小林晋一郎氏: アルゼンチン林業セミナー公演より


私は1960年代の中頃に初めてアルゼンチンと縁ができて以来、ブエノスアイレスでの駐在や東京で旧東京銀行の本部でアルゼンチンを担当するなど長年にわたりアルゼンチンと関わりを持ってまいりました。しばしば、「賢者は歴史を語り、愚者は経験を語る」と言われますが、敢えて私は自分の経験を通して実感する最近のアルゼンチン経済の新しいダイナミズムについてお話したいと思います。

そこで私はアルゼンチン経済の新しいダイナミズムについて三つの視点から眺めることにしたいと思います。

先ず第一には、アルゼンチンの国営・州営企業の民営化の状況です。アルゼンチンはたしかにチリやメキシコに比して遅れて民営化が開始されましたが、その進捗状況はラテンアメリカの中で際立っています。89年に発足した第一次メネム政権は国家の役割を外交、教育、防衛、治安などと明確に定め、経済活動は民間に委ねることを決めました。この方針に従い国営企業・公営企業の民営化スケジュールが発表されました。

収益状況が悪い国営企業を民間に売却し財政負担を軽減しようとか、内容の良い国営企業は民営化しないで残しておこうという発想は全くありません。今年の2月には、33空港の一括民営化に成功し調印式が関係大臣出席の下で行われました。主要な国営企業はほぼ民営化が終了しており、大きな国営企業で民営化されずに残っているものはーこれらも民営化の方針は決定しいますがー国立商業銀行のナシオン銀行、3つの原子力発電所、ヤシレタ水力発電所ぐらいです。

民営化の中には、鉄道、港湾、道路などコンセッション方式によるインフラ部門の民営化も含まれていて、民間活力によるインフラ整備が進み、アルゼンチンコストの削減に大きく寄与しました。インフラ部門の民営化では投資の回収は受益者の負担する料金により行うのですが、最近、道路一万キロの整備のためのコンセッション方式の民営化にイノベイティブな方式が予定されています。

この計画はPROJECT 10と呼ばれ、投資企業はガソリン税から投資金を回収する、千キロ完成すると1リットル当たり1セント、1万キロ完成すると1リットル当たり10セントを投資企業が受け取る方式となっています。

なお、このプロジェクトはプロジェクト対象の道路を利用しない人からもガソリン税として徴収するのは受益者負担の原則に反するとか、先般のIMFのアルゼンチン経済のパーフォーマンス調査ミッションがアルゼンチン経済過熱化の懸念からこのプロジェクトの延期を示唆するなど国内的には種々議論がなされています。

民営化以降の電話等の公共サービスの向上は目を見張るばかりです。国営企業時代の サービスを知っている者には大きな驚きです。さらに、これら民営化された旧国営企業は経営陣の交代と管理者の入れ替えが行われ、INVESTOR RELATION やROE を重視するエクセレントカンパニーに変貌しています。非効率でサービスの悪かった国営企業が効率の良い近代化された企業に変貌していることを強調したいと思います。

第二に指摘したのはメルコスルの深化と拡大です。メルコスル発足以降域内貿易が大変活発になりました。メルコスル域内輸出の伸びは96年は12.2% とメルコスルの全世界向けの輸出の伸びの6.6%を上回り、また97年の域内輸出の伸びは19.6% と全世界向け輸出の伸びの9.8%を大きく上回っています。域内輸出の比率は96年の21.5% から97年は24.7% へと拡大しています。

域内貿易の伸びと共に域内相互の直接投資が活発化しました。これはにメルコスルの発足だけでなくメルコスル加盟国の外国投資に対する規制の緩和が大きく寄与しています。ブラジルからアルゼンチンへ、アルゼンチンからブラジルへ、そして準加盟国のチリからアルゼンチンへの直接投資が活発です。90年から96年の間のチリの海外直接投資の累計額の投資先を見ますと第一位がアルゼンチンとなっています。

NAFTAと比較して、メルコスルで特徴的な事は、メルコスルの拡大です。96年にはメルコスルとチリ、ボリビアとの間で自由貿易協定が調印されました。最近の新聞は、メルコスルとアンデス共同体との間でも2000年までに自由貿易圏を発足させることで合意、枠組み協定が調印されたと報じています。また、メルコスルはEUとの間で枠組み協定を95年12月に調印済であり、99年には自由貿易協定を締結する予定とも伝えられています。NAFTAの拡大が米国の国内政治情勢から進捗しないのに反しメルコスル拡大の動きが目を引きます。

アルゼンチンへの投資はアルゼンチンの国内市場だけでなくメルコスル、準加盟国を入れた拡大メルコスルの市場をも指向することを念頭に置くことが必要だと思います。

第三に指摘すべきは、アルゼンチン企業の欧米企業やラテンアメリカ企業との戦略的提携による海外事業の展開です。アルゼンチン企業の米国やチリ企業と提携しアルゼンチンの天然ガスをチリに輸出するパイプラインの建設、アルゼンチン企業のメキシコ企業などと提携しベネズエラの国営製鉄会社SIDORの民営化で落札など例は枚挙にいとまがありません。

エクセレントカンパニーに変貌したアルゼンチン企業は国内市場だけでなくラテンアメリカや世界市場で活発な事業展開をしています。

次にアルゼンチン経済の新しいダイナムズムの背景として次の二つの事を補足的に説明したいと思います。

第一は、アルゼンチン人のメンタリティーの変化です。アルゼンチンとブラジルは国家形成の違いもあり過去の両国関係は必ずしも親密だったとは言えません。なぜブラジルとの地域統合が急速に進んだのでしょうか。また、メネム政権の採用した経済安定化政策は国民に大きな負担を強いるものであり、アルゼンチンではしばしば「麻酔なしの外科手術」と言われています。高い生活水準に慣れ文化的生活を求めたがるアルゼンチンの人々がどうしてこのような「麻酔なしの手術」を受け入れたのでしょうか。

それを解く鍵はアルゼンチン人のメンタリティーの変化に見ることが出来ます。アルゼンチン人のメンタリティーを大きく変えた出来事は現外務大臣のギド・ディ・テラや多くのアルゼンチンの識者が指摘しているように第一にマルビーナス戦争、第二にハイパーインフレでした。マルビーナス戦争時にヨーロッパを指向していたアルゼンチンを支持してくれたのはラテンアメリカ諸国でした。また、ハイパーインフレ下では一切の経済活動が不可能となりました。

この二つの出来事からアルゼンチンはラテンアメリカとの関係を強化し、インフレ収束と経済の安定化を最優先しようというメンタリティーが生まれていったと理解できるのではないでしょうか。

第二に補足すべきはアルゼンチンが「分断した国家」から「和解と統合の国家」に変貌しつあることです。アルゼンチンの歴史は分断した国家の歴史だと言われます。独立当初は連邦主義派とブエノスアイレスを中心としようとする一派の対立、19世紀のロサス独裁時代にはロサ派(ROSISTA) と反ロサ派(ANTIROSISTA) の対立、戦後ではペロン派(PERONISTA) と反ペロン派(ANTIPERONISTA) の対立などでアルゼンチンの歴史の書物の題名に「分断された家、アルゼンチンの歴史」というのもありました。国家が分断された状況では国家の発展は期待できません。メネム政権はなんとかしてこの分断された国家に和解と統合と実現し新しい国家建設を目指しています。

アルゼンチンにはガウチョの生涯を描いた優れた国民文学として長編叙事詩「マルティン・フィエロ」という作品があります。この作品は多くの言語に翻訳されておりブエノスアイレスの書店やお土産屋で革表紙装丁の本がお土産用として売らておりますのでブエノスアイレスへ旅行された方は目にとまることと思います。マルティン・フィエロは文学として優れているばかりでなく多くの教訓を含んでいて、アルゼンチンの人々は折に触れこれを思い出し言わば聖書の様に日常生活に入り込んでいるものです。この作品の最後の部分にガウチョのマルティン・フィエロが息子に次のように団結し仲良くすることが大切だて教えています。おそらくアルゼンチンの指導者はこの一句を念頭に置いて新しい国家作りしているのではないでしょうか。

マルティン・フィエロは次のように語っています。

「兄弟仲良くすることはこれは大事なおきてです ほんとに、組んでいる事だ どんな時でも、場合でも 内輪同士でもめあうと 外のに食われてしまいます」

ご静聴ありがとうございました。

Los hermanos sean unidos,
Porque esa es la ley primera
Tengan union verdadera
En cualquer tiempo que sea
Porque si entre ellos pelean
Los devoran los de ajuera


東京で行われた林業セミナーで行われた小林さんのセミナー公演を小林さんのご厚意により掲載させていただいています。

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(アルゼンチン共和国ブエノスアイレス市)