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余が少時

如何にして余は小説家となりしや

ジュール・ヴェルヌ

以下の記事は1891(明治24)年9月に雑誌『少年園』に二回に分けて掲載されたもので、ジュール・ヴェルヌが自身の少年時代を回顧した貴重な文章です。これはアメリカの雑誌"The Youth's Companion"の同年4月9日号に掲載された"The Story of my Boyhood"の全訳で、訳者は前半が森田思軒、後半が山縣五十雄です。ヴェルヌはもちろんこれをフランス語で書き、英訳されて米誌に掲載されたのですが、そのオリジナルの文章"Souvenirs d'enfance et de jeunesse"が日の目を見たのは1974年のことでした。これを翻訳したものが私市保彦氏の「ヴェルヌ「青少年時代の思い出」とヴェルヌ伝説」に掲載されています。ただし、ヴェルヌの筆跡は判読しにくいことで有名で、校訂段階で米誌の名前が"The Goalh's Companion"とされるなど、誤植を含んだままのテキストが流布しているので注意が必要です。掲載にあたっては、読みやすさを考えて漢字や送り仮名の使い方、カタカナの固有名詞などを現代的に改めました。また、フランス語原文に従った段落構成に変更し、私市氏の翻訳を参考にして注釈を加えました。翻訳で抜け落ちてしまっている部分は、軽微なものは本文中に[]で挿入し、それ以外は当該箇所を※で示し注釈欄に訳出しました。

Jules Verne

 ジュール・ヴェルヌは仏国の小説家なり。理科の辞典に基きて著す所の小説頗る多し。『海底旅行』、『空中旅行』、『地底旅行』、『北極旅行』、『少年船長』、『チャンセラー号難波譚』、『大東号巡航記』、『鉄世界』、『盲目使者』、『大叛魁』、『殖民地の星』の如き、壮快なる小説数多くこの人の手に成り、欧米少年の最も愛読するところなり。我邦に於てもその訳書頗る多し。中に就いて森田思軒氏の訳に係るものは最も遍く世人の愛読して措かざるところなり。この頃ヴェルヌが米国の少年雑誌『少年之友』(ユースコンパニオン)に寄せたる少年の時の自伝を見しかば、著者に縁故深き思軒氏にこれを訳されんことを請ひしに、氏は快く承諾して直に反訳に取りかかられたり。而るに未だ半ならざるに非常に多忙の事出で来て訳了すること期し難しとて返されたり。この上なき憾みなれども又如何ともすべき様なし、因て先づここに氏の肖像を掲げ思軒氏の訳文を載す。唯半ばにして絶つべきにあらざれば、残余は記者自ら訳して以て次号に出さんとす。不文の記者泥の如きの文を以てこの玉の如き文の後を襲ふ、思軒氏に対して僭越の罪あり、江湖に向て狗尾続貂の譏(そしり)を負ふこと記者の実に忸怩に堪へざる所なり。

記者識。

[1] 殖民地の星: 『南十字星』のことであろう。
[2] 狗尾続貂(くびぞくちょう): 粗悪なものが善美なものに続くこと。
[3] 記者: 署名はないが、前記のとおり山縣五十雄と考えられている。

余が少時(一)

余が少時(二)

[1] 私市保彦 :: ヴェルヌ「青少年時代の思い出」とヴェルヌ伝説 :: 武蔵大学人文学会雑誌 2000(30-3), pp.49--80
first uploaded on 2005/03/23