微分のポストモダン  だからこそ国際人になってほしい人のためのコラム 10




 動物生態学に、100匹目のサルという面白い話がある。お互い完全
に独立している(例えば孤島に分れて住んでいる)サルのグループ
がいくつかある時、あるグループのあるサルが何か新しいこと(芋
を海水で洗って食べるとか)を始め、それがそのグループの中でだ
んだん流行って100匹目くらいまで広がった頃、全然交信のない他の
グループでも、なぜか同じようなことが行われるようになるという。

 そんなバカな、テレパシーじゃあるまいし。そう思われるかもし
れない。あるいは〈遺伝子の意思〉なんていうトレンディな理屈で
それを説明しようとする人もいるかもしれない。
 しかしそれは結局のところ、個体が全体の単なる構成要素である
という、いわばモダニズム的な考えに囚われたものではないだろう
か。部分は全体でもあるという、もっとポストモダン的な考え方、
例えばホロニック(部分の自立性の強い組織)やフラクタル(自己
相似性の強い非整数次元)の考え方を押し進めるならば、一個体の
行動が暗黙のうちに種の中で伝播していくのは、当然のことなのか
もしれない。

 実際、あらゆる意味で肥大化した現代社会において、我々が世の
中の動きに多少なりとも当事者意識を保てるためには、一人一人が
単なるワンオブマスとだけ自覚するのではなく、こういったポスト
モダン的発想に立つことが何より必要だろう。あなたが世の中のた
めに何か良いことをしている時には、あなたの見えないところで他
にも同じようなことをしている人がいる。あなたがやらなければ、
その人は何もしない...

 たとえば選挙。何十万票単位で争われる国政選挙などで、個々の
一票なんて、それ自体ほとんど無意味に思える。まさかたまたま同
票数になたときに自分の一票で勝負が決まるように、と考える人も
いないだろう。しかしポストモダン的当事者意識に立つ限り、その
個人の一票は、同時並行的に何十票何百票という形で行使されてい
るとも考えられるのである。
 あるいは地球環境問題。毎日毎日、圧倒的な量の森林が切られ、
炭酸ガスが排出され、農薬が撒かれている時に、一枚の紙や一本の
電球の節約の効果など、はなはだ疑問である。しかしある孤島での
節約行為は、実は他の孤島でも行なわれている...そう考えると、始
めて個人レベルでの地球環境問題への取り組みのモチベーションを
産み出すことができる。

 たくさんの個体がいる時に、他の個体の行動を強引に固定して、
その中である個体がわずかな活動をした時、ある目的にどんな効果
が出るのかをみる。これを数学の言葉で〈偏微分〉という。まさに
モダニズム的な考え方であり、これでは一票の効果がそんなに大き
なものになる筈がない。
 これに対して、ある個体がわずかに動いた時、回りまわって他の
個体もそれに影響を受ける。その結果としてトータルでどれだけの
効果があったかを見る。これを〈常微分〉という。ここでは全体が
構成要素の単なる総和で決まるのではなく、個体の行動が全体にま
で影響を及ぼしうるのである。

 政治不在や環境破壊。こういったものの発生には〈近代〉が相当
程度かかわっていると思う。それを解決していけるもの、それこそ
が〈ポストモダン〉の当事者意識なのだろう。そのためにも、この
〈常微分的発想〉を大切にしたい。



                〈クラブ4WD〉加藤良平


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