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◆おしらせ
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2005 11月7日  U坊書房お引っ越し & リニューアル


U坊書房、引っ越しました。
http://ubou.ojaru.jp/




思えば、最初はちょっとした思いつきでした。

U坊と2人、ミスドでお茶を飲んでるとき、彼は突然「えっちくん」というお話を語り始めたのでした。

気まぐれに口をつく言葉の断片だと思いきや、案外ちゃんとした構成の「ハチャハチャSF」になっている。 へぇー、おもしろいね、これインターネットで発表してみていい? うん、いいよ。 そんなやりとりから、作家・U坊は誕生したのでした。

そのときはまだ、Umikoサイトの「ある日の日記のネタ」という意識しかなくて、まさか彼がこの先ずっと「お話を語る人」になるとは思ってもいませんでした。

もちろん、それ以前にも彼は、いろんなお話を私に聞かせてくれていました。 だけど、それらはあくまで、子どもがお母さんと一緒に想像の世界で遊んでる延長線上にあるもので、独立した物語空間を生み出すには至っていませんでした。

でも、自分のお話がネットに載って、いろんな人たちから反響が来てから、U坊の口から飛び出すお話は、明らかに変化してきました。人に読まれることによって、自分の中にも「外の目」を持ったかのように。

こうして、彼はずっとお話を語り続けてきました。




最近、U坊は学校に行かなくなりました。 

これには去年からこっち、彼に降りかかった様々な出来事が関わっていて、また、それなりに周りの大人の間にも様々な波紋を呼んだわけですが、今、この時点では、「学校を休ませて、親の責任の下で好きなように過ごさせる」という結論に落ち着いています。

家にいるU坊は、自主学習の時間を除いて、たいていは書き物をしています。 原稿用紙を束で買ってきて、ものすごい勢いでそれを消費しています。 パソコンも使えるのに、原稿を書くときには手書きにこだわっているようです。

それでも、気が向くとこれまでどおり、私に向かって口述でお話を語ります。 U坊書房に載せるのは、こうして口伝えで聞かせてもらったものがほとんどなのです。

そうして仕上がった話が面白いか面白くないかは、読んでくださる人に委ねますが、少なくてもU坊と私にとっては、そのときそのときに2人で共有したイメージの記録として、とても価値のあるものとなっています。




さて、その「U坊書房」、2年くらい、Umikoサイトの1コンテンツという形で当サイト内に置いてきましたが、そろそろ独立させようかと思います。 不登校を機に、より自発的に書くことが多くなったことと、内容的にも切り離した方がいい時期に来ていると判断したことが主な理由です。

この機会にサイトもリニューアルすることにして、U坊の本と音楽のお友達、GRAPHANKIのかずっちさんにデザインをお願いしました。

それまでの、いかにも「小学生のサイトです」感を強調した稚拙なデザインから、彼の作品を理解してくれている、デザインのプロによる洗練されたサイトに大変身。

独立・開業のお忙しい折に、ほんと、ありがとうございました。




今後、サイトの所有権も一応はU坊に明け渡すことにします。 もちろん、作品の書き込み・自サイトの閲覧、読者からのメールのやりとりは、当面親としてUmikoの責任の下に行わせます。 

あえてブログにしないことも含め、このあたりはゆっくりと委譲していくことになりそうです。




最近めっきり動きもなく、たまに更新したかと思うとU坊のことばかり、みたいなUmikoサイトですが、こちらもまあゆっくりやっていきたいと思っています。





2005 10月17日  死について、U坊と話す

U坊が唐突に

「お母ちゃんは、死ぬこと怖い?」

と聞いてきたので、

「死ぬことよりも、死に至る苦しみが怖いと思ってる」

と、素直に答えました。するとU坊は、

「オレは、4歳くらいの時、死ぬことが怖くて仕方がなかったんだよ。自分がなくなっちゃうって考えたら、不安で不安で。いなくなったらどうなるの?ってずっと考えてた。

だけど、今ここで考えてる自分もいなくなるわけで、そうなったら怖がってる自分もいなくなるから、じゃあ怖がらなくてもいいかって思えるようになってね、そうしたらもう怖くなくなったよ」




確かにU坊は、4歳くらいの頃、「死」という言葉に異様におびえる時期がありました。

ちょっとでも「死」に関わる言葉が出てきたら、とたんに泣き出したものです。童話の中の死、ニュースで伝えられる死、会話の弾みで出てくる死という言葉にさえも敏感に反応して、わっと泣き出すのでした。

ああ、その後くらいからだった。彼の口から急にいろんな「物語」があふれ出てくるようになったのは。

そして、その物語は常に、どこかしら死の匂いが感じられるものでした。語り部である自分に「不死」の視点を与え、その中ではいつも人類の絶滅、地球の滅亡、生命の死滅が語られるのでした。

私は幼い息子の口から語られるその物語たちに惹きつけられながらも、登場人物、登場生命たち一つひとつの命の痛みにまったく無頓着な「死の物語」に、漠然とした不安感を抱き続けてきたのです。

それは、今も続いています。




「じゃあさ、U坊は死ぬまでの苦しみを怖いとは思わないの?」

私が聞くと、こんなふうに答えます。

「死ぬときに苦しむっていうのは、今生きているオレたちの側から見てると、そう見えるだけで、実際に自分が死ぬときにならないと、本当にそれがどんなふうに苦しいかはわからないでしょ? だから、今それを考えなくていいと思う。わからないことなんだから」

「でもさ、たとえば、何かで手を切ったりするじゃん? そのとき、血が出て、痛くて、『あ、この痛みの先に死があるのかな』なんて、考えたりしない? 

プールでうっかり水を吸い込んだとき、ゴホコボと咳き込みながら『この苦しさの先に死があるのかな』なんて、考えたりしない?」




すると、彼は言いました。

「それは、いつも考えたけど。

でもさ、痛かったり苦しかったりするのは、生きてるうちのことだよ。痛いっていうのは、死か生かって言ったら、生の方にあることなんだよ。

だからね、死ぬのが怖いかという質問と、痛いのが怖いという答えは、まったく別のものだと思うんだ。

オレは、死ぬのが怖いとはもう思わなくなった。 それから、痛いのはもちろん嫌だけど、死ぬときに痛いのが怖いなんていうことも考えなくなったよ。

4歳のときに、それはものすごくいっぱい考えて、痛いと思う先には何もないんだから、怖がらなくていんだっていわかったからね。

死んだ人に対して、苦しかっただろうとか、辛かっただろうとか、いろいろ想像するのだって、結局、生きてる側の人の気持ちなんだよ」




怖いわけじゃないけど、私はやっぱり、死ぬのはいやだと思います。

こんなふうに話してくれるU坊がどんな大人になるか、生きてる側で見届けたいもの。 その前に死ぬなんて、どう考えたっていやです。






2005 10月6日  その後の「ラチとライオン」


「ラチとライオン」って絵本、知ってます?

ラチっていう世界一おくびょうで弱虫の男の子がいてね。彼は、小さくて体も弱く、特に、犬と暗い部屋と友達が怖くて怖くて仕方がなかったのです。

そのラチに、ある時マスコットのライオンが話しかけるのです。ライオンと一緒にいると勇気が湧いてきて、暗い部屋だって、犬だってもう怖くない。ライオンに誘われて毎日体操をするようになって、ラチは体もどんどん強く、たくましくなっていったのです。いじめっ子にだって負けないくらい強くなりました。

そうして、強くて勇敢で心優しい男の子になったラチの元から、ある日ライオンは去っていきます。かつてのラチと同じような、弱虫の子どものところに。




というお話です。

世界中の子どもたちに愛されてる絵本。弱虫でおくびょうな子どもたちを勇気づけてくれる絵本。

U坊もこの絵本が大好きでした。 シンプルだけどお洒落な絵もいいし、なにより小さくておとなしいU坊の心に響く内容でした。

だけど、5歳の時、U坊はいいました。

「体操すれば、いじめられなくなるの? 強くなっていじめっ子を追い払えばいいの?」

って。それ以来、ずっとその言葉が引っかかっていて、私はいつか、そのことをU坊と話したいと思っていたのでした。




今日、たまたま本屋で「ラチとライオン」を見つけたので、ミスドでコーヒーを飲みながら、二人でこのお話の「続編」を勝手に作ることにしました。




Umiko 
「ライオンのおかげで強くなったラチは、大人になって結婚して男の子が生まれるんだよ。でね、やっぱりその子も弱虫なの」

U坊 
「その子の名前は、タリにしよう」

Umiko 
「うん、タリね、でもどうして?」

U坊 
「ラチは、ライオンにこっそり名前を付けてたの。その名前が「タリ」。 だから、ラチも自分の息子にライオンみたいに強くなって欲しいって、その名前を付けたの。

で、タリはとてもおくびょうで弱虫だから、ある時ラチは、ライオンのぬいぐるみを与えて、タリの名前の由来を話すの」

Umiko 
「ああ、いいね。で、弱虫のタリは、ライオンのぬいぐるみを毎日見つめながら、このライオンが自分に話しかけて、助けてくれるのを今か今かと待ってるんだよ」

U坊 
「ライオンは助けてくれるの?」

Umiko 
「ううん、助けてくれない」

U坊 
「そうだよね。その方がいいよね」




Umiko 
「で、ライオンのぬいぐるみはライオンのぬいぐるみのまま、タリを助けてくれないの。だからタリはずっと暗闇も怖いし、犬も怖いし、友達もこわいままだったの。そうやって、そのまま大きくなっていくの。

そのうちにね、お父さんのラチは年を取って死ぬんだけど、そのときにタリにいうの。

『お前には強く勇敢な、ライオンみたいな子になって欲しくて、タリって名前を付けたけど、結局お前は弱い子のままだったね』

『ごめんね、お父さん』

『いや、ちがうんだよ。 普通の人でさえ生きていくのはとても大変なのに、お前みたいな弱い子が、こうしてなんとか生きてきた。 そう考えると、弱いのに、弱いまま生きていくってものすごく強いことだよね。 お前は本当に強い子だったよ』

ラチはそういって死んでいくの。タリはお父さんの願ったように強い子になれないことをいつも悲しく思っていましたが、お父さんの死ぬ間際の言葉で、少し気持ちが楽になりました。

その後も、タリは弱いなりに生きていって、そうして時期が来て死にました。最後まで、ライオンはやってきませんでした。

・・・って、こんなのはどう?」

U坊 
「なんか、その話いいなあ。じゃあ、その後続けていい?」

Umiko
「うん」

U坊 
「死んでからわかったのですが、実はタリは、本当にライオンだったのです。あの、ライオンだったのです。

タリは生まれ変わって、ラチの子ども時代に行きました。そこでぬいぐるみの中に入って、ラチを勇気づけました。体操を教えました。ラチは強い子になりました。それを見てタリは天国に帰りました。

それから何年かして、ラチの子どもとして、タリは生まれました。ラチはライオンの名前を取って、息子にタリと名付けました。タリは強いライオンがいつか自分を助けてくれるんじゃないかと待ち続けました。

でも、ついに強いライオンは来ませんでした。

それは、自分だったからです」




出た! U坊お得意のメビウスの輪的展開の輪廻転生物語。

というわけで、ずっと心に引っかかっていた「ラチとライオン」問題は、少なくても私の中では解決したのでした。

U坊と一緒に解決できてよかったです。









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