がんばれオサム選手

苦節24年 カート・FJ・F4・F3と総て乗りこなし、5年前からF3000でひつこく活躍する
中嶋選手の大激突顛末記どす。
KRHC No.227
 それは3ヶ月前のこと 5月23日フォーミュラニッポン第3戦
 雨のなかにしてはめずらしく16番手と中団であった。全然頑張ってないのに…となにかイヤな予感のなか決勝が始まった途端にトラブルでピットスタート。
クラッシュ前の勇壮な走り
 ピットでは、近藤選手、玉中選手、オレ様の3台がピットスタートの順番をめぐって、オフィシャルをはさんでワシがワシがと、もめていた。
やはり、グリッド順でオレが一番前だったが、これがドツボにはまる事になるのじゃ。
前が水煙で全く見えない雨の中、追撃中のメインスタンドストレートでアクセル全開のままミハエル・クルム選手にヒット!クルムをジャンプ台にして跳ね上がりコンクリートウォールへ激突!!!
 ヘルメットが割れ、ケツの骨が折れ、左足粉砕骨折、肋骨9本骨折、左鎖骨骨折。左肺半分は血液が溜まり、血のアワを吹いて白目むいて気絶。車は全身粉砕骨折で即死。
 オレのブレーキ・マスター・シリンダーは、クルムのヘッドレストに突き刺さっていた。オフィシャルも関係者も誰もがもう死んでいると思ったらしく、オレにさわろうともせず、ただブルーシートが来るのを待っていたという有り様だった。…ブルーシートが掛けられる時、オフィシャルの「あっ、まだ生きてるぞー」と叫ぶ声が遠くかすかに聞こえた…
 やっぱりスズカでオフィシャルやドライバー活動している間の、過去の色々なワルサのツケがドドーンと廻ってきたんやろか。
哀れなマシン(壮絶!)

 オレ42歳の本厄、同じLEYJUNのピーター・ダンブレックも25歳の本厄。今年は二人そろってエライおそろしい空中浮遊を経験したワ。
 ピーターはルマンでベンツの空中3回転ウルトラCをやらかして見事な着地(さすがやわー)。車は即死したものの、ピーターは喉からケツが飛び出しそうになっただけで無傷やった。
 オレの着地失敗は全身骨折や。えらい差やわー。やっぱりオコナイの差かなー…。それともピーターはオレに内緒でオウムに入って、空中浮遊の特訓修行をしてたんかもしれんな。
 それ以来ツライ病院生活と車椅子状態が続いとるということやが、この糞暑い夏、どうしてもかゆくてたまらんので、寝ている間にギブスを取ってしまう。朝起きたら糸ノコの刃を握り締めてバラバラになったギブスがベットのあっちこっちに散らばっていて、医者にギャーギャー怒られっぱなし。
 とうとう「お前みたいな奴はもう来るなー」と次々と病院を追い出されること3回!!
 盆休み頃になって少し骨がひっついてきたような気がしたから、またまたギブスを外してみるとヤッパシひっついとらん。左足は膝が二つある全方向折り曲げ可能のフレキシブル状態や。クッソー。
 いまさら追い出された病院に駆け込むのはケッタクソがワルイので、今さっき事故で折ったような様な顔して救急車呼んだわいな。ホンマにいろいろ苦労するわ。
その4件目の救急病院の医者は「この足は3ヶ月はかかりますなー」と言いやがった。クッソー。
クラッチ踏めんかったら今年はレース復帰は無理やな。オレだけセミ・オートマっちゅう事ではマズイやろうからなあ。
あと3ヶ月は我慢しておこう。来年もやるでワシは。KRHCのエースとして。

*KRHC(KYOTO RACING HYBRID CLUB)
自動車競争ゴッコ変人集団の怪報 No.227 1999年8月30日発行より転載

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