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北限の205

Since 1999/11/15

by たろ

はたしてこのサイトはこれでも本当に車系なのだろうか?

2003/02/27更新

ただいまのストックホルムの気温は


このページはスウェーデンに暮らす私とPeugoet 205の日々を徒然なるままに記したものです。海外で車と暮らしていると、いろいろとおもしろいことや珍しいことがあります。私も気楽に作っているので、みなさまも気楽に読んでくださるとうれしいです。

そもそも私がPeugoetの良さに気づいたのは、1997年の夏にノルウェー北部のトロムソという最果ての町で乗ったタクシーがPeugeot(車種は忘れた)で、「おっ、この車、乗り心地いいな」と思ったときからです。そしてこのたび、縁あって205オーナーとなりました。

スウェーデンはボルボやサーブの故郷ですが、町で走っている車は日本車・ドイツ車・フランス車・イタリア車・イギリス車・チェコ車・スペイン車・韓国車・アメ車など、よりどりみどりです。そんななかでも、Peugoet 205はけっこうよく見かけます。フランス生まれのPeugeotにとって、ノルウェーやスウェーデンといった北欧の寒い国々は生息可能北限なのでしょうが(おっとそれ以上北に行くと北極海だぞ)、みなさん元気にやっているようです。

注:各画像をクリックすると拡大されます。


北限日記 

2003年2月1日(土)

Hortorgetの市場でタラコを買う。こちらでは、1月から2月にかけてが旬なのだ。でも、生のままご飯に載せて食べたら、あまり美味しくなかった。まったく塩がしてなかったのだ! 残りを焼いたりキムチの素につけてみる。さて、どうなることやら。

ちなみに昨秋の総選挙後の政治的駆け引きの結果、春からスウェーデンでの鱈漁は禁漁になるので、この冬がラストシーズンみたい。もっとも、タラもニシンも乱獲でだいぶ数が減っているから、きちっとした漁業規制をしないとダメでしょうね。と思ってたら、スウェーデン単独での鱈禁漁は、EUの許可が下りなくて、ボツになったらしい。スウェーデン単独で禁漁しても意味がないとの由で、まったくその通りなのですが、そこですなおに諦める政府も?だし、一方、このままでいいのかな?

それにしても、あー、忙しい。今日も、昼・夜、それぞれ別のお客さんと会ってたし・・・・ こりゃ影武者が必要だな。

2003年2月2日(日)

スウェーデンのスポーツドリンクPripps Energyを飲んでみる。粉を1リットルの水に溶かすのだが、味はけっこう薄い。まぁ、日本では不適切表示ということで使われなくなった"Isotonic"という表示がされているから、そのせいかな?

2003年2月2日(日)

スウェーデンのスポーツドリンクPripps Energyを飲んでみる。粉を1リットルの水に溶かすのだが、味はけっこう薄い。まぁ、日本では不適切表示ということで使われなくなった"Isotonic"という表示がされているから、そのせいかな?

2003年2月3日(月)

昨夜から降り始めた雪が、一晩で10センチ以上積もった。

新雪で真っ白にコーティング

夜、梱包用の緩衝材を買いにDIYのSylvan Byggan (Kungens Kurva)に行く。フローリングの下にしく柔らかいシートや発泡スチロールの板を買ったのだが、なによりも掘り出し物は6枚100クローネの引越用段ボール箱。IKEAのと同じサイズ、同じ強度で、値段はかなり安い。ラッキー。

2003年2月4日(火)

雪はさらに降り、20センチくらい積もっている。なのに、家の前の道路はほとんど除雪されていない。どうなっているんだろう。

205にはつららが生えた

ふと隣の家の庭を見ると、鹿が頭を雪にうずめて餌を探していた。この雪は辛かろう。

これはオブジェではありません

2003年2月5日(水)

夕食時に以前、友人に貰った白ワインを開けてみると・・・・ なんと甘口のデザートワインだった。

Chateau Bel Air 1997, SAINTE-CORIX-DU-MONT (GIRONDE)

きっと高いワインなんだろうけれども、こんなフルボトルのデザートワイン、飲みきれないよ〜。

2003年2月6日(木)

何日も降り続いた雪がようやく止んだ。

どっさり・・・・

例によって、公共交通機関のダイヤは大幅に乱れるし、高速道路でも多重衝突事故が多発している。せめてこんなときくらい、安全運転に心がければ良いものなのに、なぜか妙にせっかちな人が多いこの国では、そうも行かないんだよなぁ。

2003年2月7日(金)

今朝はマイナス15度。寒い。放射冷却現象だ。

たまったSASのマイレージのボーナスで、ヘルシンキに日帰りで往復する。ヘルシンキの市立美術館(Meilahti)で開かれている、2001年に亡くなったTove Jansonの回顧展を見に行くためだ。

よく知られているようにTove Jansonはフィンランドにおけるスウェーデン系マイノリティで、ムーミンシリーズの小説・漫画の他に、画家・彫刻家としても活躍した。今回の展示では、写実的な作品や、幻想的・抽象的な作品、「指輪物語」・「不思議の国のアリス」の挿し絵など、さまざまな作品が展示されている。個人的に気に入ったのは、なんといってもムーミンの挿し絵の原画、なかでも水彩でかかれたものである。とにかくタッチ、色彩が鮮やかで美しい。また、線描画のオリジナルも、本で見る以上に緻密で、ラインがしっかりしていて、見事(ところどころ修正液を使っているのはご愛嬌か?)。

作品以外にも、若いころから晩年に至るまでのポートレートがたくさん飾ってあったが、若いころのTove Jansonは非常に男性的な雰囲気である。この人は、本当に多才で、多面的な人だったのだ。

その後、市内のカフェで昼ご飯を食べて、夕方にはストックホルムに戻ってくる。ヘルシンキは、飛行機で行くと、本当に近いのだ。

 

なお、この展覧会は3月9日まで、その後はトゥルクに場所を移す予定とのことである。

2003年2月8日(土)

いやはや、引越準備がたいへんだ。おまけに送別会のハシゴをしなくてはならないし。日本への帰国に当たり、「北限の205」もおそらく引っ越すことになると思うけれども、当分の間、バックナンバーの一部が読めなくなってしまうと思いますので、悪しからず。

2003年2月10日(月)

今日はまた小雪がちらつく天気。雪はまだどっさり残っている。

 

このモミの木の雪で枝垂れた感じが良いのだ  寒いので馬も服を着せてもらっている

Kungens Kurvaの自動車用品店MICROの一角に出来たオフィス用品店KONTORABで、気泡の入ったプラスチック緩衝材(いわゆる”ぷちぷち”)を見つける。スウェーデンでも売っていたんだ・・・・

夜は職場で送別会をやってくれるというので、Radmansgatanのスペイン料理屋Andaluciaに行く。ここは少し高めだけれども、味と雰囲気は悪くない。個人的にはちょっと塩味がきつすぎるように感じたのが惜しかったけど。

2003年2月11日(火)

引越準備の慌ただしい最中を縫って、オペラ座にチャイコフスキーのバレエ白鳥の湖を見に行く。冒頭、オーケストラがいまひとつ集中を欠いている感じがあったが、第2幕くらいからどんどん盛り上がっていって、全体としては大いに楽しめた。演出は、非常にクラシカルで、衣装も美しい。

オペラ座は、ストックホルムでもっともお気に入りの場所の一つである。いかにも劇場然とした正面の大階段、ホールの豪華な天井装飾と照明器具、眩いばかりの黄金の間、地下の居心地の良いカフェ、19世紀末に建てられたこの豪華なオペラハウスは、いかにもヨーロッパらしさを感じさせられる。オーケストラピット上のアーチは、大理石風の彫刻と天井画で美しく彩られているばかりでなく、客席へ非常に良い音響効果をもたらしている。天井に描かれた天使は、オペラハウスの設計図を抱えているし、天井桟敷への廊下では「仮面舞踏会」のモデルとなったグスタフ3世暗殺事件現場である旧オペラハウスに関する展示がひっそりと佇んでいる。最初にここを訪れたのは、1997年の夏だったろうか。時が経つのは早いものである。

終演後、廊下のジェニー・リントとフッシ・ビヨルリンクの肖像画に別れを告げて、オペラ座を後にした。

2003年2月12日(水)

あぁ、荷造りがたいへん。もう、寝る時間もないくらいで・・・・

2003年2月13日(木)

夜、韓国人の同僚の自宅へ食事に招かれる。奥さんが、暖かい蕎麦とチジミ、そして辛子明太子やイカの韓国風塩辛、干し柿の入った甘いデザートを出してくれる。おいしい。遅くなってから、もう一人の韓国人同僚も駆けつけてきてくれて、餞別に本をもらう。うれしい。

2003年2月14日(金)

午後2時から、職場で恒例の「送別お茶会」がある。いままでずいぶん多くの人を見送ってきたが、ついに自分が見送られる立場になってしまった。挨拶をしたが、いろいろと言おうと考えていたことは、あまりうまく言えなかった。最後まで売ろうか日本に持って帰ろうか、迷っていたゴムのカヤックは、結局、同僚に200クローネで譲ることになる。ちなみにお茶会で出たのは、カーネルブッラー。

夜は職場の中でも特に仲の良い連中と、町へ飲みに繰り出す。Sky Barで待ち合わせがてらビールを飲んだ後、SlussenのBla Dorrenで食事をする。

「青い扉」という名前の由緒ある店だが、実際の扉は茶色である

この際、ええいっ、ままよ、とシャンペンを1本、注文。なかなか出てこないな、と思ったら、お店の人がMoet & Chandonの名前の入ったグラスを用意して持ってきてくれた。前菜にはリュールロムトースト(黄色いキャビアの載ったトースト)、メインにはヘラジカのミートボールを注文する。閉店まで楽しくやった後、タクシーにて帰宅。最後くらい、少し贅沢したって許されるだろう。

2003年2月15日(土)

メラーレンに面したお気に入りのカフェで日本人の友人と昼食を取る。ふと見ると、窓の外に胸の赤い小鳥を見る。よく、クリスマスカードに描かれているやつだが、この時期になってはじめて見た。

 

その後、凍ったメラーレンの上を歩いていたら、突然、ボートが氷を割りながらやって来た。あわてて湖岸に戻るが、氷がミシっと不気味な音を立てる。ちょっと怖かったけど、でも実は面白かった。

 

夜は4年来の友人のイタリア人カップルに夕食をご馳走になる。彼は素人とは思えない料理の腕を持った男で、メニューもすごかった。前菜は、牛ヒレを生ハムのように干してオリーブオイルをかけたもの、生ハム、サラミ、鳥のレバー、etc... プリモはサフランのリゾット(もちろんブイヨンは牛の筋から取った自家製、煮込んでいる間に浮いてくる油を冷やして固めて取り除くのがコツなのだそうだ)。メインはイノシシのチョコレート煮。デザートは自家製ティラミス。美味しかった。ちなみに彼は部屋で熱帯魚と蛇を飼っていて、子供のことは”サンペイ・ミヒラ”の漫画が大好きだったそうな。

2003年2月17日(月)

今朝はよく晴れ渡り、きれいな朝焼けが見れた。西の空には満月がゆっくりと沈みつつある。気温はマイナス7度。

この眺めももうすぐ見納め

毎朝、目覚めるたびに、スウェーデンでの残された時間が着実に短くなっていくのを実感する。ちなみに今、これを書いている時点で、出発までちょうど50時間。はたして準備は間に合うのだろうか!?

ところで読者の皆さんになって気になっていると思われる点について。私の帰国後、205はどうなるか? 実は明日、すでに知り合いの学生さんに1800クローネ(約3万円弱、買ったときの10分の1弱)で売る約束になっている。そこで、嫁入り前の205にフルコースの機械洗車をしてあげることにした。

 

ワックスまでかけたら、ほら、この通り、ぴっかぴか!

2003年2月18日(火)

いよいよ今日は205ともお別れの日。

最後の夕日を眺めながら205は何を思う・・・・

205が私のところに来たのは、1999年9月30日。そのときのメーターが119,241kmで、今日、最終的なメーターが156,605km。3年5ヶ月で37,364km走ったことになる(平均して一ヶ月あたり約900km)。この間、2回のレッカー体験を含め、ずいぶんあちこち修理したものだ。

たいへんよくがんばりました>205

さて、夕方6時頃、最寄り駅前まで引越の手伝いをしてくれたヤーノシュ君を送り、新しい205のオーナーのベンヤミン君と待ち合わせる。

ベンヤミン君に205の状態について説明し、車両登録証の裏面の名義変更届にサインをして渡し、地下室に置いてあった夏タイヤ+補修用品+レジャー用品等を積み込む。いよいよ、205ともお別れだ。

 

もともと小さな205のテールランプが、少しずつ小さくなりながら、角を曲がって見えなくなっていったときに、それがちょっと滲んで見えたのは、気のせいか?

2003年2月19日(水)

いよいよ出発の日だ。薄っぺらい片道切符が、いつもの日本行きとの本質的な違いを物語っている。

結局、アパートとオフィスの片づけにひどく手間取り、二晩連続の徹夜となってしまい、あらかじめ前日夕方にチェックインしてあったホテルオーデンにタクシーで戻ったのは、夜明けになってしまった。

夜明けのEssingeledenから市庁舎・ロングホルメン・スードラマルムを望む

こんな羽目に陥った一因は、前夜、親しい友人達とBangkok Kitchenで最後の晩餐を楽しんだことにもある。だけれども、4年間もスウェーデンに住んでいた以上、只で帰してもらえる訳がない。しんどいことも多かったが、最後の1ヶ月は、なかなか愉快な出来事が多かった。これもまた、人生かな。そんなことを考えながら、ホテルの浴槽に身を沈めていたら、だいぶ体が楽になった。長時間フライトの前にはお風呂でリラックス。私の密かな旅のコツである。

さて、今回のフライトはアムステルダム経由のKLM。少々古びた737は第5ターミナルからの出発、定刻通りにアーランダ空港新滑走路から北へ向かって離陸、ウプサラの町を右手に見ながら左旋回し、ストックホルムの西側を南下する。乗機はスカンジナビア半島を南西に横切る形で飛行し、眼下にはこの4年間に名前を覚えたスウェーデンの湖や町がつぎつぎと現れてくる。最後の最後に、ニルスの不思議な旅の復習だ。

 

メラーレン湖上空(ヴェステロース方面)およびスードラタリエ上空

 

ヴェッテルン湖北部と、その手前に見える野鳥保護区トーケルン湖(白く凍っている)

 

ヴェッテルン湖南部を過ぎると、いよいよ西海岸に出て、スウェーデンともお別れ

さて、乗り継ぎのアムステルダムでは、例のハエを発見。

ところがこのアムステルダムで問題発生。747-400に乗って、出発を待っていると、なにやらアナウンスがあって、出発が遅れるとのことだが、しばらくして、泥酔した乗客36名をつまみ出すことになったが、その手荷物を降ろさなければならないので、まだまだ時間がかかるとのこと。結局、1時間半近く遅れて出発したが、キャビンアテンダントの機嫌の悪いこと、機嫌の悪いこと。とはいっても、飛行自体は順調で、再び眼下にスウェーデンの大地が広がる。

 

ヴェッテルン湖北部とスウェーデン中部の東海岸

夕食が配られはじめたころに、オーランドが見えてきて、夕空にスウェーデンの東海岸が遠ざかっていく。

今度こそ本当に、ヘイドー

2003年2月20日(木)

疲れ果てて泥のように寝ているうちに、成田に着いてしまった。2月とは言え、日本は暖かい。もう、梅が咲く時期なのだ。

さて、ふたたび読者の皆さんになって気になっていると思われる点について。私の帰国後、このサイトはどうなるか? 実は、次の構想を練っているところなので、お楽しみに。


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