●FF化が難しかった5代目カローラ

5代目カローラのセダン系では世界的情勢にならって駆動方式をFFとした。 FFとはFront engine-Front driveを略した日本独自の表現で他にFWDという表現がある。 FFは前にエンジンを置き、前輪を駆動する方式である。 従来型が採用していたFRとはFront engine-Rear driveという意味である。 FRは前にエンジンを置き、後輪を駆動する駆動方式である。 カローラが生まれた1960年代、一般的な自動車はFRを採用しておりカローラがFRを 採用していたことは当たり前のことであった。 1970年代中期からは欧州でFF車が台頭しはじめた。 1979年にモデルチェンジされた4代目カローラにおいても、冒険を避けFFを採用しなかった。 トヨタでは独自の縦置きFF車ターセル/コルサを発売していたが、その評判はそれほどでもなく 社内ではFFよりFRの方が良いとする向きが強かった。 4代目カローラのモデルライフ途中では国内、外国共にフルモデルチェンジを機にFF化する モデルが増え、新規車種もFFで発売されることが多くなった。

なぜ、ここまでFF車が増えたのだろうか。 FFのメリットはキャビンを広くすることが出来る、軽量にすることが出来る、という二点につきる。 FRではプロペラシャフトやホーシングなどが必要なく、その分床を広く、低く、平らに出来る。 FFはFRと違ってエンジンを横に積むのでその分だけ縦方向のスペースが室内スペースにまわす 事ができる。 つまり、外寸は小さく、それでいて室内は大きくしなければならない小型車にとってFFは理想的な駆 動システムなのである。 もう一つのメリットは軽量化に大きく貢献するという点である。 プロペラシャフトやホーシングが必要無いので、その分だけ軽量化でき、更にエンジンを横に配置すること からトランスミッションを短くする必要があり、これも軽量化に役立っている。 つまり、省資源時代を乗り切るにはFFがどうしても必要な技術なのである。 このほか、走行特性上のメリットもある。 FFは前の車輪を直接回転させる為直進安定性が高い。(駆動輪のすぐ上にエンジンがある為グリップ力もある) また、アクセルを踏んでさえいればFRのようにスピンする事が無く、悪路や雪道に強いなどである。

FFはいい事尽くめのようにも思われるが、デメリットもある。 1つは前後の重量配分、つまりバランスの悪化である。 メカ部分を全てフロントに背負い込むFFだから幾分仕方がないともいえる。 もう一つはFF独特の運転特性がある事である。発進時や加速時にステアリングが左右のどちらかに 取られたりクルマの向きが偏向したりするトルクステアや、旋回中にアクセルを急に戻すと、 クルマが旋回の内側に巻き込んでいくタックイン現象、また逆にアクセルを踏み込んでいく程、 旋回の外側に膨らんでいくアンダーステアなどがある。また、アクセルのオンオフで 駆動トルクがエンジンマウントに作用して振動を起こしたりと、 今までのFRに慣れたユーザーにとっては今までと 違った違和感が付きまとう場合がある。 それだけではない。耐久性にも不安が残る。 前輪で操舵する上、駆動力もかかるのでドライブシャフトにはそれ相応の応力に耐える必要がある。 しかも、ステアリングを操作している間も、角度がついたまま動力を伝えなければならない。 そのために、ボールジョイントを採用しているが、この工作が難しいことや、 ジョイントを保護するブーツが繰り返し伸び縮みするため亀裂が入ってしまい、 水が浸入することでドライブシャフトが壊れてしまうなどの問題があった。 複雑な機構を持つために整備性も悪化するなど、全体として考えねばならない問題がまだ残されていた。

トヨタ初のFF乗用車であるターセル/コルサは FF車のデメリットを嫌い、エンジンを縦に置き、トランスミッションを二階建て構造にするという 対策を施して商品化されている。 1982年にはエンジン縦置き方式のままターセル/コルサがフルモデルチェンジを受けたが、 同じ年、カムリ/ビスタで初の本格的な横置きFF乗用車が発売されている。このカムリ/ビスタは

1979年4月。4代目カローラに引き続き開発を指揮することになった揚妻氏は、 カローラをFF化する企画書を当時の製品企画室の室長に提出した。 カローラをワールドカーとして更に飛躍するためには積極的にFF化する他無いというのが 揚妻氏の信念であった。氏自身、ヨーロッパで実際にFFとFRを乗り比べるなどして ライバルとなる欧州車にFRのままでは太刀打ちできないということを痛感したのである。 4代目カローラがデビューしてすぐに第二次オイルショックが起こり、 燃費の低減要求や競争の激化が避けられなくなった。 しかし、当時の守屋常務はトヨタの基幹をなすカローラのFF化には疑問を持っていた。 そして、初代カローラを開発し、当時車両開発技術部門を統括していた長谷川専務も 同様であった。長谷川氏は日本全国の販売店の社長誰一人としてカローラのFF化を望んでいないと、 揚妻氏に企画の変更を迫った。大ヒット車のモデルチェンジは保守的な意見が通りやすくなるのが常である。 揚妻氏は説得を得意とする聞き上手のエンジニアであった。彼は反対派の二人を説得しようと試みた。 しかし、首を縦には振ってくれない。外形がコンパクトで室内空間を広くするため カローラをFF化したかった揚妻氏は守屋常務に了解を得ず、FF化した設計図を書くことを指示した。 そのことが守屋常務に知られ、揚妻は(無茶をするのであれば)開発担当のリーダーから降ろすしかない、 とまで言われてしまった。

揚妻は技術部門のトップである豊田章一郎副社長のところへ行き、 カローラのFF方式によるワールドカー構想を3時間以上にわたって説明し、理解を求めた。 豊田章一郎副社長は熱心に耳を傾け、そして揚妻氏に同意し、バックアップすることを約束してくれた。 しかし、条件が二つあった。それは今までどおり、揚妻氏が守屋常務、長谷川専務を説得すること。 そして当初の計画では投資資金が多すぎて経理部門の理解が得られないので投資を抑えること、であった。 揚妻氏は章一郎副社長の同意で百万の援軍を得た気持ちになったという。 揚妻氏はカローラを全てFF化した場合、1200億円かかるという試算をした。 エンジンをはじめとしてトランスミッション等のパワーとレーンやステアリング系のための新しい設備が 必要だったからである。そこで、カローラのFF化によるメリットが一番大きいと思われるセダンと リフトバックをFF化し、残るクーペ、ハードトップ、ワゴン/バンをFRのまま残すという方法を選択した。 そうすれば、FR系は旧来の設備を使えるため経費を抑えることができ、モデルチェンジのためにかかる費用が 700億円程度に減らすことが出来た。そして揚妻氏が最初の企画を出して3ヵ月後、守屋常務はドイツの フランクフルトショーへ行き、世界の趨勢がFFに傾きつつあることを身をもって体感し、揚妻氏の 主張を受け入れる気持ちになってくれた。残るは長谷川専務である。 カローラのFF化に関するミーティングで揚妻氏が新しい提案をし、FF化による技術的問題点の克服の見通しを述べると 長谷川氏は、カローラだけではなくコロナやカリーナクラスまでFF化すべきだという見解を示し、揚妻氏を驚かせることとなった。 長谷川氏は人から説得されることは得意ではないようだが、世界の流れが大きく変わるということを感じ、 それならば大きく変えようと考えたようである。 このあと、揚妻氏が中心となり、 原価低減のため、カローラ以外の車種の主査たちが集まって部品を共用化に関する会議が頻繁に開かれた。 その結果、カローラとコロナ/カリーナのフロントの部分、ターセル/コルサ/カローラ||のリアサスとリアアンダーボディを 共用化することになったという。これは現代の「プラットホーム共用化」に近い発想である。 これ以降カローラのFF化への動きは加速し、FFの欠点対策に 全力投球することとなった。

カローラをFF化するにあたり、様々な癖をなくすため、サスペンションのチューニングとドライブシャフトの ジョイント角の格差を小さくするように配慮されている。左右のドライブシャフトの長さの違いをカバーするために エンジンを30°右上がりに傾斜させて搭載し、右側ドライブシャフトを中空にし、左側を中実にして剛性を等価にするように している。エンジンの振動によるシフトフィール悪化を防ぐため、プッシュプルケーブル式が採用された。 アイドリング中の振動にはエンジンマウント方式やエキゾーストパイプのフレキシブルジョイント化、 ラジエータのダイナミックダンパー化で対処している。ステアリングが重くなることに関しては ギア比やバリアブルレシオ化によって乗り切っている。またサービス性を考慮してトランスアクスルの脱着を容易にするなど の対策を施した。これらの対策により、全世界でカローラをFF化しても問題が発生しなかった。

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