PORT JUBILEE AGAIN
会長の御挨拶

 

7/25/01
1999年9月15日の"PORT JUBILEE AGAIN"は素晴らしいコンサートでした。何よりもまず、聴きに来てくれた方々に本当に喜んで頂きました。あの楽しかった青春時代を鮮明に思い出して頂けたのでしょうね。あの人が来てくれる、この人が聴いてくれると言うので、バンドも本当に一生懸命練習しました。慣れない事とて、スタッフは目の色を変え、神経を研ぎ澄まして働いてくれました。チンペイやアリちゃんは日本でも一流のミュージシャンになったのに、進んでアマチュアの皆と全く同じレベルで参加してくれました。皆があの素晴らしい二人、柿本実行委員長と米田総合プロデューサーのもとに集結し、一致団結して可能な限りの力を出しきりました。
島ヤン(島谷賢二氏、PJ創立者)が会長職を2代目の私に引き継ぐまでに行った仕事と言うのは、一言で云えば"膨大な種まき"でした。放送局に支援者を求め、或はイベントにバンドを送り込んで熱心にPJの存在を、その意義をアピールし、また会員組織を作ったりして数多くの若い中高生バンドと交流するなど、バンドを育てることにも一生懸命でした。彼にとっては、コンサート自体がその後のPJの為の種まきでした。そんな、島ヤンによってまかれた膨大な種が、30年以上経った今も元気に芽を出し花を咲かせることに、身の振るえるような感動を覚えます。あの"PORT JUBILEE AGAIN"の感動も、島ヤンの種まきが無ければあり得なかったと思うのです。私たちが島ヤンから貰ったものの大きさに、今更ながらに驚いている次第です。
何故か音楽を通じての友人は格別です。その後もそんな仲間がしょっちゅう会っているうちに、いつのまにかトマト(柏木君)の事務所が事務局となり、カキ(柿本君)が召集して委員会が出来上がりました。そこへオサム(橋本修君)がホームページを立ち上げてくれました。早速委員とオサムが集まって、このホームページをPJのオフィシャルホームページとし、オサムを手伝って皆で手分けして維持管理して行く事になりました。
PJの資料が四散しています。昔のメンバーの名簿すら満足にありません。このホームページを通じて旧友の消息を調べ、資料や録音を事務局に集め、意見や現況を交換し合い、PJの活動の現状や予定を発信して、PJを通じての友人の輪を広げて行きたいと考えております。皆様の絶大なるご支援をお願い致します。そして、、、そう、、、その夢、、、その夢、、、"PORT JUBILEE AGAIN 2"に向かって、焦らず、急がず、堅実に、しかし着実に、階段を上って行こうではありませんか。
        PORT JUBILEE 2代目会長 真辺 政博
 
 

 
 
 

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