朱鷺がさようならといった

佐渡観光情報局局長賞受賞作品

HICHAKO

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目次   (画像等の追記・追補は取材にもとずき編集部で入れました。)

  1. 少年の生活
  2. 朱鷺との再会
  3. 朱鷺の餌集め
  4. 山にいった少年
  5. 捕獲の波
  6. 朱鷺捕獲に反対
  7. ついに捕獲
  8. ドジョウの怒り
  9. オスがいなかった
  10. 遠くの小学生の友達よ
  11. 母ちゃんの歌が聞こえる
  12. 少年は港に現れた
  13. ダオがさよならをいいにきた

 

少年の生活

ミズスマシがうらやましかったんだ。
誰にも捕まらずスイスイ逃げられるから。もし少年がダオだったらとっくに死んでいたとじいちゃんが冷やかした。敵から逃げられない弱い動物は餌をとれないからだとさ。
分校までの一時間はとてもつらくて、夏の暑い日はいつもこの橋で腰をおろしてほてった体をさましたものだ。ばあちゃんがまだ子供の頃から、その石の橋は小川にかかっており、ここまでくると少年の家はもうすぐだ。茅ぶきの屋根の家はここから田んぼを横切っていくと近い。ハーハーと息をつぎ小川を吹き抜ける風が汗を乾かすまでそこにいる。透き通った水は夏の太陽で鏡のように輝き、ミズスマシがまるでスケーターのように水面を滑走している。少年は橋に腰をおろし靴底を水の鏡に写して休憩している。
オタマジャクシは災難だ。ゲンゴロウにもヤゴにも狙われる。メダカ、ミズカマキリ、ザリガニもいる。ご用があればなんなりと、少年は昆虫のデパートをもっていた。この場所は無口で人としゃべれない少年が一番おちつく場所だ。
遠くに女の子と農夫が見える。父親と一緒に田の向こうの畑に出ている。島の人は遠い国から来た人を「旅のモン」といい最後まで気を許さない。コブナとあだ名がついている少女は暮らしが貧しく、昼食に米飯をもってこれなくていつもイモを食べていた。父親は田んぼをもっておらず村から借りた狭い畑でイモを作っていた。冬は山に入り炭を焼いている。
ときどきコブナもこちらを見ている。黒い髪の毛を赤い布でしばっていた。白い服があの鳥のように動き回る。光の中で少女は稲の間から見え隠れするんだ。なぜこんなにドキドキするんだろう。いつかどこかで見ていたような懐かしい風景だ。
これが緑だというように稲がいばって夏。少し頭を重そうにたらして黄色になると収穫の秋。冬の切り株だらけの田は子供に刃物をむけているよう。足がとられて遊びづらいけれど雪がつもれば広い広場になるはずだ。春には水路から水が通されて自分たちにも手におえる幼い苗がうわっていく。それがタニシたちの生活だった。
昔、じいちゃんの水田にも鳥が飛んで来て餌をあさっていた。ちっとも邪魔にならなかった。農協から何度も何度も農薬の営業に来たけれど、買う余裕がなかったし、第一、コイやフナまで殺してしまう。じいちゃんはコイの生き血を飲むのが好きだったし、コイがいなければ自分も健康でいられなくなることを知っていた。人間の薬は自然の中にあるんだ。神様は人間の体に必要なものを少しだけ自然に隠しておいたのさ。農協の人は農薬を使って収穫を増やそうとささやいたが、「ウチが食える分だけあればいい」と毒薬を使わなかった。少年の家はおかげで米はギリギリだったけれども、鳥や昆虫や魚がコンニチワと挨拶してくれた。
だから少年の南佐渡の部落にはあの鳥、ダオが来てくれたのだ。
ダオ・・・ニッポニア・ニッポン、都会の人がどんな犠牲を払っても手に入れたがった朱鷺という鳥だ。

 

朱鷺との再会

まだ小学校に上がってない頃、じいちゃんは自然の博士だった。フサフサ眉を風になびかせて、野良仕事の合間に孫を連れ回る。朱鷺はいつもじいちゃんの田んぼに来ていた。
「植えたばかりの苗を倒してしまうので追われてここまできたんだがさ」
越後の人は鳥追い歌を歌い朱鷺をおっぱらって殺したんだよ。
「ここでは追わないの?」
「ダオだって餌をさがさなけりゃ、死んでしまうがさ。じいちゃんだって憎いけど、今度は人間の方が少し我慢する番らっちゃ」
「人間の方が我慢する?」

 

「じいちゃんがまだ子供だったときは真野にも佐和田にもいた・・・それがどんどん減ってしもうた。今度は人間が我慢する番らがさ」
じいちゃんも昔、田んぼで米がとれないとき、赤汁の朱鷺鍋を食って生き返ったんだとさ。その恩返しのつもりなんだって。
田んぼの朱鷺は泥の中に顔をつっこんで餌をあさっている。刺身をしょう油につけるみたいにくちばしで餌を洗ってゴクンと飲み込むんだ。とっても器用なんだよ。
「すっげえなぁ、じいちゃんが通っても逃げない!」

 

「じいちゃんは年から年中、いっちょうらしか着てないから覚えているんらがさ」
孫に驚かれたので先を歩いていたじいちゃんは嬉しそうにふりかえった。少年は鳥を脅かしたくないので、ずっと遠くにいて近づかない。
秋のある日、少年はじいちゃんと一緒に裏山に入った。炊き物にする松葉と木の枝を少しだけ山からもらうためだ。少年も小さな竹カゴを背中にしょわされていた。カゴが大きくて逆にカゴにしょわれているようだ。家の裏の「炊き物小屋」に枯れ枝や松葉を ためて風呂や台所の燃料にしているのだ。
イノシシとかタヌキが通る道をどんどん踏みいって、じいちゃんの秘密の場所へ登って いった。薪や山菜を取る秘密の場所は中腹の空き地で、ヤブを何回もぬけてやっと着いた。

    

「誰にもいうんじゃないぞ。ここはじいちゃんとおまえだけの秘密だ。山菜も松葉もいるだけ、とるんだぞ」
じいちゃんは小学生になった少年を初めてそこへ連れていった。翌年じいちゃんが 死んでからその場所はタニシだけの秘密の場所になった。じいちゃんは体が弱った とき、ばあちゃんとタニシに迷惑をかけまいとそっと一人で死んだんだ。
松林になっていて雪がつもると竹スキーをすることができた。その日も雪が少しつもってたいたので竹スキーをはいていった。スキーをはずそうとしたとき、あやまって反対側の沢におちてしまった。しばらく倒れていたけれど気がつくと、自分が落ちて きたところが頭上に見えた。どうやらタニシは民家と反対側にいるようだ。ふと下の河原を見ると朱鷺が泥地の中で一生懸命、餌を探している。雪の白ににじんで見えなくなったり、また土色の中でうかびあがる。最初はサギだと思ったがクチバシが黒く目のまわりが赤かったので朱鷺だとわかった。村にこなくなりしばらく見ていなかった。頭のカンムリが風に流れ一生懸命に泥をつついている。
ああ、見たことがある。ここが朱鷺の巣のある場所だったんだ。
村と反対の谷にダオがいる。

 

朱鷺の餌集め

少年は水路を前よりもよく観察してなにかいないかと覗くようになった。田んぼにそって流れる用水には、水の流れる音の他になにかが潜んでいる気配がある。水路にしかけたワナをひきあげカゴの中に手を入れる。裏山で切りだした竹で釣竿を作り、三本もあちこちにしかけ忙しそうにしている。雷魚が川底をスーと通る。蛇の頭をもっているのでゾッとする。フナは安心する大きさだけどコイはちょっとヒゲをはやしていばっている。
学校の帰りドキドキしながら筒状の竹カゴを引き上げて石の橋の上で中をのぞく。ニッコリと笑う。ドジョウが入っているのだ。ふもとの魚屋にもっていくと大きいのは三円で売れる。夷の旅館で観光客の口に入るようだ。もちろん小遣いも必要だが朱鷺のほうが魚屋よりもっと喜んでくれそうだ。タニシは一人でせっせと竹のかごをしかけてドジョウを捕まえていた。
ミズスマシのいた水路に打ち込まれた石板の内側には「タニシ」もくっついていた。不用心に橋の下に手をやるとアメリカザリガニに指をかまれてしまう。真っ赤で強いヤツだ。それも採ってブリキのバケツに入れニコニコ顔でじいちゃんの山を登り秘密の場所までくだった。足の甲が隠れるほどの水の中にタニシやドジョウをあけて土でまぶして中腹までもどる。翌日また来るとそれらはいなくなっている。ダオの腹に入ったはずだ。朱鷺の足跡を確認している。もっと持ってきたいのだが少年の腕では数が足りない。
タニシはおじさんに聞いた朱鷺の餌を黙々と一人で集めていたんだ。
分校では弱虫、泣き虫とクラスの仲間にバカにされたし、先生はちっともかばってくれなかった。試験の平均点が新潟の学校との競争に負けるとタニシを名指しで非難したし、合同の運動会でもゼイゼイとビリを走り先生をイライラさせた。先生やクラスの仲間を避けてうらんでいたけれど今度は勝手が違う。タニシは一人で餌を集めることに限界を感じていた。いじめっ子と組んで一緒にドジョウやフナを集めた方が能率がいい、彼らと一緒の方が餌をたくさん集められるのだ。
ドキドキしながら教室のいじめっ子たちに話しにいったとき、最初彼らの方も身構えていた。一年から六年まで同じクラスで五人しかいない。
「ひとりだと餌も集まらんし、魚釣りを手伝ってもらいたいんだ」
最初は何事かと警戒していたが、ケンカがはじまるような話でないので彼らは意表をつかれうろたえていた。六年のドジョウは最初無視していたが、あんまり熱心に説得するのでついに話だけでも聞く気になった。

   「オレたちの秘密でダオの餌を集めるんだな・・・」
   「秘密で」という言葉がドジョウを大いに誘惑したのだ。

方向転換したクラスのいじめっ子を担任は不思議そうに見ていた。仲間はタニシを絶対に裏切らなかった。少年たちだけの秘密組織というわけだ。朱鷺を秘密裏に保護するという共通の目的で少年らは共闘を組んだのだ。仲間はドジョウ班、タニシ班と分かれ、しまいにはお互いをドジョウ、タニシとあだ名で呼びあうようになった。タニシと呼ばれるようになったのはそんなわけだ。タニシは動かないからお前にも楽に採れるだろうというわけだ。川の中でじっとしているから少年にぴったりの名前というわけさ。

 

山にいった少年

朱鷺のいるところへ案内しろというのでタニシは仲間を山へ連れて行った。一時間も歩くと彼らはさすがに疲れてくる。タニシを先頭にドジョウ、サワガニ、カエルとつづき、一番最後に女の子のコブナがついてくる。みんな学生服のボタンがとれていて五個ともついているのはタニシだけだった。男は全員坊主頭、裸足に黒いゴム靴、ベルトは着物のヒモだ。めいめいバケツや竹カゴをもって歩きづらい。ハーハーいいながら彼らはけもの道を歩き続けている。開けた場所につきそれぞれ荷物をおろし、竹ヤブを少しくだった。互いに話をしようとすると小枝や笹の葉で頬をつつかれそうになる。カゴを腰にナワでしばり前へもってくる。ばあちゃんが継いでくれたズボンのおしりで、朱鷺が舞い降りる沼地が見えるところまですべりおりた。腰を下ろして待つこと一時間、眼下の沼地に舞い降りた朱鷺の姿を見て歓声をあげた。泥の地面で餌を探している様子だった。山の稜線に夕陽が消える、朱鷺が餌を食べる時間だ。
「おおー!」
けもの道を「山の向こうには化け物がでる」と引き返そうと半泣きで叫んだサワガニも、思わず身を乗り出して歓喜の声を上げている。体は小さいが声が大きい。
タアー、タアー、タアー
「きれい・・・」

 

コブナはおかっぱ頭で後ろへひっくりかえるほど空を見上げている。
「目が赤いぞー!田んぼにこないと思ったらこんなとこにいたのか!」

 

目の細いカエルの声が聞こえたのか朱鷺は飛び立った。
大急ぎで一番下まですべりおりて餌場の沼地へ走る。泥で水たまりをつくりカゴからドジョウをあけてすぐに山を登り、心臓をドキドキさせてタケや松のすきまから朱鷺が舞い降りるのを見守った。少年らが姿を隠すとまた餌場へ舞いおりてきた。

    「タニシ、お前、ダオに好かれているぞ。いいことをしてたな!」

長身のドジョウはタニシにむかって初めて微笑んだ。
春も夏も秋もそれに雪深い冬も一年間、少年たちはせっせと餌を山に運んだ。放課後、校庭から子供が消えた。新潟の学校からバットとボールのお下がりがきたが、誰も見向きもしなかった。ドジョウは中学に入学してもタニシたちと合流していた。彼はイナゴやバッタ、トンボにも手を出したし、フナやコイも集めた。各戸にある干ばつ用の池をコイやフナの養殖場にしていた。そして中学の同級生をも武力で餌集めに動員し、しばしば教師に油を絞られた。ドジョウは頼もしいリーダーだ。

 

捕獲の波

    「朱鷺を保護しよう、という看板があちこちに立てられてるぞ」

偵察魔カエルが知らせてきた。ズボンの尻を何度も縫い直さなければならない母親たちが子供たちの行動をいぶかしく思うようになった。夕方、井戸から風呂の水くみをさぼるものもあらわれた。ついに少年らの行動が疑いをもって大人に見られるようになった。山で何か悪さをしているといううわさになる。島外から鳥に詳しい大人が村や山を歩き回っている。朱鷺の目撃話がうわさとしてもれたのだ。タニシのばあちゃんのところへ村長と新潟県の役人が来た。朱鷺の寝床を知らないかというのだ。しつこく田んぼにまでやってきて、子供たちがどこへ遊びにいくのかを聞きたがる。村人はいずれも口が硬かった。役人の言葉はみんな船で島へ渡ってくるヨソモンのものだった。

    「おら、知らんがさ・・・」

病気のばあちゃんはそういっていつも役人を返していた。ばあちゃんは、薄々子供たちの行動に気がついていたようだ。ある日、タニシが山から帰るのを待っていた。
「ダオをみんなつかまえて保護するというとるガサ。山におくより朱鷺のためじゃが・・・ともちゃん、朱鷺の巣の場所を教えてやったらどうらさ」
タニシは口をつぐんでいる。
「オラチは知らんよ」

 

「ダオがみんな死んでしまうというとるが、今度できる飼育センターに入れればダオも餌の心配がなくなるようじゃ」

 

「トリモチでうぐいすつかまえてくれ、というてもじいちゃんは鳥は野におるがいいというとった、おら、じいちゃんのキマリ通りやっていくがさ」
ばあちゃんは孫が死んだじいちゃんの言葉を持ちだしたのでそれきり何もいわなくなった。

    「じいちゃん、そうゆうとったかさ」
    「ああ、たしかにそういうとった」

ばあちゃんは珍しく床から起き出して仏壇に孫の発言を報告していた。自分の連れ合いは確かにホーホケキョの真似をしてホケキョと鳴く鳥すら愛していた。野鳥のさえずりを楽しみながら、山で朽ち果てていたじいちゃんを思い出している。煙草を一本くわえていたから、一服してからそっと空へ旅たったんだよ。

    「ダオもどっか逃げていってくれるといいがな」
    「海ばっかで逃げるとこなんかあらせんが」

国仲の平野に出来た病院に入院しろとばあちゃんはいわれていた。「あといくらあるさ、そんなに金かからんから入院しいさ」と病院のべっぴん看護婦は、ばあちゃんの通帳をねらったけど布団から出ようとしなかった。
「人は病院なんかで死ぬもんじゃねーがさ、オラ、家でいいがさ、役にたたんなったら昔からホーホケキョ・法華経と迎えがくるもんさ」
心臓の弱ったばあちゃんは郵便貯金をタニシに残そうと、いろんな理由をつけて入院を拒絶し家で最後を迎えようとしている。
朱鷺も病院でなんか死にたくないのさ。

 

朱鷺捕獲に反対

タニシたちにとって学校が極めて居心地の悪い場所となった。村長が学校長に頼んだらしい。
「わたしは長年教師をやっているが、君たちみたいな生徒をもって恥ずかしい。朱鷺のいる場所を教えるんだ。死んでしまったらどうする気だ。仲間を動員して餌を運んでいるんだろう!見た数だけでも教えてくれんか」
タニシは頬づえでチェッと舌うちした。なんだ、みんなばれているのか。

    「おらたちは知らんちゃ、勝手に探せばいいがさ」
    「そんなふうに教育したおぼえはないぞ!」

新潟の学校と同じ教材を使いたがった担任は新潟弁でまくしたてた。佐渡の子は学力が低いと日頃からののしっていたので、誰一人いうことを聞かない。
子供たちは放課後教室に集められた。国仲からバスと徒歩で四時間かけて博物館の館長が分校に来ていた。教室に入ってきて少年たちを一人一人のぞき込んでいる。タニシはその親せきの老人の顔をまともに見られなかった。亡くなった母親の兄だ。万事休止。
「ともちゃん、ダオは元気らかや?」
タニシは唇をとがらせている。しかし朱鷺をダシに一儲けたくらむような人でないことは知っていた。捕獲の反対派であった。
「うん元気だ!」
朱鷺がサワガニやタニシ・コイ・カエルを食べる事を教わったのはこの館長だった。じいちゃんの葬式に来たときも、内緒でいろんなことを聞き出していたのだ。老人は朱鷺のフンから食生活を推定した研究資料を開いて、いろいろなことをタニシに教えてくれた。せきを切ったようにサワガニたちも「元気だ、元気だ」といい始めた。

    「今、何羽いるんだ?」

タニシはついに重い口を開いた。

    「最初の年は十三羽、今年は十羽しかいない」

数が具体的なので館長の顔が緊張した。
「どうだい、巣の場所を知っているんだろう?今年は卵は産まれたか?」

 

「二年連続ヒナがかえらないんだ・・・多分子供はもうかえらん、オスが役にたたん」
カエルは一気にしゃべりみなが同意した。中学生のドジョウの報告では今年も巣の中に卵があった。春に卵が生まれる事を知っていたので春休みにずっと巣を観察し、カラスの襲撃を警戒していたのだ。卵は結局かえらず巣の外に捨てられていた。ドジョウが山に入ると天敵のカラスは警戒の鳴き声をあげた。容赦なくパチンコで木ノ実が飛んでくるからだ。少年たちも飛び道具をもって天敵を排除しなければならなくなっていた。ドジョウはつがいに異変があったことを知っていた。去年もそして今年も卵はかえらなかったのだ。

    「やっぱりそうか・・・」

館長はタニシに真顔を向けた。心の中は不安でいっぱいだった。朱鷺にはもう子供が産まれないのだ。
「飼育センターの中へ集めたって、ダオはちっとも幸せじゃないよ!みんなが餌を探してくれるから絶対大丈夫さ、ダオはどこへも行くところがなくてこの島へ来たんだよ。お願いだから、おじさん、ダオはもういないっていって!捕まえても増えないよ」
老館長の頬がピクリと動いた。彼は子供たちの味方のはずだ。子供は真剣にそれを信じている。ドジョウも館長室におそるおそる朱鷺のことを聞きに来たことがある。バス代がないので佐和田まで山道を歩いてきてゴム靴は破れて足の裏が出ていた。足は真っ黒になっていた。有精卵という言葉を知っているのでずいぶん不思議な少年だと思ったが、彼は気がついていたのだ。都会の学者は日本書紀に朱鷺のことが出ていたとかやたら詳しいが、ドジョウの専門的な飼育の質問にはほど遠かった。
体が弱く無口なタニシもすっかりたくましく育っていた。自分の妹がたった一人この世に残した子供は、自分の意見が言える男の子になっていた。タニシの体ばかり気にして母親はこの世を去ったのだ。あれから八年もたっている。少年たちの餌まきがある程度成功しているから朱鷺は巣を変えていない。捕獲してストレスにさらせば寿命が半分になってしまう事は自明なことのように思われた。この時期にどうして捕獲なんだろうか・・・彼は子供たちを裏切る気はまったくない。しかし、県の方針が捕獲に動いているので今日こうして最後の説得にかりだされたのである。最も困難な障壁・・・それはこの子供たちだ。
館長は東京の役人には何も報告しなかった。
「朱鷺でないのではないか。他の鳥、たとえばサギとまちがえている可能性がある」
老人は校長室で待っている役人にそれだけ告げて、薄暗い博物館の部屋にさっさと帰ってしまった。朱鷺の中に健康なオスがいない・・・子供たちは確かにそういった。老人は館長室の鍵をかけ動揺を抑えるのが精一杯だった。あの子たちは世界のどの学者より佐渡の朱鷺のことを知っているのだ。

 

ついに捕獲

一番小さいコブナが駐在所に連れて行かれた。サンザンしぼられてついに朱鷺の巣のことをしゃべらされ、県の役人に通知された。「県が決めたことだ。黙ってると刑務所行きだぞ」
脅されコブナは奥歯をガチガチいわせた。大きな目がもっと大きくなった。朱鷺の敵は多い。カラスに卵を狙われるしテンは肉を食べたがった。しかし一番の敵は人間だった。カラスは卵を一つだけとるが人間は根こそぎ奪った。をほしがったり、ケージに入れて研究やら鑑賞をしたがった。保護という大義名分がついていたが、鳥にすれば狩猟者と同じだった。捕獲された朱鷺は逆さに吊るされ粉が落とされ、人間に羽色が変わる仕組みを研究されもした。
じいちゃんとタニシたちだけのけもの道もナタで倍の幅に切り開かれた。またもや、朱鷺はこの山にも住めなくなることははっきりしていた。大人がこうと思いこんだ仕事の前には、自分たちの餌取り生活なんかこっぱみじんになることを思い知らされた。
「ダオはタニシと同じいくじなしだ。脅かすと学校からさっさとかえってしまい、二度と姿を見せないし、さわったりするとすぐに死んでしまうはずだ」
ドジョウは昔のタニシに接すると同じように朱鷺に接していたのである。タニシも朱鷺は自分と同じように臆病な鳥だと気がついていた。
朱鷺を捕獲しようと無双網がしかけられた。この網で二羽が捕まる。東京からカモ取り名人が来て網をしかけたのだ。タニシたちの餌場にちゃっかり網をしかけている。山に餌を運ぼうとしていたタニシに衝撃が走った。彼らが自分たちの沢に集まっていたからだ。
「足が・・・羽が、折れてしまう!」
捕獲の現場でタニシが叫んだ。東京から来たワシ鼻の若者が得意そうにバタバタする朱鷺を胸にかかえ、誇らしげに新聞記者の近くまで運んできた。東京の単なる鳥好きから役人になったばかりの若い男は少年らの反発を知らなかった。ドジョウは青年に石を投げようと記者の間から近づこうとしたが、朱鷺に石があたってしまうと思うとついに投げられなかった。たくさんの鳥の死骸の剥製をバックにして、密猟者のように研究所で笑っている写真が新聞で紹介された。彼は全国のスターになったが、子供と朱鷺にとっては単なる狩猟者だった。ワシ男とドジョウはあだ名をつけた。
島の高校の先生も必死で捕獲に反対したが、最初から捕獲が決まっている会議だったと肩を落とした。捕獲反対を知らせる小さなかこみ記事はそのまま敗北を意味した。コブナの父親は若いワシ男に朱鷺の食べ物のことを教えなければ殺してしまうので、飼育センターに入った。山歩きの好きだった青年が保護者に祭り上げられているだけなので、地元の監視役になろうとしたのだ。「鳥追い歌」で佐渡の島までおっぱらった鳥を都会からまた捕獲にやってきた。村では村長や助役に囲まれて大いばりであったが、里の年寄りは若い役人と目線をあわせず、子供たちも「狩猟者」のはなつ都会の臭いに鼻をおおった。

 

ドジョウの怒り

ドジョウは見張っていた巣から卵をワシ男に取られたり、朱鷺を二羽も網で捕獲されてしまったりで、一週間ボウズ頭から火をふいて怒り狂っていた。黒い顔がもっと黒くなった。ある日、巣を見にいったら擬卵に変えられていてドジョウはショックで木から滑り落ちてしまった。犯人はカラスだと思ったが三個ともないので人間のしわざだ。彼は卒業した分校に走った。みんな、場所を教えたのは自分じゃないと机の下に逃げ込んだ。

    「どうしてアソコを教えたんだ!」

ドジョウはみんなが聞きたがっている質問をコブナにした。おまけに父親は飼育の仕事に協力的なのだ。

    「だって、刑務所に入りたくないもん!」

コブナは教室の隅でみんなに問いつめられてめそめそしている。

    「もう、お前なんか仲間じゃない!どうして巣の場所まで教えた!」

みんなも投げ散らかされた机の下から出て様子を見守っている。
「だって、父ちゃんの炭焼きの仕事がなくなって保護員の仕事がダメになれば、あたし山をおりなければならなくなるのよ、もう転校したくないよ!」
コブナの父親は朱鷺保護のために山への出入りが禁止になり、炭焼きの仕事を失っていた。多くの出稼ぎ者は佐渡から都会へいったが、最後は佐渡で死にたいと戻ってきていた。結局都会のはなやかな生活よりも、田舎ののんびりとした生活のほうがよいと思い直すわけだ。コブナの父親もそんな一人を頼り佐渡に流れつき、島での最後の仕事、飼育にかけていたのだ。

    「お前なんか佐渡から出て行け!もう口も聞かん!」

ドジョウは教室を荒らしたまま、分校を引き上げた。子供たちはコブナに同情したが、ドジョウの怒りももっともなので学校をあとにした。残されたのはコブナとタニシの二人だけになる。

    「コブナ、ダオは捕まった方がいいと思うのかい?」

器量よしのコブナは父親にタニシたちと外で遊ぶなといわれても、みんなとつきあっていた。父親は畑に迷いでた朱鷺に餌をやりながらくちばしをつかんで捕えた。信じていたものに裏切られた朱鷺はあわれであった。空腹で魔の手にかかったのだ。父親が朱鷺を裏切り、今度はコブナにも裏切られた。昼飯時いつもコブナは家に帰ったが、ある日、いるなと思ったら弁当のニドイモを手で隠して教室のすみで食べていた。タニシにも保護員の仕事で収入が増えるのは望ましいことのように思われた。そうすればみんなと同じ日の丸弁当を持ってこれるのだ。

    「ウチはどっちでもいいけど、父ちゃんと佐渡にいる方がいい」

コブナの顔は青白い。一時学校にあずけられている朱鷺の餌もコブナは集めていたので疲れきっていたのだ。
コブナも一生懸命餌を集めてくれていたので何もいう気になれない。父親との間のもっと面倒なことはタニシにはどうすることも出来ない。

 

オスがいなかった

捕獲された二羽は飼育センターに移された。食べさせた海の魚の寄生虫で弱っていた。
山の朱鷺にオスがいるとしても子供を産ますことのできないオスだ。子供たちは無精卵であることを知っていた。タニシの家でもドジョウの家でも卵をとるため鶏を飼っていた。同じ小屋でオス・メスを飼い、卵はときどき食べるのをやめてフカさせて鳥の数を増やした。オスがいなければ無精卵しか産まれず、それをどんなに暖めたところでヒナはかえらない。卵を生まないオスがどうしてニワトリ小屋にいるのかを、小さい頃から知っているのだ。おかずのために卵を取りに小屋に入るときは、気のたったニワトリにつつかれる覚悟がいった。タニシとドジョウはニワトリの飼育で経験的に無精卵のことに気づいているのだ。食べた卵のカラはイチヂクの根元に捨てて肥料になったし、産んだ卵の個数も正確にいうことができた。老鳥は祝い事があれば人間の腹に入ったし、いわば鳥は家族と一緒に暮らしていた。
少年たちは、これまで捕まえた朱鷺にオスがいてそれが死んでしまえばもう朱鷺が増えないことを知っていた。ドジョウが見守っていたつがいからもヒナが生まれていなかった。子供たちも深刻だったが、さっさと博物館に戻った館長はもっと深刻だった。朱鷺はすでに子孫を残せない状態になっている可能性があった。そのことを公表すべきなのだろうか。老人は深いゆううつに陥っていた。島内の住民によびかけてそのことを知らせて、最後の瞬間まで佐渡の山々を飛ばせておくことが人間に出来る最後の義理立てのように思われた。少なくても、捕獲してから朱鷺の生態を研究しようとするニワカ研究者や見せ物にしようとする観光業者から朱鷺を守るべきだ。山に入って朱鷺を見守った無名の研究者の残したものと較べると、あまりに都会の捕獲者は朱鷺を知らなさすぎた。
都会から来た捕獲班が巣から卵を取り出して、人工フカのため東京の動物園に運んだ。ドジョウの予想通りヒナはかえらなかった。今度は根こそぎ朱鷺を捕まえて人工飼育するつもりだ。それにしてもどうして捕まえた最後の若いオスをいとも簡単に殺してしまったのだろう。

 

遠くの小学校の友達よ

家で新聞を取っていないタニシも、朱鷺を全部捕獲することに決まったことは知ることが出来た。ロケット・ネットという網が村に持ち込まれ実験がくりかえされているからだ。ドーンという音とともに網がひろがるもので輸入品だ。朱鷺や少年たちの命を縮める音だった。スズメもカラスも、いや村中の人がこの発射音で縮み上がった。
コブナの父が捕らえた朱鷺が一時、本校で飼われていたとき、タニシたちの学校はすっかり全国で有名になっていた。都会の小学生からクラス単位で、朱鷺のエサ代にとお金を送ってくると担任が涙ぐんで伝えた。

    「おまえたちとはえらい違いだ。少しは見習ったらどうだ」

感激して教師は手紙を読んでいる。
・・・捕まえた朱鷺を大切にしてください。そして子供ができたら一羽ぼくの学校にもください。

 

・・・トキの世話は大変ですか?ぼくたちも学校でウサギを飼っていて大変さは知っています。トキはどんなものを食べるのですか。

 

学級でお金を集めましたのでトキのエサを買ってください。
「ダオをウサギの子かなんかだと思ってるんだ」
頭が大きいサワガニが手紙を読んでそういった。たくさんの手紙の中には自分たちの気持ちをわかってくれる仲間もいるだろうと一通ずつ読んでいたが、しまいには絶望して投げ出してしまった。タニシはみんなの話を聞いて、ますます手紙を読む気がしなくなった。元々みんなが朱鷺の餌を集めだしたのも秘密だったからうまくいった。いじめを止めなかった先生の手にかかれば、話がややこしくなるだけだ。
「ダオの餌がどこに売っているというんだ」
タニシはお金を送ってきたことが気になっていた。大人には金が集まるんだ。だから捕獲なんだな。
「新潟のデパートみたいに、なんでも店屋へ行けば売ってると思ってるんだよ。釣竿もミミズも新潟では売っているんだ」
背の低いカエルはペロリといってのけた。唯一、新潟の小林デパートまで行ったことがあったので、その経験を披露した。ペンギンまで鎖でつないで屋上で見せ物にしていた。

    「本当か!ミミズも新潟では売れるのか?」
    「ああ、ほんとだ」
    「ダオまで売り場や屋上に並べたいのかなあ」

その朱鷺はそのあと飼育センターに移された。ドジョウやタニシたちが夜中逃がしに本校に忍び込むので、校長は気が気でなくやっと家でグッスリ眠れるようになった。担任は飼育センターから朱鷺の写真をもらって、返事を書きそうなコブナにわたした。みんなは返事を書く気もなく、何日も何日も教室でぼんやりと山並をみつめていた。
「私たちはダオをつかまえることには反対です。ともちゃんも反対です。どうか、みんなにダオをつかまえないようにいってください。おねがいです。本当におねがいです」
このコブナの手紙はボツになり返送されなかった。
教師はしまいにコブナを放課後、居残らせて自分の言うとおりに感謝の手紙を書かせてそれを郵送した。
餌を集める必要がなくなり、石の橋でまた足をブラブラさせて腰掛ける日が多くなった。
向こうの畑でこちらを気にしているコブナ、野良仕事を手伝ってあげたいのにそれもままならないイライラ。
遠くの友達にわかってもらうにはどうすればいいんだろう。
ただ一つ変わった点はどこからともなくその橋にサワガニ、カエルが集まってきたことだ。どの子の横顔も夕日に照らされて口数は少なくため息をついている。
タニシはもういじめられっ子ではない。日が沈むと、中学生のドジョウが全身埃まみれで農作業のクワを洗いに立ち寄った。タニシはドジョウの影に気づくと、いつも反射的に振り返った。死んだ母親のにおいがするからだ。泥と汗と暖かい夕陽のにおい。
その時、タニシは母ちゃんといつもこの石の橋に立ち寄っていたことを思い出したんだよ。

 

母ちゃんの歌が聞こえる

ばあちゃんはタニシに捕獲現場に行かないと約束させた。役場と駐在からの命令だった。タニシたちが網を切って朱鷺を逃がすと公言していたからだ。捕獲が開始されてからは外出も許可にならなかった。タニシは縁側で足をブラブラさせている。縁側の奥で体調を悪くしてふせっていたばあちゃんは、タニシに話しかけた。
「お前の母ちゃんは苗を踏まれるからダオが嫌いだったのに、お前はダオが好きなのか?」
稲のイモチ病、ザリガニは苗を切り、朱鷺は稲を倒した。百姓で苦労ばっかりしていた。ばあちゃんはめったにタニシの死んだ母親のことは話さない。残り物の腐った米を洗って食べて、一家全員腸チフスにかかり母は死にかけた。タニシだけは腐っていない炊きたてを姑に内緒で食べていて大丈夫だった。冷害で米が取れなかった年だ。
その後の栄養失調がたたり、母親はタニシが入学する前に亡くなった。父親も翌日、後を追うように死んだ。

   「母ちゃんはダオが嫌いだったのか?」

タニシはいつも避けていた母のことをばあちゃんにたずねてみた。
「ああ、いつも田んぼでダオを追い払うんで父ちゃんとケンカしていたよ。父ちゃんはじいちゃんと同じで鳥を大事にしてた。母ちゃんは町場の人だから、いつもダオを追っていた。父ちゃんはそれに引きかえ、やさしい人だったから」
野菜をリヤカーに積んで町に売りに行き、帰りに町の肉屋でブタ肉を百グラムだけ買い、いつもそれを「ホレ」と白い歯を見せてタニシに持たせた。町の人は野菜を値切るので、肉まで買うことができないときは妙にタニシに優しかった。母ちゃんは肉が買えなくて悔しかったから、その分ぼくに優しくしたんだよ。父は字が好きで、肉をくるんでいた町からの新聞をシワをのばして何度も読んでいたっけ。
母ちゃんがリヤカーの竹カゴにぼくを乗せて、村に帰るときダオによく出あった。
小川のあの橋のところ。母ちゃんはぼくと一緒に腰掛けてダオが飛び立つのをいつまでも待っていた・・・
ぼくがあの石の橋が好きだったのは、母ちゃんといつも一緒にダオを見ていたからだったんだ。
ぼくにダオの名前を最初に教えてくれたのは母ちゃんだったんだよ。
タニシは昔のことを思い出して縁側に出てきたばあちゃんに宣言した。
「母ちゃんはダオが嫌いだったんじゃないさ。母ちゃんはぼくのために米をたくさん取ろうとしていたんだよ。ダオが嫌いだったんじゃないよ。ほんとは父ちゃんと同じにダオは好きだったんだよ」
ばあちゃんはうつむいたまま、肯定も否定もしなかった。
「ともちゃん、大きくなったなあ、母ちゃんも喜んでいるだろ。ばあちゃんの家に金がなかったから母ちゃんには苦労をかけた・・・母ちゃんをいじめすぎた、バチが当たって、ばあちゃんがひょっこり死んだら・・・」
「死んだら、おら一人になっちゃうよ!」

 

「ばあちゃんが、もしか死んだら枕元の通帳をやるから、それもって、佐和田のおじさんの所から学校へかようんだぞ」

 

「おら、ばあちゃんが死んでもここに残るよ!ここには父ちゃんと母ちゃんとじいちゃんの墓があるから・・・」
ばあちゃんは目を赤くしてタニシの頭を何度もなでた。力はとっても弱かったけど。
「なあ、駐在さんはダオが捕まるまで山にお前を入れるなっていってたけど、行きたいんだろ?山へ行ってもいいぞ」

 

「本気でか?行っていいのか?」

 

「ああ、恐いもんなんて何もない。駐在なんてちっとも恐くないぞ。自分で考えてやりたいことをやるがいい。ばあちゃんが、いくらでも怒られてやるから」

 

「すっげえ!ばあちゃん、恐くないのか?」

 

「ああ、年寄りは何も恐くない。戦争のときは牛と馬を取られて今度はダオか。みんな取られて佐渡には残りかすしかなくなった。早く行ってじいちゃんの山から旅のモンをおいだしてやれ!」
言葉が終わらないうちにドジョウは飛び出していた。
ばあちゃんは縁側のバケツを見て弱々しく笑った。縁側にはドジョウとコイが入ったバケツがおいてあった。タニシがばあちゃんに食べさせようと用意したものだ。精がつくように朱鷺からのおすそわけというわけだ。
秘密結社の仲間たちもなんやかんや監禁を突破して山に来て、捕獲作戦の見物人に紛れ込んでいた。タニシを見るとみなが目で合図した。もうこの山道は秘密でもなんでもなく佐渡で一番有名な道になっていた。やはりロケット・ネットが少年の沢に設置されている。記者たちがカタズをのんで発射を見守っている。朱鷺が二度三度警戒してあたりを見て餌を探しだした。まずい、逃がさないと。ドショウとサワガニは飛びだそうとしたので捕獲員に顔を押さえつけられ足をバタバタさせた。
「逃げろー!」

 

タニシは口を手でふさがれ、ドジョウはワシ男に腹を蹴られてうずくまった。
ロケット・ネットは付近の山村の立入禁止の中で発射された。バーンという音は里に響きわたり、年寄りと子供たちは耳を手でおおった。タニシはそのロケットが心の中に打ち込まれたように息ができなくなった。
ネットがふわりと餌を漁っていた朱鷺の頭の上をおおっていく。
ワァー!
見物人から歓声の声が上がる。飛び立とうとした朱鷺にフワリとネットがかかった。
ふと、コブナがどこから現れたのか、反対の沢から朱鷺の方へ一直線に走っている。
石につまづく。転倒、白い服が宙に舞った。

   「コブナだ!コブナが助けに来たんだ!」

その声が聞こえたかのように歯を食いしばって起きあがった。足に血がにじんでいる。

   「コブナ!がんばれ!」

今度はワシ男を動けないようにするためドジョウが足に抱きついている。ワシ男は足を取られて動けない。タニシも泥水の中で長靴にかみついている。
クアー、クアー

   「もう、ここへてきてはだめ!早く逃げっちゃ!」

コブナは網の中に入り込んで懸命にネットを頭の上に持ち上げている。小さな体でネットを上げてバンザイをしている。朱鷺はコブナの足元をすりぬける。捕獲者は朱鷺の尻尾をつかもうとしてコブナの足を踏みつけた。

   「逃げろー!つかまるんじゃなーい!」

タニシも大人の足にぶらさがって叫んでいる。自分たちの秘密の場所から少年らは朱鷺を追い払った。朱鷺は人間に抗議するようにクシのような頭の冠羽をたてて山並に消えた。
ドジョウはネットにからまってもがいているコブナをやっと助けだした。狩猟者は助け出すふりをして朱鷺がコブナに残した羽を奪おうと少女を何度も転がした。神社に奉納されるあの羽である。
サワガニとカエルはこのすきに泥だらけのまま、やっと自分たちがつくった餌場の土盛りを壊していた。餌場を壊しておかないとまた朱鷺がやってくるからだ。目から涙が流れてしかたがなかった。やっと、ダオと友達になれたのに・・・どうしてこの場所を壊さなくてはならないんだ、どうしてなんだ!
コブナの白い足は血だらけだ。見かねたタニシが「母ちゃんが女の子の体に傷がつくと嫁にいけなくなるとゆうとった」と懸命に血を拭うのだが、涙と泥でコブナの足は化膿した。コブナはその後少しだけ足をひきずるようになった。ダオのクチバシは折られなかったけれど、コブナの細い足は骨折していたのだ。
朱鷺は警戒してその沢に飛んでこなくなった。ロケット・ネットは一時撤去されワシ男たちは他の山で朱鷺を探し始めた。ほうぼう出没し村人が丹誠こめてつくる田にまで踏み込み、ついには南佐渡の海岸線にまで現れた。そこから見える山の一つ一つを捜索している。どこへでも入り込み朱鷺より大きな足跡で稲をなぎ倒した。時折思いだしたように子供の動向を探っていた。

 

少年は港に現れた

飼育中の四羽の朱鷺が次々に死んでしまっていた。ワシ男の胸で捕らえられ見せ物になった朱鷺も同じ運命だった。
「死んだもんだから怒り狂って、名誉挽回のためにもっとダオを捕まえようとしているんだよ」
ドジョウは中学へ行ってから難しいことをいうようになった。
「見つからないようにどこかに隠すしかない、欲しがりだすととめられないよ」
カエルは飼っていたウグイスが死んだとき、次から次へと新しいのが欲しくなった経験があるのでそうつぶやいた。朱鷺をおそうカラスやタカを追い払うと同じように、あのワシ男を追い払うのが一番いいと相談がまとまる。
水津から両津へのバスに乗り込むタニシたちの姿があった。サワガニは初めてバスに乗ったので興奮している。「運転手に話しかけないで下さい」の札の隣にチョコンと座って前を凝視している。すでに汽船会社の待合室で柱の蔭に隠れているドジョウの姿がそこにあった。バス賃がないので自転車で来ている。
ほこりをかぶったジープが到着する。ワシ男が朱鷺の死体が入った背中のアイスボックスをおろし両手で前に持ち直す。
船に乗ろうとしているこの捕獲員の足元にビシッと鈍い音で石が飛んできた。ふっと柵の向こうから自分の方を眺める少年らの姿。自分に投げられた石のような鋭い視線でこちらを見つめている。おそるおそる見送り人をながめると、やはり擦り切れた学生服をまとった子供たちが先頭に並んでいる。自分が腹を蹴った子供がそこにいるような気がしていたがやはり来ていた。
「オーイ!ダオをどこへもっていくんだ!」
前に立っているタニシが叫んでいる。男は沢で見た顔と同じだった。涙一つ見せず「朝、死んでいた」といい放った。それと同じ冷淡な横顔だ。悲しみに暮れ世間に申し訳ないと観念している顔ではなく、このうざったい大騒ぎから早く解放され船に乗りたいという顔である。たかが一羽死んだくらい・・・まだ六羽いるからなんとかなる。センターのある山中で下山もままならぬ生活を続け、それこそ天寿をまっとうさせた、とやかくいわれる筋合いはないという顔である。少年たちは単に一つの仕事として淡々と無感情で鳥の世話をしていたことを見ぬいていた。
「・・・朱鷺の研究のためなんだ。死んだのは鳥のせいでわたしのせいじゃないんだ!」
ワシ男はまた邪魔されないように子供を説得するつもりだ。
「そんなうまいこといって剥製にして売るんだろ」
ドジョウは大人に聞いたような事をいっている。
「ウミネコじゃないんだからアジなんか食べさせるな!」
タニシも容赦ない。

    「子供に何がわかるんだ!」

若い男は完全に頭にきている。
「お願いします!捕獲をやめて下さい!」
サワガニも珍しく怒鳴っている。
自分のオリの中で殺してしまえば自分のせいになる、それがイヤだから人は鳥をカゴにいれない。捕獲したものが事故死すればそれはその人のせいである。だから島の人々は朱鷺を捕まえたくなかったのだ。それが島のやり方だった。
「ダオの餌係りがどうして飼育センターにおらんで新潟に行っとるんだ」
カエルは相手をおいこんでいる。「怠け者じゃダオの世話はできんぞ!」
朱鷺が死ぬ日、ワシ男は必ず山をおりている、そのことをいっているのだ。
「お前が実験できるほどダオは佐渡にはおらんぞ!」
ドジョウも調子にのっている。これにはさすがの新聞記者も苦笑いをしている。
「おまえたちの手にはおえん。数が揃えば大丈夫。全部捕まえれば必ずなんとかなる!」
東京でさらに環境庁と全部の捕獲を打ち合わせるつもりだった。

 

「お前なんかもう二度と佐渡に来るな!」
タニシが本心をいうとサワガニが続いた。

    「そうだ、お前が来なければダオはしあわせだぞ!」

朱鷺の生態、たとえば餌さえも解明できないまま捕獲を主張したが失敗した。しかしまだ鳥の命は自分がなんとか出来ると考えている。朱鷺が何を食べているのかも研究してなかったので、子供たちは完全に信用していない。ましてワシ男が朱鷺のことを聞いていたのは保護員のコブナの父親だった。その父親にタニシたちが食べさせている餌を教えたのは子供たち自身であった。しかもこの役人の捕獲員は餌を集めることに窮して港でアジやハタハタを手にいれ、それを切り身にして朱鷺に食べさせ様子を見ていた。港で餌をもらい楽をしようというわけである。

    「田んぼに海のアジなんかまきやがって、油粕じゃあるまいし」

ドジョウは腹を蹴られたせいもあり憎しみを倍加させている。
「おれだったら絶対にアジなんか食べさせない。死んだ責任を取れ!」

     「船が出航してしまいます。早く・・・」

汽船会社の職員はうながした。「子供を相手にしてどうするんですか。あれは黒滝山で評判の不良ですから」
ワシ男は石でもひきずっているように重い足どりでおけさ丸に乗り込んだ。

 

ダオがさようならをいいにきた

コブナの父親は保護員の仕事を断り、明日、島を去る事になっていた。放課後そのことをタニシはコブナから直接告げられた。ショックを受けてうつろな思いで分校を後にした。朱鷺のいたじいちゃんの山に向かっている。コブナは退院してから、いつも学校の郵便受けを覗き手紙の返事を待っていたが、もうあきらめていた。

    「あのう、フナを家の池にたくさん運んであるから・・・」

佐和田の町までいって知り合いの池からフナをたくさんにもらってきていた。「父ちゃんも手伝ってくれた・・・」
コブナは最後に仲間に言い残したいことがたくさんあったのだ。朱鷺の巣の場所を大人に教えたばっかりにみんなから口を聞いてもらえなくなった。絶対に自分が朱鷺を助けなければならないと心に誓って、ネットを持ち上げたのだ。とぼとぼと町の池までいっていた娘を父親も手つだっていた。コブナ親子にできる最後の朱鷺に対する気持ちなのだ。
コブナはやっぱり友達だ。そのことをいつ伝えたらいいんだろう。

    「フナをまくと、また大人がダオを捕まえにきちゃうから・・・」

山道をコブナが少し離れてついてきていることを知っていた。コブナの足は治っていなかったから、出来るだけゆっくり来たつもりだ。登り終わるとあたりにふと人の気配を感じた。
誰かいる・・・
崖の下からドジョウがヌッと顔を現した。赤松の木の上からサワガニ、カエルがおりてきた。みんな笑顔でそれぞれお気に入りの松に寄りかかり、コブナにも昔と同じように白い歯をむけている。

    「知っとったのか?ダオがもどってきているゾ」

サワガニがコブネにも聞こえる声でいった。

   「ウン、確かめに来たんだ。みんなも来ていたのか」

偵察のカエルの情報は正しかった。あの事件以来みんなはコブネを見直していた。しかコブナは入院してみんなを避けていた。退院したら今度は突然いなくなるというのだ。みんなが困り果てていた。
大人はまだ海岸線に面した山を探している。タニシらは秘密の谷へおりて息をひそめてあたりの空を見上げている。餌場は壊されたままだった。
焼けるような紅葉の間から白い朱鷺は久しぶりで姿を見せる。
白い羽をいっぱいに広げ群れをつくっている。ダオは舞い降りようとはしないがこの場所を覚えていたんだ。朱鷺はタニシたちがいつも潜んでいた中腹の木々のあたりに止まり、餌場の様子を探っている。
カエルは得意そうに胸をはった。

    「なっ!いった通りだろ!」

カエルはみんなの顔をのぞき込んだ。

    「見つかったらまずい。ワシ男がまたネットをもってやってくるぞ」

背の低いサワガニが心配そうにいう。

    「ここにしか餌がないんだよ」

ドジョウは戻ってきた朱鷺を不安そうに見つめている。餌をやるとすぐにこの場所にもどっていることがわかってしまう。
「父ちゃんがダオは二度と元の場所に戻らないとワシ男にいってくれたから大丈夫よ」
コブネは朱鷺の姿を焼き付けるように視線をはずさなかった。新潟へ行ってしまえばもう朱鷺を見ることはないからだ。

 

「ほ、本当か、本当にそういってくれたのか?」
ドジョウがコブナに、あの事件以来初めて話しかけた。タニシはほっとした。
「本当よ、それの方が父ちゃんもいいと思ってたのよ。ただ、うちはみんなと違って田んぼがないから・・・新潟へ行けばもうダオと会えなくなるの」
みんなは黙り込んだ。そうだ、コブナはもういなくなるのだ。沈黙が流れる。
「コブナはもう佐渡の子だ!大きくなったら佐渡にもどってこい!このまま捕まらなければ島中、ダオだらけになっているから!」
ドジョウがコブナを励ました。ドジョウもタニシもこの鳥たちでは有精卵が産まれないことを知っている。姿を見せた五羽、これがすべてだ。他の者もヒナが最近産まれなくなったことを知っている。けれどもコブナはまだ小さいから知らなくていいのだ。
「コブナにはまた会える。戻ってきて佐渡のモンと一緒にナレ!仲間の誰かと結婚すればいい。今度、コブナが佐渡に来るとわかったら、両津までみんなで迎えに出てやるよ。道はこの前で覚えたから、なあ、みんな!」

 

「もちろんだ、みんなで迎えにいく!」
コブナと一緒になるのは自分だと思っていた少年は、みんな顔を赤くして胸をはった。

    「ウン!ダオはちゃんと増えてるよね」

暗く沈んでいたコブナの顔がいつかのように輝いた。密かに隠し持っているダオの朱鷺色の羽のように。少女は絶対にいつか佐渡に戻って朱鷺の姿を見ようと誓った。
ふたたび朱鷺が舞い上がった。タニシは朱鷺が戻ってきた興奮とコブナとの別れの両方で、大きな声を出したかった。しかし大人はまたこの山にひきかえしてくるだろう。
「ダオ!捕まるなよ!もうおれたちも信じるな!もう餌場に来ちゃだめだ!」
ドジョウが長い顔を真っ赤にして叫んだ。

    「さようなら、ここへもどっちゃだめだよ!」

コブナも空に向かって叫んでいる。
ダォーダォーダォー・・・
五羽の朱鷺がじいちゃんの山に舞い上がった。みんなの頭の上を旋回しはじめる。
少年たちに何かいっているようだ。
ハッとしてみんな立ちつくしている。
朱鷺はぼくたちにさようならといっているんだよ・・・
ぼくたちがダオを見ていたんじゃなくて、ダオがぼくたちを見ていたんだよ。
一緒に生きていけるかどうか、ダオがみんなを見ていたんだよ。
タニシは佐渡の山に飛ぶ朱鷺の最後の姿になるかもしれないと思った。たくましいドショウの目に涙が浮かんでいる。背中を向けて汚れた手でゴシゴシと目を拭いている。ダオがいたからみんなと友達になれたんだ・・・みんなの顔を一人一人ゆっくりと見回す。コブナは目に涙を浮かばせて朱鷺のあとを追っていく。カエルもサワガニも思いは同じだ。涙を友達に見られまいと背中を見せる。タニシは友達の背中を見て唇をかみしめた。
目に涙があふれたが、拭きとろうとしなかった。

昭和四二年

黒滝山で二羽が捕獲。

昭和四三年

飼育中の二羽死亡(食べさせた海の魚が原因)。
飼育失敗で死んだ朱鷺に最後の健康なオスがいたと地元ではいわれている。
その冬、五羽全部の捕獲が決定され少年たちの姿が山から消えた。

昭和五五年

国が朱鷺の五羽全部の捕獲実施(地元は猛反対)。生殖能力のあるオスはすでにいなかったといわれる。

昭和五六年

捕獲されたうち二羽が急死。 二羽は捕獲のさいの傷口からブトウ球菌入りそれが原因。
その後も人工飼育は変更されなかった。

平成七年

佐渡の朱鷺の絶滅宣言。

平成九年

新穂の朱鷺保護センターに少年と婦人と遺影が一つ、東京ナンバーの車で訪れた。婦人は少しだけ足をひきずっていた。地元の三人の初老の男がまわりをガードしている。背の高い男が心からその婦人をいたわっていた。小綺麗な婦人は子供らしい少年の手を引いてモニターに映る朱鷺を見せようとしたが、意外にその位置は高かった。たまりかねた背の低い男が少年を抱き上げて、モニターに近づけた。頭の大きい男が、その間少年が持っていた遺影をかわりにあずかった。その少年はタニシにとてもよく似ている。彼らは観光用の外の黒朱鷺のゲージには近づかずにそこを後にした。

終わり
1997,08,05



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