サイバースペースからの挑戦状」であめぞうを知った。1999年2月2日、そのbigサーバからも転送量に関して警告が来たことからも、あめぞう掲示板は順調に訪問者を増やしていった。そして1999年5月30日、ひろゆき氏が2ちゃんねるを立ち上げた。

 2000年時点での巨大掲示板群情勢は、あやしい系は@みらい、2(正しくはローマ数字表記です)、REBIRTHの三者鼎立が続いた。あめぞう系は1999年中盤までに急拡大するも後半にあめぞうウイルス攻撃を受け、あめぞう氏も失踪したことであめぞう掲示板が事実上崩壊。有志があめぞうスクリプトを受け継いだ待避所をつくっていた。2ちゃんねるは1999年に東芝問題や東海村臨界事故によるサーバ陥落、コピペ荒らしに見舞われた。しかしohayou.comと2ch.netへサーバ移転を行い、削除システムの導入なども開始した。またちゃんねる系と呼ばれることになる2ちゃんねる類似掲示板が次々と設立されていった。

 2000年にはっきりとしたのは、巨大掲示板群に訪問者の均衡はあり得ないということだった。訪問者たちの多数は使い勝手の良い巨大掲示板群へ書き込む。書き込み量は勢いと面白さを生みだし、さらなる訪問者を呼び寄せる。あめぞう系掲示板群は徐々に勢いを失い、やがてコミュニティへと性格を変えた。ちゃんねる系掲示板には人が集まらなかった。かくして2ちゃんねるの一人勝ち状況が現出することになった。だが2ちゃんねるが巨大になればなるほど、立ちはだかる問題もそれだけ巨大になる。サーバ増強、転送量など資金が要る。削除システムを動かすだけの削除人が要る。訴訟は2ちゃんねるに集中する。初心者は2ちゃんねるを目指し、初心者は2ちゃんねるをクソレスクソスレであふれさせた。2ちゃんねるはマスコミに取り上げられ、ひろゆき氏は2ちゃんねる管理者としてリアル世界にも認知され、半端な理由では2ちゃんねるを潰すことができなくなった。2ちゃんねるを始めた青年社長は、2ちゃんねるを潰してしまえば自らの将来をも潰すことになるからだ。

 しかし2度現れた巨大掲示板は2度その機能を失った。2ちゃんねるも崩壊するのは時間の問題だった。IPも抜かない完全匿名であることは荒らしと転送量増大と訴訟の原因であり、個人管理の掲示板であることは運営体制整備と資金捻出を妨げる。巨大掲示板はアングラ的な場所が源流であり、前述二点はアングラ的特性である。2ちゃんねるはこの二点を変更する、つまり完全な非アングラ化を行う必要があった。まず完全匿名については開設当初から対策し続けていた。キャップやトリップと呼ばれる個人同定方式を導入し、IPを取る設定を行い、犯罪行為が行われればログを行政に提出した。削除規定を策定し運用した。これらは戦術である。もう一方の資金組織関連は戦略レベルの問題であり、運用とは異なるスキルが必要だった。そこに登場したのが少なくとも100億を稼いだビジネスマン切込隊長氏である。彼がひろゆき氏と出会ったのが2000年9月16日。それ以降2ちゃんねるは現実世界を巻き込んでのブランド化に着手した。7月にはすでに「2ちゃんねるの本」が刊行されていた。「チーム2ちゃんねる」シングル発売、ネットラジオ「うるサイゾー!2ちゃんねる 気分は上々」開始など"切込以後"は2ちゃんねる主体でメディアへの露出を始めた。だが2ちゃんねるのブランド化から次の段階へ進まぬ2001年8月25日に、「8月危機」は起こった。事前予告なしに全板を消す勢いでサーバが次々と見えなくなっていったのだ。これにより2ちゃんねるの資金問題は即時解決を必要とすることが表明され、以後切込隊長氏主導での2ちゃんねる事業化は既定路線であると2ちゃんねるユーザに認知されるようになった。

 「8月危機」後の認識として、巨大掲示板で2ちゃんねる以外の指定席(少数者のまったりコミュニティ)からはい上がるための基礎条件は、荒らしやノイズを抑え月額100万円単位の運営費を調達することのできる組織力であるということになった。他を圧倒するユーザを擁する2ちゃんねるですら難しいこの条件を満たすことは、他の巨大掲示板にはほぼ不可能である。ちゃんねる系諸掲示板がアーキテクチャで2ちゃんねるに追随する現状では、2ちゃんねるが崩壊する以外に状況は変わらない。そして2ちゃんねるが崩壊した時には、難民がそれらを全て一瞬で消滅させるだろう。しかし2002年5月、切込隊長氏は2ちゃんねるから手を引いた。サーバ業者の夜勤氏とひろゆき氏の関係は残ったものの、サーバ業者はクオリティ向上策を実行したり運営費を稼ぎだすわけではない。2ちゃんねるが自らの重力にどう対処するのかが、2002年後半の重要なポイントである。一つの示唆は、4月28日に放映されたNHKスペシャル「奇跡の詩人」をめぐる動きであるように思える。これは放映後「祭り」となり、「祭り」として消費され終了するはずであった。だが再放送をしないNHKに対して2ちゃんねる以外の人々を巻き込んだ「ビデオ検証会」が全国15箇所で開催され、学術コミュニティの集団Skeptics日本支部も討論会を開催した。また弁護士滝本太郎とジャーナリスト有田芳生らが2ちゃんねる情報も参照する形で一般書籍を6月26日に出版した。これは2ちゃんねるから2ちゃんねる以外のリアル世界へパスが開かれたことを意味する。とはいえこの動きがどのように進展するのかは未知数である。

 前段は2ちゃんねるに追随すれば2ちゃんねるに追いつけないということだが、2001年には2ちゃんねる以外のアプローチが巨大掲示板群世界に現れた。ひとつは1ch.tvである。結果として泥沼にはまった1ch.tvだが、書き込みに対する少額決済や記者制度によるノイズ低下策などの理念提示と西和彦の存在は、2ちゃんねる以外の巨大掲示板がありえるのではないかと思わせた。ふたつにはスラッシュドットジャパンである。IT技術に特化した雑談コミュニティという集客方針とそれに依拠する広告獲得戦略、閲覧者からのたれ込みを編集者が裏取りなしで掲載するというノイズ低下策、企業がシステム管理を行うなど、少なくともちゃんねる系掲示板群よりも採算戦略を持っている。しかし雑談の現状は本家サイトのようなスクープに乏しく、数多くの2ちゃんねる用語が存在しており、ビジネスモデルとしては再考が必要である。最期にこれは掲示板ではないが、あやしいわーるどのしば氏がメーリングリストを開設してネットに復帰した。捨てメアドで良いとは言え、メーリングリストは投稿者を確実に同定する。これは参加及び投稿にとっては高いハードルである。また掲示板のように投稿が瞬時に反映されるわけでもない。だがそれゆえ静かに自分の書きたいことを書ける。ネットで面白いものを濃い密度で共有しようとすれば、しば氏がメーリングリストで復帰した事実は掲示板というフォーマットから離れざるを得ないのが現在の状況ではないかと思わせる。


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2003年07月05日

クレーマーは一日にしてならず

 最近書いているようにOpenVMSへの道のりは相変わらず遠く、気が付けばiPAQやProLiantに寄り道してしまうという流浪の旅を続けている。iPAQを私の机に積み上げた、横っ腹があくまでもサンタさんのような職場のリーダーはクレーマーである。しかし酒はまったく飲めず、匂いをかいだだけで眠り込んでしまうほどだ。ところで私の職場は私を含めサブコンだらけということもあり、3ヶ月ごとに行われる契約更新でくるくると人が入れ替わる。

 リーダーがそんなふうなので、当然酒の席は歓送迎会ぐらいというペースである。酒を飲まないくせに一番ハイテンションなのがそのサンタである。酒も飲まないくせにおまえ覚えていないのかという周囲のまなざしも忘れているかのように、歓送迎会ごとに話題に出るのがクレーム話、略してクレ(略 である。

その1 信じて買ったADSLルーターが使えない

 サンタさんの前職はSEである。約10年間、AS(IBMのメインフレーム)案件を主に手がけていたIT屋である。そして実家は土地持ちである。その土地に最近家を建てたというのだが、さすがにトナカイはいないもののサンタさんの実家はかなり平和な田舎である。そんな平和な田舎にまったく似合わないクレーマーが住んでいるわけである。

 そんな平和な田舎にも昨年、ようやくADSLが来ることになった。NT○のホームページにそのど田舎の町名が記載されたのだった。現在はヘルプデスク部門のリーダーとして、一般ユーザーのコンピュータ利用規定違反をばしばし取り締まっているサンタさんであるが、ADSLにしようという理由がWin○Xを極めるというものであった。話は前後するのだが、他社のADSLを入れた後でシステム開発部門のリーダと二人でファイルサイズを競い合い、結局二人ともテラバイトのファイルを集めてしまったのだった。
「レアなファイルが飛ぶと交換条件が悪くなるから、仕方なくRAID5を組んだ」とある日サンタさんが疲れた顔で言うのだった。あなたの仕事は何ですか、サンタさん…

 まあそれはよくある話として、話はADSLよりも前にさかのぼる。サンタさんはADSL開通のホームページ告知を見るや否や、さっそくブロードバンドルーターを購入したのだった。そこはIT屋らしく、自分で吟味した他社製品のルーターである。そして○TTへ加入申し込みをすると、担当者から電話が掛かってきたらしい。

「お客様のところへはADSL回線が来ていません」
と言われたらしい。
「まあさっそく電話だわな。おかしいやろそんな話は」
ということでサポートセンターへ電話をかけ、
「御社のホームページを信じて私が買ってしまったルーターはどうすればいいのですか」
となる。私にはこういうセリフなど浮かんでこない。御社のホームページを信じて、というあたりが私にとっては何となくいやかなり引っかかるのであった。

 私なら開通を直接確認したあとにルーターを購入するところであり、
「確認をせずにルーターを買ってしまってすいません」
と思ってしまうところである。しかしそうではない。サンタさんの自宅は町の境界線近くにあり、自宅回線の収容局が隣町だということはずーっと前からご承知なのだ。その上でNTTにねじ込んで、利用可能地域ではない隣町の収容局にADSL機器を設置させるのが最終目的なのだった。いろいろやり取りをしたそうだが、結局隣町の局にADSL回線は設置しないということになったらしい。ではそこで自らの計算が甘かったことを悔やむのが普通の世界での普通の対応だと私などは思うのである。しかしサンタさんが住んでいる世界ではそういうことにはなっていないようであり、
「ところが担当者がわけのわからんことばかり言ってぜんぜんルーター代を出そうとしないから、『ごちゃごちゃ言わんと引き取るのか引き取らんのかはっきりしろ』と言うと引き取らないと言うから、『ちょっとそこで一番偉いやつ出せ』ということになるわけや。当然やろ」
と、サンタさんから見た世界はそういう世界である。お客様係になったとしたら絶対に担当したくないサンタさんであった。

「それで言ってやったわ。『いったいどうなっているのか。企業の公式ホームページで堂々と一般に対象地域を告知しておきながら、よく調べたら開通しておりませんとはどういうことなのか。ある町の名前をそこに書いたら、それはその町のすべての回線がADSLに対応できると言うことではないのか。おまえの会社はそういう詐欺まがいのことをしておきながら、誇大宣伝にだまされた一般人に何の保証もしないようなヤ○ザ企業なのか』というようなことを言ったんやけど、やっぱり責任者は違うよな。気前よく『すみませんでしたそういうことならばお客様がお買い上げのルーターは他社製品ですので、購入代金分の基本料金をサービスということで対応させていただきます。またISDN回線への復帰も行わせていただきます』と言ってくれたわ。でもまあ当然、『もうISDNのTAなんか捨ててしまった』と言うよな。な。そしたら『弊社製品の中からお好きなISDN製品をご指定くだされば、そちらを送付させていただきます』と言うので、一番高いIPMATEの無線カード付きを頼んだ。俺の貴重な時間をあれだけ使ったんだから、それぐらい当然。それでも結局ルーター代は通信料として消えたのと同じだし、俺の苦労を労働時間単価で計算したらぜんぜん割に合ってないけどな」なのだった。当然のことながら、以前使用していたTAは手元に残っていたものと思われる。そんな悔しいことをしているのならば、今の話の中にもっとものすごい話題として出てくるはずである。

 その後他社のADSLがサンタさんの住む平和な田舎にやってきたので、サンタさんは物置にしまってあった他社製品のブロードバンドルーターを引っ張り出し、念願のテラバイト生活に突入すべくISDNから乗り換えた。ただで手に入れたIPMATEは私がヤフオクで売る係に任命され、めでたくサンタさんのパチンコ代として朝露のごとく一瞬で闇の中へと飲み込まれてしまったのだった。私は手数料として缶コーヒーを一本もらった。

 あの、ヤク○なのは会社のほうではなくて…

その2 10年使ったビデオが壊れた

 もう題名だけでどういうことになるかは明らかだとも思うのだが、そういうことがあったらしい。サンタさん曰く、
「ある日、10年使ってきた東○のビデオが壊れたんや。ちょうど結婚して新居に引っ越した時に買ったやつだから10年前のことだな。その日は下の娘が大好きで何十回も見ているお気に入りのディズニーのビデオを見ていたら、突然ビデオの中でテープが絡まってしまってな。下の娘は大泣きするし、俺も娘の大好きなビデオがダメになったから腹がたってな。ビデオデッキが壊れたおかげでビデオテープがダメになったんだから、デッキとテープを弁償するのが当然だろ。でも10年前はまだ大阪に住んでいてその時に買ったビデオだからどの店で買ったのかも忘れてしまったから、東芝のお客様係に電話をかけるわな普通」

 平和な田舎に住むサンタさんは無垢な子供たちへのプレゼントを用意するのに大変で、何かとんでもなく世間知らずなのであろうか。保証書に記載してある保証期間とか、保守部品の最低保有期間とかいうことは知らないのだろうか… いや収容局の話からするとそうではない。あきらかにそうではない。となると私の目の前に居るのはサンタさんではなく、実はAkky…

「そしたらこのお客様係もどうしようもない奴で、保障期間とか保守部品の最低保有期間とかごちゃごちゃ抜かしたばかりか、『ビデオテープはお客様のものですので』などと言いやがった。とりあえずデッキだけようやく直しに来ると言ったかと思えば、有償修理でお願いしますなどと言うわけや。だいだいビデオテープまでダメにするようなもの作るのがいかんやろ。テープ代はとりあえずおいておく事にしてやったにもかかわらず、デッキだけ有償で修理というのはなんじゃそりゃ。自分のところで作った商品が壊れたから有償で修理なんておかしいやろ」

 いや、おかしいのはどちらかというとお客様係ではないような気がするのですがそれは私だけなのだろうか…

「しかもその後、俺様に向かって何と言ったと思う。部品代が8千円で、人件費が2万5千円だと言うんや。つーか2万5千円なんて、それまで俺が電話に費やした時間ですらお釣りが来るわ」

 ふう。私としてはカレーライス1300グラム早食い競争で負けたので無理やり食べ放題の店へ連れていかれ90分間無制限食べつづけ罰ゲームでもう許してくださいというような感じである。 …しかし、これで終わらないのが多分、生まれついてのクレーマーだけが持つオーラなのだろう。いろいろと面倒な対応をこなしてきているお客様係の人たちも、サンタさんが持つ生まれながらのクレームのオーラに、ついつい言ってはいけないことを言ってしまうのであろう。

「それはちょっと高すぎるじゃないかと当然のことを言ったら、ついに奴がしゃべっちまったんだなこれが。『そうなんですよ。最近は新しく買いなおしたほうが、有償修理よりも安いんですよ。よろしければ新しいビデオデッキをお買い上げいただくほうがよいかもしれません』…。俺は心の中で叫んだよ。顔は思いっきり微笑んだけれどそれはあいつには見えないからな。あの瞬間

ついに来たあ!

 でガッツポーズや。そうですかと言って電話を切ったね。そしてもう一度すぐ電話して、『ちょっとそこで一番偉いやつ出せ』と言ったら何か偉そうな肩書きの人が電話に出たから、思いっきり言ってやったわ。『おまえの会社はいったいどうなっているのか。自分の会社の商品を10年間も使いつづけているような客に向かって、自分の会社の商品を捨てろと言うように指導しているのか。10年も使えば愛着も湧くだろ普通。そういう客の心を踏みにじるような対応をしろと指導しているのか。いったいどうなっているのか』というようなことを言ったんやけど、やっぱり責任者は違うよな。気前よく『すみませんでしたビデオデッキの修理は部品と人件費ともども無料で行わせていただきます。しかしお客様のビデオテープにつきましては、大変申し訳ないことをしてしまいましたがそれだけはどうかご勘弁願えませんでしょうか』と言ってくれたわ。でもまあ俺もビデオテープまで弁償しろと本気で言うほど鬼じゃないし、だいたいそもそも鬼じゃないし、これ以上長引かせればあっちも本気になるし、本気にさせたら大会社だから何をされるかわからん。10年前にどこかわからんところで買ったビデオのことで訴訟を起こされたら、嫁も子供も居る身が持たん。そんなわけですぐにその条件で納得したわ。まあビデオは娘がぐちぐち言ったけれど叱り飛ばしたし、そんなもんやろ普通」なのだった。

 あの、サンタさんの中で鬼というのはいったいどんな…

 だがしかし、そんなサンタさんも味方になるといい感じである。

  • 昨年の富士通ハードディスクかこーんかこーんでぶち壊れじつはコントローラチップの製造不良問題
  • ナナオの液晶ディスプレイそのうち突然設定できなくなる実はCMOS書き換えすぎで寿命があっという間に尽きてしまう問題
  • 今年のIBMのNetVista再起動繰り返し実はマザーボードのコンデンサが爆発している問題
  • など立て続けに私の勤めるヘルプデスクがてんやわんやになるはずの問題に対する対応はすごかった。のらりくらりと対応を渋る営業をじわじわと追い詰め、結局全部について無償修理、さらに問題の部品を使っている故障前の機器を全部向こう持ちでオンサイト修理にしてしまった。

     さらに現在進行中のネタがあって、100個単位で購入したそれほど単価の高くない機器に不備があったのだった。全交換を渋るベンダーにキレたサンタさんは今週、とても珍しいことに交換をあきらめたのだった。その代わり、われわれデスクトップサービス部隊がこの件でいままで費やした工数、将来費やすことになる工数を今後全部カウントし、それにうちの最高単価をかけて請求すると言い放ってベンダーとの電話を切ったのだった。

     あの… それ多分、全部で1.5人月ぐらいになるはずなんですが… しかもこのベンダーとサンタさんとの電話時間も工数に入るんですよねきっと…

     やはりこうなるとクレーマーというより、○クザとか鬼と言った方が良いような気がする。とは言えこういう人がわれわれの上司であると言うことで、われわれデスクトップサービス実働部隊は大いに救われるということもまた真実である。

     この文章、ちゃんと誉めてるよな。


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    2003年06月22日

    一杯の完璧な紅茶の淹れ方(英国王立化学協会による翻訳許可済)

     最近、英国王立化学協会サイトを眺めていたら楽しそうなプレスリリースが出ていた。英国といえば紅茶、紅茶といえば英国というまさに英国の王道である紅茶道について、英国といえばウイット、ウイットといえば英国というまさに英国の王道であるウイットあふれる書き方で書かれていた。さっそく転載翻訳についてのページを探したら、再配布禁止であった。しかし翻訳については何も書かれていない。英語の文章を英語で転載すればそれは間違いなく100%の再配布である。しかし日本語に翻訳した文章の読者は英語で書かれた原文の読者とは競合しない。英国王立化学協会が日本語訳を自ら手がけていない以上、僕が翻訳を掲載することは英国王立化学協会の「布教」となるはずである。
     …と、あくまでも自分にやさしくなった僕は英国王立化学協会にメールを送り、日本語訳のウェブ掲載許可を求めたのであった。僕にとって
    Everything is Possibleを謳うHewlett Packard以外はEverything is Possibleであるというジンクスは今回もきっちりと発揮され、あっという間に英国王立化学協会から許可の返事が送られてきた。村上春樹のやれやれとは用法が違うものの、やれやれ。
     そんなわけで今回はthe Royal Society of Chemistry発行のHow to make a Perfect Cup of Teaを(おそらくはじめて。だって誰も返事くれないんだもの。このサイトが闇翻訳だらけとはいえ、僕だってちゃんとがんばってるんだぁー、の)合法的な翻訳でお届けします。翻訳およびウェブ掲載の許可はもらったけれど、翻訳転載に関しては何のアクションも起こしていないので、もし奇特にも転載を試みようとする方は自己責任で都合してください。ここへのリンクとか訳者クレジットなんか入れていただくとここにくるお客さんが増えるかも知れないからうれしいなあ。まあいないだろうけれど。あとBlitish Standard発行のBS6008(もしくはInternational Organization for Standardization発行のISO3103)も紅茶の淹れ方を規定しているが、ドキュメントが有料なので日本語訳をするかどうかはちょっと考慮中。というか、販売しているぐらいだから不可だろうなあ。

    追記 2003年7月5日:Blitish Standard発行のBS6008 "Meathod for Preparation of a liquor of tea for use in sensory tests"を入手したので、現在訳出中です。日曜日には公開予定。一杯の完璧な紅茶をウイットあふれる英国人風にたしなみながら待つべし!

     紅茶のページを独立させたので、リンクを張ろうという暇な方はこのへん[を|から]どうぞ。

    #翻訳ここから#
    一杯の完璧な紅茶の淹れ方

    材料:缶入りのアッサム紅茶、軟水、新鮮な冷たい牛乳、白砂糖
    調理器具:やかん、磁器製紅茶ポット、大きな磁器製マグカップ、メッシュの細かい紅茶濾し、ティースプーン、電子レンジ

     やかんに新鮮な軟水を注いで火にかける。時間、水、火力を無駄にしないように適量だけを火にかける。

     湯が沸くのを待つ間、4分の1カップの水を入れた磁器製紅茶ポットを電子レンジに入れて1分間最大出力でチンする。

     やかんのお湯が沸くのと同時にチンしたポットからお湯をあけているように行動を同期させる。

     カップ一杯あたりティースプーン1杯の茶葉をポットに入れる。

     沸騰しているやかんまでポットを持っていき、茶葉の上に注いでかき混ぜる。

     蒸らすために3分間放置する。

     理想的な入れ物は磁器製マグカップか、あなたのお気に入りの自分用マグカップである。

     先ず牛乳をそのカップに注ぎ、続けて紅茶を注ぎ、豊かでおいしそうな色合いの完成を目指す。

     味わいのために砂糖を加える。

     熱すぎる紅茶を飲もうとすることで起こりうる下品な飲み方を避けるため、摂氏60度から65度で飲む。

     個人的な化学:紅茶を楽しむための最適な環境を手に入れるために、静かで落ちつきある自宅のお気に入りの場所で紅茶を飲むための位置を完成させようとする試みは、紅茶のひと時を特別な次元へと引き上げる。最高の結果のためには、あらかじめ冷たい雨がひどく降る中で少なくとも30分は重い買い物袋を担ぎ、犬を散歩させる。この準備は紅茶の味をこの世のものとは思えないものに変える。

     一杯の完璧な紅茶と一緒に読むことを推奨する理想の読み物:ジョージ・オーウェル『Down and Out in Paris and London

     ラフボロー大学Andrew Stapley博士がこう記述している。

  • あらかじめ沸かしたことのない新鮮な注ぎたての水を使うこと。あらかじめ沸かしたお湯は、紅茶の風味を引き出すために大切な混入酸素を失っている
  • 硬水は避けること。硬水中のミネラルが不快な紅茶の不純物を引き出す。硬水地域に住んでいるならば軟化処理(濾過)された水を使う。同じ理由でミネラルウォーターは使わない。
  • 完璧を期すために、われわれは紅茶ポットと缶入り紅茶の使用を薦める。紅茶ポットは磁器製であるべきである。金属製ポットは紅茶の風味を損なうことがある。ティーバッグはお手軽ではあるものの、ティーバッグは抽出を遅らせ、遅い抽出はよいことではあるが、分子量の大きいタンニンには好ましくない(以下を見ろ)。
  • 茶葉を多量に使う必要はない。カップあたり2グラム(ティースプーン1杯)が通常は適量である。
  • 紅茶の抽出はできる限り高温でおこなわれる必要があり、また適当に余熱されたポットが必要である。少量のお湯をポットに入れ何秒か回しても十分ではない。沸騰したお湯を少なくともポット4分の1は注ぎ、30秒以上置かなければならない。それからすばやく流れるように、紅茶ポットからお湯をあけ茶葉を加え、やかんから沸騰したお湯を注ぐ。
     よりよい代替案は、電子レンジを使って紅茶ポットを予熱する! 紅茶ポットに4分の1水を注ぎ、1分間最高出力でチンする。その後お湯をあけ、茶葉を入れお湯をやかんから注ぐ。お湯をあけた直後、まさにそれと同時にやかんのお湯が沸いた直後にお湯を注ぐことが同期するように目指す。「紅茶ポットをやかんのそばに」持ってくることは、温度を高く保つ一助となる。
  • 通常3分から4分蒸らす(茶葉による)。より長く蒸らせばそれだけ濃いカフェインが紅茶に抽出されるというのは神話である。カフェインは比較的早期抽出されるものであり、カフェイン抽出はおおむね最初の1分間で完了する。しかしながらそれ以上の時間をかけることは、紅茶に色とある種の香りを与えるポリフェノール複合体(タンニン類)が出てくるために必要とされる。とはいえ3分以上の抽出では、いやな後味を残す分子量の大きなタンニン類を出してしまう。
  • お気に入りのカップを使う。ポリスチレンのカップは決して使用してはいけない。これは紅茶をいつまでも飲めないほど熱いままにする(そしてまた牛乳をダメにする。以下を見ろ)。大きなマグカップは小さなカップに比べ熱をより長く持続させ、なおかつ余計な紅茶を必要とする!
  • 変性蛋白を含むUHT牛乳ではなく、冷えた新鮮な牛乳を加える。さもないと味が悪くなる。牛乳は紅茶の前に注がれるべきである。なぜなら牛乳蛋白の変性(変質)は、牛乳が摂氏75度になると生じることが確かだからである。もし牛乳がお湯の中に注がれると、それぞれの牛乳滴は牛乳としてのまとまりから外れ、確実に変性が生じるだけの時間を紅茶の高温に取り囲まれる。もしお湯が冷たい牛乳に注がれるならば、このような状況ははるかに起こりにくい。一度完全に混ざってしまえば、ポリエチレンのカップが使われていない限り液体の温度は摂氏75度を下回るはずである。
  • 味を調えるための砂糖は最後に加える。牛乳と砂糖はともに紅茶が持つ刺激性を和らげるように働く。
  • 紅茶を飲む完璧な温度は摂氏60度から65度の間であり、もし上記の手引きが使われるならば、この温度は1分以内に得られるはずである。これ以上高い温度は、紅茶を飲む際飲み手に対して紅茶の過剰な空冷を必要とさせ、また毎日の会話中に下品な音が伴うことになる。ティースプーンを何秒か紅茶の中に浸しておくことは、とても効果的な冷却のための対案である。
  • 以上
    #翻訳ここまで#

     UHT牛乳:Ultra High Temperature(超高温殺菌法)で殺菌処理した牛乳のこと。摂氏120度で2秒間加熱する牛乳の殺菌法。摂氏63度で30分間殺菌することをLTLT法(Low Temperature Long Time)、摂氏75度で15秒間殺菌することをHTST法(High Temperature Short Time)という。

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    2003年06月22日

    いつか見た魔道

    「お前ら、昨日の状況を俺が知らないとでも思ってるんか」僕は中学二年生の男子塾生二人のうち、最近入ってきた『学校の問題児』の目をゆっくりと見つづけた。彼はふてくされようかすまなさそうな顔をしようか決められないような緊張を顔全体に表しながら、それでも平静を装おうとしている。
    「さんざん無茶したらしいな。昨日は怒らない女の先生がひとりしかいない日だな」僕は、もうひとり左に座らせた塾生の目までじっくりと時間をかけて目線を動かした。彼には最近よく説教をかましていることもあり、彼は半分聞き飽きたような顔をしている。
    「ここは塾だ。そんなことはわかってるよな。勉強ができるようになるためにくるところだ。だからいま勉強ができないからといって、それはぜんぜん恥ずかしいことじゃない。努力しないで100点を取るやつよりも、努力して50点を取るやつが偉いのが塾だ」僕はもう一度問題児の目を見るように目線を動かした。僕がむかし彼らのように椅子に座らされ同じように説教を受けていた日のことが記憶のかなたにオアシスのように浮かんで見えた。何回僕はこんな風に説教されたんだっけ。教室の教師用デスクで説教をしている先生を学年順に思い出し、それから正面入口右にあった第一職員室の英語教師のデスク、理科教師のデスク、数学教師のデスク、北校舎の第二職員室にいた英語教師、社会教師、体育教師、西校舎の技術室の技術教師… たいがい全員に殴られたけれど、教頭に殴られたのは小学生の頃だったかなあ… ああいかん、こんなこと考えている場合じゃない。説教するときは全力で説教しなきゃ説教の効果がなくなってしまうな。
    「だが、俺の授業でちゃんと勉強をするのに、怒らない女の先生の授業でまったく別の行動をとるやつは、勉強ができるできないなんて関係ない。それは単なる卑怯者だ。おまえらがしたことは、強い奴の言うことを聞いて弱い奴をいじめるのと何も変わらない」僕はため息をついた演技をして目をふとそらし、もう一度問題児を見据えた。
    「おまえ、弱いものいじめするのか」

     彼はやや時間を置いたあと、いいえと答えた。
    「じゃあなぜ俺の授業のときに俺にかかってこない。なぜ俺の授業はおとなしく受けて、あの先生の時だけ無茶するんだ。怒らない女の先生には協力して、俺にかかってくるのが男じゃないのか」僕は彼の返答に時間を置かず二人に言った。
    「どうせなら俺にかかってこいよ。もちろん俺は怒るけどな。そうなったら俺はもちろん怒る。だが俺にかかってきたからといって辞めさせはしない。お前たちがここにいても意味がないと俺が判断したとき、ほかの塾生に限度を超えた迷惑をかけたときには辞めさせる。塾は学校と違う。やめさせると俺が判断したときにはやめてもらう。そうすれば俺はもうおまえたちと関係なくなる。おまえたちの勉強がどうなろうが、人生がどうなろうが俺には関係ない。しかし俺は、俺にだけかかってくるおまえたちを男だと思うだろう」ああ、僕は何を言ってるんだろう。僕はこんなことを言えるほど偉い人間なのか。そうじゃないな。この塾の教室長という立場があるから言うべきことなんだろう。
    「学校では謝れば何度でも許してもらえる。先生たちにはお前たちに学校を辞めさせる権限がないからだ。何度でも言うが、ここは学校じゃない。もしお前たちが本当に卑怯者ならば、俺は問答無用でお前たちをやめさせる。だがここに勉強をするつもりで来て、今より10点でも15点でもできるようになろうと思うのならば、いつでもここに来い。ここには勉強する道具がある。勉強する環境がある。そして俺はお前たちに勉強を教える」僕はいかにも自信に満ち溢れた人生の師であるかのようにしゃべり続けていた。そろそろ切り上げるか。ゆっくりと二人の目をもう一度見た。

    「勉強をするよりも大切なことがあると俺は思う。卑怯者になるな。弱いものをいじめるな。強いものに立ち向かえ」ふう。大人って疲れる。

     そうやって怒っている僕の中には、安全な場所で安全な人間に向かって能書きを吹きまくる心地よさがあることは否定できないことだった。これがまた、この感覚を味わうために怒ってみても良いかもしれないほどに心地よい。そりゃそうだろう。この教室での僕は間違いなく蝿の王として君臨しているのだから。この気持ちは魔道の入口を見せられた者の気持ちだろう。今の僕にはこの感覚は違和として認知されている。しかしこれが2年経ち5年経ち日常の中にこの違和が埋没した時、僕は惑うの奥深く迷い込んだことに気が付かないほど迷い込み、ただつまらない強制と命令を偉そうに押し付けるだけのいやな大人になるのだろう。もしかしたらすでに今も彼ら二人の目にはそのように映っているのかもしれない。それも通り過ぎてそのような存在になってしまっているのかもしれない。とはいえ中学生の彼らに対して、大人だとか男だとか正義だとか人生だとかにまつわるあの疲れた感じを正直に吐き出したとしても、それもまたある種のいやな大人として彼らは受け取ることだろう。
     そのような考えをたどっていくとどのようであるかという違いはあるものの、僕がどのような態度をとったところで結局のところ必ずある種のいやな大人として彼らの前に存在するしかないのではないか。まさに絵に描いたようなダブルバインデッドな状態にはまり込んでいる。前門の虎後門の狼、四面楚歌、引くも地獄進むも地獄… そういう時は自分がはまり込んでいるFrameWorkを相対化するのだ。パタリロだって言ったじゃないか。水平思考には垂直思考。どうせいやな大人として彼らの目に映るのならば、正面切って正しい大人とやらを演じきるほうがまだ救いがあるだろう。

     そんな自己弁護を繰り返しながら、僕は23時に教室の鍵を閉めてから道路向こうの駐車場のフェンスにもたれてタバコに火をつけた。しかし彼らには僕の何かが幾分なりとも伝わっているのだろうか… そもそも僕には彼らに伝わるべき何かが幾分なりとも存在しているのだろうか…

     タバコの味がいつもとは違った。地面が少し傾いている気がした。僕はタバコの煙をすべて吐き出すために何度か深呼吸をした。僕は目を閉じ、背中をすべてフェンスにもたせてゆっくりと呼吸をした。中学生の僕の目の前で説教と鉄拳を繰り出した先生たちの姿が煙のように立ち上っては消えていった。あの時僕にとって確実に大人だと映っていた先生たち。あの時僕の目の前に見えていた彼らの見えない胸の内には何らかの確信があったのだろうか。あの時僕を数え切れないぐらい殴った担任の先生は、今の僕よりも若かったはずだ。

     目を閉じたままタバコの続きを吸った。そんなに変な味はしなかったので、タバコの味をおかしく感じたのは僕の気のせいなのかもしれないと思った。煙を吐き出すと、あの時僕の目の前にいた先生たちがいま僕のとても近くにいるような気配を感じた。彼らは魔道の奥深くから僕を呼んでいるような気がした。でもタバコの煙をそれから一度吐き出すと、彼らが魔道の入口から僕を引き戻そうとしているような気がした。そしてもう一度タバコの煙を吐き出すと、彼らの気配はもうどこにも感じられなかった。


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    2003年06月15日

    OpenVMS への道のり 第三回:Everything is Possible.

    (前回までのあらすじ)私が個人で合法的に OpenVMS を手に入れるためには、ユーザーズグループの会員資格が必要だった。しかし日本のユーザーズグループである DECUS Japan へつながると思われるアドレスへメールを出して一ヶ月が経ち、まだ何の音沙汰もないままだった……

     そんなわけで傷一つない重厚なねずみ色の発売価格500万円の購入価格1万2千円の [D|I|G|I|T|A|L] AlphaStation500 は、漬け物石にもなれないままお部屋のインテリアと化しているのだった。その他お部屋のインテリアとしては MITSUBISHI TDF22X、SONY MultiScan20sf3、TOTOKU CV213 の大画面 CRT トリオがあるのだが(できることならどなたかに譲りたい)、その脇に燦然と輝く… わけはないが [D|I|G|I|T|A|L] AlphaStation500 が並んでいるのは非常に満足… していてはいけないのだった。

     相変わらず DECUS Japan 方面からの連絡は何一つなかった。あーやだやだ。これだから DELL にやられっぱなしで弱者連合しなきゃいけなくなっちゃったんだよ。徐々に少なくなっている既存ユーザーをつなぎとめておくこともできなきゃ、どうやって盛り返すってんだ。大体ようやく日本で発売した iPAQ の h1920 だって、DELL 対抗のくせになんで SDIO 非対応なんだ。ジャケットだって装着できないし、あれじゃあただのくそ高いメモ帳じゃないか。(注:DECの業績が落ち込んだのはDELLのせいというわけではない)

     そんな悪態をついてみたくなるほどの放置プレイだ。私はその間日本HPのウェブサイトまで出かけ、お客様の声コーナーに書き込みまでおこなったにもかかわらずの放置プレイなのだ。しかも3回もだ。DECUS Japan 方面で調べがついたチャネルにはすべて発信を行ってしまった。これ以上はもう鼻血も出ない。

     私の鼻血は出ないのだが、私の勤務先はお金がある。私の勤務先はとある研究施設だ。ある日私が出勤すると、デスクの上にどーんとダンボールがおいてある。わがデスク周辺がリアルテトリス空間になったかのように小さ目のダンボールが5個台形に積み上げられていた。つるつるのシルク印刷がまぶしいダンボールには赤い字で
    COMPAQ iPAQ H3950
    と書いてある。金なしツキなし女なしの三無主義を貫いてはや5年の私にようやくサンタさんが目をつけてくれたのかと思った。しかしなぜiPAQを5個なのですかサンタさん。なぜ本体とジャケットや通信カードや512MBメモリにしてくれないのですかサンタさん。なぜグレードも中途半端なH3950なのですかサンタさん。というよりもこのサイトで記述しているように、H3950を5個新品で買える値段で、中古のDS20が買えるんですよサンタさん…

     えっ

     もしかして、こういう私の態度がいけないのですかサンタさん。私にサンタになれというのですかサンタさん。私がサンタとなり、幸せを与える役割になれというのですかサンタさん。ああサンタさん。サンタさんは私の人間的成長を求めておられるのですか。でも今の私は目の前のiPAQをさっそくヤフオクに流してしまおうと思ってしまいました。ああサンタさん私の弱い心をお許しください。サンタさん…

    「これ来週管理職の人たちに渡すから、1週間で設定とトラブルシュートできるようにしといてね」サンタさんのような体つきをした職場の上司が後ろから私に言うのだった。
    「えっ。そんな話があったんですか」と私はおなかがサンタさんのような上司に尋ねた。
    「なんか突然、管理職の人たちにPDAブームが起きたらしくて、その場で発注になったらしいよ」横っ腹までサンタさんのような上司が言った。
    「いやでも使うんでしょうか」
    「多分使わないんじゃないの。だいたいノートpc持ち歩いてるし」
    「じゃあ何で買うんですか」サンタさん…
    「管理職だから」
    「そうですね」サンタ…
    「ということでよろしく」
    「サ」ンタの野郎…
    「えっ」
    「いやなんでもありません。わかりました」

     サンタさん… われわれ外注の金額は上がるどころか更新ごとにカットされているというのに、その場でiPAQですか… 役付だからってなんでもありですか。そうですよね。ヒエラルキー社会では階位が上ならばなんでもありですよね。

     そんなわけで私は今iPAQ H3950のトラブルを出すべく、管理職から降ってきたプレゼントを持ち歩いているのだった。

     ともあれh1920か、夏に登場しそうなDELL Axim X5(ほんとは99ドルとも噂されているAxim X3でも良いかと思っているのだが)を購入しようかなあと思っていた私にとっては、PocketPCを実際に使う機会ができたことはまあそれはそれでいいかとつぶやくのだった。ヒゲだらけの赤いデブのプレゼントはiPAQの使用権だったのか。せこい。せこすぎるよ。赤くてせこいのはシャアだけでおなかいっぱいである。

     で、トラブルシュート用のiPAQのToday画面(デスクトップ画面みたいなもんですね)はこうなっているのだった。

    [d|i|g|i|t|a|l] PocketPC TodayScreen  例によって例のごとくですね。

     まあそんなことでiPAQサポート業務がまた私の業務に組み入れられてしまったのであるが、PocketPCが私の生活にとってどういうものなのかは大体わかってきた。

    1 インターネットにつながらないと実用性は半減する
    2 暇つぶし用のアプリケーションがあれば最高
    3 Exchangeサーバで情報管理をしているのならば最高
    4 Today画面等環境をカスタマイズすれば最高
    5 Excel、Word、Acrobatが使えるのはなかなか便利
    6 画面が大きいのは最高
    7 でかくて重たいのはちょっと
    8 電話できたら最高なのになあ
    9 DVDとテレビを見られたら最高なのになあ
    10 家計簿をつけるのには便利だろうなあ
    11 予定管理入力がpcで行えるのはすごく便利
    12 画面保護カバーは横ではなく上に開いてほしいなあ

     こんなところである。どうせ携帯電話に比べたらでかいのだし、それならば携帯電話の機能を取り込んでプラスアルファPDAでしかできないことができないと意味がない。画面を広く取るかぎりでかくなるので、広い画面で何をするかということを考えると、pcのアプリケーションを利用することと暇つぶしにりようすることだろう。折りたたんでも良いかもしれない。pcでも2画面出力はそれなりに普及しているし。ただPDAを折りたたむと小さなブロックぐらいの大きさになってしまうので、折りたたんだときの厚さが現在のPDAぐらいになればなあ。電話機能に関してはPocketPC Phone EditionやSmartPhoneが登場した事を見てもやはり需要はある(とマイクロソフトは踏んでいる)らしい。でも画面が汚れそうだなあ。通話機能は裏側につけてほしいと思う今日この頃なのだった。

     そんなわけでPocketPCについては、
    12 Exchangeサーバではない人なら携帯電話で十分
    13 ExcelやWordをモバイルで使う会社の人でなければ携帯電話で十分
    14 DVDをSDカードなどに手軽に押し込めたり、テレビを見ることができるようになれば携帯電話なんか目じゃない
    15 お金が余っていて移動時間に暇つぶしをしたい人は買ってよし

     そんなことはいいのである。問題はDECUS Japanと日本HPの放置プレイである。しかし書くことは何もない。

    送った
    待った
    来なかった

     以上。そんなわけで私は途方にくれないのが生まれてこの方物心ついてからの精神原理であるらしく、こういう考えが心に生まれたのだった。こうなったらなんでもありだ。

    そうだ
    Encompass
    出そう

     私は思考をEnglishモードに切り替え、Encompassのインフォメーションの人に宛ててメールを書いた。最近Alphaユーザーになった日本在住者ですがそちらのページに書いてあるDECUS Japanアドレスにメールを送ったが無視され、日本HPにも無視されたので最新の情報があれば送ってほしいのですそれでもしよろしければEncompassに入会はできないものでしょうかそちらの入会要綱を読みましたが海外在住者や非米国者に冠する規定を見つけることができませんでした、というような文面にした。

     ぽち。送信。

     IBMで一枚Today画面を作成し… 返事がきた。3時間後のことだった。


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    2003年04月24日

    明かりを消した教室で

     僕は事務作業に不必要な明かりを消した教室で、266MHzCPUのHP製コンピュータに向かってせっせと学習状況管理表のバージョンアップを 行っていた。文章の終わりに「。」を打ちいれるたびに、30分前に聞いた生徒の一言を思い出していた。それは小さな学習塾の教室長にとってとてもうれしい一言だった。

     うねうねと紆余曲折がうようよした結果、僕は現在とある学習塾の教室長をしている。教室長というのがどういう仕事なのかは、実際教室長になるまでぜんぜん知らなかった。早い話が学校の校長プラス教頭プラス教師プラス事務長プラス事務員プラス用務員というところだ。え、まったくわからないですか。最近記者会見をしていた高田延彦いわく、
    「なんでもやります。以上」
    ということだ。そういう意味で言えば一教室の統括本部長というわけだ。

     僕は毎日20時にその教室の入り口をくぐる。すると毎日6人ほどの塾生が問題を解いている。僕の顔を見るといつもにこにこと笑顔を見せる塾生が今日も入り口の一番近くに座っていて、いつものようににこにこと笑顔を見せた。当番の講師に生徒の状況を聞き、その日塾生たちに与える宿題が用意されているかどうかを確認する。僕は教室隅に据えられた灰色の講師用デスクにつき、その日の講師がどのように塾生に授業を行っているかを伺いながら、塾生たちの学習状況管理マニュアルのバージョンアップに取り掛かろうとする。でもそれはいつも捗ったためしがない。

     当番の講師が現金で月謝を受け取っていれば領収書を切って塾生に手渡す。学校の勉強が不得意な塾生が宿題を持って帰れば家に毎回電話をかけ、塾生の学習状況と宿題の行い方を保護者に伝える。教室をぐるりと見渡して清掃状況を確認し、受信ファクスの確認をして送信すべきデータをファクスする。足りない備品や教材を発注し、鉛筆を止めてさえない顔をしている塾生に声をかけてわからない問題をわかるように教え、今日学校であったことを話し出す塾生に茶々を入れて講師に静かにしてくださいと怒られる。そしてコンピュータに向かって多少マニュアルのバージョンアップ方針を考えていると、また鉛筆を止めている塾生の姿が視界の隅に入ってしまう。僕は一度に二つ以上のことをうまくこなすことがどうやら苦手らしい。結局マニュアルに手が入るのは、塾生たちをみんな送り出した後になる。節約のために不必要な照明を落とし、壁にかかった丸い無愛想な時計の針が進む音を聞きながら終電ぎりぎりまでやるべき作業を行う。そしてシャッターを下ろして地下鉄まで早足で帰っていく。まあそういうのが、あいまいな教室長の私である。

     フランチャイズとしていちおうのマニュアルはあるとはいえ、それは塾の数だけカスタマイズされなければならない。それはスーパーマーケットやCVSなど高度にマニュアル化された産業とまったく同じことで、マニュアルはカスタマイズされることではじめて命を与えられるのだ。そしてこの教室でそれを行うのは僕の役割だ。

     その教室は昨年立ち上がったフランチャイズのフランチャイジーで、僕はそこの雇われ教室長だ。このフランチャイズの売りのひとつとして、入塾選抜を一切行わない。全国、地方を問わず大手学習塾のほとんどは入塾選抜を行う。なぜかというと「質の悪い」子供を遠ざけるためのいいわけだ。というのが教室長になってよくわかった。「質の悪い」というのはもちろん、その学習塾側から見た評価だ。たとえばとても性格がよい子供であっても、テストの点を取れない子供は「質の悪い」子供だ。人気のある高校に合格しなければ、その塾の評判が上がらない。すると新規入塾生があつまらない。ようするにもうからないのだ。

     僕はそれを悪いとは言わない。よくないことかもしれないが。教育機関のひとつとはいえ、儲からなければ続けることができない。続けることができなければ、その塾に入ることで成績を上げられるかもしれない子供たちの可能性を閉ざすことになる。第一この教室が入塾選抜を行わないのは、そうしないと塾生が集まらないからというのが理由なのだから。もちろん理念として、入塾選抜に残れない子供たちにチャンスを与えようというのはある。でもそれはあくまでも理念である。塾にとって「質の悪い」よくしゃべりよく反抗しよくサボる子供たちばかりを集めるわけにはいかない。そういう子供たちを教え導くのがおまえの役割だろうという正論に対しては「まあそうですね、はい」と言うしかないし、そうあるためのシステムを作るために毎晩終電に乗っているわけではあるけれど、そううまくいくものなら僕は今ごろ新進気鋭の学習塾フランチャイジー経営者になっているはずだ。でも実際はそうじゃない。そうあるように努力はしているけれど、努力しているということと結果そうであることの間にはほんとうに大きな溝が横たわっている。すくなくとも、今の僕には。

     そんなわけで、30分前に塾生の一人が僕に話したことは、最近塾が変わったということだった。以前は塾生たちが授業終了後あっという間に帰っていたが、最近は(そして今日も)授業が終わっても居残るようになったという。僕は3月中旬からこの教室に赴任したので、彼女が言う「以前」のことはわからない。わかっているのは、少なくとも3月に比べて塾生たちに笑顔が増えて、僕と話をする時間が増えたということだけだ。眠そうな塾生には「おまえ外に出て走ってこい」とか「机にひじをつくな」とか小うるさいことを僕は赴任以来彼らに言いつづけている。そして僕と講師陣は、英単語の暗記や計算問題など塾でわざわざやらなくてもいいけれどどこかでやらなければならない学習を、宿題として毎回山ほど出している。そういうなかで塾生たちが僕や講師たちに嫌悪を抱かないとすれば、それはこの教室(に来ている塾生たち)のために僕が変更を加えているマニュアルが、うまく機能をはじめているのかもしれない。

     最近塾が変わったよ… ああ、そうかもな。このまま勉強を続けていい点取れよ。僕はそう言う。僕個人がどういう信条を持っていても、僕はそう言う。学習能力の向上以外のことを伝えるとしても、それは学習能力の向上を通じて伝える。かなうものならばおまけとしてそれが伝わるような学習能力向上システムを実装する。個人的なうれしさは、明かりを消した教室で。それがあいまいな塾の教室長としての私だ。


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    2003年04月21日

    どこへいこうモバイルページ(リンク集)

    ひまつぶしに作ってみました。そのうち雑文など載せるかもですが、いまのところリンク集です。AirH Phone だとモアベターよ。どぞ。
    どこへいこう モバイル


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    2003年04月14日

    またもや壁紙(オタク専用)

     人間よりコンピュータが好きという人は使ってください。私は使ってます。

    vmsdigital_b_s.png  vmsdigital_r_s.png  alphapwd_bk.png  vmsdigital_w.png  ap.png ibm_co_b.png  intel_isd.png  tru64_w.png

     あとこんなのも。ケイタイに Windows CE が?と見せかけることができます。

    mail_ce2.png


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    2003年04月13日

    たまには壁紙(だいたい [d|i|g|i|t|a|l]専用)

     えっと、AMD, COMPAQ, 3Com, hp, OpenVMS, digital などやってみました。なんで OpenVMS COMPAQ や OpenVMS HP が無いのかというのは問答無用です。日々これらの会社の製品にはお世話になっています。クレームが来たら消します。

    amd128.png  compaq_bl.png  3com_logo.png  hp.png  openvms_wh.png

    vmsdigital_bk.png  vmsdigital_gs.png  digital24all.png  digital24mono.png

    vmsdigital.png  digital24red.png  alphapwd.png  openvms.png


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    2003年03月23日

    About Mr. Seymour Cray and The History of Yahoo!

    Seymour Cray [cray.com]
    Seymour Cray, father of supercomputer, dies [cnn.com]
    Cray Memorial [lornnet.com]
    Interview with Seymour Cray [americanhistory.si.edu]
    THE GENIOUS: Meet Seymour Cray, Father of the Supercomputer [businessweek.com] Seymour Cray says... [hokudai.ac.jp]
    Seymour Cray [so-net.ne.jp]
    A Tribute to Seymour Cray [ucsf.edu]
    A Seymour Cray Perspective [microsoft.com]
    A Brief History of Hackdom [linux.or.jp]
    Cray Research Virtual Musium [cbi.umn.edu]
    Real Programmers [geocities.co.jp]

     うーむ。適当にシーモア・クレイ氏についてググってみたのだけれど、翻訳ネタに困らない量の面白いページがあるものだ。特に lornnet.com のご記帳ページには、CDCやCrayで仕事をした人たちがそれなりに書き込んでいる。クレイ氏は96年10月5日に自動車事故で逝去し、その数時間後からの書き込みがそのまま残されている。

     インターネットが持つ、優れていて同時に無駄でかつ意味がありそれでも残酷でもある特徴のひとつは、生の言葉がその時々の命を失わないまま残されることだ。言葉が活字になれば、客観的な対象としてそれを読む人間と言葉との間には厳然とした壁が構築される。それはテレビでも同じで、「あの作家が実はあんな人間だった」とか「あの芸能人の隠された実像」とかいうのが人々に好まれるというのもそういうことだ。メディア上の言葉とその読者との間には編集者が存在することを知っているし、実際それは読者に届く間に他者によりマーケティングされ編集されているのだ。しかしいくつかの留保がつくとはいえ、インターネット上の言葉は編集されない言葉が数多く存在する。それは平均的に見れば、大体編集済みの言葉より品質は低いし内容は薄い。何度も取り上げてきたネチケットの問題、ネットニュースや掲示板で日々繰り返すフレームなどはまあ人間のどうしようもなさをこれでもかと見せつけ続ける。

     でもインターネットにはシーモア・クレイ氏追悼板のような生の言葉も保存される。氏に思い入れが無い人はそもそも書き込まないとはいえ、関係者たちが氏をああいう風に悼んでいるのはやはり、シーモア・クレイ氏がプロテスタンティズムの精神を体現した人物だったのだろうと思わせるのに十分である。ポロシャツにジーンズにタバコに四川料理のファストフードという現在のコンピュータ業界とは違う、古き良きアメリカ職人だったのだろうなあ。まあ96年というのは夜な夜なゴミ発言を掲示板で繰り返すようなネット厨房なんてのも少なかっただろうし。平和な時代が終わろうとするころだから、ああいう書き込みも成り立ったんだろうな。私のこのサイトは未だ古き良き平和な時代が続いているが。

     今から思えば96年はITバブルが膨らみつづけたころ。94年に Yahoo! が立ち上がった。そのころの Yahoo! は、akebono.stanford.edu なんてアドレスにサイトしていた。そういう時代のころだ。ちなみに初期 Yahoo! はこんな感じだった。結構今でもこのレイアウトを見かける。 The Internet Archive で検索したがダメだった。

     ということで、ヤフーの歴史ページを翻訳します。いちおうヤフー日本にも同じページがあるのだけれど、なんかちょっと意訳っぽいのでまあなんとなく意味がないわけではないかと思ってみたりする今日この頃でありました。


    Yahoo! の歴史−その黎明期は…

     Yahoo! は一生徒の趣味として始まり、人々がお互いに交流する方法や、情報を検索しアクセスする方法、購買の方法を変えることになった世界的ブランドへと進化した。 Yahoo! の二人の創業者、スタンフォード大学電子工学科の大学院生だった David Filo 博士と Jerry Yang 博士は、インターネット上で彼らの関心事を追跡するための方法として、1994年2月に大学の trailer で彼らのガイドを立ち上げた。彼らは程なく、自身の博士論文よりも多くの時間を、彼らの手作りお気に入りリンク集のために費やすようになっていた。最終的に、 Jerry と David のリストはあまりに長大で手を入れるのにも困難になったことから、彼らはリストをカテゴリに分割した。カテゴリにも収まらなくなった時、彼らはサブカテゴリを作った… こうして Yahoo! の基礎概念が誕生した。

     このウェブサイトは『ジェリーの World Wide Web ガイド』として始まったが、結局辞書の助けを借りて新たな別名を与えられた。 Yahoo! という名前は、 Yet Another Hierarchical Officious Oracle の頭文字をとったものだったが、 Filo と Yang はヤフーという言葉の一般定義が好きだったからこの名前を選んだのだと主張した。それは「気取らない、洗練されない、とりすまさない」という意味だ。ヤフー自体は最初、 Yang の院生用ワークステーション「Akebono」に作成され、一方ヤフーのソフトウェアは Filo のコンピュータ「Konishiki」に置かれた。どちらの名前も歴史に残る力士にちなんで名づけられていた。

     Jerry と Yang はすぐに、有益なウェブサイト検索をそこだけで行える場所を求めているのが自分たちだけではないことに気が付いた。ほどなく、スタンフォード以外からも何百人もの人々が自分たちのガイドにアクセスしてきたのだ。評判はあっという間に友人たちから、緊密に繋がっていたインターネットコミュニティを通して多くの知り合いへと広まった。 Yahoo! は初の一日100万ヒットを1994年秋に記録た。それはユニークビジター換算で約10万人と換算できる数である。

     トラフィックの激増と Yahoo! が受けた熱狂的な反応により、創業者たちはビジネスの可能性を自身が手にしていることに気が付いた。1995年3月、二人は事業を立ち上げ、何十人ものシリコンバレーのベンチャー投資家たちに面会した。結局、アップルコンピュータやアタリ、オラクル、シスコシステムズなどへ投資し成功した実績を持つセコイアキャピタルにたどり着いた。両者は初期投資として約200万ドルを Yahoo! に投資することで1995年4月に合意した。

     彼らの会社が急速に成長する可能性を実現するために、 Jerry と David は経営陣を探し始めた。彼らはモトローラでの経験が長く、スタンフォード大学工学部出身の Tim Koogle を最高経営責任者として迎え、ノベル社ワードパーフェクト顧客部門創設者の Jeffrey Mallet を最高執行責任者として迎えた。彼らは1995年秋に、二度目の増資をルーターズ株式会社とソフトバンクから取り付けた。 Yahoo! は総勢49人の社員で、1996年4月にすばらしく成功した株式公開にこぎつけた。

     現在 Yahoo! Inc.はインターネットコミュニケーション分野、販売事業、メディア事業を手がける世界的なトップ企業となり、緊密にブランド化された多様なサービスを世界中で毎月2億3700万以上の個人に提供している。ポータルサイトとして、 www.yahoo.com はトラフィック、広告、個人および企業ユーザー利用において世界一のガイドである。 Yahoo! は世界的にナンバーワンのインターネットブランドであり、かつ最大の利用者を獲得している。同時にこの企業は、生産性を向上するよう設計されたオンラインビジネスと企業向けサービスを行っており、 Yahoo! の顧客への利便性を向上させるサービスも行っている。これらサービスには、簡単にカスタマイズできる企業ポータルサービスである Corporate Yahoo! 、オーディオとビデオのストリーミング、ネットショッピングのホスティングと管理、ウェブサイトツールとそのサービスなどがある。この企業の世界的ウェブネットワークは25の World properties が含まれる。本社はカリフォルニア州サニーベールにあり、ヨーロッパ、アジア、ラテンアメリカ、オーストラリア、カナダ、アメリカに事業所を持っている。


    http://www.ericward.com/yahoo.txt


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    2003年03月18日

    OpenVMS への道のり 第二回:DECUS Japan 〜姿は見えど声は聞こえず〜

    (前回までのあらすじ)仕事で OpenVMS VAX の日常管理担当になった私は、自習用にハードウェアを購入した。そして肝心のOS OpenVMS を合法的に入手するための必要条件である、 DECUS 会員資格を求めて DECUS Japan へ申込書を送ったのだった…

    パソコンの文化あたりを見ると DEC をめぐる状況がつかみやすいかも。でも ENIAC に言及する割にはアラン・チューリングに言及してなかったり。

     記入済み入会申し込みフォームメールを DECUS Japan に送った1週間が経っていた。その間に僕は会社でぽちぽちとキーボードを叩きながら VAX 君とぎこちない対話をし、家に帰ってマイケルのビデオを流して OpenVMS システム管理者マニュアルをまとめた。 OpenVMS というオペレーションシステムが時流に乗り損ねてしまったという事実はすでに書いた。

     OpenVMS の将来がまだ人々の耳目をひきつけていたころにも、DEC 社は OpenVMS を企業でしか導入できないような値段のハードウェアと保守サポートの付属品として提供していたのだった。DEC 社の大躍進は IBM 社に劣らぬ性能にもかかわらず格段に低価格のコンピュータを作り上げた(というかメインフレームと保守サービスをどーんと企業に売る方針の IBM 社とは異なり、個人に近いところにコンピュータを持ち込むという形態を目指したがゆえに低価格だった)ところにあったのだが、中古のコンピュータがあれば動かすことのできる UNIX 、また SUN や COMPAQ や Apple などのさらにパーソナルで低価格なコンピュータによって、 DEC はかつて自らが苦しめた IBM と同じ苦境に立つことになった。性能の高さから科学計算分野では命脈を保った OpenVMS なのだが、いかんせん私が入り込むような一般企業の運用畑には、 OpenVMS はともだち!という技術者の人はまずいない。

     私が毎日ぎこちなく対話している VAX 君もその例に漏れず、スタンドアローンバックアップの手順を踏める人がいなかったりする。 If it works, don't fix it. そのままの状況がここにある。なにしろ止めてしまったらもう一度動き出すかどうかを知っている人が一人もいないのだ。まあサポート契約がされているのでなにか怪しい動きをはじめたら、即座に HP Support に電話すれば物知りのお兄さんやお姉さんたちが電話線の向こうからメンテナンスしてくれるのだが。

     しかしそれもちょっとあれで、ほんのちょっとした疑問も現場で解決できないから当然何でも HP Support へ電話することになる。それこそファイル削除の仕方なんてことまで電話で聞かなければならない。これには電話の向こうの物知りお姉さんもそうとうげんなりきたらしく、受話器から3秒間もの長〜いため息が聞けたのだった。

     単なる削除なら特に問題なく DELETE コマンドを使用すればよい。ワイルドカード指定もできるので、 DELETE *.*;* とやればカレントディレクトリ内の任意のファイルが消えてくれる。しかしディレクトリの削除についてはちょっと面倒で、ディレクトリのデフォルト値では削除権限が設定されていない。だからディレクトリの削除前にはあらかじめ削除権限を設定しなければならない。たとえばサブディレクトリ PERSONAL.DIR;1 を削除するには、

    $ SET PROCESS/PRIVILEGES=ALL
    ($ SET PRO/PRI=ALL のように省略はできる)

    というコマンドで現在のプロセスに所与の特権を追加し(いちおう私は管理者なので、このコマンドによってシステムと同様の特権を行使できるようにしてある。OpenVMS のシステム権限は UNIX 系での root 権限のようなもの)、

    $ SET SECURITY PERSONAL.DIR;1 /PROTECTION=(S:RWED,O:R,G:R,W:R)
    $ DELETE PERSONAL.DIR;1

    解説)SET SECURITY オブジェクト名で、指定オブジェクトにセキュリティ関連の設定を行う。 /PROTECTION 修飾子で、指定オブジェクトの保護コードを指定する。S はシステム権限をもつアカウント、同じく O (OWNER:所有者アカウント)、 G (GROUP:所有者と同じグループに所属するアカウント)、 W (WORLD)はその他のアカウントに対し、Read, Write, Execute, Delete 権限を与える。

    というように、まずディレクトリの保護コード設定でシステム権限に対して削除権を与えておき、それから削除コマンドを発行しなければならない。で、ディレクトリ内にファイルがあるとディレクトリを削除することができないので、あらかじめファイルを削除しなければならない。ディレクトリ内のファイルを同時に削除するというような便利な(危険な)スイッチ(修飾子)などついていない質実剛健なオペレーションシステムなので、サブディレクトリが50個もあるとえらいことなのだ。

     まあそういう状況だったので物知りお姉さんにご相談に及んだら、はぁ〜っと3秒間のため息が帰ってきたのだった(しかしいくらなんでもお客にため息をつくのはちょっとどうかとは思うが)。しかしまあ、ため息も出るわな。結論から言うといちいちコマプロ(コマンドプロシージャ。シェルスクリプトのようなもの)を作成しなければいけないということで、当時そんなもの知らないしでもディレクトリ削除はさっさと行わなければならなかったのでと自分にやさしくなり、ため息の音が消えきらぬうちに電話の向こうのお姉さんの疲れ具合には知らん振りでコマプロの実用例を送ってもらうことにしたのだった。

     さてそんな風にへなちょこ管理者として日々どじでのろまな亀のように微々たる学習をつづけながら、私は来るべき DECUS Japan の会員登録を一週間待ったのだった。

     雨は降る 返事は来ない

     返事が来ない。うーむやはり。やはりというのは、 DECUS Japan の最新記事は2001年12月12日で、ご意見ご要望はコンパックコンピュータ(株)内DECUS事務局となっているのだった。あのー、いくら新生HPの社長は日本タンデムコンピューターズ社長から生き残り続けているとはいえ、昨年のうちにコンパックコンピュータは日本ヒューレットパッカードと合併してしまったのですが。メールアドレスが jp.compaq.com というところが怪しいとは思ったのだが、やはりダメか。

     そんなわけで私は、他の窓口を探してウェブをさまようことになったのだった。まあまずは本家 DECUS へ行ってみよう… なにか DECUS Japan 情報があるかもしれない。

    DECUS US is now Encompass. Please wait while you are redirected to Encompass.
    If you are not redirected in 10 seconds, please click here.

     真っ白なページに2行の文章。むむ、こ、これは。

    Encompass, An HP User Group

     …な、なんだか DECUS Japan とは違い、えらく繁盛しているみたいだな。第一、ちゃんと HP だし。いろいろ見て回る。メンバーシップには特典があるらしい。

     …な、なんだかすごい。HP と Microsoft のトレーニングが全部10%割引だし、 BusinessWeek の年間購読なんて、85%割引だ。85%で購入ではない。85%割引である。オライリーの全書籍は20%割引。その他えらい特典だな。さすが最強のユーザーコミュニティと言われた DECUS。こっちに入れればあっという間ではないのか? でも入会規則には国外居住者について何も書いてないしなあ。

     そんなわけでアメリカ外の DECUS コミュニティ連絡先一覧というページにたどり着いた。あ、ある… jp.compaq.com アドレスだ… うーむ。とりあえず出しておこう。でもやっぱり、ダメなんだろうな。

     そんなわけで自宅 OpenVMS 計画に暗雲が立ち込める中、私には新たなタスクとして Windows 2000 サーバのバックアップ設計&実装が割り当てられ、家に帰れば要件定義(たいしたもんじゃありません。ほとんどメモですね)を眺めては OpenVMS の勉強時間も少なくなりがちになっていったのだった。


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    2003年03月12日

    OpenVMS への道のり:プロローグ

     技術的な質問はしないでくださいです。なにしろ素人ですので。

     万物は流転し、流行は不易なり。私が何の因果か、とある研究所のサーバ管理者チームに拾われ、なんとなく2年が経とうとしている今日この頃。皆様いかがお過ごしでしょうか。

     さて題名です。仕事で OpenVMS の日常管理をすることになった私は、タスクを割り振られてからマニュアルでコマンドを調べていきなり本番環境で実施するという自転車操業状態(もしくは泥縄状態)からの解放を目指し、勉強用に OpenVMS を自宅で動かそうという結論に達したのでした。しかしそれにはそれなりの紆余曲折が現在進行中でありまして、それについての進捗を記録してみようということです。まずは金をもらって勉強をしているような日々を過ごしている私の現状をうだうだと記述してみます。もちろん個別事例を書くわけにはいかないのですが、まあ一般的な範囲で私の状況を適当に書き出してみます。

     現在の職場に流れ着いた2年前から1年間は、研究所のデスクトップ環境の保守管理やトラブルシュートを担当しておりました。いわゆるヘルプデスク業務というやつです。やれアプリが動かなくなった、コンピュータが動かなくなった、プリンタに紙が詰まった、新人にコンピュータをセットアップしてくれ、ファイルサーバにアクセスできない…などという日々のデスクワークに関するヘルプ業務を行うというのが私の仕事というわけです。

     おかげで3ヶ月もするころには Windows 2000 Professional と Windows 2000 ネットワークについてはひととおりのトラブル対策をおぼえることとなりました。ユーザープロファイルには要注意です。なにはともあれまずはユーザープロファイルですね。あとなぜか勝手にインストールされているチューチューマウス。そしていつのまにか標準キーボードの代わりに横たわる Happy Hacking Keyboard の数々。トラブルシュートに出かけたデスクトップ画面でねずみがチューチュー動いているのを目にするのは、なかなか火に油を注ぐものです。はい。昨年の富士通ハードディスク問題がもろにPC200台を直撃しまして、そりゃもうえらいことになったということも経験し、大変勉強になりました。富士通さんには感謝以外の言葉はありません。やはり人はもまれて強くなるものなのですね。

     そんなわけで Windows 環境にも慣れた1年後ほどから、サーバルーム周辺の雑用にかり出されるようになったわけです。サーバルームにはいろいろとありまして、IA、SUN、AS400、SGI、Alpha、VMS、Tru64などがこれでもかと騒音を立てて動いているのでした。しかしまあ、基本的に構築は私が見たこともない運用チームの方々が行うわけでありまして、私は彼ら運用チームから手渡されるマニュアルを読みながら日常の運転業務を行うのでありました。

     さらに私には担当というものがありまして、ASなどというものはあの馬鹿でかい筐体を眺めるだけでオペレーションをしたことは一度たりとも無かったりします。しかもAS君はまったく手のかからないおりこうさんだったりするので、プロセッサの動作ランプが伸びたり縮んだりしているのしか見たことがありません。横倒しになった自動販売機ぐらいの真っ黒な筐体にプロセッサが一個動いているだけってのはちょっとどうかと思うこともあるのですが、所詮何も知らないど素人ですのでよくわかりません。

     それに比べるとたくさんのラックにこれでもかと詰め込まれているIA君たちは手のかかるかわいい奴らというところです。月に何度かはディスククラッシュで交換の電話をかけたり、不審な動作をしているのでとりあえずリブートしてみたり。まあいろいろです。

     ということで私の担当の話に戻すと、IA君たちの世話係の他にVAX君とAlpha君の日常業務も担当の範疇になっています。IA君と同じぐらいの小さな筐体に貼り付けられた DIGITAL ロゴ。 あえて [d|i|g|i|t|a|l] と書きましょう。いやあ、かっこいいですねぇ。 [d|i|g|i|t|a|l] 。ちなみに今このPCの壁紙は DECwindow のログオン画面です。また大文字小文字を区別しない、いや基本的にすべて大文字で書かれたオペレーションマニュアル。うーむ、いいですねえ。 [d|i|g|i|t|a|l] である彼らの中には OpenVMS というOSが入っているのでした。

     しかしかっこいい [d|i|g|i|t|a|l] 君たちと私が友達になるには、けっこう高い壁が存在するのでありました。独習が困難。これに尽きます。IA君たちの中には小人さんならぬ Windows OS が動いてます。これは書籍やインターネットを利用すればまったく簡単にドキュメント類や運用例が見つかるわけです。さらにデスクトップ用のPCへひそかに練習用としてOSを突っ込むこともできます。練習用ならどんな危険な操作でも安心して練習することができるというものです。

     SUN君やSGI君に入っているのはUNIX系のOSで、まあなかなか練習機を構成するのは難しいところもありますが、それはUNIX系ということで、自宅で Linux を突っ込んだPCを用意すれば、まあ基本的なコマンドや設定は独習できたりするわけです。UNIX系の構成例や運用例は、アレゲ方面のたくさんの方々による懇切丁寧なオンラインドキュメントがありますし。まあSUN君やSGI君もあんまり私の担当ではないのですけれど。バックアップテープを入れたり、昔のテープからファイルをリストアするとかそれぐらいです。

     それはやっぱりいいとして私の担当の話に戻すと、VMS 君や Alpha 君と私については、それよりももう少し深いお付き合いをしていたりします。不定期なバックアップを手動で実行したり、アカウントを作ったりファイルのセキュリティ設定をしたりというぐらいですが。そういうことをするには、システムに対してそれなりの操作権限を与えられたアカウントを使って作業を行わなければいけないというのが、 VMS 君や Alpha 君とのお付き合いには必要なのです。私が適切な操作を行っている分には問題の起こりようもないわけですが、そういうときの私にはそれなりの操作権限がありますので、ひょっとするとひょっとして万が一何かの手違いがあったりすると回復不能な操作を実行できてしまったりするというのが現実です。

     ということで私は OpenVMS というOSの操作を勉強しなければいけないのですが、これがちょっと問題なのです。10年前ならともかく、というのが現状です。OpenVMS は Digital Equipment Corporation 、通称 DEC という会社が作り上げたすばらしい性能を発揮するOSなのですが、DEC はちょっと前に Compaq Corporation 、通称コンパック(そのままか)が買収し、そのコンパックは昨年 Hewlett Packard 、通称 HP が買収したのでした。

     万物流転、不易流行…

     買収したということはあんまり調子よくなかったということで、OpenVMS がすばらしいとはいえ、調子よくない会社の手に渡っているうちに時流から取り残されることになりました。あんまり使ってもらえなかったわけですね。そんなわけで書籍はほとんど無いですし、オンラインでは公式マニュアルこそ利用可能なものの、ユーザーによる実践的な運用のコツなんかはほとんど存在しないのでした。いきなり運用担当の私にとっては、きっちり章立てされた公式マニュアルよりも、運用上ひっかかる点をイシューに絞ってユーザーの視点から記述してあるコンテンツのほうがはるかに便利だったりします。

     それと、 OpenVMS がOS単体では手に入れにくいという問題があります。基本的にハードウェアに添付なのですが、ハードウェアが高い。相対価格としては適切かもしれないのですが、個人では(私には)買えませんです。

     そんな中、DEC のコンピュータユーザ会 DECUS Japan に、 OpenVMS Hobbist Lisence なる特典が存在するということにたどり着いたのでした。これは個人使用に限り、 DECUS 会員だけが年間30ドルで OpenVMS のライセンスを入手できるという、まさに私の現状にぴったりの制度なのでした。さらに絶妙なことに、散歩中だった私の目の前にOpenVMS を動かすことのできるワークステーションが、なんと1万2千円という値札をつけてひっそりところがっているではありませんか。どうする、あいふるぅ〜(いやそれぐらい自腹で払えますが、あの旋律が頭の中を駆け巡ったのだった)。これは寿司模型の時(このページの下のほうにジャンプします)並みのショックでした。発売時の定価は500万円ですよ。奥さん。こりゃ、買うしかないでしょ。今なら Windows NT まで付いてくる(まあこれはいらないけれど、テレビショッピングで余計なものがついてくるのはいつものことで、布団圧縮袋6枚セットに今ならさらに6枚がついてきても12枚も布団持ってないよ普通)。

     そして気が付くと Digital Venturis FX 5166sDigital Venturis 5100(写真すらない…) の DEC マイペースサーバブラザーズのとなりにそのワークステーション、Alphastation500 が自宅に鎮座ましましましている私は、小さな胸を期待でいっぱいに膨らませながら DECUS Japan サイトに記述された事務局メールアドレスに指定のフォームで入会申込書を添付したメールを送ったのだった。私の家に傷一つ無くしぶーい濃いねずみ色の Alphastation500 がPCでは考えられない(nVIDIAの新しいのはえらくうるさいようだが)音をごうごうとたてていたのだった。以来電気代が一人暮らしエアコンなしコタツなしヒーターなしで5000円を越えた。ああ幸せ。

     しかし OpenVMS がインストール可能であることを確認して喜んでいた私には、これが OpenVMS への長い道のりのスタートラインでしかないと知る由もなかったのだった…

    [d|i|g|i|t|a|l] Alpha NEXT Generation (part2) (2ちゃんねる)
    日本語 OpenVMS V7.2-1 ドキュメント
    DECUS Japan
    OpenVMSファンクラブ
    Digital Equipment Corporation Trademarks

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    2002年12月24日

    マイケル自虐…………… か?

     ジャクソン・ファイブのかわいい子マイケルが "King of POP" マイケルになったのが、MTVのベストビデオクリップに堂々輝いた「スリラー」である。このころはまだ真っ黒で、赤い服がトレードマークだった。内容は、ガールフレンドと家路に就く途中にマイケルが狼男とかゾンビになってしまうというものだ。説明不要だな。説明のいる人は読み飛ばすわな普通。説明の要らない人でも雑文コーナーを読まないとは言わないでいただきたい。お願い。
     そんなわけで、狼男やゾンビになったマイケルは、当然顔が恐ろしくなっている。そうやって全然別の顔になってしまうというのは、マイケルのビデオにしばしば採用されるプロットである。
     マイケルといえばなぜかいつも向かい風にあおられながらパオパオ言っているというのもひとつの見識だが(実際 Earth Song では歌の間中突風にあおられ続け、枯れた立木にしがみついてパオパオ言ってる)、風にあおられるマイケルのはしりがはあの歯磨き粉みたいな題名の Black or White である。これは結局北米で未だにビデオ販売されていないという曰く付きのビデオなのだけれど、なぜダメかというと最後の4分間にマイケルが路地を破壊し尽くすというきわめて暴力的なシーンが入っているからであった。ブラックでもホワイトでも関係ないよって歌の後になぜ破壊シーンなのかはちょっとわかる気がする。歌が終わるとスタジオに黒豹がなぜかいて、それが外に出て露地に着くとマイケルに変身する。生身で車一台とその辺の窓ガラスを破壊し、狂い死にするかというほどの叫び声で露地一帯が破壊され尽くす。するとマイケルはまた黒豹に戻ってそこを立ち去るのだった。
     そして Ghosts だ。1997年に制作された40分弱のミニ映画で、スティーブン・キングと共作してカンヌに出品した作品である。この作品中、マイケルは不気味な館に独りで住み、村の子供たちに幽霊話をして楽しませている「変わり者」である。そこに市長と親たちが子供を連れて押し掛け、彼に出ていくように迫りに行く。市長はいかにも政治家風の小太りで四角い眼鏡を掛けた人物で、「普通の町の普通の人々におまえは必要ない」とマイケルに詰め寄る。
     これだけでもマイケルの現状と重なりすぎだが、市長が彼を指す言葉を聞いて私はぶっ飛んだ。
    "... We don't need freaks like you telling them ghoststories."
     フリークである。これは彼がファンに向かって語った「マスコミは僕をフリークだ、児童生愛者だと言う」のフリークである。マスコミが実際にマイケルをフリークと形容したかどうかは関係ない。彼が自分への中傷のひとつを「フリーク」という言葉で認識しているということだけが重要なのだ。フリークとは、現実の彼に向けられた(と彼が考えている)言葉である。その証拠に、フリークという単語を市長にこれでもかと言わせている。そんな重要な言葉をいくら映画とはいえ他人に言わせ放題のマイケル。良くそんなことする気になったなあと思わざるを得ない。
     市長がマスコミだとすれば、大人たちはそれに流されている世間の人を表している。大人たちはときどき口ごもりながらも、市長の後ろに隠れて事なかれ主義に流されている。そして子供たちは、マイケルに連帯感を抱いているが大人と市長に阻まれて何も言えない。
     ビデオのストーリーとしては、中盤がマイケルと幽霊たちによるミュージックビデオ(劇中のマイケルは人々を楽しませようとして自分ができるエンターテイメントを行う。とは言え幽霊のようだから怪奇きわまるパフォーマンスである。自分は一見人々が怖がることしかできないが、実は人々を楽しませたいのだということを知ってほしいのだ)、それが終わって市長にまだ出て行かせるつもりかと尋ねる。市長は出て行けと言う。するとマイケルは自らを床に叩き付け、粉々に砕けて消えてしまう。その後にオチが来るが、オチはこのビデオを救われないまま終わらせるわけにもいかないのでとってつけたようなものだとも言える。というか、全然救われてないよマイケル。居るだけでフリークとさげすまれ、歌い終われば消滅しなきゃいけないなんて。そんなわけでオチの後にスタッフロールがあり、バックにメイキングの一部が使われているが。。。そうだったのか!だからフリークなんて言わせたんだ!そりゃそうだよなあ。二段落ちなのだった。オチを知りたい方は Ghosts のフルバージョンを手に入れてください。もしくは Making of Ghosts でもいいです。

     ちなみに最近のマイケルは神を意識しているようで、 You are not alone では羽が生えて天使になり、 The earth song では歌のパワーで環境破壊を全地球レベルでぜーんぶ再生させてしまう。えらいことですわ。ではスクリプトを訳しておきます(元ネタは
    こちらです)。私はクリスマス・イブに翻訳なんてしてていい…………… のだ!

    消えたい。

    Black boy: どうして彼を放っておくことができないの?
    White young boy: 彼は誰も傷つけてないよ。引き返すことはできないの?
    White older boy: (弟の頭を叩いて)うるさい奴だな。口を閉じていられないのか?
    White mother: (兄の頭を叩いて)あの子は正しいことをしてるのよ。
    Mayor: 彼は変人だ。この町に変人のための場所はないのだよ。
    (ひとりでに門が開く)
    Black man: (怖がって)見ろよ… あれ… あれは… あれは… きっと良くない知らせだよ!
    (彼らは門をくぐる。目の前にある館の扉がひとりでに開く)
    White young boy: (兄に向かい)この前と同じだ。幽霊だよ!
    White older boy: (また弟の頭を叩いて)黙れ!
    White mother: (また兄の頭を叩いて)弟を叩くんじゃありません!
    Black boy's mother: (子供に)幽霊なんていないんですよ、坊や。
    Mayor: (black boyに)私がそれを君に証明するよ。行こう!
    Mayorが皆を先導する。
    White woman2: (神経質に)みなさんがこの時間がちょうどいいとおっしゃったけれど… もうちょっと後で来る方がよろしいのでは…
    Black woman2: そうね、照明のない… もちろんお昼にね。
    (彼らは館の中を歩いていく。後ろの扉がひとりでに閉まり、雷が鳴りひびく)
    Black man: (恐怖に引きつり)ああ!
    (彼らがcollidorを歩いていくと、目の前の扉が閉まる。別の扉が開き、彼らはそこへ入る。大きなホールにたどり着く。彼らは頭上を飛び去るカラスに叫びをあげるが、カラスは暗やみに消える)
    Villagers: あれは何だ?
    (カラスが降りたところに黒いケープが消えて行くのを彼らは見る。雷が光ると誰かがそこに立っているのが見える。彼らが少し近づくと、突然顔が見えた。骸骨だ! 彼らはみな飛び上がり、黒いケープをまとった骸骨は近づいてくる。しかし骸骨はお面で、その人がお面を取ったので彼らは恐怖から解放される。Maestroの顔がお面の後ろに見えた)
    Maestro: 怖がらせましたか?
    Woman: ああもう!
    Black boy: 彼だよ、ママ!
    Black boy's mother: そうね。
    White young boy: やあ!
    White older boy: すいません…
    Mayor: いや、怖くはない。彼らは怖がったかも知れないが、私は怖くはない。
    Maestro: (微笑んで)そう。だめだったかな? 次はもうちょっとがんばってみますよ。
    Mayor: 次は無いんだよ。
    Maestro: ほう。本当に?
    Mayor: ああ。本当だ。
    Maestro: 次は無い、ねえ。それはまたどうして?
    Mayor: われわれは君にこの町から出ていってほしいのだ。この町はごく普通の町なんだ。普通の人に普通の子供。人々に幽霊話をする君のような変人(freaks)は、この町に不必要なのだ。
    Maestro: ではあなたは幽霊を信じない?
    Black boy: 僕は信じてるよ!
    Black woman: 私も!
    Black boy's mother: 黙って! あなたは自分のしたことがおわかり? 恥ずかしくありませんの? 子供は感じやすいのですよ!
    White young boy: あなたが僕たちにしてくれたことを、大人にも見せてやってよ!
    White older brother: (弟の頭を叩いて)しっ! あれは秘密なんだよ!
    White mother: (兄の頭を叩いて)弟を叩くんじゃありません!
    (何かが母親の頭を叩く。皆は恐ろしがる)
    Mayor: 君は変人だ。君は狂っている。そして私は君が好きではない。君はこの子たちを怖がらせている。ここにひとりきりで住んで…
    Maestro: 私はひとりじゃない。でもあなたの言うことは正しい。私は人々を怖がらせるのが好きだ、その通り。でも単なる遊びですよ。ねえ君たちは… ええと… 僕がやったのを… 楽しんで… だろ…
    (子供たちは微笑んで頷く)
    Mayor: だがお遊びは終わりだ。サーカスにでも帰れ! この変人が! ひとりでやるのは構わないだろう。われわれがやろうとさえ思えばやれるのだから、君に危害を加えるなんてことはわれわれにさせないでいただきたい。
    (ほかの村人たちはすこし異を唱えはじめる)
    Maestro: 私を怖がらせようというのですか? ではこうしましょう。今からゲームをしましょう。(大声で)皆様ゲームはお好きですね? どうですか? (手を叩き)さあゲームの時間です!
    (子供たちは微笑む)
    White older brother: やった!
    Maestro: 最初に怖がった人は出ていくこと。いかがです?
    White woman2: では私は出ていきますね!
    Mayor: 私は変人とゲームなどしない。
    Maestro: 肩肘張る必要はありませんよ。
    White woman 2: わかりました。肩肘張る必要はありませんわ。あなたはとてもすてきなお屋敷においでですけれど、あんまり長くおじゃましてるのではと思いますので、私たちこれで失礼しますわ。それで、おいとましてもよろしいで…
    (The Maestroは指を鳴らして彼女を指す。おしゃべりは止まってしまう)
    Mayor: 君が行くか、さもなければ私が君を痛い目に遭わせることになるが?
    Maestro: あなたは本当に私を怖がらせようというのですね。どうやら私に選択肢はなさそうだ。あなたを怖がらせるしかない。注目!(笑って)それではあなた、これは怖いですか?
    (ひょっとこのような顔をする。子供たちは笑い出す)
    Black woman: あれがそうなの?
    Mayor: ばかばかしい。おかしくさえない。
    Maestro: いいでしょう。これはどうです?
    (くしゃおじさんのような顔をする。子供たちはまた笑う)
    White woman: あれがそうなの?
    Maestro: これで怖がらせましたか?
    Mayor: 私の言ったことが聞こえなかったのか? この変人が。おまえはもう立ち去るんだ。
    Maestro: (怒りの声で)これなら怖いか?
    (The Maestroはまなじりと口を左右で両手に引っかけて30センチほど引き伸ばす。村人は声も出ないか叫びをあげる。彼は次に下唇を両手で持ち、アゴもろとも50センチも引き延ばす。村人は更に叫びながら後ずさりする)
    Black kid: すげえ!
    (The Maestroは首筋を両手で掴み顔を脱いでしまい、どくろだけになる。やがて両手で自分の頭を叩くと、どくろは割れて元の彼の顔が出てくる。村人は扉まで駆け出すが、逃げ出す前に扉は閉まる。The black manはすすり泣き始める)
    Maestro: 私たち、どこかに行くのですか? もしもし? もう手遅れです。あなたたちは私のお客様なのです!(微笑んで)ところで、私はひとりではないと言いましたよね? 家族に会わせましょう!
    (幽霊がたくさん現れる。Maestroは彼らをまとめ、音楽無しでユーモラスなダンスをリードする。子供たちは喜んでいる。やがて彼らは 2 bad を歌いながら踊り始める)
    (歌の途中で幽霊たちは壁を登り始め、天井を逆さまに歩く。Mayor以外の村人たちはこのショウを面白がり、楽しい時間を過ごしているように見える。
     音楽がやみ、Maestroが自分の衣服をはぎ取ると全くの骸骨となり、Ghostsを歌いながら踊る。The Mayorは驚いて死んだように固くなっている。
     骸骨はMayorを引っぱり出すと、壁の暖炉の上までジャンプする。骸骨のために全ての幽霊はなぜか畏れおののいた表情になり、彼らはthe Mayorをからかい始める。村人は畏れおののく。
     幽霊達は 2 bad の踊りを再開し、村人たちはもう一度楽しそうになる。
     The Mayorは囲まれている幽霊たちから逃げようとする。骸骨のMaestroが指を鳴らすと幽霊たちはぴたりと止まる。骸骨は壁から飛び降り、その間空中をすごい勢いで回転し、巨大な恐ろしい強そうな外見のMaestro -SUPERGHORLに変身する)
    Superghoul: まだ怖いのかな? グハハハ
    (The SUPERGHOULはthe Mayorの口をこじ開け、彼の中に飛び込む。the Mayorを乗っ取ったのだ。彼の中に入り込み、the Mayorをダンスさせる。The Mayorは止まろうとするが止まれず、しばらくダンスを続ける。
    Mayor: やめろおおおおおお!!!
    (The Mayorの腹から変な音がたくさん聞こえ、突然腹から片腕(the Superghoulの)が鏡を掴んで飛び出してくる。The Mayorは鏡に映った自分の顔を見るが、それは自らのとても醜悪な別の姿、GHOUL MAYORなのだ)
    Ghoul Mayor: 怖い人間とは誰だって? 変人とは誰のことだ? この変人が! 変人サーカス野郎! 怖い人間とは誰だって? グハハハ… 奇妙なのは誰だって?
    (彼は床に鏡を落とすと、the Superghoulが口から飛び出してくる。The Mayorはやつれ果てている。眼鏡をかけ直し、the Maestro(元の人間の姿になっている)を見つめる。The Maestroは微笑む。The Mayorの周りをめぐり、やがてお辞儀をする。
    Maestro: それで、あなたはまだ私に立ち去れと?
    Mayor: そうだ! そうだとも!
    Maestro: よろしい。行きましょう。
    (The Maestroが床に両手と頭を叩き付けると、壊れて塵となってしまう。風が塵となった彼を全て運び去る。村人たちの顔は悲しそうで、子供たちは泣いている。
    Mayor: やっと消えてくれてせいせいだ。行こう! さあ行こう!
    村人たちはためらう。子供たちはthe Maestroが塵になった場所を見つめている。
    Mayor: 行こう! 私があの変人の正体を見せただろう。
    (The Mayorが扉を開けると、the Supergroulの顔が扉いっぱいに出てきた。
     The Mayorは恐怖に我を忘れ、脇目もふらず一直線に閉じている窓に向かい逃げ出す。窓も走り抜け、体の抜き型を残して走り去る。元の姿のThe Maestroは村人たちの前に歩いてくる。
    Maestro: 怖がらせましたか?
    (皆がそれぞれ一斉に話し出す。彼らは笑って、彼に感想を話す。「ちょっとの間気を失ってしまったみたいです」等々… 等々… 等々…
    Maestro: それでもみんなで楽しい時間を過ごしましたね? そうでしょう?
    全員: もちろんです!
    (村人たちはしゃべり続けている。するとthe Maestroの背後に人影が忍び寄る。彼はそれが見えていないのだが、村人たちの目に恐怖が浮かんでいるのに気が付く)
    The Maestro: どうしました?
    (女性のひとりがthe Maestroの後ろに見える黒い影を指さす。彼がゆっくりと振り向くと、どくろを見て後ろに飛び上がる。どくろのマスクが下ろされると、村人たちには二人の子供が肩車をしておどけていたのがわかった)
    white young boy: 怖がらせた?
    The Maestro: いいや… まあ、たぶんね。たぶん… どうだったかって? たぶん!(微笑む)
    (The Maestroは上の子供を下の子供から下ろす)
    Older white brother: ちょっといい? ちょっと、ええと、その… これは怖い?
    (その子供は先ほどthe Maestroが自分の顔面をはぎ取ったのと同じように首筋に両手をあてる)
    (館の外観のショット)皆が叫ぶ。

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    2002年12月16日

    StreamBoxVCR でマイケルのPVを見よう(ウインドウズ環境)。

     この文章は、マイケルの涙が出るほどすばらしいPV(プロモーションビデオ)を高画質で見てもらいたいから書きます。 "Black or White" 、泣きました。ああ泣きました。泣きました。すばらしい。すばらしいという以外にどう言えばいいのだろう? たとえマイケルの内面がどのようであれ(というよりもマイケルのゴシップ関連ネタがああいうものであるからこそ)、エンターテイメントと自由平等博愛とをあんなレベルで融合させるマイケルは、誰が何と言おうとすばらしいです。歌えば世界が変わるわけじゃない。マイケルは歌手だからできることはまず歌うことだ。

     あくまでも個人でマイケルのPVを300kbpsで楽しむための手引きであり、マイケル及び関係者の諸権利を侵すようなことはしないでください。わからないことがあれば掲示板にどうぞ。

     ソニーがやってるマイケルのオフィシャルサイト mjnet.com に行くと、各国の国旗があるので多分多くの方はアメリカをクリックしてください(日本語が変だな)。するとフラッシュでできたバーチャルなコンソールが出てきます。そのコンソールフレーム下側に小さく "SHORT FILMS" というのがあるのでそれをクリックすると、マイケルのPV(プロモーションビデオ)14本をなんとフルバージョンで見ることができます。ウインドウズメディア形式ではビットレートを選択でき、最高300kbpsが選択できる。その他real,quicktimeでは50kbpsぐらいしか利用できない。50kbpsで動画というのは、画像は省略だらけ、音声はキンキンスカスカでどうしようもない。しかし動画としてなんとか鑑賞に耐える300kbpsでは、ADSLでも通信状況がよっぽど良くなければコマ落ちしてしまう。

     ではローカルにダウンロードしようとしてもできない。mjnet でクリックするのはそれぞれのPVの画像だけれど、裏でリンクを張られているのはasfファイルである。これはどこか別のサーバにおいてある動画本体へリダイレクトするためのショートカットなので、ウインドウズメディアプレイヤーから保存しても、本体をローカルに落とすことはできない。

    用意するもの。
    ・lzh を解凍できる環境
    ・StreamBoxVCR

    StreamBoxVCR は lzh で圧縮して配布されるため、これを解凍する必要があります。lzh を解凍するには、たぶん +lhaca あたりがよく使われるのでは。 +lhaca は exe 形式なので、ダウンロードしてダブルクリックすればインストールできます。 +lhaca はデフォルトで lzh 形式を認識しますので、、次に落とす StreamBoxVCR.lzh をダブルクリックするだけです。ダブルクリックの後はやってみればわかります。
     +lhaca をインストールしたら、次に進みます。このページ の白抜き "Download" を押して、ローカルにダウンロードしましょう。その後の設定はこちらを参照のこと。

    http://www8.plala.or.jp/zatu/down.htm

     上記リンクは初期設定だけで、一番下に「ダウンロードの詳細設定」というリンクがあって別ページに飛びますが、その前に、ダウンロードしたい本体の場所を取り出しておくと良いでしょう。マイケルのページに戻り、ダウンロードしたいPV(今回の趣旨から言えば Windows Media の 300kbps 版)を再生します(当然この段階ではまだ本体の場所はわかりません)。

    (windows media 7 または9betaの方はこっち)すまんです。7より上位の windows media player では、すぐ下のバージョン6の人向けにある「名前を付けて保存」ができません。マイクロソフト侮れじ。ちゃんと簡単にはダウンロードさせないように対策してるな。しかし回避策を書いておこう。まずダウンローダーをどっかで見つけてインストールしてください。私は flashget (ベクターでのダウンロードはこちらです)を使ってます。多分インストールはダブルクリックするだけです。次に mjnet へ行き、PVを再生します。とりあえず再生はじゃまくさいので停止して、「ファイル」メニューの「プロパティ」をクリックします。するとプロパティウインドウが開きます。Location とか場所とか書いたところに http://ほにょろろ とURLが表示されるので、http://ほにょろろ.asx まできちんと選択して右クリック「コピー」します。そいで今度はダウンローダーを立ち上げ、ダウンロード先のURLのところに右クリック「貼り付け」してダウンロードします。すると小さいファイルがダウンロードできます。あとは下の(続き)へと読み進んでください。

    (windows media 6 またはそれ以前のバージョンの方はこっち)再生が始まってからウインドウズメディアプレイヤーの「ファイル」をクリックすると、「名前を付けて保存」することができます。名前はそのままでよいので保存します。あとは下の(続き)へと読み進んでください。

    (続き)(ここではデスクトップに保存したことにします)。次に、保存したファイルを右クリックし、「アプリケーションから開く」にカーソルを合わせます。びよーんと出てくる中から、「プログラムを選択」をクリックします。ややハードディスクが回った後、ファイルを開くアプリケーションを選択というウインドウが出るので、アプリケーション一覧から Notepad (メモ帳)を探してクリックして青くして、OKボタンを押します。するとメモ帳が開きます。下の方に "mms://ほにゃらら" という " " で囲まれた文字列があります。それが場所です。" " の中身を青くして右クリック「コピー」します。

     さてまた先ほどの初期設定ページに戻り、「ダウンロードの詳細設定」リンクをクリックして内容を読んでその通りにします。待っていればダウンロードが完了します。

     落とした asf ファイルを更に、TMPGEnc で mpeg に変換するという技もあるが、もともと asf を落とせるのが windows 環境の人たちに限られていて、そういう人たちが個人利用でわざわざ mpeg にする理由はないので紹介しません。

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    2002年12月09日

    表裏マイケルファンクラブ

    1 表マイケルファンクラブ

     マイケルのビデオクリップを見た。涙が出るほどすばらしいエンターテイメントだ。嘘じゃない。みなさんもどこかからビデオクリップを入手して見てください。入手できない方は私にメールして友達になれば、友達としてお貸しすることができるかもしれません。

     Thriller(1983), Bad(1987), Smooth Criminal(1988) はビデオ・クリップで、Black or White(with Slash), Dangerous, Black or White, Ghosts, You Rock My World(2001), 30th anniversary live(2001), Michael at NSYNC(2001) はライブを見ました。ライブ物は顔面史的に見て1999年以降でしょう。

     しかし今回おどろいたのは、1983年のマイケルはダンスが下手だったことです。もちろん他人と比較すればとんでもなく上手です。しかし、1988年のマイケルと比較すれば下手なのです。でも何度もビデオを見比べているうち、上手下手という問題ではないことがわかってきました。彼はその5年間のうちに、マイケル・ジャクソンという様式美を確立していたのでした。

     Thriller, Bad の頃は、確かにダンスしまくりです。ダンスは一つのシーンでも同じ流れにならないよう変化あふれるダンスだし、しかもいろいろなシーンごとに別々の振り付けをしている。ビデオクリップとしては Smooth Criminal よりも面白い。でも、美しい!と感じるのは、明らかに Smooth Criminal なのだった。 Smooth Criminal で気が付くのは、ハットが目深すぎる(顔がほとんど見えない(この後すぐ「美白化」が始まるので、顔を見られたくなかったのかもしれない。まあそれを言えば、ハットからスーツ、靴までしろづくめってのもそういうことだ)ことだけれど、マイケルの動きが一変しているのであった。

    1 パオパオ叫びすぎ
    2 くるくる回りすぎ
    3 中腰多すぎ
    4 細かく動きすぎ
    5 一時停止しすぎ
    6 股間持ち上げすぎ

     Smooth Criminal のマイケルは「〜すぎ」しすぎなのだった。ところがこれが美しい。なぜなら

    ・ マイケルのダンスにおけるアイデンティティが確立した(1,2,3)

     それまでは「踊れるだけ踊る」ことで「僕ってこんなにからだが動くんだよーん」「こーんなステップだって踏めるんだよーん」と言うのを見せなければならなかった。ダンスもできて歌も歌える凄い奴がマイケルだったのだから。だからこそ、より難しいステップ、体のひねり、流れるように続くダンスになっていたのだ。

     しかし、88年のマイケルはすでに世界のマイケルである。すでに世界一のダンサーとして認知されている。踊れるだけ踊るのが凄いことではなく、マイケルのように踊ることこそがかっこいいのだ。いや、88年のマイケルにとっては、踊ることそのものではなくマイケルであり続けることこそがマイケルであるための条件だったのだ。何せ世界一のエンターテイナーだったのだから。

     だからこそマイケルは、マイケルであることを過剰に演出する必要があった。マイケルといえばパオパオ叫び、くるくる回り、回ってなければ中腰で股間を持ち上げているである。それこそが「あのマイケル」なのだ。

    ・ 動けるだけ動くことは必ずしも美しくないことに気が付いた(4,5)

     マイケルの方程式が確立していて

    ・ガーッと踊る
    ・ビタッと止まる
    ・ピクッと動く

     これを繰り返しているのである。動と静とが凄い勢いで激突するのだ。しかも「ビタッと止まる」があまたのダンス上手の5倍は止まっていて、5倍の静止がマイケルなのだ。そして「ピクッと動く」が最高にかっこよく、このピクッこそがマイケルを世界最高のエンターテイナーにしている。何度も言うが、すばらしい。

    2 裏マイケルファンクラブ

    What was Michael Jackson thinking? マイケルが子供を6回からぶら下げ事件。さて、裏マイケルファンクラブであるわけで。

    Jackson's face boosts Five(bbc.co.uk)

     これである。誰がこれをマイケル・ジャクソンだとわかるであろう。いやわからない。「ジャクソンの顔がチャンネル5を躍進させた」が訳。9月29日にイギリスの新興テレビ局 Channel 5 が Michael Jackson's Face という番組を流した(カナダやオーストラリアでも放映されたらしい)のだが、ネットでもかなり盛り上がっていた。たとえばこんなの。

    Michael Jackson Petition(petitiononline.com)
    Support Michael2(ファンサイト)

     PetitionOnline.com は、インターネットでの署名運動を支援するサイトである。下のファンサイトでは「マイケルがひとりでいられるように署名しよう!」と呼びかけているのだが、しかしその写真を掲載してるのは、実は手の込んだ煽りなのかと思わせるのがファン心理というものであろう。また

    All Michael Jackson.com

    これは純然たるマイケルファンサイトだが、このサイトの中に

    LATEST PICS

    というコーナーがある。いつ変わるかわからないマイケルの顔をウォッチングする裏モノ的コーナーなのではないかと思わざるを得ないのだが、ファンにとってはそうではないらしい。

     さて、ネットは帯域が大きくなるほどマニアックに偏る傾向がある(zdnet)らしいが、マイケルの顔面史である。たぶんネット上のマイケル写真も最初はマニアックなものはなかったのだろうと思う。たとえばこんなのとか。

    Michael Jackson Speaks To The World

     しかしネットの帯域が増えるに連れ、こうなってしまうわけで。

    The HisTory of Michael Jackson's face

     ところがやっぱりというかやっぱりなのだが、何枚も写真があるとそれをつなげてみたくなるのが人類共通の欲望らしく、かようなフラッシュが作成されていたわけで。

    Michael Jackson Face Melt

     そしてやっぱりというかやっぱり、そんな単純なフラッシュで満足しない人類もいるわけで。そういう人々が現代社会を築いたわけで。なにやら複雑な処理をして作成されたらしいmpegファイルがネットには流れていたのだった。

    MichaelJackson'sFace_1.mpeg

     しかし、われわれはこれでよいのだろうか? 先ほどのマイケルファンが言うように、マイケルをそっとしておくべきなのではないだろうか? だが、マイケルは何を考えているのかというのは知っておくべきだろうと思うわけで。マイケルはこんなことをアピールしているのでした。

    JACKSON'S 'CONSPIRACY' THEORY

     状況はこういうことだ。黒人ミュージシャンの苦境を知らしめるための会合に出席したマイケルは、ファン300人の前で録音禁止のトークを行った。そこでマイケルはこう話したのだった。
    「僕は情報操作にうんざりしているんだ」
    「マスコミは真実を操作している。彼らは嘘つきなんだ。歴史書なんて嘘っぱちなんだ。君たちはそれを知る必要があるし、知らなきゃいけない。ポピュラー音楽の全てのジャンル、ジャズからロック、ヒップホップ、ダンスミュージック、ジターバグからチャールストンまで、全部黒人のものなんだ」
    「でも街角の書店に行くと、ブックカバーには黒人なんて1人も印刷されてはいないんだ。君たちはエルビス・プレスリーを見つけるだろう。君たちはローリング・ストーンズを見つけるだろう。でもその道の開拓者たちはどこにいるんだい?」
    「僕がレコードセールスを塗り替え始めるやいなや、僕はエルビス・プレスリーの記録を越え、ビートルズの記録を越えたけれど、僕が彼らを越え始めるやいなや、寝る間も惜しんで彼らは僕のことを異常だ、同性愛者だ、小児性愛者だと呼んだんだ」
    「彼らは僕が皮膚を漂白したと言った。彼らはみんなが僕に敵意を向けるためなら何でもした。それが情報操作なんだ」

     いや、何も言うまい。彼の目の前には彼から見える世界が広がっているのだ。

     マニアックといえば、自分の画像と有名人の画像を組み合わせて喜ぶサイトがあったりするわけで。
    Cupid Karma Celebrity Photos

     最後にリンク集。
    "Michael Jackson's face" on Chanel 5!
    The face(salon.com)
    FREAK OR UNIQUE?(dotmusic.com)

     マイケル、ひそかにはさーんの危機という説。

    Michael Jackson may face a cash crunch(CNN.com)

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    2002年12月02日

    落ちない

     勤務先での私の仕事の一つにファイルサーバ管理というのがある。先日ユーザから電話があり「ファイルサーバに書き込めん」とのこと。電話を耳に当てたままpingを打つと返事はある。管理者アカウントでユーザのフォルダへアクセスしたらちゃんと見える。ユーザのデスクトップから見える状況を電話で確認していると、話しているうちに次から次へと内線が鳴る。一体どうしたんだ。隣のサーバルームで確認すると、ディスク使用量100%だった。最近ファイルサーバを移動したのでチェックしておらず、だいたいもうこのファイルサーバは使えませんというアナウンスだって何度も流してるじゃないか。なんでそんなファイルサーバの1GBが一週間で埋まるんだ。つーか早くネットワークから切断させてくれよ。何十個のファンの音にかき消される文句をぶつぶつ言いながら.tmpや.logを削除して急場をしのぎ、おもむろにデスクに戻りファイル削除要請緊急アナウンスを出すのだった。NTは頑張って落ちないでいたようだが、落ちようが落ちまいがどっちもいっしょじゃないか。

     落ちる落ちないと言えば、ファイルのダウンロード中にウインドウズが落ちるのはちょっと勘弁して欲しいのだった。私の家にある5台のPCでゆいいつノートであるこうじろう君(3歳)は2000Proだが、最近リンクをクリックすると即時昇天されることが多い。ADSLになって以来、彼にも過酷なダウンロード修行を課すようになり、反抗期を迎えているのかもしれない。

     昨日は5ファイル計700MBの同時多発ダウンロードを行うという荒行を課した上で隣にほっぽらかしていたわけだが、いきなりすごい勢いのディスクアクセス音を発し始めたのだった。私が聞いた恐ろしいディスクアクセス音の中では、

    1 どう考えてもあやしいダウンロードファイルを、念のために新規インストールしたwin2000に展開したらやっぱり画面がブラックアウトして、それから30分間続いたディスクアクセス音(Cドライブを掃除してくれてありがとう) 2 今年前半の話題をさらった富士通HDDがユーザPC(二桁)内で昇天直前に発していた「かっこーん、かっこーん」というししおどし音

    に匹敵する異常な事態を感じさせる状況であった。ディスクのプロパティを開くと空き容量が1MBで、ダウンロード速度は90bites/secであった。だいたい半分ぐらいダウンロードが終了していたので、パニックである。空きを探して書き込みするので速度が以上に低下するとはいえ、映画に良くある「あと1分で時限爆弾が爆発する」状況である。「ダウンロードやめろよ」と言わないでいただきたい。人間にはダウンロードをやめられない場合もあるのだ。

     私はこうじろう君の前に張り付き、ダウンロードファイルのデフォルト保存先を見るとあるわあるわ。100MB単位のファイルがごろごろしている。「ああ、たった1年前にはISDN接続で64、64、128何て時代だったのになあ、その前はニッパッパ、サンサンロクだったのになあ」という思い出が相馬とのように頭を駆けめぐり、「やや、かくなる非常時にそのような感傷にひたっているわけにはいかぬ」と気を取り直し、フォルダ内ファイルを容量順にソートして大きいものから500MB分を選択してファイルサーバへと転送するのだった。「やれやれこれで一段落」と思うのもつかの間、「いや、もしかしてファイルサーバがいっぱいになるのではなかろうか」という疑念が冷や汗と共に湧いてきた。ファイルサーバの容量は6GBという、最近のファイルサーバにあるまじき容量なのでその疑念はもっともであったのだが、幸いにもなんとか500MBを格納する余裕があったので私はようやく私の時限爆弾を停止することができたのだった。

     というように私の雑文には落ちないのだが、私が乗る通勤電車の中では毎日落ちない会話が交わされているのである。たとえば大学生の女の子二人がこういう会話をしている。私のささやかな印象であるが、女の子たちは落ちない会話をよくするようだ。

    会話その1
    1 きのうね、大変だったよ
    2 どうしたの?
    1 寝ぼけてたのかわからないけど、一本早い電車に乗っちゃったの。
    2 ふうん
    1 普通電車だったのね
    2 普通電車だったの
    1 普通電車。それで、乗り換えなきゃと思って先の駅で降りたのね
    2 乗り換えられる駅で降りたんだ
    1 授業に遅れちゃうから
    2 遅れちゃうよね
    1 それで、急行に乗り換えればよかったのに、なぜか特急に乗っちゃって
    2 特急だったんだ
    1 特急代払っちゃった
    2 へえ
    1 もう、大変だったよ

     オチどころか、突っ込みもない。

    会話その2
    1 きのうね、クリスマス会だったの
    2 そうだったんだ
    1 近くの介護施設で近所の人も集まって毎年やってるの
    2 クリスマス会だったんだ
    1 他にもいろいろそういう会があるんだけど、歌を歌ったりするの
    2 楽しそうだね
    1 楽しかったよ。大きな古時計って歌があるでしょ
    2 知ってる。私大好き。おおーきなのっぽのふるどけいー
    1 それでね。そこのおじいちゃんが、いつも「大きな腕時計」って間違えるの
    2 ふうん
    私 腕時計がのっぽじゃ邪魔だろ

     もちろん最後の「私」は心の中の叫びである。

    会話その3
    1 私って、あんまり目立つのって好きじゃないのよね
    2 そういえばそうだよね
    1 土の下の力持ちっていうの?
    2 そうだねー
    私 土の下じゃ、意味ねーよ。しかも死ぬっつーの

     ……そうだねー、じゃねーだろ。しかし、男子高校生もよくわからない会話をするのだった。

    会話その4
    1 だからよ。じゃあ今度大食いで勝負しようぜ
    2 大食い?
    1 フードバトルみたいなのやろーぜ
    2 俺、かなり食えるよ
    1 俺はさー、好き嫌い多いけどすげー大食いなんだよ
    2 そうなんだ
    1 カレーでやろーぜ
    2 カレーは食えるぜ俺
    1 俺カレーは食うよ
    2 俺も
    1 だいたいさー、俺もそうだけど好き嫌い多い奴は痩せてんだよ
    2 俺も結構好き嫌い多い
    1 デブは何でも食うからデブなんだよ
    2 そうなの?
    1 ぜってーそーだって。好き嫌い無い奴はデブなんだよ

     おまえら生きる力なさすぎます……

     そんなわけで次回はマイケル・ジャクソン裏ファンクラブ特集として、マイケルの裏画像、裏動画を紹介したいと思います。

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    2002年11月27日

    マイケル・ジャクソン日本説

     「顔に歴史あり」というのは、別に顔に年号がずらずらと書いてあるわけではない。それはそれで面白いだろうが、人の顔というものはその人がどのような人生を経てきたどのような人間なのかを自ずから語るものだということである。

     とはいえ、人の一生から見れば長く、姓名の歴史から見れば短い人類の歴史の中で、ただひとりだけ顔に歴史を持つ人がいる。

     スラッシュドット・ジャパンを見ていたら「顔面移植で別人間に 」というトピックがあって、顔面を移植しても拒絶反応を抑えることができるようになったらしい。トラボルタで何本か雑文を書いたトラボルタファンの私はすかさず「フェイス・オフ」を思い出したのだが、ある種の人々は別の人を思いだしたようだった。その人こそが、人類唯一の顔面歴史をもつ人である。このたび私はその人の顔面歴史を通覧する機会を得、かなりなことになっていたのでこうして雑文を書いているのだった。

     Michel Jackson

     たぶん多くの人が知っているマイケル・ジャクソン。彼の顔は比喩などではなく、まさしく文字そのものの意味において「顔に歴史あり」である。いやほんとのことを言えば「顔が歴史」である。

     とはいえ、ココ(anomalies-unlimited.com)を見ていただくだけだが。このページの最初にはこう書いてある。そして、全てを語っている。

    Hard to believe - this was Michael Jackson. He was born August 28, 1958 - one of 9 kids. His father reportedly nicknamed him "Big Nose". (信じられないけれど…… これがマイケル・ジャクソンだったのだ。9人兄弟の1人として、彼は1958年8月28日に生まれた。父親は彼にこうニックネームを付けたと言われている−「でかっ鼻」。)

     このページではマイケル21歳の写真が最初に掲載されている。見るからに無防備な少年の表情をしている。ちまたで言われる「顔に歴史あり」の意味で言えば、人をあまり疑うことのない素直な世間知らずの少年である。なんと言っても5歳からプロの歌手、ジャクソン・ファイブの仲間はみな兄弟、しかも彼らの中ではエースだった。何もかも周囲の人々が先回りして困難を取り除かれた状況で育ったのだろう。

     26歳。 "Thriller" で世界を席巻した頃である。顔の筋肉はまだこわばっておらず、目線も21の頃と同じ。しかし顔面史は確実に新たな一歩を刻んでいる。鼻の幅が半分になっている。眉毛も幅が半分だ。このページのコメントによれば、「黒人社会の人々の中には、彼は自分のアフリカ系アメリカ人的容貌を問題だと思っており、鼻をより『白人的』にしたのだとコメントする者もいた」という。

     27歳。ここから彼の顔面史は急展開を見せる。文化的多元主義的思慮をあえて無視すれば、彼の顔面史は「西洋化」に成功しつつあった。日本にたとえれば、26歳は明治維新から西南戦争終結であり、27歳は殖産興業と富国強兵から日清日露までの国力発展の時代である。鼻は更に30%ほど細くなり、目はぱっちり二重、眉毛は流線型となり、皮膚はコップに注いだ水が表面張力で張りつめているようにてかてかである。そのかわり全く顔に人間らしい表情が無くなる。日本の歴史に於いても、日清日露で有利な講和をしたことは日本を国際政治のメジャープレイヤーに押し上げたが、同時に軍国主義の土台を用意することになった変化の時代だった。マイケルに於いては、白人的観点からすれば均整のある顔になったのだが、同時にそれまで残されていた生まれながらの特徴をなくしたのだった。(インド人のような顔である)

     29歳。日本で言えば治安維持法の制定あたり、確実に軍国主義に傾斜してしまった(しかし同時に男子普通選挙法が制定され、景気も良く表面的な生活はそれなりだった)頃である。マイケルも、この頃がピークである。ピークというのは、すでにやばさを色濃く漂わせているということである。「ここでやめときゃよかったのにねえ」ということである。

     マイケル…… 白いよ。今まではすごいスポーツ好きで、真っ黒に日焼けしていたのか?(JoJoの奇妙な冒険のジョジョのような顔である)

     32歳。これが上記 "Black or White" 時代のマイケルである。鼻が先行者になっている。

    (つづく?)

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    2002年11月25日

    美女と関取

     ある社会における価値が時代により変動することは良く知られており、それが短期間に起こる場合には「流行」と言われる。私の生活空間において現在、ルーズソックス100%だった女子高校生の靴下が徐々に黒いハイソックスに入れ替わりつつあるのも、そうした流行のひとつである。私の生活空間はかなりひなびているので、首都圏で遙か以前に起こっている変化が現在進行しつつあるのである。なにせ通勤先の駅前にはナンバープレートを折り曲げた違法マフラーの原付がずらりと並び、それにふさわしいガキ共が地面に寝そべっているのが私の生活空間である。とは言え私は彼らを見ると、心のどこかから自分がオヤジ共の一員になってしまったというつぶやきを聞くのだが。まったく。

     流行よりも長いスパンで起こる価値の変動もある。その価値変動は時間的な違いだけではなく、質的にも少々流行とは異なっている。流行が「アレが流行ったら次は別のモノ」というように、何もそれでなくてもいいというものであるのにくらべ、長期の価値変動は「起こるべくして起こる」といえる。「下部構造が上部構造を決定する」とマルクスが定義したあれである。私はマルクス主義者ではないし、かつてそうであったこともないが、過去の政治体制を分析するツールとしての唯物史観は有益だと思う。

     長期的な価値変動のひとつに、美女の定義がある。現在の日本では痩せている方が美しく、更に出ているところが出ていればなおよいということになっている。しかし平安期の絵巻物に出てくる女性達は皆、水平方向に発育した体型である。ミロのビーナスやキリスト教系の宗教画に出てくる女性達も、現代からすると腹部をはじめかなりふくよかである。  ちなみに唐の楊貴妃は美女の代表格のように言われるが、彼女の体重は80キロあたりであったというが、彼女以前、たとえば隋期には絶食禁止令が出たというあたり、楊貴妃に始まるふくよか礼賛はブームというべきかもしれない。

     歴史に残るのは上流階級の風俗である。その地域の歴史上、富を蓄えられる政治体制になった上流階級にはだいたいふくよかブームが巻き起こっている。つまりあれである。成金のイメージが「金ぴか、ふくよか」なのとおなじだ。富を蓄えられるようになった上流階級が食べまくりふくよかになる。ある社会での最高階級がふくよかならば、偉い人ほどふくよかなので、ふくよかは偉いということになる。

     しかし富の蓄積が上流階級に行き渡ると、ある程度の人々は皆ふくよかだらけになる。そうすると、ふくよかなことと偉いこととは同義ではなくなる。食べられるのに食べないことが、そこでは偉いことなのだ。かくして、ギリシア・ローマの遙か以前からエジプトの王や神たちの石像はスマートなのだ。

     と言うことで話は大相撲に流れ着く。いや今日の雑文のタイトルが関取なのだから流れ着いているようではいけないのだが。

     大相撲に人が集まらない。入門者が激減したことと、観客数が激減したことの両方が同時に起こっている。相撲人気は現在の相撲制度が確立した昭和2年から何度か低迷したが、私が思うに今回の低迷は「下部構造」に由来するハードな低迷のように思えるのだ。

     まず入門者の現象から考えてみよう。お相撲さんはデブだという認識はあまり変わらないものの、現代ではそれを補う他の入門誘因が根こそぎ壊滅している。たとえば千代の富士(九重審判副部長)は「飛行機に乗せてやる」で入門を決めたし、ジャンボ鶴田や千代大海は「親孝行がしたい」から入門した。他にも東京へ行けるとかお腹いっぱい食べられるとか、相撲が好きだったからというのもある。

     今回の低迷以前、スポーツでまともな就職先は野球と大相撲だけと言って良かった。ボクシングやキックボクシングやプロレスの盛り上がりはすごかったが、これらのスポーツは個人による個人の戦いである。不良上がりのスポーツであり、水商売的な視線を浴びていた。一方野球と大相撲は興行元は大きな組織体であり、社会的なステータスとしてもそこそこだった。だから、親孝行がしたければ相撲取りだったのだ。

     しかし現在、飛行機に乗りたいならば海外旅行をすればいいし、東京に行くのは小遣いでもいける。食べようとおもえばたべられる。相撲よりいろんな格闘技のほうが女にもてるし、お金だってもっと稼げる。「デブになる」マイナスを補うものが、今の大相撲をとりまく環境には残されていないのだ。

     次に観客数の現象を考えよう。大相撲人気が盛り上がったとき、その中核をになった関取たちはデブではない。栃若、柏鵬、北玉、貴輪、北の海、千代の富士、若貴。北の海は見た目デブだが、他は長身もしくは筋骨隆々の丈夫たちである。強い者は他にも数多くいたが、人気者はみな、現在の意味での「テレビの中の最強の格闘家」だったのだ。さらにテレビに出てくる重量級格闘家は、ほぼ力士だけだった。怪力を売り物にするスポーツマンは力士とプロレスラーだけであり、両者はそれぞれ棲み分けしていたのでシビアに比較されることもなかったわけだ。

     しかし総合系格闘技の特番が毎月流れる現代にあっては、どう見ても総合系格闘家たちの方が「すばらしい」体型をしている。そして、はるかに真剣な勝負をしている。血を流し、打ちのめし、失神する。また、総合系格闘家という職業は、職業の多様化が認められるようになった現在では表だって否定されるということもない。これでは、大相撲が勝てる要素がない。

     ではどうしたらよいのだろう? 私は20年来の大相撲テレビ観戦者で、相撲が好きだ。仕切り中に力士の背中から立ち上る気合いのオーラに鳥肌が立つこともあるし、動きの中で十分を狙う技の応酬や得意の型に持ち込んだときの技の冴えを見るのが好きだ。相撲は一つのルール体系を持ったスポーツで、蹴ったり殴ったりする必要はないとおもう。相撲は相撲のままで十分に面白いと思う。

     だから残るのは、「テレビの中の最強の格闘家」に返り咲くことしかない。入門してもいいと思えるぐらい格好良くなるのだ。総合系格闘家たちと比較されるぐらいに格好良くなるのだ。それには、体脂肪率規制しかないと思う。

     現在でも幕内力士たちの体脂肪率はそれほど高くない。しかし、上位力士たちの体格は総合系格闘家に比べればはるかにデブである。幕内で相撲を取るための体脂肪率基準を貴乃花や千代大海ぐらいにしよう。体重を増やしたかったら筋肉を付けなければいけないようにしよう。ついでにドーピングは禁止しよう。そうすれば見た目は総合格闘家に張り合うし、取り組みも技の応酬になるだろう。

     若松部屋の一ノ矢は琉球大学理学部物理学科卒業で、卒論はアインシュタインらしい。趣味はパソコンで、部屋のホームページを制作している。若松部屋サイトはこういうサイトには珍しくすごい勢いで更新しており、なんかいい感じです。

    http://www.yomiuri.co.jp/yomidas/konojune/99/99s02g04.htm http://www.avanti-web.com/pastdata/19990313.html

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    2002年11月13日

    日本的純血馬名於普通話

     中国は法律で賭博が禁止されているので、公営競馬はない。純粋な競争としての競馬は取り締まられていないのだろうけれど、金が絡むから競馬は盛り上がるのであって、馬券の買えない競馬など誰も見向きもしない。ということで中国本土において競馬はほとんどどうでもいいほどなのだ。しかし香港はイギリスの租借地だったので、きっちりと競馬が根付いているのだった。

     そんな香港の競馬界では、日本の競馬情報もとびかっているそうだ。中国といえば、外来語をなんでもかんでも漢字で表してしまう国である。中国の外来語漢字表記には3通りあって
    1 発音で当て字にする(漢字に意味はない)
    2 原意を漢字で表す(発音は違う)
    3 原意と発音ともに組み入れる(1と2の複合技)

     たとえば1についてはこんな感じで
    ・麦金多什 → マッキントッシュ
    ・羅森 → LAWSON
     2についてはこんな感じ。
    ・熱狗 → ホットドッグ
    ・失落的世界 → ロスト・ワールド
    ・計算机病毒 → コンピュータウィルス
     3についてはなかなか良い例が見つからないけれど、
    ・維他命 → ビタミン
     てのがある。「維」は日本語の「維持する」とほとんど同じ意味を持ってて、「他」は「彼」「彼女」の意味で、「命」は日本語の「いのち」と同様だ。とすると、「維他命」は「彼や彼女の命を維持する」、「彼や彼女の命を維持すること出来る」だ。

     そんな感じの中国外来語表記なのだが、これが日本の競走馬となるとなかなか味わい深い世界が広がるのであった。音で当て字してあるものは余りよくわからないのだが、原意を漢字で表している以下の馬名を見て、私はビビビときてしまったのだった(表現が古いな)

    エアジハード 空中聖戦

     空中聖戦。空中で聖戦である。天使長ミカエルと魔王ルシファーが上空で爆雷に包まれながらものすごい勢いで飛び交って激突している情景が目に浮かぶではないか。カタカナではなんて事もない名前であるが、同じ意味でも漢字にした途端とんでもなく強そうになってしまうのだった。とはいえ、

    エアシャカール 空中神宮

     こうなってしまうとちょっとどうかと言わざるを得ない。空中に神宮である。木造の社がふわふわと浮いているのである。売店も一緒に浮かんでいて黒髪でめがねっ娘の巫女さんが座っているのである。城郭とか庭園ではなく神宮というところが何となく間抜けである。
     それでは次に、強そうな名前を挙げてみよう。

    アグネスタキオン 愛麗光速
    ゴールドティアラ 金皇冠
    シルヴァーホーク 銀鷹
    ブラックホーク 黒鷹
    ファインモーション 好動作

     好動作。なんとすばらしい馬名であることよ。「ファインモーション、動き良いねえ」は、「好動作好動作」である。わけがわからん。銀鷹金鷹は、馬に鷹はないだろうと思いながらも、なんとなく強そうである。競走馬は強ければいいのだ。

     では次に、そりゃそうだけどちょっとそれはというもの。

    アグネスフライト 愛麗航程
    クロフネ 黒船
    ハートレイク 心湖
    ビリーヴ 信念
    マサラッキ 真僥倖

     黒船。信念。良い名前だが、馬の名前である。光速は強そうだが航程はちょっとどうか。そもそも馬の名前に航程はどうかと思わざるを得ない。いやしかし、それも漢字になって気がついただけであって、名前ははじめからクロフネであり、ビリーブであり、アグネスフライトだったのだ。香港の人がわれわれに思い違いを気づかせてくれたのだ。マサラッキのマサが正にのマサかどうかすら、名付け親と同じ言語を使っているはずのわれわれにはわからなかったのだ。

     上のちょっとどうか馬名はなぜちょっとどうかなのかを考えてみると、日本語の語感として短すぎるのではなかろうかと思う次第であり、やはり日本語での名前といえば漢字四文字が定番である。

    イーグルカフェ 飛鷹茶座
    テネシーガール 田州少女
    メジロダーリング 目白情人
    ノーザンテースト 北方味道

     このあたりは円楽師匠も座布団をあげられないと思うのだが、以下の馬名には間違いなく山田君座布団一枚である。

    ゼンノエルシド 禪宗勝者
    サイレントハンター 沈黙猟人
    スマイルトゥモロー 明日微笑

     禪宗勝者。座禅をしながらターフを飛び回る老師のイメージである。怖いな。沈黙猟人は、やはり特製のM16ライフルを愛用する無口なあの人であろう。しかし良い名前だ、明日微笑。
     とはいえ馬にそれはないだろうという馬名もある。

    タマモクロス 十字架
    ステイゴールド 黄金旅程
    スペシャルウィーク 特別週
    オペラハウス 歌劇院
    ジャングルポケット 森林寶袋
    ガリレオ(愛) 天文学者

     そしてやはり、私としてはこの馬に付けられた名前ほど見事な名前は無いと思うのであった。

    オグリキャップ 小栗隊長

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    2002年11月03日

    寿司模型: 異国の人へのおみやげに困ったとき

     そのうち雑文で書こうと思っているのだが、イギリス在住のフランス人という友達ができた。もうすぐイギリスに帰るのだが、おみやげに困った。外国へのおみやげをいろいろさがすと、なんかすごくセンスの無い扇子だとか、どうしようもない巾着しか検索できない。とはいえ日本テイスト溢れるおみやげも思いつかない。
     ある土曜日の深夜、私は大阪難波のグランド花月すぐ南の路地にあやしい商店が並んでいるあやしい路地があったのを思い出した。
    千日前道具屋筋の場所はこちらだ。きっとあそこには何か、日本テイスト溢れる(しかも安い)小物があるにちがいない。とはいえそれはあくまでも想像である。
     イギリス在住のフランス人は来週末に帰国してしまう。私には月金の仕事があり、買い出しに行くには明日の日曜日しかない。かくして毎朝「おはようござまーす」と挨拶するだけのイギリス在住のフランス人のために、新幹線ひかり号に乗って大阪を目指すことにした。とはいえなにしろ今日の明日のことなので、何の準備もしていない。新幹線の土日の自由席は混んでおり、なおかつ早朝にチケット屋があいているわけもない。短い眠りの後7時に駅へたどり着いた私は、新幹線の指定券を定価で購入して大阪へ向かった。
     何年ぶりかでのる新幹線は何もかもがそのときのままだった。"Ladies and gentlemen. Welcome to the Shinkansen. This is the Hikari super express, bound for Hakata... ああそうかビュッフェがなくなったんだなあと時の流れを感じながら、私の体は大阪へと流れていくのであった。

    この雑文のつづきはこちら

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    2002年11月01日

    Googleが対個人有料有人疑問即日回答サービスを始めているな

    Google Answers
     第一報というにはかなり遅い取り上げだなあ。仕組みについてはFAQに書いてあるけれど、伽藍とバザールでおなじみのバザール効果を仕組みにしようとしているみたいで面白そう。近々要約をしてみよう。私が思うところは。。。別に読みたくないですか?

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    2002年10月30日

    そのように救われてどうする

     芸術祭参加作品という表示で始まるドラマを見た。松本清張スペシャル「鬼畜」だ。経営の苦しい印刷工場の夫婦が、夫の浮気の子供3人を押しつけられる。そして始まる子供たちと夫と妻のぎこちなく息苦しい生活。その後ラスト前までの展開は上記リンクを読んでいただきたい。夫婦の行動は確かに、行動だけを見れば鬼畜である。しかし夫婦共に深く傷ついていることをよく見せる演技演出だった。
     夫婦は自らを救うために意を決して鬼畜となることを選ぼうとしたが、鬼畜にはなりきれない。しかし一度鬼畜の道を進んでしまえば、夫婦に選択の余地はない。三人とも子供を始末する以外に道はない。引くも地獄、進むも地獄である。夫婦には、どの子を残してどの子を始末するかなどという順位付けをする度胸はない。そんなことをすれば、始末された子供は犬死にでしかない。そして残した子供は痛恨の記憶をいつまでもえぐり出しつづけるだろう。夫婦に彼らは子供を始末した鬼畜である。しかし鬼畜であることをやめる強さはない。進むところまで進み、後は忘れた振りをする以外に選ぶ道はない。彼らが強ければ鬼畜になどならなくて済んだ。彼らは弱く、弱いからこそ鬼畜になった。弱さもまた人を鬼畜にするのだという価値観の逆転がこのドラマの核であり、鬼畜の狂気と人間の常識との間、どちらに落ちても破滅が明らかな二人の人間の迷いと緊張感こそ、この劇を劇として成立させる核なのだ。
     問題はラストである。夫は疲れて眠る長男を崖から放り投げ帰路に就いた。二人きりの生活が戻り、後は全てを忘れるだけだった。しかしある日、警官がやってくる。崖から転落した児童について話を聞くといい、夫を警察署へ連れていく。取り調べに児童のことは何も知らないとしらを切る夫。そして警官は死んだはずの長男を連れてきた。長男は死ななかったのだ。警官の質問に、こんなおじさんは知らないと長男は答えた。長男と向かい合った長い沈黙の後に夫は…… 目の前の児童を自分の息子だと認めたのだった。
     確かにここでしらを切り通せば、夫は立派な鬼畜として描かれてしまう。弱さがテーマだとすれば、どうしてもラストには人間への揺り戻しを入れる必要がある。息子が生きていたという(ありきたりかつ鮮やかな)転回と、息子を目の前にして耐えきれなかったという結末があれば、鬼畜になれなかった人間の弱さの物語は完成する。しかし同時に、ここで人間へ揺れることはこの緊迫したドラマを一気にありきたりの人情ものの典型に流し込むことを意味する。鬼畜にしてしまうより、人間に戻した方がカタルシスはある。物語は丸く収まり、視聴率は取れる。だが、鬼畜と人間の境界線上を揺れ動く緊張感を残したまま終わるべきではないか。

     取調室で息子と見つめ合う夫。夫は罪を逃れるためにしらを切り通し、息子も父の名を呼ぶことはなかった。夫は家へ帰され、息子は施設へ引き取られる。夫は自宅へ帰り、何もかも終わったと妻に告げる。鬼畜となった自分たちへの自責の念に押された空白感にかかわらず、日常の生活は続く。ある日夫はひとりになると椅子にのぼり梁にロープを巻き付け、そこに首をかけ、そしてまた首を抜いた。自殺のまねごとをして自らの精神を慰めることが、夫の日常となっていた。ある日妻は買い物に出かけ、夫はまたロープに首を通す。買い物を終えた妻が自宅前に着くと、目の前で追突事故が起こる。追突音に驚いた夫は椅子を蹴倒し、助かろうともがき苦しむがやがて動かなくなる。妻は身の安全にほっとして、事故の凄さを夫に伝えるために玄関に消える。結局主体的な選択をしないまま、人間にも鬼畜にもなれなかった夫の人生は終わる。

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    2002年10月28日

    僕のサイトも参考になってら。

    教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史ヽ(´ー`)人(´ー`)ノ (http://blogdex.tripod.co.jp/encyclopedia/) @ばるぼらさん

     僕の紹介が遅いのは勘弁。しかしすごいなあ。僕の書いたサイトも参考になってます(激しく自己顕示)。でもココ(内向きの自己満足用)ではなく別のサイト(外向きの自己満足用)です。でもそっちのサイトもばるぼらさん曰くの「巷に溢れる乏しい資料で強引な俯瞰ばっか繰り返す退屈なネット論」かもなぁ。来年はがんばろうっと。

     んでも、ネット事情を俯瞰できる史料ってのはほんとに少ない。個別の出来事、目の前の事件を解説するサイトはたくさんある。それは悪くない。しかしそれが1年積み重なるだけで、行くべきリンク数は数え切れないほどになり、読むべきデータ量はあまりに膨大になる。それが10年続けば、ネット住民たちが確かに歩んできた歴史の流れは情報の断片の中に埋葬されてしまう。

     ばるぼらさんのこれが契機になって、ネットの歴史を発掘しようとする個々人の作業が集積していくといいなあ。いや、きっと集積していくんだ。

     あいかわらずこのサイトは10Hits/dayだなヽ(´ー`)ノ。それで自己顕示もクソもないな。でもここではがんばってないからいいや。でもちょっとさみしい。でも(以下ループ)。

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    2002年10月23日

    タコはイカであるが、イカはタコではない。

     独立行政法人農林水産省費技術センターのサイトの中に、食のQ&Aというページがある。全国8カ所にある技術センターにはいろいろな食品を抱えた人々がやってくるらしい。
    「あのー。これ調べていただけませんか」と、食物の安全に気を遣うひとびとがセンターの門をたたくのだろうか。
     食のQ&Aページを眺める。「大きな目小さな目」全国版(農林水産消費技術センター広報誌)という雑誌のコーナーとして「食のQ&A」が存在し、現在まで53回続いていることがわかる。全国版にふさわしく、万遍なくいろいろな食品が取り上げられている。鹿児島版ならつけあげばかりとか、北海道なら鮭と昆布ばかりとかなのだろうか。こんなネタで話を続けてもあんまり面白くできそうにないので、53回の連載から目に付いたのを取り上げてみよう。「食の安全」第2回はこれである。

    2.そうめんに虫がわいていた
     [相談] いただきもののそうめんに虫がわいていた。何の虫ですか? また、そうめんは食べられますか?

     何の虫ですか? までは許そう。虫がわいているのにまだ食べようとするのか。食べられますと回答が出たら食べるのか?
    「おかーさーん。これ虫がわいてるよー」
    「大丈夫よ。ちゃんとお役所に聞いたんだから」
     虐待だろ。で、回答はこれである。「めんについては、食べることはできますが、産みつけられた卵が幼虫となり羽化した場合は、めんの中が空洞になっており、おいしさに欠けるでしょう。」
     だから、そうじゃないだろ。そう言わざるを得ないのはよくわかるが。

    5.よもぎそばの緑色の部分はカビか
     [相談] 贈答品のよもぎそばに緑色の部分があるのですが、カビではないか不安なので調べて下さい。

     貰っておいてこれである。結果は「この緑色部はカビでなく、製めん時に使用したよもぎであると思われます」となっている。おちおちお歳暮も贈れない今日この頃である。

    12.「一本しめじ」は毒きのこ?
    [相談] 地方から「一本しめじ」というキノコをもらいましたが、「一本しめじ」は毒キノコではなかったでしょうか。食べても大丈夫でしょうか。

     贈り物を毒キノコ呼ばわりである。お前は匿われている清朝皇帝か。回答はこうである。「さて、問い合わせの『一本しめじ』は毒キノコですが、地方によって『一本しめじ』によく似た食用キノコがあるようです。この食用キノコを地方で俗に『一本しめじ』と称している場合があります。しかし、毒キノコである『一本しめじ』と、食用になる『一本しめじ類似キノコ』との区別は素人にはとても無理です。地元の専門家の判断を聞くのがよいでしょう。」
     おちおちお歳暮ももらえない今日この頃である。「一本しめじ類似キノコ」は食用であるが、毒キノコの名前を付けてどうする。

    13.このイクラは本物か?
     [相談] 贈答品のイクラを食べたところ、口の中にプラスチック様の白くて硬い皮が残り、喉に引っかかり、不快感を覚えた。人造イクラと思うので調べてほしい。また、一週間ほど冷蔵庫に入れておいたが腐りもしない。何か添加物が使われているのではないか。

     こうである。センターの検証過程はとても読み応えがあり面白いのだが、結局このイクラは本物だと判明する。「本来、イクラはサケの成熟卵を使用するのがよいとされていますが、完熟した卵を使用した場合、皮が硬くなり、食べた時皮が口の中に残り違和感を生じることがあります。」と回答されている。せっかく人が完熟のイクラを送っても、影でぼろくそ言われるのだ。山岡さんなんとかしてください。

    29.マスタード(洋からし)のつぶつぶ
     【質問】 マスタード(洋からし)のなかにつぶつぶのあるものがありますがあれは何ですか?

     からし。

    10.マグロの目玉
     [相談]最近、魚屋さんでマグロの目玉だけを売っている光景を見たのですが、どうして注目されるようになったのでしょう?

     のっけから「それは目玉が美味しいから、という理由ではあまりにも単純なので、もうちょっと勉強してみましょう。」である。ぎすぎすした質問ばかりに疲れたか担当者の人。それからはおなじみDHAとEPAの記述をしている。そして途中にこう答えている。
     「DHAは、実は脳細胞の構成成分の一つで、動物実験を使いDHA欠乏食を与えた場合、脳内のDHA含量が低下し、記憶学習能が低下することがわかってきました。(水産庁のおさかなのうたの歌詞に『魚を食べると頭が良くなる』という一節がある。)しかし、DHAの摂取量が、通常より少しばかり多めであったり少なめであったりした場合の違いについては、まだよくわかっていません。」
     こんなところで水産庁に喧嘩を売っている。ストレス貯まってますか担当者の人。それとも水産庁のバカさ加減に涙が出そうですか担当者の人。
     そして最後はこう結ぶ。「このようなことから、何もマグロの目玉にこだわることなく、身近に豊富にある魚介類を上手に利用して行きたいものです。」やはり相当に水産庁のバカ加減がお気に召さないようである。で、タコとイカのララバイがようやく始まろうとしているのだった。

    17.生いかの寄生虫
     [相談] 生イカを買ってきてお刺身を作り食べたところ、白い米粒位の生きた虫がいました。寄生虫ではないかと思いますが、食べてしまった可能性があります。大丈夫でしょうか。

     だいたい、生イカを食おうというところからすでにチャレンジャーだ。『魚介類に寄生する生物』によれば、「未知な部分が多いイカ・タコ類の寄生生物」なのである。だから担当者の人もかなりおかしなことになっているのはとうぜんなのだろう。のっけから、
    「ご推察のとおり、これは寄生虫の一種でニベリニアの幼虫です。」である。……そのとーり。アタックチャンス。
    「寄生虫がいるのを見つけて取り除かない人は少ないとは思いますが、生きているニベリニアを見つけた場合には除去した方が良いでしょう。」かなりハイテンションである。今時生でイカなど食べる奴は勝手にしてくれと言わんばかりのやけっぱちぶりである。
     そしてさらに担当者の人は心の叫びをあげ続ける。そうとうイカには時間をとられていてお疲れのようだ。「生殖器官である精莢嚢の中にある精莢というものがあります。これは、雄イカの精莢嚢に約100個入っていて、人が触ったりして刺激を与えると動くため、寄生虫と間違われ苦情となることがあります」ということらしい。それで、
    「いくらスルメイカが好きでも、スルメイカと交接するのが嫌なら、スルメイカの内蔵を生食することは止めた方が無難でしょう。」(太字ママ)
     イカとのセックスはやめたほうが良いと思う担当者の人であった。というか、やるなよ。

     それで、イカとタコのララバイだった。同じページにアニサキスのことが書いてあった。タコとイカは生で食べるなよなと思ったのだが、さてタコとは一体なんだろう? イカとは一体なんだろう? と考えるとちょっとわからない。
     調べてみるとこうであった。

    動物界|軟体動物門|イカ綱(頭足綱)|イカ亜綱|タコ目(八腕類)

     タコはイカだ。しかしイカはタコではない。以上。さて、イカ綱(頭足綱)にはイカ亜綱のほかに、

    動物界|軟体動物門|イカ綱(頭足綱)|オオムガイ亜綱|オオムガイ目

     がある。おお。やはりオオムガイはイカであったか(From WWW.POWERTODAY.COM たまにトダイマイルド見てました)。外道道ではアンモナイトを食いたかったようだが、アンモナイトは絶滅しているのだった。そして「恐竜大絶滅の謎を追え」というページなのに何故かアンモナイトが主役のページを見つけたのでリンクしておきます

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    2002年10月11日

    散歩(2)

     われわれは芝生のあるところへ行く。彼女と始めて顔を合わせて以来、そういうことになっている。彼女がどこに住んでいるのかはわからない。彼女の本当の名前も知らないし、本当のことを言えば彼女が女性であるかどうかもよくわからない。彼女はファッション雑誌の記者らしく、芝生へ向かう間にはいつもネットのネタを僕に訊ねていた。話し方からする限りいかにも仕事の速い記者だ。ファッション雑誌にネットのネタなんてどうなんだろうと思っていたけれど、一度だけ僕の話したネタが聞いたことのないコラムニストのコラムで取り上げられていたからおそらく本当に記者なんだろう。でもそれも偶然かもしれない。
     僕が東京に用事があると彼女が電話をかけてきて、僕は早朝を空けて浅草寺へ行く。彼女は僕に集合場所を指示し、僕をどこかひろい芝生のある場所へ案内する。われわれは正午が過ぎるまで黙ったまま芝生に寝ころんで時間が過ぎる。取り立てて話があるわけでもない。そしてわれわれはむっくりと起きあがり駅まで歩く。改札をくぐり電車のホームへ行き、僕は彼女に見送られて電車に乗り仕事の場所へ行く。彼女がいつどこへ帰るのかはわからない。
     8時30分に銭湯を出た。早朝とはいえ目がくらむような7月の日差しを浴びながら花屋敷の脇を抜けて浅草寺の外周を少し歩いて境内に出た。すでに線香がもくもくと焚かれていて、参拝客は煙を浴びながら雷門と賽銭箱の前を行ったり来たりしている。この時間はまだ鳩のほうが多い。でも鳩にえさをあげる人が増えてくると、目の前で分裂したのかと思うほど境内は鳩だらけになるのだった。早足でついてくる鳩を振り切って僕はまだ静かな仲見世を通り抜け、国際通りのドーナツ屋に入って1時間本を読んだ。
     10時に間に合うように吾妻橋へ向かい、金色の人魂を眺めながら水上バス浅草発着所まで歩いた。彼女は発着所で金色の人魂を眺めていた。彼女はレースの縁のついた白いシャツに白いジーンズをはき、肩から大きなナイキの青いスポーツバッグを提げていた。
    「いつも早いね」
    「魂は何であんな形なんだろう」彼女は金色の人魂を見上げたままで言った。
    「朝から凄い話だね」
    「別にいいじゃないの。お見合いの最初の質問じゃないんだから」
    「最初じゃなくてもちょっとそれは」
    「たろさんの一番最初の一言よりはましよ」
    「え」
    「きれいな人の前では緊張するんです」僕のまねをしていると彼女が主張する言い方で彼女は言った。
    「ずっと謝ってるでしょ」
    「でも今日は大丈夫」僕としては似てないと思うのだけれど、自分の声の聞こえ方はわからないからよくわからない言い方で彼女は言った。
    「いやだから、緊張してたんです」
    「信じられないわ。だから彼女がいないのよ」彼女はそう言うと少し笑った。
    「ところで魂は何であんな形なんだろう」僕は彼女の隣に立って人魂を見た。
    「もちろん魂なんて存在しないわよ。昔の人は魂を何であんな形にしたんだろうってこと」
    「めんどくさかったとか」
    「いろんなものに生まれ変わるためには、何でもない存在にならなきゃいけないからじゃないの」
    「でも幽霊は人の形をしてる」
    「あれは成仏できていないからよ」
    「なるほど」
    「切符買った?」
    「今着いたばっかりだよ」
    「今日は葛西臨海公園ね。日の出桟橋乗り換えで、1440円」彼女はそう言うとカバンを提げたまま財布から切符を取り出して僕に手渡した。
    「それどこにあるの」
    「葛西の臨海」そう答えると彼女は切符を切って桟橋へ歩いていった。
    「よくわかりました」彼女のあとについて船に乗った。船にはわれわれしか乗客はいなかった。

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    2002年10月11日

    完璧パンケーキのレポ動画がありました。リンク先のパンケーキ画像をクリックすると始まります。 Does It Really Do That Archive | Perfect Pancake

    どうよそれ? | Nads hair removal gel(オージーナッズ)

    NBC 9 http://www.krbctv.com/ の Does it Work? http://www.krbctv.com/diw.html コーナーを気分で訳しています。どうよこれ?の和訳二本目です。。

    訳者の註コーナー
    nads hair removal gel: 見たら分かる。 http://www.nads.com/flash.htm
    http://www.x-entertainment.com/messages/373.html: 食べられると宣伝してるから食べたらしい。西洋の侍魂系(言うなれば Do your Nobles-Oblige. か Following MY Chivalry かな)。

    ********************訳ここから********************

     えーっと。ものすごい新製品がテレビでたくさん紹介されてますけれど、美辞麗句ばかりでどうもウソっぽい。週毎に私たちはそういう新製品をテストにかけ、ここに報告します。
    「どうよこれ?」

    今週は……

    nads hair removal gel(オージーナッズ)

     もしあなたがいらない体毛を、痛くてしかも複雑な仕方で処理するのに困り果てているとしたら、オージーナッズこそあなたが捜し求めている製品に違いありません。

     2001年3月20日 もしあなたが夜遅くにテレビのチャンネルをぽちぽち変えているとしたら、たまたまオージーナッズのテレビショッピングを見たことがあるはずです。オージーナッズはねっとりしていて、緑色で、オーストラリアでナンバーワンの脱毛製品なのです。100パーセント天然成分だと主張している(もし食べたいのならば食べられるということらしい)オージーナッズは、数ある体毛処理法に比べて効果てきめんで痛くないと言うのだった。

     オージーナッズを普通に注文すれば、オージーナッズのビンがひとつに加えて専用のへらがひとつ、キウイとカモミール入り石鹸ひとつ、オレンジの伸ばし棒ひとつ、布シート数枚、スキンローションひとつ、使用説明書、さらにオージーナッズの使い方を詳しく説明しているビデオテープまでついてくる。いろんな人たちが足、腕、顔などに次々とオージーナッズを塗りまくるビデオを眺めた後、私はテストのためにこれを塗る気まんまんなのであった。

     もちろんオージーナッズを使うために、私はまず足のムダ毛を伸ばさなければいけないわけだが、伸び放題になっていたのを少し整えなければいけなかった。ムダ毛をそろえるために私ははさみを少々使い、それから汚れを取るためにキウイとカモミール入り石鹸で足を洗った。私は石鹸を流して足を乾かした後、硬いジェルを専用へらに盛り付け、切り株みたいになっているムダ毛の上に塗りつけたのだった。そしてすでに体温で溶け始めていたジェルの上に布シートをあててごしごしこすってから、皮膚にぴったりと押し付けた。そして私は布シートをひっぺがすと…… 激しく痛い。

     とは言えオージーナッズは決して決して痛みがないとは謳っていないのであります。しかしオージーナッズには全部のムダ毛が抜けると確かに謳ってあって…… 全部は抜けなかったのだった。やったところは平均的に言ってムダ毛の三分の一はしっかりと生えたままで、ジェルの効果はそんなに大したことはなかった。そこで私はやり終わった場所にまたジェルを塗りつけ、2回戦に挑んだのだった。私の両手がオージーナッズでべたべたになったころ、足は真っ赤になってじんじんと痛くなって不快だった。その後とつぜんちくちくと痛み出して、スキンローションを痛いところに塗ったにもかかわらず痛みが一日半続いた。

     私のオージーナッズ体験はとんでもなかったので、私は脱毛経験豊富な女性に意見を求めることにしたところ、彼女はあっさりと、それはあまり効果のある製品じゃないわよと言ったのだった。彼女は類似品のもっと安いシュガージェルのほうが効き目があると思ったという。

     すごく良いというわけではないけれど、オージーナッズはまあ確かに謳っている仕事はこなしていると言える。脱毛サロンに通うよりは安く上がるけれど、店頭に並んでいるほかの脱毛クリームよりは高くつく。オージーナッズの良い点を挙げると、ムダ毛がもとに戻るまで6〜7週間だったので、これは確かに約束通りの効果と言える。最後に一言、オージーナッズはかなりべたべたするので、指やその他いたるところにくっついてしまうのだった。

     そんなわけで、もしまったく痛くない完璧な脱毛製品をお探しならば、まずなかなか見つからないんじゃないかなと思います。オージーナッズのより詳しい情報については、www.nads.com のサイトを参考にしてください。またテレビで見た製品をわれわれにテストさせてみたいという方は私に電子メールを送っていただくか、このリンクをクリックしてください。次週、パラフィンワックスでお肌すべすべのパラスパミニをテストします。ぜひ見に来てください。

    ********************訳ここまで********************
     そんなわけで今回も翻訳でした。

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    2002年10月10日

    どうよそれ? | Perfect Pancake(完璧パンケーキ)

    NBC 9 http://www.krbctv.com/ の Does it Work? http://www.krbctv.com/diw.html コーナーを気分で訳します。あいかわらずもぐりで訳してます。

    訳者の註コーナー
    Perfect Pancake: 見たらわかる。 http://www.perfectpancake.net/
    Kiwanis: Kiwanis International http://www.kiwanis.org/
    IHOP: International House of Pancakes という軽食チェーン。 http://www.ihop.com/
    ********************訳ここから********************

     えーっと。ものすごい新製品がテレビでたくさん紹介されてますけれど、美辞麗句ばかりでどうもウソっぽい。週毎に私たちはそういう新製品をテストにかけ、ここに報告します。
    「どうよこれ?」

    今週は……

    Perfect Pancake(完璧パンケーキ)

     パーフェクト・パンケーキは、その名の通りのことができるらしい…… 完璧なパンケーキができると…… で、どうよこれ?

     2002年5月8日 深夜、テレビショッピングが流れる。ある商品がずーっと紹介され続け、やっと終わるとまた別の新商品に取って代わる。今まさにテレビに映り続けている商品はパーフェクト・パンケーキに違いないでしょう。私は何万回もこの宣伝を見ているが、それでもやっぱり凄い商品だなあと思ってしまうのだった。

     ほとんどの人はパンケーキが好きで、パーフェクト・パンケーキは完璧なパンケーキが焼けるというのだ。これは二枚のこびりつかないフライパンがちょうつがいでつなげられているといった形をしている。パンケーキをひっくり返さなければいけない時でも、あなたがやることといえばパーフェクト・パンケーキをくるりと裏返すだけでいいらしい。パンケーキはさっきまでフタだったフライパンの上に落ちるので、そのまま火にかけられるという寸法である。ということで、あなたは焼き上がり直前にちょっとゆさゆさとフライパンを揺するだけでいいのだ。

     あなたがパンケーキ作りにもっと熱中できるように、パーフェクト・パンケーキには万遍なく生地をフライパンに流し込むための生地絞り器も付属しているし、あなたがどうしてもハート型のパンケーキを作らねばならぬ時以外全く役に立たないハート型の型抜きも付いている。さらに魅力あふれるいろんなパンケーキをあなたに紹介してくれるレシピ集まで付いてくるのだ。

     パーフェクト・パンケーキをテストするために、私は生地をちょっとだけ、いやかなり用意しなければならなかった。そんなわけで私は地域のKiwanis 会員達が5千人に朝食としてパンケーキを配るKiwanis パンケーキデーに出かけたのだった。今年の私は5千人の朝食のために手助けしようというのだ。私は激しく悪趣味なオレンジ色のエプロンをつけ、私の定位置である第14番鉄板の前に着いたのだった。私を取り囲むように、パンケーキのベテランさん達が全力でパンケーキを焼いて焼いて焼いて山盛りである。私も何とかしなければいけない雰囲気だ。そこで、私はいくらか生地をいただき、件の生地絞り器に充填し、パーフェクト・パンケーキの中へおもむろに絞り出した。それから私はこれを鉄板に置いて待ったのだった。

     待ったのだった。

     待ったのだった!!!

     私は生地を激しく盛りすぎてしまった。全然焼けないままだったのだけれど、その後どう考えても焼けただろうと思ったとたん生地が横からぶにっと出てきて、ぽたぽたと鉄板にたれてしまった。仕方なく私はパーフェクト・パンケーキをきれいにして、今度は生地を少な目にして再挑戦することにしたのだった。

     ツキがなかったのか、これもまた全然焼けなかった。そこで私はようやく別の方法を試してみることにした。直火である。私はガスコンロまで行き、パーフェクト・パンケーキを直火にかけた。うーむ、やっと焼けたのであった。しかしこの後重大な展開が。パーフェクト・パンケーキをくるりと裏返すと、焼けたところがフライパンにこびりつき、焼けてない生地が下側になったフライパンにだらだら流れるのでありました。

     こびりつかないフライパンがこびりついていたのだった。

     そんなわけで私はまたやり直すことにして、今度はまずバターをフライパンに塗ることにした。これでようやく私はなんとか重大な展開もなくパンケーキをひっくり返したけれど、焼き上がりが真っ黒焦げになってしまい、それで私は諦めたのだった。

     こうなればもうプロの手を借りるしかないのでした。IHOP店長のジョニー・ガープがKiwanis の人たちと一緒に調理をしていたのだけれど、彼は自分がパーフェクト・パンケーキをちゃんと使えるのか試してみたいということだった。だめだった。彼のパンケーキはひっくり返ったものの、彼が焼き上がりだと思ってもまだ生焼けだった。彼が言うには、フライパンが均等に暖まらないため、とても使いものにならないのだそうだ。もう金輪際パーフェクト・パンケーキは使わないとも答えてくれた。

     ということで、パーフェクト・パンケーキというよりもパセティック・パンケーキと呼ぶほうがふさわしい。その後4回の挑戦でも、食べられるパンケーキを作ることができなかったし、パンケーキ焼きが簡単になったり早くなったりするような兆候はただのひとつも発見できなかったのだった。私がこの商品を何とか使おうとしているのを見ていた人はみんな笑いながら通り過ぎて行くし、これをゴミ箱に投げつけないようにしていた私の堪忍袋もぷっつりと緒が切れてしまった。結論としては、私はお金と時間をパーフェクト・パンケーキのために無駄にしたのだった。もしあなたが怒るの大好きならば無駄ではない。

    ********************訳ここまで********************
     ほかの「どうよそれ」も興味深いので、適当に訳して掲載します。次回はあの脱毛ジェル「オージーナッズ」編を訳します。そのうち別ページ化してまとめます。

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    2002年10月07日

    朝5時に困らない方法

     僕が東京に着くのはいまでもいつも早朝5時なのだ。場所は東京駅八重洲南口。いつも一つのことに困っているのだけれど、一度だけ二つのことに困ったことがある。それは10年前の冬の朝5時だった。10年前の冬の朝5時に困ったことの一つは、お金を払おうとしたが払わせてもらえなかったことだ。
     その前夜。僕は東京に向かおうとする大学生で、大垣夜行に乗り遅れそうになっていた。座席指定は受けていたけれど乗車券がなかった。切符売り場で千円札を数えていると乗り遅れそうだったので、160円の入場券だけを買って改札を駆け抜け、真夜中の静かなホームに響きわたる、大音量なのに物悲しいあのベルの音に押されて列車に滑り込んだ。
     眠たいのだが眠れない夜行列車にぐったり疲れ切って丸の内改札にたどり着いたのが10年前の冬の朝5時の僕だった。改札について切符を出そうとしたら切符がない。いくら探しても財布には入場券しかない。思い出したのだけれど、車内の改札がなかった。丸の内改札の駅員ボックスを見ると、こんな朝早くから人だかりである。ボックスの中の駅員さんは1人で、家族連れらしき人々と口論をしている。口論ではなかったのかもしれないけれど、考えるのがめんどくさかった。僕は家族連れの後ろで荷物を下ろして順番を待った。5分待っても言い争いは終わらない。10分経つと駅員さんまで喧嘩腰になってしまった。駅員さん気づいてよ。気づくのも仕事だろ。
    「あのー。すいません……」
     5回繰り返したのだが、誰も反応してくれない。困った。とにかく僕は疲れていてどこかに座りたいのだ。そしてまた5分待った。
    困った。考える力がなくなった。
     どうでもいいよ。ダメだったら捕まえてくれよ……。僕は家族の後ろをゆっくりと歩いて改札を出て、誰も僕を捕まえないからそのまま駅を出た。いま元気な頭で考えると悪いことかもしれない。

     その日の話はまだ続く。困ることはもう一つあるからだ。夜行に乗るとお風呂に入りたい。入りたいのだが、朝5時から入れる風呂などそんなにない。目黒駅前に早朝営業のサウナがあることは知っていたので電車に乗って目黒駅に行った。よくわからないビルの3階から5階がそのサウナで、90分1000円と入り口に書いてあった。1000円は貧乏学生にはかなりの出費なのだが早朝6時の風呂には代えられない。1人しか入れないエレベータに乗ってカウンターに着くと入浴料後払いだというのでそのまま湯船に直行してぐったりと70分を過ごした。
     午後の約束の時間までどうしようかと考えながらカウンターに戻ると誰もいない。ぐったりとした僕の横でデッキブラシをごしごししていた掃除のおばさんもいない。5分待っても誰も出てこない。カウンターの奥にあるリネン室にも誰もいない。
    「あのー。すいません……」
     5回繰り返したのだが、誰もいないので反応はない。困ってなかった。靴を履いてエレベータに乗った。いま元気な頭で考えるとツイていたのかもしれない。浮いたお金で目黒駅ビル2階の和食屋に入り、奮発しておでん定食を頼んだら真っ黒な汁に浸かっていたのでびっくりした。さすがに三度目の正直、やっと僕はお金を払うことができたのだった。

     そんなわけで朝5時に困らない方法を考えることになった。とにかく風呂に入りたい。お金がかからなくて時間制限のないほうがいい。朝湯の銭湯だ。江戸っ子のじいさまばあさまがのんびり朝を過ごす熱々の湯船がある朝湯の銭湯。できれば東京駅から近い方がよい。

     
    湯ふぅ〜を探すと、本当に朝風呂と言える銭湯は東京に二件しかない。

    幸の湯 大田区西糀谷1-25-18 6:00〜23:00 月曜定休
    燕湯 台東区上野3-14-5 6:00〜20:00 月曜定休

     幸の湯はちょっと遠いのでまだ入ったことがない。燕湯には最近お世話になってます。住所をマピオンで検索すると文字付きで出ます。ちょっと脱衣所が狭いけれど、営業時間と駅からの近さは文句ないです。それで9時まで開店時間を下げてみてもあとひとつしかない。

    ひさご湯 台東区浅草2-24-3 9:00〜20:30 不定休

     ひさご湯は9時開店なのでちょっと遅めだけれど、場所がとにかくよい。浅草寺と花屋敷の両方に接している。まさに下町。湯船は広いし、天井はめちゃめちゃ高いし、湯は熱い。東京の朝5時の参考にしてください。

    おまけ

     以前つとめていた会社の同期から電話があって、婦人服を担当する子会社にバイヤーとして転籍することになったという。子会社は中国に本社があるのだが、勤務地はその東京支社らしい。バイヤーか、そりゃすごいなと思ったのだが、よく考えれば我々はもうすぐ30歳である。30歳でバイヤーなら、遅くはないがとりたてて驚くほど早いわけでもない。なんということはない、そういう年齢になってしまったのだ。東京へ行くのに銭湯を探し出してまでいまだ夜行を使っていていいのだろうか。まあたしかに午前5時には困らなくなったのだけれど……

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    2002年10月05日

    オアシスにて(前編)

    「大入り満員になるとは思ってたけれど、なんだかすごいことになってきたね」僕は周りのテーブルを眺めてから大ジョッキのビールを少しすすった。
    「気が付いたら満員じゃないの」彼女はほんとにびっくりしたようだった。
    「しかもまだがっつんがっつん入ってくるよ」見渡す限りのテーブルは一杯のはずなのに、入り口から全ての通路は一列に流れ込む客でごった返していた。それでもまだ入り口の向こうには人が列を作っている。
    「早めに入って良かったわね」
    「こんな古びれたビアガーデンにもこんなに人が来るんだ」
    「でも、ほとんどの人は今日だけ来る人でしょ。平均年齢すごく若そうだし」
    「それに、客層がばらばらすぎるしね」僕はたばこに火をつけた。だいたい飲み放題でもなく、紙皿に二つ入ったフランクフルトが700円もするなんてビアガーデンに若者がこんなに押し寄せることなどあり得ない。我々お客全員の頭の上には80ワット白熱球の入った赤白縦縞のちょうちんが縦横無尽に走っている。全てのちょうちんの全ての白いところには黒い草書体でサッポロビールと入っている。サッポロビール。
    「客層なんてものがこの集団にあるのだろうか」彼女は美味しそうにゆっくりと大ジョッキのサッポロビールをすすった。様々な世代構成の家族連れ、サラリーマン、大学生。中年の主婦たち、よくわからない中年の男女、二十歳そこそこのつやつやした顔をしている若い男たち。皆サッポロビールのちょうちんの下でサッポロビールを飲んでいる。
    「確かに。老若男女上下左右弱肉強食なんでもありだな」僕は僕のサッポロビールを飲んだ。
    「まるで砂漠に一つしかないオアシスみたいね」
    「ふうん。オアシスねえ」
     目の前のテーブルには絵に描いたような三世代の家族が山盛りの食べ物をそれぞれにほおばっていた。右のテーブルは会社帰りの中年サラリーマンとちょっと若めのOLが社内人物評定で盛り上がっていて、左は大学生の合コン12名が静かにビールを飲んでいた。通路には就学前の子供たちが入れ替わり立ち替わり右へ左へ走り回っている。
    「そうよ。ただ一つのものを目当てに集まってくるの。何の共通点も持たない雑多な人たちがね。そしてそれを手に入れると、どこかへと戻っていくの」
    「今日はそれがサッカーってことか」
    「おそらく日本の半分以上がね」
    「オアシスだらけだ」
     60席ほどのビアガーデンに寿司詰めになった300人分の大歓声で空気密度が上がった。隣の道路で車が爆発してもわからないだろう。いつの間にか闇が訪れて見えるようになった壁際の150インチプロジェクタは、横一列に並んだ11人の日本代表の顔を一人一人なめるように映している。ということはおそらく君が代がもうすぐ流れるはずだ。流れ出した。正確に言おう。成層圏から降ってくるとびきりの流星群のように君が代があたりに充満した。

     君が代は

     僕は彼女の方を向いた。彼女の口が動いていたけれど声は聞こえなかった。彼女も僕も話すのを諦めてそれぞれのサッポロビールを飲んだ。君が代が終わるまではどうしようもなかったからだ。君が代が終わるまではどうしようもなかった。しかしこのビアガーデンの歌声は急に小さくなり、すぐに別の歌に代わった。

     ニイッポーン、ニイッポーン、ニイッポーンニイッポーン、ニイッポーハイ、ハイハイハイ

     僕は彼女の方を向いた。彼女の口は動いていなかった。僕と彼女はニッポンコールが収まるまで黙ってビールを飲んだ。画面の日本代表が芝生の上に散らばると、ビアガーデンはまたあちこちでサッポロビールを飲んでいる人々の集まるオアシスに戻った。
    「どうなのこの集団は」彼女の声は少し大きかった。
    「いや、一時的な愛国心の高揚が」まあお約束にはお約束で返そうと思った。
    「違うわよ。なんで君が代を知らないのよ」
    「え?」
    「だって知らなかったじゃないの」彼女の口調は少しいらだちを含んでいた。彼女は君が代が途中で終わったことを問題にしていたのだった。
    「いや、まあ、あの展開はやっぱり、知らなかったんだろうね」
    「なんで君が代を知らないのよ。まったく」彼女の口調からいらだちが消えた。
    「ふうん」
    「日本代表は黙って突っ立ってるだけだし」
    「君がそんなこと言うなんて」
    「なにがよ」
    「だって、法学部自治会長だったんだし」
    「なにそれ」
    「そのまんまなんだけど」
    「もちろん君が代が国歌である必要は無いと思ってるわよ。今でも。でもそれと国歌を知らないこととは別よ。国歌も知らないのに日本がどうのこうの大騒ぎするのとはもっと別よ」
    「おっしゃる通り」
    「でも、私たちもサッカー見に来てるんだけどね」彼女はそう言って少しほほえんだ。
    「そういうところが、昔から好きなんだ」僕もかなりほほえんでみた。
    「昔って言わない」彼女は笑った。
    「10年前から」
    「もっと悪いわよ」
    「ああそうか」5年前からのお約束で僕は答えた。
    「試合開始よ」彼女がそう言ったすぐ後に、もう一度ニッポンコールが巻き起こった。彼女と僕はもう一度黙ってサッポロビールをすすった。

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    2002年10月03日

    サイコーですか?

    今日の話は落ちません。最近電波な人々についてググっていたら、このページがpsychoticというページにリンクされていることが判明した。「サイコな人々」コーナーです。

    このサイトの名称は、どこかには行く(オアシスへの道のり)になりました。強調しておきます。

    まあリンク元については、それはそれで他者の評価なので文句を言うわけではないのですが、竹林さんとかマミー石田さんとか鳥肌実さんとか校長先生お願いしますの人(これはかの東芝告発サイト直後に立ち上がった、Akkyと互角に渡り合えるようなネット人格だった)と同列に扱われているのを見ると、私だけ電波の出し具合が足りないなあと反省することしきりです。私は名も無き一市民ですが、他の方々の多くは、2ちゃんねるを覇道に導いたキラー(ヲチ)コンテンツではないですか(もちろん、鳥肌さんを始め2ちゃんねる以前からご活躍ですが。鳩さんとかまだ活躍してるのだろうか)。よーしパパ、毒電波出しちゃうぞー。それで、そのサイトにあるここへのリンクに
    なぜ? と本人も思うかもしれません。
    とあちらの方がコメントしているのだが、







    なぜ?

    ここはサイコでしょうか。私はサイコでしょうか。ご意見お待ちしております。面白くないというご意見は、言われなくてもよくわかっておりますのでお一人様一回限りでお願いします。つーか、面白くないページにはレスつけない罠。

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    2002年09月30日

    吉野家コピペ世界普及運動

     ”吉野家コピペを世界へ”−−吉野家コピペの奥深さを世界へ普及する「吉野家コピペ世界普及運動」は同日、機械翻訳完全対応吉野家コピペを発表した。普及運動広報部によると、これは現在高度に成長した吉野家コピペテキスト群を英語化するため、吉野家コピペ原本を英語で標準化するためのRFN(Request for Negidaku)として扱われる。エキサイト テキスト翻訳にかけると、ひとまず読める英訳になるという。しかし不可逆操作なので、その英訳を再和訳しても元には戻らないとのこと。再和訳を再英訳し、それを再々和訳し再々英訳…… してもあまり面白くないと同広報部はコメントしている。(1時11分)

    何日前、私は近くの吉野家へ行きました。吉野家。
    私は店に入りました。するととてもたくさんの人がいたので、私は椅子に座ることができませんでした。
    そして、垂れ幕が下がっていることを、私は発見しました。いつもより150円だけ少ない。その垂れ幕には書いてありました。
    私はそれは全く馬鹿だと思いました。彼らはまるで馬や鹿です。
    いつもより150円だけ少ないとしても、あなた達は吉野家に来るべきではない。あなた方はあまりにも呆けです。
    それはたった150円です。たった150円。
    私は家族をも見つけました。家族は四人で吉野家に来ました。彼らは最高におめでたいです。
    「それではこの父親は特別の多量を頼みます。」その父親はそう言ったので、私はそれ以上その家族を見ることができませんでした。
    私はあなた方に150円をあげます。だからあなた方は席を私に代わってください。
    私は吉野家がもっと殺伐であるべきだと思います。
    あなた方はU型テーブルに向かい合わせに座るやいなや、あなたは彼らと喧嘩をする可能性がとても高い。
    あなたは彼らを刺したり、刺されたりします。
    私はそのような雰囲気をとても良いと感じています。女性や子供は、近づくべきではありません。
    ようやく、私は座ることができましたが、私の隣に座る彼が、大盛りを注文し、また汁を多量に注文をしました。
    私はそれを聞き、もう一度激しく怒りました。
    彼は聞くべきです。汁を多量に注文することは、既に時代遅れです。あなたはあまりにも呆けです。
    あなたはさも利発な顔をしていますが、一体なぜあなたは汁を多量に注文をするのですか。
    わたしはあなたが心から汁を多量にあるそれを食べたいかどうか質問したい。心からあなたにそれを質問したいのは私です。1時間ほど私はそれを問いたい。
    わたしは、あなたは多量の汁を頼みたいだけですとあなたに聞く。
    吉野家を良く知っている私は、吉野家を良く知っている人々の間で流行している事を言います。その流行は大量のネギです。これです。
    その注文は大量のネギと一つの生卵です。これは玄人注文です。
    あなたが大量のネギを頼むと、いつもよりネギが大量に入ってます。その代わりいつもより牛肉が少ないです。まさにこれです。
    そして、大盛りと生卵。それは一番強い。
    しかしあなたが一度でもそれを頼むと、次から店員があなたを凝視します。これは両刃の剣です。
    私は素人へこれを勧めることができません。
    まあ、とても素人であるあなたは、牛肉と鮭の食事を頼むべきです。

     エキサイトに行くのがめんどくさい方のための機械翻訳済み文章はこちら。

    I went to the nearby Yoshino house what day ago. the Yoshino house.
    I went into the store. Then, since there were very many persons, I was not able to sit on the chair.
    And I discovered that the curtain had fallen. There is only less 150 yen than usual. It had written to the curtain.
    I thought that it was completely foolish. They are a horse and a deer completely.
    Though there is only less 150 yen than usual, you should not come to the Yoshino house. You are dotage too much.
    The price is only 150 yen. Only 150 yen.
    I also found the family. The family came to the Yoshino house by four persons. They are congratulately to the highest.
    "then, this father asks a special large quantity" -- since the father said so, I was not able to see the family any more.
    I give you 150 yen. Therefore, please replace a seat with me.
    I think that the Yoshino house should be bloodier.
    As soon as you sit on U type table face to face, your possibility of quarreling with them is very high.
    You can stab them or can be stuck. I think that such an atmosphere is very good. Neither a woman nor a child should approach.
    At last, although I was able to sit down, he who sits down next to me placed an order for a large serving, and placed an order so much in juice.
    I heard it and got angry violently once again.
    He should hear it. It is already outdated to order juice so much. You are dotage too much.
    Although you are doing the as if clever face, why do you really place an order so much in juice?
    I want to ask whether you want to eat it which exists juice so much from the bottom of its heart.
    I want to ask you it from the bottom of my heart. I want to ask it for about 1 hour.
    I will ask you, if you want to only ask a lot of juice.
    I who know the Yoshino house well say that it is in fashion among people who know the Yoshino house well.
    The fashion is a lot of Welsh onions. It is this.
    The order is a lot of Welsh onions and one fresh egg. This is a professional order.
    If you ask a lot of Welsh onions, the Welsh onion will be contained in large quantities from usual. Instead, there is less beef than usual. It is just this.
    And a large serving and a fresh egg. It is the strongest. However, once you ask it, a salesclerk will stare at you from the next. This is a double-edged sword.
    I cannot recommend this to an amateur.
    Well, you who are very an amateur should ask the meal of beef and a salmon.

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    2002年09月26日

    吉野家コピペ(家庭教師編)

    吉野家コピペについては諸行無常/吉野家コピペ道http://tenpuraomega.tripod.co.jp/のあたりをご覧ください。

    そんなことよりお客さんよ、ちょいと聞いてくれよ。 もうひと月も雑文更新してないけどさ。
    このあいだ、久しぶりに家庭教師行ったんです。家庭教師。
    そしたらなんか猫がめちゃくちゃ暴れてて部屋に入れないんです。
    で、家の人が暴れる猫を持ってくれて部屋に入るとなんか期末テスト返ってきたと持ってきて、 5教科178点、とか足すとあるんです。
    もうね、良くやった。良くやったと。
    お前らな、178点合計如きでほめるなんて 俺には家庭教師やる資格ねーよなんて言うんじゃねーぞ、それも一理あるが。
    中間135点だよ、期末178点。
    なんか今日は漢字テストとかも返ってきてたし。100点満点で86点か。 おめでてーぞ。
    先週電話したときはにかみながら漢字テストできたー、とか言ってたの。 これまでの漢字テストはさんざん漢字書かせても30点以上とったことない。
    お前らな、事前勉強の指示しなかったのに86点なんて前代未聞の空前だと。
    今回の家庭教師ってのはな、オール2を何とかしようとしてるんだよ。
    ダイニングテーブルの向かいに座った彼がいつ集中力を切らしてもおかしくない、 あくびするか肘をつくか、そんな雰囲気が最初の半年だったんじゃねーか。 そんな子供が、生徒なんだよ。
    で、最近何が得意なんだと聞いたら、向かいの彼が、 英語は読めて書ける、とか言ったんです。
    そこでまた驚愕ですよ。
    あのな、英語は読めて書けるなんて言いやがったなテストしてやると俺は言ったよ。笑いながら。
    得意げな顔して彼が、英語は読めて書ける、だ。
    お前は本当に英語が読めて書けるのかとテストした。 教科書読ませて翻訳させて英語で問答して単語テストした。 小1時間テストした。
    お前、英語は読めて書けるって言いたいだけじゃなかったんだなあと。
    家庭教師通の俺から言わせてもらえばまあ、 家庭教師通の間でもこんなに劇的に態度、意欲、結果が転換した瞬間に立ち会うのはやっぱり、
    めずらしい、たぶんね。
    間違えても当然だとわからせるとトライアンドエラーを始めて結果につながる。これが通の教え方。
    間違えても当然ってのは意欲が多めになってくる。 そん代わり結果が少なめ。これ。
    で、そのうちトライアンドエラーが結果につながるのを待つ。これ気長。
    しかしトライアンドエラーを待っていると結果が出る前に 親に「今月で……」と言われる危険も伴う、諸刃の剣。
    親御さんとうち解けられない奴にはお薦めできない。
    まあ彼、この生徒は、結果を出すコツとその嬉しさを知ったからもう大丈夫かなってこった。

    註:ちょっと前に出てきた「漢字テスト100点」は、出題10問の小テスト。今回のは出題範囲200文字、出題50文字、制限時間45分の大テスト。小テストとは違うのだよ、小テストとは。

    (猫の話題が飛んでしまいました。猫で話題が続くと思った方、がっかりさせてすまんにゃあ。散歩の話は次と言うことてくてく)

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    2002年08月20日

    散歩(1)

     どうでもいい話だけれど、駅前のパン屋が焼きたてマフィン5個300円セールをやっていて、A4ポップにこう書いてあった。

    プレーン味
    チョコチップ味

     大丈夫か、パン屋よ。

    散歩

     僕は東京駅日本橋口の切り取られた朝焼けをながめていた。夜行バスの乗客は方舟に急ぐ動物達のように構内へ消え、音のない日本橋口で僕はひとりぼっちだった。左には高架の線路が延び、8車線向こうにある正面のビルにつながっている。正面のビルは朝焼けを背負った真っ黒いかたまりで、それが右手の工事中の白い簡易外壁へとつながっている。簡易外壁は僕の5メートル右の東京駅外壁につながり、僕は東京駅外壁にもたれて煙草をふかしている。2本目の煙草に火を付けると、山手線内回りの音楽が遠くに響いた。やがて継ぎ目をわたる車輪の音がピッチを上げ、騒音は手前のビルの向こうに吸い込まれていった。僕は煙草を日本橋口煙草回収箱に投げ入れ、二日分の荷物を入れた黒いバッグを背負って6時30分の東京駅に入った。

     東京駅に夜行で到着し、朝風呂の銭湯にはいるためには切符を買う必要がある。僕は3カ所ある候補地からいつも通り浅草花屋敷横の銭湯を選び、切符売り場から浅草へ向かい改札を抜ける。

     僕にとっての東京は芝生と銭湯と分かち難く結びついている。学生時代はまだ銭湯はなく、今ではいつの間にか登場している。そして僕はもう若いと言い切るわけにも行かない年齢になった。従って銭湯が若さと僕と切り離している。僕の体が銀座線へ続く神田の長いエスカレーターを下へ向かって流れているときに電話が鳴った。

    「もしもし」電話の向こうでいつもの声がした。
    「もしもし」階段と屋根の間に挟まれた東京の空は相変わらず晴れているのに霞んでいる。
    「浅草はどう」
    「まだ神田」僕はエスカレーターを降りて右に曲がる。すぐ側に東京の地下をはい回るトンネルの入り口がある。
    「早く行きなさいよ」
    「荷物が重いんだ」彼女の街にもつながるトンネルの入り口で立ち止まり、僕は荷物を下ろした。
    「何持ってるのよ」
    「いろいろ」
    「いつものことじゃない」
    「いつもより余計に担いでます」僕は子供の頃から好きだった海老一染太郎を真似て言った。
    「それは端から言うから面白いのよ」
    「そうだったのか」
    「なにハタと気がついてんの」
    「わかった?」
    「わかるわよ。いやになるほど」
    「相変わらずで」
    「10時よ」
    「10時に」僕は電話を重いかばんに放り込んだ。いつもより余計に担いだ荷物を肩に下げ、僕は誰もいない神田の地面の下へ向かった。

     6時45分の土曜日の銀座線浅草駅一番出口前にはいつも通り僕以外誰もいなかった。平日のことは知らない。右に曲がりひっそりとした仲見世をゆっくり歩いた。アーケードの行き止まり、雷門と蝉の声が目の前に迫るところで左に曲がると空の下に戻ってくる。右手に並ぶあやしげな露天に沿って道を進むと、道ばたの椅子に人が座っている。水銀灯の色をした競馬新聞を眺め、左にそびえる真新しい真四角の場外馬券場が開くのをひっそりと待ち続けている。日に焼けた花屋敷の壁を左に回り、少しだけ歩いて銭湯に着いた。7時ちょうどの青白い太陽が銭湯の高い窓のはるか上から湯船の底にまっすぐ突き刺さっていた。壁一面の富士山がゆらゆらと光っていた。

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    2002年07月10日

    それは秘密じゃないです

     二つ下に"Time is Changing"という歌を訳しているのだけれど、これは村上春樹氏の作品にちょこっと出てくる。たしか風の歌を聴けではなかったか。羊をめぐる冒険かも。いや、1973年のピンボールだったか。Googleで"time is changing"の検索を掛けると結果1170ヒット。なんとトップヒットが大当たりで、Nabila Levianという人の歌だとわかった(かくにんできないのだけれど、たぶんそう)。ネットはすごいな。それで、Nabila Levianの検索を掛けると、6件しかヒットしない。5件が先ほどのトップヒットのサイトで、1件はこのページ。それもまたすごいな。世界最高の検索エンジンを使い、世界でたった二人しかNabila Levianに言及していないのだ。ううむ。

     そんなわけで大きな声では言えないが、文字で書けばわからないので書くのだがWinMXを起動する。WinMXというのはファイル共有ソフトのひとつで、インターネットにつながった(かつWinMXを立ち上げている)何百万台のPCのハードディスクから目的のファイルを検索してコピーできるというものだ。ネット上のサーバスペースにアップロードしなくてもファイルを他人と共有できるので、必然的に使用法としては「普通流通させてはいけない」ファイルを交換することになる。映画だとか歌、ソフトウェアですね。日本でもこれで二人捕まってます。いや僕は合法ファイルのみの使用ですので捕まりようがありません。検索キーワードにいろいろ打ち込んでみたのだが、ひとつとしてヒットしない。WinMXは日本語ファイルが扱えるので日本人に大人気なのだが、ファイル共有ソフトの世界シェアでは少数派である。今回検索するのは洋モノファイルなので、Gnutella方式のLimeWireというファイル共有ソフトをダウンロードしてみた。Gnutella方式は現在、世界でのシェアは第二位。第一位はFasttrack方式で、これはMusicCityやKazaaというクライアントソフトがある。

     というのが年明けあたりまでの状況で、今の状況は調べていないのでわからない。ただGnutella方式は取り締まりが困難な共有方式をとっているので、著作権団体からの訴訟ラッシュでてんやわんやのファイル共有業界でもしぶとく生き残っているだろうなと思って選んでみたのだが、それが正しいのかもよくわからない。

     それで今LimeWireを立ち上げているのだ。いろいろとWinMXとの操作方式の違いに悩まされていて、いまだにファイルの一つも落とせない。いやMXでも落としていないですよ。違法ファイルは。ひとつ面白い機能だと思ったのは、Gnutellaネットワークから流れてくるQueryがリアルタイムで表示されるのだ。Gnutellaを立ち上げている何万人かの人間がどんな検索をしているのかがまるわかりなのだ。チャット画面のように上から下へ検索語句がどんどん流れている。だいたいのところ、1秒間に3つほどのペースでがんがんQueryをキャッチしている。

     たいがいは音楽ファイルのようで、結構古株のアーティスト名やソングタイトルが降ってくる。QueenやCCR、Beatles、Jimi Hendrix、ナップスターに文句を付けたMetallicaなんかが多めである。Tarantinoの映画サントラ、David Bowie。うーん、僕の嗜好に近いなあ。しかし、Gnutellaは音楽ファイルだけでなく、ありとあらゆるファイルを共有指定できる。それはありとあらゆるファイルを検索する人たちがいるということだ。ざっとながめていると、結構いろいろな検索語句が降ってくる。あの、WinMXやなんかと違って、丸見えなんですが。

     まずはおきまりのエロワード。

    hard sex
    "condom"
    child
    girl
    sexual mpeg
    chirstina
    pig
    17 jpg
    maid

     「子供」とか「女子」もそうでしょ。そうじゃない?いやそうだろ。こらこら、私の思考回路を疑うんじゃない。「クリスティーナ」は私の妄想かも。だが「豚」「17、しかもjpg」はいかんだろ。ちょっと。「召使い」はいわゆるコスチュームというやつか。WinMXで130GB(MBじゃないです念のため)集めた知り合い(友人と言いたくない念のため)曰く「アニマル系のタイトルがついたファイルに外人からアホみたいにキューが入る」らしいからなあ。しかしこんな語句をうっかり流している人たちはどうなんだ。かなりやばいぞ。つーか、もうちょっと詳しい語句を指定して(以下省略)。

     もうちょっと詳しい語句をってのは、こういうのもあるわけで、

    80's
    rock
    oldies mp3
    1970
    r & b mp3
    ram
    jazz
    pop
    Live
    mp3
    best
    J-Pop
    soundtrack mp3

     あのなあ君ら、たとえばライブなら何でもいいのか。ライブはまだわかる。ベストはどうなんだ。誰でもいいのか。mp3なら何でもいいのか。そしてJポップってのはいかがなものか。とはいえこれはまだ意味が分かるほうで、

    have
    water
    me
    get
    We
    must
    Other
    t shirt
    sandal
    FRENCH
    bj
    07_

     このあたりになるとわけがわからない。もうちょっと辛抱して二つ目の語句を入れるとかせんのか。水とか持つとか手に入れるとかねばならないとかその他なんてどうしたらいいの。さらにTシャツにサンダルである。何がしたいんだ。まさか「部屋とTシャツと私」を検索したいのか。サンダルは。。。などと意味不明な検索を多々行う外人であるが、意味は分かるがそれはちょっとそれは探せないだろというモノもあって、

    real estate

     外人、恐るべし。

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    why reboot? use linux.

    Where should I go? (By the middle to oasis) 1999-2002 たろ。mailto:taro-m@geocities.co.jp