
2002年9月2日、鹿島神宮式年大祭「御船祭」に行きました。
式年大祭御船祭は、12年に1度の午年におこなわれる鹿島神宮最大の祭です。鹿島神宮の祭神である「武甕槌大神」と、香取神宮(千葉県佐原市)の祭神である「経津主大神」が水上で再会するという祭です。水上の御船祭としては国内最大の規模と華麗さを誇るそうです。
鹿島神宮から出御した神輿は、大船津で御座船に乗せられ、50隻以上の船が平安絵巻さながらに行列を組んで進んで行きます。水郷地帯の加藤洲で経津主神の歓迎を受けた後、再び鹿島神宮に戻ります。
御船祭は12年に一度午年に行われ、海上安全・豊漁祈願を願う祭となっています。次回は2014年開催です。
武甕槌大神は神代の昔、未開の地・関東に入り、入海であった霞ヶ浦や北浦、鬼怒川水系などに船で交通のしやすい鹿島の地を根拠地に、香取の大神と共に関東開拓にあたられたそうです。大神の船による開拓や巡幸の歴史により応神天皇の御代に祭典化したといわれています。
御船祭は、奈良から鎌倉時代にかけて「我朝第1の祭礼」といわれていました。しかし戦国時代になり中絶してしまいました。
その後明治3年、6〜7隻の船によって御船祭は再興され、明治20年午年毎の式年大祭が定まりました。
9月1日に勅使が参向して式年大祭が斎行され、2日には悠久の太古をしのんで、大船団を組んだ水上渡御が行われます。龍頭を飾った御座船が供奉船とともに絢爛たる水上絵巻をくりひろげ、鹿島の大神の御神徳を余すところ無く表現した空前のスケールで斎行される祭です。
御船祭に行くのは今回が初めてです。12年に一度と言っても、あまり興味がありませんでした。
でも、今回見逃すと12年先にならないと見られないし、いつ死ぬかも分からないし生きているうちに見ておこうと行ってみました(^_^;)
ちょうど休みでしたが、夜勤明けで眠いので昼まで寝てました。
13:30頃鹿嶋市の北浦湖岸に行きました。船団が出発するところは見ないで、帰ってくるところを見ました。
今日は朝から我が家の上空を百里のF−15が飛んでましたが、百里には行かず鹿嶋市に行きました。
もう9月2日だというのに、いい天気に恵まれてよかったですが暑かったです。風も吹いてたので北浦の水面が波立っていました。
北浦の堤防と、鹿島市内の国道51号線は大船津交差点まで車両通行止めでした。ワールドカップの時と同じく通行証のない車は通れませんでした。
祭りの船が着く桟橋は鹿嶋市大船津の北浦湖岸に赤い鳥居が立ってるところにありました。神宮橋の鰐川側です。北浦の堤防には、たくさんの見物人がいて出店もたくさんありました。
しかし、逆光で眩しかったです。
上空を県警のヘリが、ぐるぐる飛び回っていました。百里救難隊のUH−60Jが神栖方面から飛んできて上空を通過し鉾田の方へ飛んで行きました。トンビが水面で魚を足で掴みぐるぐるまわりながら高く上がって行きました。カモメも飛んでました。
警察の警備艇もいました。
暑いけど、堤防で船の来るのを待ってました。しばらく待ってやっと最初の1隻が来ました。
次々と船がやって来ます。大漁旗や日の丸をたなびかせていましたが、
海軍旗はつけてませんでした。
どんどんやって来ます。漁船、観光船、屋形船、モーターボートなど飾りを着けた船が次々とやって来ます。まるで湖上の連合艦隊です。
ずいぶん待って、やっと旗艦というべき鹿島神宮の御本尊を乗せた御座船が来ました。船首には龍の飾りが着いていました。
御座船が桟橋に接岸すると、船に乗ってた人たちがぞろぞろ降りて来て、鹿島神宮の神様を乗せた神輿をかついだ人たちが船を降りて来ました。
神輿の行列は赤い鳥居を潜り鹿島神宮に向かいました。平安時代の格好をした人たちや獅子舞や陣笠を被った人とか竹竿に提灯いっぱい着けたやつを持った人とか、いろいろ行列が続いて行きました。湖岸で待機していた馬に鎧兜や衣冠束帯姿の人たちが乗り行列に加わりました。
馬の行った後には、糞がぼとぼとと落ちてます。スタッフの人たちがスコップで取っていました。
行列は延々と鹿島神宮まで続いていました。
歩くとけこうあるし混雑してるし、御座船は見たし行列も見たので帰ることにしました。
鹿島神宮に向かう行列で遮断されていて、大船津交差点から鉾田方面に行く車は渋滞していて進まないので、逆方向に走り国道124号線を通ってジャスコの前を通りカシマスタジアムの近くに出て、県道鹿島大洋線を通って帰りました。
家に帰って、レポートを書いていると今日はナイトをやってるらしく、18:00頃百里の方からF−15が飛んで来ました。
開催日:12年に一度の午年9月2日
交 通:JR鹿島線鹿島神宮駅
問合先:鹿嶋市商工観光課
TEL:0299-82-2911
●鹿島神宮
神武天皇即位年の皇紀元年(紀元前660年)創建といわれています。
武神の武甕槌大神を祭神としており、そのため鹿島神宮周辺は武芸が盛んとなりました。剣聖・塚原卜伝もこの地で生まれました。鹿嶋市内には塚原卜伝の墓があります。
鹿島神宮は皇室・公家・武士に関わらず長く尊崇され続け、現在に至っています。
本殿や楼門、奥宮は国の重要文化財となっており、宝物館には茨城県唯一の国宝である直刀が展示されています。その他国・県指定の文化財が数多くあります。
なお、楼門の「鹿島神宮」の扁額は東郷平八郎元師直筆によるものです。
境内の鹿園には奈良県の春日大社から譲り受けた鹿がいます。
Jリーグ鹿島アントラーズのチーム名は「鹿の枝角」の意味で、鹿島神宮の鹿にちなんで名付けられました。
![]() 北浦湖岸にある一の鳥居 | ![]() 御座船の桟橋 |
![]() 馬がたくさんいた | ![]() 堤防に集まった見物人 |
![]() 最初に来た船 | ![]() 県警ヘリ |
![]() UH−60J | ![]() 日の丸をつけた船 |
![]() 御座船 | ![]() 最後に来た船 |
![]() 御座船から降りた神輿 | ![]() 神宮に向かう神輿 |