SL230研究発表

え〜ワタクシMETALが、昨年発掘した遺跡により、今まで謎とされてきた古代人の驚くべき実態がわかった為、今日はここで発表したいと思います。
まず、はこの写真をご覧ください。

場所は…今はまだはっきりとは言えませんがある川原であり、
この付近の住民より、「なにやら遺跡らしいモノが地面より顔を出している」
と通報がありまして調査に行った次第です。
これはまだ調査を開始する前の段階で撮った写真です。
最初にこの付近の地層を調査した結果、多数の古代人の遺物の発掘に成功しております。
主な発見物はタンスやテレビ等の大型家電や家具に布団、建材の余り、および多数のエロ本等であり
これらの発見から、以前はこの地は政治都市というよりも
古代人の一般的な生活都市としての性質があったと見て間違いないでしょう。
今まで政治都市の発掘は数多くありましたが、
一般市民の生活都市としては今回がほぼ初めてに近いのではないでしょうか?

……多数の拍手賛同ありがとうございます。…続けます。

まずはこの遺跡は完全に掘り起こし、その全体像を明らかにいたしました。
作業は遺跡を傷つけない為にも、慎重を要しました。

<住民により通報された時の状態>

<ついにその全容が!>
30人ものパートをワタクシは自費で雇い入れ、七日七晩の昼夜を徹した作業の結果、
ついに遺跡が我々の前に、その神秘的な姿を見せてくれたのです。

しかし掘り起こして完全な姿を見ても、私にはこれが何の為に使用されていたものなのかは
測り知ることができませんでした。
いったい古代人はコレを何のために使用していたのか…。

ワタクシは古代人の生活やその姿をもう一度見つめなおしてみることからはじめました。

ご存知のとおり我が日本の超古代民族は狩猟によって生活を営んでおりました。
従って当時の日本人は今よりもずっと背が高く、そして筋肉の隆起が激しかった
と言うのが今や疑うことのできない定説であります。
また、顔や体の至る所、時には全身にまで刺青をしていた事も、さまざまな古墳に残る壁画、
および各民族に残る言い伝えの研究により解っております。
それらの結論から復元された古代人が下の写真であります

<復元された超古代人達>
(日本超古代博物館所蔵の国宝、古代人天然総色絵巻ノ図より抜粋。無断転載を禁ず)




<狩猟民族の為、筋骨隆々>

<このように超古代人達はさまざまなイレズミを頭部に施していた>



<この超古代人は手首にまでイレズミをしている>

これらの超古代民族達の奇跡を追っているうちに、ある古墳より驚くべき壁画を発見いたしました。
それは、まさしく今回の遺跡を超古代人が使用しているとしか思えない壁画で、幸い色も抜けていないため、かなり状態の良いものでありました。
その壁画から創造するに、彼らはこの遺跡を狩りに仕様していたものと思われます。
それら壁画の写真がこれです。

お静かに!皆様!お静かに!
どうぞそんなに興奮なさらないで下さい。

…確かに、みなさまが驚かれるのも無理はありません。
ここには、超古代人と今回の遺跡のみならず、
今までに一部分の化石が発見されたままで、
その存在の有無が大きな波紋を呼んでいた
現在の三毛猫の先祖で、ネコ科最大の動物である
「ウシネコ」が描かれているのです!

そしてこのウシネコに果敢に狩りをしかける超古代人。
そして今回の遺跡。
これらが実に生き生きと描かれているではありませんか!

この厳しい狩猟で幾多の超古代人が命を落としたでしょう

しかしこの壁画のおかげで、彼らの生活の実態が
明らかになったのです。



<体長4m、推定体重250tはあろうかという
  ウシネコに果敢に狩りを挑む超古代人>   →
   (牛猫塚古墳 第二洞窟より 発見。)

また、彼らは一夫多妻制であったために、その同族の女性を巡って争いが絶えなかったと言うことも、近年の研究では明らかになってきております。
すなわち、彼らが多くの女性を自分の妻にする事、というのは同族達に己の力をアピールする為でもあったわけです。
従って、力のあるものはより多くの女性を自分の妻として向かえており、またそれだけの女性を食べさせていく為には人並み以上の狩りの技術などが不可欠であったわけです。
結果的にそれらが、一族の中での政治力となっていき、いわゆる封建主義の基礎がすでにこの時代にできていたのがうかがえます。
それは、あの徳川家康が晩年に残した言葉「一夫多妻こそ幕府の要(かなめ)。幕府が傾いたら超古代に学べ…」でも明らかであります。


<参考資料………超古代人の一夫多妻制度と生活様式について…部分抜粋>

 超古代人達は一夫多妻制であった。
 強いものはより多くの女性を妻としていった。

 ←写真は部族の王と考えられている。

 まんなかで全身に赤と白のイレズミを施し、
 角の形をした髪飾りをしているのが王とされている。
 女性達は富の象徴である黄金で飾っており、
 王とされる男性自身の腰には銀が巻かれている。
 また、その王とされる男性が右手をかけている物は
 王の証、すなわち中世ヨーロッパで言うところの
 王冠のようなものではないだろうか?
 
 他にも注目する点があり、右後ろの白い柱のような物体には、
 後の日本語の文字の元と考えられている、旧古代文字が描かれている。
 これらはまだ数が見つかっておらず、当然解読も進んでいない。
 
 一説にはイースター島の古代文字である「ロンゴロンゴ」との共通点が
 囁かれてはいるが、立証できる証拠は今のところ無い。
 
 また各女性の衣装は形こそ同じようであるが、その色彩は大きく違う。
 おそらくこれは本妻や妾などの、女性世界での地位の違いを表している
 と現在考えられている。
 


 そして、その女性達を巡った争いにも、
 この遺跡は使用されたのです。
 
 左の合成写真、いや壁画をご覧下さい。
 これも前述の塚より発掘された物です。
 遺跡を使って激しく争う超古代人の姿が、
 生き生きとデジタル処理、いや描かれております。
 
 おそらく、このように後方に粉塵を上げる事によって、
 己の力や財産の大きさを相手に誇示していたものと
 思われます。

 今回の遺跡は生活都市と推測されるので、
 このような争いは、遺跡のあらゆる場所で
 行われていた事と思われます。

 このような行動も超古代人の主食が肉であった事と
 関係が深いと、ワタクシは個人的に考えております。
 
 また相手への威嚇行動の中で、最大級の威嚇として
 この遺跡の後部を軸に、前部を持ち上げるという
 ウイリー、いや威嚇があるとの説がありますが、
 まだ発掘が完全に終わっていない為、そのような壁画は
 技術が未熟な為に、今回は写真に収めることが
 出来ませんでした。残念です。

このように、今回の遺跡によって超古代人の多くの生活様式が明らかになったと自負しております。
…多数の鳴り止まない拍手喝采ありがとうございます…

更に現代の日本人には、この超古代人の血を濃く受け継いでいる一族が居ることもわかりました。
彼らは、現代社会においても代々全身に刺青を施し、この遺跡の進化した形の物を使用し彼ら独特の文化を構成しております。
皆さまも一度は、どこかでご覧になった事があるのではないでしょうか?
ただし、日常生活の中では我々とまったく見分けがつきません。
しかし、ひとたびニッポンの平和が脅かされると、瞬時に変身しその本来の姿を表し敵を蹴散らしてくれるという、我々一般人の強い味方なのです。
彼らは驚くべき体力、体術を持っており、中には空を飛べた者も一時は存在していたようです。
最後になりましたが、その超古代人の血を濃く受け継ぐ一族の一部ですが、写真をここに掲載して終わりといたします。

本日はどうもありがとうございました。


<超古代人の血を濃く受け継いだ一族の写真>









この男性の爪は鋭くとがっている




このように遺跡の進化型を使用している。


この男性は体から強力な電気を発生させることができる


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