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"ほっこりすと"の皆様 1999/3/25(木)
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ほっこり#133
【「太平洋シンクロニシティ・・・連鎖する偶然」】
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★本日のメニュー
1.田口ランディさんのこと
2.細胞は知的だ
3.「太平洋シンクロニシティ・・・連鎖する偶然」
(田口ランディさん)
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1.田口ランディさんのこと
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メールマガジン「MSNニュース&ジャーナル」の99年3月
18日号 (配信数141,868)で紹介された田口ランディさん
の記事を読んで、もうもう超ドキドキした。
「アジアの一員として」というフレーズに違和感を感じ
たことないないだろうか?
「アジアの一員って感じは違うのよねぇ。
ピンと来ないのよぉ」
というぼんやりした感じを私は持ち続けてきた。
それは、専ら公教育のせいで、私が"バナナ"(=外が黄
色で、中は白)だから?、と思ったりもしたが、そんな
に白人の仲間に入れてもらいたいわけでもない。
これもしっくり来なかった。
それが、
田口ランディさんの「太平洋シンクロニシティ……連鎖
する偶然 」を読んでピンと来た。
これだ!、と思った。
かねてより私は、
独特の精神世界を持つ日本に生まれたことは、非常に
ラッキーだったなぁと感じていた。
最近、「日本語練習帳」(大野晋著、岩波新書)という
文章読本を読んで、ますますその思いが強くなった。
こんなにも事務的なタイトルの奥に、著者の日本語に対
する熱い"愛"(本当に熱く感じるよ)が充満していると
は夢にも思わなかった。
温泉にゆっくりつかった後で汗は引いたけど、ぽかぽか
して、ゆったりしているような読後感が、4、5日間続
いた。
そんな気分になっているところにこの記事だもの、
感動したさ。
以下は、「MSNニュース&ジャーナル」に掲載された概要
★太平洋シンクロニシティ・・・連鎖する偶然
http://news.jp.msn.com/wr4.asp?id=990302randy
ポリネシア人がカヌーで太平洋を航海していたころ、ま
だヨーロッパ人は地球が平らだと信じていた。だから
ヨーロッパ人は、南洋の人々が高度な天文航法を習得し
ているはずがないと考えた。ところが、古代双胴カヌー
「ホクレア号」は、ハワイからタヒチに星だけを使って
航海した。これは画期的なことだった。ハワイの人々は
大昔から、すぐれた文化と自然に対する知識を持ってい
たのだった・・・ (3月2日)
(お家でオフラインで読んでいる方のために、
上記URLに掲載された全文を引用して、
末尾3に掲載しました。)
私は、田口さんがどんな人か知らなかったが、大好きな
「MSNニュース&ジャーナル」で記事アップの告知を見て
も、名前が好きくなかったので読んだことがなかった。
ところが、
「MSNニュース&ジャーナル」の筆者・田中宇さんの出版
記念講演会で田中さんの仕事仲間兼親友のランディさん
も挨拶をなさった。それで全然、思いこみと違うことを
発見した。
講演会に行ってなかったら、読んでなかったに違いな
い。行っといて良かったよォ。
(それに講演会自体もたいそう感動的なものだったんで
すよ。って、感動を連発している私が言っても、説得力
がないか)
ランディさんのところには、自分の100倍ぐらいのファ
ンメールが来ると田中さんが言っていたが、今は納得
だ。
ちなみに、
以下の記事もわたし的には全部が全部面白ろかった。
★閉じた世界と開いた世界---主体なき犯罪者たち
http://news.jp.msn.com/wr4.asp?id=990316randy
★臓器移植について考えたこと
http://news.jp.msn.com/wr4.asp?id=990309randy
2.細胞は知的だ φ(.. )
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出不精で国内も海外もほとんど行ったことがない私が、
ぜひぜひ行きたいと思っているのが、「屋久島」と「山
内丸山遺跡」だ。
やっぱり、細胞の中の記憶はあるんだね。
また、頭には分からなくても、
敏感な体はお見通しということがたくさんあるのだ。
そういうふうになってる、と私は決めた。取りあえず。
ときどき
私は怪しいモードに入ると思っていらっしゃる方もい
るのかもしれないけど、これでも「何となく」感じるこ
とを、まだまだ無視してきすぎた。
本末転倒だったのだ。
頭で考えたことを体で検証するのではなくて、
体で感じ取ったレアデータを、頭を使って人と共有して
いこうとするのが正しい順番だと思えてきた。
(だから、
「論理的に考えよう」
という標語と反対のスローガンを何か発明せねば。)
本当は間違っていることを、相手にそうだと思わせる時
が論理や言葉の技術の輝くときだ。本当のことを言って
いれば、言葉はどうでもいいのだ。
(というと負け惜しみも入って言い過ぎて滑稽だけど、
本当のことじゃないことをうまい言葉でいうことに
時間を費やす価値はない、と言いたいのだ。)
分けも分からず烈しく燃えている私であった。
これから、
失業をプレゼントしてくれた環境に感謝しつつ、
「混沌をして語らしめる」の名文句で13年前に私を魅了
したKJ法の本を読むところだ。
その名も「KJ法 混沌をして語らしめる」(川喜多二
郎著、中央公論社、1986年)、約600頁の大作だ。
ちらりと覗いて熱くなった。
学者である著者の憂国の志、人類全体に対する憐れみと
思いやりが充満している。汗を掻かない私の体が、汗ば
んじゃっているくらいだから。
=☆= なんか完璧に私信みたいな内容になってしまい
ました。ごめんなさい。でも、もしよかったら、皆さん
も、それぞれの職場で各自、燃え上がってください。
3.「太平洋シンクロニシティ
・・・連鎖する偶然」(全文)
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太平洋シンクロニシティ・・・連鎖する偶然
田口ランディ 1999年3月2日
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1998年10月、私は青森旅行に出かけた。旅行の目的
は、青森と秋田の県境にある白神山地のブナの森を観察
することだった。屋久島をフィールドワークしていた私
は、屋久島以外の日本の森にもだんだんと興味がわいて
きて、いろんな森を歩いてみたいと思うようになったの
だ。
そのついでにと、かねてから行ってみたいと思ってい
た三内丸山遺跡にも、足を伸ばした。
初めて訪れた三内丸山遺跡は、私の「縄文遺跡」のイ
メージをまったく覆す迫力と素晴らしさだった。東京に
帰って来てから出会った友人たちに、
「ねえねえ、三内丸山遺跡って知っている?」
と質問すると、大方の人が「知っている」と答える。
「じゃあさあ、どんな遺跡だと思う?」
とさらに質問すると、そのイメージは中学の社会の教
科書に出てきた「たて穴式住居」と「貝塚」というもの
だった。つまり、私が飛び抜けて無知なのではなくて、
たぶんまだ世の中の多くの人の「縄文人」に対するイ
メージは「狩猟採集をしていた原始人」なのだと思う。
そのイメージが、見事に覆された。三内丸山遺跡はエ
キサイティングな場所だった。
さて、1998年11月、今度は私はタヒチを訪れた。なん
でタヒチなんかに行ったかというと、格安のツアーが
あったからだ。登山家の友人、続素美代さんに誘われ
た。エベレストから帰って来たばかりの彼女が「タヒチ
でのんびりしたいわ」と言うのである。彼女曰く「タヒ
チには山もあるのよ」。
すると、友人の屋久島のガイドである小原氏が「タヒ
チは地形的にすこし屋久島に似ていて、山もあるし、登
れるらしいです」と言うのである。ふーん、そうか南太
平洋に屋久島に似た島があるのなら、それは行ってみ
て、山でも登ってみるか、と思った。普通、タヒチに山
登りに行く奴はいないが、私は人と違ったことをするの
が好きなのだ。
行ってみたタヒチには、確かに高い山があった。しか
しその山には森などなく、山登りには最低3日は必要と
いうことだし「他人の敷地に侵入することになるからガ
イドなしでは困難」と言われ、結局山には登らずじまい
だった。
そして、1999年11月、私はあるハワイ人と知りあう。
彼の名前はタイガー・エスペリ。
エスペリは現在、鎌倉に住んでいる。彼はハワイでも
有名な伝説のサーファーの一人で、サーフィンをする人
なら、名前くらいは知っているかもしれない。が、彼が
今、日本にいるのはサーフィンをするためではない。彼
の目的はハワイに古代から伝わる双胴カヌーを、昔なが
らの作り方で作ることだ。この日本で。
さて、昨年末から今年初めにかけてのこの一連の出来
事、縄文遺跡、タヒチ、ハワイ人。何の脈絡も関係もな
いようなこの出来事が、実はエスペリに出会ったことに
よって、すべて繋がってしまった。まったく人生という
のは奇妙なものだ。なぜこうも見事に繋がるのか、自分
でもびっくりする。
これからお話するのは、この不思議な「太平洋シンク
ロニシティ」についてである。
●数千年前の記憶がハワイ人の魂を復活させた
1976年、ハワイの民族独立運動のエポックメーキング
と呼べる出来事があった。
ナイノア・トンプソンをキャプテンとするハワイ原住
民が、自分たちの力で、祖先から伝わる双胴カヌーを建
造し、星と風の力を頼りにタヒチまで航海したのだ。そ
して私が知りあったタイガー・エスペリは、この時、ナ
イノア・トンプソンといっしょに太平洋を渡ったクルー
だったのだ。(映画「ガイアシンフォニー3」に詳しく
描かれている)
ハワイには1千年以上前からポリネシア系ハワイ人が
住み、王国を作っていた。18世紀にイギリス人がハワイ
を「発見」してからは、国際社会に組み込まれ、19世紀
にはハワイ王国は立憲君主国として、世界各国と外交関
係を結んでいた。しかし、白人の流入とともに、ハワイ
ではアメリカ人やイギリス人などがサトウキビ農園を経
営するようになる。
1893年、白人の17人の有力者が、ハワイ王国政府がサ
トウキビの輸出にかけていた関税を撤廃するように求
め、拒否されるとアメリカ海軍の支援を受けてハワイ王
国政府を武力で攻撃し、王国を滅亡させ、代わりに白人
たちが統治する「ハワイ共和国」を作ったのだ。
王国が滅亡した5年後、ハワイ共和国はアメリカ合衆
国に併合され、米国の植民地となった。そして、太平洋
戦争の処理が終わった1959年には、住民投票の結果、米
国の植民地から州へと変わった。ハワイがアメリカの州
になった歴史はまだ40年、だがこの間にハワイ人は民族
としての誇りを急速に失っていったのだ。
自分達は白人よりも劣った人種である、そう思い込ん
で、なんとか白人のような暮しをしようとした。生活が
合理化し都市化する中で、どんどん自分たちの文化を見
失っていった。だが、そんな中でカヌーを作ろうという
声が生まれ、1976年に古代双胴カヌー「ホクレア号」が
完成した。
自分たちの祖先、ポリネシアの島に住む人びとは、お
よそ数千年も前にこのようなカヌーに乗って5千キロを
旅してやってきたはずだ。だから自分たちも、古代から
伝わる天文航法で星を頼りにタヒチまで行けるはずだ。
彼らはそう信じた。
タイガー・エスペリはこう語った。
「本当はカヌーを作って、タヒチに行くことで、いっ
たい何が変わるのか、自分達にもわかりませんでした。
そんなことが本当に意味があるのか……。でも、やって
みて、そして成功した時、すべてが変わりました」
当時、ヨーロッパ人は「ポリネシア人は漂流して偶然
にハワイに漂着したのだ」と信じていた。なぜなら、ポ
リネシア人がカヌーで太平洋を航海していた頃、まだ
ヨーロッパ人は地球が平らだと信じていたのだ。だから
彼らは、野蛮な南洋の原住民が、そんな高度な天文航法
を習得しているはずがないと考えていた。
ところが、ハワイからタヒチに、星だけを使って航海
したことによって、双胴カヌーでも風上に向かって規定
ルートを進むことが可能だということが立証された。こ
れは画期的なことだった。
「出発する前は、みんなが『そんなことは不可能だ』
と言っていました。でも私たちは先祖の教えに従って、
ただ星に従って航海し、目的地に着いたのです。私たち
島人は、そのようなすぐれた文化と、自然に対する知識
を大昔からもっていた、それを世界に示すことができた
のです。それは同時に、ハワイ人が自分たちの文化を思
い出すきっかけになりました」
●日本は極北に位置する島人の国
さて、タイガー・エスペリがなぜ日本にやって来た
か。実は今「太平洋のすべての島と島に住む人々」を結
ぶ《YEAR2000》というプロジェクトが進行している。
「一昨年、私は太平洋をカヌーで旅して、サモアに行
きました。そしてサモアのカヌーの仲間と話していて
『2000年の日の出をニュージーランドで見よう』という
ことになったのです。それが口伝えで太平洋の島人たち
に伝わり、それは《YEAR2000》というひとつのプロジェ
クトへと膨らんでいきました」
そしてタイガー・エスペリは日本からもぜひこのプロ
ジェクトに参加して欲しいと思った。なぜなら、日本は
ポリネシア文化圏の極北に位置する島であり、島人の文
化と心を受け継いでいる民族だからだ、と彼は語るの
だ。
もし、私が、前年に三内丸山遺跡に行っていなかった
ら、私はエスペリの言葉をうまく理解できなかったかも
しれない。そして、タヒチに行っていなかったら……。
三代丸山遺跡において、私が知ったことは、縄文人の
優れた文化と生活様式だった。縄文人は狩猟採集の野蛮
人ではなく、衣服を編み、縫い、ポシェットを作り、髪
飾り、入れ墨でお洒落をし、高い精神性をもって集団生
活をしていた。しかも、遺跡から鯛の骨が発見されてい
ることから、船を操作し、近海で漁をしていた海洋民族
であることが推測される。
また、北海道や、新潟でしか産出されない宝石類が発
見されたことから、交易が盛んだったことが明らかに
なった。それらの宝石は海路を旅して船で運ばれた。す
でに縄文人は潮流を知り、星を見て航海する術を身に付
けていたのだ。ヨットを趣味とする私は、この事実にド
キドキした。
「太古のロマンだなあ、縄文時代ってスペクタクルな
時代だったのかもねえ」
後に千葉の縄文遺跡から、カヌーの遺跡が発見された
ことを知り、ますます海洋民族縄文人のイメージが膨ら
んだ。
さらに、タヒチに行ったときに友人から「南太平洋の
バヌアツ諸島で縄文土器とそっくりの土器が発見されて
いる」という話を聞いた。調べてみると、バヌアツだけ
でなく、南米のエクアドルでも縄文土器と酷似した土器
が発見されているという。しかも、バヌアツで発見され
た土器に含まれる成分は、バヌアツには存在しない成
分、それは日本に土に含まれる成分なのだ。
でも、まさかバヌアツまで縄文人がやって来ることは
ないだろうなあ、と思っていた。これは何かの偶然に違
いないと。
が、エスペリの話を聞いて、私は三代丸山遺跡→タヒ
チ→ハワイと出会った一連の出来事が「縄文」という
キーワードでシンクロしているのを感じずにはいられな
かった。だって、あまりにも関連する。まるで何かに導
かれているようだ。
●なぜ縄文人は大航海に出かけたのか
そこで、ハタと考えた。
平和に暮らしていた縄文人が、なんでわざわざポリネ
シアを目ざさなければならなかったのだろうか。推測す
るに、縄文人は今から6500〜6300年くらい前に、太平洋
横断の大航海に出発したことになる。
約6500〜6300年前って何があったっけ……と考えて、
ふと思い至った。
屋久島に行ったときに、屋久島の顔でもあるあの《縄
文杉》の「縄文杉樹齢7000年説の謎」に取り組んだ。い
ろんな人から意見を聞いたが、その時にこんな話を聞い
た。
「6400年前に鹿児島沖で喜界カルデラの大爆発が起
こった。そりゃあもうすごい爆発でね、火山硫が海上を
駆け抜けて屋久島まで到達し、灼熱のマグマが島をがっ
ぷり飲みこんじまった。だから屋久島の森は一部を除い
てほとんど焼け野原状態になっちまったはずなんだ。森
が再生したのはその後だとすれば、樹齢7000年の杉が
残っているのは変だ、ということになる」
6400年前の喜界カルデラの大噴火……か。
喜界カルデラの灰は関東にも降り注いだ記録がある。
もしかしたら、九州や関西地方に住んでいた縄文人は、
大爆発に脅威を感じて、縄文人は日本を逃れたのかもし
れないなあ、と空想した。
突然、空が真っ黒になって火山灰がドカドカ降って来
たら、縄文人は「この世の終わりだ〜!」と思ったのか
もしれない。そして勇敢な冒険心おう盛の人々が海を越
えてポリネシアを目指した。
うん、十分に考えられる。縄文人は知っていたのだ。
南下すると、そこには暖かな楽園があると。
また、三内丸山遺跡に住んでいた縄文人は400年近く
定住した後、なぜかその場所から消えてしまう。都市消
滅である。現在では氷河期に入ったことで気温が下が
り、主食料としていた栗が栽培できなくなってしまった
からではないか、と言われている。
だとしたら、三内丸山遺跡に住んでいた縄文人達も、
暖かな南の島を求めて太平洋に旅立っていったことが想
像できる。小さな島づたいいにバヌアツ諸島まで南下し
て、そして海流に乗って南米のエクアドルまでたどりつ
いたのだ。
後にエクアドルには日本人と同じ祖先をもつのではな
いかと言われる民族がいることを知った。彼らの映像を
見たけれどなんだかとても懐かしい感じがした。
「日本にも、ポリネシアからカヌーで多くの人々が
渡って来ているのです」とエスペリは語る。
「伊豆にはカヌー神社というのがあります」
「カヌー神社?まさか!」
どうやらそれは狩野神社のことで、ここにはれっきと
したポリネシアの古代航法が祭られているという。まだ
行ったことはないのだが、私の住む町は湯河原、伊豆に
は近い。近々訪れてみるつもりだ。
なにしろ私の田舎は伊豆の下田だ。そして、私の父も
祖父も、実は漁師、海洋民族なのである。私の趣味は
ヨットとカヌーとダイビングだ。もしかしたら私の身体
のなかにはポリネシアの島人たちの血が濃く流れている
のかもしれない。そして、それがこのような偶然を次々
と引き寄せているのかもしれない、そんなことを思っ
た。
さて、最後に。
先週、あの「リング」「らせん」「ループ」の原作者
でベストセラー作家の鈴木光司氏にインタビューする機
会があった。その時に、鈴木氏が最近ヨットを始めたと
いうので、取材とは関係ないヨットの話に脱線してし
まった。鈴木氏は「太平洋をヨットで旅したい」と語
る。彼はなぜか南太平洋に猛烈に引かれるのだそうだ。
先週もフィジーに行って来たばかりだと語る。
私は内心、またポリネシアが出てきたよ〜と思い、縄
文遺跡のこと、縄文土器のこと、ポリネシアと日本の関
係などについて鈴木氏に話すと、大変興味をもたれたよ
うであった。
そういえば、鈴木氏の最初の受賞作は「楽園」という
小説で、これも南太平洋が舞台ではないか。そして、イ
ンタビューの最後に私はおずおずと言った。
「実はね、三内丸山遺跡に《これが縄文人だ》ってい
う合成写真が飾ってあったんですが、それがですね……
くっくっく」
すると鈴木氏は間髪置かずに叫んだ。
「僕に似ているんでしょう!」
「そーなんです、わははははは」
この太平洋シンクロニシティがいつまで続くのか、そ
して私に何をさせようとしているのか、どこに導くの
か、私にはまださっぱりわからない。でも、とにかくす
べてのことが繋がっていく。それがおもしろくて楽しん
でいる。
私はエスペリから古代天文航法を学ぼうと思ってい
る。
ナイノア・トンプソンが語った「見えない島を見る
力」。太平洋の島人たちが受け継いできた数千年前の記
憶を継ぐことができたなら、どんなにすばらしいだろう
か。それを21世紀に伝えることができたら、どんなにす
ばらしいだろうか。
こうして書いたことで、また、新たな偶然の連鎖が生
まれるかもしれない。
いったい次は、何が起こるのか楽しみだ。
田口ランディ
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日本ハワイアンカヌー協会からのお知らせ
JAPAN HAWAI`IAN CANOE ASSOCIATION
「西暦2000年への航海プロジェクト」
タイガー・エスペリと共にカヌーを作り、天文航法を
学び、そして航海をするクルーならびにボランティアを
募集しています。多くの方たち、特に子供たちにカヌー
作りの作業を見学してもらい、手伝ってもらいながら
「アイランド・ピープル」の文化を知ってもらうことを
目的とした非営利プロジェクトです。ご協力、ご支援を
お願いいたします。
●問い合わせ先
日本ハワイアンカヌー協会
JAPAN HAWAI`IAN CANOE ASSOCIATION
〒160-0011東京都新宿区若葉1-10成毛ビル
株式会社マーケティングインターナショナル内
今田健一朗
TEL 03-3357-7707
FAX 03-3357-7751
●カヌー作りのための支援金振り込み先
JAPAN HAWAI`IAN CANOE ASSOCIATION
CLEMENT ESPERE
横浜銀行鎌倉支店
(普)1289400
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●関連書籍
「癒しの森ひかりのあめふるしま屋久島」
ダイヤモンド社
著田口ランディ
●関連サイト
地球交響曲(ガイアシンフォニー)第三番
現代の神話を創造する映画『地球交響曲第三番』
監督滝村仁インタビュー
星の航海士ナイノア・トンプソンの肖像
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田口ランディからのお知らせ
コラム「1万円の高級石鹸は本当に肌にいいのか」に
対して「透明な石鹸を教えてください」という問い合わ
せを多数いただきました。
事情を話したところ「いばりんぼの化粧品屋のオヤ
ジ」福村恒さんが、石鹸サンプルを無料配布してくれる
そうです。興味のある方は以下をご覧ください。
http://www.rakuten.co.jp/hokuhokusei/
●《田口ランディの最新エッセイが発売になります!》
MSNニュース&ジャーナルにも掲載された「少女た
ちは発情している」「テレクラ初体験」「インターネッ
ト道を極める」を収録。男と女の秘密の生活を探る大胆
不敵な快作です。
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1999.2.26全国書店にて発売
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「スカートの中の秘密の生活」洋泉社 1400円
著 田口ランディ
クロネコヤマトのブックサービスでも取り扱っており
ます
http://www.bookservice.co.jp/
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●《田口ランディ責任編集のメルマガ発刊》
メールマガジン「えふりぺ」2月25日号は田口ラン
ディの責任編集です。
絶対に面白い!
http://www.mahoroba.ne.jp/~fukami/efp/
●《感想メールのお返事はこちら》
http://www.pc.mycom.co.jp/pcwork/randy/
「読者のみなさまへ」のコーナーにご質問のお返事を
アップしています。
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