●初代カローラ華々しくデビュー

1966年10月20日、花の冠という意味を持つトヨタ期待の新型車カローラ1100がデビューした。 この車はパブリカの教訓に基づいて開発された高級大衆車である。 カローラというネーミングはカロッサ(小さな馬車)、コロネット(小さな冠)という候補をはねのけ 命名されたネーミングである。 エンジンは全くの新開発であるK型エンジンを搭載。ボディサイズは全長3845mm、全幅1285mm、全高1380mm、 ホイールベース2285mmという 車体寸法でパブリカよりも若干大き目に作られていた。

トヨタは発表前から大規模なキャンペーンを実施し、世間の関心を集めた。この時『プラス100ccの余裕』 というキャッチフレーズを使い、すでに市場に出ているライバル車よりも性能、装備品など、あらゆる面で、 秀でているというイメージを訴えた。このおかげで、カローラは発表前から高い知名度と注目度を誇った。

更に、記者発表の会場で当時のトヨタ自販の神谷社長は『当面、月販3万台を目標とする』と、 とんでもない発言し、記者達を驚かせた。なにしろその前月のトヨタの総生産台数が5万台強であり、 その頃のベストセラー車であるコロナでさえも、月販2万台強の時代だったので 記者達が冗談じゃないか?と疑うのは当然の事であった。 しかし発売2年後に月販3万台を達成し、"大ボラ"ではなかった事が実証されたのである。

衝撃的な発表会のあとすぐに第13回東京モーターショーが開催されカローラも出品された。 その会場でもカローラは人々の注目を一人占めにすることとなった。 さらに、全国のトヨタパブリカ店、ディーゼル店で行われた一般ユーザー向けの発表会では 実に130万人の来場者を集めた。いかに世間の人々が注目していたかが、うかがえる。

実際に車を見てみると、カローラは実に良くできた車であった。例えばスタイル、フロントビューは、 格調高い縦型フロントグリルとすっきりとしたバンパーフェイス(鰹節という愛称もある)の無いバンパー、 中央部に膨らみがあるボンネット(ストリームラインと謳った)等によってスポーティ感・高級感をかもしだしている。 サイドビューはファストバックに一ノッチ段がついたセミファストバックのスタイルだった。 この滑らかなボディラインは、当時まだ大衆車には採用されていなかった曲面ガラスによって実現された。 そしてボディ中央部、ドア下部にはモールが装着(デラックス)され高級感を演出していた。 リアビューも高級感にあふれ、縦型コンビランプの間にはナンバープレートを収めるスペースがあり、 右側にはDeluxeと書かれた金メッキのエンブレムが装着された。

室内もスポーティ感・高級感にあふれており、丸型メーターやフロア4速シフトにより、 スポーティ感を演出していた。 現在でも高級グレードの車種にしか採用されていないバニティミラーや、 オートアンテナのラジオなどがカローラには既に装備されておりその高級感は雰囲気だけではなかった。

エンジンもライバル車に圧倒的な差を付ける”ハイカムシャフトの”1100ccのエンジンを搭載したり、 日本初の前輪マクファーソン式サスペンション等の先進的なメカニズムにより当時としては高い高速性能を誇った。 このようにカローラは明確なポリシーを持ち、更にライバル車をはるかに超えた装備やメカニズムで人々を魅了した。

カローラは発売の11月には登録台数5385台を記録し、強敵サニーの3355台を軽く抜き去った。 生産台数はどんどん延びていき、1966年は12180台、1967年は162555台、 1968年は242749台、1969年は354518台を記録し、大衆車市場を独走した。

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