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氷のスフィンクス

Le Sphinx des glaces / 1897

[氷のスフィンクス]

illustration by George Roux

== Data ==

== Editions ==

== Story ==

時は1839年、ケルゲレン島での二ヶ月間の地質調査を終えたジョーリングは、島を発つための船を待ちわびていた。そんな折りに島の港に帰ってきたのが、レン・ガイ船長の指揮する帆船ハルブレイン号であった。ジョーリングは機会をとらえては船に乗せてもらえるように交渉するが、なかなか船長の同意を得ることができない。しかし、ジョーリングがポオの作中人物アーサー・ゴードン・ピムと同郷であることを知ると船長は態度を変え、トリスタン・ダ・クーニャ島に向かうハルブレイン号に同乗することに同意する。その途中、ある出来事が起こって、ポオの小説がまったくの作り話ではなかったことが分かってくるのだが……。

ポオの『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』の続篇として書かれた晩年の大作。南極での唐突な幕切れが多くの謎を残したその物語の解読として、いかにもヴェルヌらしい幾多のアイデアが持ち込まれるが、ポオの愛読者からしてみるとこのような合理的一辺倒の解決は興醒めに思えるかもしれない。そのような読者には、初期の傑作『ハテラス船長の冒険』を一読されることをお勧めしたい。しかしながら、本作品の読みどころはむしろ、『ピムの冒険』の丁寧すぎるほどの紹介をはじめとするポオのさまざまな作品への言及や仄めかし、南極点を目指した過去の探検家たち(そこにはヴェルヌの創造した人物も含まれる!)の挑戦の記録など、雄大な海洋文学としての語りにあると言えよう。ヴェルヌの一連の極地探検小説を締めくくるものとして、ここにはもう初期の頃の溢れるような想像力はないが、老成した揺るぎのない文体で読者を彼方の海に誘なってゆく作品である。

== Characters ==

  1. ジョーリング (Jeorling)
    この物語の語り手。どうやら地質学についての専門知識があり、金には困らない身分らしい。ハルブレイン号の素晴らしさにほれ込み、軽い気持ちで船の乗客となるが、次第に南極の未踏の地への地理学的情熱の虜になってゆく。
  2. レン・ガイ (Len Guy)
    リヴァプールの出身で、六年前からハルブレイン号の船長を務める。ポオの小説に異常なまでの執着を持ちその真相を究明しようと、乗組員を募って南極の海へ乗り出す。責任感が強く、船長としての義務と自らの意志とのあいだで苦悩する。
  3. ハリガリー (Hurliguerly)
    ハルブレイン号の甲板長。ワイト島の生まれで、長いあいだレン・ガイ船長と航海を共にしている。まんまるな顔のたくましく肥った人物で、呼吸をするのに普通の人の二倍も空気を使う。陽気で少々お節介な性格。
  4. ジェム・ウェスト (Jem West)
    船舶に関するあらゆることに精通しているハルブレイン号の副船長。船の上で生まれ、仕事の必要がなければ陸に上がろうともしない根っからの船乗り。口数は少ないが短い言葉で部下に適切な指示を与え、船員たちからの信頼も篤い。
  5. ハント (Hunt)
    フォークランド諸島でハルブレイン号に乗り組むことになったアメリカ人。インディアンの血を引く異様な風貌をした男で、並外れた腕力を持つ。他人と打ち解けず自らの過去を一切明かそうとしないが、熟練した船乗りでたびたび仲間の危機を救う。
  6. ハーン (Hearne)
    フォークランド諸島でハルブレイン号に乗り組むことになった、グラスゴウ生まれの海豹取りの名人。高給に釣られて船の一員となったが、船長らのやり方にことあるごとに反発し、船内の不満分子のリーダー格となる。
  7. マーティン・ホルト (Martin Holt)
    ハルブレイン号の帆修理係。人のよい模範的な水夫で、たびたび船長やジョーリングらと行動をともにする。しかし、ハントとのあいだには何やら因縁めいたものがあるらしく、次第に暗い影を落とし始める。

== Excerpt ==

Nous glissions légèrement à la surface d'une mer ondulée, un peu clapoteuse. Il semblait que l'Halbrane fût un énorme oiseau --- un de ces gigantesques albatros signalés par Arthur Pym ---, qui déployait sa large envergure et emportait tout un équipage à travers l'espace. Oui! Pour un esprit imaginatif, ce n'était plus de la navigation, c'était du vol, et le battement des voiles, c'était le battement des ailes!

うねり、そしてやや波立つ海の表面を船は軽やかに滑っていた。ハルブレイン号は巨大な鳥に似ていた---アーサー・ピムが目撃したあの巨大なアホウドリの一羽に。それは大きく帆をひろげ、乗員すべてを乗せて空間を飛んでいた。そうだ! 想像力のたくましい精神にとって、これはもはや航海ではなくて飛翔だった。帆のはためきは、翼の羽ばたきであった!

---第1部6章より、古田幸男[訳]、一部改変

last modified on 2005/07/09