ドッガー・バンク海戦に見る機関部の実相



沈みゆくドイツ装甲巡洋艦ブリュッヒャーSMS Bluecher. (Auther's Collection)


はじめに


第1次大戦中の1915年1月24日早朝から正午過ぎにかけ、北海中央のドッガー・バンク付近において、英国とドイツの巡洋戦艦同士が初めて交戦しました。これがドッガー・バンク海戦で、ひたすら敵を自軍根拠地寄りに誘致しようとするドイツ偵察部隊(巡洋戦艦3隻、装甲巡洋艦1隻基幹、指揮官ヒッパー少将)と、これを急追する英国の巡洋戦艦部隊(巡洋戦艦5隻基幹、指揮官ビーティ中将)との間で数時間に及ぶ追撃戦を展開し、遠距離砲戦の結果、落後したドイツ装甲巡洋艦1隻が撃沈され、また英国巡洋戦艦1隻が機関部を損傷して戦列を離脱しました。
このように、ドッガー・バンク海戦は、巡洋戦艦が敵の同種艦に対抗し得るかという命題とともに、その特長の一つとされる大速力が実地に試された海戦でした。
ここでは、参戦した英独艦艇の機関部から見たドッガー・バンク海戦(以下、ド海戦)の実相に迫り、戦訓を抽出してみたいと思います。


合戦概念図 (「大戦中に於ける独逸主力部隊の行動」より)


1. 背景

まず、ド海戦で実際に戦闘に加わった両軍艦艇は、
英国:
 巡洋戦艦: 5隻
 軽巡洋艦: 7隻
 駆逐艦: 35隻
ドイツ:
 巡洋戦艦: 3隻
 装甲巡洋艦: 1隻
 軽巡洋艦: 4隻
 駆逐艦: 18隻

これらの機関形式は、
英国:
 主機形式: 全艦 直結タービン機関(M級の一部を除く)
 主缶形式: 全艦 水管缶
 燃料:
  巡洋戦艦: 炭油混焼
  軽巡洋艦: 炭油混焼(チャタム級、バーミンガム級)または重油専焼(アレスーサ級)
  駆逐艦: 重油専焼
ドイツ:
 主機形式: 装甲巡洋艦が3段膨張レシプロ機関、他は直結タービン機関
 主缶形式: 全艦 水管缶
 燃料:
  巡洋戦艦: 石炭専焼または石炭専焼・重油専焼併設(デアフリンガー)
  装甲巡洋艦: 石炭専焼
  軽巡洋艦: 石炭専焼(コルベルク級)、炭油混焼(マグデブルク級)、もしくは石炭専焼・重油専焼併設(カールスルーエ級以降)
  駆逐艦: 石炭専焼・重油専焼併設(S13級以前)または重油専焼(V25級以降)
となっていました。

このように、主機はすべて蒸気推進(レシプロまたはタービン)です。
蒸気推進は、熱効率thermal efficiencyが低い欠点の反面、美点も有り、過負荷の連続運転に対しては本質的に耐久力の高いものです。
電気モーターは、過負荷になると、電流増大が巻線(界磁、電気子)の抵抗発熱増大をもたらし、巻線温度上昇からついには絶縁破壊を起こします。
内燃機関は、過負荷になると、単位時間に燃える燃料の増量により、シリンダ内の温度が上がり、オーバーヒートを起こします。
しかし、蒸気推進は、作動流体の蒸気の温度は、いくらボイラの燃焼率を上げたところで、飽和蒸気であれば圧力に対して固有の温度以上には上がりません。過熱蒸気であれば、燃焼率の増大に伴って幾分温度上昇しますが、それでも急には上がりません。あとは回転数の増大により、レシプロ主機ならばクロスヘッド、クランクピン、クランク軸受などの摺動部、タービン主機ならば軸受の摩擦発熱が比例的に大きくなるくらいなものです。
むしろ、ボイラに石炭をくべる火夫の体力に出力が依存すると言ってよいでしょう。当時は機械力で投炭する装置は無く、焚火は熱気と煤塵のもとでの単調な長時間労働でした。缶室全体に圧をかける押込式強制通風では、疲労はより激しくなりますから、二直制など交替勤務形態を採ったりするわけです。

また、石炭の質も大いに関係します。艦艇や機関車に最適なのは、周知のようにウェールズ炭です。これは無煙炭に近い瀝青炭で、金属性の光沢を有する硬くて大きな塊をなし、発熱量は約8,000kcal/kgと高く、灰分も数%と少ないものです。カーディフ港から積み出されることが多いので、カーディフ炭とも呼ばれています。第1次大戦までは重要な戦略物資で、今ならココム該当品でしょう。英国海軍ではこれをふんだんに使っており、西岸本線(West Coast Main Line)経由でスコットランド沖の泊地スカパ・フローへウェールズ炭を運ぶ臨時列車が毎日のように有って、「ジェリコー・スペシャル」と仇名されていたほどです。これに比べるとドイツ国内産の石炭は褐炭が多く、軟かいので塊は小さく、粉炭も相当混じっていて、発熱量は7,000kcal/kgを割っており、灰分も数十%と多いものでした。同じ量の蒸気を上げるには2割ないしそれ以上くべなくてはならず、これに従って灰分の蓄積は多くなるという悪循環におちいり、火の粉の飛散も多く、夜間の被発見率も高くなります。

舶用缶の火格子は固定式で、ロッキング・グレート(揺火格子)ではないので、火格子上に固まった灰を掻き出す火床整理(缶換え)は、焚口からレーキ(鉄の棒)を突っ込んで行います。その間は火力が落ちるので、戦闘中に実施するわけにはゆきません。このように長時間連続で高負荷運転すると火床が荒れ、蒸発能力が低下し、乗員も疲労しますが、その割合は石炭の質が劣るに従って加速度的となりますので、英国に比べるとドイツはかなり条件が悪かったと言えるでしょう。

重油焚きの艦にしても、ドイツの重油は実質的にタール油(石炭液化?)に近く、給油系統が詰まり易いようでした。

石炭焚きにしろ、重油焚きにしろ、火室やそれに連なる燃焼室の炉内温度が低かったり、酸素の供給量を超えてボイラに燃料を投入したりすると、燃料中の炭素が酸素と十分化合せず、固体炭素のまま煙突から吐き出されます。これすなわち黒煙で、汽醸中や増速中、または無理焚きすると黒煙濛々となるのはこのためです。


2. 参戦各艦の機関

 2-1. 主力艦

 2-2. 軽巡洋艦

 2-3. 駆逐艦

 2-4. 公試成績の検証

3. 機関部から見た戦況

 3-1. 主力部隊

 3-2. 軽快部隊

 3-3. 機関部被害状況

4. 戦訓

5. 付記


<Q&A>
Q1.「無煙炭」は、どこまで無煙だったのでしょうか。(新見 志郎氏)
A1.無煙炭のように炭化が進んだ石炭は、固形炭素の割合が90%以上で、揮発分が数%と少ないので、炎が短くなります。つまり、もともと黒煙(未燃の固体炭素)を発生しにくい性質を有しますので、炉内温度が高く、空気の供給が十分であれば、黒煙を出さずに強い火力を発揮します。ただし、火付きが悪いため、火床を均等に薄くするなど、燃やし方に工夫が要ります。
ウェールズ炭は揮発分が10%前後有るので普通の焚き方ができ、燃料炭としては、まず理想的なものと言えるでしょう。これに次ぐものとして米国アパラチア炭田産出のポカホンタス炭が有り、これらを無煙炭と俗称することも有ったようです。

Q2.無理焚きしない場合、ドイツ炭でも煙の出ない焚きかたは可能だったのでしょうか。(新見 志郎氏)
A2.仰せのとおりで、逆に無煙炭でも無理焚きすれば多少の黒煙は出るでしょう。黒煙発生のメカニズムについては、4. 戦訓の項で詳述します。
あと、石炭中の「灰分」とは、発熱に寄与しない岩石質のことで、黒煙の出方に直接影響するものではありませんが、通風の妨げにはなるし、溶融点が低いと火格子上で固まってしまうしで、困り者です。ドイツの褐炭は、灰が固まることは少なかったようですが、灰分が多いことには違いなく、ドイツの蒸気機関車も灰箱が大きくなっていました。日本の常磐炭もおおむね褐炭で、中には灰分40%以上のも有ったようです。こうなると半分石ころですね。


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