自己紹介


   私、「コイダ」こと小井田慎一と申します。昭和34年
(1959年)1月の生まれです。埼玉県 さいたま市大宮区(旧大宮市)に住んでいます。

`89年にスパイダ−を購入したのは、私が30歳の時でした。それまで`74年型フォルクスワーゲン・ビートル(中古)>`87年三菱ランサー・インタークーラー・ターボ(通称ランタボ)についで3台目のクルマとして我が家へやってきました。思えばその当時、アルファロメオはもちろんオープンカーですら一般的ではありませんでした。そのころのオープンといえば、マツダのRX-7「カブリオレ」、同じくファミリアの「カブリオレ」ホンダのシティの「カブリオレ」なんかがありました。だけど、デザインに納得できなくて「イヤ」だったのです。当時、趣味としてのクルマ選びの中に外国車は範疇にありませんでした。

さて、購入を遡ること1年前。当時のカー・マガジン誌でアルファスパイダーの広告が偶然目に留まりました。毎月都会的でかっこいい写真を載せていました。その粋な広告を毎月載せていた、柿ノ木坂(目黒)にあった某カーショップに、実車が見たくなり訪ねたのです。当時確か`88年式の最終キャブ車(黒)が飾ってありました。「アルファロメオスパイダーか。かっこいい〜...」いやぁそれからというもの、実車が見たくて夜な夜なミニバイクで通いました(笑)そして、徐々にこれだ!という気持ちが固まっていきました。
そんな頃、正規ディーラーとして、大沢商会が名乗りをあげたのです。で、その後スパイダ−の価格は、消費税が導入され、それまでの物品税が廃止された結果、価格は50万円下がりました!....それで買う気になってしまったんですねぇ...なんとも凄いハナシです。当然60回のローン。両親と家族には迷惑を掛けました。
東京は田町にある、当時の正規代理店 大沢商会での試乗の時の緊張感は忘れられません。助手席にセールス氏を乗せ、道路に出た瞬間の感動、2速に入れた時の加速感(私には異次元的。ターボ車とは全く違うリニアで有機的な動き)に五分後には購入する意志を固めていました。
そして5年後、ローンは全て払いきりました。やっと自分のクルマになりました。
オーナーとなった当時、本人はオープンにして走りたいのに、見られるのが恥ずかしくてサングラスを掛けてばかりいました。昼間っから暗い風景など見たくは無かったのですけどね(笑)
そう言えば初代ユーノスロードスターがデビューした年でした。あれはいいクルマでした。数カ月遅れていたらユーノスを買っていたかも知れません。これも運命だったのでしょう。



あの頃、苦労してスパイダ−を購入されたかたは大勢居ると思うのですが、私と同じ様に最初から乗り続けていらっしゃるかたはいるのでしょうか?このページを御覧のかたでいらしたら、是非お話をしてみたいです。
ご連絡お待ち申し上げます。
スパイダーは、私にとってアルファロメオは唯一無二のイタリア車です。他にイタリア車を知りません。スパイダ−以外にステアリングを握ったアルファロメオもありません。10年を越えてなお「飽き」が来ない為、他のクルマと比較したり、乗り換える事を考えた事がないからです。そんな思いで乗り続ける人間もいてもいいんじゃないかと思います。言い訳がましいのですが、結果的に経済的なのでしょうね。



当時イタリア車といえば、「錆びる」「壊れる」「(修理代が)高い」というどうしようもない定評がついてまわる存在でした。なのになぜ!アルファロメオなんか買ってしまったのかと言えば、一言で言って

かっこいい!
と思ったから他ありません。まわりからは「苦労するぞ」とか「長続きしないぞ」と言われましたが色々と考えた末、購入を決定しました。
「なんといっても20年以上製造されているクルマだからマイナートラブルは克服しているはず。大沢商会は正規ディーラーなのだからアフターメンテナンスも信用できるはず。錆の問題も`85〜6年あたりから防錆処理技術も向上したと資料で読んだし.......。」
当時は相談できる人もおらず、そんな事をアタマで考えながら勇気をふるい立たせました。そしてその勇気は後に確信へと変わっていきました。
スパイダ−は自分にも充分維持できるクルマなんだ」と。
私の、アルファスパイダ−との付きあい方はいわゆるアルフィスタというかマニアといわれるようなディープなものではありません。クルマを眺め、洗車などしながら満足し、オイルなど気をつけながらドライブする事が好き、そんなアルファロメオファンです。ただ、好きなクルマの事は熟知していたいと思っています。
だから整備マニュアルなどは揃えました。トラブルが発生しても原因や対処方法は知っておきたいからです。おのずとクルマの接し方にも丁寧さといたわりがでてきますし、結果としてクルマが長持ちすると思っています。

スパイダーの機械的成り立ちをみると、その構造自体がワタシのような素人にも考え、解決させてもらえる余地が残っているように感じます。このクルマは、後のブラックボックス化されていく最新型にイイ意味で遅れていたおかげで、下に潜り込んで油まみれになれる楽しみを残しておいてくれました。昔勉強した「自動車の仕組み」的オーソドックスなレイアウトをしています。縦置きDOHC4気筒のFR、前輪ダブルウィッシュボーンサスにリアはトレーリングアーム、4輪ディスクブレーキ。文字にするとスポーツカーの方程式そのものです!
電気関係にしても、LEジェトロニックによるインジェクション化されているとはいえ、その結線は単純で「自己診断装置」なんてありません。トラブルがあるとすれば、まず接触不良を疑うことから始まり、ほとんどそれに帰結し解決します。良くも悪くもローテクなんですが、おかげで自分で解決できる「喜び」(と言っていいんですよね〜)が得られる貴重なクルマです。あ、前提として「アルファロメオ」だってところが大事なポイントなんですが(笑)(2006.11.09)



アルファロメオスパイダ−の同志が増えるのは嬉しいですが、それだけのグループを組むつもりは今の所ありません。それではあまりにも狭い世界になってしまうと同時に、自ら活動の場を制限してしまう事になってしまうからです。

自動車趣味は車種など限定せずに「私はこのクルマが好き」といえる人達の集まりのほうがいいと考えています。勿論、クルマとの付き合い方はひとそれぞれ、十人十色です。
走るのが好きな人。メンテナンスが好きな人。模型が好きな人。写真が好きな人。仲間と語るのが好きな人。お互いを認めあい、共感する事ができれば自分自身の人生がもっと明るく、楽しくなると思うのです。(2000.1.3)



私は、単独のモデルでのグループは組まないと述べました。理由も書きました。しかし「Spider'sDay」開催の事でそれは少し了見の狭い考えかも知れないと、考え直そうと思います。自分の活動拠点は一つでなくてもいいのだと言う事です。

スパイダ−はアルファロメオの中でもあまりメジャーな存在では無いでしょう。でもスパイダ−を愛するオーナーは確実に存在しています。アルファロメオという「括り」のなかで活動していてもスパイダ−はジュリア系のメカニズムと共通するとは言え、所詮は二番手。別に一番が大事なのではないし、順番などナンセンス。私は、私を含めスパイダ−にはスパイダ−の共通した情報と共感できる意志が欲しかったのです。
「アルファロメオ」という縦の繋がりのなかに、「スパイダ−」という横のつながりがある事で自分にとっての自動車趣味が充実を得られるのだと考えていこうと思うのです。(2000.5.5.)



丸17年を迎えた2006年、同じクルマにつきあってきて思う事は、こういうクセのあるクルマは、自分の物にしたいと思うならば(身体の一部という意味ね)10年はつきあうべきだなぁと感じています。これには気にいったクルマとの出会いが大前提なんですが。趣味のクルマ雑誌に書かれている事って間違いではないけれど、きわめて表層的だなと感じています。もっと色々あるのになぁと思ってしまうのですよ(ネタはどんどん増えていきますからね〜)
クルマという工業製品(あえて無機質な言い方)は「使用する」と言う事、つまり時間軸でも見極めていかないと評価する事なんてできないのだという信念が生まれてきました。そしてつきあう時間が長くなればなるほど、これを設計/組立てをした当時の人達(ピニンファリーナですね)に思いを馳せてしまうのです。多分、「また改良すんのかい?いい加減に新車にしたらいいのに。時代はインジェクションだろ?いつまでもキャブじゃ環境基準に適合できねぇし」なんてこと言ってたんでしょうね。だってアルファロメオですよ?新型「命」じゃないですか!

いかに会社の状態が悪かったが想像出来ますね。それでもスパイダーが無くならなかったのは、やっぱりアルファロメオだから、なんでしょうね。

スパイダーの調子が悪くてリレーをチェックするために内装をはぐってみたりすると、数字だか文字だかわかんない手書きがあったりします。こういうピニンの工場の工員が書いたであろうものを見ると本当のイタリアを肌に感じてしまうのです。つくりの悪いダッシュボードもイタリアはあるけれど、こんなホコリにまみれ、廃車になるまで見られる事がないであろう「落書き」は長期になってしまったオーナーへイタリアからの「ボンジョルノ〜!!」なのだと一人ほくそ笑んでいます。(2006.4.10)平成18年



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