注意書き: お食事中の方は全て食べ終えてから お読み下さい。
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WCの悲劇
プロローグ
「えっ?」
「だから停電っていうか、あんたが使ってた部屋の電源がショートして家中真っ暗なの、もう切るよ」
それは卒業試験を直前に控えたある寒い日の夜の事、久しぶりに博多の実家に電話をしたものの、いつもは遠く離れた末っ子の電話を喜ぶ母親も真っ暗な家で電話などしている場合ではなく、簡単に用事を済ませるとすぐに電話を切られた。それから二週間、試験には充分な感触を得た僕が上機嫌で夕方下宿に戻ったドアの張り紙・・・ 「ご実家に電話して下さい」。
「えっ?」
「ばぁちゃんがね...」それだけ告げて話せなくなった母親の手から受話器をもぎ取った父が代わる。
ばぁちゃんが...?あの実年齢よりも10歳は若く見えたあのばぁちゃんが...二週間前、僕が実家に電話をした、つまり丁度家の電気がショートしていた時に、遠く離れた浜松の叔父の家で息を引き取ったという。
まさにショートが直ったその瞬間、実家ではその悲報を受け取ったものの、大事な試験前という事で僕には何も知らされる事なく、今日を迎えたわけだ。・・・その数週間前は法事の為にわざわざ浜松から元気に出てきて僕の部屋 (つまり停電の原因となった部屋) に泊って行ったと言うのに。 やはり何かを告げたかったのだろうか。
二週間前・・・両親は、天王山を迎えた息子の住む京都をどの様な思いで見ながら通り過ぎて行ったのだろう?
「ばぁちゃん」...京都駅からこだまに飛び乗った僕は複雑な思いで浜松へと向かった。
死後二週間を経過した叔父の家は平静を取り戻していたかに見えた。 心配は、むしろ残されたじいちゃんの方だ。 一泊だけで帰るつもりだったが、僕を見て俄然元気が出てきたという 叔父や叔母の言葉につい三泊する事に同意した。
「じいちゃん、散歩に行こうよ、今日はあそこの喫茶店でカプチーノっていう新しいのを教えてあげる。」 「じいちゃん、ダメだよ、待ったはナシ!」僕の役割は明らかであった。 甘えを演出した可愛い孫の訪問で、確かにじいちゃんは元気を取り戻しつつあったようだ
三日目の朝、叔父は僕に「ゆうちゃん (親族内での愛称) 悪いけど今日は浜松の街でも見てきてくれないか」と切り出してきた。寺への支払いや諸法令関係の処理で、あまり見せたくない一日になる事を見越した僕は一人で街へと繰り出した。
福岡・京都と過ごした僕にとって浜松は小さ過ぎる街だった。CD屋もゲーセンもすぐに飽きて喫茶店で時間をつぶし、バスに乗ろうとロータリーへと向かう。しかし!
その時だった。「う゛!」・・・ 来た。これは・・・間違いない。持病の便秘性下痢症、一週間周期でその双方を繰り返すサイクル、ついにそれが「ゆるむ」のモードに入った様だった。
肛門の筋肉に全神経を注いで歩く事10分、多分その時なら浜田省吾のカラオケは巧く歌えたであろう。彼の歌はガマンしている時の声が一番良くマッチしている。
まるで一ヶ月間砂漠をさまよい歩いた瀕死の旅人が見つけたオアシスのように、地下通路の神々しいWCマークは僕を両手を広げて抱きしめてくれるかのように見えた。 僕の心は大きな感動に波打ち、駆け込む、その時一瞬 「清掃中」 の札が目に入った。
「な!」・・・ しかし不安はすぐに解消された。清掃中は女子用だ。手も洗わずにファスナーを閉めながら出てこようとしたおっさんが それを証明していた。駆け込んだトイレ、運良く3つ全てが空いていた。 もどかしくフィールドジャケットを脱ぎ、ドアに掛ける。続いてベルトを緩めトランクスを降ろしてしゃがみ込んでいると、外の方で複数の足音がした。 聞きなれない軽めの音ではあったが 特にこの非常事態でなくとも気になるものではない。
クラウチングスタイルからまず特大のフタをしていたトリュフのような固まりがシャンパンを開けた時に似た「ポーン」という音と共に炸裂し、続いて発泡ワインのように気泡を含んだと思われる低粘度のココアペーストが噴霧器状態で飛び散って行く。 まるで憂愁の果てに感極まったかのごとくに奏でられるヴィーン・フィルの濡れた弦楽のように「びっ、びっ、びりびりぶっぶっぶ〜ぅ」という音をたてて。飛び散ったしぶきは水面一面をカフェ・オ・レ色に染め、あたりには水害にやられた後のたまねぎ畑のような芳香が立ち込めた。 なおも「ぶひっ、ぶひっ」と残りのペーストはスパークリングワインのように小規模の爆発を繰り返す、その間に更にいくつかの足音が外に響いて来た。 不思議な事に二人組らしき男の声が聞こえてきたかと思うと 二人の「げっ」という驚きの声まで聞こえてくる。
ただそんな事は僕にとって この排泄という天にも昇る様な絶頂の幸福感の前には無意味であった。噴霧口を清掃し、足でレバーを踏んでドアの鍵を開ける。男とは云え、このドアを出る時は若干照れくさく、伏し目がちにドアを開ける !!!・・・・・・ そこには・・・・・・・
黒のパンプス、その上には見事に引き締まった足首となだらかな足のラインが見えた。
オカマか? 徐々に視線を上げていくと、あ゛、あ、ぁ、ああ、あ!
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女だ。本物の。歳は二十歳くらい。メチャクチャかわいい。思わず息を呑んで周囲を見ると 笑いをこらえた軽蔑の視線で他にも5〜6人の若い女がこちらを見ている。彼女たちは特に 「きゃー」 と叫び声を挙げるでもない。そりゃそうだろう、彼女たちの向こうには主を失った男子用小便器が6個並んでいる。
僕の頭は完全に混乱に陥り、思わず
「あ、あ、すみません、まだ少し匂うと思います。さっきまで流してなかったんで...」
それだけ言い捨てると出口へ走った。と 言うのも、その日は特に匂いが強かったからである。
(手を洗わなきゃ、でも彼女たち、多分こっちを見てる) 錯綜する頭の中で 考え、結局手を洗わずにその場を避難した。
しかし 出口を出た途端、ジャケットに何かが引っかかり僕はコケた。 とっさに右手で我が身を支えたものの、びたーんという 派手な音がし、さらに何かがカランカランと乾いた音をたてて目の前に落ちてきた。
見ると清掃中の看板、そして そ・こ・に・は・・・・・
・
・
・
・
・「清掃中につき、お急ぎの方は男子用をご使用下さい」
背後に複数の嬌声が聞こえてきた。 笑われている。この僕が。 今、この場で大笑いのネタにされている....
敗北の味は知っていたつもりだった。
いつでも そうだった。
しかし、こんな屈辱は初めてだ。
尊大な女王たちよ、心の暴君たちよ あざ笑うがいい。僕は去る。
君たちの前から永遠に去る。
エピローグ
あれから のち、テレビ欄に気を付けていたが、「ドッキリカメラ」のネタにされていたのではない様だ。
いつしか外は新しい生命の息吹を呼び起こすかのような暖かな春の雨に煙っていた。あれからどうやってたどり着いたのか、目の前に滑り込んだバスに乗り込み、後部座席に身を沈め、このまま泥のように永遠に眠り続けたいと思った。仮に今ここで命が尽き果てようとも、もう失うものは何もなかった。
あれからどれだけの年月が過ぎた事か。我が身に受けた心の傷から這い上がり、痛みも忘れかけた頃、まさかあんな場所で再び惨劇が繰り返されようなどと、その時は思ってもみなかった。
続WCの悲劇へ つづく・・・
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またはサスペンス劇場 パパを呼ばないで 北アルプスに降る雪
プロローグ
ここはルーマニア、ヤーシ。シミオネスク家は異様な雰囲気に包まれていた。
たまに帰って来ても泥酔している父親、大学で教えた事もあるしっかり者の母親は地学者、ラウラの言い分とは正反対にナイス ガイの弟 デニス、彼の婚約者 オーディーナはいつの間にかここで同棲生活している。 オーディーナは医学生、しかし黒の透けたブラウスの下は これまた黒の下着だけ。場所が違えば そういう職の女と思われそうな退廃した雰囲気が漂っていた。当の本人、ラウラは心理学者である割に本人のコントロールは あまり得手ではない様だ。ふたりの女は全く巧く行っていない。母親やデニスが外している間は全く会話がなく、冷たく重たい空気が支配する。
−− ラウラ、ここはティミショアラではないし、君はクラウディアではない −−
その場の空気を変えようにもオーディーナはフランス語しか出来ないと言い、ラウラも僕が さっき宣言した ひとことで決定的なものを悟ったようだ。「だから 最初から違うと言ってたのに」・・・ 早く逃げ出したかった。
どこか逃げ場所はないだろうか...
ぶ: 「あ、俺、マーマを手伝ってこようかな。洗い物も大変だろうし」
ラ: 「いいのよ、あんたはお客さんなんだから。座ってなさいよ」
ぶ: 「君たちは?」
ラ: 「いいのよ、ママがやってるんだから...オーディーナ、あんた少しテレビのヴォリューム絞ったら? オーディーナ、聞こえないの?あんたに言ってるのよ」
オ: 「じゃ自分の部屋にでも戻ったらどうよ、アタシはこの音がいいの」
ラ: 「あんた、ここが自分の家だとでも思ってるワケ?大体 あんた...」
オ: 「デニスの家よ。アタシはここの家族なの。アンタ いちいち干渉しないでよ」またか...デニスは友達のところから帰るのが二時間後。どこか逃げ場所はないだろうか。
その時だった。「う゛!」・・・ 来た。これは・・・間違いない。持病の便秘性下痢症、一週間周期でその双方を繰り返すサイクル、ついにそれが「ゆるむ」のモードに入った様だった。
しかもルーマニアに来てからというもの、日本での三食分くらいの分量を一食に与えられ、間食の回数も多かったので かなりのストックが貯蔵されている。
チャンスだ!このままトイレに行き、部屋に戻ってデニスが帰ってくるのを待とう。
ラ: 「どうしたのよ」
ぶ: 「トイレ。ちょっとその後で荷物でも整理してくるよ」
薄暗いバスルーム兼トイレに入り、便器の蓋を開ける。東欧、特にここルーマニアでは いつでも水が流れるとは限らない、その事を知っている僕は まず水が出てくるかどうかのチェックをした。 水量に不満は有るものの、一応 今は大丈夫の様だ。それに今夜の断水は11時から。今はまだ10時半。便器に腰掛け、力を抜いたらチョコバナナのように つながったままのものが出て、続いて軟らかさといい、 出てくるさまといい、オートメーション化された工場で大量生産される「おはぎのあんこ状」のものがとめどなく 満ち溢れてきた。「あ゛〜」 僕の瞳はこよなく 満ち足りてまどろまんばかりであった。
さて、 立ち上がって紐を引っ張ると 異様に感触が軽い。
「ゴっ...」 と音を出したまま、5cc 程度出てきただけで、何度引っ張っても水が出ない。落ち着け... ルーマニアでは深夜のトイレ用に浴槽には必ず水が張ってある。ほら、ここでも。
しかし次の瞬間僕は凍り付いた。 ・・・・ ナ、何っ!・・・・ない。ない!ない!!ない〜!!!
う、うそだろ? バケツが、水を汲んで便器まで運ぶバケツも洗面器もない!崩壊して行く我が心。
手で?ダメだった。石鹸箱で...それもない!てゆーか、ルーマニアにそんなもん有るんかいな?
自分で蒼ざめていくのが分かった。こうしよう。一旦戻って、台所で瓶入りミネラルウォーターを取ってきて、こっそりとトイレに戻り、ミネラルウォーターがなくなったら その瓶で浴槽の水を・・・
何食わぬ顔をしてトイレを出たら、ラウラが立ち上がり 歩いてくる。ダメ...来ないで! 駄目だぁぁ!
ぶ: 「どうしたの?」
ラ: 「?...トイレ。もう終わったんでしょ?」
ぶ: 「い゛〜っ、ダ、だめっ!」
思わずかなりの力でラウラを抱き止めてしまった。ラ: 「どうしたのよ?」
ぶ: 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ じ、実はね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ラウラが持ってきてくれた植木鉢の底を手でふさいで、浴槽と便器を8往復。
あの惨めな敗北感が蘇って来る。予定よりも早く帰ってきたデニスの冗談に笑っているのか、僕を笑っているのか、すっかり空気の変わったシミオネスク家の居間から 屈託のない笑い声が聞こえてくる。
エピローグヤーシはスイスから一時帰国している 戦前の国王の息子、ミハイが来てくれるかもしれないという期待感で、街は活気付いていた。タイル張りのバスルームにはシミオネスク家の笑い声がこだまする。
浴槽に残された深さ5センチの水にこの身を沈め、泥のように永遠に眠り続けたいと思った。仮に今ここで命が尽き果てようとも、今度こそ もう失うものは何もなかった。続々WCの悲劇へ
またはサスペンス劇場 パパを呼ばないで 北アルプスに降る雪
プロローグ
「は〜、やっぱりオレか。」いい加減に来ると思ってた社内旅行の幹事、ついに僕の順番が巡って来た。
タテマエ上は課長が幹事なのだが、サブの僕と女子社員A子だけで物事を進めなければいけないのは言うまでもない。
夜中の三時や四時まで飲んだ後、朝の六時からゾンビのように起き出してビールを空ける連中の飼育は気が重かった。 ある日の午後僕とA子は11時半頃に待合せ、昼食を兼ねて都内に有るバス会社へ向かった。
全く心は惹かれてなかったし、好みとも全然違うし、言葉遣いも「てめえぶっ殺す」が口癖という色気のないものではあったものの、まぁ美人の部類に入るA子との外出は嬉しくないはずがない、しかしその日はそんな事よりもある事がずっと気になっていた。
下腹部に革命前夜のような不穏な動きがあったのだ。
しかも今までの「あ、もうすぐ来るな」という感覚とも違っていた。 フェミニストである僕はA子の意見を尊重してイタリアンレストランに入り、僕らはこれからのバス会社での打ち合わせについて話し合っていた。
その日のメニューはレタスとコーンがたっぷりのサラダにスパゲティーカルボナーラ、それからコーヒー。 全部食べ終わったらちょっとトイレに行こうと思っていたのだが、ここで重大な計算ミスを犯していた。 A子は普通の女の子とは違い食べるのが速かったのだ。 本当はここで何を失ってでも行っておくべきだった。
個人経営のバス会社に着くと出て来たのは70を過ぎたようなジジィ。とにかく同じ話を繰り返していて話が全然前に進まない。 そのうち腸の反乱はエスカレートして行き、顔が冷たくなって行くのが自分でも分かった。
ト・イ・レ・・・はジジィの奥さんがさっきから掃除をしており、客が居るのに「あら、今日は念入りに掃除しないと汚れがヒドイ」などとつぶやいていて、こちらも永遠に終わる気配がなかった。
う・・・あ・・・ダメ・・・倒れそう・・・
意を決した僕はA子に「すまん、行って来る」と言い残し、近所のスーパー「B」へ飛び込んだ。A子の「どうしたの?顔が真っ白よ」という言葉が薄れ行く意識の中でこだましていた。
規模の小さいスーパー「B」は一回りしてもトイレが見当たらない・・・そのうちに腸内は湯が沸騰したような空気の奔流と、それで起きる音が外部にも聞こえるほどになって来た。 体中に冷や汗が流れ、寒気も貧血も激しくなって来る。 出入り業者のフリをして従業員用トイレに着いてみたら、やはりいつものアレとは違っていた。
冬の玄海の荒波のようにドパ〜ンと猛々しい勢いで飛び出した物体・・・つい30分前の内容が次々と出て来る・・・原形を留めたコーンにスパゲティー、切り口も鮮やかなキャベツに歯形の着いたレタス・・・全体の見た目もコーヒー色のドレッシングをかけたスパゲティー入り野菜サラダのような感じで、全く消化機能が働いた形跡はなかった。
数々の悲劇を体験して来た僕だが、それらは全て「「う゛!」・・・ 来た。これは・・・間違いない。持病の便秘性下痢症、一週間周期でその双方を繰り返すサイクル、ついにそれが「ゆるむ」のモードに入った様だった。」」だったが、それだけの修羅場をくぐって来た僕にもそうは経験のない出来事だった。 いつも悪態をついてくるはずのA子も帰りの車では「大丈夫ぅ?今日は帰った方がいいんじゃないの?」などと気を遣って来る。
しかし悲劇はそこで終わるはずもなかった。
病院・・・僕にとっては時に死刑台を意味する単語だが、翌日の土曜日になっても食べた後10分以内に全部出てしまう症状が治らず、近くの総合病院、「横浜●十字病院」に重い足取りを運んだ。
その病院嫌いがまさかあんな大惨事を引き起こすなどとは夢にも思っていなかった。病院嫌いな為に受付での症状の説明が拙かったのか、僕は何故か「泌尿器科」に回される事になった。 ここでの失敗は内科ではなく泌尿器科にという意味を僕が全く理解出来ていなかった事だ。 ああ、もしも時が戻せるものなら・・・・
消毒液の匂いが立ち込める診察室へ入ると六十くらいのハゲジジィと20位のなかなかかわいい看護婦の二人が僕を待っていた。
最初にジジィが一言「あなた悪い遊びをしましたね。最初に挿入された後には色々と起こるものです。恋愛は個人の自由ですし、あなたの趣味に口を挿むつもりは有りませんが、医学的見地から申しますなら・・・」
「ちょっと待って下さい、僕はノーマルです」ずっとその押し問答だったが、結局下半身全部を出すように命令され、ジーンズとトランクスを取っ払う、だがジジィに院内電話が入ってしまい、そのままの格好で僕は5分ほど待たされた。
泌尿器科配属で慣れているのか、看護婦は特に恥ずかしがるでもなく視線をこちらの下半身に向けたまま・・・
「隠すのは男らしくない」・・・こちらも出したまま・・・
彼女の無感動な興味と、こちらの意味のない意地が異様な空間を支配していた。電話が終わったジジィ医者はこちらに向き直り、ブツの表面のツヤとか張りを調べた後、裏返したり持ち上げたり尿道を開いたり・・・僕から出て来る言葉は「違いますって、そういう事はやってませんって」しかし強情なジジィは聞く耳を持たなかった。
その間看護婦は向学心に満ちた真剣な眼差しでベストのアングルからその光景を覗き込み続けていた。
恥辱にまみれた我が・・・ちん××
しかし悲劇はそこで終わるはずもなかった。
「下痢で病院に来たのに、違うと言っているのに何でこんな検査をされるんですか、もういいです、帰して下さい」ようやく悟ったかに見えたジジィは僕をベッドの上にうつぶせに寝るように命じ、診察を再開。
本来の事故現場周囲には看護婦の手で何かが塗られた。 「投薬か注射か」・・それは素人のあさはかさ、悲劇の直前にジジィの悪魔のささやきが耳元で聞こえた「こうなった以上恥ずかしいなんて思ってはいけません。これは治療なんですから。私は医者です。ホモの方を何人も見て来ましたから大丈夫です、隠さず正直におっしゃい・・・ちょっとガマンして下さいよ。」「えっ!」と言うヒマもなかった。
いっ、いやっ、いやあああああっ!
や・ら・れ・た・・・
指が一本
・・・二十余年の間、誰にも許した事のなかったもの・・・
・・・一生守り通しておきたかったもの・・・
・・・それが今、こんな行きずりのジジィに・・・
(BGM 「最後までそばに居て、守れないの。
巡り来る悲しみが分かってても・・
微笑んでさよならが言えないから、
いつの日かひとりきり行くのなら・・」
− 今井美樹「野生の風」)
エピローグ
選択肢A (本当のその後が知りたい編*但し皆さんの夢をブチ壊してしまいます)
選択肢B (いつものように文学的に終わる編)
選択肢A
「いったぁああい!もうっ、いい加減にして下さい!」病院の廊下中に響き渡ったのではないだろうか。
思わず締めたら医者の指がスポーンと抜けた(ひょっとしたらいいモノ持ってる?)。ついにこの温厚な僕もキレた。「何度も何度も何度も何度も違うって言ってるのに何て事をするんですか!もういいです、放っとけば治るでしょうよ、帰りますっ」
散々なだめすかされて渡された薬が効いたか、その日の夜には症状も治まった。気分は好きでもない相手に強引に奪われてしまった女子高生のようだった。
そして・・・やはり選択肢Bに進む。
選択肢B
病院から家まで歩いて5分ほど・・・慣れた道なのにあんなに長く感じたのは何故?
新緑の季節を迎えた右手の丘は逞しい生命力を誇示するかのように青々と生い茂った根岸の森林公園、それを見上げている僕は失意の底を夢遊病者のように流されて行く。
何というコントラストだ。都会になんか出て来るんじゃなかった。
森林公園に登る坂道の終わりには「山手のドルフィン」も有る。 歌の通りにあそこで淋しく恋愛の精算をしている女の子も居るんだろうか・・・
もうそんな事はどうでも良かった。もう人生に敗北以外の意味を見出せなくなった。
今はただ「ソーダ水の中の小さな泡」のように消えたい。
このまま横浜港の底に眠るヘドロのように永遠に眠り続けたいと思った。仮に今ここで命が尽き果てようとも、もう失うものは何もなかった。 いや、命と共に汚辱も消せるというのならその汚辱と刺し違えても構わない。僕は喜んで命を差し出しただろう。
特別書き下ろしサスペンス
パパを呼ばないで。
この物語はフィクションです。 いや、ホントにマジでフィクションです。
プロローグ
一ヶ月前まで、私は幸せの絶頂期に居た。私はありふれたサラリーマン、でも出来ちゃった結婚した愛しく美しいハニーと、式の時 共に祝福してもらった長男、そして二年後に生まれた次男。
何一つ不満はなかった。ただひとつ、次男の事以外は。
次男は なかなか私に なつかず、発育も遅く 言葉を話す事も一度たりともなかった。むしろ隣家のお米屋さんのご主人の方にばかり なついていてジェラシーすら覚える事も有った。
そう、一ヶ月前の転落の始まりまでは...。
その日は次男の三歳の誕生日であった。会社を早く出るとバースデーケーキとひらがなの練習帳を買い、家路を急いだ。
一時は悩んだ。何故なついてくれない?何故声もださないのか、と。
しかし このささやかな幸せこそ 私が求め続けた物ではなかったか。平凡だが それでもいい、家族が仲良く笑顔で暮らせたら、他に何が欲しいというのか。
いつものように玄関のベルを三回鳴らす。「お・とう・さん」 これが私の帰宅の合図だ。 ははは、可愛いもんだ、長男のパタパタと廊下を走ってくる音が聞こえてくる。ドアを開けた長男は乳歯がすっかり抜け落ちた その可愛い口から思いがけない事を話し出した。次男が?言葉を?話した!?「ほんとだよ、ほんとだよ、パパ、さっきおにいちゃんって」
台所に飛んで行き、ハニーに 「ただいま」 のキスも忘れて次男を見つめる、しかし その時は またいつもの通り 全く私を無視したままだった。
だが「こらぁ、お前はっ」と長男を問い詰める間を与えず ハニーが「本当よ、さっきこの子 はっきりとおにいちゃん って呼んだの」
夢のようだった。この子が...神様、私は この上なく幸せです。望みが叶いました。何を召されても結構です。そう祈らずにはいられなかった。
翌朝、私はただならぬ気配を感じて目が覚めた。いや、ハニーの叫び声だったか?
「どうした!」 「あ、あなた...この子が、この子がぁ!」
長男の昇天はあまりにも唐突であった。結局大学病院でも死因は特定できなかった。
今でも目を閉じると あのスリッパの音が聞こえてくるようだ。我が家から明かりと微笑みが消えた。
次男もあれ以来また言葉を発しなくなり、そして二週間が過ぎた。
その日曜日の午後、ハニーは洗い物の最中に皿を落として割った。 「きゃあ」という叫び声に「大丈夫かっ」と駆け寄ろうとすると「ママ!」
・・・・ 次男が。声を出した。
私は涙が止まらなかった。この小さな幸せを、今度こそ守って行こう。
明りが消えたこの家に、再び灯びを与えてくれた この次男、そして ハニーを。
翌日 目が覚めると既に9時半。珍しい、ハニーが寝坊か?会社に仮病を使って休みの電話を入れようと、隣で寝ているハニーの向こう側の電話に手を伸ばそうとして私は凍り付いた。ハ、ハニー?どうした?ハニーーーーーーっ!既に彼女の体は冷たくなっていた。
ハニーとは学生時代の合コンで知り合った。お互いに本命に軽くあしらわれての始まりだったが、何一つ不満はなかった。たとえ米に洗剤を入れて洗っても。
葬儀に来てくれた人たちの間から「呪われた一家」のカゲ口が聞こえてくる。 その度にいちいち刺すような視線で牽制してくれたのは次男をヒザに抱いた隣家のお米屋のご主人だった。 良い人だ。子供が居ないお米屋さんは「安心して会社へ行ってらっしゃい、昼間は坊ちゃんは私たちで面倒見ますから」とまで声を掛けてくれた。でも もういい。ハニーなしでどうやってこの先 生きて行けるのか、否、ハニーなしでどこに生きて行く価値を見出せばいいのか。
気が付くと私は次男の手を引いて大阪南港の岸壁に立っていた。
この子を置いては行けない。そして天国のおまえ達を飢えさせるわけにもいかない。待ってろ、お父さんは今すぐお前たちの そばに行くから。その時だった。
パパ
えっ?今、何て...もう一度次男が遠い目つきでつぶやいた。「パパ」と。
涙が、涙が、涙があふれて止まらなかった。
生きて行こう。
この子とふたり、おまえ達の分まで。
何が有っても生きて行こう。
その夜ベッドに入った私はある事に気が付いた。次男がおにいちゃんと呼んだ翌朝 長男が死に、ママと呼んだ翌日、ハニーは目覚める事なく...
まさか!
死ぬのか?この私が死ぬのか?私はありったけの酒をあおり、実家に親戚、友達という友達 全てに電話をした。 声を聞いておきたかった。
アルバムを引っ張り出し、まだ私が次男と同い年の頃からハニーとの出会いの頃に親に黙って行った沖縄旅行の写真・・・全てを眺め、私は涙が枯れるまで泣いた。
寝てはいけない、今寝てしまうと....しかし慣れない深酒の為か、ついに明ける事のない暗闇に吸い込まれて行くように私は寝入ってしまったようだった。
だ・れ? けん・ちゃん? だ・れ? 背中を・・・叩くのは・・・ 「ハッ!」
そこには隣家の米屋の奥さんが立っていた。「主人が、主人がぁ!」
「どうしたんです、落ち着いて下さい、奥さん。旦那さんが?」 「死んじゃったのぉ〜!」・
・
・
・
・
・
・
は・は・は こういう事だったのか。
ハニー よ〜く分かったよ、何故この子が私になついてくれなかったのか。
おかしいと思ってたんだ。どう計算しても僕がニューヨークに三ヶ月の研修で行ってた時の子だったから。
エピローグ
半狂乱で さまよい歩く鴨川のほとり。
五山の送り火を間近に控えた夏の日差しは 全てを奪い去って行くかのように 容赦なく私を責めつけ、都鳥さえ、鴨川のせせらぎさえもが 私をせせら笑っている。
このまま流れて行ったらどこへたどり着くのだろう。大阪湾の泥のように永遠に眠り続けたいと思った。 仮に今ここで命が尽き果てようとも、今度の今度こそ もう失うものは何もなかった。
特別書き下ろしサスペンス
北アルプスに降る雪。
この物語もフィクションです。 いや、ホンマにマジでフィクションです。
プロローグ
その年の北アルプスの冬は数十年来という厳しさで、8人でスタートした大学の登山隊も五合目からは僕ら四回生上級者三人だけのアタックとし、下級生たちには里に戻り待機するよう指示した。 しかし僕らが八合目まで達した地点で連日の絶え間のない猛吹雪に見舞われ、あれから何日が経ったのかすら三人のうち誰もが自信がない...
食料もテントも強風に吹き飛ばされ、雪に穴を掘ったビバーク生活だと眠気ばかりが襲って来る...大丈夫だろうか。
僕の記憶ではビバーク生活に入って四日目だったと思う。 雪を口に含んで水分の補給をしていると僕らは大きな地鳴りとともに小規模な雪崩に遭ったらしく、気が付くと真っ白な雪原の上に三人とも倒れていた。
何十メートル、いや、何百メートル流されたのだろうか、三人で声を掛け合い、とりあえず全員が生きていることだけは確認した。 しかし僕にはもう立ち上がるだけの力は残っていなかったのか、そのまま眠ってしまった。
次に僕が目が覚めたのは、見覚えのない山小屋の中だった。右の足首をひどく捻挫していることと、全身に痛みがあること以外は大した怪我もないようだ。 僕の右側には仲間のBも横たわっていたが、彼も顔色を見ただけで、ただ寝ているだけで命にどうこうという状態でないことは見てとれた。
それにしても誰がここに?そのうち姿が見えなかったAが扉を開けて入って来た。 よかった!お前も無事だったのか。
Aによると僕とBが気を失って数分後に奇跡的に吹雪が止んだらしい。 その時Aの鼻にかすかに炭のにおいがし、彼は僕らふたりを引きずりながらそのにおいのする方向を目指し、ここにたどり着いたそうだ。
しかしAが僕らとともにこの山小屋に来てから、もう10時間近くが過ぎているというのに、ここの主は戻って来ていない。
「きっと誰かの別荘か何かだろ、こんな場所だからカギもかけずに都会に戻ったんじゃないの?」とAに返してみたが、彼は「絶対に誰かが数時間、いや数十分前までいた気配があった」という。
そのうちBも目を覚まし、とにかく喉が乾き、空腹だった僕らは家主が早く帰って来てくれることを願って暖炉のそばにいた。
しかしそれからまる二日が過ぎたというのに、主はいっこうに戻って来ない。 雪も止む気配はない。
僕らは話し合った。ここにある食料を僕らが頂いたとしても相手も山の男、きっと分かってくれるだろうと。
そして僕らは小屋にあった食料に方っ端から手を付け、あっという間に食べ物はなくなった。
「ちょっとやり過ぎかぁ」などと言いながらも、僕らは久し振りの食事で幸せな気分で床についた。
真夜中だった。 僕はいきなり頭にきつい一発を食らって目が覚めた。 あわてて飛び起きてみると身長は2メーター近く、体重も100キロはあろうか、ヒゲ面の大男が僕の頭を蹴ったその右足をそのまま顔に押し当てて来た。 既にAもBも叩き起こされた後で、壁のところで正座させられうなだれている。 その後僕ら三人は背中合わせにくくり付けられ、彼の想像を絶する苛めに耐えなければならなかった。
彼の手には猟銃が握りしめられ、何度も銃口を向けられたり、殴られたり、足蹴にされたりした。 殴り合いの喧嘩は何度か経験しているが、こんなに痛くてとうてい勝ち目のない相手は始めてだった。
「確かに断りもなく食料に手を出した僕らが悪い。でもこっちだって命がけだったんだ!」 登山部のリーダーらしく、責任感のあるAは何とか彼の理解を得ようと必死に説得を試み、その度に部内でも最も慎重派のBが小声でなだめる。 Bの用心深さは登山部にはなくてはならないものだった。 今回のアタックにしても彼が引き帰す勇気を与えてくれなければ、強行したAと僕は恐らく春になるまで雪の下に埋もれていたことだろう。
そんなふたりが頑張っているのに僕は...僕はあることが心配でならなかった。
やばい、あの持病がここで出たら...既にその予兆は来ている。
Aの必死の説得に、男は何やら暇つぶしを思い付いたようだった。
「よぅし、じゃあお前ら助けて欲しければ今から食い物を取って来い。この吹雪で貯蔵庫が雪の下に埋まってしまった。お前ら三人、手で雪を掘り起こして貯蔵庫から食い物を持って来れば、里へ抜ける裏道を教えてやる。さっさと出て行け」
僕らは小屋の裏で深々と積もった雪を素手で取り除き、凍り付いて開かない貯蔵庫の扉を何とかこじ開け中に入った。 しかしそこにあるのは炭やガラクタなどが雑然と置かれているだけだった。 30分ほど探し回った挙句、僕らはほんのひと握りほどの米と、同じくひと握りの大豆をかき集め、それで許してもらおうということにした。
「しょうがない、あるだけ持って行こう」 Aが大豆、僕が米粒を握って山小屋に戻ろうとしたが、Bは「君ら先に行っててくれ、どうせあいつは米粒や大豆じゃ許してくれないだろうから、僕は何か別のものを探してみる。だからあいつが怒っても僕をアテにして待ってろと伝えて」と言い残し、もう一度奥へと入って行った。
小屋に入った僕らは恐る恐るそれぞれの手にした物を男に差し出した。 「精一杯頑張った、でもこれが全部だ。そしてBも他の食料を探している。」
男は激怒するかと思ったが、意外にも顔は穏やかだった。 しかし表情とは裏腹に、そのまま身の毛もよだつ恐ろしい命令を出して来た。
「よし、お前(A)、その大豆を全部ケツの穴に突っ込め。チャンスは一回だけ、失敗したらその場でお前を撃つ!」 「は、はぁ?」 「早くしねぇか!」 「は、はい!」
10分後、全ての大豆を難なく無事にケツの穴に入れたAは抜け道の地図を男から受け取り、小躍りして下山して行った。
次は僕... その時だった。「う゛!」・・・ 来た。これは・・・間違いない。持病の便秘性下痢症、一週間周期でその双方を繰り返すサイクル、ついにそれが「ゆるむ」のモードに入った様だった。
大丈夫だ。 僕は何度も自分に言い聞かせた。 「思い出せ。 電車の中で、街中で、授業中に...今日まで数えきれないほどの危機的修羅場に直面し、何のためにお前は辛い思いをしながら腸や肛門を鍛えて来たんだ! 持病が始まろうと、米粒を入れようと、絶対に失敗はしない!」 Aは大豆を全部突っ込んだ、俺だって米粒ぐらいなら。
僕の人生を賭けた一世一代の見せ場は終盤に差し掛かっていた。 あと三粒、これを入れれば。
しかし...ある光景を目撃してしまった僕は次の瞬間、ぷっと吹き出してしまい、それに伴い緊張が緩んだ肛門では大爆発が起きてしまったようだった。
「びっ、びっ、びりびりぶっぶっぶ〜ぅ」
その瞬間、僕はこめかみのあたりに熱い何かを感じた。
どうやら失敗した僕の頭を男が本当に撃ち抜いてしまったらしい。
ああ、短い人生だった。
僕が最後に見た光景、それは直径40センチほどの特大のカボチャを手にしたBが、飼い主に誉めてもらおうとフリスビーをくわえて戻って来た犬のように、得意顔でニコニコしながらようやく扉の中へと戻って来た情景だった。俺は今、雲の上にいる。 どうやら責任感の塊みたいだったAは、さっさと俺達を見捨てて里へと向かっているようだ。
Bよ、お前にあのカボチャを丸ごと入れるのは無理だろう。 俺はここで待っててあげるからね。
雲の上にいると、あの猛吹雪の日々が嘘みたいに穏やかに晴れ渡っている。 ずっとここにいたら、あの持病の苦しみからも解放されるかもしれない、そんな天国的な幸福感すら覚える。 ああ、気持ちいいなぁ。
北アルプスの里にやさしく降り積もった雪のように、ふわふわと柔らかく白いこの雲の上で永遠に眠り続けたいと思った。 仮に今ここで命が尽き果てようとも、今度の今度こそ もう失うものは何もなかった。
てゆーか、今度ばっかしは命が尽き果てたんだっけか。(Es ist vollbracht!)