

2003年1月14日午後から、グルメの同僚とつくば市の谷田部神社に行きました。
航空ファン誌に2回にわたって、谷田部海軍航空隊の記事が載っていたので行ってみました。
同僚から午前中、「土浦のスーパー銭湯行って、そのあと焼鳥屋に行こう」と電話かかってきました。鹿行大橋の近くで待ち合わせして、車1台で行きました。
同僚は戦跡とか興味ないのですが、スーパー銭湯行く前につきあいました。
最初、陸自土浦駐屯地を見学しました。日が暮れてしまうので屋外展示物だけ見て門の外に出ました。資料館が新しくなっていました。T−6も塗装が塗り替えられてきれいになっていました。
その後、同僚が「ラーメン食ってから風呂入っぺ」と言うので、荒川沖の国道6号線沿いラーメン屋でつけ麺を食いました。
ラーメンを食ったら、国道354号線を通って学園都市に行きました。地図をたよりに谷田部飛行場の近くにあったという、谷田部神社を探し見つけました。
航空ファン誌に旧海軍谷田部航空隊関係者が集まって慰霊祭が行われたという記事が載っていました。その記事の写真では神社の前に大勢の人たちが集まっていましたが、神社の前は道路でした。神社の裏側に広い鋪装された土地がありました。あの写真は、ここに集まった人たちを写したんだなと思いました。
神社の建物の中に小さい古い神社がありました。これが本当の谷田部神社のようです。
近くにいた老婦人の話しだと、この神社は昔は別の場所にあって農林水産省の研究所ができたので移転したそうです。
戦争の頃はこのへんはどうだったか聞いてみたら、戦後にここへ来たので分からないと言ってました。しかし今はまわりに家がいっぱい建ってしまいましたが、昔は何もない原っぱだったと言ってました。
本に載ってた写真では格納庫の前に零戦がいっぱい並んでましたが、当時の面影はまったく残っていませんでした。
近くを常磐自動車道が通っていて、高速道路に架かっている橋に飛行場橋と書かれていました。
常磐道を走っていて、なんでこんなところに飛行場もないのに飛行場橋なんだと思っていましたが、昔飛行場があったので飛行場橋なんだと分かりました。
石碑とかないので、この橋の名前だけが昔飛行場があったという唯一のしるしとなっています。
まわりは家ばかりで掩体壕とかなさそうなので、行くことにしました。日が暮れて薄暗くなってきました。セルフのスタンドでガソリンを入れ、土浦のスーパー銭湯に行きました。
同僚が「ソフトクリーム食うべ」と言うので、風呂入る前に買って食いました。
スーパー銭湯を出た後、阿見町の焼鳥屋に寄って焼鳥食って帰りました。同僚はいろいろ頼みました。私は食い切れず残しました。それを同僚は全部たいらげ、スープを飲んで店の外に出ることにしました。私はスープは頼みませんでした。
霞ヶ浦大橋、鹿行大橋を渡って帰りました。鹿行大橋の近くのコンビニに寄ってアイスを買って食いました。
家に帰ったら夜の11時近くになっていました。明日は朝早くから仕事なので寝ました。
![]() | ![]() |
![]() | ![]() |
谷田部郷土資料館
つくば市役所前を通っている国道354号線の反対側に、谷田部郷土資料館があります。
旧谷田部町に関係するする文化財が展示されており、江戸時代の谷田部藩や発明家の飯塚伊賀七などに関する資料があります。
戦時中の写真などは展示されてますが、谷田部海軍航空隊関係の展示はありません。
建物は公民館、保険センター、図書館と共用で、3階が郷土資料館です。郷土資料館を見学する時は、2階の図書館事務室で受付をしてから入館して下さい。
開館時間は午前10時〜午後4時で、休館日は毎週月曜日、国民の祝祭日及び年末年始です。駐車場は、そんなに広くないですが、公民館・保健センター・図書館と共用の駐車場があります。