ブエノスアイレスでのクリスマス
2001年編


なんだかバタバタしていたら、もう今日はクリスマス! こちらではFELIZ NAVIDAD!とご挨拶しますが、 この時期から年末まで会わないことも多いので よくFELICES FIESTAS!とまとめてやっちゃうことも あります。

カトリックの国ですからクリスマスはとても重要 で、家族で過ごすのが普通です。しかし何をするかと 言えば、思い切り食べて飲んですごすので、何だ 普段の家族パーティとかわらない!?と思われるかもしれません。 しかし、伝統的な食べ物として、PAN DULCEという おいしいところで買ったらおいしいパネトーネ、 フルーツ入りのが普通です。そして、TURRONという 気をつけないと歯がぬけそうなので、心配な人は BLANDOというのを選んで買ってください。ヌガーバーの ようなものかしら。そのチョコレートコーティングのも おいしいです。それから、MANTECOLというアルゼンチン 独特のピーナッツベースのお菓子。どれも甘いもの ばかりですが、ヨーロッパの伝統の胡桃などのナッツ類、 シャンパン、シードルなどを開けます。 食べ物はアサードの家庭が多いかしら?親戚一同会すとき にはそれぞれの家庭で自慢の料理が並びます。 その後、先にお話したお菓子を食べるのですから、その前の 週はダイエットに専念するARGENTINAもちらほら。。。 もちろん、レストランでもクリスマスディナーメニューで、 この日はだいたいこれしかありません。ちょっと普段より 高めになりますが、お徳メニューですよ。夜中に お店の人と一緒にシャンパンを抜くのも楽しいでしょう。

明日の25日は、ショッピングセンターさえ、 お店が全く休みになりますから、今日のうちに お買い物を済ませておくのが無難でしょう。 と、書いていて、仕事仕事で何も準備していない!ことを 思い出しました。 どうしようかしら!!!!!

2001年うちのクリスマス(12月25日)

うちは24日は夕方6時ごろから出発。ラプラタ市内の親戚のうちに 行きました。ブエノスアイレス市内から1時間ですから、 普通はもっと遅くにでるのですが、このイブだけは別。 遅くなるとラッシュに会う可能性が高いからです。。。

それぞれの家族がいろいろな食べ物を持って集合。 なんとなく、スナックをマテ茶やビールでつまみながら、 なんとなく、大体皆が9時ごろそろうと、乾杯も何もなく 食べ始めます。大勢すぎるので、お皿を使うよりもパンを 皿にナイフとで器用に食べていきます。 PECETOというお肉のスライスにマヨネーズベースの トッピングソース。定番EMPANADAはサルタ風。 田舎からはLECHON、子豚の丸焼きが到着していました。 トマトのツナやごはんの詰め物など、その外つまみものが 並びます。食べたら、子どもたちは庭先で遊びはじめます。 10時過ぎには (なぜかうちの親戚の中ではサンタは 10時10分に来ます。)クリスマスツリーの下に プレゼントを準備し、、、一番威勢のいいお母さんが 「ちょっと、サンタPAPA NOELがさっき通りかかったのに、 どうして皆いなかったの!!!」と大声で子供たちを 呼びます。このプレゼントの包みはいつものように ビリビリに破いてあけます。(その方が縁起がいいのです) うちの希光(のぞみ)までTシャツのプレゼントをもらいました。

大人たちは一年の計!?なのか、今年はどうだったの、 新政権はどうなるかの談義が始まります。女性はこの料理は どう、、、などのレシピの話、親戚のうわさ話、男性は ひたすら飲んでいます。。。年寄りは健康の話など。。。 これはどこでも同じかしら???

その後は今度はクリスマス定番のPAN DULCE などの甘いもの、、、とにかくどんどん食べます。。。 シャンパンやイチゴフィズ、シードル、子供用シャンパンが 並び12時になると、あたりがバンバンと花火がなり始め 乾杯SALUDが行われますが、皆、移動して挨拶のキスをしながら、 クリスマスおめでとう FELIZ NAVIDAD!と挨拶を交わします。 近所の人までやってきます。 子供たちは外で花火をして楽しみます。外はブエノスアイレスより よく見える満天の星。オリオン座がきらきらしている夜空、、、 しかし、本当に暑い夜でした。

うちの新年の様子
2002年編


新年おめでとうございます。 世間ではとっても大変そうなアルゼンチンで、皆さんに ご心配かけておりますが、市民生活は通常どおりです。 うちは本日、年末年始の休暇で行った田舎TRES ALGARROBOS から帰ってきました。 新大統領就任のデモや、反対派と政治活動家との小競り合いが 昨日はあったので、交通遮断など少し危惧しましたが問題なく 時速150キロ平均で500キロのパンパの平原を5時間ほど かけてもどってきました。いつもこの大地を見ると、本当に 広いんだと実感し、毎晩きらめく星を見ることもでき、 鶏の鳴き声で目覚める感じで(本当はそれよりも早くうちの子が 朝起きて泣くのですけれども)のどかな生活をしていました。
年末には知り合いのESTANCIA(観光ではなく本物)で250キロの成牛を一頭 分けてもらって、ぎこぎことのこぎりみたいなので骨を切り、 丸ごと、もちろん、切り分けてアサードにしました。 ブエノスアイレス市内のASADOR CRIOLLOレストラン のように、わき腹丸ごと、しかも皮つきの特別で、立てて焼いた アサードは10時間以上かけて焼き、その焼きたてを30 日の午後から食べて、次の日はスープで、その次の日はステーキ的サイズに切り分けて 31日の大晦日の晩、さめたのに、トマトベースのソース、 もしくはチーズベースのソースをかけて食べるのは絶品です。 定番のチキンマヨネーズサラダや、トマトのつめものサラダも おいしく、例のごとく準備ができたら突然皆食べ始めますが、 12時近くになると乾杯の準備が始まり、あたりで花火が上がる と、あ!1月1日になったとばかりFELIZ ANO(フェリス アニョ) といいながら、出席者=親戚一同に挨拶します。 それからクリスマスと同じお菓子&ENSALADA DE FRUTASという フルーツポンチを食べました。その後、別のパーティにいた親戚 や友達がやってきます。 食べて、おしゃべりして、飲んで、、、、の相変わらずの 年明けでした。
なお、次の日はこの残りを食べました。 御節料理みたいかしら?? -- TOMOKO

TOMOKOの場合(1998年12月25日)

アルゼンチンのクリスマス、というよりは、TOMOKOのクリスマスなのですが 今回特集を組んでみました。

別のYOKOさんのHPに一般的な話がありますのでそれはそこで参照してもらって、ここではもう少し個人的な話と具体的な習慣をお話しましょう。

まず、12月も二十日をすぎれば、毎日のようにクリスマスメッセージコールがあります。スペイン語では、とにかく“MUY BIEN!FELICIDADES!”といってればいいのです。かけるときも、“FELIZ NAVIDAD!”とか“MUCHAS FELICIDADES!”

それから、郵送または持参でカードが届きますし、プレゼントをくれるありがたい人もいます。ということは自分からもお年始参りではないのですが、逆のことをします。

24日は、ちょうど夕方に「今日、何かおもしろいことないですか?」となんと来アルゼンチン2週間のTさんから電話があって、単身赴任で来ているし、しょうがないなということと、車でお迎えにきてくれるのは魅力的(だって、これからの予定を読んで下さい。)だったので、6時半すぎに来てもらうことにしました。

この日の予定の第一は、もう人生の師として仰いでいるTERESA&WALTERのうちにクリスマスディナーにいくことでしたが、クリスマスコールをしていると、「うちに来ない」というありがたいお誘いもありました。それで、まず、LORENAのうちに7時半に到着。ターキーをおいしく 料理していたのに感心。クリスマスツリーもいろいろかわいくなっていました。御主人はスペイン人なので、名産のピーチシェリー酒がでてきてしまいました。しかし、ご挨拶だけで、次の湯浅さん(いつも、お世話になっている県人会のかた。在亜40年ぐらい)のうちに向かいたかったのですが、時間が押してきたので、パーティ会場に直行。到着はちょうど9時。集合時間ですが、今はやりのチャイニーズバイキングレストラン(TENEDOR LIBRE)の湯浅さんのテーブルはご夫妻だけ。Tさんは福岡で湯浅さんの奥様と同じなので、少しもりあがり、さらに9時20分ごろに顔を見せはじめた御親戚メンバーとお知合いになることもできました。しかし、TERESAのうちにということで、お誘いをご辞退して、10時きっかりに到着しました。

ディナーはちょうどはじまったところでした。突然、一人増えたのにもかかわらず、歓待してもらい、いきなりBESITOという挨拶のキスの嵐に、Tさんはたじたじ。TERESAの子供たち5人(16歳から9歳)にTERESAの両親、兄弟4人に、私たちで星が見える中庭の長いテーブルを囲み、ハムメロンからスタート。メインはターキーに梨のソース、にんじんとりんごのピューレ、そして、わたしが持っていった散らし寿司 (ensalada de arrozになってしまった)。

日本のクリスマスは?どうしてアルゼンチンへ? などの質問を受けながら、デザートへ。フルーツポンチ(ensalada de frutas)を食べながら、 クリスマスのお菓子の袋がどんどんあけられていく。TURRONという細長いヌガー菓子。私の大好きなチョコレートコーティングのもあり、また、丸いTORTA ESPANOLA(TURRONのバリエーション)、アーモンドチョコレート、ナッツ類、ドライイチジク、 そして、PAN DULCE(パネトーネ)、それに私がもっていった“もみじまんじゅう”(広島出身です)というミックスはこれまでにないコンビネーション。それを食べているうちに、時計の針は12時に近づきます。SIDRA(シードル)、とストロベリーフィズ、子供用シャンパンが開けられ、12時きっかりに“FELIZ NAVIDAD!”(メリークリスマス)といいながら、乾杯。またキスの嵐。そして、周りでは花火の音の宴会。

ドンドンと中庭の戸がたたかれ、”はいってもいいか“という声と同時にとなりの御主人が赤い顔をして乱入。家族も続き、乾杯と抱擁、キスの挨拶が続きます。その間に子供たちがいなくなったとおもったら、テラスで花火を見てる。テラスは知らなかったと、子供達の間に入って 花火の鑑賞です。

また、ちょうど、Tさんはデジタルカメラを持ってきてくれたので、それをみなで見て楽しみました。パーティは2時頃まで続きました。帰りも多くの人が道で 騒いでいましたし、町中がとてもうるさくなっていましたが、本日は無礼講。

こうして、ブエノスアイレスのクリスマスは終わります。

(写真;最高な友人達と楽しい98年クリスマスの一時)

スペイン語圏のクリスマス(YOKOさんのページから)


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