SSSの生い立ち


幼少の頃  東京都足立区に生まれ、3才の頃から、
買ってきたおもちゃをその日の内にバラしてしまう子供でした。
小学校の入学前には、
家中の時計も電蓄も全て私の探求心の犠牲となりました。]
小学生の頃  学校の帰り道に有る、バイク屋の店先で暗くなるまで作業を
見ているような子供でした。
 又、学校で売っていた雑誌(学研の科学と学習)の付録を、
道端に座って組みたてている事もしばしばでした。
10代 アマチュア無線、ラジコン、バイクなど色々やりました。
学校のクラブでスバル360の解体車を買ってきて、
バギーを作ろうとしましたがあえなく挫折しました。
 中学一年生で、免許も無いのに、
80ccのポンコツバイクを買ってきて 乗り回していました。
 その後先輩のドリームCB72やW1(まだシングルキャブの頃)
を乗り回し 16歳で免許を取ったのをきっかけに、
CB350Forを新車で入手し彼方此方にツーリングに行きました。
 最長は、8日間、野宿をしながら、中部日本一帯を走りました。
 この当時の目標は、バイクでオーストラリア縦断でした。
 今でもチャンスが有ればやって見たいと思っています。
 その後 車にも乗るようになり、初めての愛車は、
1万円で譲り受けた パプリカ1000でした。
この車は、K型エンジンのシングルキャブで
確か50馬力台だったと思います。  そのうち、今は、亡き一番の親友が、
チェリーX1を購入(彼の家は金持ちだった)とても勝負にならないので、
無謀にも自らチューニングをする事を決意
カローラRSの2KBエンジン(ストロンバーグのツインキャブ)を
解体屋で入手して、オーバーホールがてらTRDのステージ2キットと
軽量化フライホイールを、組みこみました。
推定出力は、90馬力位は出たと思います。
 この車で、筑波初走行、走行後アイドリングが出来なくなり、
帰り道でコンロッドが折れて足だしと言うトラブル発生。
 原因は、1箇所のピストンが、180度逆に組んでいた為、
バルブリセスも逆で サーキット走行で、バルブと干渉したと言う、
恥ずかしい原因でした。
 しかしこれにもめげず、何しろエンジンは
解体屋でいくらでも探せたので、再度組みなおしました。
 今度のエンジンは調子も良く、彼方此方走りまわりました。
最高は、北海道を1周しました。
 しかし今考えると、コンロッドメタルのオイルクリアランスが
 たぶん狭すぎたと思います。
20代  早く結婚し、子供も居た為にチョー貧乏暮らしが続きましたが、
有る日会社の仲間5人でフレッシュマンレースに出ようと言う
話しが盛り上がりKP61を購入し、
とりあえずレース車輛を自分たちで作りました。
 5人で一番タイム出せる人間がドライバーとなる事に決め、
FISCOで勝負した結果、一番のタイムを出した私が
ドライバーとなりました。
 経済的にはかなり厳しかったのですが、当時は、
インターネットも無く手伝ってくれる仲間を集めるのも
なかなか大変だったので このチャンスを逃したくないと思い、
奥さんに3年間だけと頼み込んでやることにしました
 実際にエントリーする事になり、一番困ったのは、情報の少なさでした。
 貧乏だったのでショップにも出入りできず。
パドックで車検の時など上位チームの 車の写真を撮らせてもらって、
研究したりしました。
 当時フレッシュマンレースは、エントリー予備軍が多く、
決勝に残る為には、トップのタイムから、
ほぼ2秒落ち以内に入らなければならず、私が始めた頃は、
土屋さんが売り出し中で これの2秒落ちを目標に練習と車作りをしました。
 そんな中で、やはりほとんどの経費は、
ドライバーで有る私の負担になりました。
その為、タバコはもちろん昼飯も食べられない生活が2年続きました。
 パワーが無いので、軽量化の意味でドライバーもやせる努力をして、
今と比べると、なんと20Kg以上のダイエットをしました。
 それでも、最初の中間達は、練習に付いてきて、
一日中タイム計測とピットサインを出してくれたり
レースの前日から宿泊費自分持ちで、手伝いに来てくれました。
 結果、実際にほぼシリーズでエントリー出来たのは、
結局最後の1シーズンだけでした。
 そして、何時も予選通過できるか出来ないかのぎりぎりでした。
 その為、エントリーフィだけで7万円以上かかって、
前日の練習日から泊り込みで行って予選が5周、
最初と最後はアタックできないので、実質3周のアタックしか出来ずに
むなしく引き上げる日も有りました。
30代  29歳の時、レース用の車をメンテしていて、
全天候性のガレージの必要性を痛感したのと
奥さんの強い要望で、ガレージ付きの家を建てました。
住宅ローンの負担で、またもや貧乏暮らしになってしまったのと、
土屋さんの走りを見て、素質の違いを思い知りおとなしくすごしていました。
最近の話し 最近の話しは、ここ

戻る