ロベルト・モレノって誰?

 ブラジル出身の良きおじさんである。 何度となく挫折を味わい、運が無い、 恵まれないといわれながらも、実力はあるドライバーである。 事実、F1でも、CARTでも、表彰台に上った経験をもつ。 年は結構くってしまっているが、全く衰えを感じさせない走りをしてくれているので、 今後とも活躍してほしいと願っている。


ロベルト・モレノのデータ
名前ロベルト・モレノ(Roberto Moreno)
誕生日1959/2/11
出身ブラジル
血液型A Rh-
身長体重168cm/56kg


ロベルト・モレノの経歴
1998年
 ベッテンハウゼンより参戦予定との噂。
1997年
 初戦のみ、ペイトン/コインより出走。
 第3戦から、怪我をおったクリスチャンの代わりに、ニューマン/ハースより出走。
 第15戦、第16戦は、これまた怪我したカーパンティエの代わりに出走。
 最高5位。第5戦では、フロントロウグリッドを獲得している。
1996年
 9年ぶりにCARTに復帰。US500では3位表彰台。CARTでのベストリザルト。
 総合21位。25ポイント。
1995年
 3年ぶりにF1に復帰する。フォルティより17戦参戦。最高位14位。
1994年
 ブラジル24時間耐久カートにおいて優勝。
 パン・アメリカン選手権1000クラスにおいて5位。
1993年
 フランスツーリングカーにアルファロメオより出走。7位。
1992年
 アンドレアモーダより参戦。出走はモナコでの1回のみ。 だが、チームの永久追放のためシートを失う。
 その後、イタリアツーリングカーの最終3戦にフォードイタリア参戦。
1991年
 総合10位。8ポイント。ベネトン,ジョーダン,ミナルディより14戦参戦。
 ベルギーGPでのミハエル・シューマッハとのスワップはあまりにも無惨。
 マクラーレンテストドライバー。
1990年
 総合10位。6ポイント。ユーロブルン,ベネトンより参戦。
 スペインGP後のチーム解散によって途方に暮れるが、
 ナニーニの事故によりベネトンへ乗る機会を与えられる。
 鈴鹿で2位表彰台。見事ナニーニの代役を果たす。
1989年
 F1に復帰。
 Coloniより参戦。出走4回。
1988年
 国際F3000チャンピオン獲得。
 フェラーリテストドライバー。セミオートマの開発に携わる。
1987年
 国際F3000に参戦。総合3位。
 F1最終2戦にAGSより出走。オーストラリアGPで6位入賞し初ポイント獲得。
1986年
 IndyCar 総合16位
1985年
 IndyCarにデビュー。5戦に参戦。最高位5位。
 全日本F2に参戦。
 国際F3000に参戦。
1984年
 国際F2に参戦。
 フォーミュラ アトランティック:オーストラリアGPで優勝。
1983年
 北アメリカ フォーミュラ アトランティックに参戦。
 フォーミュラ アトランティック:オーストラリアGPで優勝。
1982年
 フォーミュラ アトランティック:ニュージーランドGP,モナコGPで優勝。
 ニュージーランド フォーミュラ アトランティック チャンピオン。
 イギリスF3に参戦。
 ロータスよりF1初参戦。が、あえなく予選落ち。
1981年
 フォーミュラ アトランティック:オーストラリアGP、マレーシアGPで優勝。
 イギリスF3に参戦。
1980年
 イギリス フォーミュラフォード チャンピオンになる。
 ワールドカップ チャンピオン(フォーミュラ フォード カーニバル)
 ヨーロッパ フォーミュラ フォードに参戦。
1979年
 イギリスに渡り、フォーミュラフォードにステップアップ。
1978年
 ブラジリア、シニアカート125cc チャンピオン。
1976年
 ブラジル、ナショナルカート チャンピオン。
1975年
 ブラジリア、シニアカート125cc チャンピオン。
1974年
 カートレースを始める。
 ブラジリア、ジュニアカート125cc チャンピオン。


募集!モレノのベネトン時代の写真を募集しています。くわしくはメールくださいませ。

E-mail:moreno@geocities.co.jp
home