<2>きっかけはいつもの事



 (1)コウ

「オーッス! 今日も全ときめきのアイドル、藤崎詩織ちゃんとツーショットで登校した
んだってな。コノー!」
 好雄は思いっきり俺の背中をたたく。朝からずいぶん乱暴な挨拶だ。
「しょうがないだろ! 家が隣同士なんだから」
 俺はオーバーに咳き込んでみたが、好雄はあっさりと無視をする。
「幼なじみで? 家が目と鼻の先? お前なあ、今時恋愛シュミレーションゲームだって
こんな設定使わないぜ? できすぎだぞ、コノヤロー」
「なんだよ。人の気も知らないで……俺だってなあ、結構大変なんだよ」
「おっとこのまま聞いているとノロケ話になりそうだからな。さて俺はめぼしい情報があ
るかどうかチェック、チェック」
 好雄はポケットサイズのノートと鉛筆を持ってそそくさと教室を出ていった。
 それにしても毎日まめなことだ。だが、あいつの情報には何度か助けられたこともある。
 俺は胸の中で「がんばれよ」と言った。


 (2)萩原七穂

 今日いつものようにあの人が登校してきた。でも話しかけることはできない。毎朝校門
で友達を待ち合わせている振りをしてあの人の姿を盗み見るだけ。
 あの人の隣にいつも寄り添うようにして藤崎先輩の姿が私の瞳に強く焼き付く。

 ――コウ先輩……藤崎先輩とは付き合っているんですか?

 いっそのこと思い切ってそう聞きたかった。でも何もできずにただ二人の姿を見ている
毎日。
 唯一コウ先輩が一人になる下校時間もただその後ろ姿を教室の窓から見送るだけ。
 それが私の毎日、むなしいけれどそれが精一杯の毎日。

「じゃあね、ナナ。私たち先に帰るから。ガンバ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 佑子と志乃は私を置いてどしゃぶりの中に消えていった。
 私、傘持ってないのに……。この降りじゃあ止みそうにないし。
 ため息をつけばつくほど雨音はさらに激しくなるような気がした。


 (3)コウ

 ようやく長い一日が終わった。詩織のように部活に精を出すのもいいが、やっぱり俺に
は帰宅部が一番だ。
 その俺を嘲笑うかのように三時間目からポツリと降り出した雨は、今ではどこかのダム
を引き千切り空のてっぺんでひっくり返したようなどしゃぶりになっている。
 念のため折りたたみ傘を持ってきて正解だった。
 玄関を出ると癖の無い髪を肩のところで切り揃えた少女が寂しげにたたずんでいた。
 彼女はしきりと校庭の方を恨めし気に見ては深いため息を吐いている。
 傘が無くて困っている女の子を黙って見過ごしたら男がすたる。思いきって俺は彼女に
声をかけた


 (4)七穂

「傘ないんだろ。これ使えよ」
 ひょいと折りたたみ傘を持った腕が目の前に現れると背後からどこかで聞いたことのあ
る声が私の耳に入った。
 慌てて振り向くとそこにはコウ先輩の姿。

 え……? ええー? ど、どどど、どうしようー! ああー! パニックが頭に……、
じゃない! 頭がパニックになる! 心臓の鼓動が雨音に負けないぐらい激しくなる。
 キャー! キャー! どうしよう、どうしよう?


 (5)コウ

 彼女は俺の姿を見ると急に固まってしまった。

 ――あちゃー……やっぱり見知らぬ野郎に話しかけられて警戒してるのかな。これじゃ
あ、手渡しは無理だな。
 俺は仕方なく傘を彼女の足元に置いていくことにした。


 (6)七穂

 私がその場でパニックを起こしていると、先輩は優しい笑顔で「ここに置いておくから
よかったら使ってよ。明日返してくれればいいから」と言ってどしゃ降りの中を走り去っ
ていった。

 ――夢? 夢じゃないよね。私は思い切り頬をつねってみる。
「い、いったーい!」
 夢じゃなかった……
 次第に私の頬は赤くなり、走り出した蒸気機関車のような煙がでるほど顔が熱く火照る。


※この物語はフィクションです。実際の人物・団体などとは何も関係ありません。


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