留学体験記 7  飯田安寿さん

  アメリカでは以心伝心は通用しない、10伝えたかったら20しゃべれ。

                     制作:留学ネットワーク

行った期間 約4年半
主に住んだ場所 ニューヨーク
主に通った学校 スクール・オブ・ビジュアル・アーツ
主に学んだ内容 ファインアートとコンピュータ
行く前の仕事 東京デザイナー学院在学
帰国後の仕事 マルチメディア制作


 フリーダ・カーロ。ジョン・バスキア。アンゼルム・キーファー。
好きなアーティストは?と聞くと、一筋縄ではいかない名前ばかりが
返ってきた。元々現代アートが好きで、それに縁の深いグラフィック
デザインを勉強した飯田安寿さん。卒業後すぐに、もっとアートを
本格的に勉強したいという一念で、ニューヨークに渡った。

 「アートやデザインをやっててずっと感じていたのは、日本は西洋
美術の〈花〉だけ取り入れて〈根〉がないということ。これは〈型〉
から入る日本の伝統ゆえなのかもしれませんが、もっとアートの裏に
あるべき社会やライフスタイルも含めて本格的に触れてみたい。そん
な思いで、東京デザイナー学院に入った時から、卒業後の留学は考え
ていたんです」。
 それだけ早くから意思表示していたおかげだろうか、親は特に反対
もせず、学資の援助もしてくれたという。

 行った先はスクール・オブ・ビジュアル・アーツ(SVA)。学院
の姉妹校であり、取った単位をそのまま認めてくれるので、一も二も
なくここに決めたという。
 「普通は留学希望者が何人か立候補し、選考されるのですが、私の
場合は、学院の学長に留学したい意志を直に伝えたところ、その意気
込みをかってくれた学長が、SVAの学長に直接話をしてくれたんで
す」。もちろん日頃の成績も評価されたには違いないが、こういった
強引さ(?)も留学には欠かせないだろう。
 ちなみに英語力は、受験勉強の知識と、NHKラジオ英会話でつけ
たという。「読むこと書くことは受験英語がけっこう役にたつ。ただ、
聞くのはやはり何らかの形で補わなければダメ。私ももっと早くから
耳をならせておけば、という思いはありましたが」。

 実際の留学期間は、やはりハードワークのオンパレード。しかし、
好きな勉強なので苦になることはなかったという。
 「3年生の時は勝手がわからなくて、コミュニケーションを取るの
にも一苦労でした。4年生になると小さいながらもスタジオを与えら
れるので、すごく制作の励みになります。あと、クリティーク(評論)
のクラスがあって、そこでは自分の作品を前にプレゼンテーションし
なければならない。アメリカ的なあって感じましたね」。
 そこで制作した作品(インスタレーションとペインティング)は、
後に埼玉近代美術館に出展もされたという。
 「オフの時間の過ごし方ですか?うーん、一番多かったのは、本業
に近い〈ギャラリーめぐり〉かな(笑)。あと、ノイバウンテンとか
ビースティーボーイズとか、コンサートもけっこう楽しめました」。

 SVAは無事2年で卒業。その後仕事を探す一方でコンピュータの
勉強も始めたのだが、結局さらに2年以上、コンピュータの勉強を続
けることになってしまった。
 「当時はちょうどPhotoshopやIllustraterが出始めた頃。結構面白くて
ハマってしまったんです。リトグラフを作ったり、CDジャケットを
制作したり。で、大体NYで勉強したいことは大体したかな、と思い、
日本に帰って仕事をみつけることにしました」。

 その後マルチメディア制作の仕事についている飯田さん。もちろん
コンピュータは使うし、デザイナーとしても大活躍。英語による情報
発信もあればアート情報も扱う、まさに留学の成果を大車輪で活かし
ている格好だ。

 「とにかくアメリカに住むこと自体が楽しかった。周りの友達も、
皮膚の色はもちろん、性格も考え方もライフスタイルも非常に違って
いるので、私自身の視野も広がったし、基本的にどんなことも自分で
判断し、責任をとっていくというのも好きでした。当然のことながら
そこでは日本流の〈以心伝心〉は通用しない。とにかく言葉にしない
と、それも言いたいことが10あったら20くらいしゃべるようにしない
と、コミュニケーションは成立しないんだということは、しっかりと
理解しておいてほしいですね」。



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