think-bnr.gif (15137 バイト)

 

セクシャリティについて僕が考えたこと、思ったこと、経験したことについて書いていこうと思います。

INDEX

●教育関係

プールでの男女別指導 (01.9.18)

ボーダー (00.9.27)

・自主性という言葉

・自信のない子ども達

●ゲイ関係

オカマという言葉 (01.10.2)

肝炎の予防注射 (00.9.28)

ゲイと女性性

ヘテロセクシャルフォビア

●教育関係

ミ★ プールでの男女別指導

 うちの小学校では朝礼や体育の際に、男女別2列や男女別紅白4列で生徒を
並べたり、プールの時に、男子は右側のプールサイド、
女子は左側のプールサイドに並べ、男女別にプールに入らせたりしています。
そんでもって、
「プールの自由時間での浮き具使用は前半は男子優先、後半は女子優先」
といったかたちでの指導等が行われています。
ちょっと、なんだかなぁ。という感じです。
 中学、高校では時には体力や体格が異なる男女を分けることで
「異質平等」が成り立つ場合もあるかもしれませんが、
男女の差が少ない小学校では性別については
できうる限り分けることなく「等質平等」でいいんじゃないかと思います。
 もちろん、高学年になれば、女子は男子を抜いてどんどん成長しますし、
男女の差はかなり出てきています。
でも、男女の力の差よりも、スイミングスクールに通ってバリバリ泳げる子と、
ほとんど泳げない子との差の方がずっと大きい状態です。
 一般に小学生のスイミングスクールは男女別ではなく、男女混合能力別で指導
をしているところがほとんどです。小学校のプールをあえて男女で分ける必要な
んてないんじゃないかなぁと思う今日この頃です。

ミ★ボーダー
 出生率の低下により、高校受験でも定員割れが進んでいる。しかし、公立学校はどんなに合格ラインが下がっても定員いっぱいまで生徒の受入をしなければならない。その結果、公立の普通科高校なかでもいわゆる底辺校に中学校の知的障害特殊学級を卒業した子どもが入学するというようなことが起こっている。また、その一方で(ほとんどの県で特殊学級は高校には存在していないため)中学校の特殊学級を卒業した障害の軽い生徒を受け入れるために作られた高等養護学校に、中学校の通常学級を卒業しても高校に進学するだけの学力のない生徒が入学したといういうことも起こっている。知的障害の有無は「IQ70ないし75以下かどうか、日常生活に支障があるかどうか」という2つの観点から決定され、軽度知的障害児は知的障害特殊学級、中度以上の知的障害児は知的障害養護学校に入学することが望ましいとされている。しかし、子どもの知能はIQ100を中心に正規分布しており、健常、軽度知的障害、中度知的障害の区分は、便宜上線引きされているだけであって、その境界をまたぐと子どもの状態が急に変わってしまうというものではない。軽度発達障害の子どもと接していて常々感じることなのだが、世の中には通常学級で一斉授業を受けていても授業は全く理解できず、かといって特殊学級や養護学校ではその子が学力的に伸びる要素がつみ取られてしまうという場合もある。おそらく、どこで線引きをしても、そのボーダーにいる子どもは充分な教育サービスからこぼれ落ちてしまうのではないだろうか。そもそも通常学級、特殊学級、養護学校の3つの区分には限界があるのではないだろうか。現在は通級という形で通常学級と特殊学級の間を行き来しての教育も推進されつつあるが、特殊学級で授業を受けている間に通常学級の授業が先に進んでしまうなどといった問題もある。通常学級と特殊学級の中間にもう一段階特別な支援をしつつ通常教育に準ずる教育を施す学級というものがあってもいいのではないだろうか。
 

ミ★ 自主性という言葉
 教育実習の時のこと。「掃除をさぼって帰っちゃう子を引き留めなくていいの?」と生徒に聞くと、
「いいんです、その人の自主性に任せてますから。だって、引き留めちゃったらその人の自主性を認めないことじゃないですか。」との返事が返ってきました。う〜ん、そういうものなのでしょうか。。。(^^;
 僕が高校生の頃は生徒の「自主性」といえば、
 生徒総会の時に「予算が通らないと困るから、みんな生徒総会に出ろ〜!」という運動系の部員達のかけ声や、「今度の日曜日公民館を予約したから、全員練習に出てね〜。」という文化祭実行委員の姿を思い出すのですが。。。。


ミ★ 自信のない子ども達

最近、「自信のない子が増えたな」そんな気がします。
勉強も行事も遊びも中途半端で自信がない。そんな感じでした。
「僕(達)はダメですから」なんてことを平気な顔でいう高校生たち。
「特に嫌いな子はいない。」と言う様子を見せる一方で「学校には本音で話せる友達はいない。」といい、中には「本音で話せる友達が欲しいから海外に留学したい。」ともらす子どもも。
 僕が高校生の時は、勉強がからきしダメでも、
「大学は浪人していけばいいや」とわりきって、部活や、行事、委員会活動にまるまる3年間没頭して浪人生活に突入する人も多かったし、何の根拠はなくても、自信だけはあるという人が結構多かったんですけどね。おかげで衝突することもしょっちゅうでしたが。(^^;
 自分なりに勉強や成績以外の物差しも使って、自信を持った人間に成長してほしいなぁ。そんな風に思います。

●ゲイ関係

ミ★オカマという言葉

 伏見さんプロデュース@ロフトプラスワンでのシンポジウムに行って来ました。「週間金曜日」での東郷健氏についての記事に「伝説のオカマ」というタイトルがつき、それに対して「すこたん企画」がその編集部に抗議をしたということがことの発端となった事件についてのシンポジウムでした。途中から参加し、何度も中座したため、全部をきちんと聞くことができませんでしたが、僕なりに特に印象深かった部分のみまとめてみます。

 オカマが差別語かどうかという事が議論に上りました。もちろん、スタッグの春日さんなどから懐疑的な意見も出ましたが、全体的な話の流れ&かなりの数の参加者の意見的はおおよそ次のような感じでした。

おかまという言葉を聞いて傷つく人もいるから使うべきではないという意見もあるが、おかまという言葉を使うことをタブーにしてしまうことなく、言葉を浄化していく事も必要なのではないか。
 マスコミに「オカマ」という言葉を使わせないようにすることで、かりに一つの達成感を感じることがあったとしても、それは単なる目先の事の解決であって、それでは問題解決にはならない。
 また、人によっては、「オカマ」という言葉が自分には一番しっくりくるという人もおり、他人が彼らに「オカマ」を使うなという事はできないだろう。
 それでは、非当事者であるマスコミの人間に対してのみ使用を禁じることができるのか?番組を作っている側の人間やコメディアンで実は隠れセクシャルマイノリティという人間だっているかもしれない。彼らがプライドを持って
「オカマ」という言葉をメディアで流している場合だってありえる。
 また、弱い者を傷つける言葉を使うべきではないと言う考え方もあるが、東京パレードでは、アッパーキャンプが「助走政治家集団」として「オカマ」や「女装」という言葉を連呼していた。セクシャルマイノリティの中には、彼らの姿を見て傷ついた人間もいるかもしれない。
 また、若年層のゲイでは「ホモ」という言葉では傷つけられるが、「ゲイ」ならいい。という人がいる一方で、
 逆に、齢を重ねたゲイでは「ゲイ」という言葉はいやだ「ホモ」ならいい。という人もいる。
 言葉によって傷つく人の事ばかりを考えていたら、タブーだらけになって、マスコミは否定的な取り上げ方だけでなく、肯定的な取り上げ方だってできなくなるだろう。
 今回の週刊金曜日の事件をめぐる討論会を見るまで自分的には、
・東郷さんのことを書いた記事で、僕は東郷さんを少し見直した。故に、「伝説のオカマ」と付いたことは本文との関係から考え妥当なタイトルだった。
・アッパーキャンプが「オカマ」を連発するのはゲイである自分が楽しめるパフォーマンスだから使って構わない。
・例えゲイであっても、マスコミであっても、ゲイである自分がつらい気持ちになる形で「オカマ」や「ホモ」を使うのはやめて欲しい。
・自分は「オカマ」と呼ばれたくないなぁ。
 という風に思っていました。
 しかし、討論の終わった後、自分の中では
・東郷さんの記事をキワモノとして見る異性愛者や東郷さんがオカマを連発することで傷つく者もいる。
・アッパーキャンプのドラァグ隊をみて傷ついたゲイもいるだろう。
・言葉狩りではなく、「オカマ」という言葉を差別語ではない、プライドのある言葉に変えて行くために、肯定的に使っていくことも大切なのかもしれない。
等々という考えも、頭をもたげてきました。
 今まで、自分の個人的な感情という基準だけで「オカマ」、「ゲイ」という言葉を考えてきていたんだと言うことを強く感じさせられました。

 それじゃぁ、どうなれば一番いいのか。。。
僕は答えがまだ見つからずにいます。というか、頭の中がまだぐちゃぐちゃで、場合によっては、今までの自分の考え方を再構築し直さないといけないのかも。。。という感じです。

ミ★ 肝炎の予防注射

 ゲイの場合肝炎の予防注射は絶対に受けておいたほうが良いと言われて、都立駒込病院でA型肝炎とB型肝炎の予防注射を受けてきました。病気になって病院にかかるわけではないので全額自己負担。A・B合わせて1万円近くかかる予防注射を3回受けないといけないので併せて3万円程の出費になる。それでも、「これで一生肝炎にかからずに済むのならば安いのかな〜。」と考えて予防注射を受けることにした。だけど、肝炎にかかった場合の入院費や治療費を考えると、肝炎にかからなくなることで安く済むのは本人だけのことではなくて、保健会社も同様のはずなんじゃないかなぁと思った。7割とまでは行かなくても、せめて半分くらい保険会社に出してもらいたいなぁ。。。。

ミ★ゲイと女性性

 「ゲイは女っぽいというイメージを持たれるから、”オネェ言葉をしゃべるゲイ”や”ドラァグクィーン”は迷惑だ。」「ゲイは異常な奴だというイメージが持たれるから、”後ろ向きの暗いゲイ”や”悪役のゲイ”を劇やテレビ番組でで扱うのは政治的に正しくない。」そういう事を言う人がいます。それが最初からゲイを敵視して、偏見を助長する事を目的とするようなものであるのならば、問題もあると思いますが、そのいい部分、楽しい部分を全然見ようとしないで、否定してしまうのはすごくもったいないなぁと思います。

ミ★ヘテロセクシャルフォビア

 自分自身のセクシャリティーや自分のあり方に不安を心の中に抱えている人のなかでもすくなからぬ人は、異性愛者に対してあるいは自分自身に対して自分の気持ちに蓋をすることで安心している。だけど、それを外部から突っつかれると過剰に怒るなどの反応をしてしまう。そういう人たちって自分の心の奥底からわき上がってくる感動や喜びから目を背けてしまっているんじゃないか。そんな風に思えます。 
 たしかに、蓋をしてしまっていればとりあえずは精神状態の安定を手に入れることができる。、その蓋をしている部分をつっついて安定を乱す物を理論や理屈で叩いたり排除してみても、結局一時しのぎになるだけで蓋の中に押し込んである問題は何も解決しない。頑張って蓋をしている部分、それと向き合う事ってすごく大変なことなんだと思います。でも、そこと向き合わないと何も始まらないんじゃないかなァ。
 「ゲイだって、幸せなんだ!」と思いつつ、「ひょっとしたらゲイとして生きていく事ってすごくつらいことかもしれない」という気持ちに無理に蓋をしてしまってヘテロフォビアになっている人も少なくないんじゃないかなぁ思います。

 

 

up-btn.gif (159 バイト)   top-btn.gif (174 バイト)