
今回は撮影するヒマがなかった。撮影した画像も消えていたし……
というコトで文章がダラ〜〜と並んでおります。目眩するかも、です ('_'ゝ焼津漁港でスキ身定食を喰った/2000.12.02
SEROWさん/謙太さん/T-Shota
往路はマグロ喰いたさでひたすらR1を走った。
復路は気分は1150 GS で箱根を越えた。
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ことの起こりは、NHK『昼どき日本』で紹介していた焼津漁港の「魚市場食堂」を、
雨で仕事をホサれたボクが昼飯を食べながら見たことから始まった。「魚市場食堂」は漁港で働く人のための定食屋さん、といったカンジの店である。
工事現場の飯場にあるような細長いテーブルとビニール張りの丸椅子が客の玉座だ。
なんともワイルドな雰囲気のなか、画面では観光客らがぶ厚いマグロの刺身を、
「美味しい、美味しい」とパクついている様子が映し出されていた。
それが1500円でお釣りのくる料金で『あのマグロ』が喰えるのだという。
ボクは目の前に置かれた3匹のメザシを眺めて思わず涙ぐんだものだ。
いかに自他ともに貧乏を認じているボクとしてもこいつは行くしかないではないか。
というコトで、さっそく偵察隊員を募集したところSEROWさんが名乗りを挙げ、
現地へ試食に行ってくれたのが11月18日。
ご本人のHPで「安くて旨かった」と感想を述べていることに気をよくしたボクではあったけれど、
メールで送られてきた偵察行の詳細なルート/タイムテーブルの最後に添えられた、
「箱根は寒かった」の一言が気にはなっていた。なにせ作戦決行日は半月後である。
復路の箱根越えが『耐寒ツアー』にならなければよいが……。それだけが心配だった。SEROWさんとの待ち合わせ場所はいつもの西湘PA。
新湘南BP金400円也を投資して、約束の08:30ギリギリに到着することができた。
このときすぐに出発しておれば、その後に訪れた不幸に見舞われるコトはなかったかもしれない。
ところが予知能力のないボクは、本日のナビゲーターを押しつけられ走行時間のことで頭が一杯で
あったはずのSEROWさんの心配をよそに、あろうことかお気楽にも BMW R1100 RS のオジさま
と立ち話しを始めたのである。
なにせ近ごろのボクときた日には R1150 GS にいたく執着していて、
「爺じぃになる頃には乗ってやるぅ!」と鼻息が荒いのだ。
だからビーマー(BMW乗り)を見るや、尊敬と畏怖と嫉妬心の入り交じった複雑な心境
を抱きつつ、つい話しかけてしまうのであった。
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BMW R 1150 GS にいつか乗ってやるぅ!RSのオジさまは、クラブのメンバー10数人と伊豆の民宿へ忘年会に行くのだそうだ。
そんな話しをしているところに、オジさまの連れの R1100 GS がPA に侵入してくるのが見えた。
R1100 GS はR1150 GS のベースモデルである。
心のなかで「う〜、GS 乗りと話しがしたい」と思いつつ、
今回に限って待ち合わせ時間厳守を言い出した張本人が、
これいじょう出発時間を遅らせるわけにはいかない。
温厚なSEROWさんだっていいかげんコメカミのあたりがヒクヒクするってもんだ。
後ろ髪を引かれる思いで西湘PAを後にした。いま一人の参加者謙太さんとは箱根湯元駅前で待ち合わせの手筈になっていた。
それを聞いたSEROWさんに「箱根新道入口のかなり先になりますねぇ」と指摘された。
ゲゲ、気がつかなかった……。
『箱根新道入口〜湯元を往復するのは時間的にタイトだし、渋滞していたら気分が滅入る。
湯元から箱根新道って侵入できなかったかしらん? でも使ったコトはないしなぁ。
あ〜、西湘BPの出口からすでに渋滞してるじゃん。ヤバイよコレは……。』
そんなことを走りながら逡巡していたら箱根新道入口に着いてしまった。謙太さんには前もって「09:00には湯元を出発するから、ボクたちがいなかったら現地集合ね」と
伝えてはいた。だからそのつもりで彼は行動してくれるだろうと期待しつつ、それでも
一報だけでも入れておかないことにはバイク乗りの仁義に劣ってしまう。
料金所で金を払うや公衆電話に飛び込んで謙太さんの携帯にダイヤルした。
(注:T-Shotaは携帯電話を保有していない珍しい人種なのだ)
・………電波が届かない。
ますますもってしてヤバイなぁ。でも出来ることはしたんだしぃ、
彼にはSEROWさんの携帯番号を教えてもいるしぃ……。
(注:T-Shotaは携帯電話を保有していない珍しい人種なのだ)
と、女子高校生もどきの口調で自分に言い訳したボクなのだ。
あとは謙太さんの状況判断に委ねるしかない。このとき09:20を少し回っていた。
西湘PAで RS のオジさまと雑談していなければ、
09:00に箱根湯元に到着することは可能だったのか、と後悔したボクではあったけれど、
あの雑談の時間が後々の不幸を呼び込もうとは、このときは思ってもいなかったのだ。箱根新道をSEROWさん@FZ-400の描くラインをトレースしながら標高を稼ぐ。
山麓では紅葉がまだ鮮やかに色づいているものの、山頂付近はすでに初冬の林が広がっていた。
陽の射さないコーナーの路面は濡れ、TRANSALPのボウズタイヤでなくとも危なっかしい。
箱根峠あたりの草地は霜が凍って白くなっていた。
そして芦ノ湖を見下ろす高台のコーナーから、5合目あたりまで雪に覆われた富士山を見ることができた。
ボクいじょうに写真にこだわっているSEROWさんのこと、きっと「あ〜、写真を撮りてぇ!」と
思ったことだろう。光線の具合からして『富士山をバックに記念写真』が撮れたはずだ。
しかし今回は時間が許してくれない。なにせ目指す「魚市場食堂」は品切れ閉店のある店なのだ。それにしても指先が冷えてジンジン痛い。
ゴアテックスのグローブを着用しているけど、インナーを持参しなかったのは迂闊であった。
「冬が来る前に もう一度あの道を 走ってみたぁいぃ〜」ダミ声を張り上げながら箱根を越えた。三島を抜けると「柿田川湧水群」の看板が目についた。水モノに関して
一応のこだわりをみせるボクは「あ〜、行きてぇ!」と思った。富士山麓の降雨量は平均して1日約600万t。そのうち25%が蒸発し、残り450万tの
ほとんどが伏流水となり、溶岩層の裂け目や末端から湧水として姿を現す。柿田川は富士
山麓にある数多くの湧水群の中でも(忍野八海、白糸の滝などが有名)最大規模を誇り、
川幅40〜100m、長さ1.2kmの清流となって狩野川へ注ぐ立派な河川なのだ。
しかし1950年代15t/秒だった水量が現在では9t/秒に減少している。原因は溶岩層
を貫いて井戸を掘り、工場などで多量の取水が行われているためである。
また周辺の都市化や森林伐採による地下水の減少も少なくないだろう。
大量の取水と地下水の減少。
かつて三島にあった楽寿園・水泉園の湧水は現在ほとんど枯渇しているという。
柿田川がいつまでも『清流』でいる保証はどこにもない。いまのうちに柿田川を見ておきたい。その思いはあるものの、
しかし今回は時間が許してくれない。なにせ目指す「魚市場食堂」は品切れ閉店のある店なのだ。
「あ〜、富士山の写真を撮りてぇ!」「あ〜、柿田川に行きてぇ!」。
ボクたち2人は目先の欲望にフタをして、ひたすらマグロを目指して西へと距離を消化していった。
「あ〜、マグロが喰いてぇ!」
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道の駅「富士」で休憩した。西への長距離ツーリングの待ち合わせ場所にいい。延々と直線が続く単調なBPにいい加減飽きはじめたころ、駅の道「富士」に到着。
コーヒーとタバコを補給しているとSEROWさんの携帯が鳴った。謙太さんからだった。
沼津に到着したというので待つことにした。
20〜30分ほどしてHarley-Davidson独特のエクゾーストノイズを響かせて、
謙太さんのXLH-883がPAに侵入してきた。SEROWさんと謙太さんとは初対面。軽く挨拶を交したあとしばし雑談。
箱根新道入口から電話したことを話すと、08:40に謙太さんは箱根湯元に到着していたとのこと。
う〜ん、西湘PAでボクがRS のオジさまと話していなければ、落ち合うことは出来たのか……。
小金井を早朝に出発させておきながら、ホントに悪いコトしたなぁ。
日本海溝より深く反省するボクであった。
が、この後もっともっと深く反省することになろうとは……。
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ひなたは暖かく、ホノボノしてしまう。
謙太さん/SEROWさん道の駅「富士」を出ても、まっすぐで単調な道がしばらく続いた。
5000rpm・80km/hでメーターの針はピタっと止まったまま動かない。
謙太さん、SEROWさんとの距離も変わらない。左車線を走るワゴン車との
間隔も変わらない。ただ半透明の防音壁を透して見える住宅街の屋根が、
勢いよく後方に流れていくだけだ。陽射しが暖かく、眠くなる。由比に近づくと東海道本線と海岸線に挟まれた格好でしばし走る。
防波堤に阻まれてバイクからでは水平線が見えたり見えなかったりだ。
このあたりから撮影されたポスター写真を見たことがある。
弓を描いた浜いっぱいに干された桜エビ。駿河湾に浮かぶ冠雪の富士山。
そして線路沿いに植えられた満開の桜。
色鮮やかな春の風景だ。旅気分でそんな景色をいつか恋人と眺めに来よう。由比漁港の手前でボクは2番手を走っていた。
SEROWさんと若干離れだしていたこともあって、黄色の信号に構わず突っ込んだ。
飛び込むさい後方の謙太さんにイケ、イケェ〜、と手で合図を送った。
もちろんパトカー/白バイの有無を確認してのことだ。
ボクがT字路交差点を通過した瞬間、信号は赤に変わった。つづいて謙太さんが通過した。
50mほど先行していたSEROWさんとの距離を少し詰めるか、と思ってバックミラーで
謙太さんの位置を確認しようとしたとき、先ほどの交差点から赤いランプを灯した
グレーのマークがボクたちに向かってくるのが見えた。覆面パトカーだった。捕まったのは謙太さん。いわゆる信号無視である。
ボクが『イケェ、イケェ〜!』と合図しなければ、
普段の彼なら絶対に停止していたタイミングだった。
覆面パトカーのなかで青キップを切られる謙太さんの表情が痛々しい。
1点減点・違反金7000円也……。
ホントにすまないことをした。マリワナ海溝より深く反省した。
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道路は生きている。クルマの流れは絶えず変化する。
すぐ前のバイクがクルマをすり抜けられたからといって、自分も出来るとは限らない。
逆もしかりで、自分のイケるタイミングだからといって後続バイクもそうとは限らない。
だから先導者には後続の動きとクルマの流れを絶えず把握する必要が生じる。
ボクがSEROWさんに先導役をお願いしたのも、彼がそのへんのことを充分に分かって
バイクを走らせているからだ。このときのボクは謙太さんの先導役だった。
マス・ツーリングは難しい。長距離になるほど難しい。もし20分前に由比を通過していれば……という理屈は、厳密には成立しない。
由比でなくても別の場所で捕まる可能性はいくらでもあるからだ。
とはいえ20分前に通過していたら、時間的にもっと余裕がもてたろうし、
SEROWさんとの距離を一瞬でも縮めようとはボクも思わなかったかもしれない。
西湘PAでの立ち話が悔やまれた。
しかし崇はまだ続いていることを、このときはまだ誰も知らないでいた。道の駅「宇津ノ谷峠」でトイレ休憩。観光案内板によると明治時代のレンガ作りの随道が
旧道跡にあるらしい。旧跡の2文字に弱いボクは「見たい!」と思った。
されど今回は時間が許してくれない。なにせ目指す「魚市場食堂」は品切れ閉店のある店なのだ。
12:30。休憩もそこそこに出発した。なんとか間に合うかもしれない。
ボクの胃袋では胃液がフツフツと煮えたぎり、まさにメルトダウン寸前であった。
マグロ、待ってろよ!
SEROWさんの案内で焼津市内を右に左に進む。いきなり案内しろといわれたら、
きっと誰だって迷うに違いない。下見の効果絶大。更めてSEROWさんに感謝、である。
当り前のことだけど、焼津漁港は閑散としていた。早朝の活気を想像しつつ、
目指す「魚市場食堂」のある生協脇にボクたちはバイクを滑らせた。
そのときクルマから4、5人の若者が下りてきて「魚市場食堂」への階段を
上がっていくのが見えた。ボクたち同様マグロを食べにドライブがてらやってきたのだろう。
荷ほどきをすませ、お世辞にもキレイとは言えない「魚市場食堂」の入口へ歩いていくと、
そこに年配のご夫婦が立ちすくんでいた。
そしてボクたちに「たったいまオーダーストップになった」と告げた。
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13:15 オーダーストップにてごめんなさい、の図。ご夫婦は岐阜からわざわざやって来たのだという。
恨めしそうに先に入店した若者たちのコトをボヤいていた。
「あ、あ、あ……」あの西湘PAでの無駄話しがなかったら……。
ボクはこのときほど愕然としたことはないかもしれない。
SEROWさんと謙太さんになんと申し訳ないことをしてしまったことか。
懺愧に耐えないとはこういうときに使うのか、と始めて知ったのである。
更めて言う。そうなのだ「魚市場食堂」は品切れ閉店のある店なのだ。とにもかくにもオーダーストップとなっては仕方がない。
ドコかで腹ごしらえをしないことにはメルトダウン寸前の胃袋に穴があく。
生協でサイコロサイズの薫製などを試食しただけで収まるわけがない。
それよりもなにより、ココまで来てマグロが喰えないとあっては
2人に愛想つかされてしまって、今後の付き合いに支障をきたしてしまう。
ボクは売り場で帳簿と睨めっこをしていたオバさんに、
地元のヒトが利用する店を教えてもらおうと思って
「マグロを食べに東京から来たのに、たったいまオーダーストップになってしまったんです」と、
気の毒な観光客を装い、『たったいま』を強調させて声をかけてみた。
するとオバさんはボクの風体から『安い店』を最優先に考えてくれたようだ。
「上の食堂と同じ程度に安い店」を教えてくれたのである。なんて親切なんだ。試食コーナーの少ないメニューを食べ尽くそうとしていたSEROWさんと謙太さんをうながし、
教えられた店に行こうと生協を出ると、正面にR 1100 GS とYZF-R1が停まっていた。
店内でみかけたアベックのものだということはすぐに分かった。GS乗りと話しがしたい。
またもや悪魔の囁きが頭をよぎったけれど、アベックに無遠慮に声をかけるのもどうかと遠慮した。
それいじょうに空腹がそれを許さなかったのがホンネかもしれない。
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YZF-R1 & R 1100 GS Phot by 謙太さんほどいたばかりのバックをTRANSALPにくくりつけていると、GSとYZF-R1の2人が
「魚市場食堂」への階段を上がっていくのが見えた。ボクはオーダーストップになったこと。
近くに安い店があってこれから行くことを告げた。そして「一緒にどうですか?」と誘ってみた。
するとヒゲ面のGS氏が階段を駈け下りながら「おぉ、行きます。行きます」
と、うれしい反応をみせてくれた。やったね! これでGSの話しが堂々と聞けるってもんだわ。教えられた店は漁港敷地と隣接するところにあると聞いていた。
たった2つしかない交差点なのにボクは迷い、2度のUターンを4台のバイクに強制してしまった。
そしてようやく「食事処かどや」に到着することができたんである。
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左写真・SEROWさん/T-Shota/YZF-R1さん/GS氏 右端が謙太さん
「かどや」の暖簾をくぐったとたん「これはアタリ!」と直感した。
昼過ぎというのにまだ客が数組いる。
清潔な店内と、付け出しの煮物の入った大鉢がずら〜と並んでいるのが好ましい。
ドヤドヤとテーブルにつくや、さっそくボクたちはスキ身定食(900円)を注文した。
ところがこのとき2人前しかスキ身がなく、SEROWさんはあえなく刺身定食(1000円)に変更。
そういえば丹沢にイワナを喰いに行ったときもSEROWさんは品切れでイワナをオーダーできず、
一人カレーを食べたっけ。ボクと一緒だと貧乏クジを引いてしまうのだろうか……。
GS氏はなにかのドンブリものを。YZF-R1さんは刺身定食を注文していたようだ。
で、味はというと……ウマイ!
量だって大盛りのスキ身の山が2つテンコ盛りのうえ、ゴハンはおかわり自由!
ボクは3杯もおかわりをしたけど、皿にまだスキ身が残っているといった具合なのだ。
(注:定食のみゴハンのおかわり自由となっている)
お刺身だって負けてはいない。厚さは2センチはあるだろうか。SEROWさんから
お呼ばれしたのを一口ほおばってみて、その柔らかさと旨さにオドロイた。
いかに普段ボクたちがマズイ魚を口にしているかがよくわかる。
いろいろアクシデントはあったものの、ココまで来てよかった、としみじみ……。
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体格のよいGS氏は、ボクたちが半分も食べないうちにドンブリを平らげてしまって、
なにやら手持ちぶさたのようす。するとおもむろに「カキフライ」を注文した。
テーブルに運ばれてきたカキフライをみてたまげた。身がなんて大きいんだ!
しかも5つも盛られて1000円は安い!
それをみたSEROWさんが「一品料理をオーダーするならココのほうがいいかも・…」と
つぶやいた。そして「味噌汁はコッチですね」と断言したのである。
ボクはというと、ご飯を注文したGS氏に「定食のお客さんとご一緒ですから遠慮なく」と
応対したオカミさんの気配りにホレこんでしまったのだ。
「魚市場食堂」のワイルドさにも触手が動いてしまうけれど、
第2次マグロ・ツアーは『食事処かどや』を目指すことが決定した瞬間である。ほどなく食事もすみ雑談となった。じつはボクたちはお互い自己紹介めいたことは
一切しなかった。それでもバイク乗り同士の気安さからか大いに盛り上がったのである。
ボクはというと、R 1150 GS の6速ギアが優れものであること。BMWは身体になじむ
バイクであること。テレレバーのふにゃり感覚は、しかし慣れると他のバイクが不満に思えて
くること。などなど……を聞かされ、気分はすっかりR 1150 GS 乗りになってしまったのだ。
そしてトドメに「もう、乗るっきゃないですよ!」とGS氏にヨイショされてしまったのである。
とはいえ、先立つモノが皆無とあっては実現不可能であることはボク自身がいちばん
分かっていることでもある。
いつか乗りたい。そのいつかが10年先であろうが構わない。
そう思えるバイクに出逢えたことだけでもうれしいものなのだ。
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R 1100 GSにまたがらせてもらったのだ。TRANSALPよりポジションはいい。
気分はビーマー! メチャうれしかったぁ! Photo by SEROWさんGS氏とYZF-R1さんと店の前で記念撮影をした。そのときお2人がツーリング・クラブ
「TOMCATs」のメンバーであることを教えてくれた。そしてHPを開いていることも。
またドコかの道で。そう言い交してボクたちは別れた。
(注:後日検索してお2人のニックネームがわかることになるけど、このときはまだ知らなかった)旨いメシを喰い。気持ちのいいバイク乗りに出逢えたコトですっかり気分は上々である。
ちなみに「和」という文字は穀物を口に運ぶ姿を形どったものである。つまりモノを食べている
ときの気分こそが「和」の本来の意味であり、和むというのはそういうコトなのだ。
すっかり和んだ気分でボクたちは家路につくことにした。SEROWさんが考えてくれた復路のコースは、
R150を走り、R149から清水駅を抜けR1に戻るというもの。
途中「登呂遺跡」の表示がみえたときボクは「行きてぇ〜!」と思ったものだ。
だが箱根越えのコトもある。ただでさえ予定時間は1時間は過ぎていた。
往路どうよう、復路も時間的余裕はないのである。西に傾きはじめた太陽は、しかしまだその温もりを残していて、
日本平の海岸線を気持ちよく走ることができた。
この付近をいつかもっと時間をかけて走ってみたいものだと思った。
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なかなか風情のあるタイ焼屋さんでした。
興津は東海道の旅篭宿。当時の面影がいまだ残る街道にタイ焼屋さんをみつけたボクは、
赤信号になったのを幸いに2人を停車させ、お店に駆けこんで3枚のタイ焼を購入した。
疲れているときは甘いモノが欲しくなる。タイ焼は尻尾までアンコが詰まって旨かった。R52との合流地点で信号待ちをしていたとき、
『かどや』で別れたGS氏が歩道をババッと走ってきて、
2列渋滞のクルマ越しにそのヒゲ面をくしゃくしゃにして挨拶してくれた。
振り返ると鈴なりのクルマの後方で、YZF-R1さんがワゴン車に見え隠れしながら
大きく手を振っているのが見えた。
思うにボクたちの姿を認めたGS氏が、無理して歩道を(コラコラ)走ってくれたのだろう。
それにしてもすっごい偶然。別々のルートを走ってきたのにこんな離れた地点で再会するなんて。
タイ焼きのご利益だろうか??時間に余裕があればコーヒーでもと思ったけれど、帰路が大変なのはお互い様。
彼らにも渋滞と退屈なR52が待っている。
またどこかの道で逢えることを期待して、お2人に手を振った。
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由比からの富士山遠望。
夕方の富士山はシルエットになるものだと思っていたボクにとって、西陽を受ける富士山の
姿は違和感があった。このとき遠くに来ているんだ、と更めて実感した。
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道の駅「富士」 Photo by 謙太さん
箱根越えを控えて最後の休憩。渋滞を覚悟しつつ、何時に箱根を越えられるかが悩みのタネ。
ボクは2枚のホカロンをSEROWさんに手伝ってもらって下着の背中に貼りつけた。
信号で停止するたびボクと謙太さんはバイクから下り、屈伸やら背伸びをして身体をほぐした。
渋滞は三島を越えるまで続いた。そしていよいよ箱根越えとなった。
SEROWさん、謙太さん、ボクの順で箱根路を登っていく。等間隔で次々とコーナーをパスして
いくようすを後方から見ていたら、アドレナリンが猛烈に分泌を始めた。
しだいに登りがきつくなり車線が2つになったところで、
謙太さん、SEROWさんが左車線に入ったのを期に、ボクは『追い越し車線』から一気に2人を抜いた。
あとでSEROWさんに「やかましいR1150 GS がきたぁ、と思った」とからかわれてしまったけれど、、
このときのボクはホントに『気分はR 1150 GS』だったのだ。3つ、4つとコーナーを気分よくやり過ごしていたとき、
前方のコーナーからクルマが侵入してきて、危うく正面衝突しそうになった。
「まったく夜はアブない奴がいる」とボクが文句たれたら、謙太さんとSEROWさんに、
「だって対向車線走ったら当然ですよ」と言われてしまった。
あれ? ボクが対向車線走っていたの?? するとゼブラゾーンだと思っていた>>>マークは、
下り車線の意味だったのね……。追い越し車線と思っていたところからすでに
対向車線だったのかぁ。ゲゲゲ!、あ、危なかったんだぁ。
(言い訳:道路工事で路面が削られていためセンターラインが判らなかったのだぁ♪)
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箱根新道料金所にて。お疲れさまでしたぁ。ホントに愉しかったよ。
ホカロンが利いたのか、箱根越えは朝ほど寒さを感じることはなかった。
心配していた『耐寒ツアー』にならず一安心といったトコロ。
ミニ反省会などをひときしりしたあと(もっぱらボクの言い訳が多かった\(_ _;))
箱根新道料金所で一応の解散、ということでそれぞれ帰路につくことにした。
とはいえ方角は一緒である。大磯のあたりで再び合流してしばらく3台で走った。
その後R134との合流地点で2人と別れたボクは21:30に帰還。
SEROWさんはボクよりほぼ1時間早く。そして謙太さんの帰還はボクの1時間後だった。
ホントにお疲れさまでした。
また行こうね!■追記■往路はカウントをとらなかったので距離不明。
復路は焼津『食事処かどや』〜町田@T-Shota宅180.3km。
15:30頃に焼津を出発していたからほぼ6時間かかったことになる。