幾何学のポストモダン  だからこそ国際人になってほしい人のためのコラム 12




 地下鉄の駅から地上に出ると、何がどっちにあるのかさっぱりわ
からないことが多い。それまで暗闇の中を走りぬけてきたのだから、
駅ごとに方向感覚がリセットされるのも当然だろう。だから出口に
置かれている地図も、通りなどの方向により、北が上になったり下
になったり斜め右になったり。「座標軸なんて駅ごとにあらあな」、
そんな感じで作られている。

 そういった発想があるからだろうか、区分地図というのも、区の
形により、必ずしも北を上にしていない。さすがに北が真下という
のはあまりないが、右を向いたり左上を向いたり、こちらもページ
毎に座標軸はころころと変わるのである。
 これがアメリカの地図だと、事情が異なる。例えばある州の全体
図と大都市図とがある場合、縮尺は当然さまざまなものが混在する
が、方向は北が上に統一されている。これは米国では移動が自動車
によることが多いということもあるのだろう。鉄道なら乗っている
間は方向のことは考えなくていいが、自分で運転する場合には常に
意識していなければならないのだから。

 アメリカの地図のように、どの場所に行っても座標系の向きが変
わらない空間。これを数学の世界では、ユークリッド空間という。
この上では、どんな場所も単一の座標系で表現できる。ある場所に
おけるベクトルをそのまま別の場所に平行移動するなんていうこと
も簡単で、全体としてかなり「見通しのよい」空間といえるだろう。
 ところが幾何学の世界には、そうではない空間というヤツが出て
くる。空間内の場所毎に、その周辺の地図をそれぞれ異なる向きや
縮尺で表現する、そんな複雑な空間だ。これをリーマン空間という。
先程の地下鉄の例ではないが、「座標軸なんて場所ごとにあらあな」
とでもいえる空間である。

 思えば広い意味でのモダニズムというのは、西洋が中心になって
同一の座標軸(説明メカニズム)を世界規模で導入し、それにより
科学や産業を発展させてきた、そんな発想といってもいいだろう。
自然科学しかり、社会科学しかり。コンピュータのプロトコルなど
もその一環で考えていいかもしれない。
 典型的なのは音楽だろう。五線譜という約束ごとにより、さまざ
まな地域の音楽が、まさに移し替えられることを可能にした。こう
いった〈モダニズム的ユークリッド座標系〉により、音楽理論がわ
かりやすくなったのは確かだし、教えることを格段にラクにした面
のあることも、疑いのない事実である。

 しかし日本を代表する現代音楽作曲家であった武満徹氏は、かつ
てこう言ったという。「五線譜を導入することにより、それぞれの
音楽の持っている重要な部分が失われてしまった」。
 そう、五線譜とはあくまで近似であり、リーマン空間を強引にユ
ークリッド空間へと落とし込むようなもの。たとえば能楽における
空間の重要性とか、ガムラン音楽における楽器の配置とか、音楽を
再現する上で、五線譜で表現しきれない部分というのは実に多い。
いやもしかすると、時間や空間を超えて「音楽を再現する」という
発想そのものが、モダニズムに毒された考え方なのかもしれない。

 そんなモダニズムの弊害を崩す考え方が、リーマン幾何学の発想
といえるだろう。もちろんこれは、広くいえば〈文化相対主義〉の
一つということになるのだが、通常文化相対主義が価値の相対化と
して考えられているのに対し、これは座標軸そのものを相対化する
という発想である。
 もちろん、リーマン幾何はユークリッド幾何に比べ、ずっと複雑
だし難しい。もっと見通しのよい共通座標につい逃げ込みたくなる。
しかし、世界すべての文化を正確に説明できる座標軸はありえない、
そのことを謙虚に認識することこそ、「重要な部分が失われ」ない
ために、避けられないことだと思う。


                〈クラブ4WD〉加藤良平


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