●初代カローラのエンジン

初代カローラには新開発K型エンジンが搭載されていた。 このエンジンは排気量1077cc、水冷4気筒OHV、最高出力60ps/6000rpm、 最大トルク8.5kgm/3800rpmというスペックだった。

K型エンジンの動弁機構は一見常識的なOHVだったが、 カムシャフトの位置を通常よりも高くした"ハイカムシャフト"と呼ばれる方式をとっていた。 これは、カムシャフトを通常のOHVよりも高い位置に配置する方式で、 このおかげでプッシュロッドが短くできてバルブの追従性が良くなりフケ上がりが良くなるように 工夫されていた。ちなみに、そのプッシュロッドの長さはその時の開発責任者の手にしていた鉛筆の長さと ちょうど同じ長さなのだそうだ。

シリンダブロックは鋳鉄製であったが、シリンダヘッドはアルミ合金を採用した。 冷却性に優れ軽量なアルミ合金製のシリンダヘッドの採用は9.0という当時としては高い高圧縮比 にもかかわらずレギュラーガソリンの使用を可能としている。 このほか、クランクシャフトを支えるベアリングも当時まだ両端と中間点の3点で支える3ベアリングが 主流だった時代にかなり強固な5ベアリングとした事で、6000回転まで気持ちよく回るようになったという。 またエンジンルームの高さを抑える為にエンジンは20゜正面から右に傾けられていた。 このおかげで、重心も低くなりエアクリーナーのスペースも無理無く稼ぎ出す事が出き、 更にプラグやオイルフィルター、レベルゲージ、ディストリビューター等の点検も 容易に出来るようになった。また、傾斜した側に吸入マニホールドを配置して燃焼室に導入される 混合気の流れをよりスムーズにし、吸入効率を上げられるというメリットも生まれた。

当初このエンジンは1000ccで開発が進められていたが、 『日産の新大衆車は1000ccエンジンを積んでいる』という情報が入り大急ぎで排気量アップを したという。逆に日産はサニーに搭載するエンジンを850ccで開発していたが、開発途中で パブリカ水冷1000cc開発計画をキャッチし、急1000ccに排気量アップしたという。 このパブリカというのが言うまでもなくカローラの事で、当時大衆車の開発にしのぎを削っていた トヨタと日産の駆け引きが展開されていた事がよくわかる。

ところで100ccの排気量アップはライバル『サニー』に打ち勝つ為という意味も大きかった様だが、 確かに、これからの高速時代を走るべくカローラには1000ccでは少々辛いという面もあった ようだ。 もともとカローラには「100km/hでもエンジンに余裕を残して走りつづけられること」 「ゼロヨンは20秒を切ること」という目標があった。 これらの目標をクリアするためには少なくとも60psは必要だと試算されていた。 1000ccで60psを達成する事は当時の技術でも充分達成できた。しかし、そうするとゆとりの 面で無理が出る。80点プラスαの思想により、せっかく余裕を持たせて各部を設計したのに肝心 のエンジンがぎりぎりの設計ではそれらの余裕を台無しにしてしまうので、せめてエンジンだけでも ゆとりを持たせたい、というのが100ccアップの真意のようだ。 このプラス100ccの決定がなされた経緯は実に興味深い。

かくして、"プラス100ccの余裕"を持ったカローラのK型エンジンは市場でも好評を博し、発売後 3年半で100万台を生産し、1984年にはK型シリーズとして生産累計1000万台を突破し、 2004年現在も生産が続けられている。(ライトエース/タウンエース系車種に搭載された1800cc 7K-E型)

1969年9月にはカローラ全車種に1200ccの3K型が搭載されたことで、 オリジナルのK型はカタログから落ちた。 3K型はK型のストロークを拡大して排気量アップが図られており、標準仕様で 68ps、圧縮比を高めた3K-D型は73ps、ツインキャブの3K-B型は77psを発生した。 特に3K-B型は動弁機構を改良し、デュアルエキゾーストを採用するなどきめ細かい チューニングが施されている。 排気量を1200ccに上げた理由について『東名高速道路の全線開通など高速走行時代に対応して、 長距離連続走行時のゆとりを重視したため』とトヨタは説明している。

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