しだれ桜の下でオヤキを食って、芝桜を愛でたツーリング/2001.04.15

SEROWさん@SEROW/さとるさん@SEROW/田中さん@SEROW/T-Shota+nono@TRANSALP-400VR


今回の『集会』は土下座から始まったのだぁ。日頃の不埒な悪行三昧に、堪忍袋がブッチン切れた相方に土下座して謝るボク。目撃者田中さんに大ウケ。う〜〜ん、かっちょ悪いなぁ。
nono「△○◇×♯∝∽!!ぷんぷん!!」
T-Shota「ごめんなさい。もうしませんから許してくだい……」
nono「バリカンで髪切るからね!」
T-Shota「ひぇ〜〜!」
nono「なんか文句あんの?」
T-Shota「ありましぇん……ぐっすん」
Photo by 田中さん
心優しき田中さんHP参照

花梨・ユキヤナギ・レンギョウ・ヤマブキ・ムラサキツツジ・……。白、黄、紫の花々に飾られた里を抜けると、若葉色に彩られた宮ヶ瀬がそこにありました。山裾のところどころにヤマザクラのピンクが添えられてとても綺麗だった。今年の春は確実に1週間〜10日カレンダーが早送りされているようです。光線の具合や風の気持ちよさはすっかり初夏のそれでした。
←左写真・さとるさん田中さんのトレッキング・シューズ。おソロだ♪

→右写真・さとるさん田中さん。愛川経由でSEROWさんの待つ宮ヶ瀬ビジターセンターへ。千鳥のポジションがいいカンジです。

宮ヶ瀬ビジターセンターに到着すると、なにやら普段と雰囲気が違います。バイクの数が多くその殆どが『族』仕様。5、60台は集まっていたでしょうか? ヤンキー座りの兄ちゃんに尋ねたところ「自分たちは5台っス。みんな違うチームっスよ」。というコトで、小さなグループが三々五々集まってきたようです。他チームとのんびり日向ぼっこする暴走族なんて昔なら考えられなかった。「このシマは俺たちが仕切ってんだぁ、出ていけぇ!!」と、流血沙汰になったもんです。そういう意味では彼らもおとなしくなったのかな? とはいえ昼下がりの山のなかで見る暴走族って、別の意味で異様でした。SEROWさんは30分以上もこの子たちを眺めていたんですね。お疲れさまでした。

↑上左写真・こんなカンジで棲み分けしていたお子たち/中写真・頭を横にしないとこのカウルでは前は見えない。頚椎・脊椎の形が悪くなって、歳とったとき全身にシビレを覚えるだろうなぁ……/右写真・スクリーンの内側にディズニーキャラクターを飾っていたりする。う〜ん、シュール。隣のバイクには、リアシートに括りつけたお手製のホルダーに蛍光色でペントされた金属バットが納まっていた。なんに使うんだぁ?

今年のボクの計画に、宮ヶ瀬〜ヤビツ峠@県道70号線の21キロポストでの定点記念写真なるものがあります。季節ごとに同じ場所で写真を撮ってみるだけなんですが、「遊び心」を日常のなかに取り入れることで、少しでも脳軟化症に抵抗できれば、と思っているんでございます。で、同じコースを往復することになるのでみんなには恐縮でしたが、21キロポストを目指すことになりました………が、ぬわんと、目的地まであと2キロとなったところで全面通行止め! 工事告知看板では4月21日からとなっていたから安心して山に侵入したというのに。しかも対岸の道にはヤビツ峠側から侵入してきたバイクやクルマがありました。つまり、通行止区間はほんのわずかなのです。塩水橋の補修工事なのかな? 守衛がいなけりゃゲート破りしていたところです(工事関係者はいなかったもん)。

←左写真・小さいながら立派なV字谷を見せる中津川の渓谷。ここも定点記念写真の場所となりつつあります/↓下写真・塩水橋手前でUターンを余儀なくされたボクたちは、昼食場所の早戸川国際マス釣場に向かいました。

↑左写真・左からさとるさんSEROWさん田中さんnonoT-Shotaのさらし首。右写真・マスカラ定食(ニジマスの唐揚げ)

↑左写真・早戸川マス釣場のパノラマ写真はこちら/中写真・左からT-ShotaSEROWさん/田中さんさとるさん/右写真・初夏の山と光線です。
TS-50(ハスラー)に乗っていた頃から早戸川国際マス釣場はボクにとっての馴染みの場所でした。すっかりリニューアルされて綺麗になった施設を前にして、オンボロだった山小屋風の棟を懐かしがるのは一連のボクの悪いクセ。それともオヤジになった証拠かなぁ? 先代のオヤジが自ら撮影したニホンカモシカや丹沢の風景写真が壁から外されていたのは悲しかったけど、色褪せた写真では新しい室内に不似合いというもの。仕方ないか……。生け簀を見るとニジマスとイワナはいるけどヤマメの姿がない。相模川水系のヤマメは数年前の流行病で激減したと聞いています。いまだ回復していないのでしょうか?
お腹を満たしたボクたちは、田中さんの「ココまで来たからには早戸川林道の突き当たりまで行きたいね」の一言で、さらに丹沢の奥地へと行くことになりました。

 

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