香取海軍航空基地


2002年8月19日、旧海軍香取航空基地(干潟飛行場)に行きました。 千葉県旭市の旭鎌数工業団地のあるところに、旧海軍香取航空基地がありました。
香取海軍航空隊は昭和19年、整備教育練習部隊として開隊しました。その後、実戦部隊の編成・練成基地、本土防衛作戦基地となりました。 昭和19年、サイパン、テニアン、グアム島方面へ戦闘機、陸攻等が出撃しました。
昭和20年2月、硫黄島に米軍が上陸すると第2御楯隊が結成され、硫黄島沖米艦艇に突入しました。
ここで編成を終了した飛行隊は、次々と南九州へ移動し菊水作戦に出撃しました。
香取にあった601空は空母飛行隊として訓練を受けた旧海軍最後の精鋭部隊です。
昭和17年4月18日、米軍ドーリットル隊による日本本土初空襲で、香取航空基地は爆撃されました。銚子沖の空母ホーネットからB−25,16機が発艦、日本各地を空襲して中国へ飛び去りました。そのうちの1機が香取基地に飛来し爆弾を灯下し小屋が爆発炎上しました。 第2御楯隊は、関東の基地から直接出撃する最初の特攻隊でした。昭和20年2月21日零戦・彗星・天山32機、搭乗員60名で香取基地を出撃し、硫黄島沖で空母サラトガ大破、ビスマルクシー撃沈の戦果を挙げました。
職場の同僚が「旭市に戦争中飛行場があって、滑走路や格納庫が今でも残っている。昔のプロペラの飛行機も置いてある。子供のころ、ここで遊んだ」という話をしていたので、以前から行ってみようかなと思っていました。
台風の影響でどんよりと曇った天気でしたが、小雨が時折ぱらついた程度で大雨にならず良かったです。
行方縦貫道を通り潮来ICから佐原香取ICまで東関道を走り、小見川から県道小見川旭線を通って行きました。

国道246号線を八日市場に向かって走っていると道路の左側に鎌数伊勢神宮の鳥居がありました。
まず最初に鎌数伊勢神宮を参拝しました。鎌数伊勢神宮は干潟八万石の守護神です。このあたりは、昔は大きな湖で干拓により広大な農地となりました。境内には、香取航空基地建設の際掘り出された塩の化石や落花生の碑、夫婦杉などがあります。干潟干拓に心血を注いだ先人の業績、地元の発展に生涯をささげた偉人の生涯をしのぶことができます。

その後、旭鎌数工業団地に行きました。そして東総工業高校を見つけました。この高校の近くに飛行場があったという話を聞いていたので、周辺を走り回って探してみることにしました。すると工業団地の中にフェンスと樹木で囲まれたところがありました。どうやらこの中に滑走路があるようです。現在では自動車部品会社のテストコースになっていて、テスト走行車の急ブレーキの音が聞こえました。
戦後、滑走路上に海水をまいて製塩が行われていたそうですが、外国塩の輸入により塩が売れなくなり会社は潰れたそうです。

鎌数伊勢神宮の裏側には掩体壕がひとつありました。農家の倉庫になってるようです。
川の脇の道路を走っていると、田んぼの中に掩体壕が2つありました。掩体壕の近くの田んぼ道にはシラサギが群れをなしていました。工業団地の方へ戻ると、道路の左側にテストコースのまわりの樹木があるところで、道路の右側の水田の中に掩体壕が2つありました。
あと2基掩体壕を見つけたと思ったら、川の脇にある掩体壕を正面から見たのでした。
右側の掩体壕は扉がしてあり、右側は筒抜けでした。ここも農家の倉庫として使われているようです。このへんは八日市場市になるようです。


鎌数神社裏の掩体壕

川の脇にある掩体壕

R/W北西端から水田の中に
掩体壕が見えます

その隣にある掩体壕

東総工業高校グランド近く、北の滑走路跡の端の部分に香取航空基地祈念公園があります。入り口から入って左側に慰霊碑があります。慰霊碑は特攻隊員、その他の戦死者、空襲で命を落とされた市民の霊を祀っています。


公園の一番奥に海自で使われていたSNJ練習機が展示されています。米軍からの供与機らしく、海自から借用して展示されているそうです。シリアルナンバーは消されていますが、説明書きには169と書かれていました。
エンジン後ろからキャノピー間の上部外板が外れていて、キャノピーのガラスも数枚ありませんが機体は屋根があるからか塗装がきれいです。

他に高射砲陣地、高角機関銃陣地が残っているそうですが、どこにあるのか分からないので帰ることにしました。
ところで、旭市から香取神宮まではだいぶ離れているのに、「何で香取航空基地という名前なんだろう?」と思っていましたが、香取神宮の祭神「経津主神」は軍神で縁起がいいということで、香取の名前がつけられたとのことです。
帰りも同じ道を通って帰りました。
香取神宮に寄りました。鹿島神宮は駐車場が有料なのに、ここは無料なのがいいです。
でも、本殿まで行くには坂道の参道を上がらねばなりません。
本殿近くの境内に海自練習艦「かとり」の錨がありました。平成10年に除籍になったのを記念して奉納されたそうです。
宝物館内には海自練習艦「かとり」遠洋航海訓練記念で奉納されたものや軍艦香取の艦首御紋章、3代香取8(戦艦、巡洋艦、練習艦)、海軍旗、千葉県警のヘリが上空から撮った写真などが展示されていました。 宝物館内の展示物を見たので帰りました。
香取神宮の駐車場前の道路に、佐原市の伊能忠敬記念館まで2Kmという標識がありましたが行くのやめました。また今度の機会に行こうと思います。


香取神宮の赤い大鳥居

練習艦かとりの錨

香取神宮本殿

軍艦香取御紋章

練習艦かとり遠洋航海記念奉納

式年大祭神幸祭御座船ばき首

帰りは潮来から北浦湖岸の道路を通って帰りました。潮来町の北浦湖岸にも水上飛行機の基地があったそうなので堤防を通って帰りました。しかし田んぼだけで何もありませんんでした。
北浦湖岸に大きな建物があって、ボートがいっぱい並べてあり、そこのところだけ立ち入り禁止になっていて北浦湖岸は通れませんでした。そこから湖岸の県道に出る道路沿いには古い建物の団地や国有地で立ち入り禁止の土地がありました。このあたりに昔水上飛行機の基地があったのかも知れません。よく分かりませんが・・・


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