FFZ外伝



 優しいそよ風が吹くたび膝下まで伸びた長い黒髪が荒々しく舞う。
「……クラウド」
 ため息混じりにティファは幼い頃から思いをよせている男の名をつぶやく。
 ――そろそろ腰あたりまで切らなくちゃ。でもこれはクラウドへの思いの丈。クラウド
を思い続けている唯一の証……
 だからこの髪は切れない、クラウドが戻ってくるまで。
 あの戦いの後クラウドは「もっと強くなるために」ただ一人旅に出た。
「私もついてゆく!」
 そう言えばよかった。たとえクラウドが許してくれなくても後をついてゆけばよかった。
「ティファ!」
 元気な女性の声がティファを現実へと引き戻した。
「ユフィ……」
「やっぱりここにいた。道場のほうが大変なのよ。来て」
「どうせ道場破りかなんかでしょ。たまにはユフィが相手してよ」
「今度は違うの。あのね……ああ、もう! とにかく道場に来る」
 ユフィは強引にティファの手を引っ張る。
 あの戦いの後ユフィとともに建てた道場は瞬く間に入門者で溢れかえった。しかし想像
を絶する厳しい稽古を重ねていくうちに入門生は両手で数えるほどまでに減った。
 道場につくなりティファの視線は一人の男に釘付けになる。
(ク……ラ……ウド? 違う! クラウドじゃない)
 容貌はたしかにクラウドに酷似していた。だが短く刈り込まれた銀髪、体つき、そして
こちらまで凍り付いてしまいそうなほどの殺気――クラウドとはまるで違う。
「誰なの?」
「……ゼロ。あんたがティファか」
「そうよ。私になにかよう?」
「ああ。ちょいとなあんたの命を取りに来たのさ」
 男はボロボロになった紙を差し出す。そこにはティファの写真とその下段に特徴と賞金
金額がそっけなく書かれていた。
「それで私を殺しに来たってわけね」
「いや。今日はほんの挨拶だ」
 男が返事をするのと同時にティファが動いた。
 一瞬それも一呼吸も与えないうちにテイファの回し蹴りが男の顔面に向けて鋭い弧を描
く。
 男は顔色一つ変えずに紙一重でそれをかわす。ティファは間髪入れずに続けざまに拳を
繰り出す。
 ティファの鋭く早いパンチはことごとく男にかわされる。
(馬鹿な……!)
 ティファの脳裏に焦りが生じそれがわずかずつながらも攻撃の精細さを失わせる。
 流れるような動作でティファは中段蹴りを放つ。
 男は余裕の笑みでそれをかわそうとしたときだった。
 ――消えた?
 鳩尾に入るはずのティファの右蹴りが忽然と男の視界から消えたのである。
 消えたはずの右足は男の頭に現れていた。
 ――フェイント……

 ガスン!

 鈍い音とともに双方の動きが止る。
 先に床に倒れたのはゼロではなくティファだった。ゼロはティファの右足をブロックす
ると同時にわずかの間にがら空きとなったティファの腹部に左拳を入れていたのである。
 ゼロの額は運動による汗と戦慄の汗でびしょ濡れになっていた。

 ティファが再び目を開けたときゼロと名乗った男の姿は消えていた。
「ティファ! 大丈夫?」
「ユフィ……しばらく一人にしといてくれる」
「え……でも……」
「私、大丈夫だから……」
「そ、そう? それじゃあ私離れの方にいるからいつでも呼んでね。
 今度会ったらあんなやつ、やっつけちゃえばいいのよ」
 ティファはただ一人となると、板張りの道場の床に仰向けに転がる。

 ――ねえ……クラウド……私負けちゃった……

 ティファの両目から涙が頬を伝う。
 久し振りのその日ティファは思いっきり泣いた。

   *** ◆◆ ※ ◆◆ ***

 その翌日ティファは買い物と称してミッドガル周辺をうろつくことにした。
 街外れに差し掛かると面相の悪い五人の男たちが一人の男に対して因縁をつけていのが
目に留まる。
 取込まれている男はまさしくゼロだ。
「にいちゃん。兄貴の肩にぶつかっといて『すまん』じゃすまねーんだよ!」
「……」
「おい! なに黙ってんだよ」
 助太刀するか……いや
 ティファは少し考えた後この状況を静観することにした。
 ゼロよりも相手の男達の体格のほうが一回り大きい。しかも各々の手にはナイフや鉄棒
などとそれなりの武器を持っている。
 どこからどう見てもゼロのほうが不利な状況にある。だが当の本人は顔色ひとつ変えず
ることはない。
「……てめえ!」
 痺れを切らした一人がゼロを目掛けて棍棒を振り下ろす。
 一瞬だった
 棍棒を持った男は口から折れた歯と血を吐き出しながらそのまま倒れる。
 何が起こったのか残りの男たちにはわからなかった。
「な……な、なにしてやがる! 相手たった一人なんだ。まとめてかかれ」
 リーダーらしき男が慌てて指示を出した。
 四人の男達が一斉にゼロに襲いかかる。それでもゼロの表情は変ることはない。
 ゼロは四人に囲まれるとゼロはまるで舞を踊るかのような動きをする。
 四人の男たちはそのままの姿で硬直する。
「そんな……馬鹿な」
 リーダー格の男の顔はすっかり青ざめる。ようやく自分たちが手におえない相手を敵に
したことに気づいたようだ。
「なあ……わるかったよ……ゆ、ゆるしてく……グ!」
 懇願する男はそのまま仰向けに倒れる。
 ゼロは軽く肩で息をつきティファの方を一瞥する。
「見学かい?」
「そうよ。ついでにやることやっておこうと思って」
「なんだよ」
「それはね……あんたを倒しておくってこと」
 ティファ鋭いワンツーをいれる。それをゼロはブロックする。さらにティファはブロッ
クでがら空きになった鳩尾を右の蹴りで狙う。
 その蹴りを男は数歩後退して紙一重の差でよける。
(今だ!)
 右の蹴りを軸足にして今度は振り向きざまに左の蹴りを繰り出す。
「むぅ!」
 その蹴りが見事にゼロの側頭部を直撃した。ゼロはその蹴りの反動で左側によろめく。
(やった!)
 勝利を確信しとどめの一撃を入れようとしたときだった。いきなり髪がグイッと引っ張
られる。
「え?」
 完全に防御がおろそかになっていたティファは、そのままゼロの方へ髪ごと引き寄せら
れる。
 ティファの首に思ったより太いゼロの腕が絡み付く。

「ク……ラ……ウ……ド」
 朦朧とする意識の中でティファは想い人の名前をつぶやいた。

   *** ◆◆ ※ ◆◆ ***

「う……う? ううん……」
「気がついたか」
 ティファが慌てて飛び起きるとそこはどこかの洞窟であった。
「な? なに」
「別にあんたをとって食いやしないよ」
 男から手渡されたホットミルクをティファは怪訝そうな表情で受け取る。
 ティファはしばらくマグカップを嘗め回すように見て、ようやく意を決したように一気
に飲み干す。
 ホットミルクの中にメイプルシロップが入っているのだろうか、ほのかな甘みと香りが
口の中で広がった。
「なんで私を殺さなかったの」
「ああ、あのあと腕が痺れてな。ついな」
「嘘つかないで! 気絶した後でも殺せるはずよ」
「……あんたを殺しても面白くないからさ」
「な! なんですって!」
「あんたは生きていた方が面白い。殺したらなにもならなん。そう思ったのさ」
「今まであなたが殺した人たちはなにもならないから殺したの?」
「そうさ」
 初めてゼロの顔が少しだけ曇った。
「……依頼主はどうしたの?」
「死んだよ。あんたを殺してもやつは金を払う気なんかこれぽっちもなかったのさ」
「それで……私をどうする気?」
「どうしもしないさ。
 とりあえず今日はここで泊まっていくんだな」
 ゼロはその場でゴロリと横になると、あっという間に軽い鼾をたて始める。
 ティファの足元にはゼロのものであろう毛布と布団があった。
 ティファは不承不承毛布にくるまる。

 ――クラウド……

 目を閉じると脳裏に浮ぶのは一人の男の姿。それがぼやけたものからで霧が晴れたかの
ように次第にはっきりした像となる。
 短く刈り込まれた銀髪の髪、クラウドとはわずかに異なる体格――
 違う! クラウドじゃない! なんであいつのことなんか!
 ティファはその残影を必死に振り払おうとするが、そうすればするほどにその持ち主が
ティファの脳裏の中で大きくなる。

 ――違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う!

 ティファは飛び跳ねるように起きると、静かな寝息をたてて眠るゾロの姿を見つめる。
 ……殺してやる、殺してやる!
 クラウドから貰った短剣を抜き、ティファは足音一つ立てることなくゼロの近づく。
(どうしたのよ、ティファ! ほんの少し力をいれるだけでいいのよ)
 頚動脈に短剣の刃をあてるが、ティファの手が小刻みに震えゼロの首を一思いに切るこ
とができない。
「どうした? 殺すなら殺せよ」
 いつ起きたのだろうか、ゼロはティファの方に顔を向けることなくつぶやいた。
「頼むから滅多刺しだけは勘弁してくれ。やるならひと思いにやってくれ」
「……畜生、畜生ー!」
 ティファの手に握られた短剣がゼロの首から離れ、ティファはそのまま泣き崩れる。
 ゼロは不器用な手つきでタオルを差し出す。
 ティファはそのままゼロの胸元に抱きつく。
「お、おい……」
「……しばらく貸して」
 困り果てたようなゼロの表情を盗み見てようやくティファは笑顔を浮べる。
「な、なんだよ」
「あなたがそんな顔するの初めて見た」
「そうだな」
 ようやくゼロがティファに笑顔を向けた。

   *** ◆◆ ※ ◆◆ ***

 翌朝ティファに無理矢理たたき起こされたゼロは、不機嫌な表情で洞窟から姿を現した。
「ゼロ……頼みがあるの」
「なんだよ。もう一回私と闘って。これで最後にするから」
「いいぜ」
「真剣勝負よ」
「ああ」
 一瞬にしてゼロとティファの間に緊迫した空気が生まれる。お互いが相手の動きを伺う
ようにして徐々に間合いをつめる。
 最初に仕掛けたのはティファだった。
 鋭い前蹴りを見せ他後ティファは一気にゼロの目の前まで近づく。しかし前蹴りをよけ
た後のゼロはまるで無防備だ。
 思いも寄らないゼロの反応にわずかにティファの中で戸惑が生じる。
 ティファは右ストレートをゼロの顔面に繰り出す。それをゼロはこともなげに避けた後
その腕を掴む。
「え?」
 腕を掴まれたティファはそのままゼロのもとへ引き寄せられる。そしてゼロはティファ
と唇を重ねる。目を開き驚きの表情を浮べていたティファもゆっくりとゼロに腕を回す。
「今度も俺の勝ちだな」
「……バカ」
 熟れたトマトのように赤を赤く染めたティファは、今度は自分のほうからゼロの唇を奪
った。


   エピローグ

「本当にいいのか?」
「いいの」
 ティファは自慢の黒髪を手繰り寄せ愛しげになでながらきっぱりと言った。
 ゼロはティファの背後で大きくため息を吐く。

 クラウドを想い続けた長い髪、それを今日切ることにした。
 クラウドを忘れるために、今までうじうじしていた自分を切り捨てるために。
 やがてティファは再び長い髪を背中へ流した。
「いいんだな。切って」
「……うん。あなたぐらいに短くしちゃって」
 ゼロは大きく息を吐き出すと、ティファの長く艶やかな髪を無造作に掴んだ。

 ――ブツリ!

 鈍い音とともに長い黒髪の束がゼロの手元からぶら下がる。
 ティファは自分の身が真っ二つに引き千切られるような衝撃を受けた。まばらに切られ
た髪がティファの肩の上で踊る。
 ティファは片手で絶え間なく押し寄せる鳴咽を必死に押え込んでいた。
 かつてはティファの背中でなびいていた長い黒髪は、岩場で静かに風にそよいでいる。
 ゼロは短剣から長年自分が愛用しているバリカンへと持ちかえる。
「いいんだな。俺ぐらいに短くして」
「……い、いいの」
 涙と鳴咽混じりになりながらもティファはその一言を声に出した。
 ゼロはティファの髪をかき上げ、露になった項にゆっくりとバリカンを近づける。

 ――ザク

 後頭部に冷たい感触と同時に雷に撃たれたような衝撃がティファの全身を襲う。
 ――ザクザクザク……
 バサバサと音をたててバリカンに刈られた髪が荒涼の風に泳いでティファのもとから次
々と離れてゆく。
 ティファは風に舞った髪を手に取り、大きな粒の涙を流した。

   *** ◆◆ ※ ◆◆ ***

「ありがとう。さっぱりしたわ」
「結構短いの似合うな」
 もともと格闘技によって引き締められたティファにまるで男のように短く刈られた髪型
はよく似合っていた。
 サイドも後ろも地膚が透けて見えるほどに思い切りよく刈り上げられ、唯一ぬばたま色
を残しているのは前髪だけだ。
 ティファは複雑な表情で刈り上げられた後頭部をしきりになでる。
「あーあ、こんなに刈り上げられちゃった。
 ……で、これからどうするの?」
「そうだな。行くあてもないし。やることもない。また気の向くままの旅に出るさ」
「だったら、私も傷心の旅ということでお供するわ。……だめ?」
 ティファの表情が少し暗くなる。ゼロは顔を緩めすっかり短くなった髪を荒々しくなで
る。
「いや……。一人旅にちょうど飽きてたところだ」
「じゃあ。きまりね」

 その後ゼロとティファの姿はミッドガルトからふっつりと消えた。
 交易商人らの噂によれば短く刈り込まれた銀髪の男と艶やかな髪を惜しげもなくベリー
ショートにした女性の二人組みの腕利きのモンスターハンターがいるという。
 その二人がゼロとティファなのかは定かではない。



      了


※この物語はフィクションです。実際の人物・団体などとは何も関係ありません。


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