ダットサン・ヒストリー(その2)


写真は、ダットサン112型
ダットサン110型の登場
 これまでに学んだオースチンのノウハウを生かし、日産は新世代のファミリーカー開発に本腰を入れる。 戦前から取り組んでいたコンパクト・ファミリーカーの集大成として「ダットサン110型」が1955年に製造された。 現在まで続くプルーバードの源流とも言うべきモデルで、これまでのダットサンと比べても機構的には進化が見られなかったものの、これまでのモータリゼイションを飛躍させた傑作車であったと言われ、新しい息吹を感じさせる洗練されたデザインが特徴的でだった。 そのボディの方は完全プレスで造られ一貫生産され、製造開始当初は自社製の他に、航空機ボディの生産などで高い技術力を誇っていた新三菱重工業にもボディの製造を依頼していた。 その後、製造技術の吸収が終わると、自社製ボディのみとなり、マイナーチェンジによってエンジンマウントやリモコン式シフトといった改良も加えられた。

ダットサン210型の登場

1958年に新開発したC型OHVエンジンを搭載し、コラムシフトに改良したマイナーチェンジ版の「ダットサン210型」が登場した。 同年9月にはオーストラリア・モービルガス・トライアルに挑戦し、富士号がAクラスのウイナーとなり改良版211型として市販された。 翌年には「ブルーバード」が登場し、小型ファミリーセダンの座をバトンタッチするが、以降も「ダットサン」の名を車名に冠し、海外では今でも「ダットサン」のブランドイメージが浸透している。
写真は、ダットサン211型



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