
その日、何があったのか……。
誰も傷つかないような書き方はできないし、自分を正統化する言い訳になるかもしれないが、書くだけは書きます。
今回の「ちょこっと集合」は、奥浜名湖のうなぎ屋「千草」に11時。その後、有志は東名を走っておやじさんの熱海無料宿泊施設で宴会である。関西勢の関東お礼参りをお膳立てするための企画だった。
普通に考えると、東名を往復するだけのツーリングである。しかし、熱海に宿泊する名古屋のなかなかさんが、美味しい下道を帰走するのは目に見えていてとても悔しい。関東勢としては、往きに下道を走るしかない!……そう考えていると、ダーさんも同じ発想だと知り、静岡ICで待ち合わせることに。TMAXのなかなかさんも参加表明し、3名のお馬鹿さんが集まった。

目覚めると雨(汗)。
でもまあ、約束したのがダーさんだし中止はないなと、迷わずカッパを着込んで出発する。天気予報では降水確率0%、夜明けと共に天候は回復していった。
先日来、ナビの調子が悪い。東名に乗る前の東京ICで自位置は停まったままである。アンテナの所為なのか本体の故障なのか、ダーさんにアンテナを借りて確かめる約束をしている。しかし、足柄SAでナビの下にタオルを敷いてあげると、ナビは自位置を捕捉し始めた。あれ?単に振動だったの?
約束の6時半にIC出口に到着すると、銀翼と黄色のTMAXがすでに到着していた。もう皆そろっているんだと思い、近寄ると、「こめさん、私もお邪魔します」とTMAXのHiroさんの笑顔が出迎え。あらら、それじゃ、おなかさんはやっぱり遅刻? 「だって、昨晩の掲示板に4時半に家を出るって書いていたよね」「うん、一番遠いのにねえ」 すると、「書き込みのあったその時間に準備をして家を出ました」とダーさん。御殿場から下道走ってきたらしい。それもすごすぎ。
やっと到着したおなかさん、集合を沼津ICと勘違いして時間計算したらしい。それでも、7時に出発だ。
と、その前に、IC出口のスタンドで、ガソリンを満タンにする。すると、みんながぼくの銀翼のリヤタイヤを見ていぶかしんでる。空気、抜けてるね……(汗)
タイヤをしげしげとチェックするが、何も刺さっているものはなさそう。スタンドで空気を入れる(このとき、正確な必要エア圧を調べず適当に入れたため、その後、抜けたのか抜けないのか不信が強まるばかりだった)。
評判の国道362をあえて走らず、併走する県道32を目指す。
舗装は悪くないのだが狭い。362が1.5〜2車線ならば、県道は1〜1.5車線といったところ。そして、今朝まで雨だったため、路面は良いとは言えない。次の分岐で国道362にコース変更しようと相談しながら走って行くと、道幅は国道並みに広がっていった。道幅が広ければ、路面も乾き、絶好調である。静岡ならではの茶畑が続く山間ルートを、くねくねくねくね、くねくねくねくねと、走りつづけた。
くねくね道を走ると、ナビは再び自位置を失った。休憩したときに衛星を捕捉させようと試みるがまったく機能せず。ダーさんからアンテナを借りて試すがダメ。本体が完全にいかれたらしい。これ以降は、周りの風景をみて自位置を自分で動かす使い方になる。手元にいつでも地図が広がっているというメリットでしかない。

県道32は、川根温泉で国道473に交差する。国道362に「逃げる」ならここがチャンスだった。
しかし、ナビがいかれたため、道なりに進むしかなかった。また、はじめこそ狭くて濡れた路面だったが、その後は広くて快調な道に変わったため、すっかり騙された我々は、県道32の後半部に突入してしまったのだった。道幅はだんだん狭くなっていた。両サイドに茶畑が広がるような場所は、狭くてもきれいで楽しい道だが、森の中を抜けるときは濡れた路面に気をつけなければならない。
水溜りや濡れた落ち葉に気をつけながら走行しているとき、ふと気づくと、バックミラーに誰も映っていなかった。停止してしばらく待つが誰も追ってこない。どこかに分岐路があったっけ?などと悩んでいると、無線から「転んだー」との声(汗)。引き返すとおなかさんのTMAXが、水溜りの中でスリップして転倒したとのこと。幸い、バイクの損傷はほとんどなかった。

気を取り直して走行開始。だが、バックミラーに映るおなかさんのTMAX。その後ろは……? 「おなかさん、後続は?」「あれ、そう言えば……」
無線でダーさんを呼ぶがすぐには反応しない。「?」「……こちらダー。転びました」 再びUターンして戻ると、ダーさんの銀翼が濡れた杉の葉でスリップして転倒していた。こちらも大した損傷はない様子。ナビをハンドルぶら下げ式にしたために、ハンドルが重くなってしまい、操縦を誤ったとのこと。以後、ダーさんはナビを外してしまったので、道案内は私の壊れたナビだけとなってしまう。
ようやくの思いで県道32を走りきり国道362に合流したときは、思わず歓喜の雄たけびをあげる。362が無償にありがたかった。が、この先は一本道のはず……ではなかった。天竜川を渡る橋が通行止めで迂回しなければならないのだった。悩んだあげく、前回使った迂回路をようやく見つける。ナビが機能しない辛さを味わうのだった。


うねうねの下道を快走し、浜名湖のうなぎを食す。1日分のツーリングのノルマの十分果たし大満足の「半」日であった。うなぎ道走って転んでないのは、ぼくとHiroさん。次はどっちだ?などと、先のことも想像できずに冗談を言った。(ちなみにHiroさんは熱海には来ない。じゃあ次は……?)
1時間の宴を終え、12時には千草を後にしていよいよ熱海へ向かうことになる。ナビが動作しないことを理由に先導は辞退させてもらい、そのお詫びに殿軍を努めることにした。
出発前にスタンドで満タンにするついでに、後輪のエアーを補充する。今度はサービスマニュアルを確認して、正確に2.2気圧入れる。これで、抜けつづけているのか、問題ないのかはっきりするだろう。
走り出してすぐ、無線での会話が聞こえないことに気づく。信号待ちで尋ねると、たまるさんの無線機が144専用なので、それにあわせたということ。あらら、今日のぼくはVX-5(50,144,430のスリーバンド)じゃなくて、430専用の安物アルインコなのに。ぼくらは遅刻して後から合流したので、ここはあっさり身をひく(泣)。誰とも会話できず、ただ走るだけのツーリングがこんなにつまらないとは、あらためて痛感するのだった。
それにしても先頭は、追い越し車線を140ペースで走り続けている。最後尾を走るぼくの前はさかなさん、その前はノアさんだが、ノアさんは自分の走りを守るポリシーで、集団からどんどん離れ、間にクルマが割り込まれてしまう。遠目にみていると、この3人以外は集団を保っているようだった。いつしか、集団は視界から消える。最後尾を守っていても、無線が使えないのでは、先頭に離れたことを伝える手段はなく、ちょっとあせる。どこのSAで休憩するか、確認していないのである。(ノアさんが無線装備であることを知らなかった)
ノアさんとさかなさんには失礼して、速度を上げて集団に追いつくことにした。思いのほかは離れされていなかったが、最後尾となってしまったノアさんはどんどん視界から消えていってしまう。
案の定、集団は牧の原SAに入っていった。集団最後尾であるぼくは、SA入り口に停止してハザードをつける。追い越し車線を走っていたさかなさんが慌てて車線変更して、ぎりぎりSAへの入った。さらに待つことしばし。ノアさんも無事SAに入ることができた。
SAでおやじさんも無線ができないことを知り、完全に自分が孤立していることを再確認する。最後尾を走っても意味がないので、集団の中ほどに混ぜてもらう。次の休憩ポイントは愛鷹PAだと、おやじさんが皆に伝えていた。全員が周知しているのかどうか不安で周りの人に声をかけると大丈夫そうだ。
集団の後ろ三分の1くらいでのほほーんと走る。この位置だと、集団の前後がいったいどうなっているのか、まったく分からない。分からないから気にしない。いい気なものである。……ということで、高速走行中にこんな写真を撮って遊んでいた。富士山がきれいだ……。
などと、富士山に見とれていたら、なんと先頭は富士川SAに入っていく(汗)。ぼくよりも前を走っていたおやじさんが、SA入り口の灯台になってくれたので一安心。その他大勢の一人として進入する。
開口一番、「愛鷹じゃないのお?」と問うと、「富士山がきれいで」との答え。納得せざえるを得ない眺めだった。
この後は御殿場ICである。迷う心配はないので、すっかりとその他大勢として走る。
御殿場IC出口のスタンドで給油を済ませ、いざ、途中集合のメンバーがいる十国峠を目指す。さすがにここから先は、関西メンバーに先頭をお願いするわけにはいかないので、いつものようにぼくが先頭を走ることになった。
後輪のエアは、蹴飛ばした感じで問題ない硬さだったので補充はしなかった。
国道138から長尾峠に向かう県道401に入る。安全マージンを取って対向車を先に行かせてから右折しようとしていたら、2番手のおやじさんがさっさと県道に飛び込んでいった。今日は丸一日、高速道路の往復だったので、峠道で爆発なのだろう(笑)。
かっとんで行くおやじさんの後を追うが、どんどん離される。おやじさんが速いのは間違いことだが、ぼくの走行ラインがぐちゃぐちゃで「いけてない」のを自覚する。自覚できてる時点で無理をしなければいいのに、なんとか軌道修正しようとしてしまう……。そして、右コーナーで滑った!
バイクから投げ出され、顔面から地面に叩き付けられた。が、身体は反射的に起き上がる。起き上がるときに右胸に痛みを感じるが、動けない身体ではなかった。
バイクを探すと見事に溝にはまっていた。あ〜あ、これ出すの大変だあ、などと思っていると、たまるさんが盛んに手袋や布切れで溝にはまった銀翼のフロアカウルをはたいていた。煙が出ているのだ。たまるさんの位置からでは、煙しか見えていない様子だったが、フロント側から覗き込むと、ラジエターの奥、ガソリンタンクのある場所から小さな炎がちろちろと上がっていた。
え?火?

言葉も出ず、周りを見渡す。メンバーの大半はバイクの後ろにいるためまだ気づいていない。とっさに散乱した荷物の中からペットボトルを探す。水道のない場所でカウルを掃除するために500ccの水を常に持ち歩いていた。
500ccの水。焼け石に水とはこのことだ。写真の路面の濡れはオイルやガソリンではなく、このときの水だ。油火災には水ではダメだ、だれか消化剤を持っていないのか?
徐々に火勢は強まり、誰の目にももう消化不能であることがわかって来る。ハンドルに取り付けたナビを外したり、チケットトレイの中の眼鏡を回収。トランク内の荷物は幸い(?)にも、転倒のショックで洗いざらい路面に散乱して空だった。左フロントポケットには、ナビの自律ユニットや電源ケーブルが入っていたが、そこまで気はまわらなかった。
誰かに何とかして欲しい。目が泳ぐがそんな救世主はいやしない。
通過するクルマが一様に驚きの目で眺めていく。一瞬、クルマなら消火器積んでるじゃないかなどと、無駄な期待をして目がすがる。発煙筒は積んでても消火器など積んでいるはずがない。
炎は見る見るまに高々と上がっていった。幸いにも、この場所は擁壁が高いため、近隣の木立への延焼は免れているが、これ以上火勢が強まればそれも安心はできない。「消防に連絡したほうがいい」と言葉が聞こえる。携帯を出して連絡しようとするが、すでに誰か連絡を入れたというので止める。
火勢も弱まってきたところで救急車が到着。
運転者であるぼくは救急車で運ばれることになる。おやじさんが搬送先の病院などを確認してくれている。病院までおやじさんが迎えに来てくれるというので安心する。
病院でレントゲンを取るが、骨に異常はなし。右ひざに軽い擦り傷があるがGパンの破れはない。消毒してバンソコを貼る。右腕を動かすと右胸の前後に痛みを感じるが、へんに筋肉に力を入れたためであろう。胸に小さなシップを1枚。おやじさんが病院に迎えてきてくれる。他の人たちのことを尋ねると大丈夫とのことなのでまかせる。
病院の次は消防署に寄る。現場検証してきた担当者が、ガソリンキャップが脱落していたことを、しきりに不信がっていたのが印象に残っているが、溝に落ちたことが出火の原因とそのときは考えていたので、あまり気に留めなかった。必要書類の書き方の説明を受ける。数日のうちに郵送しなければならない。
消防署を出ようとするころ、おやじさんの携帯に、警察の現場調査があるからすぐ戻れと連絡が入る。峠にもどると、なんとメンバー全員が寒空の下、現場で待っていてくれたのだった!
十国峠での待ち合わせメンバーには、通りかかったDr.Cobaさん(十国峠で合流の予定だった)に伝言を頼んだとのこと。
警察の事情聴取と共に、ぼくが病院や消防署にいっている間の様子をメンバーから聞くことができた。通りかかったクルマの人が盛んに写真を撮っているので尋ねると、案の定ホンダの社員だという(ただし、四輪部部門)。ひとしきり写真を撮り終えたあと、出発しようとしたらクルマが動かず、レッカーを呼んで引っ張られていったという落ちがついている。
また、後ろを走っていたメンバーによると転倒直後の滑走時にすでに火が出ていたという。滑走で十分速度が落ち、溝にはコトンと落ちたそうだ。溝に落ちたのが原因でないとすると、消防が気にしていたガソリンキャップの外れがあったののだろうか?
一行はようやく熱海の無料宿泊施設に向かう。おやじさんとのタンデムで先頭を走り、みんなを先導する。「二人乗りだからゆっくり走るから大丈夫」とにこやかなおやじさん。(ちなみに合計170キロは3人分とも言う)
後ろがついて来ているか確認しようとして振り返ろうとすると、筋肉が痛んだ。大丈夫だからとおやじさんが気遣ってくれた。タンデム席からバックミラーを見ている限り、後続はついて来ているようだった。
はじめてのタンデム経験は、寒くて怖かった。足と腕には直接風があたるので、運転者よりも厚着が必要と感じた。グリップヒーターがないのも寒さの原因である。
そして、アップダウンしながらのコーナーの怖いこと怖いこと。タンデムでは峠道は厳禁だ。運転者が楽しんでるとき、後ろの席は苦痛でしかない。こんなの喜ぶのは、ジェットコースターフリークの特殊な人間だけだと痛感する。……ぼくらの直後を走っていたTMAXのおなかさんが、この速度についていくのに怖かったと言うので、タンデムだけが怖さの原因ではないらしいことを知る(汗)。
箱根スカイラインの料金所では一人ずつお金を払う。このときはまだ全員いたと思われる。
芦ノ湖スカイラインの料金所では、おやじさんがまとめて払う。このとき支払ったのは7人分。後で考えれば、この時点で2名ついて来れてなかったが気づかなかった(合計何台か確認してなかった)。
十国峠に到着すると、真っ暗闇で駐車場のゲートは閉じていた。ここで待ち合わせだと思っていたぼくは、おやじさんがそのままの速度で通過するのをいぶかしむ。「ジョナサンにいるから」という声が風にちぎれる……。そういうことなら良いけど、ここで停まらなくても、後続はついて来ているのだろうかと不安がよぎる。
熱海峠からいよいよ市内に向けて山を降りる。
途中、速度を緩めて何度か後続を待つ。坂を降りきって、ガード手前の信号でさらに後続を待つ。そしてガードをくぐって向こう側のジョナサンに到着する。が、ガード手前で確認した後続すらジョナサンにはやってこない。たった最後の十メートルで。
ジョナサンには、熱海合流のDr.Cobaさんとたけさんが待っていた。おやじさんについてたどり着いけたのは、おなかさんとバカボンさんの2台だけだった(愕然)……このときたどりつけた安心からか、バカボンさんがたちごけする。おやじさんが皆を探しに来た道を戻っていった。
最終的に、ジョナサンにたどり着けたのは、おなかさん、バカボンさん、たまるさん、さかなさんだけだった。なかなかさん、よこぴーさん、Enoさん、ノアさんが行方不明である。
もう一人の熱海合流予定のまにたさんは、マンションの前ですでに待っていることが判明する。買出しをしなければ今晩の食事はないのだが、買出しよりも全員をマンションに集合させることを優先することにした。
マンションへの道を駆け上っていくと、なんと行方不明の一人Enoさんにすれ違う。ナビを頼りに近くまで来たが、玄関まではたどり着けなったらしい。これで一安心だ。
マンションの表ではまにたさんが待っていた。いつものようにマンション裏の道の駐車位置に一行を案内する。やれやれ、と思っていると、さっきすれ違ったEnoさんがまだ来ていない。片付けるべきバイクを持たない身軽なぼくは、表まで探しに歩いていった。マンションから100mくらい下ったところに人影3台。
坂道でUターンしようとしたEnoさんがこけたようす。そこに、自力でたどり着いたなかなかさんとよこぴーさんが居あわせたのだった。よこぴーさんが峠で遅れることを予想したなかなかさんが、殿軍を務め、ナビを駆使してよこぴーさんをエスコートしてくれたのだった。これで行方不明はノアさん一人となった。
おやじさんとなかなかさんが全員分の食料をまとめて買出しに行く間、皆を部屋に案内するのはぼくの役目だ。無事に豪華「無料宿泊施設」にたどり着くことが出来た面々は一安心。おやじさんたちが買出しから戻る前に、お風呂へ案内しようとすると……あれ?たまるさんがいない。う……うそ、ジョナサンにいたじゃない(汗)
ノアさんとは電話連絡が取れ、すでにビジネスホテルに腰を据え、くつろいでいるということ。どうも転倒したらしい。
そして、ジョナサンにいたはずのたまるさん。再び迷子となり、熱海の駅前から電話をかけてきた。買出しから戻ってきたおやじさんは、休むまもなくたまるさんを向かえに出かけることになる。最後に、なかなかさんが同級生のたけちゃんを向かえに行き、ノアさんを除く全員が集合となったのであった。やれやれ。
ここにたどり着くまでにたちごけした人を確認すると、なんと、おやじさんさえ「実はさっきUターンこけしました!」と顔を赤らめて告白。午前の2人、焼失した私(汗)を含め、なんと9名のメンバーが今日一日で転がっていたのだった。
今回の集団走行が、たんなる烏合の衆のなってしまったことは、かかわった皆がそれぞれの立場で反省している。ツーリングクラブを名乗るくせに、いろんな理由をつけ、主導を取らなかったことについてぼくはぼくなりに反省している。
BSTCというツーリングクラブにおいて、いつも先頭は走る「ハメ」になってることは、これまでただの成り行きだと思っていた。しかし、そういう必要があったからなのだとあらためて感じた。これからは、率先して先頭を走りたい(その前にバイクを……)
高速を先導したなかなかさんが自分の責任と感じてしまうのには無理があるだろう。
夜の迷子の原因はひとえにおやじさんだが(笑)、これも、2番手と最後尾に無線車を配置すれば回避できたはずだった。
責任の所在がはっきりしていなかったことに問題がある……と言い出せば、ちょこっと集合の「提唱者」であるさかなさんが責任を感じる。
今後について考えるとき、さかなさんから「主催者」の肩書きの重荷を外し、真に「提唱者」でいてもらえるように企画できないだろうかと思う。関東地区でおこなうときは、もちろんBSTC(実態がないということもあるが)がツーリングそのものは仕切りたいと思う。関西地区でも、マスツーリングの先頭と最後尾を仕切れるでこぼこコンビが表れれば、さかなさんの負担は減ると思うのだが。
翌日は、タンデムで国立のおやじ邸まで送ってもらう。美人のママさんの暖かいコーヒーと、みーちゃん(おやじさんの愛娘)から「お帰りなさい」の出迎えを受ける。
銀翼の残骸の回収について、ホンダが動いてくれなかった場合の対策として、おやじさんがガテン系友人と連絡を取り合い、いろいろと仕切ってくれる。
そして、通勤バイクが必要なぼくのために、「どうせおれは当分使わないから」とおやじ号を貸してくれる。すべてに甘え、おやじ号に乗って練馬の自宅の帰路についた。
そうそう、熱海からの帰路、「身代り不動」の看板が目に入った。
あ、おれの身代りに銀翼は燃えたのか……。だから奇跡的にほとんど無傷なのだ。そう思った。