<4>近くて遠い距離



 (1)コウ

 俺はその後風邪をぶり返し、結局学校を四日間も休むことになった。
 詩織はあれ以来俺を避けるかのように先に学校へ行くようになった。
 ――そうだよな……しょせん俺は詩織にとって幼馴染みにすぎないんだから
「よう。コウ! 久し振りだな。もういいのか?」
「ああ。おかげさまでな」
 好雄に話し掛けられ俺の気分は少しだけ晴れる。
 俺は詩織の席へ視線を泳がせると、詩織は一瞬だけ俺の方に目を向けただけですぐにそ
っぽを向いてしまった。
「……なあ、コウ。お前詩織ちゃんと喧嘩でもしたのか? なんか詩織ちゃんお前のお見
舞い行って以来元気ないんだぞ」
「喧嘩なんかしてないさ」
「じゃあ! なんで」
「俺が知るわけないだろ。それに俺と詩織はもう……」
「『もう』……なんだよ」
「……な、なんでもないよ。それより好雄、詩織の情報今までいろいろとありがとうな」
「お、おい! それどういう意味だよ、コウ! お前……」
 好雄の追求は午後の始業ベルではばまれた。


 (2)詩織

 あの後私は自分の部屋に戻りなり目が赤く腫れるまで泣いた。
 私……最低だ。自分でコウにキスしておいて、コウが告白しようとしたら拒むだなんて。
 私どんな顔をしてコウに会えばばいいの?
 私コウのこと好きなの?

 ――わからない! 何もかもわからなくなった。
 今となっては自分で台無しにしたファーストキスの余韻だけが残った。
 ファーストキスは甘酸っぱい味がするって聞いたけど、私はなんの味も感じなかった。
 学校でコウの姿を見ても以前のようにドキドキしない。ちっとも幸せな気分になれない。
むしろコウの顔を見るたびに私の旨に罪悪感という鋭い杭が突き刺さる。
 私……自分で殺しちゃったんだ。自分の胸の中にいた一番近い存在だったコウの事を。
 もうそこにはぽっかりと空虚な穴があるだけだ。
 同じクラスで幼なじみで家も隣同士のコウの存在がとても遠くに感じる。


 (3)七穂

 今日私は一大決心をした。
 今日こそコウ先輩と一緒に帰るの! そして……

『先輩、この前は私のためにびしょ濡れになっちゃって……
 どうして私のためにそこまでしてくれたんですか?』
『七穂ちゃん……実は俺初めて君のことを見てから……その、君のことを』
『せ、先輩! 私もです』
『七穂ちゃん!』

 ウフ、ウフフフフフフ……
「荻原七穂さんよね?」
「は、はい!」
 私の妄想は鈴の鳴るような奇麗な声で引き裂かれた。
「藤崎先輩?」
「この前好雄君に傘渡したでしょ? その傘私に頼まれたんだけど……なかなかコウに渡
せなくって……今日も部活だからコウに渡せないのよ。だから荻原さんが渡してくれる?」
「はい。わかりました」
「じゃあ……お願いね」
 藤崎先輩は私に傘を渡して校舎へと戻っていった。
 きれいだなー……
 なんだか今日の藤崎先輩、元気がないみたい。どうしたんだろう?

 でも……これでコウ先輩と一気に親しくなれる。


 (4)コウ

 今日一日ついに詩織と話をすることはできなかった。
 玄関を出るとこの前傘を貸した女の子が立っていた。
「コウ先輩。あ、あの……一緒に帰りませんか?」
 満面の笑みを浮べる彼女の顔を見てしまってはさすがに断るに断れない。

「コウ先輩……私のために学校四日間も休むことになっちゃってすみません」
「いや、いいんだよ。あの雨の中で傘ささないで帰れると思った俺が馬鹿だったんだ。そ
ういえば名前まだ聞いてなかったよね」
「は、はい。荻原七穂です。七穂と呼んで下さい」
 慌てて答える七穂ちゃんのしぐさがなんとも可愛らしくて思わず微笑ましく思えた。
 俺と七穂ちゃんは取り止めもない話で盛り上がった。しばらくして七穂ちゃんは急にぴ
たりと足を止めた。
「コウ先輩……藤崎先輩とはつきあっているんですか?」
「へ? 詩織と……」
 俺は思わず素っ頓狂な声をあげる。
「あの……もしよかったら私とつきあってくれませんか? へ……返事は明日でいいです
から……。明日放課後『伝説の樹』で待ってます。それじゃあ、私これで失礼します」
「ちょ、ちょっと……七穂ちゃん……」
 俺が二の句を継ぐ直前に七穂ちゃんは小走りに去っていった。


※この物語はフィクションです。実際の人物・団体などとは何も関係ありません。


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