ウィーン・フィル定期演奏会体験記


                 1987年4月18日から5月2日に亘って調査団の一員としてヨーロッパのコンサートホール等を訪問、その建築・設備について調査し、ついでに夜はそのホールの響きを体験するという機会があった。
ウィーンには4月24日〜26日迄滞在したが、最大の収穫はウィーン楽友協会大ホールにてウィーンフィルの定期演奏会を聴く機会に恵まれた事であった。
ウィーン・フィルの演奏会は当日売の立席券を手に入れる方法もあるが、小生が聴いたのは勿論キチンとした席での事!定期会員のキャンセル券を手に入れたのである。

この手口(?)を以下に紹介する。先ずドイツ語が出来れば言う事はないが、一般的には親戚・友人・知人及びその関係者でウィーン在住者・留学生を見つけて交渉を依頼する事である。誰もいなければ自分で直接交渉するしかないが成功するかは保証の限りではない。小生の場合は当時ウィーンに留学中のH嬢にお願いした。

4月25日(土)は見学予定もなく全日フリータイムであったので、一行は夫々観光の一日を過ごした。
前もって連絡しておいたので9時頃ホテルに現れたH嬢は、小生の職業と趣味を勘案してHundertwasser-HausとMozart-Hausを予定に入れておいてくれたほかに『何処かご希望は?』と。
小生『今日はウィーン・フィルのマチネーがあるので是非聴きたい』、という事で先ずムジーク・フェラインに向かった。

ムジーク・フェラインの建物は前日建物と施設を見学し、その夜小ホール(ブラームス・ザール)でクレマンシック・コンソートによるA・スカルラッティの作品を聴いた所である。
ブラームス・ザールは客席約200人の小ホールで1・2階に分かれていている。2階席は吹抜を隔て舞台の正面に向いている席、両側のバルコニー席の他に舞台の真上にも席があって、我々の席はここであった。従ってこちら向きに座っている人々の顔を見ながら足の下で演奏され、吹抜部から上がって来る音に耳を傾けたわけである。演奏者を全く見る事のない演奏会というのも不思議な体験であったが、座席位置からは想像できない程素晴らしい響きであった。

ここで一寸したハプニングがあった。同行のT氏の気分が悪くなったのである。演奏の始まる寸前に我々の席の左後方(という事は舞台に向かって右手奥)にある扉から学生らしい客が入ってきたのを覚えていたので、そこからT氏を連れ出した所、階段室を隔てた隣のグロスザール(大ホール)からガードマン氏が現れ我々を大ホール2階のトイレに案内してくれた。
T氏が気分を直す間、2階の廊下で扉(木製・隙間大)から洩れてくる音楽(ウィーン交響楽団によるチャイコフスキーの交響曲第5番)を聴いたが、舞台の直ぐ脇という事もあって大変良い音であった。従って小生が次の日に大ホールの演奏会を何とか聴きたいと思ったのも御理解頂けるものと思う。

さてムジーク・フェラインの切符売場で尋ねたら、事務局へ行けとの事。教えられた通路を通って3階(?)の事務局で彼女が交渉してくれた所、キャンセル券が出るので、3時半の演奏開始1時間前にそこへ来る様に言われた。外に出る時守衛が何か言っているので聞いてみたら、『俺でも切符は何とかなるよ』との事。この手も試してみる価値はありそうである。キャンセル券でウィーン・フィルを聞く事については前田昭雄氏の本にも述べられていたが、H嬢にとっては初めての事であった。我国でも海外有名演奏家の場合は演奏会場入口でキャンセル券を売る人を見掛けるが一般の定期演奏会では余り見当たらない。小生の場合は出来るだけ他の人に行ってもらう様にしているが…。
ともあれFigaro-HausやHundertwasser-Haus他を見、食事を一緒にした後ホテルに戻り、ケルンのレコード屋“ZATURN”でお土産用に数枚買って置いたレコードと非常食(?)のつもりでもって行ったインスタント食品をお礼とした。

ちなみにこのレコードは“Variation de Bravoure”というタイトルのレコードで、かのBeethovennに変奏曲を書かせたDiabelliが当時ウィーンに在住の音楽家達(Czerny,Kalkbrenner,Hummel,Liszt,そしてF.X.Mozart!!,Schubert等々)に自作テーマのVariationを1つづつ作曲させた変奏曲集と、BelliniのテーマにLiszt,Thalberg,Pixis,Czerny,Chopin等が夫々の変奏曲をつけたHexameronを組合わせた超豪華盤(珍盤?)である。(CD化されている)

2時半に出向くと暫く待たされたが、やがて中年の婦人が現れて事務所の女性にキャンセル券の話をする。小生その婦人に510シリング支払って入場券を無事入手。開演までムジーク・フェライン前の広場でコーヒーを飲みながら時間を過ごしたが、嬉しさでさぞ締まりのない顔をしていた事と思う。

併し当日のプログラムであるマーラーの交響曲を聴く迄は一波瀾あったのである。小生の手に入れた席は中央平土間席の後部2,3段上った所で左端から4番目。座席番号を確認して座ったら一つあけた左側のお婆さん2人が手真似でそこは違うと言う。券を見せたら一つ前の席を指す。一応素直にそこに座ったら正しい持主が来て小生の席は後ろだと言う。結局お婆さん達も自分達が間違っていたと言う事で小生正しい席に座るが、お婆さん達との間に空席が一つある。開演間際にやって来てそこへ座ったのは先程券を譲ってくれた婦人で隣のお婆さん達と挨拶を交わしている。小生は旦那の席へ座ったのだからお婆さん達のお節介もまあ当然の事だったのである。
ウィーン・フィルの定期演奏会のメンバーは親子代々受け継がれていて新しく入るのは非常に難しいとの事であるが、その気で周りを見回すと聴衆の平均年齢はかなり高く感じられた。

   さてズビン・メータ指揮による演奏であるが曲が曲だけに後ろの席でも迫力充分。弦の音は豊麗、特に低弦の響きは抜群。ソプラノは良く通りティンパニーは床からズシンと響く、木管は美しく金管も柔らかい。勿論演奏も素晴らしく唯々感動の一時、流石世界最高のホールの名にふさわしかった。曲がMozartであったらこれ以上の贅沢はなかったであろう。