十五少年

ジュウールスヴェルヌ 著

思  軒  居  士 譯

第二囘

ニウジランドの一黌舍 ○暑中休暇 ○十四名の生徒 ○解纜の前夜 ○漂蕩 ○沙嘴の上

,+くわう,しや;しよちうきうか;,よ,めい;せいと;+かいらん;ぜんや;へうたう;+さし;うへ

 この時に當りてチェイアマン學校といへるは、南太平洋に於ける英國重要の一藩地ニウジランドの首府、アウクランド市にありて、最も有名なる黌舍の一なりき、此に來り學ぶ者は英、佛、米、獨等の白色人の子に限りて、皆な市の有地者、銀行者、巨商、官吏等の子なり。ニウジランドは北島及び南島と稱する二大島と他の諸小嶼とより成れる一群島にして、二大島の間を隔つる一葦帶水は、即ち有名なる世界環航者の記念を永く留むる所のクック海峽なり。斯の群島は南緯三十四度より四十五度の間に横亙して、北半球に於ける佛國、合衆國、及び日本の本島等と正さに其の位置を同じくす、北島の北西端は一條の狹長なる半島を成し、其の半島の頸をなせる處は幅二三マイルに過ぎず、アウクランド市は即ち其の頸の上に立てり、其の北島に於ける位置の希臘のコリンスと相肖たるより、往々呼びて南洋のコリンスと做さる。

とき;あた;がくかう;みなみたいへいやう;お;えい,こく,ぢゆう,えう;,はん,ち;しゆふ;し;もつと;いうめい;+くわうしや;;こゝ;きた;まな;もの;えい;ふつ;べい;どくとう;はく,しよく,じん;こ;かぎ;み;し;いう,ち,しや;ぎんかうしや;きよ,しやう;くわん,り,とう;こ;ほくたうおよ;なんたう;しよう;,だい,たう;た;しよ,+せう,しよ;な;,ぐん,たう;,だい,たう;あひだ;へだ;,ゐ,たい,すゐ;すなは;いうめい;せ,かい,くわん,かう,しや;き,ねん;なが;とゞ;ところ;かいけふ;こ;ぐんたう;なん,ゐ,,,,ど;,,,ど;あひだ;わうこう;きたはんきう;お;ふつこく;がつ,しゆう,こく;およ;に,ほん;ほんたうとう;ま;そ;ゐち;おな;ほくたう;ほくせいたん;,でう;けふ,ちやう;はんたう;な;そ;はんたう;くび;ところ;はゞ,,;す;し;すなは;そ;くび;うへ;た;そ;ほくたう;お;ゐち;+グ,リース;あひ,+に;わう/\よ;なんやう;+な

 一千八百六十年一月十五日の午後百許名の生徒は各其の親たちに隨伴して、方さに籠の戸を放かれし鳥の如く、欣々然として女皇街なるチェイアマン學校の門を出で來れり。

,せん,,ぴやく,,,ねん,,ぐわつ,,,にち;ご,ゞ,ひやく,きよ,めい;せいと;おの/\,そ;おや;ずゐはん;ま;かご;と;+ひら;とり;ごと;きん/\ぜん;+ク,ヰン,ストリート;がくかう;もん;い;きた

 この日は是れ暑中休暇の始めにして此より二個月間は渠等の自由に受用するを得る所なり。中に就て一隊の童子等の尤も得意なりしは、かねて久しく願欲待望せしニウジランドの沿岸週航の遊びの、斯の休暇の間に於て實行さるゝことゝ定まりたればなり。童子等の乘組まむとする美麗なるスクーナーは、童子等の中の一個の父雅涅氏の所有に係り、週航の費用は勿論童子等一同の親たちの醵出する所なり。

ひ;こ;しよちうきうか;はじ;これ;,か,げつ,かん;+かれら;じ,いう;じゆよう;う;ところ;なか;つい;,たい;どうじら;もつと;とくい;ひさ;ぐわんよくたいばう;えんがんしうかう;あそ;こ;きうか;あひだ;おい;じつかう;さだ;どうじら;のりく;び,れい;どうじら;うち;,こ;ちゝ,+ガー,ネット,-し;しよいう;かゝ;しうかう;ひ,よう;もち,ろん,どう,じ,ら,,どう;おや;きよ,しゆつ;ところ

 英國の寄宿學校の風は甚く佛國等に異りて、概して生徒をして自助自頼の習ひを養はしむるを專らとすれば、生徒は其の心と共に其の體の發達速かに、其の風采擧動の割合に早く大人びて沈着老成するが多し。チェイアマン學校は生徒の級を分ちて五となし、其の第一第二の級に在る者は、尚ほ其の親たちの頬に接吻するを以て禮となすほどの幼年者なりと雖も、第三級以上の生徒に至りては、既に握手を以て接吻に代ふるほどの長年者少からず。英國學校の習ひとして、長年者は各幼年者を保護する代り、幼年者は其の保護者なる長年者のために、朝飯を運び、衣服を刷き、靴を磨き、使命に奔る等諸般の役に服さゞるべからず、若し之を否む者は、一同のために、疾まれ虐げられて、一日も學校に安居すること能はざるに至る、是によりて英國學校の幼年生徒は又た佛國等に罕れに見る所の奉上勤務の念に厚きの特色あり。いまスロウ號に乘組みて週航の途に上らむと欲するは、第五級より第一級に亙りて、其數十四名にして乃ち左の如し。

えいこく;き,しゆく,がく,かう;ふう;+いた;ふつこくとう;ことな;がい;せいと;じ,じよ,じ,らい;なら;やしな;もつぱ;せいと;そ;こゝろ;とも;そ;からだ;はつ,たつ,すみや;そ;ふうさいきよどう;わりあひ;はや;おとな;ちん,ちやく,らう,せい;おほ;がくかう;せいと;きふ;わか;;そ;だい,,だい,;きふ;あ;もの;な;そ;おや;ほゝ;せつぷん;もつ;れい;えうねんしや;いへど;だい,,きふ,い,じやう;せいと;いた;すで;あくしゆ;もつ;せつぷん;か;ちやう,ねん,しや,すくな;えいこくがくかう;なら;ちやうねんしや;おの/\,えう,ねん,しや;ほご;かは;えうねんしや;そ;ほ,ご,しや;ちやうねんしや;あさめし;はこ;い,ふく;+は;くつ;みが;し,めい;+はし;とうしよはん;やく;ふく;も;これ;いな;もの;,どう;+にく;+しへた;,にち;がくかう;あんきよ;あた;いた;これ;えいこくがくかう;えうねんせいと;ま;ふつこくとう;+ま;み;ところ;ほう,じやう,きん,む;ねん;あつ;とく,しよく;がう;のりく;しうかう;みち;のぼ;ほつ;だい,,きふ;だい,,きふ;わた;その,すう,,よ,めい;すなは;さ;ごと

 杜番、虞路これ皆な第五級員にして齡十四歳、其の父は各均しく市の富豪なる有地者にして、兩個は乃ち從兄弟なり。杜番は天性怜悧にして學業優等なるがうへ、一種貴族的の倨傲ありて、常に人の上に立たむことを欲すれば、儕輩は渠を綽名して相公杜番といへり。されば渠と同級同齡の武安が平素儕輩の間に愛重さるゝを見て、杜番の常に之と相乖き相軋るの傾きあるは、勢ひの自から然るべき所なり。虞路に至りては、只だ常に其の從兄杜番の思ひ言ひ行ふ所を敬服感戴するより外は、他の異處なき平々の童子なり。

+ドノバン;+ク,ロース;み;だい,,きふ,ゐん;とし,,,さい;そ;ちゝ;おの/\,ひと;し;ふ,がう;いう,ち,しや;りやう,こ;すなは;いと,こ,どし;ドノバン;てんせいれいり;がくげふいうとう;,しゆ,き,ぞく,てき;きよがう;つね;ひと;かみ;た;ほつ;+さいはい;かれ;+あだな;+との,さま,-ドノ,バン;かれ;どうきふどうれい;+ブリアン;へい,そ,さい,はい;あひだ;あい,ちよう;み;ドノバン;つね;これ;あひ,+そむ;あひ,+きし;かたむ;いきほ;おのづ;しか;ところ;ク,ロース;いた;た;つね;そ;いと,こ,ドノ,バン;おも;い;おこな;ところ;けいふくかんたい;ほか;た;い,しよ;へい/\;どうじ

 馬克太、亦た同級同齡にして市の巨商の子なり。靜和にして思慮あり、勤勉にして才智あり。

+バ,クス,ター;ま;どうきふどうれい;し;きよ,しやう;こ;せいわ;し,りよ;きんべん;さいち

 乙部と韋格とは、十三歳と十四歳にして共に四級に屬し、各中等の才智を具す。其の親戚は皆な富饒なる高等官吏なり。

+ウェッブ;+ヰル,コクス;,,さい;,,さい;とも;,きふ;ぞく;かくちうとう;さいち;ぐ;そ;しんせき;み;+ふ,ぜう;かう,とう,くわん,り

 雅涅と左毘とは、共に十三歳にして同じく第三級に在り、前者は退職海軍士官の子にして、後者は富饒なる移住者の子なり。前者の一癖は小風琴を嗜みて暇あれば輒ち之を弄ぶ、斯の週航の途に就くに方りても、渠は第一に之を携帶して船に上れり、後者は快濶にして常に冒險的生活を夢寐し、平生魯敏孫漂流記の外は殆ど復た他の書を讀まず。

+ガー,ネット;+サービス;とも;,,さい;おな;だい,,きふ;あ;ぜんしや;たい,しよく,かい,ぐん,し,くわん;こ;こうしや;ふ,ぜう;い,ぢう,しや;こ;ぜんしや;,ぺき;+アッ,コー,ヂオン;たしな;いとま;すなは;これ;もてあそ;こ;しうかう;と;つ;+あた;かれ;だい,;これ;けいたい;ふね;のぼ;こうしや;くわいくわつ;つね;ぼう,けん,てき,せい,くわつ;+むび;へい,ぜい,+ロ,ビン,ソン,-へう,りう,き;ほか;ほとん;ま;た;しよ;よ

 次の二名は各十歳の幼年者にして、善均はニウジランド科學協會の會長の子にして、伊播孫は牧師の子なり。前者は尚ほ第三級員にして、後者は尚ほ第二級員に過ぎざるも、皆な將來有望の優等生徒なり。

つぎ;,めい;かく,,さい;えうねんしや;+ゼン,キンス;くわ,がく,けふ,くわい;くわいちやう;こ;+イ,バー,ソン;ぼくし;こ;ぜんしや;な;だい,,きふ,ゐん;こうしや;な;だい,,きふゐん;す;み;しやうらいいうばう;いうとうせいと

 次の二名は更らに年少にして、土耳、胡太、共に九歳に過ぎず、土耳は其の執拗なるをもて、胡太は其の大食なるをもて、各著るし。皆な陸軍士官の子にして第一級生徒なり。

つぎ;,めい;さ;としした;+ドール;+コスター;とも;,さい;す;ドール;そ;しつあう;コスター;そ;たい,しよく;おの/\いちじ;み;りく,ぐん,し,くわん;こ;だい,,きふ,せい,と

 此外更らに二個の佛國人の子と、一個の米國人の子とあり。米國人の子は呉敦と呼び、齡十五歳一隊の最長年者なり、第五級員にして、杜番の如く才鋒鋭利ならざるも、亦た同級中の優等者たるを失はず、幼より父母を喪ひて他人の手に人となり、最も深慮ありて常識に富めり。二個の佛國人の子は兄武安十四歳、弟弱克九歳にして、其の父は北島の中央なる沮洳の地の排水工事を董督するために二年前此土に來りたる有名の工學士なり。武安は拔群の記憶力あり、又た非凡の同化力あり、聰明輕快活溌にして親切に、尤も年少者を憐れみて、廣く衆童子の心を得たり。弱克は從來第三級中の最劣等者にして、左毘と相竝びて、同級中或は學校中第一のいたづら者なり、弱克は常に人をかつぎ儕輩を欺き嚇すことを喜び、平生只だ是等頑要の手段を工夫するより外、復た他の念無きものゝ如くなりき。然れどもスロウ號が本土を離れてより以後は渠の人となり俄然一變して極めて謹直寡默なるまじめの童子となりたるは他の諸童子の皆な怪しみ且つ訝かりて其の故を解するに苦しむ所なりき

このほかさ;,こ;ふつこくじん;こ;,こ;べいこくじん;こ;べいこくじん;こ;+ゴルドン;よ;よはひ,,,さい,,たい;さい,ちやう,ねん,しや;だい,,きふ,ゐん;ドノバン;ごと;さいほうえいり;ま;どうきふちう;いうとうしや;うしな;+をさなき;ふぼ;うしな;た,にん;て;ひと;もつと;しんりよ;じやうしき;と;,こ;ふつこくじん;こ;あに,+ブリ,アン,,,-さい;おとうと,+ジャ,ック,,-さい;そ;ちゝ;ほくたう;ちうあう;+そ,じよ;ち;はいすゐこうじ;+とうとく;,ねん,ぜん,この,ど;きた;いうめい;こうがくし;ブリアン;ばつぐん;き,おく,りよく;ま;ひ,ぼん;どう,くわ,りよく;そう,めい,けい,くわい,くわつ,ぱつ;しんせつ;もつと;ねんせうしや;あは;ひろ;しうどうじ;こゝろ;え;ジャック;じゆう,らい,だい,,きふ,ちう;さいれつとうしや;サービス;あひなら;どう,きふ,ちう,あるひ;がく,かう,ちう,だい,;もの;ジャック;つね;ひと;さいはい;あざむ;+おど;よろこ;へいぜいた;これ,ら,+いた,づら;しゆだん;くふう;ほか;ま;た;ねんな;ごと;+oooooooooooooooooooo;+oooooooooooo;+ooooooooo;+oooooooooooo;+ooooooooooooooooo;+ooooooooooooooo

 スロウ號の船員は副船長一名、水夫六名、料理番一名及び黒人の子にして莫科と呼べる十三歳の給事一名にして、船長には船主雅涅氏自から之に當り、獵犬としてファンと呼ぶ呉敦所養の亞米利加犬をさへ併せ載せ、拔錨は二月十五日の午前と定りぬ。既にして十四日の夕となるほどに、十四名の童子等は早くも打つれて船に上るに、船には副船長及び莫科の二名ありて、一行を迎接せり、船長雅涅氏は明朝拔錨の際に至らざれば出で來ざるはずにして、水夫等は皆な更らに一杯のホイスキーを傾くるがため、陸に上りてをり、船には唯だ斯の二名を留むるのみなりしなり。既にして、副船長は童子等を各自臥牀に安寢せしめし後、他の水夫等を追ひて、亦た岸上の酒店に往き、ボーイ莫科は船首なる水夫室に退きて、早くも熟睡の境に入りぬ。

がう;せんゐん;ふく,せん,ちやう,,めい;すゐ,ふ,,めい;れう,り,ばん,,めい,およ;こくじん;こ;+モ,コー;よ;,,さい;きふ,じ,,めい;せん,ちやう;せん,しゆ,ガー,ネット,し,みづ;これ;あた;れふけん;よ;ゴルドンしよやう;ア,メ,リ,カ,いぬ;あは;の;ばつべう;,ぐわつ,,,にち;ご,ぜん;さだま;すで;,よつ,か;ゆふべ;,よ,めい;どうじら;はや;うち;ふね;のぼ;ふね;ふく,せん,ちやう,およ;モ,コー;,めい;,かう;げいせつ;せん,ちやう,ガー,ネット,し;みやうてうばつべう;きは;いた;い;こ;すゐふら;み;さ;,ぱい;かたむ;りく;のぼ;ふね;た;か;,めい;とゞ;すで;ふく,せん,ちやう;どうじら;かく,じ,ぐわ,しやう;あんしん;のち;た;すゐふら;お;ま;がん,じやう;しゆてん;ゆ;モ,コー;せんしゆ;すゐ,ふ,しつ;しりぞ;はや;じゆくすゐ;きやう;い

 如何にして斯の事ありし歟、船は何時のほどにか纜解けて、潮水の引くがまに/\次第に洋心に流れ出でしを、知る者絶えてあらざりき。夜色黒く灣港を封じて物の色分明ならざるに、をりしも陸上より吹く地あらしの風、潮水を助けて船を驅りたれば、船は看す/\獨り數十町を流れ去けり。莫科はふと覺めしに、船の異樣に動搖するに疑ひ惑ひて、甲板に走せ上れるに、即ち此の如きを見たり。給事の叫び聲に驚き醒めて、呉敦、武安、杜番等數名の童子は蹶起して甲板に走せ上り、給事と倶に聲を合せて助けを呼びしが、功無かりき、船は既に三マイル以上も岸を離れ、アウクランド市の火光は、既に闇冥の中に沒して見るべからず。童子等は武安の説と莫科の贊成とによりて、先づ帆を揚げて船の方向を轉じ、岸に返らむと務めしが、帆は太だ重くして童子等の力もて自由に使用する能はざるより、船は却て是が爲めに益す陸に遠ざかりゆけり。船は既にコレビール岬を遶り、岬と大防壁島との間なる海峽を過ぎ、ニウジランドを離るゝ數マイルの洋心に流れ出でぬ。童子等は既に助けを陸上より得べきの望みなし、縱ひ搜索船の直ちに渠等を追ひて出でし有りとするも、其の此の如き暗中に、渠等の所在を見出ださむことは難かるべく、縱ひ能く視出だすとするも、其の此處に追ひ及ぶまでには、數多時間を費やさゞるべからず、而して渠等は其の間に又た 幾多マイルを流さるべし。唯だ渠等萬一の僥倖は、前方よりニウジランドに向ひて來る所の、何等かの船に邂逅して其れに救はれむこと即ち是なり、是れ甚だ頼み難きの僥倖なりと雖も、莫科は直ちに前甲板の上に燈光を掲げて、遠くより之を望む者のたよりと爲せり。幼年の童子等は幸ひに熟睡してをれば、徒らに之を驚かし怖れしむるの益無きを思ひて、喚び覺ますことを爲さず。武安等は百方術を盡して船の方向を轉ぜしめむと欲したるが、皆な功無かりき。船は益す東へ/\と流れ去けり。俄かにして一點の火光、二三マイルの那方に見えぬ、其の白色なるは分明是れ走行中の汽船なるを知るべし。既にして又た一個は赤く、一個は青き、二個の燈光現はれ出でぬ、其の此の如く同時に二個を望み見るを得るは、其の汽船の一直線に斯のヨットのかたに向ひて走せ來るものなるを推すべし。童子等は各必死の聲を揚げて、汽船を喚びたるが、洶濤の音、蒸氣機關の響、及び是時次第に愈よ烈しくなれる風の聲は、相合して童子等の聲を沒して、汽船の上に聞えしめず。汽船の上にては、縱ひ童子等の聲を聞く能はざるも、スロウ號の上に掲げたる火光を見ること無かるべきやは。不幸にして船の突然一方に傾動するはずみに、燈籠を吊りし索斷れて、燈籠は渹然海中に陷りたり。今は復た一物のスロウ號の所在を、闇中に標示するもの無し。汽船は正さに一時間十二三マイルの速力もて走せつゝあり、未だ幾秒間ならずして、汽船はスロウ號の船尾を掠めて、船尾の上の飾り板を擦落し、低微なる撞觸をスロウ號に感ぜしめたるまゝ、驀然西方に走せ去りぬ。童子等は失望せり、船は益す東方に吹き去られぬ。既にして天明けぬ、眼界の中一片の帆影だも見えず、太平洋の此邊は素と船舶の往來割合に少きに、其の濠洲と亞米利加との間を往來する者は、皆な更らに北方或は南方を航すれば、童子等は終日一隻の船に逢はず、既にして夜は來れり、天氣は前夜よりも一層あれ模樣にて、風は益す強く、東に/\と吹きつゞきぬ。武安は其の齡に罕れに見る能力と勇氣を顯はして、一同の倚頼する所となり、剛愎なる杜番をさへ其の指令を奉ぜざるを得ざるに至らしめたるは即ち是等の事情の間に於てなりき。渠は船の速力を左右するほどの航海上の知識を有せず、亦た諸種の帆を展用するに必要なるほどの膂力を有さゞりしと雖も、其の僅かに有する所の知識を善く使用して、常に船の傾覆破損を防ぎ、日又た夜、夜又た日、絶えず甲板に見張りをして、時々刻々、地平線上を凝望し、何等か眼界の中に來る所の助け手あらば、之を逸さじと務むること、幾週間の久しきを通じて、曾て須臾も懈らず、或は其の遭難始末を書したるを數個の罎に盛りて、之を海中に投じ、或は常に幼年者を勵まして、其の失望喪氣に陷るを防ぐ等、皆な渠の率先盡力する所にあらざる莫し、而して無限の西風は仍ほ依然として、船を東に/\と驅り去りぬ。此より以後の事は、讀者の既に第一囘に於て見たる所なり。蓋しスロウ號がニウジランドの岸を離れたる後、未だ幾日ならずして、更らに一大暴風の南太平洋を過ぐるあり、全二週間西より東に吹きつゞきぬ、若し堅牢鞏固スロウ號の如きものに非ずば、船は已でに久しく怒濤のため打碎されしなるべし。

いか;こ;こと;+か;ふね;いつ;+ともづな,-と;てうすゐ;ひ;しだい;やうしん;なが;い;し;ものた;や,しよく,くろ;わんかう;ふう;もの;いろぶんめい;りく,じやう;ふ;ぢ;かぜ;てうすゐ;たす;ふね;か;ふね;み;ひと;すう,,ちやう;なが;+ゆ;モ,コー;めざ;ふね;いやう;どうえう;うたが;まど;かんぱん;+は;のぼ;すなは;かく;ごと;み;きふじ;さけ;ごゑ;おどろ;さ;ゴルドン;ブリアン;ドノ,バン,ら,すう,めい;どうじ;けつき;かんぱん;は;のぼ;きふじ;とも;こゑ;あは;たす;よ;こうな;ふね;すで;;い,じやう;きし;はな;し;くわ,くわう;すで;あんめい;うち;ぼつ;み;どうじら;ブリアン;せつ;モ,コー;さんせい;ま;ほ;あ;ふね;はうかう;てん;きし;かへ;つと;ほ;+はなは;おも;どうじら;ちから;じ,いう;し,よう;あた;ふね;かへつ;これ;た;ますま;りく;とほ;ふね;すで;みさき;+めぐ;みさき;+グレート,バアー,リアー,-たう;あひだ;かいけふ;す;はな;すう;やうしん;なが;い;どうじら;すで;たす;りく,じやう;う;のぞ;+たと;そうさくせん;たゞ;かれら;お;い;あ;そ;かく;ごと;あんちう;かれら;しよざい;みい;かた;たと;よ;みい;そ;こゝ;お;およ;すう,た,じ,かん;つひ;しか;かれら;そ;あひだ;また;いくた;なが;た;かれ,ら,まん,;げうかう;ぜんぱう;むか;きた;ところ;なんら;ふね;かいこう;そ;すく;すなは;これ;こ;はなは;たの;がた;げうかう;いへど;モ,コー;たゞ;ぜんかんぱん;うへ;とう,くわう;かゝ;とほ;これ;のぞ;もの;な;えうねん;どうじら;さひは;じゆくすゐ;いたづ;これ;おどろ;おそ;えきな;おも;よ;さ;な;ブリアンら;ひやつ,ぱう,じゆつ;つく;ふね;はうかう;てん;ほつ;みな;こうな;ふね;ますま;ひがし;なが;ゆ;には;,てん;くわ,くわう;;かなた;み;そ;はく,しよく;ぶんめいこ;そうかうちう;き,せん;し;すで;ま;,こ;あか;,こ;あお;,こ;とう,くわう,あら;い;そ;かく;ごと;どうじ;,こ;のぞ;み;う;そ;き,せん;,ちよく,せん;こ;むか;は;きた;お;どうじら;おの/\,ひつ,し;こゑ;あ;き,せん;よ;きようたう;おと;じよう,き,き,くわん;ひゞき;およ;この,とき,し,だい;いよい;はげ;かぜ;こゑ;あひがつ;どうじら;こゑ;ぼつ;き,せん;うへ;きこ;き,せん;うへ;たと;どうじら;こゑ;き;あた;がう;うへ;かゝ;くわ,くわう;み;な;ふ,かう;ふね;とつ,ぜん,,ぱう;けいどう;とうろう;つ;+なはき;とうろう;+くわう,ぜん,-かい,ちう;おちい;いま;ま;,もつ;がう;しよざい;あんちう;へうじ;な;き,せん;ま;,じ,かん,,,;そく,りよく;は;いま;いくセコンド;き,せん;がう;せんび;+かす;せんび;うへ;かざ;いた;さつらく;ていび;どう,しよく;がう;かん;+ばく,ぜん,-さい,はう;は;さ;どうじら;しつばう;ふね;ますま;とうはう;ふ;さ;すで;てんあ;がんかい;うち,,ぺん;はんえい;み;たいへいやう;このへん;も;せんぱく;わうらいわりあひ;すくな;そ;がうしう;アメリカ;あひだ;わうらい;もの;み;さ;ほつ,ぱう,あるひ;なんぱう;かう;どうじら;しゆう,じつ,,せき;ふね;あ;すで;よ;きた;てんき;ぜんや;,そう;も,やう;かぜ;ますま;つよ;ひがし;ふ;ブリアン;そ;よはひ;+ま;み;のう,りよく;ゆうき;あら;,どう;+い,らい;ところ;がうふく;ドノバン;そ;し,れい;ほう;え;いた;すなは;これら;じ,じやう;あひだ;おい;かれ;ふね;そく,りよく;さ,いう;かう,かい,じやう;ち,しき;いう;ま;しよしゆ;ほ;てんよう;ひつえう;りよ,りよく;いう;いへど;そ;わづ;いう;ところ;ち,しき;よ;し,よう;つね;ふね;けい,ふく,は,そん;ふせ;ひま;よ;よま;ひ;た;かんぱん;みは;じ,ゞ,こく,/\;ち,へい,せん,じやう;ぎようばう;なんら;がんかい;うち;きた;ところ;たす;て;これ;のが;つと;いくしうかん;ひさ;つう;かつ;+しばらく;+おこた;あるひ;そ;さう,なん,し,まつ;しよ;すうこ;びん;も;これ;かいちう;とう;あるひ;つね;えうねんしや;はげ;そ;しつばうさうき;おちい;ふせ;とう;み;かれ;そつ,せん,じん,りよく;ところ;な;しか;む,げん;せいふう;+な;い,ぜん;ふね;ひがし;か;さ;これ;いご;こと;どくしや;すで;だい,,くわい;おい;み;ところ;けだ;がう;きし;はな;のち;いま;いくにち;さ;,だい,ばう,ふう;みなみたいへいやう;す;ぜん,,しう,かん,にし;ひがし;ふ;も;けん,らう,+きよう,こ;がう;ごと;あら;ふね;す;ひさ;ど,たう;だ,さい

 當夜スロウ號の失踪を知りしときの雅涅氏、及び其他衆童子の親たちの錯愕掛念は言ふもさらなり。渠等は直ちに二隻の小汽船を發して搜索せしめしが、翌日に及びて、皆な手を空しくして還りぬ。否な手を空しくして還るよりも更らに惡しかりしは渠等はスロウ號が汽船のために擦落されたる船尾の飾り板の零片を拾ひ得て還りぬ。飾り板の上には尚ほ『スロウ號』の數字の一半を留めて、讀み得べかりき、是に於てスロウ號の既に覆沒して、衆童子の皆な溺亡したるべきは、復た疑ふべき無きの事實となりぬ。

たうや;がう;しつそう;し;ガー,ネット,し;およ;その,た,しう,どう,じ;おや;+さく,がく,け,ねん;い;かれら;たゞ;,せき;せう,き,せん;はつ;そうさく;よくじつ;およ;み;て;むな;かへ;い;て;むな;かへ;さ;あ;かれら;がう;き,せん;さつらく;せんび;かざ;いた;れいへん;ひろ;え;かへ;かざ;いた;うへ;な;がう;すうじ;,ぱん;とゞ;よ;う;こゝ;おい;がう;すで;ふくぼつ;しうどうじ;み;できばう;ま;うたが;な;じ,じつ

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 却て説く武安等は船首のかたに、常ならぬ叫び聲起るを聞き、走せゆきて其の故を尋ぬるに、嚮に巨濤のために洗ひ去られしと堅く信じたる短艇の、舳頭やり出しの支柱の間に介まりて、留まりをりしを、馬克太の偶然發見したりしなり。短艇は僅かに五六個の人を載するほどの大さに過ぎざれども、今之を發見したりしは、童子等にとりて非常の便宜なり。然れども是がため、杜番と武安との間に、亦た一條の葛藤を生じたり。杜番は短艇の無事なるを見るより、直ちに韋格、乙部、虞路の三個と共に之を取り出だして、海上にくり下らむと欲する所に、武安は走せ來りて、「君等は何をか爲す」。韋格「そは余輩の自由なり」。「君等は斯のボートを下さむと欲するか」。杜番「然り、然れども君は之を止むる權利あらじ」。「有り、君等は他の諸君を棄てゝ以て」。杜番は武安の言をして訖らしめず、「決して棄つるにあらず、余輩上陸の後又た一人再び之をこぎ返して、他の諸君を載せ去るべし」。「然れども若し之をこぎ返す能はずば如何、石に當りて碎けば如何」。乙部は武安を排けて、「退け、武安」。武安は肯て一歩を退かず、「否な、ボートは第一に先づ幼年諸君の用に供へられざるべからず」。若し此時呉敦の來りて調停する無かりせば、杜番の黨と武安の黨とは、茲に終に一場の戰鬪をも啓くに至りしなるべし、呉敦は最も年長者にして、且つ最も靜思沈慮あれば、竊かに武安の説を是とし、杜番をなだめて、此の如く浪尚あらき時に於てボートを下すも、徒らにボートを失ひ併せて人の命を殆くするの危險あるのみなればとて、百方諭し止めたり。呉敦「スロウ號の坐礁せしは、六時ごろなりと覺ゆ、如何武安」。武安「然り」。「潮の全く落つるは何時なるべき」。「十一時ごろならむ歟」。「恰好の時刻なり、然らば余輩は今より食事をなして、上陸の準備せざるべからず、或は海水を泳ぎ渡らねばならぬ處もあるべし、食後若干の時を經ずば、泳ぐに甚だ不便なるべし」。是れ極めて有理の説なれば、ジャム及び乾餅を取り出だして、一同早飯をしたゝめぬ、食事の間も武安は專ら善均、伊播孫、土耳、胡太等の幼年者を監視して、其の暴食を戒めぬ、渠等は殆ど全一晝夜の間、全く食を絶ちたれば、今陸に達したるの喜びに、驟かに勢ひつきて、急に其の空腹を滿たさむとせば、爲めに病ひを生ずべければなり。潮の落ちかたは極めて徐ろなりしかども、兎に角に海水は次第に減少すると見え、船の傾欹は愈よ著るしくなりぬ、然れども莫科が測量索を下して探り試むるに、船側の海水猶ほ八尺以上の深さあり、莫科は諸童子を畏怖せしむるを恐れて、密かに之を武安のみに囁やき告ぐるに、武安は又た密かに呉敦と計議して以爲らく、風は潮を支へて全く退かしむるを許さゞるに似たり、然りとて明日の退潮の時まで待たむとせば、船は其の間に滿潮に逢ひて、傾覆し或は粉碎すべし、故に渠等目下の策は、唯だ何人か索を持ちて岸に到り之を濱邊の石に約し、由りて以て斯の船を岸に引くの一法あるのみ。而して其の索を持ちて岸に到るの任には、武安之に當るべしと定まりぬ、勿論是れ武安の自ら薦めて之に當れるなり。武安は斯の危險なる企を試むるに先だちて、船中にある所の浮嚢を悉く取り出だして、之を幼年者に分ち與へぬ、萬一海水尚ほ深き時に、早く船を去らざるべからざるの急有らむとき、渠等は此によりて身を浮ぶことを得べく、然すれば年長者は船より濱邊に張る所の索を捉へて、隻手に幼年者を扶けつゝ、岸に泳ぎ到るを得べければなり。既にして十時を過ぐる十五分となれり、此より一時間ならずして、潮は其の最低度に落つべし、然れども舳頭の下に於て、海水は猶ほ四五尺の深さあり、縱ひ此より一時間を經るも、更らに數寸を減ずるに過ぎざるべし、船より三十間も前方に往けば、海底頗る淺くなるは、其の海面の黒く見ゆると、處々に岩頭の露出せるとに由りて明かなり、故に尤も困難なるは、船より三十間ほどの前方まで至るの間なるべし。武安は外衣を脱ぎて、中ぶとの索を擇みて、其の一端を把りて胸の邊に約しつけぬ。杜番等四名の童子も、武安が一同のために危險を冒して、此の如き重要の使命に赴かむとするを見ては、復た手を束ねて傍觀すべきに非ざれば、呉敦等と共に武安を助けて、逐次其の索をくり出だすの勞に服さむと欲す。武安は一切の準備を了りて、將さに海中に跳り入らむとするとき、弱克は聲を揚げて號泣しつゝ、兄のほとりに走せよりて、「兄うへ、請ふ往く勿れ、往く勿れ」。武安「恐るゝ勿れ、弱克」と答へしまゝ早くも海中に跳り入りて、拔き手をきりて泳ぎはじめぬ。然れども風は正さに退潮と相逆ひ相撃つに加へて、海水凸凹せる岩礁の上に激盪して、盤渦をなせる處さへ多ければ、武安は早や次第に體疲れて、手足の働き自在ならず、俄かにして、渠の身は一大盤渦の裡に吸ひこまるゝと見えたるが、「助け、助け」と叫べる聲を遺したるまゝ、忽ち沒して見えずなりぬ。呉敦は一同と共に、直ちに索を手ぐりて、昏々として人事不省となれる武安を船の内に拯ひ上げぬ。幾ばくもなくして、武安は蘇息するを得たりしが、其の濱邊と交通せむと欲したりし企は、茲に全く望絶えぬ。兎角するうち早や正午を過ぎぬ、潮は再び進しはじめぬ、浪は愈よあらくなりぬ。時正さに新月に向ひたれば、潮は前夜に比して、一層高かるべし、即ち滿潮のときに至らば、船は其の膠着の處より浮び上がりて、他の更らに高き巖頭に撞觸し、粉碎し、或は覆沒するに終るべし、孰れの場合に遭はしむるも童子等は能く命を逃るゝこと難かるべし。然れども渠等は復た施すべきの術無きなり、渠等は一同船尾に集立して、空しく一個又た一個巖頭の次第に進潮の下に沒し去るを瞻りてをり。加ふるに不幸にも、一たび北に吹きかはりし風は再び西に吹きもどりて、船を直ちに岸に擲たむとす、潮益す進みて、岩礁の上の海水益す深くなれば、船は必ず益す高く岩礁の上にのり上ぐるばかりなるべし。此より以往は、只だ上帝の大み心に在るのみ。童子等の斷續せる哀祷悃祈の聲は、畏怖號泣の聲と相間りて、高く天に揚りぬ。午後二時に向ふ比ほひ、次第に進潮に擡げ起されて、傾斜したりし船の左舷は浮び上がりたるが、船首は猶ほ海底に膠着し、船尾は尚ほ岩間に介まりて自由なることを得ざれば、船は一頃又た一頃來りて其の側面を撃つ所の浪に振盪されて、はげしく左右に動搖し、童子等は互ひに相抱擁して、以て纔かに跌倒を防ぎたり、俄かにして、一堆の小山の如き巨濤あり、船の後邊に近く其の頭を擡起すると見えしが、忽ち大川を決する如き、すさまじき勢ひをもて、驀然船尾を來り打つと共に、岩礁の上は一面の沸泡噴沫をもて掩被され、船は一種の撞觸を感じて、突然昂起前進したりしが、轉瞬の間、既に沙嘴の一端なる沙場の上に在り、嚮に遠く望みたる一簇の茂樹の前列は、近く眼前二百尺の那方に在り。顧みれば船をこゝに推進したる巨濤は已でに退却して其の後には依然たる海水の岩礁の上に激盪迸射するを見るのみ。

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戸戶:説說:内內:黒黑:横橫:歳歲:撃擊:歩步:呉吳:絶絕:脱脫:頼賴:溌潑:倶俱:嚢囊:即卽:既旣:概槪:毘毗:掲揭:茲玆:祷禱:昂昻
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