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カミーユ・フラマリオン

Camille Flammarion (1842--1925)

「いつの時代になったら、人は急な坂をのぼりきって青空の平和のなかに暮らすことができるだろうか?」 カミーユ・フラマリオンのこの問いに対する答えは簡単である。それは機械工学の進歩によって航空問題が解決されるときである。

--- 『征服者ロビュール』より

== Biography ==

天文学者にしてSF小説家、オカルト研究家。五歳のときに日蝕を水を張った樽に映して観察したのがきっかけで天文学に興味を持つようになった。十七歳のころからパリ天文台(当時の天文台長は海王星の発見で知られるルヴェリエ)の計算係として働き始め、1862年の著書『人の住む世界の多様性』によって天文学の啓蒙家としての道を歩み出した。専門書も含めて多数の著作があるが、中でも彼の代表作とされるのが1879年に発表した『通俗天文学』で、その科学書らしからぬ親しみやすい書きぶりは多くの読者を魅了した。この本で一躍名を揚げたフラマリオンはパリ郊外のジュヴジーに天文台を建設し、次いで1882年に学術誌"L'Astronomie"を創刊、1887年にはフランス天文学会を設立した。このようなフランスにおける天文学の普及・発展への多大な貢献が認められ、1922年にレジオン・ドヌール勲章を授与された。

その一方でフラマリオンは筋金入りのオカルト研究家としても知られ、該博な天文学の知識とオカルト思想を思う存分に披瀝したSF小説や心霊研究書を著した。中でも代表作『世界の終わり』はウェルズ、ホジスンを経てステープルドン、バラードへと連なる終末SFの先駆的作品であり、その壮大かつ特異なヴィジョンは今なお色褪せていない。しかしながらSF作家としてのフラマリオンは忘れ去られてすでに久しい。本国フランスでさえほとんどの著作が新刊書では読めない状態であり、戦前に少なくとも5冊の立派な翻訳が出ていた日本でも現在ではごく一部の古典SF愛好者やオカルト研究家に知られるのみである。それでもアメリカでは一部のSF作家を中心に再評価の兆しが見られ、ロバート・シルヴァーバーグの序文が附された"Omega"(1894年版のリプリント、挿絵入り)やブライアン・ステイブルフォードの翻訳による"Lumen"(巻末の書誌が充実している)が刊行されるなどフラマリオンの小説に容易に接することができるようになった。ヴェルヌも当然フラマリオンの小説を読んでいたはずで、特に晩年の作品『永遠のアダム』などを理解するうえでその著作はぜひとも参照されるべきであろう。

なお、カミーユの弟エルネスト・フラマリオン(1846--1936)は今も残るフランスの大手出版社フラマリオン書店の創設者であり、カミーユ・フラマリオンの著書の多くもここから出版された。

== Reproductions ==

== Bibliography ==

last modified on 2005/12/04