

2002.9.16、大洗にある「幕末と明治の博物館」に行ってきました。
国道51号線から、大洗の海岸沿いの道路を走ってたらモーターパラグライダーが飛んでるのが見えました。砂浜に行ったら降りてしまいました。天気が悪くなって来たので、飛ぶのをやめたようです。小雨がぱらついてきました。
海ではたくさんのサーファーが天気が悪いのにもかかわらず、サーフィンをやってました。さすがに、この天気では海水浴客は全然いませんでした。海の家も閉ってました。もう9月もなかばだし、急に寒くなったから海水浴は終わりなのかな?
大洗港にはフェリーが2隻接岸していました。

海岸には、たくさんのウミネコがいました。上空もたくさん飛んでました。シラサギも2羽飛んでました。シラサギが海の上を飛ぶなんて珍しいです。
モーターパラグライダーが降りてしまったので、行くことにしました。
右側に大洗磯前神社の大鳥居がある交差点をまっすぐ行き坂道を上がると、右側に「幕末と明治の博物館」があります。周囲は松林に囲まれていてキャンプ場になっています。小雨だったけど、たくさんの人がキャンプをしてました。
幕末と明治の博物館は、第3と第4展示室が展示物の入れ替えのため見ることができませんでした。そのため通常700円のところ500円で入れました。
館内には幕末動乱の契機となる瞬間を活写した「桜田門外襲撃図」や最後の将軍・徳川慶喜の書をはじめ、幕末から明治の志士・元勲たちの書画・遺品が数多く展示されています。また、茨城や大洗ゆかりの日本画・工芸品も収蔵しています。
まず最初に映像ホールで「幕末と明治の青春群像」を見ました。黒船来航から日本が開国し明治になり大日本帝国憲法を公布するまでの歴史と水戸藩がどのようにかかわってきたかというのを映像でした。
映像ホールを出ると、エントランスホールがあり正面に明治大聖像殿があります。
エントランスホールは、高い天井と列柱に囲まれた明るい空間です。
黒船来航後、水戸藩が建造した帆船「朝日丸」の復元模型が展示されています。
エントランスホールの右側に総合展示室があり、「桜田門外襲撃図」やジオラマ、パソコンを使ったデータベースなどがあります。幕末から明治への歴史の潮流、人物像が分かりやすく展示されてます。
総合展示室を見終わるとエントランスホールに戻り、正面突き当たりの明治大聖像殿に入ります。
ここには中央に明治天皇の銅像が立っています。撮影は御遠慮下さいとのことなので外から建物だけ撮りました。
明治天皇の後ろの壁面には巨大な神武天皇の絵が飾られています。木村武山作だそうです。
明治大聖像殿から左へ進み通路を歩いて行くと第1展示室があります。明治天皇が御即位式で使用された御束帯や軍服、御軍刀など明治・大正・昭和天皇や皇族ゆかりの御品が展示されています。
第2展示室は幕末・明治の志士・元勲の書や日本画が展示されています。
閉っていて見ることはできませんでしたが、第3展示室は茨城出身の画家横山大観や小川芋銭の絵画などの美術工芸品が展示されています。
第4展示室は、近代の教育資料や、昔の大洗を物語る品々が展示されています。
見終わったので、外に出る前に受付の横にいろいろ入館記念品が売ってたので、明治天皇の絵を買いました。B4サイズくらいの大きさで端数は忘れましたが525円でした。雨に濡れるのでビニールの袋に入れてくれました。
外はすっかり雨が降っていました。
幕末と明治の博物館を出た後、開門橋を渡って那珂湊に行きました。
ふるさと懐古館という、豪商木内家の土蔵を改造した歴史資料館があるそうなんですが、捜しまわったけど分からないので行くのやめました。
港公園という、水戸藩の建物があったという公園はありましたが、その近くにはありませんでした。那珂湊の魚市場の方に行ったら今日は振替休日でお客さんが多く渋滞していて参りました。
ふるさと懐古館に行くのはやめて、反射炉に行きました。
この反射炉で、幕末に大砲を造っていました。本物ではなくて、昭和12年に復元されたものだそうです。
1823年ごろから、那珂湊沖にも異国船が出没するようになりました。
水戸藩では、早くから国防の必要性を唱えていましたが、徳川斉昭は那珂湊の吾妻台に反射炉をつくり、鉄の大砲を鋳造することにしました。
反射炉とは高熱で鉄を溶かす溶鉱炉のことです。
1855年に第1炉、続いて1857年に第2炉が完成しました。高さ15メートル余りに達するもので、使用した耐火煉瓦は約4万枚に及んだそうです。耐火煉瓦は約1600度の高熱に耐えることができ、長州萩や伊豆韮山のものより優れているそうです。
反射炉の敷地には、役人詰所、大砲方、細工所、瓦釜場などの付属建物もありました。
ここで鋳造した大砲は28門以上、各地の砲台へ据え付けられたり、幕府へ献納されて大いに国防の役目を果たしたそうです。
反射炉は元治甲子の乱(1864)に破壊され、昭和12年に現在の反射炉が復元されました。
反射炉の前には大砲が展示されています。
反射炉の敷地隅には、耐熱煉瓦を焼いた登り窯も復元されています。
反射炉の下には、江戸の小石川にあった水戸藩邸の山上門があります。水戸藩邸正門の右隣にあったそうです。この門をくぐり石段を上がると反射炉があります。
反射炉を見た後、国道245号線を走り東海村の核燃料サイクル開発機構展示館「アトムワールド」と「原子力科学館」を見て帰りました。