夢のモーツァルト・コンサート
『カデンツァ』の楽しみ−     −モーツアルト:ピアノ協奏曲第20番K.466のカデンツァについて−


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コンサートに行く楽しみのひとつは、初めての曲の場合は別として、聴きなれた曲が指揮者やオーケストラによってどのように演奏されるか、にある。協奏曲の場合はこれにソリストが加わって楽しみが倍加する。その上協奏曲にはカデンツァがあるのだ。

−カデンツァ(Cadenza)−音楽上の〈終止〉の意味から転じて、楽曲の終止の前に独奏者や独唱者の技巧を示す為に挿入される華麗な樂句を指す。はきめ18世紀のイタリア歌劇のアリア中に用いられたが、それが器楽にも移され、とくに独奏楽器と管弦楽による協奏曲に挿入されるのが定例となった。たいてい第1楽章か第3楽章の終止の前に置かれ、初期には独奏者が即興的に演奏することもあったが、後には名演奏家によって作られた一定のものが用いられ、又ベートーヴェン頃から作曲家自身によって初めから作曲されるようになった。(平凡社・世界百科事典より)

モーツアルトの場合は後述のように20番以降のピアノ協奏曲においては、23番と27番を除いてモーツアルト自身によるカデンツァは残されていない。その代わりに演奏家自作のものや他の作曲家のもの等、どんなカデンツァが聴けるかと言ったスリル(?)まで味わえるのである。だからと言うわけではないが、器楽派の小生にとって、オーケストラと器樂ソロの組合せである協奏曲という形式は、最も好きなジャンルであり、モーツァルト=ピアノ協奏曲なのである。
(勿論モーツァルティアン・フェラインの殆んどの方にとってはモーツアルト=歌劇でしょうが。)
とは言ってもカデンツァにそれ程関心があったわけではない。お気に入りのベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲をレコードで聴くのにヨアヒムのカデンツァで選んだり、新しく買ったモーツアルトのLP/CDがカデンツァ部分でいつもと違うなと、解説書を読み返したりという事はあったが、特に関心を持ち始めたのは、何年か前のN響の演奏会からである。曲はモーツアルトのK.466、我が家にあるどのLP/CDとも違うカデンツァの響きに、休憩時間に係員に尋ねたらなんとブラームス作!であった。

帰宅後手持ちのレコードを調べたところ、ベートーヴェンの他にも下記のように色々な演奏のカデンツァがあることが分かった。特に昔から持っているハスキル盤が、ステレオとモノーラル盤で夫々違ったカデンツァ(自作)を弾いているのに気が付いたのは、ファンとして大変恥ずかしいことであった。この頃からモーツァルティアン・フェラインの例会でカデンツァの聴き比べをしたら面白いであろうと思っていたのである。尚、先日NHKの教育テレビで『カデンツァの楽しみ』としてこの曲を取上げたのには偶然の一致に驚いた。オケは勿論N響,ピアノはI・クーパー、カデンツァは師匠ブレンデルのもの、解説は中村紘子氏であった。(未聴)


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 カデンツァの聴き比べにK.466を選んだのには理由がある。全てについて調べたわけではないが、既出のディスクの半分以上がベートーヴェンのカデンツァを使っているので比較の基準がある事、ブラームスやフンメル等の大作曲家が作曲していること(レコード屋を探したが残念ながらこの2人のカデンツァを使ったCDはなかった。(注1)もしレコード等をお持ちの方がいらしたら是非聴かせてください。)、モーツアルティアン御贔屓のハスキル版には二種類のカデンツァがある事である。1994年2月20日の例会では下記の演奏を聞いた。(会報には表で示したが、このホームページではまだ表を入れられないので、ベタの表示とします。番号の後はカデンツァの作曲者です。)

.薀ぅ優奪院АP)ワルター、(指)ワルター/NBCso、BWS1062(’39Live)

▲戞璽函璽凜Д鵝АP)内田光子、(指)J.テイト/イギリスcho、Ph.416-318-1

ハスキル(2):(P)ハスキル、(指)マルケヴィッチ/コンセール・ラムルー、Ph.30PC-7

ぅ魯好ル(1):(P)ハスキル,(指) パウムガルトナー/ウィーンso、EPIC LC-3163

ゥ灰錺札凜ッチ:(P)コワセヴィッチ、(指)C.デヴィス/LSO、Ph.X-7957

Ε戞璽函璽凜Д=フィッシャー:(P)バレンボイム、(指)同/英cho、ANG.S-36430

Д吋鵐廖福):(P)ケンプ、(指)カラヤン/ベルリンpo、Cet.SLF-5021(56.1.21.L)

┘屮譽鵐妊襦(P)ブレンデル、(指)マリナー/アカデミーo、Ph.6570-023

F.ゴールドペック:(P)I.ルフェヴュール、(指)フルトヴェングラー/BPO、Ang.AB−8125(54.5.15、L)

カデンツァの内容については云々出来る能力はないので簡単に各レコードについてコメントを述べる。

(1)ワルターの演奏は1962.2.17の彼の命日にちなんで最初に取上げ第1楽章全部を聴くこととした。昭和37年2月18日(小生の22歳の誕生日)は日曜日であったので、何時ものようにNHKの「音楽の泉」(堀内敬三氏解説)をつけたら、ワルターが亡くなったと言う事でかけてくれたのがこの曲であった。大変ショックであった。この時のはSP復刻盤のウィーン・フィルの弾き振り、カデンツァは同じくライネッケのものであった。この人の事は良くわからないが、BielefelderのカタログにCarl Heinrich Reinecke(1824〜1910)という作曲家が居り、管楽器主体の協奏曲や室内楽曲を沢山書いているが、レコードになっているものは少ない。1876年生まれのワルターとは時代が合うので、ひょっとして若きピアニスト・ワルターの為に作曲されたものかも知れない(注2)。知っている方は教えてください。
NBCsoとの共演は、レコードには1939年の演奏とあったが、’93/9のレコード芸術誌の投書欄で、坂田博昭という方が50年か51年の演奏であろうと考察している。
録音は良くないが、トスカニーニ張りのキビキビしたやや早いテンポの演奏であるが、随所にワルターらしさが出てくる。ライネッケのカデンツァは余り特徴がない。作曲家の物らしく良く出来てはいるが、やや面白味に欠ける。

(2)ベートーヴェンのカデンツァを演奏しているディスクは沢山あった。
(シュナーベル、グルダ、ミケランジェリ、ペライア、クラウス、ヘス、ブルショルリ等々)が、録音のよいADという事で内田光子盤を選んだ。
先ごろの月報ではモーツアルト時代の様式に合わないとの事であるが、ヤハリ立派!自分が弾くならこれを選ぶかも?モーツアルトの主題や経過句を上手にアレンジしており、オリジナル楽器の演奏家が皆自作のカデンツァを使って、これを演奏していない(中村氏指摘)という理由は何故か良く分からない。ベートーヴェンの頃のピアノ(フォルテピアノ・ハンマーフリューゲル)の開発・発展の度合いは激しかったので、案外K.466が作曲された頃とこのカデンツァが作曲された頃とでは、楽器にかなり違いがあったのかもしれない。

(3)(4)ハスキル自身のカデンツァは何れも良くできているが、ステレオ盤のほうがやや長くカデンツァらしさがある。導入部はモノラル盤の一部を使っている。
尚、1959年9月8日のクレンペラーとのライブではモノラル盤のものを用いているので、ステレオ録音用に新しく作り直したのであろう。

(5)ビショップ・コワセヴィッチのは演奏会で聴いたら誰でもアッと驚く。若々しくひらめきはあるが、レコードとして何度も聴かれる事を考えると、どうかと思わないでもない。

(6)バレンボイムのは旧盤である。師匠E.フィッシャーがベートーヴェンのカデンツァをアレンジしたものを使っている。フィッシャーが手入れした分、規模が大きくなっている。

(7)ケムプのライブ盤は特に断り書きがしてなかったが、他の何れとも違うカデンツァである。ケムプの自作ではないかと思うが、ひょっとすると他人の作かもしれない。ケムプのスタジオ録音盤で調べてみる必要がある。カデンツァ自体は入り方からして大変素直で、違和感は余り感じられない。技巧をひけらかすような所も余りなく、モーツアルトが作ったらこんなものかと思われる。勿論もっと素晴らしいであろうが・・・。

(8)これも演奏会で聴けばアレッ思うであろう。非常な力作ではあるが、小生には今一である。尤もベートーヴェンのものより良いとおっしゃる方も居られて、好みも色々あると思った。

(9)手元のレコードの解説には、カデンツァはベートーヴェンのものと書かれていたが、1月例会のフルトヴェングラー特集の際に、田中啓介氏からルフェヴュールの夫君の作であると聞き、確かにベートーヴェンのものではないのでフルトヴェングラーの指揮故、これも入れた。
演奏者と親しい人や、身内の人がカデンツァを作曲する例は多いようで、モーツァルティアン・フェラインのメンバーの江端津也子さんは初めてこの曲を弾いたとき兄上(江端伸昭氏)にカデンツァを作曲して貰ったとのことである。(これも聴いてみたい)
ゴールドペックのカデンツァも大分変わっている。モーツアルトの主題等は余り聴き取れない。

以上、色々聞き比べてみると、夫々特徴があって大変面白い。これからこの曲を聴くときは案外カデンツァでレコードを選ぶかもしれない。
(1994.9.10 Mozartiann Letter 103号掲載)

注1:フンメルのカデンツァはアニー・フィッシャーが弾いている。小生が手にいれたのはフンガトロン盤であるが、エンジェル盤も同様であろう。ブラームスのカデンツァを使った盤は未だに見つけていない。カデンツァだけならNAXOSからI・ビレットによるブラームス作曲のピアノ協奏曲へのカデンツァ集が出ている。(8.553426)モーツアルトのNo.17、20、24番用、ベートーヴェンのNo.3、4番用があり面白いが、カデンツァ部分のみを聞いてもしょうがない。
注2:上記江端伸昭氏から、ライネッケは自身モーツアルト研究家、ピアニストとしても著名であり、自分の演奏用に作ったのであろうとの見解が寄せられました。