
ニッポン=アメリカ二重帝国 だからこそ国際人になってほしい人のためのコラム 6
何かの本で、21世紀末に、国際情勢がどうなっているのかというのを
読んだことがある。それによると、20世紀後半がアメリカとソ連という
2大スーパーパワーのぶつかりあいだったのと同じように、21世紀末に
も2つのスーパーパワーがあるだろうという。但し、もちろんソ連はそ
の地位にはない。そしてアメリカも同じように転落しているという。
それでは百年後の世界の2大スーパーパワーとはどこか。その本によ
ると、1つは中国。これはまあなんとなくわかる。
では、その中国に対抗するもう1つのスーパーパワーは。統合された
ヨーロッパ?インド?ひょとして日本?全部違う。何とそれは、中央ア
ジアから西アジアのあたりにかけて忽然と出現するであろう大イスラム
帝国だという。
イラクがクウェートに攻め込んだり、シリアとトルコが睨み合ったり
する現代史の視点でいえば、このあたりに統一帝国が出現するというの
は少し考えにくいかもしれない。しかし、歴史的にみれば、このあたり
にはヨーロッパよりはるかに強力な、大帝国が君臨することが多かった
のである。その代表がオスマントルコだろう。
オスマン帝国はトルコの名はついているものの、いわゆる民族ナショ
ナリズムの国家ではない。むしろそれは、イスラム教を媒介に、トルコ
だけでなくアラブやペルシアを包含した、一種のイデオロギー国家であ
ったという。
イスラム教というものが、個々の民族を超えた、いわばメタ民族的な
求心力として作用し、それが最盛期にはウィーンにまで攻め込んだとい
う、強力な国家の原動力として作用したといえるだろう。
そのオスマンも、第一次世界大戦を契機に分裂。その直後にはトルコ
とアラブの二重帝国を作ろうなんていう動きもあったのだが、結局失敗
し、現代の不安定な中東情勢へとつながっていく。その幻のトルコ=アラ
ブ二重帝国がお手本にしたのは、当時文化的に最も光輝いていたオース
トリア=ハンガリー二重帝国だったという。
この帝国も複雑な構造だ。民族的にはまったく異質なオーストリアと
ハンガリー。それを束ねたのは、ハプスブルグ家という、きわめてヨー
ロッパ絶対主義を象徴するような王家の存在だった。
そう、ここでも民族を超えたメタ求心力が、国家の強力なバックボー
ンとして大きく作用したのである。いや、オーストリア=ハンガリー二重
帝国の場合、さらにその上にヨーロッパという概念が畳重されていたか
ら、求心力が三重に作用していたといえるかもしれない。
「もう1つのスーパーパワー」と名指された中国も、現在は典型的な
二重求心力国家だ。民族としての中心はもちろん漢民族なのだが、支配
の構造は共産主義なのだから。
歴史を振り返ってみても、中国王朝は、中華民国、明、宋など、漢民
族のみの支配原理で統治していた時代は比較的小国であり、現共和国、
清、元など、漢民族プラスアルファの二重帝国的な時は特に大国になっ
ている。中国ではそんな「民族国家」と「二重帝国」とが交互に現われ
ているわけであり、そう考えると、現体制が崩壊した後、21世紀前半は
民族国家としてしばらくなりをひそめ、後半に新たなメタ求心力を得て
真のスーパーパワーになるということかもしれない。
冷戦が終結した現代は、「民族の時代」とよくいわれる。しかしこう
してみてくると、21世紀、特にその後半は、「民族」と、それを超えた
「メタ民族」の両方の求心力が、政治的パワーの源になりそうである。
民族とメタ民族。こう考えていくと、アメリカが21世紀のスーパーパ
ワーになりえないのもわかる気がする。民族の部分が余りにも弱いから
だ。そのアメリカが、「民族の時代」に唯一のスーパーパワーというの
も歴史の皮肉だが、見方を変えれば、現在は民族とメタ民族の片方だけ
でもなんとか国家のパワーを維持できる時代なのかもしれない。
そんなアメリカの対極にあるのが日本である。民族としては、人口的
にも経済的にも固有文化的にも、それなりのものは持っている。しかし
メタ民族的なものを何か生みだしているかと自省してみれば、あまりに
お寒い状況といわざるをえない。
民族なきメタ民族の国の没落が先か、メタ民族なき民族の国の没落が
先か...。アメリカさんには悪いが、メタ民族的なものを生みだす可能性
がわずかでも残っている日本の方が、まだ救われている気もする。それ
ともいっそ、ハワイあたりを首都にして、ニッポン=アメリカ二重帝国
でも作るとするか...
〈クラブ4WD〉加藤良平
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