広島の吹奏楽団「安佐北シンフォ二ックウインズ」
テューバ担当〔前 祐朗〕の
《演奏について考える》

音を奏でることについて

 物や風景のイメージなり、哲学的な概念なりを考え、それを音で表現して、人に伝えようとする場合(要するに音楽のことを言っている。)、その音は「作り上げる」という意識で発音されなければなりません。どのような音を作り上げるか、楽譜の存在する音楽においては作曲者・演奏者という二つの立場を経てはじめて発音されるのです。演奏者は聞く人にとってはじめて音を実現させてくれる存在です。
 そこで、演奏者が気に留めなければならない、「音づくり」について私自身の考えをまとめるために、このページを作りました。


1.作曲者との共有意識

 演奏者は音楽において人の果たす二つの立場のうちの片方に過ぎません。もう片方の立場の作曲者の意識に規定されるのは当然です。しかしながら、同じ楽譜を演奏しても、2人の演奏者なら2つの、3人の演奏者なら3つの異なるイメージを与えるものです。演奏者は作曲者の意識に規定されるのみの存在ではありません。では、作曲者に全く規定されない演奏を考えてみると、それは即興演奏以外の何者でもありません。

 即興演奏以外の、楽譜をもとにした通常の演奏では、音は「作曲者との共有意識において、再現されるべきもの」として意図され、その意図に基づき発音されます。でも、実際の楽器で音を出すことは、頭の中で考えたようにはいかない場合が多いのです。なぜなら、楽譜を見、手を動かし、息を吸い、息を吐き、舌を使い、口腔の容積を考え、楽器や演奏者自身のコンディションを気にして音を出すのですから、処理すべき情報・要素があまりに多すぎるので、処理しきれないこともありえます。そこで、音の要素を少し整理しながら、「作曲者との共有意識において、再現されるべき音」=「楽音」を考えてゆきたいと思います。


1.目標音

図1
 図1で、円はその位置が座標中央にあることで、「目標」となる音です。円の大きさは音の大きさです。この図が表しているのは発音される前の頭の中に描かれた音です。
 もちろん「作曲者との共有意識」において作られるべき音ですから、この円を頭の中に作る段階ですでに失敗ということもあります。ppと書かれている音に対して、いくら音量記号が相対的なものとはいえ、sfz以外に受け止めることができない音のイメージを持ったとしたら、「共有意識」の段階での失敗です。もし、そのままのイメージで発音したならば、作曲者に対して失礼であるし、合奏体ならば、周囲の演奏者や指揮者を不安と混乱に陥れ、聴衆を不快に思わせる結果になってしまいます。

 では、どのようにしたら「共有意識」を作り上げることができるのでしょうか。私は、良い演奏にふれることが最も近道と考えています。演奏を聴いた後、満足感があれば、聴衆を納得させうる「共有意識」の発露に接したのです。聴いた後、疲労感や不快感があれば、「作曲者と共有されていない意識」を見たのです。

 だれでも、良い演奏にふれ感動したなら、少年少女のように「あんな風にカッコよく演奏してみたい」と純粋に憧れるもの。この繰り返しが、最初の段階では「模倣」であったものが、耳にしたことがある曲はもちろん、聴いたことのない曲であっても楽譜から作曲者の意識を読みとる能力に進展し、やがて適正な「作曲者との共有意識」を構築することができるようになるのです。


2.現実の音

 せっかく共有意識が持てたとしても、楽器の演奏は難しいものです。。試しに木管楽器を見てください。指で押さえる部分が何カ所あるでしょう。その多くのキーは複雑に絡み合ったロッドからホール(穴)につながっている。アップで見たらまるでSF映画の宇宙船のようです。こんなものを操るのです。呼吸もしなくてはなりません。本当に忙しいことを行っているのす。  このような音楽の多くの要素を完璧に処理することが大変困難であるため、先に述べた「共有意識」に基づく目標音から、ずれが生じます。次の図を見てください。

図2
 網掛部分の円は「目標音」で実線の円は実際に出される音としました。理想的なのは、2つの円の中心と縦横座標の中心が一致し、なおかつ、円の大きさが一致する状態です。
 図2は楽器のコントロール、特に発音の際の息の出し方と発音体の状態に課題があって、円が一致しないパターンです。実際の音が大きく目標音を上回って座標がずれています。
 金管楽器の場合、振動を作り出す部分の唇の穴をアパチュアと呼んでいますが、奏者の苦労はこのアパチュアをうまくコントロールするアンブシュアを修得することにあります。同じ高さの音をppとffで吹くとすると、口輪筋が同じ緊張感では、ffでは強い息によってアパチュアは広げられ大きくなってしまいます。また、一端大きくなってしまったアパチュアのままではその楽器の発音を持続できませんから、反射的に(無意識に)適当なアパチュアに戻そうとします。こうした場合には「バリッ!バリッ!」とか「パリッ!パリッ!」という破裂音が音の頭についてしまい、耳障りで、特に合奏体では不適当なトーンになってしまいます。また、ゆるんだ大きなアパチュアはより低い音になってしまい、発音も遅れがちになります。
 「息の強さに見合うだけの緊張感」「音の高低と強弱によるアパチュアのコントロール」が金管楽器奏者の場合、奏法を修得し、2つの円を一致させるために必要なことなのです。



 つづきはまた今度....。
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