「ゴンドラの唄」について



1.命短かし     恋せよ乙

  赤きくちびる   あせぬま

  熱き血潮の   冷えぬま

  明日の月日は  ないもの
2.命短かし     恋せよ乙女
  いざ手をとりて  かの舟に
  いざもゆる頬を 君が頬に
  ここには誰も   来ぬものを
3.命短かし     恋せよ乙女
  黒髪の色     あせぬまに
  心のほのお   消えぬまに
  今日は再び   来ぬものを

吉井 勇 詞   中山 晋平 曲


 2001.12.24、私たちの第1回定期演奏会の第一部「日本の歌」で歌
ったものですが、なぜゴンドラの唄というのかは分かりませんでした。
 上記歌詞の2番にそれらしい言葉「いざ手をとりて かの舟に」とあります
が、直ちにゴンドラに結びつくものでもありません。
 その後、なぜゴンドラなの?についての新しい事柄が分かって来ましたの
でご紹介致します。


 このゴンドラの唄には元歌があることを先回紹介しました。すなわち、イタ
リアの古典詩人ポリッツィアーノの作った詩を、フィレンツェのメディチ家の
当主ロレンツォが愛し、事あるごとに歌っていたものであると。
 このホームページをみた東京の某氏から、塩野七生の著書に書かれてい
る内容が投稿されてきた。先のポリッツィアーノに関する記事は、私の手元
にあった覚え書き手帳にあったもので、出所が書かれておらず記憶にも残
っていなかったので再度調べてみた。


新しく分かったゴンドラの唄の元歌について

○森田義之著 講談社現代新書「メディチ家」(167〜181ページ)より抜粋
          講談社 2002.2.20発行

 平和と繁栄、ルネッサンス芸術と文化の比類なき華やかな成熟の時代を
生きたロレンツ ォ・イル・マニフィコは16才の頃から詩作を始め、ダンテ、
ペトラルカ、ボッカチオから友人のポリッツィアーノまで、トスカーナ俗語文学
の伝統を豊に吸収、その文体や表現を模倣・折衷・パロディ化し、彼自身の
鋭い機知とユーモア、田園への愛、緻密な洞察力等々によって多様な形式
の詩や散文として再創造した。・・・ とあり、晩年、民衆的な聖史劇「聖ヨハ
ネと聖パウロ」、「謝肉祭の歌」など発表。
 この「謝肉祭の歌」の冒頭歌「バッカスとアリアドネの勝利の歌」として今
日でも愛唱されていると記述している。

Quante bella giovinezza
Che si fugge tuttavia!
Chi vuol esser lieto, sia:
Di doman non ce certezza.
青春はうるわし
されど逃れゆく
楽しみてあれ
明日は定めなきゆえ
お断りです。原詩の一番目の言葉Quanteと下の行のceのeには上に
アクサン記号が付いていますが、その通りに表現できませんので、お許し下さい

 この表現から分かることは、ポリッツィアーノの詩を吸収しつつ、ロレンツォ
自身が創作したもの、ということになるであろう。


○塩野七生著 ルネサンス著作集1「ルネサンスとは何であったか」(97〜
99ページ)より抜粋
          新潮社 2001.4.15発行

 イタリア文学史上の作品でロレンツォの詩として中学生(イタリアの?)で
も学び、映画館のスクリーンの上の壁面にも刻まれるほどポヒュラーな詩の
最初の部分が「バッカスの歌」だ。酒の神バッカスに捧げられているところ
から、どんちゃん騒ぎに終わるのが常の謝肉祭用の詩ということで、カーニ
ヴァルの季節になると歌われていた。

塩野七生さんの訳詞

青春とは なんと美しいものか
とはいえ 見る間に過ぎ去ってしまう
愉しみたい者は さあすぐに
たしかな明日は ないのだから


 この歌は8番まであり、後の二行(愉しみたい者は・・・)は他の7番でも必
ず終わりで繰り返される。ちなみに、映画館の壁面に掲げられているのもリ
フレーンされるこの二行。
 このロレンツォ作の「バッカスの歌」はイタリア中で流行したようだが、最後
までヴェネツィアの謝肉祭では歌われていたというこの詩を上田敏氏か誰
かがヴェネツィアに旅し、それを帰国後に語ったのが歌人の吉井勇にヒント
を与え、例のゴンドラの唄が生まれたのではないか。「ゴンドラの唄」と題さ
れたのもヴェネツィア経由の証ではないかと推察している。
 大意は同じですし、ロレンツォも500年後のこの日本語訳を知れば感心し
たのではないかと結んでいる。


つけたし

 塩野七生さんは、吉井勇の詩もロレンツォの詩の日本語訳と断じているの
が面白い。
 さて、2002年のニューイヤーコンサートで発表する椿姫の「乾杯の歌」の
詩の内容もこのロレンツォの詩と一脈通ずるものがあるのも面白い。イタリ
アの作曲家ヴェルディもこのロレンツォの詩を下敷きにして「乾杯の歌」を作
ったに違いないと私は見ている。

この世の命は短かく 空しく過ぎてしまう
またと帰らぬ日のために盃を上げよ
青春の日は短く 人の世の命ははかない夢とすぎてゆくよ

文責  テノール 小島 博久

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